(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
焼き菓子に代表される含気泡性食材にチョコレート生地を浸み込ませたチョコレート複合食品は、消費者に人気のある商品である。かようなチョコレート複合食品の製造方法としては、含気泡性食材をチョコレート生地に浸漬し、減圧及び減圧解除することにより、チョコレート生地を含気泡性食材に浸透させる方法や、チョコレート生地を含気泡性食品素材と接触させた状態で、遠心力を作用させることにより、チョコレート生地を含気泡性食材に含浸させる方法が提案されている(特許文献1〜3)。このような方法でチョコレート生地を含気泡性食材に効率的に浸み込ませるには、含気泡性食材の気泡の孔径が大きく、また、チョコレート生地の粘度は低い方が好ましい。チョコレート生地の粘度を下げるには、チョコレート生地中の油脂含量を高めに設定することや、チョコレート生地を高めの温度で保持することが考えられる。
【0003】
ところでチョコレートは、チョコレートを構成する油脂の種類によって、テンパー型と非テンパー型とに大別される。テンパー型チョコレートは、油脂としてココアバターやココアバターと類似した対称型のトリアシルグリセロールに富む油脂を使用したチョコレートであり、製造工程上テンパリング処理が必要である。非テンパー型チョコレートは、油脂として主にラウリン系油脂や高トランス脂肪酸系油脂を使用したチョコレートであり、製造工程上テンパリング処理を必要としない。テンパー型チョコレートにおけるテンパリング処理とは、融液状のチョコレート生地に対称型トリアシルグリセロールの安定結晶の結晶核を生じさせる温度操作であり、例えば、ココアバター主体のチョコレートでは、40〜50℃で融解している融液状のチョコレート生地を、品温を27〜28℃程度まで下げた後に、再度29〜31℃程度まで加温する操作として知られる。テンパー型チョコレートにおいて、テンパリング処理を取らないで冷却固化すると、ブルームと呼ばれる現象が生じ、品質上の欠陥となる。
【0004】
非テンパー型チョコレートは、上述のテンパリング処理を取る必要がないので、融液状のチョコレート生地の温度を、例えば50℃程度に、高く設定することが可能である。これに対してテンパー型チョコレートでは、テンパリング処理により生じしめた結晶核を溶かさない温度で管理する必要があり、一般的には30℃程度で保持される。そして、該温度で保持された場合、チョコレート生地に経時的な粘度の上昇が生じうる。従って、テンパー型チョコレートを含気泡性食品素材に浸み込ませるには、厳密な温度や粘度の工程管理が必要とされる。このように、テンパー型チョコレートを使用すると、含気泡性食材にチョコレート生地を浸み込ませたチョコレート複合食品の製造に困難を伴うが、ココアバターを豊富に配合できるので、非テンパー型チョコレートよりも嗜好性が高く、市場において高いニーズがある。
【0005】
テンパー型チョコレート生地のハンドリング性を向上させるために、チョコレート中の油脂の一部に融点が低い油脂を配合することで、チョコレート生地の温度が低くなっても粘度の上昇を抑制する方法がある。しかしながら、得られるチョコレート複合食品は、耐熱性に乏しくベタベタしたものになるという問題が生じうる。
【0006】
テンパー型チョコレート生地のハンドリング性を向上させるためにはまた、テンパリング処理に替えてシーディング剤と呼ばれる対称型トリアシルグリセロールの安定結晶を融液状のチョコレート生地に添加する方法(シーディング法)が開発されている。シーディング剤としては、例えば、1,3−ジステアロイル−2−オレオイルグリセロール(StOSt)、1,3−ジベヘニル−2−オレオイルグリセロール(BOB)の結晶等を添加する方法が開発されている。特に、StOSt結晶(β
2−3型結晶)の融点が41℃であるのに対して、BOBの結晶(β
2−3型結晶)の融点は53℃であることが知られており、BOB結晶のシーディング剤を使用することで、テンパー型チョコレート生地の保持温度を高く設定できる。例えば、特許文献2においては、BOB結晶のシーディング剤を使用することで、チョコレート生地を35℃に保持している。
【0007】
上述のように、BOB結晶を使用すると、シーディング時の融液状のチョコレート生地の温度を高く設定することが可能であるため、粘度の上昇を抑制し、ハンドリング性を向上できる。他方、高温下でBOB結晶をシーディング剤として生地に添加すると、少量ではBOB結晶が融解し、シーディング剤としての機能を失うため、多量(例えば、チョコレート生地の油脂分に対して5質量%以上)のBOB結晶を使用する必要がある。しかし、多量のBOB結晶を使用すると、コストが高くなるだけではなく、得られるチョコレートの口どけ等が悪くなり、嗜好性に劣るチョコレートしか得られないという問題が生じうる。
【0008】
従って、簡便なシーディング法を利用していながら、チョコレート生地の粘度の上昇を抑制でき、良好な耐熱性、ブルーム耐性及び口どけを有する、含気泡性食材にチョコレート生地を浸み込ませたチョコレート複合食品の製造方法が求められていた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、良好な耐熱性、ブルーム耐性及び口どけを有する、含気泡性食材にチョコレート生地を浸み込ませたチョコレート複合食品の製造方法、及び、チョコレート複合食品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、意外にも、特定量のStOStを含む融液状のチョコレート生地に、β型StOSt結晶を少なくとも含むシーディング剤を添加することにより、チョコレート生地の粘度の上昇を抑制できること、及び、該シーディング剤が添加されたチョコレート生地を使用することで、良好な耐熱性、ブルーム耐性及び口どけを有する、含気泡性食材にチョコレート生地を浸み込ませたチョコレート複合食品が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。具体的に、本発明は、以下のようなものを提供する。
【0012】
(1) 以下の工程A、B及びCを含む、含気泡性食材にチョコレート生地を浸み込ませたチョコレート複合食品の製造方法。
工程A:チョコレート生地中の油脂のStOSt含量が26〜70質量%である融液状
のチョコレート生地を調製する工程
工程B:前記融液状のチョコレート生地に、β型StOSt結晶を少なくとも含むシー
ディング剤を添加する工程
工程C:前記シーディング剤が添加されたチョコレート生地を含気泡性食材に含浸させ
る工程
(ただし、StOStは1,3−ジステアロイル−2−オレオイルグリセロールを示す)
(2) 上記工程Bにおいて、融液状のチョコレート生地の温度が32〜40℃である(1)に記載のチョコレート複合食品の製造方法。
(3) 上記工程Cにおいて、シーディング剤が添加されたチョコレート生地の温度が32〜40℃である(1)又は(2)に記載のチョコレート複合食品の製造方法。
(4) 上記工程Bにおいて、β型StOSt結晶は、融液状のチョコレート生地中の油脂に対して0.05〜5質量%添加される(1)から(3)のいずれかに記載のチョコレート複合食品の製造方法。
(5) 上記工程Bにおいて、β型StOSt結晶は、StOStを40質量%以上含有する油脂に由来する結晶である(1)から(4)のいずれかに記載のチョコレート複合食品の製造方法。
(6) 上記工程Cにおいて、シーディング剤が添加されたチョコレート生地の粘度が500〜20000cPである(1)から(5)のいずれかに記載のチョコレート複合食品の製造方法。
(7) 上記工程Cにおいて、シーディング剤が添加されたチョコレート生地を減圧により含気泡性食材に含浸させる(1)から(6)のいずれかに記載のチョコレート複合食品の製造方法。
(8) 上記工程Cの後、シーディング剤が添加されたチョコレート生地を含浸させた含気泡性食材を冷却固化する工程Dをさらに含む(1)から(7)のいずれかに記載のチョコレート複合食品の製造方法。
(9) 含気泡性食材が、マカロン、クッキー、ビスケット、ウエハース、クラッカー、ラスク、パイ、パン、スポンジケーキ、パフ菓子及び米菓の群から選ばれる1種あるいは2種以上の組み合せである(1)から(8)のいずれかに記載のチョコレート複合食品の製造方法。
(10) (1)から(9)のいずれかに記載の製造方法から得られる、チョコレート複合食品。
(11) 含気泡性食材1質量部に対して、チョコレート生地中の油脂のStOSt含量が26〜70質量%であるチョコレート生地を0.5〜4質量部含浸させた、チョコレート複合食品。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、良好な耐熱性と口どけを有する、含気泡性食材にチョコレート生地を浸み込ませたチョコレート複合食品が得られる製造方法、及び、チョコレート複合食品が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[製造工程A]
本発明の製造方法は、チョコレート生地中の油脂のStOSt含量が26〜70質量%である融液状のチョコレート生地を調製する、工程Aを含む。以下、「StOSt」とは1,3−ジステアロイル−2−オレオイルグリセロールを指す。また、「BOB」とは1,3−ジベヘニル−2−オレオイルグリセロールを指す。
【0016】
本発明における「チョコレート生地」とは、チョコレートの原材料の粉砕やコンチングを経て得られた液状のチョコレートであって、冷却固化されて最終的に固形のチョコレートとなる前段階の液状のチョコレートを指す。本発明における「融液状の」チョコレート生地とは、チョコレート生地中の油脂が融解されたチョコレート生地を指す。チョコレート生地が融液状であるかどうかは、該チョコレート生地を冷却固化した後の、チョコレートの型抜けを確認することで判断できる。冷却固化されたチョコレートが成形型から型抜けしない場合(具体的には、成形型からのチョコレートの離型率が70%未満である場合)、チョコレート生地が融液状であると判断する。なお、本発明における「チョコレート生地中の油脂」とは、ココアバター等の油脂単体のみならず、カカオマス、ココアパウダー、全脂粉乳等のチョコレート生地の原料中に含まれる油脂も全て合計したものである。例えば、一般的に、カカオマスの油脂(ココアバター)含量は55質量%であり、ココアパウダーの油脂(ココアバター)含量は11質量%であり、全脂粉乳の油脂(乳脂)含量は25質量%であるから、チョコレート生地中の油脂は、各原料のチョコレート生地中の配合量(質量%)に含油率を掛け合わせたものを合計した値となる。
【0017】
本発明におけるチョコレート生地は、チョコレート生地に含まれる油脂中においてStOStを26〜70質量%含む。チョコレート生地中の油脂のStOSt含量が上記範囲にあると、生地の冷却固化後に得られるチョコレートに耐熱性が付与される(手に取ったときにベタベタした触感がない)だけではなく、得られるチョコレートのブルーム耐性が良好となる。本発明におけるチョコレート生地中に含まれるStOSt含量は、チョコレート生地に含まれる油脂中において27〜70質量%であることが好ましく、30〜60質量%であることがより好ましく、34〜55質量%であることがさらに好ましく、40〜55質量%であることが最も好ましい。
【0018】
[製造工程B]
本発明の製造方法は、工程Aで調製した融液状のチョコレート生地に、β型StOSt結晶を少なくとも含むシーディング剤を添加する、工程Bを含む。
【0019】
(β型StOSt結晶及びシーディング剤)
本発明における融液状のチョコレート生地には、上記の添加工程において、β型StOSt結晶を少なくとも含むシーディング剤が添加される。なお、本発明におけるシーディング剤は、β型StOSt結晶からなるものでもよく、β型StOSt結晶のほか、その他の油脂や、固形分(糖類、粉乳等)等を分散媒体として含むものであってもよい。シーディング剤中のβ型StOSt結晶は、10質量%以上であることが好ましく、30質量%以上であることがより好ましい。
【0020】
本発明において使用されるβ型StOSt結晶は、鎖長構造が3鎖で、かつ副格子がβ型の三斜晶系を示す1,3−ジステアロイル−2−オレオイルグリセロール(StOSt)の安定型結晶である。StOStの結晶型が3鎖長β型であることは、X線回折(粉末法)の測定により得られる回折ピークから判断される。すなわち、油脂結晶について、その短面問隔を2θが17〜26度の範囲でX線回折を測定し、4.5〜4.7Åの面間隔に対応する強い回折ピークを検出し、4.1〜4.3Å及び3.8〜3.9Åの面間隔に対応する回折ピークを検出しないか、微小な回折ピークである場合に、β型結晶であると判断される。また、油脂結晶について、その長面間隔を2θが0〜8度の範囲で測定し、60〜65Åに相当する強い回折ピークを検出する場合に、3鎖長構造であると判断される。
【0021】
本発明における融液状のチョコレート生地に使用されるβ型StOSt結晶は、20℃でのX線回折によって得られる4.1〜4.3Åの面間隔に対応する回折ピークの強度G’と4.5〜4.7Åの面間隔に対応する回折ピークの強度Gとの強度比(G’/G)が、0〜0.3であることが好ましく、0〜0.2であることがより好ましく、0〜0.1であることがさらに好ましい。X線回折ピークの強度比が上記範囲にあると、β型StOSt結晶がシーディング剤として有効に機能する。
【0022】
本発明において使用されるβ型StOSt結晶としては、StOStを含有する油脂(StOSt含有油脂とも呼ばれる)を使用することが好ましい。つまり、本発明において使用されるβ型StOSt結晶は、StOStを含有する油脂に由来する結晶であってもよい。StOStを含有する油脂がβ型StOSt結晶として使用できるかは、上記と同様にX線回折を測定することにより判断でき、該油脂のStOSt含量を、該油脂のβ型StOSt結晶含量として扱う。
【0023】
StOStを含有する油脂としては、例えば、カカオ代用脂の原料油脂として使用される、サル脂、シア脂、モーラー脂、マンゴー核油、アランブラッキア脂、ペンタデスマ脂等の油脂、及びそれらを分別した高融点部又は中融点部が挙げられる。また、既知の方法に基づいて、ハイオレイックヒマワリ油及びステアリン酸エチルエステルの混合物に対して、1,3位選択性リパーゼ製剤を用いてエステル交換反応を行い、脂肪酸エチルエステルを蒸留により除去した油脂、及びそれを分別した高融点部又は中融点部であってもよい。
【0024】
StOStを含有する油脂のStOSt含量は、40質量%以上であることが好ましく、50質量%以上であることがより好ましく、60〜90質量%であることがさらに好ましい。StOStを含有する油脂のStOSt含量が上記範囲にあると、β型StOSt結晶がシーディング剤として効率良く機能する。
【0025】
(β型StOSt結晶及びシーディング剤の調製方法)
本発明におけるβ型StOSt結晶は、StOStを含有する油脂から調製できる。StOStを含有する油脂をβ型StOSt結晶に調製するには、油脂中のStOSt含量が低い(例えば、油脂中に40質量%未満である)場合、油脂を加熱して油脂結晶を融解させた後、オンレーター、コンビネーター、ボテーター等の急冷混捏装置により急冷結晶化を行い、27℃程度で1日程度調温することにより、ペースト状又は可塑性状のβ型StOSt結晶を含むシーディング剤を調製できる。
【0026】
また、油脂中のStOSt含量が高い(例えば、油脂中に40質量%以上である)場合、油脂を加熱して油脂結晶を融解させた後、30℃程度に冷却して、例えば、上記のように調製したペースト状のβ型StOSt結晶を含むシーディング剤でシーディングした後、30℃程度を保持しつつ全体がスラリー状となるまで部分結晶化を行い、次いで樹脂型等に充填し、さらに28〜30℃で固化し、結晶を安定化させるエージングを適宜とることによりβ型StOSt結晶に調製できる。このように調製した塊状のβ型StOSt結晶を含む油脂は、油脂結晶が溶けないように(例えば、−20℃以下の環境で)適宜粉砕し、粉末状態のシーディング剤として使用できる。
【0027】
本発明における融液状のチョコレート生地に使用されるβ型StOSt結晶を含むシーディング剤は、粉末の状態であることが好ましい。該粉末は、その平均粒径が20〜200μmであることが好ましく、40〜160μmであることがより好ましく、60〜140μmであることがさらに好ましい。
【0028】
また、該粉末は、分散性を向上させるために、糖、澱粉、乳固形類等の固形物の粉末(好ましくは平均粒径が20〜140μmである粉末)と混合して油脂組成物を調製し、該油脂組成物を本発明におけるβ型StOSt結晶を含むシーディング剤として使用してもよい。また、該粉末は、分散性を向上させるために、30℃程度で融液状のココアバターもしくはカカオ代用脂肪に分散させてスラリーを調製し、該スラリーを本発明におけるβ型StOSt結晶を含むシーディング剤として使用してもよい。
【0029】
StOStを含有する油脂をβ型StOSt結晶に調製するための別の態様としては、例えば、StOStを含有する油脂を糖、澱粉、乳固形類等の固形状の粉末と混合し、必要に応じてロールリファイナー等で粒度を調製した後に調温することにより油脂組成物を調製し、該油脂組成物を本発明におけるβ型StOSt結晶として使用してもよい。
【0030】
(β型StOSt結晶の添加量)
シーディング剤の添加工程である工程Bにおいて、融液状のチョコレート生地に添加するβ型StOSt結晶の量は、チョコレート生地中の油脂に対して0.05〜5質量%であることが好ましく、0.1〜4.5質量%であることがより好ましく、0.2〜4質量%あることがさらに好ましい。β型StOSt結晶の添加量が上記範囲であると、融液状のチョコレート生地が高温(例えば、32〜40℃)であっても、また、このような高温下でチョコレート生地を保持しても、安定したシーディング効果を期待できる。
【0031】
β型StOSt結晶をチョコレート生地に添加した後は、攪拌等によりβ型StOSt結晶をチョコレート生地中に均一に分散させてもよい。
【0032】
シーディング剤の添加工程である工程Bにおいて、融液状チョコレート生地の生地温度は32〜40℃であってもよい。この生地温度は、シーディング法における通常の生地温度(約30℃)より高く、β型StOSt結晶の融点(約40℃)と同等又はそれ以下である。融液状のチョコレート生地の温度を32〜40℃に保持することにより、チョコレート生地の粘度の増加を抑制でき、かつ、シーディング剤に含まれるβ型StOSt結晶以外の低融点の油脂成分が融解するので、β型StOSt結晶がチョコレート生地中に均一に分散され易くなり、安定したシーディング効果が得られうる。工程Bにおける融液状のチョコレート生地の生地温度は34〜39℃であることが好ましく、35〜39℃であることがより好ましく、37〜39℃であることがさらに好ましい。工程Bにおける融液状のチョコレート生地の生地温度が高い場合、β型StOSt結晶を少なくとも含むシーディング剤の添加量を増やすことで効率的にシーディングを行うことができる。
【0033】
本発明におけるチョコレート生地は、シーディングの効果を効率良く得るために、テンパー型であることが好ましい。テンパー型のチョコレート生地としては、SOS型トリアシルグリセロール(以下、「SOS」ともいう)が、チョコレート生地中の油脂において40〜90質量%含まれるものが挙げられる。ここで、SOS型トリアシルグリセロールとは、グリセロール骨格の1,3位に飽和脂肪酸(S)が、2位にオレイン酸(O)が結合したトリアシルグリセロールである。飽和脂肪酸(S)は、炭素数16以上の飽和脂肪酸であることが好ましく、炭素数16〜22の飽和脂肪酸であることがより好ましく、炭素数16〜18の飽和脂肪酸であることがさらに好ましい。本発明におけるチョコレート生地中に含まれるSOS含量は、チョコレート生地に含まれる油脂中において50〜90質量%であることがより好ましく、60〜90質量%であることがさらに好ましい。
【0034】
[製造工程C]
本発明の製造方法は、工程Bでシーディング剤が添加されたチョコレート生地を、含気泡性食材に含浸させる、工程Cを含む。
【0035】
本発明におけるシーディング剤を添加後のチョコレート生地は、生地粘度の上昇を抑制するために、上記の工程Bの後、シーディング剤添加後のチョコレート生地の温度を32〜40℃に保持してもよい。融液状のチョコレート生地にβ型StOSt結晶を添加し、添加後も32〜40℃で好ましくは30分以上保持することにより、シーディング剤を添加したチョコレート生地の粘度の上昇を効果的に抑制できる。β型StOSt結晶を添加した後のチョコレート生地の温度は、34〜39℃に保持することが好ましく、35〜39℃に保持することがより好ましく、37〜39℃に保持することがさらに好ましい。融液状のチョコレート生地にβ型StOSt結晶を添加後、32〜40℃に保持する時間は、1〜24時間であることが好ましく、2〜12時間であることがより好ましく、3〜8時間であることがさらに好ましい。
【0036】
保持時間が上記の範囲内にあると、シーディング剤の添加工程である工程B後のチョコレート生地の粘度が、β型StOSt結晶の添加時の生地粘度の1.15倍以下(より好ましくは1.1倍以下)に抑制されうるので、含気泡性食材にチョコレート生地を浸み込ませる用途等におけるシーディング剤添加後のチョコレート生地の取り扱いが容易となる。本発明によれば、融液状のチョコレート生地にβ型StOSt結晶を添加後30分以上にわたって、β型StOSt結晶の添加時におけるチョコレート生地の粘度の1.2倍以下に抑制することもできる。なお、β型StOSt結晶の添加時の生地粘度と添加工程後の生地粘度とは、同一の温度条件で測定して比較する。
【0037】
シーディング剤が添加されたチョコレート生地を含気泡性食材に含浸させるときの生地粘度は、500〜20000cP(センチポアズ)であることが好ましく、1000〜10000cPであることがより好ましく、1000〜5000cPであることがさらに好ましい。チョコレート生地の粘度が上記範囲にあると、チョコレート生地を効率的に含気泡性食材に含浸させることができる。
【0038】
本発明におけるチョコレート生地の粘度は、例えば、回転型粘度計であるBM型粘度計を用いて、測定温度にてNo.4のローターを12rpmで回転させ、3回転後の読み取り数値又はNo.3のローターを30rpmで回転させ、3回転後の読み取り数値に装置係数を乗じて求める塑性粘度として計測できる。
【0039】
シーディング剤が添加されたチョコレート生地を含気泡性食材に含浸させる方法は、特に限定されるものではなく、例えば、当分野で行われる、常圧法、遠心法、減圧法、加圧法等を採用することができる。また、それらの2種以上の方法を組み合わせた複合方法を採用してもよい。特に、チョコレート生地の温度を32〜40℃に保持することにより、生地粘度を低く、また、その上昇を効果的に抑制できるので、減圧法が適している。
【0040】
減圧法では、例えば、減圧容器内のチョコレート生地に含気泡性食材を浸漬し、減圧をかけることにより、チョコレート生地を含気泡性食材に含浸させる。減圧の程度と継続時間は、含気泡性食材の種類と、含浸させたいチョコレート生地の量により、適宜設定すればよいが、減圧時の圧力は50〜600mmHg程度、より好ましくは100〜500mmHg程度が適当であり、減圧の継続時間は0.5〜20分間程度、より好ましくは1〜10分程度が適当である。減圧処理後は減圧を解除し、常圧に戻す。含気泡性食材の種類と、含浸させたいチョコレート生地の量によっては、チョコレート生地への含気泡性食材の浸漬、減圧、減圧解除の手順を繰り返しても良い。上記手順を繰り返すことにより、含気泡性食材の深部にまでチョコレート生地を含浸させることができる。
【0041】
本発明における含気泡性食材は、内部に多孔質の空隙を有する食品であれば、特に限定することはなく使用できる。例えば、畜肉類、魚介類、野菜類、果実類、凍り豆腐等の凍結乾燥品、組織状大豆蛋白、膨化スナック等の各種膨化食品、クッキー、ビスケット、ウエハース、クラッカー、パイ、スポンジケーキ、パフ菓子、米菓等の焼き菓子、ラスク、フランスパン等のパン類が挙げられる。特に、製菓製パン製品である、マカロン、クッキー、ビスケット、ウエハース、クラッカー、ラスク、パイ、パン、スポンジケーキ、パフ菓子及び米菓の群から選ばれる1種あるいは2種以上の組み合せであることが好ましい。
【0042】
[製造工程D]
本発明の製造方法は、工程Cの後、シーディング剤が添加されたチョコレート生地を含浸させた含気泡性食材を冷却固化する、工程Dをさらに含んでもよい。
【0043】
工程Dにおける冷却方法は特に限定されるものではなく、チョコレート生地を含浸させた含気泡性食材の特性に応じて、例えば、自然放冷、クーリングトンネル等での冷風吹付、冷却プレートとの接触等により冷却固化することができる。
【0044】
なお、本発明において「チョコレート」とは、「チョコレート類の表示に関する公正競争規約」(全国チョコレート業公正取引協議会)又は法規上の規定等により限定されるものではなく、食用油脂、糖類を主原料とし、必要によりカカオ成分(カカオマス、ココアパウダー等)、乳製品、香料、乳化剤等を加え、チョコレート製造の工程(混合工程、微粒化工程、精練工程、調温工程、成形工程、冷却工程等)の一部又は全部を経て製造されたものを指す。また、本発明におけるチョコレートは、ダークチョコレート、ミルクチョコレートのほか、ホワイトチョコレート、カラーチョコレート等も含む。
【0045】
また、本発明におけるチョコレートに含まれる油脂分(上記の「チョコレート生地中の油脂」の定義同様、チョコレートに含まれる全油脂の合計を指す)は、作業性や風味の点から25〜70質量%であることが好ましく、30〜60質量%であることがより好ましく、30〜50質量%であること最も好ましい。
【0046】
本発明におけるチョコレート生地及びチョコレートは、油脂のほかに、通常チョコレートに使用されるカカオマス、ココアパウダー、糖類、乳製品(乳固形類等)、乳化剤、香料、色素等のほか、澱粉類、ガム類、熱凝固性蛋白、各種粉末類等の食品改質材等が含まれていてもよい。チョコレート生地は、常法に従い、原材料の混合、ロールリファイニング等による微粒化、必要に応じてコンチング処理等を行い製造することができる。コンチング処理等において、加熱により油脂結晶が完全に融解した状態のチョコレート生地を本発明における融液状のチョコレート生地として使用できる。チョコレートの風味を損なわないように、コンチング処理における加熱は、40〜60℃で行うことが好ましい。なお、本発明におけるチョコレート生地は、水、果汁、各種洋酒、牛乳、濃縮乳、生クリーム等を含有した含水物であってもよく、O/W乳化型、W/O乳化型のいずれであってもよい。
【0047】
本発明のチョコレート複合食品の製造方法における好ましい態様の1つとしては以下の方法が挙げられる。(1)油脂、カカオマス、糖類、乳製品(乳固形類等)、乳化剤等を混合した後、ロールリファイニングによる微細化、コンチング処理を行い、油脂中のStOSt含量が26〜70質量%である32〜40℃の融液状のチョコレート生地を調製する。(2)得られた融液状のチョコレート生地にβ型StOSt結晶を含有する油脂粉末(シーディング剤)を、β型StOSt結晶の正味量として融液状のチョコレート生地中の油脂に対して0.05〜5質量%添加(シーディング)する。(3)得られたシーディング済みチョコレート生地を減圧容器内で32〜40℃に保持し、焼き菓子等の含気泡性食材を浸漬した後、圧力を50〜600mmHg程度の減圧とし、0.5〜20分間程度経過後に減圧解除する。(4)シーディング済みチョコレート生地を含浸させた含気泡性食材を取り出し、余分なチョコレート生地を取り除いた後、冷却プレート等で冷却固化し、本発明のチョコレート複合食品を得る。
【0048】
本発明におけるチョコレート生地は、ココアバターの含有量が多いテンパー型チョコレート生地であっても、経時的な生地粘度の上昇が抑制されるので作業性がよく、チョコレート風味豊かなチョコレート複合食品が得られる。また、耐熱性が良好なため、チョコレート複合食品を手にしたとき、ベタベタする触感が改善される。上記特性を活かすために、本発明におけるチョコレート複合食品は、1質量部の含気泡性食材に対してチョコレートを0.5〜4質量部含むことが好ましく、1〜4質量部含むことがより好ましく、1.5〜3.5質量部含むことがより好ましい。
【実施例】
【0049】
以下に、実施例を提示することにより、本発明をさらに具体的に説明する。
なお、油脂中の各トリアシルグリセロール含量、各温度におけるチョコレート生地の粘度の測定は以下の方法により測定した。
【0050】
(トリアシルグリセロール含量)
各トリアシルグリセロール含量は、ガスクロマトグラフィー法により測定した。トリアシルグリセロールの対称性は、銀イオンカラムクロマトグラフィー法により測定した。
【0051】
(チョコレート生地の粘度)
チョコレート生地の粘度は、BM型粘度計(東機産業社製)を使用し、No.4のローターを12rpmで回転させ、1分後の読み取り数値に装置係数(500)または、No.3のローターを30rpmで回転させ、1分後の読み取り装置に装置係数(40)を乗じて求めた。
【0052】
[StOSt含有油脂の調製]
既知の方法に従って、ハイオレイックヒマワリ油40質量部に、ステアリン酸エチルエステル60質量部を混合し、1,3位選択性リパーゼ製剤を添加してエステル交換反応を行った。ろ過処理によりリパーゼ製剤を除去し、得られた反応物を薄膜蒸留にかけ、反応物から脂肪酸エチルを除去して蒸留残渣を得た。得られた蒸留残渣を乾式分別により高融点部を除去し、得られた低融点部からアセトン分別により2段目の低融点部を除去して中融点部を得た。得られた中融点部を常法によりアセトン除去及び脱色、脱臭処理して、StOSt含量が67.3質量%であるStOSt含有油脂を得た。
【0053】
[β型StOSt結晶(シーディング剤)の調製]
以下の方法に従って、β型StOSt結晶を含む油脂であるシーディング剤Aを得た。得られたシーディング剤Aの結晶型及びβ型StOSt結晶含量を表1にまとめた。
【0054】
ハイオレイックヒマワリ油75質量部とStOSt含有油脂(StOSt含量67.3質量%)25部とを混合し、60℃で完全に油脂結晶を融解させた後、オンレーターにて急冷結晶化を行い、27℃で1日調温して、ペースト状のシーディング剤αを得た。次いで、StOSt含有油脂(StOSt含量67.3質量%)を加熱し、油脂結晶を完全に融解させた後冷却し、油温が30℃の時点でシーディング剤αを対油0.5質量%添加して、20℃まで冷却した。冷却後、38℃6時間と30℃6時間の調温サイクルを5サイクル繰り返した後、−20℃で粉砕し、その後篩かけをして、平均粒径が100μmである粉末状のシーディング剤Aを得た。
【0055】
【表1】
【0056】
[チョコレート複合菓子の調製1]
(含気泡性食材の調製)
市販のスナックパン(直径約2cm)を厚さ約2cmに切断し、150℃にて30分間焼成したものを含気泡性食材とした。
(チョコレート生地の調製)
表2の配合に従って、原材料を混合した後、常法に従って、ロールリファイニング、コンチングを行い、表3(実施例1〜3及び比較例1)に記載の生地温度に調整した融液状のチョコレート生地(生地の油脂含量50質量%)を調製した。該融液状チョコレート生地にシーディング剤Aを対油0.5質量%(β型StOSt結晶として融液状チョコレート生地中の油脂に対して0.335質量%)添加し、攪拌によりシーディング剤Aを均一に分散した。分散後のチョコレート生地粘度を測定した。
(含浸処理)
シーディング剤添加後のチョコレート生地を減圧容器に移し、生地温度を引き続き表3に記載の温度にて5〜10分間程度保持した。チョコレート生地中に上記で調製した含気泡性食材を浸漬した後、500mmHgの圧力で1分間減圧処理を行い、減圧解除した。減圧及び減圧解除は、1回のみ、3回繰り返し及び5回繰り返しの場合に分けて行った。含気泡性食材を取り出し、過剰なチョコレート生地を遠心分離で落した後、10℃で冷却固化を行い、実施例1〜3及び比較例1のチョコレート複合食品を得た。
【0057】
上記で作製した実施例1〜3及び比較例1のチョコレート複合菓子につき、以下の評価基準に従って、品質評価を行った。結果を表3に示した。
【0058】
(含気泡性食材に含浸したチョコレートの量)
含気泡性食材に含浸したチョコレートの量について、「含浸後の質量/含浸前の質量」を計算することにより、質量比を求めた。
【0059】
(口どけ評価)
チョコレート複合菓子を食したときの口どけ
◎ 非常に良好
○ 良好
△ 不良
× 不可
【0060】
(耐熱性評価)
減圧及び減圧解除を1回行って冷却固化したチョコレート複合菓子を手で持ったときの触感
◎ 非常に良好 (ベタベタ感がない)
○ 良好 (しばらく持っていると、ベタベタ感がややある)
△ 不良 (ベタベタ感がややある)
× 不可 (ベタベタしている)
【0061】
(ブルーム耐性評価)
減圧及び減圧解除を1回行って冷却固化したチョコレート複合菓子を、32℃12時間と20℃12時間を1サイクルとして保管した場合のブルームが発生するまでのサイクル数
◎ 非常に良好 (6サイクル以上)
○ 良好 (4〜5サイクル)
△ 不良 (2〜3サイクル)
× 不可 (0〜1サイクル)
【0062】
【表2】
【0063】
【表3】
【0064】
[チョコレート複合菓子の調製2]
実施例3において調製したシーディング剤添加後のチョコレート生地を減圧容器に移し、生地温度を引き続き37℃にて3時間保持した。生地粘度を測定した後、チョコレート生地中に[チョコレート複合菓子の調製1]で調製した含気泡性食材を浸漬した後、500mmHgの圧力で1分間減圧処理を行い、減圧解除した。減圧及び減圧解除は、1回のみ、3回繰り返し及び5回繰り返しの場合に分けて行った。含気泡性食材を取り出し、過剰なチョコレート生地を遠心分離で落した後、10℃で冷却固化を行い、実施例4のチョコレート複合食品を得た。
【0065】
上記で作製した実施例4のチョコレート複合菓子につき、[チョコレート複合菓子の調製1]と同様の評価基準に従って、品質評価を行った。結果を表4に示した。
【0066】
【表4】
【0067】
[BOB含有油脂及びβ型BOB結晶の調製]
既知の方法に従って、ハイオレイックヒマワリ油40質量部に、ベヘン酸エチルエステル60質量部を混合し、1,3位選択性リパーゼ製剤を添加してエステル交換反応を行った。ろ過処理によりリパーゼ製剤を除去し、得られた反応物を薄膜蒸留にかけ、反応物から脂肪酸エチルを除去して蒸留残渣を得た。得られた蒸留残渣を乾式分別により高融点部を除去し、得られた低融点部からアセトン分別により2段目の低融点部を除去して中融点部を得た。得られた中融点部を常法によりアセトン除去及び脱色、脱臭処理して、BOB含量が65.0質量%であるBOB含有油脂を得た。
【0068】
引き続き、BOB含有油脂を完全に融解させた後、20℃まで冷却結晶化し、その後、30℃、12時間と50℃、12時間の調温サイクルを14サイクル繰り返した後、−20℃で粉砕し、その後篩かけをして、平均粒径が100μmである粉末状のシーディング剤BOBを得た。シーディング剤BOBをX線回折により結晶型を確認したところ、3鎖長(70〜75Åに該当する回折線)であり、β型(4.5〜4.7Åに該当する非常に強い回折線)であることが確認できた。
【0069】
[チョコレート複合菓子の調製3]
表2のチョコレート生地Bの配合に従って、原材料を混合した後、常法に従って、ロールリファイニング、コンチングを行い、表5(比較例2、3)に記載の生地温度に調整した融液状のチョコレート生地(生地の油脂含量50質量%)を調製した。該融液状チョコレート生地にシーディング剤BOBを対油1.0質量%及び8.0質量%(β型BOB結晶として融液状チョコレート生地中の油脂に対して0.325質量%及び5.2質量%)それぞれ添加し、攪拌によりシーディング剤BOBを均一に分散した。シーディング剤添加後のチョコレート生地を減圧容器に移し、生地温度を引き続き表4に記載の温度にて5〜10分間程度保持した。チョコレート生地中に[チョコレート複合菓子の調製1]で調製した含気泡性食材を浸漬した後、500mmHgの圧力で1分間減圧処理を行い、減圧解除した。含気泡性食材を取り出し、過剰なチョコレート生地を遠心分離で落した後、10℃で冷却固化を行い、比較例2及び比較例3のチョコレート複合食品を得た。
【0070】
上記で作製した比較例2及び3のチョコレート複合菓子につき、[チョコレート複合菓子の調製1]と同様の評価基準に従って、品質評価を行った。結果を表5に示した。
【0071】
【表5】