(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6061322
(24)【登録日】2016年12月22日
(45)【発行日】2017年1月18日
(54)【発明の名称】パルス電界印加による微生物の活性の制御方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/00 20060101AFI20170106BHJP
A23L 5/00 20160101ALI20170106BHJP
A23C 9/12 20060101ALN20170106BHJP
A23C 19/032 20060101ALN20170106BHJP
C12R 1/225 20060101ALN20170106BHJP
【FI】
C12N1/00 A
C12N1/00 K
C12N1/00 N
C12N1/00 Z
A23L5/00 J
!A23C9/12
!A23C19/032
C12N1/00 A
C12R1:225
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2012-112688(P2012-112688)
(22)【出願日】2012年5月16日
(65)【公開番号】特開2013-236600(P2013-236600A)
(43)【公開日】2013年11月28日
【審査請求日】2015年5月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(72)【発明者】
【氏名】南谷 靖史
(72)【発明者】
【氏名】小松 恵徳
【審査官】
星 浩臣
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2011/031905(WO,A1)
【文献】
特開2000−093170(JP,A)
【文献】
特開昭57−039772(JP,A)
【文献】
特開平06−277060(JP,A)
【文献】
Int. J. Food Sci. Nutr., 2012.08 [Available online on 2011.12.12], Vol.63, No.5, pp.580-596. doi: 10.3109/09637486.2011.641940.
【文献】
J. Appl. Microbiol., 2002, Vol.93, No.2, pp.326-335
【文献】
J. Dairy Sci., 2006, Vol.89, No.10, pp.3739-3748
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00−7/08
C12P 1/00−41/00
A23C 1/00−23/00
A01J 1/00−99/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS/FSTA/FROSTI/WPIX(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物に、電界強度が3kV/cm以上35kV/cm以下の範囲にあるパルス電界を、10回以上600回以下の回数、パルス幅を1μs〜100μsで印加し、微生物の内容物を放出させることで、微生物の代謝を制御することを特徴とする、微生物の活性の制御方法であって、微生物がLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricusである、微生物の活性の制御方法。
【請求項2】
請求項1に記載された方法で制御された微生物を用いることを特徴とする、発酵食品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物の活性の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パルス電界殺菌は、加熱殺菌のように食品の風味を損なわずに、微生物を殺菌できる方法として近年注目が集まっている。このパルス電界殺菌の原理は、微生物の細胞膜の破壊である。
微生物の細胞内部の電気的特性は、微生物の細胞を構成する様々な物質の性質や形状によって異なってくる。微生物の細胞膜は電気的に絶縁膜に近く、その薄さのため、大きな静電容量を持つため、コンデンサとみなすことができる。微生物の細胞質はイオンを多く含む電解質で満たされており、導電体の性質を持つため、抵抗とみなすことができる。細胞にパルス電界を印加すると、コンデンサ成分がある細胞膜に電荷が蓄積され、細胞膜の内部と外部で電位差が生じる。1Vの電位差は細胞膜に2×10
6V/cmという非常に大きな電界強度を発生させる。この電位差が1Vを超えることによって、細胞膜に絶縁破壊が起き、細孔が形成される。このように、パルス電界を用いて、細胞に細孔を形成させることをエレクトロポレーションという。この細孔は大きくなければ、細胞自身によって修復されるが、電界を大きくしたり、パルス幅を長くしたりして、エネルギーを大きく加えると、この細孔は大きくなって自発的に修復できなくなり、細胞の組織が外部に流出することで、細胞が壊死する。
【0003】
これまで、パルス電界を用いて、細胞を処理する方法が幾つか検討されている。例えば、特開2000−024124号公報(特許文献1)には、パルス電圧を細胞が含まれる系内に誘起させる細胞処理方法が記載されており、細胞融合や遺伝子導入に用いられることが示唆されている。特開2000−093170号公報(特許文献2)には、交流通電とともに無通電パルス電界を継続して印加しつづけることで微生物の増殖速度を低下させ、遅延させるものであり、無通電パルス電界のみ印加し続けても微生物の増殖を止めることはできず、印加しない場合に比べて増殖速度が若干低下するのみであることが記載されている。特開平06−277060号公報(特許文献3)には、細胞を含んだ懸濁液にパルス電界を印加する細胞内の有用物質の放出方法が記載され、パルス電界を印加する際に、細胞を完全に破砕しないように印加エネルギーを制御して、細胞内の有用物質を選択的に放出させる方法が記載されている。さらに、パルス印加回数、印加電圧、印加時間、パルス波形、周波数またはパルス幅を変化させることによって、印加エネルギーを制御することについて記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−024124号公報
【特許文献2】特開2000−093170号公報
【特許文献3】特開平06−277060号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これまで、パルス電界を用いた微生物等の細胞の処理方法は数多く検討されているが、それらは、エレクトロポレーションによる細胞融合や遺伝子導入、あるいは微生物の殺菌を目的や課題として検討されている。これに対し、パルス電界を、単なる微生物等の殺菌だけを目的とせず、微生物や細胞を死滅させずに、代謝活動を減弱させるような微生物の制御に用いる事例は見当たらない。このような状況に鑑み、本発明では、パルス電界を用いて、微生物等の細胞の活性や代謝を制御する方法を提供することを課題とする。更に、パルス電界を用いて、微生物等の細胞の内容物が漏出しない程度の穿孔や、それらの内容物が大量に漏出するような穿孔を生じさせ、発酵食品中の微生物を死滅させずに、発酵の速度を制御し、チーズやヨーグルト等の発酵食品を製造することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、微生物等の細胞にパルス電界を印加する際に、その印加条件を所定の条件に定めることによって、微生物等の細胞の内容物である酵素の放出を制御することで、上記課題が達成できることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明の請求項1に記載の発明は、微生物に
、電界強度が3kV/cm以上35kV/cm以下の範囲にあるパルス電界を
、10回以上600回以下の回数、パルス幅を1μs〜100μsで印加し、微生物の内容物を放出させることで、微生物の代謝を制御することを特徴とする、微生物の活性の制御方法、である。
【0008】
請求項2に記載の発明は、
微生物がLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricusである、請求項1に記載の微生物の活性の制御方法、請求項1に記載の風味
劣化の評価方法、である。
【0009】
請求項3に記載の発明は、請求項1あるいは2のいずれか一項に記載された方法で制御された微生物を用い
ることを特徴とする、食品
の製造方法、である。
【0010】
請求項4に記載の発明は、請求項1あるいは2のいずれか一項に記載された方法で制御された微生物を用い
ることを特徴とする、発酵食品
の製造方法、である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、パルス印加の条件を制御することで、菌体内容物が漏出しない程度の穿孔や、菌体内容物が大量に漏出するような穿孔を実現でき、有用微生物の活性の制御が可能となる。また、菌体が死滅しない程度に損傷を与えて、代謝の活動を減弱させることで、生菌数を維持しながら、発酵の過剰な進行を停止や抑制することが可能となる。また、パルス印加の直後ではなく、一定時間が経過した後に、菌体が死滅・破壊されるように、パルス印加の条件を制御することで、菌体内酵素の活性の発現する時機を適当に変化させることが可能となり、発酵食品の品質の特性を変更することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明に用いるパルス電界の発生装置の一例を示す図である。
【
図2】本発明に用いるパルス電界の出力電圧波形の一例を示す図である。
【
図3】PI蛍光染色法により測定した細胞膜破壊の割合を示す図である。
【
図4】電界強度及び印加回数と、酵素流出量との関係を示す図である。
【
図5】パルス幅と、酵素流出量との関係を示す図である。
【
図6】パルス電界を印加後、一定期間放置した際の酵素流出量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に用いるパルス電界の発生装置の一例を
図1に示す。この回路は抵抗、コンデンサ、トリガトロンギャップスイッチ及びトリガ回路で構成されている。Rは試料の抵抗値である。回路の動作を順に説明すると、まず直流高電圧電源によりコンデンサCが充電される。このとき、充電電圧はコンデンサ出力側の電圧と逆向きの電圧である。次にトリガ回路を動作させると、抵抗とコンデンサの値から定まる時定数τによって減衰電圧波形が出力される。また、ここでは、パルス幅は時定数の値と定義している。この出力電圧波形は数式1で表すことができる。出力電圧波形の一例を
図2に示す。
【0015】
ここで、Voは出力電圧、Vは充電電圧を示す。上記の数式1からも分かるように、コンデンサCもしくは抵抗Rを変化させることで、パルス幅を制御することができる。
【0016】
パルス電界の印加により、発熱すると、殺菌効果が電界によるものか熱によるものかが分からなくなる。そこで、
図1には図示されていないが、電極部を冷却する水冷装置を設置している。この装置では、アース側の電極内にポンプにより水が流れることで、アース側の電極を冷やすように設計されている。さらに、高圧側には熱交換用フィンを取り付けており、熱を逃がしやすくなっている。
【0017】
本発明におけるパルス電界の印加では、本発明の課題を達成できる範囲内において、電界強度、印加回数、パルス幅などを自由に設定することができる。例えば、電界強度は、3kV/cm以上35kV/cm以下の範囲にあることが好ましい。印加回数は、10回以上600回以下の範囲にあることが好ましい。パルス幅は、1μs以上100μs以下の範囲にあることが好ましく、7μs以上12μs以下の範囲にあることが特に好ましい。
【0018】
本発明により、有用微生物に特定の条件のパルス電界を印加することで、菌体内容物が漏出しない程度の穿孔や、菌体内容物が大量に漏出するような穿孔を実現でき、有用微生物の活性の制御が可能となる。また、菌体が死滅しない程度に損傷を与えて、代謝の活動を減弱させることで、生菌数を維持しながら、発酵の過剰な進行を停止や抑制することが可能となる。また、パルス電界印加の直後ではなく、一定時間が経過した後に、菌体が死滅・破壊されるように、パルス電界印加の条件を制御することで、菌体内酵素の活性の発現する時機を適当に変化させることが可能となり、発酵食品の品質の特性を変更することが可能となる。これにより、微生物を利用した食品において、過剰な発酵の防止・抑制や、発酵時間の短縮などが可能になる。さらに、これまで、菌体内に大量の有用酵素を保有していながら、菌体の死滅・自己消化が生じなかったために、食品の熟成などに利用できなかった菌株を発酵食品の生産に利用できるようになるため、有用な香味や機能性をもつ新規な食品の生産につながる。その他に、発酵食品の保存中に減ずる香味成分や機能性成分の発現のピークを制御でき、香味成分や機能性成分の減衰により達成できなかった、賞味期限の延長が可能となる。あるいは、保存中に増加する不味成分を分解する酵素や、不味成分をマスキングする成分を生成する酵素を、適時に発現させることで、賞味期限の延長が可能となる。
【実施例】
【0019】
以下、実施例に基づいて、本発明をより具体的に説明する。なお、この実施例は、本発明を限定するものではない。
【0020】
[実施例1]パルス電界印加条件検討用試料の調製
実験試料には液体培地(Difco Lactobacilli MRS Broth)で2日間培養した乳酸菌(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus)を使用した。生理食塩水を用いて菌を洗浄処理し、培地50mLとともにマイクロチューブに入れ、3500rpmで10分間遠心分離を行った。上清の培地を全て抜き取り、生理食塩水を加え懸濁した後、再度、同条件で遠心分離を行った。上清の生理食塩水を全て抜き取り、100mMのリン酸カリウム緩衝液で懸濁した。この懸濁液を電極付きエレクトロポレーション用キュベット(電極間隔2mm)に入れ、パルス電界印加用の試料とした。
【0021】
[実施例2]PI蛍光染色法による細孔の確認
菌の細胞膜に細孔が生じることで、菌の内容物が放出される。これを確認するため、PI蛍光染色法を実施した。
実施例1で示した方法で試料を調製し、電界強度を10kV/cm、20kV/cm、30kV/cmに設定し、かつ、それぞれの電界強度について、印加回数を、50回、200回、500回実施した試料を用意した。また、コントロールとして、パルス電界を印加しない試料も用意した。各試料を、生理食塩水で10倍に希釈した。3500rpmで10分間遠心分離を行い、上清液を取り除き、PI(Propidium Iodide)溶液2μLを加えた。その後、室温で5分間放置した。その液を5μL採取し、蛍光顕微鏡を用いて、試料中の乳酸菌の細胞膜の破壊を目視確認した。
細胞膜の破壊を定量的に測定するために、数式2を用いて染色率として数値化した。この染色率の値が高いほど試料中の菌の細胞膜が破壊されており、内容物が放出される可能性が高いことを示していると考えられた。
【0022】
【数2】
【0023】
PI蛍光染色の結果を
図3に示した。10kV/cmの電界強度でもコントロール以上の染色率を示しているため、パルス電界を印加することで乳酸菌の細胞膜が破壊されていると考えられた。細胞膜を90%以上破壊するには、20kV/cmでは印加回数が200回以上、30kV/cmでは印加回数が50回以上で達成されることが判明した。
【0024】
[実施例3]酵素活性及び酵素流出量の測定
菌の内容物の放出を確認するため、内容物である酵素の活性を測定した。酵素活性は、基質に20mM L-lysine-p-nitroanilide dihydromide(Lys-pNA)を用い、酵素による基質の加水分解で生じるanilineの380nmの吸光度を測定することで、酵素活性の指標知とした。吸光度は、紫外可視分光光度計(UVmini-1240、島津製作所製)を用いて測定した。パルス電界の印加条件は、実施例2の結果を勘案し、電界強度は20kV/cmから30kV/cm、印加回数は50回と500回、パルス幅は7.3μs、繰り返し時間は0.5ppsとした。
【0025】
メタノールに融解した20mMのLys-pNA溶液0.4mLと、100mMリン酸カリウム緩衝液7.2mLを混合し、さらに試料の培養上清を0.4mL添加し、37℃で48時間放置して反応させた。この反応の途中に溶液をサンプリングし、予め30%(w/v)酢酸500μLを入れたマイクロチューブ中に、サンプリングした溶液を1000μL加えて、反応を停止させた。ボルテックスミキサーにて激しく攪拌した後、10000rpmで5分間遠心分離し、上清の吸光度(380nm)を測定した。吸光度は数時間ごとに測定し、吸光度変化の勾配を求め、酵素流出量とした。コントロールとして、パルス電界を印加しない試料の酵素活性も測定した。
【0026】
電界強度及び印加回数と、酵素流出量との関係を
図4に示した。この測定結果は、2時間の時点での吸光度と、24時間の時点での吸光度の勾配から求めた。パルス幅は、10μsとした。電界強度20kV/cmまたは25kV/cm、印加回数50回の条件では、
図3より50%程度の菌において細胞膜が破壊されていると考えられたが酵素の流出はみられなかった。電界強度30kV/cm、印加回数50回の条件では90%程度の菌において細胞膜が破壊されているにもかかわらず、
図4より、酵素流出量は大きくは変わらなかった。
【0027】
一方、印加回数500回の条件では、電界強度25kV/cmの場合で、コントロールの約2倍、電界強度30kV/cmの場合で、コントロールの約3倍の酵素が流出した。これらの条件では、
図3の結果より、いずれも約90%の菌の細胞膜が破壊されており、穿孔された菌の割合は変わらないが、電界強度及び印加回数が多い方が、菌からの酵素流出量が多いことが明らかとなった。
図3の結果より、細胞膜が破壊されていると考えられるにもかかわらず、酵素の流出量が少なかった点については、パルス電界印加により細胞膜に細孔が形成されたものの、それが小さな損傷であったことから、酵素の流出量が少なかったと考えられた。
【0028】
[実施例4]パルス印加後の経過日数と酵素流出
パルス電界を印加後、一定期間放置した際の酵素流出量の測定結果を
図6に示した。電界強度を30kV/cm、印加回数を50回とし、パルス電界印加後、4℃で2日後、4日後、6日後酵素流出量を測定した。
図6より、2日後及び4日後では、コントロールと同程度の酵素流出量であったが、6日後はコントロールの約2倍の酵素流出量があったことが判明した。この結果より、印加条件により、菌体からの酵素流出時期を遅くさせることができることが判明した。
【0029】
[実施例5]パルス幅と酵素流出量
パルス幅を7.3μsと10μs、電界強度は25kV/cm、パルス印加回数は500回とし、酵素流出量との関係を
図5に示した。パルス幅を長くすることで、酵素流出量が増加することが判明した。
【0030】
以上の結果より、必要な殺菌率以上に、電界強度、印加回数、パルス幅を増加させることにより、酵素流出量が増加するためには、電界強度、印加回数、パルス幅の3つの条件を最適化する必要があることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明により、発酵食品の菌を保存中には死滅させない程度に弱化させて、過剰な発酵を防止し、賞味期限を延長させる技術の可能性が示唆された。また、発酵食品の保存中の適当な時機に、菌体内酵素を漏出させて、有用な発酵を起こさせる技術の可能性が示唆された。