特許第6064220号(P6064220)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人日本原子力研究開発機構の特許一覧 ▶ 国立大学法人茨城大学の特許一覧 ▶ 国立大学法人北海道大学の特許一覧

特許6064220放射性セシウム汚染土壌の除染方法及び放射性セシウムの拡散防止方法
<>
  • 特許6064220-放射性セシウム汚染土壌の除染方法及び放射性セシウムの拡散防止方法 図000002
  • 特許6064220-放射性セシウム汚染土壌の除染方法及び放射性セシウムの拡散防止方法 図000003
  • 特許6064220-放射性セシウム汚染土壌の除染方法及び放射性セシウムの拡散防止方法 図000004
  • 特許6064220-放射性セシウム汚染土壌の除染方法及び放射性セシウムの拡散防止方法 図000005
  • 特許6064220-放射性セシウム汚染土壌の除染方法及び放射性セシウムの拡散防止方法 図000006
  • 特許6064220-放射性セシウム汚染土壌の除染方法及び放射性セシウムの拡散防止方法 図000007
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6064220
(24)【登録日】2017年1月6日
(45)【発行日】2017年1月25日
(54)【発明の名称】放射性セシウム汚染土壌の除染方法及び放射性セシウムの拡散防止方法
(51)【国際特許分類】
   G21F 9/28 20060101AFI20170116BHJP
   B01J 20/12 20060101ALI20170116BHJP
【FI】
   G21F9/28 511C
   B01J20/12 A
   G21F9/28 Z
【請求項の数】6
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-50930(P2012-50930)
(22)【出願日】2012年3月7日
(65)【公開番号】特開2013-185941(P2013-185941A)
(43)【公開日】2013年9月19日
【審査請求日】2015年3月6日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 第55回粘土科学討論会講演要旨(平成23年9月14日)日本粘土学会発行に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 粘土科学第50巻第2号(平成23年12月25日)日本粘土学会発行第52−57ページに発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 日刊工業新聞朝刊(平成24年1月25日)日刊工業新聞社発行に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 ウェブサイト(http://www.nikkan.co.jp/news/photograph/nhx_p20120139−2.html)(平成24年1月30日)に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)「平成23年度文部科学省「科学技術戦略推進費」委託業務、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願」
(73)【特許権者】
【識別番号】505374783
【氏名又は名称】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(73)【特許権者】
【識別番号】504203572
【氏名又は名称】国立大学法人茨城大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100075270
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 泰
(74)【代理人】
【識別番号】100096013
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 博行
(74)【代理人】
【識別番号】100092967
【弁理士】
【氏名又は名称】星野 修
(74)【代理人】
【識別番号】100112634
【弁理士】
【氏名又は名称】松山 美奈子
(72)【発明者】
【氏名】長縄 弘親
(72)【発明者】
【氏名】柳瀬 信之
(72)【発明者】
【氏名】永野 哲志
(72)【発明者】
【氏名】三田村 久吉
(72)【発明者】
【氏名】熊沢 紀之
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 努
【審査官】 後藤 孝平
(56)【参考文献】
【文献】 欧州特許出願公開第01010475(EP,A1)
【文献】 長縄 弘親,ほか9名,“ポリイオンコンプレックスを固定化剤として用いる土壌表層の放射性セシウムの除去”,日本原子力学会和文論文誌,日本,一般社団法人 日本原子力学会,2011年 9月27日,Vol. 10, No. 4,p. 227-234
【文献】 長縄 弘親,“ポリイオン/粘土を利用した汚染土壌中の放射性セシウムの除去”,粘土化学,日本,日本粘土学会,2011年12月25日,第50巻第2号,p. 52-57
【文献】 長縄弘親,ほか9名,ポリイオンコンプレックスを固定化剤として用いる土壌表層の放射性セシウムの除去,日本原子力学会和文論文誌,日本,一般社団法人 日本原子力学会,2011年 9月27日,Vol10, No.4,p227-234
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G21F 9/28
B01J 20/12
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
粘土微粒子懸濁液とポリイオン複合体水溶液とをこの順番で放射性セシウム汚染土壌に散布し、当該土壌の表土を剥離する、放射性セシウム汚染土壌の除染方法。
【請求項2】
剥離した土壌から、前記ポリイオン複合体の作用によって固化した土壌のみをふるい分けて除去する、請求項1に記載の放射性セシウム汚染土壌の除染方法。
【請求項3】
前記ポリイオン複合体水溶液は、カチオン化セルロース、カチオン化でんぷん、アミノ基を有するポリマーもしくは4級アンモニウム塩のポリマーから選択されるポリ陽イオンを含む水溶液と、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルアミロース、リグニンスルホン酸およびその塩、ポリアクリル酸およびその塩、ポリスルホン酸およびその塩から選択されるポリ陰イオンを含む水溶液と、を混合し、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化アンモニウム、塩化マグネシウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸アンモニウム、硫酸マグネシウムから選択される塩を添加して調製される、請求項1又は2に記載の放射性セシウム汚染土壌の除染方法。
【請求項4】
前記粘土微粒子懸濁液は、1μm〜10μm又は10μm〜100μmの平均粒径を有するベントナイト粒子を5〜15wt%含有する懸濁液である、請求項1〜3のいずれかに記載の放射性セシウム汚染土壌の除染方法。
【請求項5】
前記ポリイオン複合体水溶液は、ポリ陽イオン及びポリ陰イオンを1〜6wt%含む水溶液である、請求項1〜4のいずれかに記載の放射性セシウム汚染土壌の除染方法。
【請求項6】
粘土質が多くない土壌に対し、粘土微粒子懸濁液とポリイオン複合体水溶液とをこの順番で放射性セシウム汚染土壌に散布し、放射性セシウムを粘土微粒子中に取り込み、当該放射性セシウムを取り込んだ粘土微粒子を含む土壌をポリイオン複合体で固化し、放射性セシウムを固定する、放射性セシウムの拡散防止方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射性セシウム汚染土壌の除染方法に関する。特に、粘土微粒子のセシウムに対する吸着又は捕集作用及びサクション作用を利用すると同時に、ポリイオン複合体の土壌に対する粘着作用、固化作用及び吸湿又は保水作用を併用して、放射性セシウムに汚染された土壌を除染する方法に関する。さらに、本発明は、粘土微粒子及びポリイオン複合体を用いる放射性セシウムの拡散防止方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
平成23年3月に発生した東京電力福島第1原子力発電所の事故で飛散した放射性物質により、広範囲にわたって土壌が汚染された。この状態から1日も早く復旧するためには、汚染土壌から放射性物質を効果的、効率的、かつ安全に除去する技術、および土壌からの粉塵・泥水の発生や移行を抑制して汚染の拡大を防止する技術を早急に確立しなければならない。事故の発生から11ケ月を経過した平成24年2月現在、半減期の短い放射性ヨウ素はほとんど存在せず、半減期の長い放射性セシウム(Cs-137:半減期30年、Cs-134:半減期約2年)が主たる汚染物質である。すなわち、多くの場合、汚染土壌の処理は、放射性セシウムに対するものである。
【0003】
放射性セシウムは、粘土などの微粒子に吸着固定化された状態で表層の土壌(表土)にとどまりやすい性質がある。よって、汚染土壌の除染には、多くの放射性セシウムが表土に存在しているうちに、表土のみを剥離することが最も有効である。粘土に吸着固定化された状態での放射性セシウムは、乾燥すると粉塵となり、降雨によって泥水となって周囲に拡散する。したがって、汚染の拡大を防止し、除染作業を安全に行う上で、土壌からの粉塵及び泥水の発生を抑制することが重要である。一方、粘土などによって固定化されていない放射性セシウムは水によって土壌から溶出して移動するため、雨の多い日本の気候のもとでは、現時点では放射性セシウムは表土にとどまっているものの、乾燥した地域と比べれば、セシウムはより深い場所に移行しやすいと考えられ、移行抑制に対する処理も重要となる。
【0004】
さらに、剥ぎ取った表土は放射性セシウムの半減期のおよそ10倍にわたる長期間遮蔽保管する必要があるため、できる限り減容すべきである。除染の対象となる地域は広大であり、表土を必要最小限で剥ぎ取ることができたとしても、発生する放射性セシウムを含む廃棄土は膨大であり、処分場不足が懸念されるからである。
【0005】
表土の剥ぎ取り時の粉塵及び泥水による内部被ばくの防止には、ポリイオン複合体の持つ土壌に対する粘着作用、固化作用及び吸湿又は保水作用が有効である。ポリ陽イオンとポリ陰イオンを混合することで生成するポリイオン複合体は、ゲル状で水に溶解しない物質であり、土壌粒子どうしを粘着し接合させる作用、乾燥して土壌を固化させる作用、さらには、水を吸収して膨潤することで吸湿又は保水する作用を有する。また、ポリ陽イオンとポリ陰イオンを混合する際に両ポリイオン間の静電力を緩衝する働きをする薬剤として塩(NaClなど)を共存させると、ポリイオン複合体を生じさせることなく水溶液の状態を維持できるため、容易に散布することができる。なお、ポリイオン複合体は、チェルノブイリ原子力発電所の事故後にその周辺に散布され、粉塵の発生を抑制できた実績がある(非特許文献1参照)。ただし、表土剥ぎ取り(除染)を目的としてポリイオン複合体が利用された実績はなく、ポリイオン複合体の散布後は、剥ぎ取り作業を行うことなく、そのまま放置された。かかる方法では、放射性セシウムを土壌中に固定化することはできるものの、除染することができない。国土面積の狭い日本では広大な放射性セシウム汚染土壌を放置できず、土壌を剥ぎ取り遮蔽保管することが必要である。また、遮蔽保管するための処分場の確保の問題から、廃棄土の減容化が必須である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】A. B. Zezin, 熊沢紀之, “チェルノブイリ原子力発電所事故の化学処理-放射能汚染拡大を防ぐためにロシアの化学者はどう対処したのか-”, 現代化学, 1999年6月号No.339, 30-38 (1999)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
放射性セシウム汚染土壌の除染には、放射性セシウムの多くが存在する表土の剥ぎ取りが最も有効であり、汚染の拡大を防ぐには、表土からの粉塵及び泥水の発生並びに放射性セシウムが土壌中のより深い場所へ移行することを抑制することが重要である。また、剥ぎ取った表土は、できる限り減容しなければならない。
【0008】
表土の剥ぎ取りを行う際には、作業時に飛散した粉塵を吸い込んで内部被ばくしないための方策を講じなければならない。加えて、飛び散った泥水が作業者の衣服や土木作業機械に付着した際、付着した泥水が乾燥することで発生する微粒子を作業者が吸引して内部被ばくするリスクがあることから、泥水対策も必要となる。また、除染の対象となる面積が広大であることから、剥ぎ取る土の量を必要最小限に抑えるための方策も必要である。さもなければ、放射性廃棄物となる廃土の量が膨大となって、処分が困難になるからである。
【0009】
一方、汚染の拡大を防ぐために行う表土からの粉塵及び泥水発生の抑制は、汚染のより強い場所から順に行うべきである。汚染度の低い場所から先に処理を行っても、汚染度の高い場所から粉塵が飛来したり、土壌表面で発生した泥水が流入したりすれば、処理を行った意味は無くなってしまうからである。しかしながら、汚染の強い土壌は、受入可能な処分場が限られ、かつ安全上、簡便な方法での仮置きができないため、表土除去(除染)をすぐに行うことができない。また、広大な地域を除染対象にする場合には、まずは粉塵及び泥水の発生を抑制するための処理を施し、その後、時間をかけて表土の剥ぎ取り作業を行う方式が好ましい。粉塵及び泥水の発生抑制と表土除去(除染)を同時進行で行おうとすると、除染を終えた場所に対して、粉塵及び泥水の発生が抑制されていない場所から放射性物質が飛来して流入することで、すぐさま、除染した場所が再汚染されてしまうからである。以上のように、粉塵及び泥水発生を抑制する処理を行っても、すぐには表土除去(除染)の作業を行えない現実があることを考慮すると、長い期間にわたって粉塵及び泥水発生の抑制効果を維持できる方法を選択しなければならない。
【0010】
さらに、現時点では放射性セシウムが表土にとどまっているといっても、雨の多い日本の気候のもとでは、乾燥した場所と比較すれば、放射性セシウムが雨水に含まれて土壌中に浸透しやすいため、より深い場所に移行しやすいと考えられる。よって、早期に放射性セシウムの移行を抑制する処理が必要となる。また、このセシウム移行抑制効果も、長期間にわたって維持されなければならない。
【0011】
すなわち、放射性セシウム汚染土壌の除染及び拡散防止を達成するためには、1)表土除去時の粉塵及び泥水の発生を抑制すること、2)除去する表土を必要最小限の量として減容化すること、3)長期間にわたる粉塵及び泥水の発生を抑制する効果を維持すること、4)長期間にわたり放射性セシウムの移行を抑制すること、の4項目すべてを満足する方法が望まれているが、現時点までにこれら4項目全てを満足する方法は知られていない。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、1)表土除去時の粉塵及び泥水の発生を抑制すること、2)除去する表土を必要最小限の量として減容化すること、3)長期間にわたる粉塵及び泥水の発生を抑制する効果を維持すること、4)長期間にわたり放射性セシウムの移行を抑制すること、の4項目すべてに対して有効な放射性セシウム汚染土壌の除染方法(以下「ポリイオン粘土法」ともいう)の開発に成功した。以下に、その詳細を述べる。
【0013】
本発明によれば、粘土微粒子懸濁液とポリイオン複合体水溶液とをこの順番でセシウム汚染土壌に散布し、当該土壌の表土を剥離することで、放射性セシウム汚染土壌の除染方法が提供される。
【0014】
粘土微粒子懸濁液とポリイオン複合体水溶液とのセシウム汚染土壌への散布方法は、特に限定されず、汚染土壌表面への散布、ニードルを用いて汚染土壌中への注入、汚染土壌に穴をあけて穴内部に散布する方法などを採用することができる。
【0015】
本発明のポリイオン粘土法の特徴は、ポリイオン複合体と粘土微粒子を併用することにある。粘土微粒子は、セシウムを吸着して固定化する作用およびセシウムをサクションにより吸い上げる作用を有するため、セシウムが土壌中の深部へ移行することを抑制し、表層土壌中に濃縮させることに有効である。しかし、粘土微粒子は、乾燥すれば粉塵として飛散し、降雨によって泥水となって土壌表層を流れるため、吸着したセシウムも一緒に移行及び拡散させてしまう。そこで、汚染された土壌に粘土微粒子と、ポリイオン複合体とを添加して、セシウムに汚染された土壌粒子と粘土微粒子とを粘着させることで、土壌表層からの粉塵又は泥水の発生を抑制する。
【0016】
表土の剥ぎ取り時の粉塵及び泥水による内部被ばくの防止には、ポリイオン複合体の持つ土壌に対する粘着作用、固化作用及び吸湿又は保水作用が有効である。ポリ陽イオンとポリ陰イオンを混合することで生成するポリイオン複合体は、ゲル状で水に溶解しない物質であり、土壌粒子どうしを粘着し接合させる作用、乾燥して土壌を固化させる作用、さらには、水を吸収して膨潤することで吸湿及び保水する作用を有する。また、ポリ陽イオンとポリ陰イオンを混合する際に両ポリイオン間の静電力を緩衝する働きをする薬剤として塩(NaClなど)を共存させると、ポリイオン複合体を生じさせることなく水溶液の状態を維持できるため、容易に散布することができる。すなわち、ポリイオン複合体水溶液は、カチオン化セルロース、カチオン化でんぷん、アミノ基を有するポリマーもしくは4級アンモニウム塩のポリマーから選択されるポリ陽イオンを含む水溶液と、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルアミロース、リグニンスルホン酸およびその塩、ポリアクリル酸およびその塩、ポリスルホン酸およびその塩から選択されるポリ陰イオンを含む水溶液と、を混合し、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化アンモニウム、塩化マグネシウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸アンモニウム、硫酸マグネシウムから選択される塩を添加して調製される。ポリ陽イオンとしてのアミノ基を有するポリマーとしては、ポリアリルアミン、ポリアクリルアミド、ポリアミンスルホンなど、4級アンモニウム塩のポリマーとしては、ポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド(poy-DADMAC)、ポリビニルトリメチルアンモニウム塩、ポリメタクリロエチルトリメチルアンモニウム塩、ポリメタクリロオキシエチルトリメチルアンモニウム塩などを好ましく用いることができる。
【0017】
ポリイオン複合体は、長い期間にわたって粉塵及び泥水の発生を抑制できる。ポリイオン複合体は、表土を固化できるうえに、水に溶解しない。すなわち、降雨によって軟化するものの、吸湿及び膨潤により粘り気の強いゲルとなって土中にとどまるため、雨によって溶出することがなく、泥水の発生を抑制する。なお、ポリイオン複合体は、湿潤状態の方が粉塵抑制の効果は高く、この観点においては粘土微粒子の固化状態を維持する必要がない。また、表土の固化によって粉塵の発生を抑制する他の土壌処理剤(樹脂剤、セメント剤など)とは異なり、乾燥による固化と降雨による軟化を繰り返す点で、環境中での耐性を長く維持できる点も特徴的である。すなわち、固化によって粉塵を抑制する他の土壌処理剤では、経年劣化によって固化した土壌がもろくなれば、崩れて再び土壌粒子が飛散するようになる。一方、ポリイオン複合体は、固化していなくても粉塵を抑制できるため、経年による効果の低下が起こりにくい。加えて、紫外線に対する耐性が高く、環境中での微生物分解を受けにくい。このように、ポリイオン複合体の特徴は、環境中での耐久性の大きさにつながるものが多く、事実、チェルノブイリ周辺では、8年という長い期間にわたって、その効力を維持できたと言われている(非特許文献1参照)。
【0018】
以上のように、ポリイオン複合体は、長期間にわたって表土からの粉塵及び泥水の発生を抑制できるが、一方で、放射性セシウムを吸着固定化する能力には乏しい。表土自体が放射性セシウムをとどめるに十分な力を持たない限り、降雨によって放射性セシウムは土壌のより深い場所に移行する。すなわち、放射性セシウムの移行抑制という観点において、上記ポリイオン複合体の適用だけでは不十分である。とくに、チェルノブイリ周辺とは異なり雨が多い日本の環境においては、放射性セシウムの移行を抑制するための措置は重要である。
【0019】
粘土微粒子は、水を含んで膨潤し乾燥によって収縮する性質を持っている。たとえば、懸濁液の中で膨潤した粘土微粒子は、乾燥によって著しく体積を減少させる。このような粘土微粒子の性質を除染に利用することができる。すなわち、粘土微粒子の懸濁液を土壌に散布し、土壌中の空隙に行き渡らせた後に乾燥させると、毛細管現象に基づいて放射性セシウムを吸い上げることが可能になる。この現象をサクションと呼ぶ。粘土質が少ない土壌では、粘土質に固定されないまま深部に移行したセシウムが存在するが、このような放射性セシウムは水によって容易に溶出され、懸濁液の中の粘土微粒子に吸着及び固定化される。粘土懸濁液の乾燥及び収縮は、風や日光にさらされる表面から始まるため、放射性セシウムを固定した粘土微粒子は必然的に表面に集まる。このような粘土微粒子による放射性セシウムの表層への吸い上げ効果(サクション)とともに、ポリイオン複合体による土壌粒子のこぼれ落ち抑制、およびポリイオン複合体により固化した土壌のふるい選別を併用することにより、除去すべき表土の量を最小限にとどめることが可能となる。
【0020】
除去する表土の量を必要最小限に抑えるためには、剥ぎ取るべき部分のみを固化する、あるいはその部分にある土壌粒子どうしを糊のように接着する効果のある薬剤により、こぼれ落ちを抑制することが効果的である。また、固化した土壌に対しては、ふるい等によって固化していない土壌と選別することが可能であり、このようなふるい分けにより、効果的かつ効率的に必要最小限の表土のみを選択的に除去することができる。ポリイオン複合体は、その粘着作用によって表土除去の際にこぼれ落ちを抑制し、固化作用によって除去すべき部分のみを選別する際にも効果的である。
【0021】
特に、本発明の除染方法は、表土の放射性セシウム保持力が乏しい場合に有効である。ポリイオン複合体水溶液と粘土微粒子懸濁液とを散布することで、放射性セシウムを表土に濃縮して固定化することが可能となる。最終的に表土を剥離して除染する場合には、粉塵及び泥水の発生を抑制するだけではなく、表土から深部へのセシウムの移行を抑制することも重要である。放射性セシウムが深部に浸透した状態では、表土を剥離しても十分に除染できないからである。また、放射性セシウムの移行抑制が十分でなければ、深く浸透した放射性セシウムが地下水に入り込むことで、水環境を汚染するリスクも発生する。粘土微粒子はその層状構造の中に長く放射性セシウムを吸着固定化できる性質を持ち、ポリイオン複合体は放射性セシウムを吸着固定化した粘土微粒子を含む土壌を粘着作用により塊状に保持することができるため、長期間にわたる放射性セシウムの移行抑制に効果的である。また、放射性セシウムがすでに深い場所にまで到達している場合であっても、粘土微粒子によるサクション作用により深部の放射性セシウムを表土に吸い上げて固定化し、表土の剥ぎ取りを最小限にとどめることが可能である。
【0022】
すなわち、本発明によれば、粘土微粒子懸濁液とポリイオン複合体水溶液とをこの順番でセシウム汚染土壌に散布することで放射性セシウムの深部への移行と粘土微粒子を含む粉塵及び泥水の発生を抑制することもできる。
【発明の効果】
【0023】
本発明により、汚染土壌から放射性セシウムを効果的、効率的、かつ安全に除去することが可能となり、なおかつ、土壌からの粉塵・泥水の発生や放射性セシウムの移行を抑制して汚染の拡大を防止できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1図1は、土壌に粘土微粒子懸濁液及びポリイオン複合体水溶液を散布し、土壌が固化した状態を示す図面代用写真である。
図2図2は、土壌に粘土微粒子懸濁液及びポリイオン複合体水溶液を散布し、表土を剥ぎ取るトレーサー実験の様子を示す図面代用写真である。
図3図3は、土壌コアサンプルからの剥ぎ取りトレーサー実験における分配比及び除去率の定義を示す説明図である。
図4図4は、土壌に散布した粘土微粒子懸濁液によるマーカー効果を示す図面代用写真である。
図5図5は、土壌に粘土微粒子懸濁液及びポリイオン複合体水溶液を散布し、表土をふるい分けして剥ぎ取る状態を示す説明図である。
図6図6は、セシウム汚染土壌への粘土微粒子懸濁液及びポリイオン複合体水溶液の散布状況及び表層剥ぎ取り状況を示す図面代用写真である。
【好ましい実施形態】
【0025】
以下、図面を参照しながら本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
本発明では、放射性セシウムで汚染された土壌(以下「放射性セシウム汚染土壌」という。)に、粘土微粒子懸濁液とポリイオン複合体水溶液とをこの順番に散布し、当該土壌の表土を剥離することで、放射性セシウム汚染土壌を除染する。また、粘土微粒子懸濁液とポリイオン複合体水溶液とをこの順番に散布することで、放射性セシウムの土壌深部への移行と粘土微粒子を含む粉塵及び泥水の発生を抑制する。処理対象となる土壌の質及びセシウム含有量に応じて、平均粒径1μm〜10μmのベントナイト又は平均粒径10μm〜100μmのベントナイトを5〜15wt%粘土微粒子懸濁液を2〜10L/m2、通常は土壌表層2cmの深さまでしみ込ませるために5L/m2の比率で散布し、次いで1〜6wt%のポリイオン複合体水溶液を2〜10L/m2、通常は土壌表層2cmの深さまでしみ込ませるために5L/m2の比率で散布することが好ましい。
【0026】
ポリイオン複合体水溶液は、ポリ陽イオンとポリ陰イオンとを含む水溶液である。ポリ陽イオンとしては、たとえば、4級アンモニウム塩ポリマーの1種であるポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド(poly-DADMAC)、カチオン化セルロースなどがあり、ポリ陰イオンとしては、たとえば、ポリアクリル酸イオン、カルボシキメチルセルロースなどがあるが、いずれも食品の分野などで増粘剤、安定剤として利用されている安全性の高い物質で、かつ安価に大量調達することができる。ポリ陽イオンの水溶液とポリ陰イオンの水溶液を混合することで、ゲル状のポリイオン複合体が生成する。ただし、ゲル状のポリイオン複合体は散布することが困難であるため、散布時にゲルの存在しない水溶液の状態を保てるように、ポリ陽イオンとポリ陰イオンの間に働く静電力の緩衝する薬剤として塩を添加することがある。塩としては、たとえば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、硫酸カリウム、硫酸アンモニウムなどが利用できる。
【0027】
粘土微粒子としては、安価で大量調達できる市販のベントナイト粉末を利用することができる。乾燥時の収縮率が高いベントナイトは、効果的なサクションが期待できる。
【実施例】
【0028】
以下、実施例及び比較例を用いて本発明を更に具体的に説明する。
[実施例1]
独立行政法人日本原子力研究開発機構の原子力科学研究所(茨城県東海村)で2011年3月下旬に採取した砂シルト質の土壌コアサンプル(コアボーリングにより採取した円柱状の試料)を用い、本発明の除染方法(ポリイオン複合体と粘土微粒子を併用する土壌処理法)の適用性を評価するためのトレーサー実験を行った。なお、土壌コアサンプルは、同一に近いと見込めるごく狭い範囲において採取して実験に用いた。ポリ陽イオンにはカチオン化セルロース、ポリ陰イオンにはカルボキシメチルセルロースを選択し、粘土(ベントナイト)にはクニゲルV1(クニミネ工業(株)製、粒径60μm以下)を選択した。試験では、粘土微粒子懸濁液のみを用いた場合(粘土10wt%懸濁液を5L/mで散布)、ポリイオン複合体水溶液のみを用いた場合(ポリイオン複合体3wt%水溶液を5L/mで散布)、粘土微粒子懸濁液を散布した後にポリイオン複合体水溶液を散布した場合(粘土10wt%懸濁液5L/m、ポリイオン複合体3wt%水溶液5L/m)の3つのサンプルを準備し、図2に示す要領で試験を行った。3つのサンプルについてのγ線測定は、高純度ゲルマニウム半導体検出装置を用いて行い、セシウム−137とセシウム−134(以下、実施例及び比較例において「放射性セシウム」と総称する。)の2核種について分配比を測定し、除去率を算出した。分配比と除去率の定義を図3に示す。なお、この除去率の定義では、2cmを越えた深さにある放射性セシウムを考慮していないため、算出された除去率と実際の除去率の間には若干の差があり、除去率が低いときにおいて、その違いはより大きくなる。
【0029】
砂シルト質の芝生土壌を用いて試験を行った結果、粘土微粒子懸濁液を散布した後にポリイオン複合体水溶液を散布する本発明の方法(ポリイオン粘土法)を適用することにより、表土を1cm除去するだけで、土壌中の放射性セシウムの約94%を除去できることがわかった。また、ポリイオン複合体水溶液のみの適用では除去率は72%にとどまり、一方、粘土微粒子懸濁液だけでは96%の除去率が得られた。このことから、除去率を向上させている要因は粘土微粒子懸濁液にあると推測できる。砂シルト質の芝生土壌では、全体の30%程度の放射性セシウムが表層から1cmを超えて、より深部に分布することが確認されたが、水によって膨潤する粘土微粒子の懸濁液を用いることで、乾燥する際に土壌空隙に入り込んだ液を吸い上げる毛細管現象(サクション)が働き、下層にあるセシウムが表面から1cmの表層に吸い上げられたと考えられる。ポリイオン複合体だけではサクションは働かないが、粘土微粒子と組み合わせることでサクションを有効に利用できることがわかった。すなわち、2011年3月下旬の時点において、砂シルト質の芝生土壌では放射性セシウムのいくらかが表面から1cmを越えて分布していたが、本発明の除染方法を利用すれば、表層1cmを剥ぎ取るだけで、9割以上の放射性セシウムを除去できることが確認できた。
【0030】
[実施例2]
実施例1において粘土微粒子懸濁液とポリイオン複合体水溶液を散布した砂シルト質土壌サンプルを用いて、処理した土壌における放射性セシウムの固定化を検証するための試験を行った。環境中では頻繁に降雨にさらされることから、上記サンプルに何度も水を浸透させ、通過して出てくる水に含まれる放射性セシウムを測定した。具体的には、1回あたり100mLの水を用い、同一サンプルに対して水を浸透させる操作を20回繰り返して行い、通過して出てきた水のすべてを採取して蒸発・乾固した後、放射能を測定した。なお、サンプルからの微粒子の流出を防ぐため、サンプルの下部にはフィルターを設置した。測定の結果、上記サンプルを通過して出てきた水からは、放射性セシウムは検出されなかった。
【0031】
[実施例3]
実施例1において粘土微粒子懸濁液とポリイオン複合体水溶液を散布した砂シルト質土壌サンプルを用いて、処理した土壌における粉塵および泥水の発生に対する抑制効果を検証した。対照として未処理の土壌を用いた。まず、十分に乾燥した状態で、本発明の除染方法で処理した土壌と未処理土壌の粉塵発生を比較した。具体的には、送風機を用いて同一の条件で両者に風を当て、発生する粉塵をダストサンプラーで採取して秤量した。その結果、本発明の除染方法で処理した土壌では未処理の土壌に比べて粉塵の発生量が常に10分の1以下に抑えられることがわかった。また、本発明の除染方法で処理した土壌と未処理土壌に対して、同一の条件で同じ量の水を流し、しみ込まずに表層を流れてきた水を採取して蒸発・乾固させたところ、本発明の除染方法で処理した土壌から流出する微粒子の量は、未処理土壌から流出する微粒子の量の常に10分の1以下であることがわかった。
【0032】
[比較例1]
実施例1において粘土微粒子懸濁液のみを散布した砂シルト質土壌サンプルを用いて、実施例3に示す要領で、粉塵および泥水の発生を調べ、未処理の土壌と比較した。その結果、粘土微粒子懸濁液のみで処理した土壌では、粉塵の発生量、泥水の発生量ともに、未処理の土壌と比べて大きく異なることはなく、むしろ、若干、大きな値を示すことがわかった。
【0033】
[実施例4]
粘土微粒子の灰白色がマーカーとなり、処理の有無や粘土懸濁液の到達深度を判別することができる。1例として、粘土(ベントナイト)としてクニゲルV1を選び、その微粒子の10wt%懸濁液を花壇土壌に5L/mで散布したときの様子を図4に示す。土壌サンプル表面に灰白色のベントナイトが存在していることが確認できる。土壌中にしみ込ませると、しみ込んだ深さまでが灰白色を呈することから、剥ぎ取るべき土壌深さ位置のマーカーとなることが確認できた。
【0034】
[実施例5]
本発明の除染方法で処理した土壌と未処理土壌について、土壌微粒子のこぼれ落ちを比較した。同一の条件で表土のはぎ取りを行い、表土を除去した後の放射能濃度を測定した結果、未処理土壌ではセシウムの除去率が71%であったが、本発明の除染方法で処理した土壌では除去率が90%に向上した。このことから、ポリイオン複合体の凝集作用によって土壌微粒子が凝集して固化することにより、表土の剥ぎ取り時の土壌微粒子のこぼれ落ちが抑制できたと考えられる。
【0035】
[実施例6]
凹凸のある土壌に対して本発明の除染方法を適用し、十分に乾燥・固化させた後に、固化した土壌のふるい分け選別を行った。凹凸のある土壌では、表土のみを機械的に剥ぎ取ることは困難であることを鑑み、凹凸に沿わさず多めに表土を削り取った後、ステンレス製のふるいを用いて、固化した部分のみを選り分けて除去した(図5)。この方法では、ふるいから落ちた固化していない土壌はもとの場所に戻されるが、表土剥離後の土壌における放射性セシウムの除去率は常に80%以上であった。すなわち、本発明の除染方法によって、固化した土壌をふるい分けて大粒径の土壌の塊のみを除去しても、大部分の放射性セシウムを除去することができ、遮蔽保管すべき放射性セシウム汚染土壌を減容化することができることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0036】
東京電力福島第1原子力発電所の事故で環境中に放出された放射性セシウムの移行抑制および除去(除染)は、1日も早く対処すべき国家的な最重要課題である。このような課題を解決するために実行すべきこととして、1)表土除去時の粉塵・泥水抑制、2)除去する表土の必要最小限化による遮蔽保管土壌の減容化、3)長期間にわたる粉塵・泥水の発生を抑制する効果の維持、4)長期間にわたる放射性セシウムの移行抑制などが挙げられる。また、これらの項目を実行するためには、経済的負担が小さく、必要とする材料を十分に調達することができ、かつ既存の土木機械などで簡便に実施できる方法でなければ現実的とは言えない。
【0037】
本発明の粘土微粒子及びポリイオン複合体を併用する放射性セシウムの除染方法及び移行抑制方法は、上記の実行すべき項目のすべてに対して有効である。また、ポリイオン及び粘土ともに安価で大量に調達できる材料であり、食品分野、化粧品分野などの日常生活で利用される材料であることから、安全面での問題もないと考えられる。加えて、従来の汎用的な土木機械などによって対応可能な方法であることから、福島などにおける放射性セシウム汚染土壌の除染処理及び放射性セシウムの封じ込め(移行抑制)に対する有用性はきわめて高い。
図1
図2
図3
図4
図5
図6