【文献】
青山 正義,極微量元素を制御した純銅から希薄銅合金線まで,まてりあ,2012年,第51巻第6号,p251−257
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
(精製銅について)
一般的に、銅電線の導体材料として、電解めっき法で精製した銅板(電気銅)が用いられている。従来、銅板の電解精製は、硫酸酸性の硫酸銅(CuSO
4)溶液を満たした電解浴漕中で、アノード側に配置した粗銅からカソード側に配置した金属板に直流通電させることによって、アノード側で溶解した銅イオンをカソード側の金属板表面上に析出させることで行なわれてきた。
【0003】
粗銅から精製銅にする電解精製プロセスとして、コンベンショナル法(従来法)とパーマネントカソード法(PC法)がある。
【0004】
コンベンショナル法(従来法)は、種板と呼ばれる銅板を陰極であるカソードとして配置し、この銅板の表面上に電解によって銅を析出・成長させて、所望量になった段階で、通電を停止して(あるいは短絡させて)上記のカソードを引き上げて、種板を含めた板材を製品とする方法である。
【0005】
一方、パーマネントカソード法(PC法)は、ステンレス板をカソードとして配置して、ステンレス板上に電着、形成した銅めっき層(板材)をステンレス板から剥離して製品とする方法である。尚、カソードとして用いられるステンレス板はリサイクルされる(例えば、特許文献1参照)。
【0006】
(電線について)
一般的に、電線等に用いられる銅線の殆どが連続鋳造圧延法を利用した方法により生産される。
【0007】
連続鋳造圧延法では、前述の精製銅等を原料銅として、これを溶解炉で溶解して得た銅の溶湯を移送樋や保持炉等を経由してベルトコンベヤ等の連続鋳造機に供給して連続鋳造し、鋳造バーを熱間圧延し冷却することにより、あらかじめ規定した比較的大きい直径の銅荒引線を製作する。この銅荒引線を母線として追加の伸線加工を実施し、更に適切な焼きなまし処理等を行って、所望の直径の銅線を得る。
【0008】
前述の通り、銅板の電解精製において硫酸酸性の硫酸銅(CuSO
4)溶液を用いているため、電解精製して得られる精製銅には硫黄(S)が必然的に混入する。これは、無電解精製においても同様である。したがって、硫黄が混入した精製銅を原料銅として作製した銅線中への硫黄混入も避けられない。混入した硫黄は、銅線の性能低下や製造不安定性の原因となるため、取り除く必要がある。
【0009】
特に、銅線性能に直結する導電率向上や銅線の安定製造に寄与する軟化温度低下のためには、溶湯した銅に固溶している硫黄を十分に低減(硫黄を銅から析出)させることが必要である。
【0010】
実際は、無酸素銅より多く、所定の比率で銅中に酸素を共存させることによって、銅に固溶している硫黄等の不純物と反応して酸化物を形成することにより不純物濃度を効率良く低減させることができる。具体的には、溶湯中の酸素濃度を20ppm以下、硫黄濃度を6ppm以下に調整し、溶湯を1120℃以下の鋳造温度で連続鋳造し、得られた鋳造バーを850℃〜550℃の温度範囲(圧延開始温度850℃、圧延終了温度550℃)で熱間圧延することで達成し得る(特許文献2参照)。
【0011】
上記以外の具体的方法としては、原料銅にタフピッチ銅を使用した銅の溶湯に、Nbや、Ti、Zr、V、Ta、Fe、Ca、Mg又はNiから選択される金属又は合金からなる、Sとの反応が容易に進む金属、言い換えれば、硫黄との化学反応におけるGibbs標準反応自由Energyが銅に比べて低い元素を所定の比率で添加し、これらの金属(元素)をタフピッチ銅の溶湯中に含まれているSと反応をさせてSを硫化物として析出させることにより、銅に固溶しているSの濃度を低減する方法がある(例えば、特許文献3、4参照)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
一般的に、前述の電解めっき浴又は無電解めっき浴としての硫酸銅(CuSO
4)溶液には、塩化物イオンが添加されて用いられているため、精製銅中に硫黄の他に塩素も混入する。本発明者らは、混入した塩素も硫黄と同様に銅線の性能低下等の原因となっていると考えた。
【0014】
また、特許文献1に記載のパーマネントカソード法(PC法)では、ステンレス板をカソードとして配置しているが、亜鉛(Zn),クロム(Cr),鉄(Fe),ニッケル(Ni)等の卑金属に対して銅が置換析出するため、鉄が主成分であるステンレス板からイオンが溶出して、精製プロセスを経るごとにステンレス板の劣化が顕著となる。そのため、ステンレス板のリサイクル使用回数には限界がある。
【0015】
また、特許文献2における電気銅等を原料とした銅線製造においては、高温溶解した溶湯における銅中の硫黄除去については、酸素と反応物の生成と析出による硫黄除去を利用するため、事前に原料銅の酸素濃度を20 ppm以下、硫黄濃度を6 ppm以下に精密に調整し、なおかつ溶湯を1120℃以下で連続鋳造するように、濃度と温度の両者を適正に制御することが要求されるため、銅線製造上のプロセスマージンが狭い。すなわち、鋳造制御パラメータが多くなるため、製造歩留まりの低下が懸念される。
【0016】
更に、特許文献3、4に記載の銅線の製造方法は、高温溶湯中に添加金属元素を均一に分散させることが必要になるため、未知の製造パラメータの増加と制御が不可欠になることから、製造プロセスが不安定になることが予想される。同時に添加金属(元素)の精密な品質管理法が必要になることや、希少金属(例えば、Nb、Zr、V、Ta等)の追加材料費のコスト増加が問題になる。
【0017】
そこで、本発明は、硫黄や塩素の濃度を適正な範囲に制御した精製銅及びその製造方法を実現することによって、高品質な銅線(導電率が高く軟化温度が低い銅線)を安定に生産すると同時に製造コストの低減を図ることができる電線の製造方法及び電線を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明は、上記目的を達成するために、下記の精製銅の製造方法及び精製銅並びに電線の製造方法及び電線を提供する。
【0019】
[1]電解めっき法又は無電解めっき法によって、“硫黄、塩素及び酸素のいずれの元素も含まず、溶液中における銅イオンの価数が+1となる銅化合物”の溶液を用いたアルカリ性のめっき浴内でカソードに精製銅を析出させる工程を有する精製銅の製造方法。
[2]前記銅化合物は、シアン化銅である前記[1]に記載の精製銅の製造方法。
[3]前記めっき浴中の銅化合物は、前記銅化合物のみである前記[1]又は前記[2]に記載の精製銅の製造方法。
[4]前記精製銅は、最表面から80nmの深さまでに含まれる硫黄濃度が620 mass ppm以下である前記[1]〜[3]のいずれか1つに記載の精製銅の製造方法。
[5]前記精製銅は、最表面から60nmの深さまでに含まれる塩素濃度が700 mass ppm以下である前記[1]〜[4]のいずれか1つに記載の精製銅の製造方法。
[6]前記精製銅は、最表面から2.5μmの深さまでに含まれる硫黄濃度が300 mass ppm以下である前記[1]〜[5]のいずれか1つに記載の精製銅の製造方法。
[7]前記精製銅は、最表面から2.5μmの深さまでに含まれる塩素濃度が61 mass ppm以下である前記[1]〜[6]のいずれか1つに記載の精製銅の製造方法。
[8]前記精製銅は、全体に含まれる硫黄濃度が3.1 mass ppm以下である前記[1]〜[7]のいずれか1つに記載の精製銅の製造方法。
[9]前記精製銅は、全体に含まれる塩素濃度が1.1 mass ppm以下である前記[1]〜[8]のいずれか1つに記載の精製銅の製造方法。
[10]前記精製銅は、表面の粒子径が0.5μm以上5μm以下である前記[1]〜[9]のいずれか1つに記載の精製銅の製造方法。
[11]前記カソードとして銅からなる種板を使用し、前記精製銅は、前記種板を内包し、前記種板も含めた全体に含まれる硫黄濃度が3.1 mass ppm以下である前記[1]〜[10]のいずれか1つに記載の精製銅の製造方法。
[12]前記カソードとして銅からなる種板を使用し、前記精製銅は、前記種板を内包し、前記種板も含めた全体に含まれる塩素濃度が1.1 mass ppm以下である前記[1]〜[11]のいずれか1つに記載の精製銅の製造方法。
[13]前記カソードとしてステンレス、遷移金属、又は遷移金属元素を少なくとも1種以上含む合金からなる導電性金属板を使用し、前記精製銅は、前記導電性金属板から剥離して得られる前記[1]〜[10]のいずれか1つに記載の精製銅の製造方法。
[14]前記カソードとしてメッシュ形態又は平板形態の金属とカーボンナノチューブとで構成した複合材からなる導電性板を使用し、前記精製銅は、前記導電性板から剥離して得られる前記[1]〜[10]のいずれか1つに記載の精製銅の製造方法。
[15]最表面から80nmの深さまでに含まれる硫黄濃度が620 mass ppm以下である精製銅。
[16]最表面から60nmの深さまでに含まれる塩素濃度が700 mass ppm以下である精製銅。
[17]最表面から2.5μmの深さまでに含まれる硫黄濃度が300 mass ppm以下である精製銅。
[18]最表面から2.5μmの深さまでに含まれる塩素濃度が61 mass ppm以下である精製銅。
[19]全体に含まれる硫黄濃度が3.1 mass ppm以下である精製銅。
[20]全体に含まれる塩素濃度が1.1 mass ppm以下である精製銅。
[21]最表面から80nmの深さまでに含まれる硫黄濃度が620 mass ppm以下、最表面から60nmの深さまでに含まれる塩素濃度が700 mass ppm以下、最表面から2.5μmの深さまでに含まれる硫黄濃度が300 mass ppm以下、最表面から2.5μmの深さまでに含まれる塩素濃度が61 mass ppm以下、全体に含まれる硫黄濃度が3.1 mass ppm以下、及び全体に含まれる塩素濃度が1.1 mass ppm以下である精製銅。
[22]表面の粒子径が0.5μm以上5μm以下である精製銅。
[23]前記[1]〜[14]のいずれか1つに記載の精製銅の製造方法で製造された精製銅又は前記[15]〜[22]のいずれか1つに記載の精製銅を用いて電線用導体を作製する工程を有する電線の製造方法。
[24]前記電線用導体は、硫黄濃度が3.1 mass ppm以下であり、導電率が102.5%IACS以上であり、半軟化温度が125℃以上133℃以下である前記[23]に記載の電線の製造方法。
[25]硫黄濃度が3.1 mass ppm以下であり、塩素濃度が1.1 mass ppm以下であり、チタンを添加元素として含まず、導電率が102.5%IACS以上であり、半軟化温度が125℃以上133℃以下である導体を備えた電線。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、硫黄や塩素の濃度を適正な範囲に制御した精製銅及びその製造方法を実現することによって、高品質な銅線(導電率が高く軟化温度が低い銅線)を安定に生産すると同時に製造コストの低減を図ることができる電線の製造方法及び電線を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
〔精製銅の製造方法〕
本発明の実施の形態に係る精製銅の製造方法は、電解めっき法又は無電解めっき法によって、硫黄、塩素及び酸素のいずれの元素も含まない銅化合物の溶液を用いたアルカリ性のめっき浴内でカソードに精製銅を析出させる工程を有する。なお、本発明における精製銅とは、電線の導体(銅線)を製造する原料としての使用用途を少なくとも有する電解精製又は無電解精製して得られる銅又は銅合金(種板から剥離しない場合は種板を含む)をいう。したがって、電線の導体(銅線)を製造する原料としての使用用途を有さない銅箔(例えば厚み100μm以下)は、本発明における精製銅には含まれない。本発明において製造される精製銅のサイズ・形状は、特に限定されるものではないが、例えば、縦0.5m以上、横0.5m以上、厚み3mm以上の銅板である。電線の導体(銅線)を製造する原料として用いる場合は、好ましくは、縦0.7m以上1.5m以下、横0.7m以上1.5m以下、厚み4mm以上10mm以下の銅板である。以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0023】
本発明の実施の形態に係る精製銅の製造方法は、電解めっき法又は無電解めっき法のいずれの方法でも良いが、好ましくは電解めっき法である。以下、電解めっき法を例に説明する。
【0024】
めっき浴に充填するめっき液としては、硫黄、塩素及び酸素のいずれの元素も含まない銅化合物の溶液を用いる。したがって、硫黄や酸素元素を含む硫酸銅や、酸素元素を含むピロリン酸銅は、この銅化合物に該当しない。
【0025】
硫黄、塩素及び酸素のいずれの元素も含まない銅化合物としては、溶液中における銅イオンの価数が+1となる銅化合物であることが好ましい。銅イオンの価数が+1となる銅化合物としては、例えば、シアン化銅が好適である。
【0026】
めっき浴に充填するめっき液に用いられる銅化合物は、上記の硫黄、塩素及び酸素のいずれの元素も含まない銅化合物のみからなることが好ましい。
【0027】
(めっき浴の作製例)
以下に、本発明の実施の形態で使用するめっき浴の作製例を説明する。
本発明の実施の形態で使用するシアン化銅めっき浴は、下記表1に示す材料を用いて作製する。予備漕にめっき浴全体総量の60%程度の硫黄や塩素等の不純物成分を除去した純水を入れる。次に、シアン化ナトリウム又はシアン化カリウムを純水に投入して溶解させる。更に、純水を用いて、のり状にしたシアン化第一銅を撹拌しながら、事前に作製しておいたシアン化アルカリ水溶液に添加して溶解させる。また、シアン分解を抑制することを目的として、めっき浴のpH(例えばpH=9〜13)や導電率を調整するために、水酸化ナトリウム又は水酸化カリウムを追加する。実際のめっき浴液温に近い40〜70℃に加熱しながら活性炭等を加えて充分に撹拌後に静置して、不純物を吸着させた活性炭を沈降させる。その後、ろ過装置に通して不純物を取り込んだ活性炭等を除去した上で、めっき漕に移した後に純水を加えて液量を調整し、めっき浴とする。このめっき浴を分析し、めっき性能の向上と安定化を図るために、必要に応じて添加材料を追加する。具体的には炭酸ナトリウム又は炭酸カリウムを適量加えることによって、pH緩衝剤(pH調整剤)として使用する。また、アノードに用いる銅の溶解を円滑にすることにより効率良く銅イオンを供給するために、必要に応じて酒石酸カリウムナトリウム(ロッシェル塩)を添加する。最後に、カソードにステンレス板、アノードに圧延銅板を吊るして、弱い電流密度(0.2〜0.5A/dm
2)によって弱電解を行う。
【0029】
(精製銅(電気銅)の製造例)
次に、本発明の実施の形態に係る精製銅の製造例を説明する。
図11は、本発明の実施の形態に係る精製銅の製造方法で使用する、アノードの概念図(a)、めっき成膜前のカソードの概念図(b)、めっき成膜後のカソードの概念図(c)、及び電解めっき装置の概念図(d)である。
【0030】
電解めっきにおける銅イオンの供給元として、銅湯から作製した溶融銅(純度が約99%の粗銅)を圧延鋳造して形成したアノード111を準備する。または、粗銅をアノード、ステンレス板やチタン板等をカソードとした電解を行い、カソード表面に銅を析出させ、形成した純銅板を剥ぎ取って、純度を向上させた剥離銅板(電気銅)をアノード111として使用しても良い。一方、種板と呼ばれる薄い銅板をカソード112とし、アノード111とともにカソード112をシアン化銅めっき浴115で満たしためっき漕116に配置して、直流電源117を用いて通電をさせる。通電中、カソード112の表面に電解によって銅を析出させて、銅のめっき成長層114が所望の重量になったときにカソード112を引き上げて種板を含めた精製銅(電気銅)とする。本発明の実施の形態における種板としては、銅純度が99.9%以上であり、硫黄濃度が3.4 mass ppm以下であり、塩素濃度が1.6 mass ppm以下である銅板を用いることが好ましい。
【0031】
または、銅の種板を使用せず、ステンレス板をカソード112として、カソード112上に電着した銅のめっき成長層114を剥ぎ取って精製銅(電気銅)とする。
図11では、上記の種板電解と同様に粗銅をアノード111とするが、側部を絶縁物等の電気を通さない(電子を受け取れない)めっき成長防止材113で被覆したステンレス板をカソード112とした電解めっき装置を示す。
【0032】
なお、ステンレス板に替えて、遷移金属又は遷移金属元素を少なくとも1種以上含む合金からなる導電性金属板や、メッシュ形態又は平板形態の金属とカーボンナノチューブとで構成した複合材からなる導電性板をカソード112として使用してもよい。精製銅(電気銅)は、導電性金属板や導電性板から剥離して得られる。
【0033】
表2に本発明の実施の形態に係る精製銅の製造方法における電解めっきの条件の一例を示す。
【0035】
ここで、ステンレス板をカソードとした電気銅の作製においては、銅の種板に比べて電極間の平行性が良く、平坦な表面であるため、カソード全面で均一な電流密度を保持できる。そのため、電流効率を高くすることができ、短絡発生頻度及び短絡不良発生に伴う修正作業の回数を少なくすることが可能になる。また、電極間の距離を短くできることから、めっき漕内に収納するカソード数を増やせるため追加の設備投資なしで生産能力の増強が可能になり、更に、実効電圧を小さくすることができるので電力費を低減する効果を期待できる。ステンレス板に替えて、遷移金属又は遷移金属元素を少なくとも1種以上含む合金からなる導電性金属板をカソード112として使用した場合においても同様のメリットを有する。また、メッシュ形態又は平板形態の金属とカーボンナノチューブとで構成した複合材からなる導電性板をカソード112として使用した場合には、電気伝導度が銅の種板と同じ性能を維持した状態で2ケタ以上の約100倍の電流容量を実現できるため、電気銅生産時の電流上限値を向上できることから、電解めっきの成長速度を従来に比べて増加させることができ、電気銅生産の高効率化が可能になるメリットを有する。尚、表3に各カソードの特長を示す。
【表3】
【0036】
〔精製銅〕
本発明の実施の形態に係る精製銅は、本発明の実施の形態に係る上記の精製銅の製造方法により得ることができ、以下のいずれか1以上の特徴を有する。すなわち、本実施の形態に係る精製銅は、精製銅中の不可避不純物元素である硫黄濃度及び/又は塩素濃度が適正な範囲に制御された精製銅(例えば銅濃度が99.9%以上の純銅)である。
【0037】
精製銅の最表面から80nmの深さまでに含まれる硫黄濃度が620 mass ppm以下であり、好ましい実施形態においては613 mass ppm以下である。
精製銅の最表面から60nmの深さまでに含まれる塩素濃度が700 mass ppm以下であり、好ましい実施形態においては653 mass ppm以下である。
精製銅の最表面から2.5μmの深さまでに含まれる硫黄濃度が300 mass ppm以下であり、好ましい実施形態においては296 mass ppm以下である。
精製銅の最表面から2.5μmの深さまでに含まれる塩素濃度が61mass ppm以下であり、好ましい実施形態においては60 mass ppm以下である。
精製銅の全体に含まれる硫黄濃度が3.1 mass ppm以下であり、好ましい実施形態においては3.0 mass ppm以下である。カソードとして銅からなる種板を使用した場合、精製銅は、当該種板を内包し、種板も含めた全体に含まれる硫黄濃度が3.1 mass ppm以下であり、好ましい実施形態においては3.0 mass ppm以下である。
精製銅の全体に含まれる塩素濃度が1.1 mass ppm以下であり、好ましい実施形態においては1.0 mass ppm以下である。カソードとして銅からなる種板を使用した場合、精製銅は、当該種板を内包し、種板も含めた全体に含まれる塩素濃度が1.1 mass ppm以下であり、好ましい実施形態においては1.0 mass ppm以下である。
【0038】
また、本発明の実施の形態に係る精製銅は、精製銅の表面の粒子径が0.5μm以上5μm以下であり、好ましい実施形態においては1.1μm以上1.3μm以下である。
【0039】
(不純物濃度分析法)
本発明の実施の形態においては、従来行われていなかった、精製銅(電気銅)の表面近傍、表面から所定の深さまで、及び全体の3領域に含まれる微量の不純物濃度についての解析を詳細に行なった。すなわち、不純物濃度を精密に最適化するため、以下3つの分析技術を駆使して顕現化を図った。特に、銅線導体の基本性能の低下(導電率低下、軟化温度上昇)と密接に関係する不純物として、本発明者らは硫黄と塩素の濃度に注目した。なお、精製銅(電気銅)の表面近傍、表面から所定の深さまで、及び全体の3領域に含まれる硫黄濃度及び塩素濃度、或いは電線用導体の硫黄濃度及び塩素濃度は、以下に示す分析法のいずれでも測定が可能である。
【0040】
(1)二次イオン質量分析法
本分析法はSIMS分析とも呼ばれ、Secondary Ion Mass Spectrometryの略称である。本分析法の原理は、固体物質表面に対して数百eVから数十keVのエネルギーを持つCs
+やO
2+イオンを照射して、このときのスパッタエッチングによって物質表面から放出されるイオンについて、電場や磁場で個々のイオンに質量分離して、Faraday cupや電子増倍管等の検出器で質量分析を行うことによって、物質表面に存在する元素の特定やその濃度を測定する、というものである。本分析法は、表面近傍や深さ方向の分析において、原理上、検出限界が数百ppb〜0.1ppmレベル以下の極微量元素分析が可能な測定技術である。したがって、後述する実施例では、電気銅の表面近傍(表面から約60〜80nmまでの深さ)において、付着状態、偏析状態、固溶状態、又はこれらの状態のうち少なくとも2つ以上の状態で含有している不純物元素(硫黄(S)や塩素(Cl)等)の濃度を測定した。尚、本実施例におけるSの検出限界は1×10
16 atoms/cm
3、Clの検出限界は8×10
15 atoms/cm
3であり、重量濃度換算ではSの検出限界は0.06 mass ppm、Clの検出限界は0.05 mass ppmに相当する。下記の表4に実施例における測定条件を示す。尚、深さについては、測定の際に行われるスパッタエッチング後に、触針式段差計、例えば、Tencor P10、Tencor P20、あるいはAlpha Step 500等で実測を行なった。
【0042】
(2)蛍光X線分析法
本分析法はXRF分析とも呼ばれ、X-ray Fluorescence analysisの略称である。特に本方法は非破壊分析であることから、製品品質のライン管理に優れている。本分析法の原理は、物質表面にX線を照射することによって、同物質に含まれる個々の原子の内殻電子を放出させて、隣接する高準位の電子が放出後の低準位に遷移する際に発生する蛍光X線のエネルギーとその強度を検出器で測定する、というものである。元素毎に蛍光X線のエネルギー(波長)は決まっているため、物質内に存在する元素を特定できるとともに、含有元素の濃度を測定することが可能になる。後述する実施例では、波長分散型蛍光X線分析装置(リガク製 型式 ZSX Primus II)を使用した。ここでは、分析元素が硫黄と塩素であるので、原子番号が隣接することから蛍光X線のエネルギーが近いため、蛍光X線のピークプロファイルの重なりの影響が小さいX線エネルギー分解能が高い波長分散型の装置で分析を採用した。下記の表5に実施例における測定条件を示す。
【0044】
(3)高周波燃焼赤外線吸収分析
本分析法は破壊分析であるが、精製銅(電気銅)全体に含まれる不純物元素濃度を、数ppmレベルまで正確に測定できる利点がある。後述する実施例では、LECO製 CSLS600を使用した。具体的な手順は次の通りである。まず、試料を切断し、分析試料2gを採取し、銅製の助燃剤1gとともに、セラミック製のるつぼに入れて燃焼させる。このとき、酸素気流中で測定試料を高周波加熱で燃焼させて銅中のS(硫黄)を酸素と反応させて揮発性物質であるSO
2を生成させてSO
2を赤外線検出器で測定した。ここでは、少なくとも2回以上の測定を行って測定再現性を確認し、測定誤差が少ないことを検証した上で平均値を分析値とした。
【0045】
(電気銅生産におけるコスト低減)
シアン化銅(CuCN)溶液を電解めっきのめっき浴として用いた場合、CuイオンをCu金属として生成する場合、下記(1)の反応式となる。ここでは、1価のCu陽イオンが1個の電子を受け取ることによって、Cu原子(金属)となることを表している。
Cu
++ e
− → Cu (1)
【0046】
(1)式では、Cuイオン1個に対して電子が1個必要となるため、1molのCuを生成するのに必要な電荷量は電気素量とアボガドロ定数の積となる約96,485(C)である(ファラデー定数に相当する)。よって、銅の原子量の63.54を考慮すれば、銅1gを形成するのに必要な電荷量は約1,518(C/g)となる。
【0047】
例えば実際に、縦1.2m、横1.0m、厚み5mmの電気銅を製造する場合、銅の比重は8.94であるため53,640gの電気銅の製造となる。したがって、必要な電荷量は約81,452,207(C)となる。ここで、電解めっきの電流密度を5A/dm
2とし、カソード板面上に流す電流を600Aにしたとき、電流i、電荷量Q、時間tの関係式(2)で表されるので、製造(めっき)時間は約135,754秒(約37.7時間)と見積もられる。
i=dQ/dt (2)
【0048】
一方、従来の硫酸銅(CuSO
4)溶液を電解めっきのめっき浴として用いた場合、CuイオンをCu原子(金属)として生成する場合、下記(3)の反応式となる。このとき、2価のCu陽イオンが2個の電子を受け取ることによってCu原子(金属)となることを表している。
Cu
2++ 2e
− → Cu (3)
【0049】
(3)式では、1個のCuイオンに対して2個の電子が必要となるため、1molのCuを生成するのに必要な電荷量は電気素量とアボガドロ定数の積の2倍となる約192,971(C)であり、銅1gを形成するためには約3,037 (C/g)の電荷量が必要である。したがって、前述と同サイズの電気銅を製造する場合、必要電荷量は約162,904,415 (C)となる。電流密度を前述と同じ5A/dm
2としたとき、(2)式によれば、製造時間は約271,507秒(約75.4時間)要すると考えられる。
【0050】
すなわち、低価数(価数+1)の銅イオンを擁するシアン化銅(CuCN)溶液を用いためっき浴で形成した電気銅については、原理的には硫酸銅(CuSO
4)溶液を用いためっき浴の半分の時間で製造できるため、電解めっき時の使用電圧と電流が一定であれば、めっき時間の増減と直結する消費電力が半分になると考えられ、エネルギーコストを低減できる。また、電気銅製造における工場の稼働時間が半分になるので生産数に対する人件費の圧縮を期待できる。逆に、シアン化銅めっきでは、硫酸銅めっきで要する時間の2倍の量の電気銅を製造できるので電気銅及びそれを原料とする高品質電線の生産スループットが向上する。
【0051】
〔電線の製造方法〕
本発明の実施の形態に係る電線の製造方法は、本発明の実施の形態に係る上記の精製銅の製造方法で製造された精製銅又は本発明の実施の形態に係る上記の精製銅を用いて電線用導体を作製する工程を有する。
【0052】
電線用導体の材料として上記の精製銅を用いる以外は、公知の電線製造方法により製造できる。
【0053】
作製された上記電線用導体は、硫黄濃度が3.1 mass ppm以下であり、導電率が102.5%IACS以上であり、半軟化温度が125℃以上133℃以下である。好ましい実施形態においては、硫黄濃度が2.5 mass ppm以下であり、導電率が102.6%IACS以上であり、半軟化温度が125℃以上131℃以下である。
【0054】
〔電線〕
本発明の実施の形態に係る電線は、本発明の実施の形態に係る上記の電線の製造方法により得ることができる。
【0055】
本発明の実施の形態に係る電線は、硫黄濃度が3.1 mass ppm以下であり、塩素濃度が1.1 mass ppm以下であり、チタンを添加元素として含まず、導電率が102.5%IACS以上であり、半軟化温度が125℃以上133℃以下である導体を備える。好ましい実施形態においては、硫黄濃度が2.5 mass ppm以下であり、塩素濃度が1.1 mass ppm以下であり、チタンを添加元素として含まず、導電率が102.6%IACS以上であり、半軟化温度が125℃以上131℃以下である導体を備える。
【0056】
電線の構成は、特に限定されるものではなく、種々の構成を採り得る。例えば、導体は単数又は複数の素線からなる導体であってもよく、導体の本数も1本に限られず、2本以上であってもよい。
【0057】
〔本発明の実施形態の効果〕
本発明の実施形態で使用するシアン化銅(CuCN)溶液を用いためっき浴においては、従来、よく用いられている硫酸銅(CuSO
4)溶液に含まれる硫黄や塩素等の不可避不純物が含有されていない。したがって、工場立地場所に関わる海岸や火山帯からの遠近あるいは使用水源など、外的環境が原因の微量な硫黄や塩素等による汚染の影響を除けば、精製銅(電気銅)に原料起因の硫黄や塩素等が混入することがないため、これを原材料として作製した銅線においては、硫黄や塩素等の含有が原因となる品質低下(導電率低下や軟化温度の上昇)を抑制できる。すなわち、塩素や硫黄等の濃度を極力低減した銅電線を実現でき、高導電率かつ低軟化温度の高性能な銅線を歩留まり製造することができる。
【0058】
また、シアン化銅(CuCN)溶液を用いためっき浴は、従来の硫酸銅(CuSO
4)溶液のめっき浴より、均一電着性に優れているため、大面積の電気銅の製造に適している。
【0059】
また、電解めっき法によって電気銅を精製する際、銅めっき層を成長させるカソードとしてステンレス等の鋼板を使用する場合、硫酸銅(CuSO
4)溶液のめっき浴では、Cuよりイオン化傾向の大きいCr、Fe、Niイオン等が溶出して銅が析出する置換析出が起こり、ステンレス板が短期間で劣化する。この問題を払拭できる、本発明の実施の形態におけるシアン化銅(CuCN)溶液のめっき浴は銅イオンの価数は+1であるとともに、シアノ錯体([Cu(CN)
4]
3-)を形成することから、硫酸銅(CuSO
4)溶液のめっき浴より還元電位が低くなるため、置換析出がほとんど起こらず、ステンレス板から金属イオンがほぼ溶出しないので、劣化が小さいことから、ステンレス板のリサイクル性に優れており、ステンレス板の新規購入に関わるコストを低減できる利点がある。
【0060】
更に、置換析出に伴う界面反応層がほとんど生成されず、密着力が弱いことから、従来の硫酸銅めっきより小さい引張応力で種板から銅めっき板を剥離できるため、銅めっき板の部分脱着や亀裂の発生を防止できる。その結果、従来の電気銅生産における剥離工程の負担が軽減できるため、生産効率と歩留まりが向上する。
【0061】
前述したように、本発明の実施の形態で使用するシアン化銅(CuCN)溶液のめっき浴における銅イオンの価数は、従来の硫酸銅(CuSO
4)溶液のめっき浴の1/2である。このことから、従来と同じ厚みのめっき層(電気銅)を製造する際、電解めっきに要する電流密度(消費電力)が半分となるため、便宜上エネルギーコストを半減できる。また、従来の硫酸銅(CuSO
4)溶液のめっき浴と同じ電流密度で製造した場合、半分の時間で所望の厚み(重量)の電気銅を製造できる(製錬工場での便宜上の稼働時間が半分となる)ため、スループットが向上した電気銅の生産プロセスを構築でき、就業時間等を含めた製造トータルコストを圧縮できる。逆に言い換えれば、従来と同じ消費電力と製造時間のもとであれば、従来の2倍の電気銅を生産できることになり、同じエネルギーコストで高性能な銅電線を2倍量産できるようになる。
【0062】
加えて、従来の硫酸銅(CuSO
4)溶液のめっき浴は強酸性であり、機器類や建屋内の部材の防錆対策が必要になるが、本発明のシアン化銅(CuCN)溶液のめっき浴はアルカリ性であることから、酸化起因の部材の経年劣化の影響が小さくなるため、生産設備の長寿命化を図ることができるとともに、めっき製造中に当該設備からの腐食錆等の不純物混入を抑えることができる利点がある。
【0063】
また,従来の硫酸銅溶液については銅の加水分解が起こり、沈殿物が生じやすく銅イオンの濃度変化が大きいため、めっき浴として不安定である。しかし、本発明で使用するシアン化物を用いた銅めっき液は、錯化剤として機能するためアルカリ性溶液における水酸化物沈殿物の形成を抑制して濃度を一定に保つことができ、シアンが銅イオンと安定な錯体を形成することから、めっき液の劣化が少なく、長期保管に優れている。
【0064】
また、本発明の実施形態によれば、電線用導体の原材料として、本発明の実施形態に係る精製銅を用いることによって、従来、原材料に使用されている硫酸銅(CuSO
4)溶液のめっき浴で形成される精製銅に含有されている不可避不純物(硫黄(S)や塩素(Cl))を低減した電線用導体が得られる。したがって、電線用導体の製造時において、導体に混入する硫黄や塩素を取り除く工程を省略、あるいは少量の不純物除去で所望の不純物濃度にまで制御できるため、高品質な導体を安定に量産することができる。
【0065】
また、本発明の実施形態に係る精製銅を用いて作製した電線用導体を用いることによって、広い周波数帯域に渡った電気信号の円滑な伝達を可能にした高品質の音響用ケーブルや音響機器内配線材を従来製造法の銅電線に比べて低価格かつ短納期で大量に提供できる。また、本発明の実施形態に係る精製銅は、半導体デバイスやMEMSデバイス等において、微小な素子間における極細線かつ狭いピッチ間で結線する接続導体用素材として使用でき、同素材を安価かつ安定に供給することが可能になる。
【実施例】
【0066】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0067】
〔実施例及び比較例に係る精製銅(電気銅)の製造〕
本実施例及び比較例においては、銅めっきを形成するカソードとして種板(圧延銅板)を使用した。使用しためっき浴の組成は下記の表6の通りであり、電解めっき条件は下記の表7の通りである。製造した精製銅について、後述する形態比較及び濃度分析を行なった。
【0068】
【表6】
【0069】
【表7】
【0070】
〔実施例及び比較例に係る精製銅(電気銅)の形態の比較〕
図1の(a)は本発明の実施例に係る精製銅の製造方法(シアン化銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)の外観写真であり、(b)は比較例である従来の精製銅の製造方法(硫酸銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)の外観写真であり、(c)は種板(銅板)の外観写真である。
図1(c)は、表面洗浄としての脱脂処理前の状態の種板(銅板)である。
【0071】
図2の(a)は本発明の実施例に係る精製銅の製造方法(シアン化銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)表面の走査型電子顕微鏡による観察写真(SEM観察写真)であり、(b)は比較例である従来の精製銅の製造方法(硫酸銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)表面のSEM観察写真である。走査型電子顕微鏡は、集束イオンビーム走査電子顕微鏡(Focused Ion Beam Scanning Electron Microscopy, FIB-SEM)を用いた(以下、同様)。
【0072】
図2から分かる通り、実施例(
図2(a))で得られた精製銅の個々の銅の成長粒子は、比較例(
図2(b))で得られた精製銅より小さい傾向にある。走査電子顕微鏡により表面の粒子径を測定したところ、実施例の精製銅は表面の粒子径が平均値で1.2±0.1μmであり、比較例の精製銅は表面の粒子径が平均値で1.6±0.3μmであった。尚、ここで求めた平均値に対する±の偏差は、実施例のSEM観察の測定範囲内で測定できた標準偏差1σである。
【0073】
また、実施例では精製銅表面の成長粒子のサイズ分布が、比較例の精製銅に比べて均一な状態であった。これより、シアン化銅(CuCN)めっきが均一電着性に優れており、均一な粒子径を有する精製銅を生産することに適していることが分かる。
【0074】
図3の(a)は本発明の実施例に係る精製銅の製造方法(シアン化銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)の断面のSEM観察写真であり、(b)は比較例である従来の精製銅の製造方法(硫酸銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)の断面のSEM観察写真である。観察方向は、膜面法線軸(膜厚方向)に対してチルト角が45度である。
【0075】
図3(a)では、種板(圧延銅板)31上にシアン化銅めっき層32が形成されている。尚、モザイク状の濃淡はめっき層段面における結晶方向(面)の差異を示しており、無配向の多結晶体の状態にあることを表している。ここで、銅めっき層はモザイク状の濃淡のない単結晶体あるいは単軸配向の多結晶体である場合もある。
【0076】
図3(b)では、種板(圧延銅板)31上に硫酸銅めっき層33が形成されている。
図3(a)のシアン化銅めっき層32と同じように、硫酸銅めっき層33においてもモザイク状の濃淡が見られ、無配向の多結晶体の状態にある。硫酸銅めっき層33の形態は、シアン化銅めっき層32と同等であると考えられる。
【0077】
〔精製銅(電気銅)に含まれる硫黄と塩素の濃度〕
本発明の実施例に係る精製銅の製造方法(シアン化銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)と比較例である従来の精製銅の製造方法(硫酸銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)について、
図4(a)は硫黄濃度及び
図4(b)は塩素濃度をSIMSにより深さ方向に分析した結果を示す図である。濃度測定は、前述した二次イオン質量分析法(SIMS分析)で行なった。
【0078】
図4(a)は、実施例の精製銅41及び比較例の精製銅42の表面から深さ約80nmまでの硫黄濃度を示している。大気中に存在する硫黄による汚染を避けられないため、銅めっき上の硫黄が残留することがあるが、実施例の精製銅41については、表面近傍の硫黄濃度が620 mass ppm以下に制御できていることが分かる。一方、比較例の精製銅42では、めっき浴そのものに硫黄(S)を含んでいることから銅めっき中に硫黄が混入するので硫黄濃度が高くなる。本比較例では、最大で10000 mass ppm(1質量%)を超える硫黄が存在することが分かった(深さ12nm近傍)。
【0079】
図4(b)は、実施例の精製銅41及び比較例の精製銅42の表面から深さ約60nmまでの塩素濃度を示している。実施例の精製銅41については、表面近傍の塩素濃度が700 mass ppm以下に制御できていることが分かる。一方、比較例の精製銅42では、実施例の精製銅41に比べて塩素濃度が高い。硫酸銅めっき浴では一般に電析時の銅表面の平滑性を保持するために塩酸等の塩化物イオンを添加するため、銅めっき中に塩素が混入して塩素濃度が高くなっていると考えられる。本比較例では、最大で2000 mass ppm(0.2質量%)を超える塩素が存在することが判明した(深さ15nm近傍)。
【0080】
図5は、本発明の実施例に係る精製銅の製造方法(シアン化銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)、比較例である従来の精製銅の製造方法(硫酸銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)、使用した種板(圧延銅板)及び他社から販売されている従来の精製銅(電気銅)について、XRF分析による表面から2.5μm深さまでの精製銅中の硫黄濃度の比較図である。
【0081】
図6に示すように、硫黄濃度の測定は、前述した蛍光X線分析法(XRF分析)で行い、S-Kαの蛍光X線強度から見積もられた。
図6(a)は本発明の実施例に係る精製銅の製造方法(シアン化銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)の硫黄の蛍光X線ピークプロファイル(S-Kα)であり、
図6(b)は比較例である従来の精製銅の製造方法(硫酸銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)の硫黄の蛍光X線ピークプロファイル(S-Kα)を示す図である。
【0082】
図6より、実施例の精製銅のS-Kαの蛍光X線のピーク強度は、比較例の精製銅のS-Kαの蛍光X線のピーク強度に比べて低く(積分強度は小さく)、硫黄濃度が低いことが分かる。表8に硫黄濃度の測定結果を示す。
【0083】
【表8】
【0084】
比較例の電気銅の表面から2.5μm深さまでの硫黄濃度は396 mass ppmであり、種板(圧延銅板)の371 mass ppmより約7%高かった。一方、実施例の電気銅の表面から2.5μm深さまでの硫黄濃度は297 mass ppmであり、種板より約20%低く、比較例の電気銅より約25%低いことが判明した。したがって、電気銅製造中、大気等の外因によって表面近傍が硫黄で汚染されたとしても、シアン化銅溶液を用いて製造した電気銅は硫黄濃度を低減できることが示された。なお、参考のために行なった、従来の電解めっき技術で製造、販売している他社(A、B、C)製の電気銅の硫黄濃度の平均は約400 mass ppmであった。
【0085】
図7は、本発明の実施例に係る精製銅の製造方法(シアン化銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)、比較例である従来の精製銅の製造方法(硫酸銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)、使用した種板(圧延銅板)及び他社から販売されている従来の精製銅(電気銅)について、高周波燃焼赤外線吸収分析による精製銅全体における硫黄濃度の比較図である。
図7は、一般的な電気銅に準ずる厚みが数mmのめっき銅全体に含有する硫黄の平均濃度に換算して比較した図である。
【0086】
硫黄濃度の測定は、前述した高周波燃焼赤外線吸収分析で行なった。表9に実際の硫黄濃度の結果を示す。
【0087】
【表9】
【0088】
表9より、電気銅全体の硫黄濃度はいずれも3000〜3500 mass ppbの範囲内であり、互いの差は数百 mass ppbであることが分かる。実施例の電気銅の硫黄濃度は3060 mass ppbであり、他社製の電気銅に比べて400 mass ppb程度低減している。
【0089】
サブppmオーダーの硫黄濃度の制御が必要な高導電率の電線を製造する場合や、表面近傍に濃縮存在する硫黄が高品質電線の製造歩留まりに影響を及ぼす可能性がある場合は、硫黄を極力低減した電気銅(原料)が不可欠となる。
【0090】
一方、
図8は、本発明の実施例に係る精製銅の製造方法(シアン化銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)、比較例である従来の精製銅の製造方法(硫酸銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)、使用した種板(圧延銅板)及び他社から販売されている従来の精製銅(電気銅)について、XRF分析による表面から2.5μm深さまでの精製銅中の塩素濃度の比較図である。
【0091】
図9に示すように、塩素濃度の測定は、前述した蛍光X線分析法(XRF分析)で行い、Cl-Kαの蛍光X線強度から見積もられた。
図9(a)は本発明の実施例に係る精製銅の製造方法(シアン化銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)の塩素の蛍光X線ピークプロファイル(Cl-Kα)であり、
図9(b)は比較例である従来の精製銅の製造方法(硫酸銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)の塩素の蛍光X線ピークプロファイル(Cl-Kα)を示す図である。
【0092】
図9より、実施例の精製銅のCl-Kαの蛍光X線のピーク強度は、比較例の精製銅のCl-Kαの蛍光X線のピーク強度に比べて低く(積分強度は小さく)、塩素濃度が低いことが分かる。表10に塩素濃度の測定結果を示す。
【0093】
【表10】
【0094】
比較例の電気銅の表面から2.5μm深さまでの塩素濃度は171 mass ppmであり、種板(圧延銅板)の156 mass ppmより約10%高かった。一方、実施例の電気銅の表面から2.5μm深さまでの塩素濃度は61 mass ppmであり、種板より約61%低く、比較例の電気銅より約64%低いことが判明した。したがって、電気銅製造中、大気等の外因によって表面近傍が塩素で汚染されたとしても、シアン化銅溶液を用いて製造した電気銅は塩素濃度を低減できることが示された。なお、参考のために行なった、従来の電解めっき技術で製造、販売している他社(A、B、C)製の電気銅の塩素濃度の平均は約240 mass ppmであった。
【0095】
図10は、本発明の実施例に係る精製銅の製造方法(シアン化銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)、比較例である従来の精製銅の製造方法(硫酸銅めっき浴を使用)で作製した精製銅(電気銅)、使用した種板(圧延銅板)及び他社から販売されている従来の精製銅(電気銅)について、ICP−MS法による精製銅全体における塩素濃度の比較図である。ここで
図10は、一般的な電気銅に準ずる厚みが数mmのめっき銅全体に含有する塩素の平均濃度に換算して比較した図である。また、表11に実際の塩素濃度の結果を示す。
【0096】
【表11】
【0097】
表11より、電気銅全体の塩素濃度はいずれも約1100〜1900 mass ppbの範囲内にあることが分かる。実施例の電気銅の塩素濃度は1144 mass ppbであり、他社製の電気銅に比べて、最大で約730 mass ppb程度低減している。
【0098】
硫黄と同様に、サブppmオーダーの塩素濃度の制御が必要な高導電率の電線を製造する場合や、表面近傍に濃縮存在する塩素が高品質電線の製造歩留まりに影響を及ぼす可能性がある場合は、塩素の残留を極力低減した電気銅(原料)が重要となる。
【0099】
本発明によれば電気銅の硫黄濃度や塩素濃度を低減できる(すなわち、硫黄濃度や塩素濃度を適正な範囲に制御できる)ため、本発明の電気銅を原材料として電線を製造すれば、不純物元素の混入による導電率の低下を抑制でき、高品質の銅電線を安定に生産することが可能になる。
【0100】
〔電線用導体の製造及び評価〕
次に、本発明の精製銅(電気銅)を原料として電線用導体を製造した後、導体の硫黄濃度の測定並びに導体の品質(導電率及び半軟化温度)評価を行なった。具体的には、以下の通りである。
【0101】
(実施例1〜3)
実施例1〜3では、前述の実施例と同様にして得られた電気銅を溶解し、鋳造させた後、熱間圧延することによって荒引線を作製した。但し、実施例1〜3では、シアン化銅めっき浴の濃度制御に使用される純水中の硫黄や硫酸イオンの量をイオン交換樹脂によって調整し、硫黄濃度を変更した。この荒引線を冷間加工して所望の外径に細径化し、焼鈍することによって電線用導体を作製した。
【0102】
(比較例1〜4)
比較例1〜4では、前述の比較例と同様にして得られた電気銅を溶解し、鋳造させた後、熱間圧延することによって荒引線を作製した。但し、比較例1〜4では、めっき浴中の硫酸銅、及び硫酸の濃度を調整し、硫黄濃度を変更した。この荒引線を冷間加工して所望の外径に細径化し、焼鈍することによって電線用導体を作製した。
【0103】
(評価)
実施例1〜3及び比較例1〜4で得られた電線用導体の硫黄濃度と導電率及び半軟化温度との関係を評価した。結果を下記の表12及び
図12に示す。
図12(a)は硫黄濃度と半軟化温度との関係、
図12(b)は硫黄濃度と導電率との関係を評価した結果を示す図である。なお、硫黄濃度の測定は、前述の蛍光X線分析法により行なった。
【0104】
(導電率の定義)
導電率は、万国標準軟銅(International Anneld Copper Standard)抵抗率1.7241×10
−8Ωmを100%とした際の導電率である。
【0105】
(半軟化温度の定義)
半軟化温度は、銅導体の加熱温度(保持時間1時間)と引張強さとの関係である加熱軟化曲線において、加熱前の引張強さと加熱1時間後の引張強さの平均値に相当する温度であり、加熱によって銅導体の引張強さが約半分に低下するときの温度である。
【0106】
【表12】
【0107】
表12及び
図12より、本発明(実施例)によれば、硫黄濃度が3.1 mass ppm以下であり、導電率が102.5%IACS以上であり、半軟化温度が125℃以上133℃以下の電線用導体が得られることが分かる。また、硫黄濃度が高いほど、導体の品質(導電率、半軟化温度)に悪影響を及ぼすことが分かる。なお、実施例1〜3の導体について、前述の蛍光X線分析法により塩素濃度の測定を行なったところ、いずれも1.1 mass ppm以下であった。
【0108】
なお、本発明は、上記実施の形態及び実施例に限定されず種々に変形実施が可能である。
【課題】硫黄や塩素の濃度を適正な範囲に制御した精製銅及びその製造方法を実現することによって、高品質な銅線(導電率が高く軟化温度が低い銅線)を安定に生産すると同時に製造コストの低減を図ることができる電線の製造方法及び電線を提供する。