特許第6064402号(P6064402)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6064402
(24)【登録日】2017年1月6日
(45)【発行日】2017年1月25日
(54)【発明の名称】抗体単量体の分離用分離剤及び分離方法
(51)【国際特許分類】
   C07K 1/22 20060101AFI20170116BHJP
   C07K 1/14 20060101ALI20170116BHJP
   C07K 16/00 20060101ALN20170116BHJP
【FI】
   C07K1/22
   C07K1/14
   !C07K16/00
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-163399(P2012-163399)
(22)【出願日】2012年7月24日
(65)【公開番号】特開2014-19694(P2014-19694A)
(43)【公開日】2014年2月3日
【審査請求日】2015年6月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】荒木 康祐
【審査官】 小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】 Journal of Chromatography B,1996年,vol.678,p.173-180
【文献】 Immunobiol.,1980年,vol.157,p.407-413
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00− 1/36
C07K 16/00−16/46
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
担体の表面にあるエポキシ基が、
ヒドロキシ基と硫酸基をもつ多糖類(ヘパリンを除く)と、開環して結合していることを特徴とする、
抗体単量体と抗体重合体との分離用分離剤。
【請求項2】
前記多糖類がデキストラン硫酸ナトリウム又はプルランであることを特徴とする請求項1の分離剤。
【請求項3】
抗体単量体と抗体重合体を含む溶液を、請求項1又は2に記載の分離用分離剤と接触させる工程と、抗体単量体を抗体重合体と分離した状態で回収する工程とからなる、抗体単量体の分離方法。
【請求項4】
抗体単量体がヒト免疫グロブリンG単量体であり、抗体重合体が二分子以上のヒト免疫グロブリンが結合した多量体である、請求項3の分離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫酸基を有する、抗体単量体と抗体重合体との分離用分離剤に関するものである。また本発明は、抗体単量体と抗体重合体を含む溶液を硫酸基を有する分離用分離剤と接触させる工程と、抗体単量体を抗体重合体と分離した状態で回収する工程とからなる、抗体単量体の分離方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
抗体(免疫グロブリン)、中でも免疫グロブリンG(IgG)は、医薬品や体外診断薬として有用である。医薬品として用いられる抗体の多くは、遺伝子組み換え動物細胞を培養して生産されるが、培養液には、宿主となった動物細胞由来のタンパク質、DNA、ウイルス、エンドトキシン、そして目的とする抗体の重合体や目的とする抗体以外の抗体の重合体等、医薬品や対外診断薬に混入すると効能の低下や副作用の発生を引き起こしかねない「夾雑物」が含まれる。そこで、液体クロマトグラフィー等を利用して、培養液から目的とする抗体の単量体のみを分離する(精製する)ことが重要である。なお抗体の重合体とは、複数の抗体分子が会合・結合することより形成される、二量体以上の多量体である。
【0003】
抗体の分離については、抗体に強い親和性を示すプロテインAを有する分離剤を用いる液体クロマトグラフィー(以下、プロテインA法等と記載することがある)が知られている。しかし、プロテインA法では、抗体の単量体と重合体とを十分に分離することができないという課題がある。また非特許文献1によれば、プロテインAを有する分離剤を用いた液体クロマトグラフィーの工程で、抗体分子の会合・結合よる重合体の形成が起こり得ることも指摘されており、プロテインA法の実施後、付加的に実施することで抗体単量体を抗体重合体から分離する分離方法、又は、プロテインA法を実施することなく、前記培養液等を直接処理することで、抗体単量体を夾雑物、特に抗体重合体から分離する分離方法が必要である。
【0004】
抗体単量体を抗体重合体から分離する液体クロマトグラフィー法として、アパタイトを分離剤として用いる方法(特許文献1)、陽イオン交換基を有する分離剤を用いる方法(特許文献2から4)、陰イオン交換基を有する分離剤を用いる方法(特許文献4又は5)、疎水性基を有する分離剤を用いる方法(特許文献6)等が知られている。しかしこれらの方法では、抗体単量体と抗体重合体との分離が十分ではなく、高純度の抗体単量体を得ようとすればその回収率の低下を容認せざるを得ず、コスト高になるという課題がある。また硫酸基を有する分離剤については、抗体に対して親和性を有することが知られている(特許文献10)が、これが抗体の単量体を分離するために使用し得るか否かについては従来知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開2009/092014号
【特許文献2】特表2010−528076号
【特許文献3】国際公開2007/123242号
【特許文献4】欧州特許1084136号
【特許文献5】米国特許6177548号
【特許文献6】米国公開5429746号
【特許文献7】特開2010−47526号
【特許文献8】特開2011−89058号
【特許文献9】特開2005−145852号
【特許文献10】特許第3084436号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】:バイオテクノロジー アンド バイオエンジニアリング(BioTechnology and Bioengineering)、ワイリー(Wiley)、2011年7月、第108巻、第7号、p.1494〜1508
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
医薬品や対外診断薬分野で抗体を利用するためには、高純度の抗体単量体を大量に生産することが必要である。そこで本願発明の目的は、抗体単量体と抗体重合体を十分に分離し得る抗体単量体の分離用分離剤及び分離方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成すべくなされた本願発明は、硫酸基を有する、抗体単量体と抗体重合体との分離用分離剤、及び、抗体単量体と抗体重合体を含む溶液を硫酸基を有する分離用分離剤と接触させる工程と、抗体単量体を抗体重合体と分離した状態で回収する工程とからなる、抗体単量体の分離方法である。
【発明の効果】
【0009】
本願発明の分離剤は、硫酸基を有する、抗体単量体と抗体重合体との分離用分離剤である。このような分離剤を使用することにより、抗体単量体を抗体重合体から分離して回収し得ることについては従来知られていない。また本願発明の分離剤は、好ましく表面積の大きな担体、更に好ましく水溶性高分子がグラフト鎖として結合した担体を用い、硫酸基の担体への導入量を調整することにより、抗体単量体の吸着容量を自由にデザインすることが可能である。このため、例えば品質管理等の分析目的で使用するための分離剤や抗体単量体を大量に製造するための分離剤等を自由に設計し、使用することが可能となる。
【0010】
本願発明の分離方法は、抗体単量体と抗体重合体を含む溶液を硫酸基を有する分離用分離剤と接触させる工程、及び、抗体単量体を抗体重合体と分離した状態で回収する工程との二つの工程のみからなる、極めてシンプルな抗体単量体の分離方法である。特に本願発明の分離剤を液体クロマトグラフィー用の充填剤に求められる寸法・形状等としてカラムに充填して使用することにより、抗体単量体と抗体重合体を含む溶液と、塩を溶解した溶液を使用するだけで、操作性が良好で、操作に長時間を要しない抗体単量体の分離が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】ゲル濾過クロマトグラフィーによる、クロマトグラフィー評価用のIgG単量体/重合体混合サンプルの分析結果である。
図2】実施例1に記載の、マウスモノクローナルIgGの単量体と重合体の分離結果を示すクロマトグラムである。
図3】実施例2に記載の、マウスモノクローナルIgGの単量体と重合体の分離結果を示すクロマトグラムである。
図4】実施例3に記載の、マウスモノクローナルIgGの単量体と重合体の分離結果を示すクロマトグラムである。
図5】実施例4に記載の、マウスモノクローナルIgGの単量体と重合体の分離結果を示すクロマトグラムである。
図6】実施例5に記載の、マウスモノクローナルIgGの単量体と重合体の分離結果を示すクロマトグラムである。
図7】実施例6に記載の、マウスモノクローナルIgGの単量体と重合体の分離結果を示すクロマトグラムである。
図8】実施例7に記載の、マウスモノクローナルIgGの単量体と重合体の分離結果を示すクロマトグラムである。
図9】実施例8に記載の、マウスモノクローナルIgGの単量体と重合体の分離結果を示すクロマトグラムである。
図10】比較例1に記載の、マウスモノクローナルIgGの単量体と重合体の分離結果を示すクロマトグラムである。
図11】比較例2に記載の、マウスモノクローナルIgGの単量体と重合体の分離結果を示すクロマトグラムである。
図12】比較例3に記載の、マウスモノクローナルIgGの単量体と重合体の分離結果を示すクロマトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本願発明によれば、ポリクローナル抗体とモノクローナル抗体の区別なく、抗体の単量体を、一種又は二種以上の抗体が重合した抗体重合体(かかる重合体には、ポリクローナル抗体とモノクローナル抗体の重合体、同種又は異種の、二分子以上のポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体の重合体、クラス又はサブクラスの異なる抗体の重合体等、種々の重合体が含まれる)から分離することが可能であり、特に抗体としての構造が最もシンプルなヒト免疫グロブリンG(IgG)単量体を、十分に、IgG重合体から分離することが可能である。本願発明は、抗体重合体以外に種々の夾雑物を含む溶液から抗体単量体を分離する上でも効果的であるが、例えばプロテインAを有する分離剤によって事前に抗体単量体と抗体重合体以外の夾雑物を分離・除去した溶液等から抗体単量体を分離する上で、特に効果的である。
【0013】
本願発明の分離剤は、硫酸基を有するものであり、より具体的には、分離剤の形状、寸法及び強度(耐圧等)を決定する部分(以下担体という)に硫酸エステル塩構造(R―OSO;Rは担体を表す)を導入したもの(担体を硫酸エステル化したもの)である。なお、担体に硫酸基を導入する方法は後述する方法等に制限されるものではなく、また硫酸基の導入量にも何ら制限はないが、導入量が増すにつれて抗体の吸着容量も増加する傾向にあることから、10〜800μeq/mLの範囲とすることが好ましい。
【0014】
担体には、多孔質ガラス又は多孔質シリカゲル等の無機材料、アガロース、デキストラン又はセルロース等の多糖類、ポリアクリルアミド、ポリメタクリレート、ポリビニルアルコール又はスチレン−ジビニルベンゼン共重合体等の合成高分子等といった材料を使用することができるが、アルカリに対して耐性のある多糖類又は合成高分子等を使用したり、表面を多糖類や合成高分子で被覆した担体を使用することが好ましい。これらの材料はアルカリ耐性に優れており、分離操作毎に分離剤をアルカリ溶液で洗浄した場合に、分離能の低下を招き難いからである。
【0015】
担体の形状や寸法は、そのまま本願発明の分離剤の形状や寸法となる。そのため担体の形状及び寸法は、分離剤を使用する状況等を考慮して決定することが好ましい。形状ついては、培養液等の抗体単量体を含む溶液と分離剤との十分な接触を確保できれば、例えば球状(粒子状)、多面体状、筒状、膜状、網状、柱状、板状、カップ状等、いかなる形状でも良いが、本願発明の分離剤を液体クロマトグラフィー用の充填剤として使用する場合には、球状(粒子状)、円筒状又は円柱状とすることができる。特に平均粒子径2〜300μm程度の球状が好ましく、少量の分取を目的とする場合には15〜50μm、大量の培養液等を処理する場合には50〜300μm程度とすることが特に好ましい。
【0016】
一度の操作で分離し得る抗体単量体の量を増加させて操作に要する時間を短縮し、結果的に高純度の抗体単量体を提供するのに要するコストを低減するために、抗体吸着容量を大きくする(硫酸基の導入量を大きくする)ことが好ましい。このためには、表面積が1m/g以上の担体を使用し、大量の硫酸基を導入することが好ましい。
【0017】
液体クロマトグラフィー用の充填剤として本願発明の分離剤を使用する場合、上記した理由から表面積が1m/g以上の多孔性担体を用いることが好ましい。この場合、当該多孔性担体の排除限界分子量は、移動相として純水を使用し、標準ポリエチレンオキシド(例えば、TSKgel(登録商標)標準ポリエチレンオキシドSE−キット、東ソー株式会社製)を用いて測定した場合に、1000〜500万の範囲であることが好ましく、より好ましくは3000〜200万の範囲である。なお、排除限界分子量は多孔性担体の細孔径の指標であり、排除限界分子量が大きいほど、細孔径が大きいことを意味する。排除限界分子量は、より詳細には、ゲル浸透クロマトグラフィーにおいて細孔内に侵入できない分子の分子量のうち、最も小さい分子量のことを言い、種々の分子量の化合物を用いて溶出体積との関係を調べることにより測定できる。排除限界分子量の測定方法として、具体的には、L.R.Snyder、J.J.Kirkland著、小島次雄、春木達郎訳、”「高速液体クロマトグラフィー」第1版”、1976年11月、東京化学同人、p.228−259などに記載されている方法が例示される。
【0018】
担体に硫酸基を導入する方法としては、例えば特開平7−196702号や特開2001−97997号に開示された、担体を硫酸化剤で処理して硫酸基を直接導入する(担体を硫酸エステル化する)方法を使用することができる。これらの方法によって本願発明の分離剤を得る場合、硫酸化剤の仕込み量と反応時間により担体への硫酸基導入量を調整することができる。硫酸化剤の仕込み量は、目的とする分離剤の硫酸基量(目的とする分離剤の抗体吸着容量)や反応条件に従って異なるが、担体の乾燥重量を1とした場合は1〜5の範囲とし、40〜70℃にて、12〜24時間反応させることが例示できる。
【0019】
担体への硫酸基の導入には、担体に硫酸基を有する化合物を結合する方法を使用することもできる。具体的には、担体にエポキシ基などの反応性官能基を導入した後、該反応性官能基と反応しうる官能基及び硫酸基の両方を有する化合物(硫酸基含有化合物)を反応させる方法を例示できる。担体に導入する反応性官能基としては、エポキシ基、ハロゲン基、イソシアネート基、カルボジイミド基が例示できるが、これらに限定されるものではない。また、このような反応性官能基をわざわざ導入しなくとも、担体自体が反応性官能基を有する場合には、それを利用することもできる。硫酸基含有化合物としては、デキストラン硫酸、ヘパリン、コンドロイチン硫酸などの硫酸化多糖類、硫酸化ポリビニルアルコール、O−硫酸セロトニン、O−硫酸化チロシン、シニグリン、フェネチルグルコシノレート、レマゾールブリリアントブルー、p−アミノフェノール硫酸塩、硫酸水素2−アミノエチル、アスコルビン酸硫酸エステル、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル硫酸カリウムが例示できるが、これらに限定されるものではない。
【0020】
担体への硫酸基の導入には、例えば特許公開2008−232764号や特許公開2011−220992号に開示された、担体にヒドロキシ基などを有する化合物を導入した後、硫酸化剤を用いて硫酸化する方法を使用することもできる。より具体的には、エピクロロヒドリンや多官能性エポキシ化合物等を用いて担体表面にエポキシ基を導入した後、デキストランやプルランなどのヒドロキシ基をもつ親水性高分子を反応後、親水性高分子中のヒドロキシ基を三酸化硫黄ピリジン錯体で硫酸化するものである。この方法は、親水性高分子を利用することにより、硫酸基の導入量(抗体の吸着容量)を向上でき、特に好ましい。
【0021】
前述した通り、一度の操作で分離し得る抗体単量体の量を増加させて操作に要する時間を短縮し、結果的に高純度の抗体単量体を提供するのに要するコストを低減するために、抗体吸着容量を大きくする(硫酸基の導入量を大きくする)ことが好ましい。このためには、前述したような表面積が大きな担体を使用する以外にも、例えば米国特許6428707号又は特開2008―232764号に開示されたような、水溶性高分子、特に好ましくはヒドロキシ基を有する水溶性高分子がグラフト鎖として結合した担体を用い、該ヒドロキシ基の一部又は全部に前述した方法で硫酸基を導入することが例示できる。ヒドロキシ基は担体に親水性を付与するため、本願発明の分離剤に対する非特異的な抗体の吸着、特に疎水性相互作用による抗体の吸着を抑制し、より抗体単量体と抗体重合体の分離を良好にできるからである。ヒドロキシ基を有する水溶性高分子としては、特に制限はないが、分子量が5000〜100万程度の、一種又は二種以上の多糖類を例示することができ、当該多糖類としてはデキストラン、プルラン、セルロース又はこれらの誘導体を例示できる。
本願発明の分離方法は、抗体単量体と抗体重合体を含む溶液を上述した分離剤と接触させる工程(以下第1工程と記載することがある)と、抗体単量体を抗体重合体と分離した状態で回収する工程(以下第2工程と記載することがある)とからなる。
第1工程は、分離剤の寸法や形状に応じて種々の形で実施することができるが、例えば容器状の分離剤を用いる場合には当該容器に抗体単量体を含む溶液を投入すれば良い。中でも本願発明の分離剤を液体クロマトグラフィー用充填剤として使用し、これを充填したカラムに抗体単量体を含む溶液を供することによって実施することが、操作性の向上、高純度の抗体単量体の回収等という観点から好ましい。
第1工程において、分離剤が有する硫酸基と抗体とのアフィニティー(親和結合力)は、抗体単量体の結合力と比較して抗体重合体の結合力が高い。このため、抗体と分離剤との結合力に影響を与える塩濃度等を調節した溶液を抗体単量体含有溶液と混合して第1工程を実施することにより、(1)抗体単量体と抗体重合体の両者が分離剤と結合する、又は、(2)抗体単量体は分離剤と結合せず、抗体重合体のみが分離剤と結合する、のいずれかを生じさせることができる。なかでも、塩濃度等の設定が容易であり、抗体単量体の回収量の低下を招くおそれが少ない(1)が好ましい。また(1)であれば、抗体単量体を分離剤から遊離させない溶液で洗浄することにより、分離剤に結合しないか、結合しても抗体単量体と比較して弱くしか結合しない抗体重合体以外の夾雑物を除去することもできる。
【0022】
第2工程では、抗体単量体を抗体重合体と分離した状態で回収する。第1工程で(2)のように抗体単量体は分離剤と結合せず、抗体重合体のみが分離剤と結合する塩濃度等を選択した場合には、分離剤を当該溶液と分離するのみで抗体単量体を抗体重合体から分離した状態で回収することができる。また液体クロマトグラフィーの手法を使用する場合には、塩濃度等を調節した溶液をカラムに供し続けることにより、抗体単量体を抗体重合体から分離した状態で回収することができる。第1工程で(1)のように抗体単量体と抗体重合体の両者が分離剤と結合する塩濃度等を選択した場合には、好ましくは分離剤を洗浄した後、(3)抗体単量体のみが分離剤から遊離するように塩濃度等を調整した溶液を分離剤と接触させる、又は、(4)塩濃度等を連続的又は段階的に増加させる、のいずれかにより、抗体単量体を抗体重合体とは異なる塩濃度等で分離剤から遊離させ、抗体単量体を抗体重合体から分離して回収すれば良い。なかでも塩濃度等の設定が容易であり、抗体単量体の回収量の低下を招くおそれが少ない(4)が好ましいが、液体クロマトグラフィーの手法を使用すれば塩濃度等の連続的又は段階的な増加は容易に行い得る。なお、第2工程を(4)のように実施する場合には、例えば280nmの吸光度を測定する等して分離剤から遊離する抗体単量体を同定した上で回収することにより、より高純度の抗体単量体を回収することが可能となる。
【実施例】
【0023】
以下、本願発明をさらに詳細に説明するため実施例を記載するが、これら実施例は本願発明を限定するものではない。実施例において使用したクロマトグラフィー評価用のIgG単量体/重合体混合溶液(以下サンプルと記載する)は、精製したマウスモノクローナル抗体水溶液(IgG濃度21.3mg/mL、pH5.5)100μLに0.05mol/Lクエン酸水溶液を25μL加え、温度60℃の恒温槽中に30分間静置した後、0.05mol/L酢酸緩衝液(pH5.5)で4倍希釈することにより調製した。
サンプル中のIgG単量体と重合体の組成は、ゲル濾過クロマトグラフィーの手法により確認した。市販のゲル濾過クロマトグラフィー用カラム(TSKgel(登録商標) G3000SWXL、東ソー株式会社製)を室温(約23℃)条件下におき、溶離液は0.2mol/Lアルギニン塩酸塩を含む0.1mol/Lリン酸緩衝液(pH6.8)とし、流速は1mL/分とした。カラムからの遊離物は280nmの吸光度を測定して検出した。
図1は、上記条件にてサンプル中の抗体単量体を分離した結果を示すものである。図1において、IgG単量体とIgG重合体のピークはそれぞれ8分、6〜7分付近に現れている。
【0024】
実施例1
親水性ビニル系ポリマーを基材とした市販のゲル濾過クロマトグラフィー用充填剤(TOYOPEARL(登録商標) HW−65C、東ソー株式会社製、ポリエチレンオキシド換算の排除限界分子量60万、粒子径50〜100μm)をガラスフィルターにとり、水で洗浄・吸引濾過を繰り返して、水湿潤ゲルとした。該ゲルの含水率は、加熱式水分量計(株式会社エー・アンド・デイ製、MX−50)で測定した結果、75重量%であった。
【0025】
上記の水湿潤ゲル100g、水180g、エピクロロヒドリン120gを攪拌機付き反応器に仕込み、48重量%NaOH水溶液100gを2時間をかけて滴下投入した後、45℃で2時間反応を実施した。反応終了後、ゲルをガラスフィルターを用いて濾過し、水で洗浄し、エポキシ化水湿潤ゲル(含水率77重量%)を得た。
【0026】
次に、デキストラン硫酸ナトリウム(和光純薬工業株式会社、硫黄含量約18%、分子量約50万)37gを水84.8gに溶解し、これに上記のエポキシ化水湿潤ゲル60gを加えた。この溶液に48重量%NaOH水溶液を5.3g投入し、40℃で17時間撹拌することにより反応を行った。反応終了後、ゲルをガラスフィルターで濾過し、水で洗浄して、デキストラン硫酸固定化ゲル(分離剤1)を得た。
イオン交換容量の評価は、次のように実施した。10gの分離剤1をガラスフィルターに移し、0.1mol/L水酸化ナトリウム水溶液30mLで3回洗浄した後、ろ液のpHが8以下になるまで水でゲルを洗浄した。次に、0.5mol/L塩酸30mLでゲルを3回洗浄した後、ろ液のpHが5以上になるまで水で洗浄した。以上の処理を行ったゲルを20mLの水に懸濁して、リザーバーを装着したガラスフィルター付きガラス管(容積3mL)に注ぎ、吸引ろ過によって溶媒を除去した。ガラス管からリザーバーを外し、ガラス管内に堆積した水湿潤ゲル(3mL)を回収して、100mLの0.5mol/L塩化ナトリウム水溶液に懸濁した。これを、酸塩基自動滴定装置(AT−500N、京都電子工業株式会社)を用いて、0.1mol/L水酸化ナトリウム水溶液で滴定した。滴定終点はpH7.0とし、終点までの滴定液量からイオン交換容量を算出した結果、11μeq/mLであった。
IgG吸着容量の評価は次のように実施した。300mLの三角フラスコに、52mLの吸着用緩衝液(0.054mol/L酢酸緩衝液、pH4.7)と、1.0mLの分離剤1を投入した。これに、ヒト血清γ−グロブリン(IgG濃度約150mg/mL、一般財団法人化学及血清療法研究所)1.7mLを加え、温度25℃で3時間振盪し、IgG吸着処理を行った。その上清を吸着用緩衝液で10倍に希釈して、280nmの吸光度を紫外可視分光光度計(UV−1800、株式会社島津製作所)で測定するとI=0.6176であった。IgG 1.0mg/mL当たりの吸光度を1.4とみなすと、下記の式から上清中のIgG濃度(C)は4.411mg/mLとなる。なおIは、10倍希釈上清の吸光度である。
【0027】
上清中のIgG濃度[mg/mL]:C=(I/1.4)×10
また、ヒト血清γ−グロブリンを吸着用緩衝液で200倍に希釈して同様に吸光度を測定するとI=1.103であった。IgG 1.0mg/mL当たりの吸光度を1.4とみなすと、下記の式からヒト血清γ−グロブリン中のIgG濃度(C)は157.6mg/mLとなる。なおIは、200倍希釈ヒト血清γ−グロブリンの吸光度である。
ヒト血清γ−グロブリン中のIgG濃度[mg/mL]:C=(I/1.4)×200
上記のようにして求めたC及びCの値を使用し、次の式から分離剤1のIgG吸着容量を求めると28mg/mLであった。なお分離剤の含水量は0.7mLとみなした。
【0028】
IgG吸着容量[mg/mL分離剤]:q=C×1.7−C×54.4
[クロマトグラフィー評価]
試作した分離剤による「IgGの単量体」と「IgGの重合体を含む不純物」との混合物のクロマトグラフィー分離を、以下の方法で検討した。
ステンレス製カラム(内径7.5mm、長さ7.5cm)に分離剤1を充填した後、HPLC装置(東ソー株式会社)に接続した。流速1.0ml/分にて、カラム容量の約10倍量の0.05mol/L酢酸緩衝液(pH5.5)で平衡化した後、前述のクロマトグラフィー評価用サンプル(100μL)を該カラムへ注入した。溶出は、1mol/L塩化ナトリウムを含む0.05mol/L酢酸緩衝液(pH5.5)を使用して、60分の直線塩濃度勾配溶出法(リニアグラジエント)で実施した。なお、流速は1.0ml/分、検出は280nmの吸光度、カラム温度は室温(約23℃)として評価を実施した。
【0029】
分離剤1において得られたクロマトグラムを図2に示す。図2において横軸は保持時間(分)を示し、18分付近に溶出しているピークがIgGの単量体で、35分付近に溶出しているピークがIgGの重合体であり、ピークの分離度Rsは1.8であった。
【0030】
実施例2
分離剤として、TOYOPEARL HW−65Cにデキストラン硫酸ナトリウム(名糖産業株式会社、硫黄含量約5%、分子量;約1,600)を固定化したゲルを使用する以外は、実施例1と同様の反応と評価を実施した。この場合のイオン交換容量は3μeq/mL、IgG吸着容量は17mg/mLであった。クロマトグラフィー評価の結果を図3に示した。IgGの単量体と重合体の溶出時間はそれぞれ約9分と約20分、ピーク分離度Rsは1.1であった。実施例2では、IgG吸着容量及びRsが実施例1より低かったが、この理由としては、イオン交換容量(言い換えると、硫酸基の固定化量)が低い点が考えられる。
【0031】
実施例3
分離剤として、多糖類の一種であるアガロースから成るゲル濾過クロマトグラフィー用充填剤Sepharose 6 Fast Flow(GEヘルスケア・ジャパン株式会社、ポリエチレンオキシド換算の排除限界分子量30万、粒子径45〜165μm)にデキストラン硫酸(分子量約50万)を固定化したゲルを使用する以外は、実施例1と同様の反応と評価を行った。イオン交換容量は38μeq/mL、IgG吸着容量は44mg/mLであった。クロマトグラフィー評価の結果は図4に示したとおりであり、IgGの単量体と重合体の溶出時間はそれぞれ約19分と約35分で、ピーク分離度Rsは1.9であった。
【0032】
実施例1との比較より、担体を合成高分子から多糖類に変えても、同等の分離性能が得られたことが分かる。
【0033】
実施例4
分離剤として、ヘパリン(ブタ粘膜由来)を導入したアフィニティークロマトグラフィー用充填剤TOYOPEARL AF−Heparin HC−650M(東ソー株式会社、粒子径40〜90μm)を用いた以外は、実施例1と同じ条件でIgGの単量体とIgGの重合体との混合物のクロマトグラフィー分離を検討した。得られたクロマトグラムを図5に示す。IgGの単量体と重合体の溶出時間はそれぞれ約16分と約28分であり、ピーク分離度Rsは1.9であった。
【0034】
ヘパリンと実施例1で用いたデキストラン硫酸は、両者とも硫酸基を有する多糖類であるが、分子構造が互いに異なる。実施例1と実施例4の比較から、担体に導入する”硫酸基を有する化合物”の構造が変化しても、同等の分離性能が得られることが確認された。
【0035】
実施例5
実施例1と同様の反応でTOYOPEARL HW−65Cから得たエポキシ化水湿潤ゲル(含水率77重量%)100gを、デキストラン(名糖産業株式会社、分子量約7万)39gを110mlの水に溶解した水溶液に懸濁し、48重量%NaOH水溶液4.3gを加えて、40℃で16時間撹拌することにより反応を実施した。反応終了後、ゲルをガラスフィルターで濾過し、水で洗浄した後、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF、和光純薬工業株式会社)で洗浄して、デキストラン固定化ゲル(含液率73重量%)を得た。
【0036】
上記のデキストラン固定化ゲル80gを攪拌機付き反応器にとり、DMFを154g、三酸化硫黄ピリジン錯体(和光純薬工業株式会社)44gを加え、70℃で20時間反応した。反応終了後、ゲルをガラスフィルターで濾過して、 0.5mol/L水酸化ナトリウムで洗浄した後、水で洗浄し、硫酸エステル化により硫酸基を固定化した分離剤を得た。イオン交換容量は680μeq/mL、IgG吸着容量は90mg/mLであった。図6に、クロマトグラフィー評価の結果を示した。IgGの単量体と重合体の溶出時間はそれぞれ約20分と約35分であり、ピーク分離度Rsは1.5であった。
【0037】
実施例1との比較から、デキストラン硫酸を担体へ直接固定化する方法(実施例1に記載の手法)より、担体へデキストランを導入した後、この重合体を硫酸化する方法(実施例5に記載の手法)の方が、高いIgG吸着容量が得られることが分かる。
【0038】
実施例6
分子量の異なるデキストラン(MP Biomedicals Inc.分子量約17,500)を用いる以外は、実施例5と同様の反応を行い、硫酸基を含む分離剤を得た。イオン交換容量は640μeq/mL、IgG吸着容量は76mg/mLであった。クロマトグラフィー評価の結果を図7に示した。IgGの単量体と重合体の溶出時間はそれぞれ約20分と約36分であり、ピーク分離度Rsは1.7であった。
【0039】
実施例5との比較より、担体に固定化するデキストランの分子量を小さくすると、イオン交換容量(硫酸基の固定化量)が低下し、IgG吸着容量も低くなる傾向があると考えられた。
【0040】
実施例7
デキストランの代わりにプルラン(株式会社林原、分子量約20万)を用いる以外は、実施例5と同様の反応を行った。ただし、プルランの仕込み量はデキストランの3分の2として、硫酸基を含む分離剤を得た。イオン交換容量は670μeq/mL、IgG吸着容量は91mg/mLであった。図8に、クロマトグラフィー評価の結果を示した。IgGの単量体と重合体の溶出時間はそれぞれ約21分と約38分であり、ピーク分離度Rsは1.8であった。
【0041】
実施例5との比較より、担体に含まれるグラフト鎖(水溶性高分子)の分子構造が変化しても、同等の分離性能とIgG吸着容量が得られると推察された。
【0042】
実施例8
TOYOPEARL HW−65Cをガラスフィルターにとり、水で洗浄・吸引濾過を繰り返した後、DMFで同様に洗浄し、DMF湿潤ゲルとした(含液率83重量%)。
【0043】
上記のDMF湿潤ゲル20gを攪拌機付き反応器にとり、DMFを17g、三酸化硫黄ピリジン錯体を7gを加え、70℃で20時間反応した。反応終了後、ゲルをガラスフィルターで濾過して 、0.5mol/L水酸化ナトリウムで洗浄した後、水で洗浄し、硫酸基を含む分離剤を得た。イオン交換容量は590μeq/mL、IgG吸着容量は45mg/mLであった。図9に、クロマトグラフィー評価の結果を示した。IgGの単量体と重合体の溶出時間はそれぞれ約17分と約35分であり、ピーク分離度Rsは1.3であった。この結果より、担体を直接硫酸化した場合においても、抗体の単量体と重合体に対する分離性能が発現すると考えられた。
【0044】
比較例1
分離剤として、スルホン酸型の強陽イオン交換体であるTOYOPEARL SP−650M(東ソー株式会社、粒子径40〜90μm)を用いた以外は、実施例1と同じ条件でIgGの単量体とIgGの重合体との混合物のクロマトグラフィー分離を検討した。得られたクロマトグラムを図10に示す。IgGの単量体と重合体の溶出時間はそれぞれ約12分と約17分であり、ピーク分離度Rsは0.6であった。
【0045】
比較例2
分離剤として、デキストランのグラフト鎖を含む架橋アガロース担体から成る、スルホン酸型充填剤SP Sepharose XL(GEヘルスケア・ジャパン株式会社、粒子径45〜165μm)を用いた以外は、実施例1の記載と同一条件でIgGの単量体とIgGの重合体との混合物の分離を行なった。その結果、図11に示したとおり、IgGの単量体とIgGの重合体のピーク分離は見られなかった。
【0046】
実施例1〜8と比較例1及び2との比較より、担体に固定化されている官能基がスルホン酸基(R―SO;Rは担体を表す)である場合は、抗体の単量体と抗体の重合体の分離が不十分であり、硫酸基(R―OSO;Rは担体を表す)を固定化した場合にのみ高い選択性が得られることが分かる。
【0047】
比較例3
特許文献(国際公開第2007/123242号公報)に従って、TOYOPEARL HW−65Cにポリアクリル酸(和光純薬工業株式会社、分子量約25万)を固定化した分離剤を試作して、実施例1の記載と同一条件でIgGの単量体とIgGの重合体との混合物の分離を行なった。図12に得られたクロマトグラムを示した。IgGの単量体と重合体の溶出時間はそれぞれ約18分と約26分であり、ピーク分離度Rsは1.3であった。また、IgG吸着容量は41mg/mLであった。
【0048】
実施例1〜8との比較より、本発明の方法を適用すると、従来の技術を用いた場合と比べて、より大量の抗体の単量体を効率良く分離・精製できることがわかる。
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