(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
アンモニア水に塩化銀を溶解した銀溶液にアスコルビン酸と分散剤の還元剤混合液を添加し、銀溶液を還元して銀粒子スラリーを得る工程Aと、得られた銀粒子スラリーに該スラリー中の銀粒子に対し0.15質量%以上1質量%未満の脂肪酸を添加して、脂肪酸が表面に付着した銀粒子を得る工程Bと、脂肪酸が付着した銀粒子を水酸化ナトリウム水溶液で洗浄した後、更に水洗浄することにより、塩素含有量60質量ppm以下及び炭素含有量0.1〜0.3質量%の銀粉を得る工程Cとを含むことを特徴とする銀粉の製造方法。
【背景技術】
【0002】
電子機器における配線層や電極などの形成には、銀樹脂ペーストや銀焼成ペーストのような銀ペーストが多用されている。これらの銀ペーストを基板上に塗布又は印刷した後、加熱硬化あるいは加熱焼成させることによって、配線層や電極などとなる導電膜を形成することができる。
【0003】
例えば、銀ペーストは銀粉、樹脂、硬化剤、溶剤などからなり、これを導電体回路パターン又は端子の形状に印刷した後、100〜200℃で加熱硬化させることで、配線層や電極を形成することができる。銀ペーストは銀粉が主成分であるため、これを用いて形成した配線層や電極では、銀粉が焼結により連なることで電気的に接続されて電流パスが形成される。
【0004】
銀ペーストは、その用途や使用条件により様々な特性が求められるが、一般的で且つ重要な特性として、硬化により形成された配線や電極の抵抗が低いこと、硬化膜の強度及び基板との接着強度が大きいことが求められている。そのため、ペースト用の銀粉には、ペースト中への良好な分散性と共に、優れた焼結性を有していることが必要である。ペースト中への分散性が良好で且つ焼結性が良好であると、銀粉の焼結が均一に進み、低抵抗で且つ接着強度の高い硬化膜が形成されるからである。
【0005】
これに対して、ペースト中への銀粉の分散性が悪い場合には、印刷膜中に銀粒子が均一に存在しなくなるため、焼結が不均一になってしまい、形成された配線や電極の抵抗が大きくなったり、硬化膜が脆く弱いものになったりする。また、銀粉の焼結性が悪いと、硬化膜中での銀粉の連結が不十分となり、十分な電流パスが形成されずに高抵抗になると共に、膜自体の強度が弱くなってしまう。
【0006】
更に、銀ペースト用の銀粉においては、銀粉の製造コストが低いことが重要である。銀粉は銀ペーストの主成分であるため、ペースト価格に占める割合が大きいからである。一般的に製造コストを低減させるためには、生産性を高めることの他、使用する原料や材料の単価を低く抑えることが行われるが、それらに加えて銀ペーストの場合には廃液や排出ガスの処理コストを低く抑えることも重要となる。
【0007】
ところが、銀ペーストに使用される銀粉の製造方法として、硝酸銀を水又はアンモニアに溶解し、この銀溶液に還元剤を投入して還元する方法が従来から一般的に採用されてきた。例えば特許文献1には、硝酸銀などの銀塩のアンミン錯体及び還元反応の際に媒晶剤として機能する重金属のアンミン錯体を含むスラリーと、還元剤である亜硫酸カリ及び保護コロイドとしてのアラビアゴムを含有する溶液とを混合することにより、銀塩のアンミン錯体を還元する銀粉の製造方法が記載されている。また、特許文献2には、硝酸銀などの銀錯体を含有する溶液にHLB値が6〜17の非イオン性界面活性剤を加えておき、これに還元剤を加えることによって、還元された銀粒子の凝集を防ぐ銀粉の製造方法が開示されている。
【0008】
更に、焼結性が改善された銀粉も提案され、例えば特許文献3には、硝酸銀などの銀溶液を還元する方法により製造される銀粉であって、BET法により測定された比表面積から算出される粒子径(「BET径」と称する)が1.10〜2.60μmであり、炭素含有量が0.11〜0.22質量%である焼結型導電性ペースト用銀粉が開示されている。しかしながら、この提案による銀粉は、高温焼結によって有機成分が揮発し、導電性フィラーが焼結して導通を確保する焼結型の導電ペーストを用途としたものであり、銀樹脂ペーストのような低温焼結では十分な導電性が得られない。
【0009】
このように銀粉の製造原料として硝酸銀を用いる場合には、環境への影響や取り扱い時のリスクが他の銀化合物に比べて大きいという問題を抱えている。即ち、硝酸銀は溶解過程で亜硝酸ガスが発生するうえ、廃水中に硝酸系窒素やアンモニア系窒素が多量に含まれるため、それら排気ガスや廃水の処理及び回収のための装置が必要となる。更に、硝酸銀は危険物であり劇物でもあるため、取り扱いに注意を要する。このように、硝酸銀を銀粉の製造原料として用いる場合には、環境への影響や取り扱い時のリスクが他の銀化合物に比べて大きく、廃液や排出ガスの処理コストが増大するという問題点があった。
【0010】
一方、塩化銀は、危険物にも劇物にも該当せず、遮光の必要はあるが、比較的取り扱いが容易な銀化合物である。しかも、塩化銀は銀の精製プロセスの中間品としても存在し、電子工業用として十分な純度を有するものが得られている。このような塩化銀を原料として、直接還元することによって銀粉を製造する方法も提案されている。
【0011】
例えば特許文献4には、塩化銀の銀に対して1〜5当量の水酸化アルカリ及び/又は炭酸アルカリを溶解させた塩化銀のアルカリ水溶液中において、還元剤により70〜100℃で塩化銀を処理して銀粉を得る方法が開示されている。しかし、この方法は高純度銀を精製することを目的としたものであることから、上記した銀ペーストに使用するためには銀粉の粒径の均一性及び分散性に問題がある。
【0012】
また、特許文献5には、塩化銀をアンモニア水に銀濃度で1〜100g/lとなるように溶解した後、この溶液に保護コロイドの存在下で還元剤を加えて撹拌し、溶液中の塩化アミン銀を還元して銀超微粒子を得る方法が開示されている。しかしながら、この方法で得られる銀粉の粒径は0.1μm以下と微細であるため、電子工業用としては用途が限られていた。
【発明を実施するための形態】
【0020】
一般に、銀ペースト用の銀粉においては、塩素は焼結性を悪化させるものであるから、低温における焼結性を良好なものとするためには塩素含有量を低減することが必要である。即ち、銀ペーストに適用される100〜200℃程度の低温における焼結では、熱による塩素の揮発がほとんど期待できないため、高温での焼結に比べて焼結性に対する塩素の影響が大きい。このため、焼結性を悪化させない程度まで塩素含有量を低減することが極めて重要となる。
【0021】
本発明の銀粉は、高い生産性にて低コストで製造するために銀原料として塩化銀を使用するにもかかわらず、塩素の含有量が低く抑えられているため、焼結性や基板との接着強度を向上させることができる。具体的には、本発明の銀粉の塩素含有量は、60質量ppm以下であり、好ましくは50質量ppm以下とする。このように塩素含有量を低く抑えることにより、銀ペーストの焼結性を改善して、焼結によって形成される配線や電極の抵抗率を低減させると共に、基板との接着強度を向上させることができる。
【0022】
また、本発明の銀粉は、炭素含有量が0.1〜0.3質量%である。炭素含有量が0.1質量%未満になると、銀粉のタップ密度が小さくなり、ペースト中への銀粉の分散性が低下してしまう。一方、炭素含有量が0.3質量%を超えると、炭素が銀粒子間の焼結性を阻害するようになるため、焼結によって形成される配線や電極の抵抗率が上昇すると共に基板との接着強度が低下する。
【0023】
塩素含有量と炭素含有量の両方を上記範囲内に制御することによって、本発明の銀粉を含む銀ペーストは、低温焼成における銀粒子の焼結性を向上させることができ、優れた抵抗率と高い接着強度を得ることができる。即ち、本発明の銀粉を含む銀ペーストでは、例えば200℃における60分間の焼成によって、抵抗率については5μΩ・cm以下であり、基板との接着強度については30N以上という優れた特性が得られる。
【0024】
更に、本発明の銀粉は、タップ密度が4g/cm
3以上である。タップ密度を4g/cm
3以上とすることで、ペースト中への銀粉の分散性が改善され、焼結を均一に進行させる効果が得られる。一方、タップ密度が4g/cm
3未満になると、ペースト中への分散性が悪化するため、焼結が均一に進まなくなる。その結果、形成された配線や電極の抵抗率が高くなったり、硬化膜の強度が弱くなって基板との接着強度が低下したりするなど、基本的な特性が悪くなる。尚、本発明の銀粉においては、タップ密度の上限は8g/cm
3程度である。
【0025】
本発明の銀粉は、後述するように銀溶液の還元によって得られるものである。従って、本発明の銀粒子は、銀溶液の還元によって得られた多結晶構造を有する一次粒子から構成されたものであることが好ましい。これにより、溶融状態から凝固させることによって得られるほぼ単結晶粒子から構成される銀粉に比べて、結晶粒界の移動による焼結促進効果が得られ、焼結性が向上する。尚、一次粒子とは、走査型電子顕微鏡観察によって外観的に1個の粒子と判断される粒子である。
【0026】
本発明の銀粉においては、平均一次粒子径が0.3〜1.5μmの範囲であることが好ましい。銀粉の平均一次粒子径が0.3μm未満では、タップ密度が低下してペースト中での分散性が低下することがある。一方、平均一次粒子径が1.5μmを超えると、粒径効果により焼結温度が上昇し、焼結性が低下することがある。分散性を改善し且つ焼結性を更に良好なものとするためには、平均一次粒子径を0.3〜1.0μmとすることがより好ましく、0.3〜0.8μmとすることが特に好ましい。
【0027】
また、本発明の銀粉においては、比表面積が0.3〜1.3m
2/gの範囲であることが好ましく、0.6〜1.2m
2/gの範囲であることがより好ましい。銀粉の比表面積が0.3m
2/g未満では、銀粒子間の接触性が低下して焼結が抑制されるため、焼結性が低下することがある。一方、比表面積が1.3m
2/gを超えると、銀粉がペースト中で凝集しやすくなり、分散性が低下することがある。ここで、比表面積には窒素吸着によるBET法での測定値を用いている。
【0028】
次に、本発明による銀粉の製造方法について説明する。本発明の銀粉の製造方法は、アンモニア水に塩化銀を溶解した銀溶液にアスコルビン酸と分散剤の還元剤混合液を添加し、銀溶液を還元して銀粒子スラリーを得る工程Aと、得られた銀粒子スラリーに該スラリー中の銀粒子に対し0.15質量%以上1質量%未満の脂肪酸を添加して、脂肪酸が表面に付着した銀粒子を得る工程Bと、脂肪酸が付着した銀粒子を水酸化ナトリウム水溶液で洗浄した後、更に水洗浄して塩素含有量60質量ppm以下及び炭素含有量0.1〜0.3質量%の銀粉を得る工程Cを含むことを特徴とする。
【0029】
上記本発明の銀粉の製造方法においては、銀原料として塩化銀を用いる。従来から通常行なわれている銀粉の製造プロセスでは、銀原料として硝酸銀を用い、これをアンモニア水に溶解することが多いが、硝酸銀は溶解過程で亜硝酸ガスを発生するため、これを回収する装置が必要となる。また、還元後の廃液もアンモニア系窒素と硝酸系窒素の混合液となるため、廃液処理コストが大きくなるという問題があった。
【0030】
これに対して、本発明で銀原料として使用する塩化銀は、危険物や劇物に該当せず、銀の精製プロセスの中間品としても回収され、電子工業用として十分な純度を有するものが得られやすい。また、塩化銀を原料とすれば、硝酸銀のように亜硝酸ガスの回収や硝酸系窒素廃液の処理などが不要となるため、設備面の投資や経費が少なくて済み、製造コストを低く抑えることができる。更に、塩化銀はアンモニア水などへの溶解過程で有毒な亜硝酸ガスなどを発生しないうえ、塩化銀には窒素が含まれていないので、廃水に及ぼす影響も小さい。
【0031】
以下、本発明の銀粉の製造方法を工程毎に詳細に説明する。まず、工程Aにおいて、アンモニア水に塩化銀を溶解した銀溶液を作製し、この銀溶液にアスコルビン酸と分散剤の還元剤混合液を添加することにより、銀溶液を還元して銀粒子スラリーを作製する。
【0032】
銀溶液を調製する具体的な方法としては、アンモニア水を30〜40℃の温度に保持して撹拌しながら、塩化銀を投入して十分に溶解して銀溶液とする。アンモニア水の温度が30℃未満では、塩化銀の溶解度が下がるため生産性が悪くなる。一方、アンモニア水の温度が40℃を超えると、アンモニアの揮発が激しくなり、一旦溶解した塩化銀がアンモニアの揮発に伴って析出するため、安定した銀溶液が得られなくなる。尚、得られた銀溶液についても30〜40℃の温度に調整して保持することが好ましい。
【0033】
アンモニア水への塩化銀の投入量は、銀濃度が50〜100g/lとなるように調製することが好ましい。銀濃度が50g/l未満であっても、得られる銀粉に問題はないが、単位液量当たり得られる銀粉の量が少なくなるため生産性が低下する。一方、銀濃度が100g/lを超えることは、塩化銀のアンモニアへの溶解度から困難である。
【0034】
最終的に得られる銀粉への不純物の混入を防止するため、原料の塩化銀は工業用として安定的に製造されている高純度塩化銀を用いることが好ましい。また、塩化銀を溶解するアンモニア水は、工業的に用いられる通常のものでよいが、不純物混入を防止するため可能な限り高純度のものが好ましい。尚、アンモニア水の濃度は、通常用いられる25質量%程度のものでよく、必要に応じて純水で希釈して使用することもできる。
【0035】
一方、還元剤であるアスコルビン酸に水溶性の分散剤を混合して、上記銀溶液還元用の還元剤混合液を調整する。上記銀溶液の還元剤としてはアスコルビン酸を用いる。アスコルビン酸は還元作用が緩やかであるため、一次粒子の成長を制御しやすく、適度な粒径を有する銀粉が得られる。更に反応の均一性あるいは反応速度を制御するため、アスコルビン酸を予め純水等で溶解して水溶液としてもよい。
【0036】
一般に銀粒子の場合、還元剤の添加後短時間で核生成が起こるため、微細な一次粒子が生成しやすい。そのため、予め分散剤をアスコルビン酸と混合しておき、これらを同時に銀溶液に添加することで核生成時から溶液中に分散剤を存在させ、核成長と凝集を制御して微細な一次粒子の凝集による粗大な粒子が生成されるのを抑制し、得られる銀粉のタップ密度を大きくすることができる。即ち、還元剤と分散剤を混合して添加することにより、少ない分散剤でも核の表面に効率よく分散剤を吸着させ、銀粒子の分散性を向上させることができるため、微細な一次粒子が凝集した粗大粒子の生成を抑制することができる。
【0037】
上記分散剤としては、水溶性であれば使用できるが、その中でもポリビニルアルコールを用いることが好ましい。還元剤混合液への分散剤の添加量は、分散剤の種類及び得ようとする銀粉の粒子径により適宜決めればよいが、例えばポリビニルアルコールを用いた場合には、銀溶液中に含有される銀に対して3〜10質量%の範囲とすることが好ましい。
【0038】
上記分散剤としてのポリビニルアルコールには、更にシリコーン系界面活性剤を添加することが好ましい。シリコーン系界面活性剤を添加することで、微細な一次粒子の凝集による粗大な粒子の生成が抑制され、タップ密度と分散性を一層向上させることができる。シリコーン系界面活性剤としては、例えば日本エマルジョン(株)製の界面活性剤SS−5602(商品名)などが挙げられる。また、シリコーン系界面活性剤の添加量は、得ようとする銀粉の分散性に応じて調整すればよく、例えば銀溶液中に含有される銀に対して0.3〜1質量%の範囲とすることが好ましい。尚、ポリビニルアルコールやシリコーン系界面活性剤は還元反応時に発泡することがあるため、銀溶液あるいは還元剤混合液に予め消泡剤を添加してもよい。
【0039】
上記アスコルビン酸と分散剤の還元剤混合液を銀溶液に添加することにより、銀粒子が生成して銀粒子スラリーが得られる。還元剤混合液の温度は、銀溶液の保持温度と同程度又はそれより少し高い温度、具体的には30〜40℃程度の温度に調整することが好ましい。還元剤混合液の温度が30℃未満であると、還元剤混合液の添加時に銀溶液の温度が下がって塩化銀が析出し易い状態となり、塩化銀が完全に還元されないことがある。また、還元剤混合液の温度が40℃を超えると、添加後に銀溶液の温度が50℃を超えてしまい、生成する銀粒子の凝集が進みやすくなる。
【0040】
還元剤混合液の添加量は、還元剤混合液中のアスコルビン酸の量が銀溶液中の銀を全て還元できる量であればよく、そのために必要な最少量とすることがコスト的に好ましい。具体的には、銀溶液中の銀1モル当たり0.25モルのアスコルビン酸が必要最少量であり、従って、アスコルビン酸の添加量は銀1モル当たり0.25〜1モルとすることが好ましく、0.25〜0.35モルとすることが更に好ましい。
【0041】
工程Aの実施に用いる装置は、特に限定されるものではなく、銀溶液を撹拌しながら還元剤混合液を添加できるものであればよい。例えば、銀溶液を調製した後、そのまま銀溶液を撹拌し続けながら、還元剤混合液を直接添加できるものが好ましく、添加量が多い場合には各種ポンプなどの注入装置を用いてもよい。また、チューブリアクターなどを用いて連続的に添加することもできる。
【0042】
次の工程Bでは、上記A工程で得られた銀粒子スラリーに脂肪酸を添加して、脂肪酸が表面に付着した銀粒子を得る。即ち、A工程で銀粒子の生成が完了した後に、得られた銀粒子スラリーに脂肪酸を添加する。生成が完了した銀粒子に脂肪酸を添加して銀粒子表面に付着させることは、得られる銀粉のタップ密度を大きくするだけでなく、塩素含有量を減少させる効果がある。
【0043】
即ち、還元により生成した銀粒子は原料由来の塩素が大量に含まれるスラリー中に存在しており、銀粒子の表面に塩素が付着しやすい状況にある。しかし、その銀粒子の表面に脂肪酸が付着して表面を覆うことで、銀粒子表面から塩素が離れるため、残留塩素含有量を低減しやすくなる。ただし、還元による銀粒子の生成が終了する前に脂肪酸を添加すると、添加後に銀粒子表面で還元される銀の影響によって脂肪酸による塩素の遊離作用が妨げられ、残留塩素の除去が十分に行われない。
【0044】
脂肪酸の添加は銀粒子の生成終了後であればよいが、銀溶液からの銀粒子の生成は還元剤混合液の添加後短時間で終了するため、実際には還元剤混合液の添加から数分後を目安とすればよい。具体的には、上記工程Aでの還元剤混合液の添加から3分間以上の間隔をおいて脂肪酸を添加することが好ましく、5分間以上の間隔をおいて脂肪酸を添加することがより好ましい。
【0045】
尚、上記脂肪酸の添加は、後工程での水洗浄の前に行う必要がある。還元剤混合液に添加され、銀粒子の凝集を抑制している水溶性分散剤、特にポリビニルアルコールは、水での洗浄により銀粒子表面から除去されやすいため、水洗浄による除去が進むと銀粒子の凝集が起こり、分散性の悪化とタップ密度の低下を招くからである。従って、水洗浄前に銀粒子表面に脂肪酸を付着させることで、塩素の遊離を促すと共に水溶性分散剤の除去による銀粒子の凝集を抑制できるため、塩素の含有量が低く且つタップ密度が高い銀粉を得ることが可能となる。
【0046】
工程Bで用いる脂肪酸は、脂肪酸塩の形態であってもよく、具体的には、オレイン酸やオレイン酸塩、あるいはステアリン酸やステアリン酸塩、及び、これらをエマルジョン化したものから選択することができる。
【0047】
また、脂肪酸の添加量は、原料の銀溶液中に含有される銀に対して0.15質量%以上1質量%未満%とし、好ましくは0.2〜0.7質量%の範囲とする。上記脂肪酸の添加量が0.15質量%未満であると、残留塩素含有量の低減効果や銀粒子の凝集抑制効果が十分に得られない。一方、添加量が1質量%以上になると、銀粒子表面への脂肪酸付着量が多くなり過ぎるため、得られる銀粉の炭素含有量が多くなり、焼結性が低下する。
【0048】
最後の工程Cは、脂肪酸が付着した銀粒子を水酸化ナトリウム水溶液で洗浄した後、更に水洗浄することにより、得られる銀粉の塩素含有量を60質量ppm以下、炭素含有量を0.1〜0.3質量%とする工程である。この工程Cにより残留塩素などの不純物が除去され、タップ密度が高い銀粉が得られる。
【0049】
この工程Cにおいては、上記工程Bの終了後に固液分離して回収された銀粒子を、まず水酸化ナトリウム水溶液で洗浄する。この水酸化ナトリウム水溶液での洗浄(以下、「アルカリ洗浄」とも称する)により、水酸基と塩素がイオン交換され、効率よく残留塩素を低減することができる。また、このアルカリ洗浄によって、銀粒子表面に余剰に付着している脂肪酸も塩素と共に除去されるので、得られる銀粉の焼結性が更に向上する。
【0050】
上記アルカリ洗浄の後、更に水洗浄を行う。水洗浄のみでは余剰に付着した脂肪酸や塩素を上記範囲内まで除去することはできないが、上記アルカリ洗浄により脂肪酸や塩素が除去されやすい状態となるため、その後の水洗浄によってこれらを低減することができる。また、水洗浄によって、ナトリウムなどの不純物を除去することができる。水洗浄による塩素や不純物の除去を十分にするために、水洗浄を2回以上行ってもよい。
【0051】
一方、上記水洗浄及びアルカリ洗浄において洗浄が過度になると、残留塩素は十分に低減されるが、炭素含有量も低下し過ぎるためタップ密度が小さくなり、銀粉のペースト中への分散性が悪くなる。従って、残留塩素を低減すると同時に炭素含有量が0.1〜0.3質量%の範囲となるように、洗浄条件を設定する必要がある。具体的には、上記工程Bでの脂肪酸の添加量を上記範囲に調整すると共に、工程Cにおいては塩素含有量が60質量ppm以下になるまで洗浄することによって、炭素含有量を0.1〜0.3質量%の範囲とすることができる。
【0052】
尚、過度の洗浄を防止するためには、残留塩素が20質量ppm以上となるように洗浄を留めておくことが好ましく、残留塩素が25質量ppm以上となるように洗浄を留めておくことが更に好ましい。また、アルカリ洗浄は水洗浄よりも脂肪酸を除去する作用が大きいため、アルカリ洗浄を最小限とし、アルカリ洗浄よりも水洗浄を多くすることが好ましい。工程Bでの還元条件や工程Cでの洗浄条件を一定にすれば、得られる銀粉の塩素含有量と炭素含有量も安定するため、これら各条件を予備試験により予め定めておくことが好ましい。
【0053】
工程Cで洗浄に用いる水酸化ナトリウム水溶液の濃度は、塩素含有量を効率的に低減し且つ炭素含有量を0.1〜0.3質量%の範囲に制御するために、0.001〜0.1mol/lの範囲とすることが好ましい。水酸化ナトリウム水溶液の濃度が0.001mol/l未満では、洗浄によって塩素含有量が60質量ppm以下にならないことがある。一方、水酸化ナトリウム水溶液の濃度が0.1mol/lを超えると、炭素含有量が0.1質量%未満となってしまうことがある。
【0054】
洗浄に用いる水は、銀粒子に対して有害な不純物元素を含有していない水、特に純水などを用いることが好ましい。また、洗浄する際の温度は、30〜50℃の範囲とすることが好ましい。洗浄温度が30℃未満であると、残留塩素が十分に低減されないことがあり、逆に50℃を超えると炭素含有量が少なくなり過ぎるためである。
【0055】
また、洗浄時の銀粒子濃度は、水酸化ナトリウム水溶液あるいは水1リットルに対して銀粒子100g以下とすることが好ましい。水酸化ナトリウム水溶液あるいは水1リットルに対して銀粒子が100gを超えると、洗浄効果が低下して、残留塩素の低減と炭素含有量の制御が不十分になることがある。一方、水酸化ナトリウム水溶液あるいは水1リットルに対して銀粒子が20g未満になると、更なる洗浄効果の向上は認められないうえ、生産性が低下してしまう。従って、洗浄時の銀粒子濃度は、水酸化ナトリウム水溶液あるいは水1リットルに対して銀粒子20〜100gとすることが好ましく、30〜90gが更に好ましい。
【0056】
上記アルカリ洗浄及び水洗浄の方法としては、特に限定されるものではなく、通常の方法を用いることができる。例えば、銀粒子スラリーを固液分離して得た銀粒子を、水酸化ナトリウム水溶液あるいは水に投入し、撹拌機又は超音波洗浄器を使用して撹拌した後、固液分離にして銀粒子を回収する方法を用いることができる。
【0057】
水洗浄後の銀粒子は湿潤状態にあるため、水分を蒸発させることにより乾燥した銀粉が得られる。乾燥方法としては、例えば、湿潤状態の銀粒子をステンレスパッド上に置き、大気オーブン又は真空乾燥機などの乾燥装置を用いて40〜80℃の温度で加熱乾燥することが好ましい。乾燥された銀粉は、乾燥時に凝集して凝集体となっているので、ジェットミル等の解砕機を用いてを解砕することが好ましい。
【実施例】
【0058】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。尚、本実施例によって得られた銀粉は、下記の方法により評価した。
【0059】
(1)平均一次粒子径(平均粒径)
銀粉を走査型電子顕微鏡(SEM)により15000倍で撮影し、そのSEM写真上で200〜300個の一次粒子の粒径を測定して、個数平均することにより求めた。
(2)タップ密度
銀粉15gを秤量して20mlメスシリンダー内に入れ、タップ速度120回/分及びタップ高さ20mmにて500回のタップを行った後、銀粉の容積をメスシリンダーの目盛りから読み取り、読み取った容積で銀粉の質量15gを除して算出した。
(3)比表面積
窒素ガス吸着によるBET1点法により求めた。
【0060】
(4)塩素含有量
塩素の揮発を抑制できる密閉容器内において銀粉をマイクロ波照射下で硝酸に溶解し、塩化銀を残渣として沈殿させ、得られた沈殿物中の塩素を蛍光X線定量分析装置(PANalytical社製、商品名Magix)を用いて検量線法で評価することにより求めた。
(5)炭素含有量
高周波燃焼赤外吸収法により測定した。
【0061】
(6)抵抗率
銀粉90.19質量%に、エポキシ樹脂のビスフェノールA型エポキシ樹脂0.45質量%、硬化剤のフェノールホルムアルデヒド型ノボラック樹脂0.27質量%、溶剤のジプロピレングリコール9.0質量%、硬化促進剤の2−フェニル4−メチルイミダゾ−ル0.09質量%を混練してペーストとした。このペーストを硬化後の厚さが30μmになるようにアルミナ基板上に印刷した後、200℃で60分間硬化させ、得られた硬化膜の抵抗率をアドバンテスト(株)製のデジタルマルチメータR6871E(商品名)により測定した。
【0062】
(7)接着強度
上記(6)と同様に調製したペーストをアルミナ基板上に同様に印刷した後、シリコンチップを載せて200℃で60分間硬化させた。このようにして作製した試料に対し、シリコンチップの剥離強度を今田製作所(株)製のプッシュプルスケールPSM(商品名)により測定して、銀ペースト硬化膜とアルミナ基板との接着強度とした。
【0063】
[実施例1]
液温を36℃に保持した25質量%アンモニア水13.3リットルに塩化銀1978g(銀量1400g)を投入し、撹拌しながら溶解して銀溶液を作製した。この銀溶液に、消泡剤((株)アデカ製;アデカノールLG−126(商品名))を100倍希釈した水溶液18mlを添加した。尚、上記塩化銀に含有される銀量は、塩化銀の水分量を加味して算出したものである。
【0064】
次に、還元剤であるアスコルビン酸(関東化学製;試薬)547gを、36℃の純水2422mlに溶解して還元剤水溶液とした。また、ポリビニルアルコール((株)クラレ製;PVA205(商品名))67.2g(銀溶液中の銀量に対して4.8質量%)と、界面活性剤(日本エマルジョン(株)製;SS−5602(商品名))8.4g(銀溶液中の銀量に対して0.6質量%)を分取し、36℃の純水1224mlに溶解して分散剤水溶液とした。この還元剤水溶液と分散剤水溶液を混合して還元剤混合液とした。
【0065】
上記銀溶液を撹拌しながら上記還元剤混合液を投入し、銀溶液を還元して銀粒子スラリーを得た。還元剤混合液の添加終了から10分後に、ステアリン酸エマルジョン(中京油脂(株)製;セロゾール920(商品名))28g(銀粒子に対してステアリン酸が0.42質量%)を添加し、更に20分間撹拌を継続した。その後、遠心分離機を用いて銀粒子スラリーから銀粒子を固液分離した。
【0066】
次に、得られた銀粒子を40℃の0.005mol/lの水酸化ナトリウム水溶液20リットル中に投入し、15分間撹拌して洗浄した後、遠心分離機を用いて銀粒子を回収した。回収した銀粒子を、更に40℃の純水20リットル中に投入し、15分間撹拌して洗浄した後、遠心分離機を用いて銀粒子を回収した。上記の洗浄操作を2回繰り返した。その後、回収した湿潤状態の銀粒子をステンレスパッドに移し、真空乾燥機にて60℃で10時間乾燥した。乾燥後の銀粒子をジェットミルに導入し、乾燥凝集を解砕して銀粉を得た。
【0067】
得られた銀粉の粉体特性を上記方法により評価したところ、平均一次粒子径は0.47μm、タップ密度は4.4g/cm
3、比表面積は0.88m
2/gであり、塩素含有量は41質量ppm及び炭素含有量は0.29質量%であった。また、この銀粉を用いて上記方法によりペーストを作製し、その硬化膜を評価したところ、抵抗率は4.6μΩ・cm及び接着強度は41Nであった。
【0068】
[実施例2]
液温を36℃に保持した25質量%アンモニア水1210mlに塩化銀163.2g(銀量116g)を投入し、撹拌しながら溶解して銀溶液を作製した。この銀溶液に消泡剤((株)アデカ製;アデカノールLG−126(商品名))を100倍希釈した水溶液1.65mlを添加した。
【0069】
次に、還元剤であるアスコルビン酸(関東化学(株)製;試薬)51.46gを36℃の純水220mlに溶解して還元剤水溶液とした。また、ポリビニルアルコール((株)クラレ製;PVA205(商品名))6.05g(銀溶液中の銀量に対して5.2質量%)と、界面活性剤(日本エマルジョン(製);SS−5602(商品名))0.77g(銀溶液中の銀量に対して0.7質量%)を分取し、36℃の純水110mlに溶解して分散剤水溶液とした。この還元剤水溶液と分散剤水溶液を混合して還元剤混合液とした。
【0070】
上記銀溶液を撹拌しながら上記還元剤混合液を投入し、銀溶液を還元して銀粒子スラリーを得た。還元剤混合液の添加終了から10分後に、ステアリン酸エマルジョン(中京油脂(株)製;セロゾール920(商品名))1.16g(銀粒子に対してステアリン酸が0.21質量%)を添加し、更に5分間撹拌を継続した。その後、銀粒子スラリーを開口径0.1μmのメンブランフィルターを使用して濾過し、銀粒子を固液分離した。
【0071】
次に、得られた銀粒子を40℃の0.01mol/l水酸化ナトリウム水溶液2リットル中に投入し、15分間撹拌して洗浄した後、銀粒子スラリーを開口径0.3μmのメンブランフィルターを使用して濾過して銀粒子を固液分離した。回収した銀粒子を40℃の純水2リットル中に投入し、15分間撹拌して洗浄した後、開口径0.3μmのメンブランフィルターで濾過して銀粒子を回収した。上記の洗浄操作を2回繰り返した。その後、回収した湿潤状態の銀粒子をステンレスパッドに移し、真空乾燥機にて60℃で10時間乾燥した。乾燥後の銀粒子をジェットミルに導入し、乾燥凝集を解砕して銀粉を得た。
【0072】
得られた銀粉の粉体特性を上記方法により評価したところ、平均一次粒子径は0.55μm、タップ密度は4.43g/cm
3、比表面積は0.80m
2/gであり、塩素含有量は44質量ppm及び炭素含有量は0.19質量%であった。また、この銀粉を用いて上記方法によりペーストを作製し、その硬化膜を評価したところ、抵抗率は5.1μΩ・cm及び接着強度は36Nであった。
【0073】
[比較例1]
ステアリン酸エマルジョンの添加量を14g(銀粒子に対してステアリン酸が0.21質量%)としたこと、洗浄する際に水酸化ナトリウム水溶液の濃度を0.01mol/lとして洗浄し、純水による洗浄はしなかったこと以外は、上記実施例1と同様にして銀粉を得た。
【0074】
得られた銀粉の粉体特性を上記方法により評価したところ、平均一次粒子径は0.50μm、タップ密度は4.47g/cm
3、比表面積は0.82m
2/gであり、塩素含有量は64質量ppm及び炭素含有量は0.22質量%であった。また、この銀粉を用いて上記方法によりペーストを作製し、その硬化膜を評価したところ、抵抗率は4.6μΩ・cm及び接着強度は26Nであった。
【0075】
[比較例2]
水酸化ナトリウム水溶液による洗浄を行わず、純水による洗浄を2回繰り返したこと以外は、上記実施例1と同様にして銀粉を得た。
【0076】
得られた銀粉の粉体特性を上記方法により評価したところ、平均一次粒子径は0.48μm、タップ密度は4.85g/cm
3、比表面積は0.97m
2/gであり、塩素含有量は83質量ppm及び炭素含有量は0.32質量%であった。また、この銀粉を用いて上記方法によりペーストを作製し、その硬化膜を評価したところ、抵抗率は7.3μΩ・cm及び接着強度は16Nであった。
【0077】
[比較例3]
ステアリン酸エマルジョンの添加量を0.58g(銀粒子に対してステアリン酸が0.11質量%)としたこと、及び洗浄する際に水酸化ナトリウム水溶液よる洗浄を3回とし、純水による洗浄を1回としたこと以外は、上記実施例2と同様にして銀粉を得た。
【0078】
得られた銀粉の粉体特性を上記方法により評価したところ、平均一次粒子径は0.65μm、タップ密度は3.89g/cm
3、比表面積は0.78m
2/gであり、塩素含有量は32質量ppm及び炭素含有量は0.09質量%であった。また、この銀粉を用いて上記方法によりペーストを作製し、その硬化膜を評価したところ、抵抗率は5.8μΩ・cm及び接着強度は29Nであった。