特許第6069316号(P6069316)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6069316多層構造体およびそれを用いたデバイス、ならびにそれらの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6069316
(24)【登録日】2017年1月6日
(45)【発行日】2017年2月1日
(54)【発明の名称】多層構造体およびそれを用いたデバイス、ならびにそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
   B32B 9/00 20060101AFI20170123BHJP
   B32B 38/18 20060101ALI20170123BHJP
   H01L 31/048 20140101ALI20170123BHJP
【FI】
   B32B9/00 A
   B32B38/18 D
   H01L31/04 560
【請求項の数】15
【全頁数】35
(21)【出願番号】特願2014-520929(P2014-520929)
(86)(22)【出願日】2013年6月12日
(86)【国際出願番号】JP2013003697
(87)【国際公開番号】WO2013187064
(87)【国際公開日】20131219
【審査請求日】2015年12月11日
(31)【優先権主張番号】特願2012-134897(P2012-134897)
(32)【優先日】2012年6月14日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001085
【氏名又は名称】株式会社クラレ
(74)【代理人】
【識別番号】100107641
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 耕一
(72)【発明者】
【氏名】中谷 正和
(72)【発明者】
【氏名】東田 昇
(72)【発明者】
【氏名】吉田 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 良一
(72)【発明者】
【氏名】柴田 学
(72)【発明者】
【氏名】尾下 竜也
【審査官】 相田 元
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/122036(WO,A1)
【文献】 特開2011−104781(JP,A)
【文献】 特開2006−175784(JP,A)
【文献】 特表2008−516015(JP,A)
【文献】 特表2006−515535(JP,A)
【文献】 特開2006−116737(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00−43/00
H01L 31/042、31/048
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と前記基材に積層されたバリア層とを含む多層構造体であって、
前記基材の、少なくとも一方向の3%歪み時張力が2000N/m以上であり、
前記バリア層は反応生成物(R)を含み、
前記反応生成物(R)は、少なくとも金属酸化物(A)とリン化合物(B)とが反応してなる反応生成物であり、
800〜1400cm-1の範囲における前記バリア層の赤外線吸収スペクトルにおいて赤外線吸収が最大となる波数(n1)が1080〜1130cm-1の範囲にあり、
前記金属酸化物(A)を構成する金属原子が、実質的にアルミニウム原子であ、多層構造体。
【請求項2】
前記リン化合物(B)が、前記金属酸化物(A)と反応可能な部位を複数含有する、請求項1に記載の多層構造体。
【請求項3】
前記金属酸化物(A)は、加水分解可能な特性基が結合した前記金属原子を含有する化合物(L)の加水分解縮合物である、請求項1または2に記載の多層構造体。
【請求項4】
前記化合物(L)が、以下の式(I)で示される少なくとも1種の化合物(L1)を含む、請求項3に記載の多層構造体。
AlX1m1(3-m) (I)
[式(I)中、X1は、F、Cl、Br、I、R2O−、R3C(=O)O−、(R4C(=O))2CH−およびNO3からなる群より選ばれる。R1、R2、R3およびR4はそれぞれ、アルキル基、アラルキル基、アリール基およびアルケニル基からなる群より選ばれる。式(I)において、複数のX1が存在する場合には、それらのX1は互いに同一であってもよいし異なっていてもよい。式(I)において、複数のR1が存在する場合には、それらのR1は互いに同一であってもよいし異なっていてもよい。式(I)において、複数のR2が存在する場合には、それらのR2は互いに同一であってもよいし異なっていてもよい。式(I)において、複数のR3が存在する場合には、それらのR3は互いに同一であってもよいし異なっていてもよい。式(I)において、複数のR4が存在する場合には、それらのR4は互いに同一であってもよいし異なっていてもよい。mは1〜3の整数を表す。]
【請求項5】
前記リン化合物(B)が、リン酸、ポリリン酸、亜リン酸、ホスホン酸およびそれらの誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の多層構造体。
【請求項6】
2層以上の前記バリア層を含み、
前記基材の両面に、前記バリア層が積層されている、請求項1〜5のいずれか1項に記載の多層構造体。
【請求項7】
40℃、90/0%RHの条件下における透湿度が0.005g/(m2・day)以下である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の多層構造体。
【請求項8】
一方の表面に配置されたアクリル樹脂層をさらに含む、請求項1〜7のいずれか1項に記載の多層構造体。
【請求項9】
表面を保護する保護シートを備えるデバイスであって、
前記保護シートが、請求項1〜7のいずれか1項に記載の多層構造体である、デバイス。
【請求項10】
太陽電池、ディスプレイ、または照明装置である、請求項9に記載のデバイス。
【請求項11】
フレキシブルなデバイスである、請求項9または10に記載のデバイス。
【請求項12】
前記多層構造体が表面保護層をさらに含み、
前記表面保護層がアクリル樹脂層である請求項9〜11のいずれか1項に記載のデバイス。
【請求項13】
少なくとも一方向の3%歪み時張力が2000N/m以上である基材と、前記基材上に形成されたバリア層とを含む多層構造体を製造する方法であって、
(i)前記一方向が搬送方向となるように、前記基材が巻かれた第1のロールから前記基材を送り出す工程と、
(ii)前記基材上に前記バリア層の前駆体層を形成する工程と、
(iii)前記(ii)の工程を経た前記基材を第2のロールで巻き取る工程とを含み、
前記(ii)の工程が、
(I)金属酸化物(A)と、前記金属酸化物(A)と反応可能な部位を含有する少なくとも1種の化合物と、溶媒とを混合することによって、前記金属酸化物(A)、前記少なくとも1種の化合物および前記溶媒を含むコーティング液(U)を調製する工程と、
(II)前記基材上に前記コーティング液(U)を塗布することによって、前記基材上に前記前駆体層を形成する工程とを含み、
前記少なくとも1種の化合物がリン化合物(B)を含み、
前記少なくとも1種の化合物に含まれる金属原子のモル数が、前記リン化合物(B)に含まれるリン原子のモル数の0〜1倍の範囲にあり、
前記金属酸化物(A)を構成する金属原子が、実質的にアルミニウム原子である、多層構造体の製造方法。
【請求項14】
前記(ii)の工程の後であって前記(iii)の工程の前に、前記前駆体層を処理することによって、前記基材上に前記バリア層を形成する工程をさらに含む、請求項13に記載の製造方法。
【請求項15】
表面を保護する保護シートを備えるフレキシブルなデバイスの製造方法であって、
(a)少なくとも一方向の3%歪み時張力が2000N/m以上である基材と前記基材上に形成されたバリア層とを含む保護シートであってロールに巻かれた保護シートを準備する工程と、
(b)素子が形成されたフレキシブルな基板を搬送するとともに、前記一方向が搬送方向となるように前記保護シートを前記ロールから送り出し、前記素子を覆うように前記基板上に前記保護シートを積層する工程とを含み、
前記保護シートが、請求項1〜8のいずれか1項に記載の多層構造体である、デバイスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層構造体およびそれを用いたデバイス、ならびにそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
表示装置を備える電子機器や太陽電池などのデバイスは、表面を保護する透光性の保護部材を必要とする。これらのデバイスの中でも、近年、フレキシブルなディスプレイや、フレキシブルな太陽電池が用いられるようになっている。フレキシブルなデバイスでは、厚いガラス板を用いることができないため、厚いガラス板に変わる保護部材が必要である。
【0003】
そのような保護部材として、太陽電池用の保護部材が従来から提案されている(特許文献1および2)。特許文献1には、CVD法によって形成されたケイ素酸化物の蒸着膜と、反応性イオンクラスタービーム法によって形成されたケイ素酸化物の蒸着膜とを、フッ素系樹脂フィルム上に積層した保護フィルムが開示されている。また、特許文献2には、プラスチックフィルムと、その上に積層された第1の無機層、有機層、および第2の無機層とを含む保護シートが開示されている。
【0004】
デバイスを保護する際には、バリア性が重要である。特に、フレキシブルなデバイスには、バリア性が高くフレキシブルな保護部材が必要となる。バリア性を有するバリア層の一例が、特許文献3に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011−014559号公報
【特許文献2】特開2012−015294号公報
【特許文献3】国際公開WO2011/122036号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般的に、食品等の包装材料と比較して、デバイスを保護する保護シートには、より高いバリア性が要求される。そのため、現在、デバイスを保護する保護シートとして、バリア性の信頼性がより高い保護シートが求められている。このような状況において、本発明の目的の1つは、デバイスの保護に用いることができる新規な多層構造体およびそれを用いたデバイスを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
バリア層のバリア性について検討した結果、本願発明者らは、バリア性が、バリア層が形成される基材の影響を受けることを新たに見出した。本願発明はこの新たな知見に基づく発明である。
【0008】
すなわち、本願発明の多層構造体は、基材と前記基材に積層されたバリア層とを含む多層構造体であって、前記基材の、少なくとも一方向における3%歪み時張力が2000N/m以上であり、前記バリア層は反応生成物(R)を含み、前記反応生成物(R)は、少なくとも金属酸化物(A)とリン化合物(B)とが反応してなる反応生成物であり、800〜1400cm−1の範囲における前記バリア層の赤外線吸収スペクトルにおいて赤外線吸収が最大となる波数(n)が1080〜1130cm−1の範囲にあり、前記金属酸化物(A)を構成する金属原子が、実質的にアルミニウム原子である。
【0009】
また、本発明のデバイスは、表面を保護する保護シートを備えるデバイスであって、前記保護シートが、本発明の多層構造体である。
【0010】
また、多層構造体を製造するための本発明の方法は、少なくとも一方向の3%歪み時張力が2000N/m以上である基材と、前記基材上に形成されたバリア層とを含む多層構造体を製造する方法であって、(i)前記一方向が搬送方向となるように、前記基材が巻かれた第1のロールから前記基材を送り出す工程と、(ii)前記基材上に前記バリア層の前駆体層を形成する工程と、(iii)前記(ii)の工程を経た前記基材を第2のロールで巻き取る工程とを含む。前記(ii)の工程は、(I)金属酸化物(A)と、前記金属酸化物(A)と反応可能な部位を含有する少なくとも1種の化合物と、溶媒とを混合することによって、前記金属酸化物(A)、前記少なくとも1種の化合物および前記溶媒を含むコーティング液(U)を調製する工程と、(II)前記基材上に前記コーティング液(U)を塗布することによって、前記基材上に前記前駆体層を形成する工程とを含む。そして、前記少なくとも1種の化合物がリン化合物(B)を含み、前記少なくとも1種の化合物に含まれる金属原子のモル数が、前記リン化合物(B)に含まれるリン原子のモル数の0〜1倍の範囲にあり、前記金属酸化物(A)を構成する金属原子が、実質的にアルミニウム原子である。
【0011】
また、デバイスを製造するための本発明の方法は、表面を保護する保護シートを備えるフレキシブルなデバイスの製造方法であって、(a)少なくとも一方向の3%歪み時張力が2000N/m以上である基材と前記基材上に形成されたバリア層とを含む保護シートであってロールに巻かれた保護シートを準備する工程と、(b)素子が形成されたフレキシブルな基板を搬送するとともに、前記一方向が搬送方向となるように前記保護シートを前記ロールから送り出し、前記素子を覆うように前記基板上に前記保護シートを積層する工程とを含み、前記保護シートが、本発明の多層構造体である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、バリア性の信頼性に優れる新規な多層構造体が得られる。この多層構造体をデバイスの保護に用いることによって、デバイスの耐久性を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、以下の説明において具体的な材料や数値を例示する場合があるが、本発明はそのような材料や数値に限定されない。また、例示される材料は、特に記載がない限り、1種を単独で使用してもよいし2種以上を併用してもよい。なお、この明細書において「ガスバリア性」とは、特に説明がない限り、水蒸気以外のガス(たとえば酸素ガス)をバリアする性能を意味する。また、この明細書において、水蒸気バリア性とガスバリア性を合わせて「バリア性」と称することがある。
【0014】
[多層構造体]
本発明の多層構造体は、基材と基材に積層されたバリア層とを含む。この明細書では、当該基材を「基材(X)」という場合がある。また、当該バリア層を「層(Y)」という場合がある。層(Y)は、基材(X)の片面のみに積層されていてもよいし、基材(X)の両面に積層されていてもよい。
【0015】
多層構造体を構成する基材(X)および各層として、透光性を有するものを採用することによって、透光性を有する保護シートが得られる。透光性を有する保護シートは、デバイス表面のうち光を透過させる必要がある面の保護シートに特に適している。なお、光吸収が大きい材料からなる層であっても、層の厚さを薄くすることによって充分な透光性を達成できる場合がある。
【0016】
本発明の多層構造体は、基材(X)と当該基材(X)に積層された層(Y)とを有する。層(Y)は、反応生成物(R)を含み、前記反応生成物(R)は、少なくとも金属酸化物(A)とリン化合物(B)とが反応してなる反応生成物であり、800〜1400cm−1の範囲における当該層(Y)の赤外線吸収スペクトルにおいて赤外線吸収が最大となる波数(n)が1080〜1130cm−1の範囲にある。当該波数(n)を、以下では、「最大吸収波数(n)」という場合がある。金属酸化物(A)は、通常、金属酸化物(A)の粒子の形態でリン化合物(B)と反応する。
【0017】
本発明において、金属酸化物(A)を構成する金属原子(M)は、実質的にアルミニウム原子である。ここで、「実質的にアルミニウム原子である」とは、アルミニウム以外の他の金属原子の含有率が、当該他の金属原子が層(Y)の特性に与える影響を無視できる程度の量であることを意味する。金属酸化物(A)を構成する金属原子(M)に占めるアルミニウム金属原子の割合は、通常90モル%以上であり、たとえば95モル%以上や98モル%以上や99モル%以上や100モル%である。
【0018】
また、層(Y)は、金属酸化物(A)の粒子同士が、リン化合物(B)に由来するリン原子を介して結合された構造を有する。リン原子を介して結合している形態には、リン原子を含む原子団を介して結合している形態が含まれ、たとえば、リン原子を含み金属原子を含まない原子団を介して結合している形態が含まれる。
【0019】
層(Y)において、金属酸化物(A)の粒子同士を結合させている金属原子であって金属酸化物(A)に由来しない金属原子のモル数は、金属酸化物(A)の粒子同士を結合させているリン原子のモル数の0〜1倍の範囲(たとえば0〜0.9倍の範囲)にあることが好ましく、たとえば、0.3倍以下、0.05倍以下、0.01倍以下、または0倍であってもよい。
【0020】
本発明の多層構造体が有する層(Y)は、反応に関与していない金属酸化物(A)および/またはリン化合物(B)を、部分的に含んでいてもよい。
【0021】
一般に、金属化合物とリン化合物とが反応して金属化合物を構成する金属原子(M)とリン化合物に由来するリン原子(P)とが酸素原子(O)を介して結合したM−O−Pで表される結合が生成すると、赤外線吸収スペクトルにおいて特性ピークが生じる。ここで当該特性ピークはその結合の周囲の環境や構造などによって特定の波数に吸収ピークを示す。国際公開WO2011/122036号に開示されているように、M−O−Pの結合に基づく吸収ピークが1080〜1130cm−1の範囲に位置する場合には、得られる多層構造体において優れたバリア性が発現されることが分かった。特に、当該吸収ピークが、一般に各種の原子と酸素原子との結合に由来する吸収が見られる800〜1400cm−1の領域において最大吸収波数の吸収ピークとして現れる場合には、得られる多層構造体においてさらに優れたバリア性が発現されることが分かった。
【0022】
なお本発明を何ら限定するものではないが、金属酸化物(A)の粒子同士が、リン化合物(B)に由来するリン原子を介し、かつ、金属酸化物(A)に由来しない金属原子を介さずに結合され、そして金属酸化物(A)を構成する金属原子(M)とリン原子(P)とが酸素原子(O)を介して結合したM−O−Pで表される結合が生成すると、金属酸化物(A)の粒子の表面という比較的定まった環境に起因して、当該層(Y)の赤外線吸収スペクトルにおいて、M−O−Pの結合に基づく吸収ピークが、1080〜1130cm−1の範囲に800〜1400cm−1の領域における最大吸収波数の吸収ピークとして現れるものと考えられる。
【0023】
これに対し、金属アルコキシドや金属塩等の金属酸化物を形成していない金属化合物とリン化合物(B)とを予め混合した後に加水分解縮合させた場合には、金属化合物に由来する金属原子とリン化合物(B)に由来するリン原子とがほぼ均一に混ざり合い反応した複合体が得られ、赤外線吸収スペクトルにおいて、800〜1400cm−1の範囲における最大吸収波数(n)が1080〜1130cm−1の範囲から外れるようになる。
【0024】
上記最大吸収波数(n)は、バリア性により優れる多層構造体となることから、1085〜1120cm−1の範囲にあることが好ましく、1090〜1110cm−1の範囲にあることがより好ましい。
【0025】
層(Y)の赤外線吸収スペクトルにおいては、2500〜4000cm−1の範囲に様々な原子に結合した水酸基の伸縮振動の吸収が見られることがある。この範囲に吸収が見られる水酸基の例としては、金属酸化物(A)部分の表面に存在しM−OHの形態を有する水酸基、リン化合物(B)に由来するリン原子(P)に結合してP−OHの形態を有する水酸基、後述する重合体(C)に由来するC−OHの形態を有する水酸基などが挙げられる。層(Y)中に存在する水酸基の量は、2500〜4000cm−1の範囲における水酸基の伸縮振動に基づく最大吸収の波数(n)における吸光度(A)と関連づけることができる。ここで、波数(n)は、2500〜4000cm−1の範囲における層(Y)の赤外線吸収スペクトルにおいて水酸基の伸縮振動に基づく赤外線吸収が最大となる波数である。以下では、波数(n)を、「最大吸収波数(n)」という場合がある。
【0026】
層(Y)中に存在する水酸基の量が多いほど、水酸基が水分子の透過経路となって水蒸気バリア性が低下する傾向がある。また、層(Y)の赤外線吸収スペクトルにおいて、上記最大吸収波数(n)における吸光度(A)と上記吸光度(A)との比率[吸光度(A)/吸光度(A)]が小さいほど、金属酸化物(A)の粒子同士がリン化合物(B)に由来するリン原子を介して効果的に結合されていると考えられる。そのため当該比率[吸光度(A)/吸光度(A)]は、得られる多層構造体のガスバリア性および水蒸気バリア性を高度に発現させる観点から、0.2以下であることが好ましく、0.1以下であることがより好ましい。層(Y)が上記のような比率[吸光度(A)/吸光度(A)]を有する多層構造体は、後述する金属酸化物(A)を構成する金属原子のモル数(N)とリン化合物(B)に由来するリン原子のモル数(N)との比率や熱処理条件などを調整することによって得ることができる。なお、特に限定されるわけではないが、後述する層(Y)の前駆体層の赤外線吸収スペクトルにおいては、800〜1400cm−1の範囲における最大吸光度(A’)と、2500〜4000cm−1の範囲における水酸基の伸縮振動に基づく最大吸光度(A’)とが、吸光度(A’)/吸光度(A’)>0.2の関係を満たす場合がある。
【0027】
層(Y)の赤外線吸収スペクトルにおいて、上記最大吸収波数(n)に極大を有する吸収ピークの半値幅は、得られる多層構造体のガスバリア性および水蒸気バリア性の観点から200cm−1以下であることが好ましく、150cm−1以下であることがより好ましく、130cm−1以下であることがより好ましく、110cm−1以下であることがより好ましく、100cm−1以下であることがさらに好ましく、50cm−1以下であることが特に好ましい。本発明を何ら限定するものではないが、金属酸化物(A)の粒子同士がリン原子を介して結合する際、金属酸化物(A)の粒子同士が、リン化合物(B)に由来するリン原子を介し、かつ金属酸化物(A)に由来しない金属原子を介さずに結合され、そして金属酸化物(A)を構成する金属原子(M)とリン原子(P)とが酸素原子(O)を介して結合したM−O−Pで表される結合が生成すると、金属酸化物(A)の粒子の表面という比較的定まった環境に起因して、最大吸収波数(n)に極大を有する吸収ピークの半値幅が上記範囲になると考えられる。なお、本明細書において最大吸収波数(n)の吸収ピークの半値幅は、当該吸収ピークにおいて吸光度(A)の半分の吸光度(吸光度(A)/2)を有する2点の波数を求めその差を算出することにより得ることができる。
【0028】
上記した層(Y)の赤外線吸収スペクトルは、ATR法(全反射測定法)で測定するか、または、多層構造体から層(Y)をかきとり、その赤外線吸収スペクトルをKBr法で測定することによって得ることができる。
【0029】
層(Y)は、一例において、金属酸化物(A)の粒子同士が、リン化合物(B)に由来するリン原子を介し、かつ金属酸化物(A)に由来しない金属原子を介さずに結合された構造を、層(Y)は有する。すなわち、金属酸化物(A)の粒子同士は金属酸化物(A)に由来する金属原子を介して結合されていてもよいが、それ以外の金属原子を介さずに結合された構造を有する。ここで、「リン化合物(B)に由来するリン原子を介し、かつ金属酸化物(A)に由来しない金属原子を介さずに結合された構造」とは、結合される金属酸化物(A)の粒子間の結合の主鎖が、リン化合物(B)に由来するリン原子を有し、かつ金属酸化物(A)に由来しない金属原子を有さない構造を意味しており、当該結合の側鎖に金属原子を有する構造も包含する。ただし、層(Y)は、金属酸化物(A)の粒子同士が、リン化合物(B)に由来するリン原子と金属原子の両方を介して結合された構造(結合される金属酸化物(A)の粒子間の結合の主鎖が、リン化合物(B)に由来するリン原子と金属原子の両方を有する構造)を一部有していてもよい。
【0030】
層(Y)において、金属酸化物(A)の各粒子とリン原子との結合形態としては、例えば、金属酸化物(A)を構成する金属原子(M)とリン原子(P)とが酸素原子(O)を介して結合された形態を挙げることができる。金属酸化物(A)の粒子同士は1分子のリン化合物(B)に由来するリン原子(P)を介して結合していてもよいが、2分子以上のリン化合物(B)に由来するリン原子(P)を介して結合していてもよい。結合している2つの金属酸化物(A)の粒子間の具体的な結合形態としては、結合している一方の金属酸化物(A)の粒子を構成する金属原子を(Mα)と表し、他方の金属酸化物(A)の粒子を構成する金属原子を(Mβ)と表すと、例えば、(Mα)−O−P−O−(Mβ)の結合形態;(Mα)−O−P−[O−P]−O−(Mβ)の結合形態;(Mα)−OP−Z−P−O−(Mβ)の結合形態;(Mα)−O−P−Z−P−[O−P−Z−P]−O−(Mβ)の結合形態などが挙げられる。なお上記結合形態の例において、nは1以上の整数を表し、Zはリン化合物(B)が分子中に2つ以上のリン原子を有する場合における2つのリン原子間に存在する構成原子群を表し、リン原子に結合しているその他の置換基の記載は省略している。層(Y)において、1つの金属酸化物(A)の粒子は複数の他の金属酸化物(A)の粒子と結合していることが、得られる多層構造体のバリア性の観点から好ましい。
【0031】
[金属酸化物(A)]
上述したように、金属酸化物(A)を構成する金属原子(M)は、実質的にアルミニウム原子である。アルミニウム以外の金属原子(M)の例には、マグネシウム、カルシウム等の周期表第2族の金属;亜鉛等の周期表第12族の金属;アルミニウム以外の周期表第13族の金属;ケイ素等の周期表第14族の金属;チタン、ジルコニウム等の遷移金属などを挙げることができる。なおケイ素は半金属に分類される場合があるが、本明細書ではケイ素を金属に含めるものとする。金属酸化物(A)を構成する金属原子(M)は1種類であってもよいし、2種類以上であってもよい。これらの中でも、アルミニウム原子以外の金属原子(M)としては、チタンおよびジルコニウムからなる群より選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。
【0032】
金属酸化物(A)としては、液相合成法、気相合成法、固体粉砕法などの方法により製造されたものを使用することができるが、得られる金属酸化物(A)の形状や大きさの制御性や製造効率などを考慮すると、液相合成法により製造されたものが好ましい。
【0033】
液相合成法においては、加水分解可能な特性基が結合した金属原子(M)を含有する化合物(L)を原料として用いてこれを加水分解縮合させることで、化合物(L)の加水分解縮合物として金属酸化物(A)を合成することができる。すなわち、金属酸化物(A)は、当該化合物(L)の加水分解縮合物であってもよい。また化合物(L)の加水分解縮合物を液相合成法で製造するにあたっては、原料として化合物(L)そのものを用いる方法以外にも、化合物(L)が部分的に加水分解してなる化合物(L)の部分加水分解物、化合物(L)が完全に加水分解してなる化合物(L)の完全加水分解物、化合物(L)が部分的に加水分解縮合してなる化合物(L)の部分加水分解縮合物、化合物(L)の完全加水分解物の一部が縮合したもの、あるいはこれらのうちの2種以上の混合物を原料として用いてこれを縮合または加水分解縮合させることによっても金属酸化物(A)を製造することができる。このようにして得られる金属酸化物(A)も、本明細書では「化合物(L)の加水分解縮合物」ということとする。上記の加水分解可能な特性基(官能基)の種類に特に制限はなく、例えば、ハロゲン原子(F、Cl、Br、I等)、アルコキシ基、アシロキシ基、ジアシルメチル基、ニトロ基等が挙げられるが、反応の制御性に優れることから、ハロゲン原子またはアルコキシ基が好ましく、アルコキシ基がより好ましい。
【0034】
化合物(L)は、反応の制御が容易で、得られる多層構造体のバリア性が優れることから、以下の式(I)で示される少なくとも1種の化合物(L)を含むことが好ましい。
【0035】
AlX(3−m) (I)
[式(I)中、Xは、F、Cl、Br、I、RO−、RC(=O)O−、(RC(=O))CH−およびNOからなる群より選ばれる。R、R、RおよびRはそれぞれ、アルキル基、アラルキル基、アリール基およびアルケニル基からなる群より選ばれる。式(I)において、複数のXが存在する場合には、それらのXは互いに同一であってもよいし異なっていてもよい。式(I)において、複数のRが存在する場合には、それらのRは互いに同一であってもよいし異なっていてもよい。式(I)において、複数のRが存在する場合には、それらのRは互いに同一であってもよいし異なっていてもよい。式(I)において、複数のRが存在する場合には、それらのRは互いに同一であってもよいし異なっていてもよい。式(I)において、複数のRが存在する場合には、それらのRは互いに同一であってもよいし異なっていてもよい。mは1〜3の整数を表す。]
【0036】
、R、RおよびRが表すアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、ノルマルプロピル基、イソプロピル基、ノルマルブチル基、s−ブチル基、t−ブチル基、2−エチルヘキシル基等が挙げられる。R、R、RおよびRが表すアラルキル基としては、例えば、ベンジル基、フェネチル基、トリチル基等が挙げられる。R、R、RおよびRが表すアリール基としては、例えば、フェニル基、ナフチル基、トリル基、キシリル基、メシチル基等が挙げられる。R、R、RおよびRが表すアルケニル基としては、例えば、ビニル基、アリル基等が挙げられる。Rは、例えば、炭素数が1〜10のアルキル基であることが好ましく、炭素数が1〜4のアルキル基であることがより好ましい。Xは、F、Cl、Br、I、RO−であることが好ましい。化合物(L)の好ましい一例では、Xがハロゲン原子(F、Cl、Br、I)または炭素数が1〜4のアルコキシ基(RO−)であり、mは3である。化合物(L)の一例では、Xがハロゲン原子(F、Cl、Br、I)または炭素数が1〜4のアルコキシ基(RO−)であり、mは3である。
【0037】
化合物(L)の具体例としては、例えば、塩化アルミニウム、アルミニウムトリエトキシド、アルミニウムトリノルマルプロポキシド、アルミニウムトリイソプロポキシド、アルミニウムトリノルマルブトキシド、アルミニウムトリs−ブトキシド、アルミニウムトリt−ブトキシド、アルミニウムトリアセテート、アルミニウムアセチルアセトネート、硝酸アルミニウム等のアルミニウム化合物が挙げられる。これらの中でも、化合物(L)としては、アルミニウムトリイソプロポキシドおよびアルミニウムトリs−ブトキシドから選ばれる少なくとも1つの化合物が好ましい。化合物(L)は1種類を単独で使用してもよいし、2種類以上を併用してもよい。
【0038】
また、化合物(L)以外の化合物(L)としては、本発明の効果が得られる限り特に限定されないが、例えばチタン、ジルコニウム、マグネシウム、カルシウム、亜鉛、ケイ素等の金属原子に、上述の加水分解可能な特性基が結合した化合物などが挙げられる。なお、ケイ素は半金属に分類される場合があるが、本明細書ではケイ素を金属に含めるものとする。これらの中でも、得られる多層構造体がガスバリア性に優れることから、化合物(L)以外の化合物(L)としては、金属原子としてチタンまたはジルコニウムを有する化合物が好ましい。化合物(L)以外の化合物(L)の具体例としては、例えば、チタンテトライソプロポキシド、チタンテトラノルマルブトキシド、チタンテトラ(2−エチルヘキソキシド)、チタンテトラメトキシド、チタンテトラエトキシド、チタンアセチルアセトネート等のチタン化合物;ジルコニウムテトラノルマルプロポキシド、ジルコニウムテトラブトキシド、ジルコニウムテトラアセチルアセトネート等のジルコニウム化合物が挙げられる。
【0039】
本発明の効果が得られる限り、化合物(L)に占める化合物(L)の割合に特に限定はない。化合物(L)以外の化合物が化合物(L)に占める割合は、例えば、20モル%以下や10モル%以下や5モル%以下や0モル%である。一例では、化合物(L)は化合物(L)のみからなる。
【0040】
化合物(L)が加水分解されることによって、化合物(L)が有する加水分解可能な特性基の少なくとも一部が水酸基に置換される。さらに、その加水分解物が縮合することによって、金属原子(M)が酸素原子(O)を介して結合された化合物が形成される。この縮合が繰り返されると、実質的に金属酸化物とみなしうる化合物が形成される。なお、このようにして形成された金属酸化物(A)の表面には、通常、水酸基が存在する。この明細書では、化合物(L)の加水分解縮合物を「金属酸化物(A)」という場合がある。すなわち、この明細書において、「金属化合物(A)」を「化合物(L)の加水分解縮合物」と読み替えることが可能であり、「化合物(L)の加水分解縮合物」を「金属酸化物(A)」と読み替えることが可能である。
【0041】
本明細書においては、金属原子(M)のモル数に対する、M−O−Mで表される構造における酸素原子(O)のように、金属原子(M)のみに結合している酸素原子(例えば、M−O−Hで表される構造における酸素原子(O)のように金属原子(M)と水素原子(H)に結合している酸素原子は除外する)のモル数の割合([金属原子(M)のみに結合している酸素原子(O)のモル数]/[金属原子(M)のモル数])が0.8以上となる化合物を金属酸化物(A)に含めるものとする。金属酸化物(A)は、上記割合が0.9以上であることが好ましく、1.0以上であることがより好ましく、1.1以上であることがさらに好ましい。上記割合の上限は特に限定されないが、金属原子(M)の原子価をnとすると、通常、n/2で表される。
【0042】
上記の加水分解縮合が起こるためには、化合物(L)が加水分解可能な特性基(官能基)を有していることが重要である。それらの基が結合していない場合、加水分解縮合反応が起こらないか極めて緩慢になるため、目的とする金属酸化物(A)の調製が困難になる。
【0043】
加水分解縮合物は、例えば、公知のゾルゲル法で採用される手法により特定の原料から製造することができる。当該原料には、化合物(L)、化合物(L)の部分加水分解物、化合物(L)の完全加水分解物、化合物(L)の部分加水分解縮合物、および化合物(L)の完全加水分解物の一部が縮合したものからなる群より選ばれる少なくとも1種(以下、「化合物(L)系成分」と称する場合がある)を用いることができる。これらの原料は、公知の方法で製造してもよいし、市販されているものを用いてもよい。特に限定はないが、例えば、2〜10個程度の化合物(L)が加水分解縮合することによって得られる縮合物を原料として用いることができる。具体的には、例えば、アルミニウムトリイソプロポキシドを加水分解縮合させて2〜10量体の縮合物としたものを原料の一部として用いることができる。
【0044】
化合物(L)の加水分解縮合物において縮合される分子の数は、化合物(L)系成分を縮合または加水分解縮合する際の条件によって制御することができる。例えば、縮合される分子の数は、水の量、触媒の種類や濃度、縮合または加水分解縮合する際の温度や時間などによって制御することができる。
【0045】
上記したように、層(Y)は、反応生成物(R)を含み、前記反応生成物(R)は、少なくとも金属酸化物(A)とリン化合物(B)とが反応してなる反応生成物である。このような反応生成物や構造は金属酸化物(A)とリン化合物(B)とを混合し反応させることにより形成することができる。リン化合物(B)との混合に供される(混合される直前の)金属酸化物(A)は、金属酸化物(A)そのものであってもよいし、金属酸化物(A)を含む組成物の形態であってもよい。好ましい一例では、金属酸化物(A)を溶媒に溶解または分散することによって得られた液体(溶液または分散液)の形態で、金属酸化物(A)がリン化合物(B)と混合される。
【0046】
金属酸化物(A)の溶液または分散液を製造するための方法としては、国際公開WO2011/122036号に開示されている方法を適用することができる。金属酸化物(A)が酸化アルミニウム(アルミナ)である場合には、好ましいアルミナの分散液は、アルミニウムアルコキシドを必要に応じて酸触媒でpH調整した水溶液中で加水分解縮合してアルミナのスラリーとし、これを特定量の酸の存在下に解膠することにより得ることができる。
【0047】
[リン化合物(B)]
リン化合物(B)は、金属酸化物(A)と反応可能な部位を含有し、典型的には、そのような部位を複数含有する。好ましい一例では、リン化合物(B)は、そのような部位(原子団または官能基)を2〜20個含有する。そのような部位の例には、金属酸化物(A)の表面に存在する官能基(たとえば水酸基)と反応可能な部位が含まれる。たとえば、そのような部位の例には、リン原子に直接結合したハロゲン原子や、リン原子に直接結合した酸素原子が含まれる。それらのハロゲン原子や酸素原子は、金属酸化物(A)の表面に存在する水酸基と縮合反応(加水分解縮合反応)を起こすことができる。金属酸化物(A)の表面に存在する官能基(たとえば水酸基)は、通常、金属酸化物(A)を構成する金属原子(M)に結合している。
【0048】
リン化合物(B)としては、例えば、ハロゲン原子または酸素原子がリン原子に直接結合した構造を有するものを用いることができ、このようなリン化合物(B)を用いることにより金属酸化物(A)の表面に存在する水酸基と(加水分解)縮合することで結合することができる。リン化合物(B)は、1つのリン原子を有するものであってもよいし、2つ以上のリン原子を有するものであってもよい。
【0049】
リン化合物(B)は、リン酸、ポリリン酸、亜リン酸、ホスホン酸およびそれらの誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物であってもよい。ポリリン酸の具体例としては、ピロリン酸、三リン酸、4つ以上のリン酸が縮合したポリリン酸などが挙げられる。上記の誘導体の例としては、リン酸、ポリリン酸、亜リン酸、ホスホン酸の、塩、(部分)エステル化合物、ハロゲン化物(塩化物等)、脱水物(五酸化ニリン等)などが挙げられる。また、ホスホン酸の誘導体の例には、ホスホン酸(H−P(=O)(OH)2)のリン原子に直接結合した水素原子が種々の官能基を有していてもよいアルキル基に置換されている化合物(例えば、ニトリロトリス(メチレンホスホン酸)、N,N,N’,N’−エチレンジアミンテトラキス(メチレンホスホン酸)等)や、その塩、(部分)エステル化合物、ハロゲン化物および脱水物も含まれる。さらに、リン酸化でんぷんなど、リン原子を有する有機高分子も、前記リン化合物(B)として使用することができる。これらのリン化合物(B)は1種を単独で使用しても2種以上を併用してもよい。これらのリン化合物(B)の中でも、後述するコーティング液(U)を用いて層(Y)を形成する場合におけるコーティング液(U)の安定性と得られる多層構造体のバリア性がより優れることから、リン酸を単独で使用するか、またはリン酸とそれ以外のリン化合物とを併用することが好ましい。
【0050】
上記したように、前記層(Y)は反応生成物(R)を含み、前記反応生成物(R)は、少なくとも金属酸化物(A)とリン化合物(B)とが反応してなる反応生成物である。このような反応生成物や構造は金属酸化物(A)とリン化合物(B)とを混合し反応させることにより形成することができる。金属酸化物(A)との混合に供される(混合される直前の)リン化合物(B)は、リン化合物(B)そのものであってもよいしリン化合物(B)を含む組成物の形態であってもよく、リン化合物(B)を含む組成物の形態が好ましい。好ましい一例では、リン化合物(B)を溶媒に溶解することによって得られる溶液の形態で、リン化合物(B)が金属酸化物(A)と混合される。その際の溶媒は任意のものが使用できるが、水または水を含む混合溶媒が好ましい溶媒として挙げられる。
【0051】
[反応生成物(R)]
反応生成物(R)には、金属酸化物(A)およびリン化合物(B)のみが反応することによって生成される反応生成物が含まれる。また、反応生成物(R)には、金属酸化物(A)とリン化合物(B)とさらに他の化合物とが反応することによって生成される反応生成物も含まれる。反応生成物(R)は、後述する製造方法で説明する方法によって形成できる。
【0052】
[金属酸化物(A)とリン化合物(B)との比率]
層(Y)において、金属酸化物(A)を構成する金属原子(M)のモル数(N)とリン化合物(B)に由来するリン原子のモル数(N)との比率について、0.8≦モル数(N)/モル数(N)≦4.5の関係を満たすことが好ましく、1.0≦モル数(N)/モル数(N)≦3.6の関係を満たすことがより好ましく、1.1≦モル数(N)/モル数(N)≦3.0の関係を満たすことがさらに好ましい。モル数(N)/モル数(N)の値が4.5を超えると、金属酸化物(A)がリン化合物(B)に対して過剰となり、金属酸化物(A)の粒子同士の結合が不充分となり、また、金属酸化物(A)の表面に存在する水酸基の量が多くなるため、バリア性とその信頼性が低下する傾向がある。一方、モル数(N)/モル数(N)の値が0.8未満であると、リン化合物(B)が金属酸化物(A)に対して過剰となり、金属酸化物(A)との結合に関与しない余剰なリン化合物(B)が多くなり、また、リン化合物(B)由来の水酸基の量が多くなりやすく、やはりバリア性とその信頼性が低下する傾向がある。
【0053】
なお、上記比は、層(Y)を形成するためのコーティング液における、金属酸化物(A)の量とリン化合物(B)の量との比によって調整できる。層(Y)におけるモル数(N)とモル数(N)との比は、通常、コーティング液における比であって金属酸化物(A)を構成する金属原子のモル数とリン化合物(B)を構成するリン原子のモル数との比と同じである。
【0054】
[重合体(C)]
層(Y)は、特定の重合体(C)をさらに含んでもよい。重合体(C)は、水酸基、カルボキシル基、カルボン酸無水物基、およびカルボキシル基の塩からなる群より選ばれる少なくとも1種の官能基(f)を有する重合体である。なお、本明細書において、リン化合物(B)としての要件を満たす重合体であって官能基(f)を含む重合体は、重合体(C)には含めずにリン化合物(B)として扱う。
【0055】
水酸基を有する重合体(C)の具体例としては、ポリビニルアルコール、ポリ酢酸ビニルの部分けん化物、ポリエチレングリコール、ポリヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、でんぷん等の多糖類、多糖類から誘導される多糖類誘導体などが挙げられる。カルボキシル基、カルボン酸無水物基またはカルボキシル基の塩を有する重合体(C)の具体例としては、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリ(アクリル酸/メタクリル酸)およびそれらの塩などを挙げることができる。また、官能基(f)を含有しない構成単位を含む重合体(C)の具体例としては、エチレン−ビニルアルコール共重合体、エチレン−無水マレイン酸共重合体、スチレン−無水マレイン酸共重合体、イソブチレン−無水マレイン酸交互共重合体、エチレン−アクリル酸共重合体、エチレン−アクリル酸エチル共重合体のけん化物などが挙げられる。より優れたバリア性および耐熱水性を有する多層構造体を得るために、重合体(C)は、ポリビニルアルコール、エチレン−ビニルアルコール共重合体、多糖類、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸の塩、ポリメタクリル酸、およびポリメタクリル酸の塩からなる群より選ばれる少なくとも1種の重合体であることが好ましい。
【0056】
重合体(C)の分子量に特に制限はない。より優れたバリア性および力学的物性(落下衝撃強さ等)を有する多層構造体を得るために、重合体(C)の数平均分子量は、5,000以上であることが好ましく、8,000以上であることがより好ましく、10,000以上であることがさらに好ましい。重合体(C)の数平均分子量の上限は特に限定されず、例えば、1,500,000以下である。
【0057】
バリア性をより向上させるために、層(Y)における重合体(C)の含有率は、層(Y)の質量を基準(100質量%)として、50質量%以下であることが好ましく、40質量%以下であることがより好ましく、30質量%以下であることがさらに好ましく、20質量%以下であってもよい。重合体(C)は、層(Y)中の他の成分と反応していてもよいし、反応していなくてもよい。なお、本明細書では、重合体(C)が他の成分と反応している場合も、重合体(C)と表現する。たとえば、重合体(C)が、金属酸化物(A)、および/または、リン化合物(B)に由来するリン原子と結合している場合も、重合体(C)と表現する。この場合、上記の重合体(C)の含有率は、金属酸化物(A)および/またはリン原子と結合する前の重合体(C)の質量を層(Y)の質量で除して算出する。
【0058】
層(Y)は、少なくとも金属酸化物(A)とリン化合物(B)とが反応してなる反応生成物(R)(ただし、重合体(C)部分を有するものを含む)のみから構成されていてもよいし、当該反応生成物(R)と、反応していない重合体(C)のみから構成されていてもよいが、その他の成分をさらに含んでいてもよい。
【0059】
上記の他の成分としては、例えば、炭酸塩、塩酸塩、硝酸塩、炭酸水素塩、硫酸塩、硫酸水素塩、ホウ酸塩、アルミン酸塩等の無機酸金属塩;シュウ酸塩、酢酸塩、酒石酸塩、ステアリン酸塩等の有機酸金属塩;アセチルアセトナート金属錯体(アルミニウムアセチルアセトナート等)、シクロペンタジエニル金属錯体(チタノセン等)、シアノ金属錯体等の金属錯体;層状粘土化合物;架橋剤;重合体(C)以外の高分子化合物;可塑剤;酸化防止剤;紫外線吸収剤;難燃剤などが挙げられる。
【0060】
層(Y)における上記の他の成分の含有率は、50質量%以下であることが好ましく、20質量%以下であることがより好ましく、10質量%以下であることがさらに好ましく、5質量%以下であることが特に好ましく、0質量%(他の成分を含まない)であってもよい。
【0061】
[層(Y)の厚さ]
本発明の多層構造体が有する層(Y)の厚さ(多層構造体が2層以上の層(Y)を有する場合には各層(Y)の厚さの合計)は、4.0μm以下であることが好ましく、2.0μm以下であることがより好ましく、1.0μm以下であることがさらに好ましく、0.9μm以下であることが特に好ましい。層(Y)を薄くすることによって、印刷、ラミネート等の加工時における多層構造体の寸法変化を低く抑えることができ、さらに多層構造体の柔軟性が増し、その力学的特性を、基材自体の力学的特性に近づけることができる。
【0062】
層(Y)の厚さ(多層構造体が2層以上の層(Y)を有する場合には各層(Y)の厚さの合計)は、0.1μm以上(例えば0.2μm以上)であることが好ましい。なお、層(Y)1層当たりの厚さは、本発明の多層構造体のバリア性がより良好になる観点から、0.05μm以上(例えば0.15μm以上)であることが好ましい。層(Y)の厚さは、層(Y)の形成に用いられる後述するコーティング液(U)の濃度や、その塗布方法によって制御することができる。
【0063】
本発明の多層構造体では、特定の基材(X)を用いているため、バリア性を高めることが可能である。具体的には、40℃、90/0%RHの条件下における透湿度を、0.05g/(m・day)以下や0.01g/(m・day)以下や0.005g/(m・day)以下とすることが可能である。デバイス(たとえば太陽電池)の保護シートとして用いる場合、上記条件下における透湿度が0.1g/(m・day)以下であることが好ましく、0.01g/(m・day)以下であることがより好ましく、0.005g/(m・day)以下であることがさらに好ましい。ここで「90/0%RH」とは多層構造体に対して一方の側の相対湿度が90%で他方の側の相対湿度が0%であることを意味する。
【0064】
また、酸素透過度は、20℃、85%RHの条件下において、0.5ml/(m・day・atm)以下であることが好ましく、0.3ml/(m・day・atm)以下がより好ましく、0.1ml/(m・day・atm)以下がさらに好ましい。
【0065】
[基材(X)]
基材(X)は、フィルムなどの層状の基材である。基材(X)には、少なくとも一方向における3%歪み時張力が2000N/m以上である基材が用いられる。ここで、「3%歪み時張力」とは、23℃50%RHの条件で測定したある方向の長さが単位長さ(1m)である基材を当該方向とは垂直な方向に3%延伸したときの張力を意味する。3%歪み時張力は、具体的には後述する実施例で適用した測定方法により得ることができる。基材(X)の、少なくとも一方向における3%歪み時における張力は、2500N/m以上であることが好ましく、3000N/m以上(たとえば3600N/m以上)であることがより好ましい。基材(X)の3%歪み時における張力の上限に特に限定はないが、一般的には、30000N/m以下である。
【0066】
典型的な一例では、「上記少なくとも一方向」は、基材の製造時におけるMD方向(Machine Direction:流れ方向)である。ここで、MD方向とは、基材またはその前駆体を搬送しながら処理(製造など)する際に基材またはその前駆体が搬送される方向であり、製造された切断前の長尺の基材においては長手方向がMD方向に該当する。基材(X)において、すべての方向における3%歪み時張力が2000N/m以上であってもよく、すべての方向における3%歪み時張力が上述した好ましい範囲にあってもよい。
【0067】
以下では、3%歪み時張力が2000N/m以上である方向を、「方向(D)」という場合がある。本願発明の多層構造体をデバイスの保護シートとして用いる際には、通常、多層構造体に対して所定の方向に張力を加えた状態で、多層構造体をデバイス上に積層することが必要となる。そのような場合でも、方向(D)に張力を加えた状態で積層を行うことによって、バリア層のバリア性が低下することを抑制できる。特に、ロール・ツー・ロール方式でデバイス上に多層構造体(保護シート)を積層する場合、多層構造体は、通常、搬送方向(MD方向)に張力を加えられた状態でデバイス上に積層されることになる。このような場合でも、方向(D)と積層時の搬送方向とを一致させて積層を行うことによって、バリア層の性能の低下を抑制できる。
【0068】
方向(D)における3%歪み時における張力が上記条件を満たす限り、基材(X)の材質に特に制限はなく、様々な材質からなる基材を用いることができる。基材(X)の材質の例には、透光性を有する熱可塑性樹脂が含まれ、具体的には、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート(PC)、ポリメタアクリル酸メチル、ポリスチレン、ポリメタアクリル酸メチル/スチレン共重合体、シンジオタクチックポリスチレン、環状ポリオレフィン、環状オレフィン共重合体(COC)、ポリアセチルセルロース、ポリイミド、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリエチレンナフタレート、ポリビニルアセタール、ポリビニルブチラール、ポリビニルアルコール、ポリ塩化ビニル、ポリメチルペンテンなどが含まれる。これらの中でも、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、ポリカーボネート(PC)および環状オレフィン共重合体(COC)は、高い透明性を有しながら耐熱性に優れるという点で好ましい。基材(X)は、複数の樹脂で構成されてもよい。また、基材(X)は、複数の層からなる多層膜であってもよい。基材(X)は、接着層を介して複数の樹脂からなる多層膜でもよい。
【0069】
方向(D)における3%歪み時における基材の張力は、基材の材質、厚さ、添加剤の有無および延伸の有無によって変化する。したがって、引張弾性率の高い素材を用いる、厚みを厚くする、金属や無機物などを複合する、または延伸を施すことにより3%歪み時における基材の張力を高めることができる。
【0070】
熱可塑性樹脂フィルムは、延伸フィルムであってもよいし無延伸フィルムであってもよい。得られる多層構造体の加工適性(印刷やラミネートなど)が優れることから、延伸フィルム、特に二軸延伸フィルムが好ましい。二軸延伸フィルムは、同時二軸延伸法、逐次二軸延伸法、およびチューブラ延伸法のいずれかの方法で製造された二軸延伸フィルムであってもよい。
【0071】
基材(X)の厚さに限定はなく、たとえば10μm〜300μmの範囲にあってもよいし、20μm〜200μmの範囲にあってもよい。ただし、基材(X)が厚いと、基材(X)による光の吸収が大きくなったり、多層構造体の柔軟性が低下したりするため、通常、基材(X)の厚さは150μm以下であることが好ましい。
【0072】
[接着剤層(H)]
本発明の多層構造体において、層(Y)は、基材(X)と直接接触するように積層されていてもよいが、基材(X)と層(Y)との間に配置された接着剤層(H)を介して層(Y)が基材(X)に積層されていてもよい。この構成によれば、基材(X)と層(Y)との接着性を高めることができる場合がある。接着剤層(H)は、接着性樹脂で形成してもよい。接着性樹脂からなる接着剤層(H)は、基材(X)の表面を公知のアンカーコーティング剤で処理するか、基材(X)の表面に公知の接着剤を塗布することによって形成できる。当該接着剤としては、たとえばポリイソシアネート成分とポリオール成分とを混合し反応させる二液反応型ポリウレタン系接着剤が好ましい。また、アンカーコーティング剤や接着剤に、公知のシランカップリング剤などの少量の添加剤を加えることによって、さらに接着性を高めることができる場合がある。シランカップリング剤の好適な例としては、イソシアネート基、エポキシ基、アミノ基、ウレイド基、メルカプト基などの反応性基を有するシランカップリング剤を挙げることができる。基材(X)と層(Y)とを接着剤層(H)を介して強く接着することによって、本発明の多層構造体に対して印刷やラミネートなどの加工を施す際に、バリア性や外観の悪化をより効果的に抑制することができる。
【0073】
接着剤層(H)を厚くすることによって、本発明の多層構造体の強度を高めることができる。しかし、接着剤層(H)を厚くしすぎると、外観が悪化する傾向がある。接着剤層(H)の厚さは0.01〜1μmの範囲が好ましく、0.03〜0.5μmの範囲がより好ましく、0.03〜0.18μmの範囲にあることが好ましく、0.04〜0.14μmの範囲にあることがより好ましく、0.05〜0.10μmの範囲にあることがさらに好ましい。
【0074】
[多層構造体の構成]
本発明の多層構造体(積層体)は、基材(X)および層(Y)のみによって構成されてもよいし、基材(X)、層(Y)および接着剤層(H)のみによって構成されていてもよい。本発明の多層構造体は、複数の層(Y)を含んでもよい。また、本発明の多層構造体は、基材(X)、層(Y)および接着剤層(H)以外の他の層(例えば熱可塑性樹脂フィルム層、無機蒸着層等の他の層など)を1層以上さらに含んでもよい。そのような他の部材(他の層など)を有する本発明の多層構造体は、基材(X)に直接または接着剤層(H)を介して層(Y)を積層させた後に、さらに当該他の部材(他の層など)を直接または接着層を介して接着または形成することによって製造できる。このような他の部材(他の層など)を多層構造体に含ませることによって、多層構造体の特性を向上させたり、新たな特性を付与したりすることができる。例えば、本発明の多層構造体にヒートシール性を付与したり、バリア性や力学的物性をさらに向上させたりすることができる。
【0075】
無機蒸着層は、酸素ガスや水蒸気に対するバリア性を有するものであることが好ましい。無機蒸着層は、基材(X)の上に無機物を蒸着することにより形成することができる。無機蒸着層としては、例えば、酸化アルミニウム、酸化ケイ素、酸窒化ケイ素、酸化マグネシウム、酸化錫、またはそれらの混合物等の無機酸化物から形成される層;窒化ケイ素、炭窒化ケイ素等の無機窒化物から形成される層;炭化ケイ素等の無機炭化物から形成される層;アルミニウム、銀、ケイ素、亜鉛、錫、チタン、タンタル、ニオブ、ルテニウム、ガリウム、プラチナ、バナジウム、インジウムなどの金属から形成される層などが挙げられる。これらの中でも、酸化アルミニウム、酸化ケイ素、酸化マグネシウム、窒化ケイ素、酸化亜鉛、酸化チタンから形成される層は、酸素ガスや水蒸気に対するバリア性が優れる観点から好ましい。
【0076】
無機蒸着層の好ましい厚さは、無機蒸着層を構成する成分の種類によって異なるが、通常、2〜500nmの範囲内である。この範囲内で、多層構造体のバリア性や機械的物性が良好になる厚さを選択すればよい。無機蒸着層の厚さが2nm未満であると、酸素ガスや水蒸気に対する無機蒸着層のバリア性発現の再現性が低下する傾向があり、また、無機蒸着層が充分なバリア性を発現しない場合もある。また、無機蒸着層の厚さが500nmを超えると、複合構造体を引っ張ったり屈曲させたりした場合に無機蒸着層のバリア性が低下しやすくなる傾向がある。無機蒸着層の厚さは、より好ましくは5〜200nmの範囲にあり、さらに好ましくは10〜100nmの範囲にある。
【0077】
無機蒸着層の形成方法としては、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法、化学気相成長法(CVD)などを挙げることができる。これらの中でも、生産性の観点から、真空蒸着法が好ましい。真空蒸着を行う際の加熱方式としては、電子線加熱方式、抵抗加熱方式および誘導加熱方式のいずれかが好ましい。また無機蒸着層が形成される基体との密着性および無機蒸着層の緻密性を向上させるために、プラズマアシスト法やイオンビームアシスト法を採用して蒸着してもよい。また、透明無機蒸着層の透明性を上げるために、蒸着の際に、酸素ガスなどを吹き込んで反応を生じさせる反応蒸着法を採用してもよい。
【0078】
本発明の多層構造体は、2層以上の層(Y)を含んでもよく、基材(X)の一主面側および他主面側のそれぞれ、すなわち基材(X)の両面に、層(Y)が積層されていてもよい。
【0079】
本発明の多層構造体は、一方の表面または両方の表面に配置された表面保護層を含んでもよい。表面保護層としては、傷がつきにくい樹脂からなる層が好ましい。また、太陽電池のように室外で利用されることがあるデバイスの表面保護層は、耐候性(たとえば耐光性)が高い樹脂からなること好ましい。また、光を透過させる必要がある面を保護する場合には、透光性が高い表面保護層が好ましい。表面保護層(表面保護フィルム)の材料の例には、アクリル樹脂、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、ポリテトラフルオロエチレン、4−フッ化エチレン−パークロロアルコキシ共重合体、4−フッ化エチレン−6−フッ化プロピレン共重合体、2−エチレン−4−フッ化エチレン共重合体、ポリ3−フッ化塩化エチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニルが含まれる。一例の多層構造体は、一方の表面に配置されたアクリル樹脂層を含む。なお、表面保護層の耐久性を高めるために、表面保護層に各種の添加剤(たとえば紫外線吸収剤)を添加してもよい。耐候性が高い表面保護層の好ましい一例は、紫外線吸収剤が添加されたアクリル樹脂層である。紫外線吸収剤の例には、公知の紫外線吸収剤が含まれ、たとえば、ベンゾトリアゾール系、ベンゾフェノン系、サリシレート系、シアノアクリレート系、ニッケル系、トリアジン系の紫外線吸収剤が含まれる。また、他の安定剤、光安定剤、酸化防止剤などを併用してもよい。
【0080】
表面保護層は、基材とバリア層との多層構造体(以下では、「バリアフィルム」という場合がある)に積層される。バリアフィルムに表面保護層を積層する方法に限定はなく、たとえば接着層を用いて両者を接着してもよい。接着層は、表面保護層の種類に応じて選択すればよい。たとえば、表面保護層がアクリル樹脂フィルムの場合には、接着層として、ポリビニルアセタール(たとえばポリビニルブチラール)を用いてもよい。また、アクリル樹脂とポリビニルアセタールからなる多層フィルムを表面保護層として用いることもできる。この場合、バリアフィルムと上記記載の表面保護層または上記保護層を含む多層構造体や多層フィルムとを、接着層を介して熱ラミネートすることが可能である。
【0081】
ポリビニルアセタールは、ポリビニルアルコールとアルデヒド化合物とを公知の方法で反応させて合成する。ポリビニルアルコールと反応させるアルデヒド化合物としては、炭素数2〜6のアルデヒド化合物が好ましく、直鎖又は分岐のある飽和脂肪族アルデヒドがより好ましく、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、n−ブチルアルデヒド、イソブチルアルデヒドなどがより好ましい。これらの中でも、アセトアルデヒドおよびn−ブチルアルデヒドからなる群より選ばれる少なくとも1種を用いることがさらに好ましい。
【0082】
ポリビニルアセタールの平均重合度は、アセタール化前のポリビニルアルコールの粘度平均重合度と同一であるとする。ポリビニルアセタール(ポリビニルアルコール)の平均重合度は、500以上2000以下の範囲が好ましく、700以上1700以下の範囲がより好ましく、800以上1500以下の範囲がさらに好ましい。ポリビニルアルコールの重合度が500未満であると、ポリビニルアセタール樹脂成形物の力学物性が不足し、安定な成形を行うことができない。一方、ポリビニルアルコールの重合度が2000を超えると、ポリビニルアセタール樹脂として熱成形する際の溶融粘度が高くなり、成形物の製造が困難になる。なお、ポリビニルアルコールの重合度は、JIS−K6726に準じて測定する。
【0083】
ポリビニルアセタール中の酢酸の割合は、たとえば、JIS K6728−1977のポリビニルブチラール中のビニルブチラールの方法、または核磁気共鳴装置を用いて得られるH−NMRにより測定する。ポリビニルアセタール中の酢酸の割合は、5質量%以下であることが好ましく、3質量%以下がより好ましく、2質量%以下がさらに好ましい。残存酢酸基が5質量%超えると、耐熱性が十分ではなくなり、熱分解や架橋ゲル化によって安定な溶融成形を行うことが困難になることがある。
【0084】
ポリビニルアセタールのアセタール比率は、たとえば、JIS K6728−1977のポリビニルブチラール中のビニルブチラールの方法により測定する。ビニルアセタールの比率は、ポリビニルアセタールに対して55〜85質量%が好ましく、60〜80質量%がより好ましい。ビニルアセタールの比率が55質量%未満のポリビニルアセタール化樹脂は、熱安定性が十分ではなく、また溶融加工性が乏しい。一方、アセタール化度が85質量%を超えるポリビニルアセタールは、アセタール化反応に長時間を要するので製造コストが高くなる。
【0085】
また、本発明に用いられるポリビニルアセタールは、メタクリル樹脂との接着性および耐熱性の観点から、炭素数4以上のアルデヒド化合物と炭素数3以下のアルデヒド化合物とポリビニルアルコールとを反応させて合成してもよい。炭素数4以上のアルデヒド化合物でアセタール化されたビニルアセタール単位と、炭素数3以下のアルデヒド化合物でアセタール化されたビニルアセタール単位のモル比率は、90/10〜1/99が好ましく、80/20〜1/99がより好ましい。ビニルアセタール単位のモル比率は、たとえばH−NMRにより求めることができる。このようなポリビニルアセタールは、強度・弾性率や表面硬度、表面の平滑性、透明性に加え、メタクリル樹脂との接着性および耐熱性に優れたシートを提供することができる。
【0086】
本発明の多層構造体の構成の好ましい例を以下に示すが、これにより本発明の多層構造体の構成が限定されるものではない。なお、多層構造体は基材とバリア層との間に接着剤層(H)を有していてもよいが、以下の具体例において当該接着剤層(H)の記載は省略している。
(1)バリア層/基材/バリア層
(2)基材/バリア層/接着層/表面保護層
(3)バリア層/基材/バリア層/接着層/表面保護層
(4)無機蒸着層/基材/バリア層
(5)無機蒸着層/バリア層/基材
(6)無機蒸着層/バリア層/基材/バリア層
(7)無機蒸着層/バリア層/基材/バリア層/無機蒸着層
(8)バリア層/無機蒸着層/基材
(9)バリア層/無機蒸着層/基材/バリア層
(10)バリア層/無機蒸着層/基材/無機蒸着層/バリア層
(11)バリア層/無機蒸着層/基材/バリア層/無機蒸着層
【0087】
上記の構成の例(1)〜(11)における好ましい一例では、基材がポリエチレンテレフタレートフィルムまたはポリカーボネートフィルムである。上記の構成の例(2)および(3)における好ましい一例では、接着層がポリビニルアセタール(たとえばポリビニルブチラール)であり、表面保護層がアクリル樹脂層である。また、上記の構成の例(2)及び(3)における他の好ましい一例としては、接着層が二液反応型ポリウレタン系接着剤からなる層であり、表面保護層がエチレン−テトラフルオロエチレン共重合体またはアクリル樹脂である。上記(2)および(3)の構成は、太陽電池の保護シートとして好ましい。
【0088】
[保護シートおよびそれを用いたデバイス]
本発明の多層構造体は、ガスバリア性および水蒸気バリア性のいずれにも優れる。また、本発明によれば、透光性に優れる多層構造体を得ることができる。そのため、本発明の多層構造体は、様々なデバイスの保護シートとして用いることができ、光を透過させる必要がある面を保護する保護シートとして好ましく用いることができる。また、本発明の多層構造体はフレキシブルとすることができるため、フレキシブルなデバイスの保護シートとして特に好ましく用いることができる。なお、この明細書において、「フレキシブルな物体」の例には、直径が30cmの円筒の曲面に問題なく巻き付けることが可能である柔軟性を有する物体が含まれ、たとえば、直径が15cmの円筒の曲面に問題なく巻き付けることが可能である柔軟性を有する物体が含まれる。
【0089】
本発明のデバイスは、表面を保護する保護シートを備えるデバイスであって、当該保護シートが、本発明の多層構造体である。デバイスの例には、太陽電池、ディスプレイ、照明装置などが含まれる。ディスプレイの例には、電子ペーパー、液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイなどが含まれる。照明装置の例には、有機EL照明装置などが含まれる。本発明の多層構造体は透光性の多層構造体とすることができるため、光を透過させることが要求される面の保護シートとして好ましく用いられる。たとえば、太陽電池の光入射面、ディスプレイの表示面、照明装置の光出射面を保護するシートとして用いることができる。本発明のデバイスは、フレキシブルなデバイスであってもよい。なお、保護シート以外の部分の構成に限定はなく、公知のデバイスの構成を適用できる。
【0090】
本発明の多層構造体は、デバイスの表面を保護するガラスの代わりに用いることが可能である。すなわち、本発明の多層構造体を用いることによって、可撓性を実質的に有さない厚いガラス基板の使用を避けることが可能である。ただし、厚いガラス基板を含むデバイスに本発明の多層構造体を用いてもよい。
【0091】
上述したように、デバイスを保護する保護シート(本発明の多層構造体)は、表面を保護する保護層をさらに含んでもよい。当該保護層については上述したため重複する説明を省略する。保護シートが表面保護層を含む場合には、デバイス上に、バリアフィルムと表面保護層とがこの順に配置される。
【0092】
デバイスの保護すべき面に本発明の多層構造体(保護シート)を固定することによって、本発明のデバイスが得られる。保護シートを固定する方法に特に限定はない。保護シートは公知の方法で固定してもよく、たとえば、OCA(OPTICAL CLEAR ADHESIVE)などの接着層を用いて固定(接着)してもよく、封止剤を用いて固定してもよい。具体的には、保護シートとは別の接着層を用いて積層してもよいし、接着層を含む保護シートを用いて積層してもよい。接着層に特に限定はなく、公知の接着層や接着剤、上述した接着層(接着剤層など)や接着剤を用いてもよい。接着層の例には、接着層として機能するフィルムが含まれ、たとえば、エチレン−酢酸ビニル樹脂(以下、「EVA」と略記する場合がある)、ポリビニルブチラール、アイオノマーなどがあげられ、EVAとの接着性を向上させたポリエチレンテレフタレートフィルムを多層構造体に使用してもよい。
【0093】
本発明の保護シートが用いられる太陽電池に特に限定はない。太陽電池の例には、シリコン系太陽電池、化合物半導体太陽電池、有機太陽電池などが含まれる。シリコン系太陽電池の例には、単結晶シリコン太陽電池、多結晶シリコン太陽電池、非晶質シリコン太陽電池などが含まれる。化合物半導体太陽電池の例には、III−V族化合物半導体太陽電池、II−VI族化合物半導体太陽電池、I−III−VI族化合物半導体太陽電池などが含まれる。また、太陽電池は、複数のユニットセルが直列接続された集積形の太陽電池であってもよいし、集積形の太陽電池でなくてもよい。
【0094】
一部の太陽電池は、いわゆるロール・ツー・ロール方式で形成することが可能である。ロール・ツー・ロール方式では、送り出しロールに巻かれたフレキシブルな基板(たとえばステンレス基板や樹脂基板など)を送り出し、基板上に太陽電池素子を形成した後、太陽電池素子が形成された基板を巻き取りロールで巻き取る。本発明の保護シートは、フレキシブルな長尺のシートの形態で形成することができるため、ロール・ツー・ロール方式で形成される太陽電池の保護シートに好適に用いることができる。たとえば、本発明の保護シートをロールに巻いておき、ロール・ツー・ロール方式で太陽電池素子を形成した後、巻き取りロールに巻き取る前に太陽電池素子上に保護シートを積層してもよい。また、ロール・ツー・ロール方式で形成されロールに巻かれた太陽電池と、ロールに巻かれた保護シートとを用いて両者を積層してもよい。なお、ロール・ツー・ロール方式で形成される他のデバイスについても同様のことがいえる。
【0095】
[多層構造体の製造方法]
以下、本発明の多層構造体を製造する方法の一例について説明する。この方法によれば、本発明の多層構造体を容易に製造できる。本発明の多層構造体の製造方法に用いられる材料、および多層構造体の構成等は、上述したものと同様であるので、重複する部分については説明を省略する場合がある。たとえば、金属酸化物(A)、リン化合物(B)、および重合体(C)に対して、本発明の多層構造体の説明における記載を適用することが可能である。なお、この製造方法について説明した事項については、本発明の多層構造体に適用できる。また、本発明の多層構造体について説明した事項については、本発明の製造方法に適用できる。なお、層(Y)の形成方法については、国際公開WO2011/122036号に開示されている方法を適用することが可能である。
【0096】
この一例の方法は、工程(I)、(II)および(III)を含む。工程(I)では、金属酸化物(A)と、金属酸化物(A)と反応可能な部位を含有する少なくとも1種の化合物と、溶媒とを混合することによって、金属酸化物(A)、当該少なくとも1種の化合物および当該溶媒を含むコーティング液(U)を調製する。工程(II)では、基材(X)上にコーティング液(U)を塗布することによって、基材(X)上に層(Y)の前駆体層を形成する。工程(III)では、その前駆体層を処理することによって、基材(X)上に層(Y)を形成する。
【0097】
[工程(I)]
工程(I)で用いられる、金属酸化物(A)と反応可能な部位を含有する少なくとも1種の化合物は、リン化合物(B)を含む。前記少なくとも1種の化合物に含まれる金属原子のモル数は、リン化合物(B)に含まれるリン原子のモル数の0〜1倍の範囲にあることが好ましい。(前記少なくとも1種の化合物に含まれる金属原子のモル数)/(リン化合物(B)に含まれるリン原子のモル数)の比を0〜1の範囲(たとえば0〜0.9の範囲)とすることによって、より優れたバリア性を有する多層構造体が得られる。この比は、多層構造体のバリア性をさらに向上させるために、0.3以下であることが好ましく、0.05以下であることがより好ましく、0.01以下であることがさらに好ましく、0であってもよい。典型的には、前記少なくとも1種の化合物は、リン化合物(B)のみからなる。
【0098】
工程(I)は、以下の工程(Ia)〜(Ic)を含むことが好ましい。
工程(Ia):金属酸化物(A)を含む液体(S)を調製する工程。
工程(Ib):リン化合物(B)を含む溶液(T)を調製する工程。
工程(Ic):上記工程(Ia)および(Ib)で得られた液体(S)と溶液(T)とを混合する工程。
【0099】
工程(Ib)は、工程(Ia)より先に行われてもよいし、工程(Ia)と同時に行われてもよいし、工程(Ia)の後に行われてもよい。以下、各工程について、より具体的に説明する。
【0100】
工程(Ia)では、金属酸化物(A)を含む液体(S)を調製する。液体(S)は、溶液または分散液である。当該液体(S)は、例えば、公知のゾルゲル法で採用されている手法によって調製できる。例えば、上述した化合物(L)系成分、水、および必要に応じて酸触媒や有機溶媒を混合し、公知のゾルゲル法で採用されている手法によって化合物(L)系成分を縮合または加水分解縮合することによって調製できる。化合物(L)系成分を縮合または加水分解縮合することによって得られる、金属酸化物(A)の分散液は、そのまま金属酸化物(A)を含む液体(S)として使用することができる。しかし、必要に応じて、当該分散液に対して特定の処理(解膠や濃度制御のための溶媒の加減等)を行ってもよい。
【0101】
液体(S)中における金属酸化物(A)の含有率は、0.1〜30質量%の範囲内であることが好ましく、1〜20質量%の範囲内であることがより好ましく、2〜15質量%の範囲内であることがさらに好ましい。
【0102】
工程(Ib)では、リン化合物(B)を含む溶液(T)を調製する。溶液(T)は、リン化合物(B)を溶媒に溶解することによって調製できる。リン化合物(B)の溶解性が低い場合には、加熱処理や超音波処理を施すことによって溶解を促進してもよい。
【0103】
溶液(T)中におけるリン化合物(B)の含有率は、0.1〜99質量%の範囲内であることが好ましく、0.1〜95質量%の範囲内であることがより好ましく、0.1〜90質量%の範囲内であることがさらに好ましい。また、溶液(T)中におけるリン化合物(B)の含有率は、0.1〜50質量%の範囲内にあってもよく、1〜40質量%の範囲内にあってもよく、2〜30質量%の範囲内にあってもよい。
【0104】
工程(Ic)では、液体(S)と溶液(T)とを混合する。液体(S)と溶液(T)との混合時には、局所的な反応を抑制するため、添加速度を抑え、攪拌を強く行いながら混合することが好ましい。この際、攪拌している液体(S)に溶液(T)を添加してもよいし、攪拌している溶液(T)に液体(S)を添加してもよい。また、混合時の温度を30℃以下(例えば20℃以下)に維持することによって、保存安定性に優れたコーティング液(U)を得ることができる場合がある。さらに、混合完了時点からさらに30分程度攪拌を続けることによって、保存安定性に優れたコーティング液(U)を得ることができる場合がある。
【0105】
コーティング液(U)は、必要に応じて、酢酸、塩酸、硝酸、トリフルオロ酢酸、トリクロロ酢酸から選ばれる少なくとも1種の酸化合物を含んでもよい。コーティング液(U)が上記の酸化合物を含むことによって、工程(Ic)において液体(S)と溶液(T)とを混合する際に、金属酸化物(A)とリン化合物(B)との反応速度が緩和され、その結果、経時安定性に優れたコーティング液(U)が得られる場合がある。
【0106】
コーティング液(U)における上記酸化合物の含有率は、0.1〜5.0質量%の範囲内であることが好ましく、0.5〜2.0質量%の範囲内であることがより好ましい。これらの範囲では、上記酸化合物の添加による効果が得られ、且つ、上記酸化合物の除去が容易である。液体(S)中に酸成分が残留している場合には、その残留量を考慮して、上記酸化合物の添加量を決定すればよい。
【0107】
工程(Ic)における混合によって得られた液は、そのままコーティング液(U)として使用できる。この場合、通常、液体(S)や溶液(T)に含まれる溶媒が、コーティング液(U)の溶媒となる。また、工程(Ic)における混合によって得られた液に処理を行って、コーティング液(U)を調製してもよい。たとえば、有機溶媒の添加、pHの調製、粘度の調製、添加物の添加等の処理を行ってもよい。
【0108】
本発明の効果が得られる限り、コーティング液(U)は、上述した物質以外の他の物質を含んでもよい。例えば、コーティング液(U)は、炭酸塩、塩酸塩、硝酸塩、炭酸水素塩、硫酸塩、硫酸水素塩、ホウ酸塩、アルミン酸塩等の無機金属塩;シュウ酸塩、酢酸塩、酒石酸塩、ステアリン酸塩等の有機酸金属塩;アセチルアセトナート金属錯体(アルミニウムアセチルアセトナート等)、シクロペンタジエニル金属錯体(チタノセン等)、シアノ金属錯体等の金属錯体;層状粘土化合物;架橋剤;重合体(C)以外の高分子化合物;可塑剤;酸化防止剤;紫外線吸収剤;難燃剤などを含んでいてもよい。
【0109】
[工程(II)]
工程(II)では、基材(X)上にコーティング液(U)を塗布することによって、基材(X)上に層(Y)の前駆体層を形成する。コーティング液(U)は、基材(X)の少なくとも一方の面の上に直接塗布してもよい。また、コーティング液(U)を塗布する前に、基材(X)の表面を公知のアンカーコーティング剤で処理したり、基材(X)の表面に公知の接着剤を塗布したりするなどして、基材(X)の表面に接着剤層(H)を形成しておいてもよい。
【0110】
コーティング液(U)を基材(X)上に塗布する方法は、特に限定されず、公知の方法を採用することができる。好ましい方法としては、例えば、キャスト法、ディッピング法、ロールコーティング法、グラビアコート法、スクリーン印刷法、リバースコート法、スプレーコート法、キスコート法、ダイコート法、メタリングバーコート法、チャンバードクター併用コート法、カーテンコート法などが挙げられる。
【0111】
通常、工程(II)において、コーティング液(U)中の溶媒を除去することによって、層(Y)の前駆体層が形成される。溶媒の除去方法に特に制限はなく、公知の乾燥方法を適用することができる。具体的には、熱風乾燥法、熱ロール接触法、赤外線加熱法、マイクロ波加熱法などの乾燥方法を、単独で、または組み合わせて適用することができる。乾燥温度は、基材(X)の流動開始温度よりも0〜15℃以上低いことが好ましい。コーティング液(U)が重合体(C)を含む場合には、乾燥温度は、重合体(C)の熱分解開始温度よりも15〜20℃以上低いことが好ましい。乾燥温度は70〜200℃の範囲にあることが好ましく、80〜180℃の範囲にあることがより好ましく、90〜160℃の範囲にあることがさらに好ましい。溶媒の除去は、常圧下または減圧下のいずれで実施してもよい。また、後述する工程(III)における熱処理によって、溶媒を除去してもよい。
【0112】
層状の基材(X)の両面に層(Y)を積層する場合、コーティング液(U)を基材(X)の一方の面に塗布した後、溶媒を除去することによって第1の層(第1の層(Y)の前駆体層)を形成し、次いで、コーティング液(U)を基材(X)の他方の面に塗布した後、溶媒を除去することによって第2の層(第2の層(Y)の前駆体層)を形成してもよい。それぞれの面に塗布するコーティング液(U)の組成は同一であってもよいし、異なってもよい。
【0113】
[工程(III)]
工程(III)では、工程(II)で形成された前駆体層(層(Y)の前駆体層)を、処理することによって層(Y)を形成する。前駆体層を処理する方法としては、熱処理、紫外線等の電磁波照射などが挙げられる。工程(III)で行われる処理は、金属酸化物(A)とリン化合物(B)とを反応させる処理であってもよい。たとえば、工程(III)で行われる処理は、金属酸化物(A)とリン化合物(B)とを反応させることによって、リン化合物(B)に由来するリン原子を介して金属酸化物(A)の粒子同士を結合させる処理であってもよい。通常、工程(III)は、前記前駆体層を110℃以上の温度で熱処理する工程である。なお、特に限定されるわけではないが、前記前駆体層の赤外線吸収スペクトルにおいては、800〜1400cm−1の範囲における最大吸光度(A’)と、2500〜4000cm−1の範囲における水酸基の伸縮振動に基づく最大吸光度(A’)とが、吸光度(A’)/吸光度(A’)>0.2の関係を満たす場合がある。
【0114】
工程(III)では、金属酸化物(A)の粒子同士がリン原子(リン化合物(B)に由来するリン原子)を介して結合される反応が進行する。別の観点では、工程(III)では、反応生成物(R)が生成する反応が進行する。当該反応を充分に進行させるため、熱処理の温度は、110℃以上であり、120℃以上であることが好ましく、140℃以上であることがより好ましく、170℃以上であることがさらに好ましい。熱処理温度が低いと、充分な反応度を得るのにかかる時間が長くなり、生産性が低下する原因となる。熱処理の温度の好ましい上限は、基材(X)の種類などによって異なる。例えば、ポリアミド系樹脂からなる熱可塑性樹脂フィルムを基材(X)として用いる場合には、熱処理の温度は190℃以下であることが好ましい。また、ポリエステル系樹脂からなる熱可塑性樹脂フィルムを基材(X)として用いる場合には、熱処理の温度は220℃以下であることが好ましい。熱処理は、空気中、窒素雰囲気下、またはアルゴン雰囲気下などで実施することができる。
【0115】
熱処理の時間は0.1秒〜1時間の範囲にあることが好ましく、1秒〜15分の範囲にあることがより好ましく、5〜300秒の範囲にあることがさらに好ましい。一例の熱処理は、110〜220℃の範囲で0.1秒〜1時間行われる。また、他の一例の熱処理では、120〜200℃の範囲で、5〜300秒間(たとえば60〜300秒間)行われる。
【0116】
基材(X)と層(Y)との間に接着剤層(H)を配置するために、コーティング液(U)を塗布する前に、基材(X)の表面を公知のアンカーコーティング剤で処理したり、基材(X)の表面に公知の接着剤を塗布したりする場合には、熟成処理を行うことが好ましい。具体的には、コーティング液(U)を塗布した後であって工程(III)の熱処理工程の前に、コーティング液(U)が塗布された基材(X)を比較的低温下に長時間放置することが好ましい。熟成処理の温度は、110℃未満であることが好ましく、100℃以下であることがより好ましく、90℃以下であることがさらに好ましい。また、熟成処理の温度は、10℃以上であることが好ましく、20℃以上であることがより好ましく、30℃以上であることがさらに好ましい。熟成処理の時間は、0.5〜10日の範囲にあることが好ましく、1〜7日の範囲にあることがより好ましく、1〜5日の範囲にあることがさらに好ましい。このような熟成処理を行うことによって、基材(X)と層(Y)との間の接着力がより強固になる。
【0117】
上記工程によって、基材(X)と層(Y)とを含むバリアフィルムが得られる。本発明の多層構造体がバリアフィルム以外の他の層を含む場合には、バリアフィルムと他の層とを積層する。それらの積層方法に限定はなく、接着層を用いて積層する方法や、熱ラミネート法によって積層する方法を用いてもよい。
【0118】
上記多層構造体をロール・ツー・ロール方式で製造する場合の好ましい一例について以下に説明する。この一例は、工程(i)、(ii)および(iii)を含む。工程(i)では、方向(D)(3%歪み時張力が2000N/m以上である方向)が搬送方向(MD方向)となるように、基材(X)が巻かれた第1のロールから基材(X)を送り出す。工程(ii)では、基材(X)上にバリア層(層(Y))の前駆体層を形成する。工程(iii)では、工程(ii)を経た基材(X)を第2のロールで巻き取る。ここで、工程(ii)は、上述した工程(I)および(II)を含む。
【0119】
この一例の製造方法によれば、層(Y)を連続的に形成する際に、基材(X)が過度に伸びることによって層(Y)のバリア性が低下することを抑制できる。そのため、この製造方法によれば、バリア性に優れた多層構造体を生産性よく製造できる。
【0120】
工程(iii)では、層(Y)の前駆体層が形成された基材(X)を第2のロールで巻き取ってもよい。この場合、前駆体層が形成された基材(X)を第2のロールに巻き取った状態で熟成することも可能である。
【0121】
また、工程(iii)では、層(Y)が形成された基材(X)を第2のロールで巻き取ってもよい。この場合の製造方法は、工程(ii)の後であって工程(iii)の前に、工程(ii)で形成された前駆体層を処理することによって、基材(X)上にバリア層(層(Y))を形成する工程をさらに含む。この工程は、上述した工程(III)に該当する。すなわち、この場合は、工程(i)と工程(iii)との間に、上述した層(Y)の形成工程(工程(I)、(II)および(III))が行われることによって、基材(X)上に層(Y)が形成される。
【0122】
なお、上記の工程(i)〜(iii)は、基材(X)の特定の箇所について考えると、工程(i)、(ii)、(iii)の順に行われる。ただし、基材(X)の全体で考えると、工程(i)、(ii)、および(iii)は、通常(製造の開始時および終了時を除く)、同時に行われる。
【0123】
本発明の多層構造体がバリアフィルム以外の他の層(例えば、表面保護層)を有する場合には、いずれかの段階で、当該他の層を基材(X)上に積層する。このとき、当該他の層は、形成する多層構造体の構成に応じて、基材(X)上に直接積層されてもよいし、基材(X)以外の層(たとえば、層(Y)や、層(Y)の前駆体層など)を介して基材(X)上に積層されてもよい。他の層を基材(X)上に積層するタイミングに特に限定はなく、工程(i)の前、工程(i)と工程(ii)との間、工程(ii)と工程(iii)との間、または工程(iii)の後に、他の層を基材(X)上に積層してもよい。通常、表面保護層は、基材(X)上に層(Y)を形成した後に、層(Y)を介して基材(X)上に積層される。
【0124】
バリアフィルム以外の他の層(たとえばフィルム)を基材(X)(たとえばバリアフィルム内の基材(X))上に積層する方法の好ましい一例では、基材(X)の方向(D)が搬送方向(MD方向)となるように基材(X)を搬送している状態で当該他の層を積層する。
【0125】
表面を保護する保護シートを備えるフレキシブルなデバイスの製造方法の一例を以下に説明する。この製造方法は、工程(a)および(b)を含む。工程(a)では、少なくとも一方向の3%歪み時張力が2000N/m以上である基材(X)と基材(X)上に形成されたバリア層(層(Y))とを含む保護シートであってロールに巻かれた保護シートを準備する。この保護シートは、本発明の多層構造体である。工程(b)では、素子が形成されたフレキシブルな基板を搬送するとともに、上記一方向(方向(D))が搬送方向(MD方向)となるように保護シートをロールから送り出し、上記素子を覆うように基板上に保護シートを積層する。この製造方法では、搬送方向に張力が加えられた状態で保護シートが搬送されても、バリア層のバリア性が低下することを抑制できる。
【0126】
上記方法の典型的な一例では、フレキシブルな基板が送り出しロールに巻かれており、その送り出しロールから基板が送り出される。そして、基板上に保護シートが積層された後に、巻き取りロールで巻き取られる。つまり、この保護シートの積層工程は、ロール・ツー・ロール形式で行われてもよい。この場合、送り出しロールには、予め素子が形成された基板が巻かれていてもよい。また、素子が形成されていない基板が送り出しロールに巻かれており、搬送の途中で基板上に素子が形成されたのち、さらにその素子を覆うように保護シートが積層されてもよい。なお、この方法で形成されるデバイスに特に限定はなく、上述したデバイス(太陽電池、ディスプレイ、照明装置など)であってもよい。すなわち、基板上に形成される素子は、太陽電池素子、ディスプレイを構成する素子(表示素子)、照明装置を構成する素子(発光素子)であってもよい。
【実施例】
【0127】
以下に、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって何ら限定されるものではない。なお、実施例および比較例における各測定および評価は、以下の方法によって実施した。
【0128】
(1)基材の3%歪み時張力
ロール状の基材を、搬送方向(MD方向)が長辺となるように幅1.5cm×長さ15cmの短冊状に切り出して試験片を作製した。この試験片について、オートグラフ(島津製作所製「AGS−H」)を用いて、JIS K7127に準拠して23℃50%RHの条件で長辺方向に3%伸張した時の張力を測定し、幅方向を単位長さ(1m)に換算して3%歪み時張力(N/m)を算出した。
【0129】
(2)透湿度
透湿度(水蒸気透過度;WVTR)は、ガスクロ法(JIS−K7129−C)に従い、蒸気透過測定装置(GTRテック社製「GTR−WV」)を用いて測定した。具体的には、温度が40℃、水蒸気供給側の湿度が90%RH、キャリアガス側の湿度が0%RHの条件下で透湿度(単位:g/(m・day))を測定した。
【0130】
透湿度は、製造されたロール状の多層構造体の10箇所(巻き取りの初期、巻き取りの最後、およびそれらの中間点など)からサンプルを採取して測定した。そして、10箇所の測定値から、透湿度の平均値と、透湿度の安定性(σ)とを算出した。安定性(σ)は、10点の測定値の標準偏差であり、水蒸気バリア性の製造時のばらつきを示す指標である。この安定性(σ)の数値が低いほど、製造時のばらつきが小さいことを示す。
【0131】
(3)酸素透過度
酸素透過度(OTR)を、酸素透過量測定装置(モダンコントロール社製「MOCONOX−TRAN2/20」)を用いて測定した。具体的には、温度20℃、酸素供給側の湿度85%RH、キャリアガス側の湿度85%RH、酸素圧1気圧、キャリアガス圧力1気圧の条件下で酸素透過度(単位:ml/(m・day・atm))を測定した。キャリアガスとしては2体積%の水素ガスを含む窒素ガスを使用した。
【0132】
酸素透過度は、上記透湿度と同様に、製造されたロール状の多層構造体の10箇所(巻き取りの初期、巻き取りの最後、およびそれらの中間点など)からサンプルを採取して測定した。そして、10箇所の測定値から、酸素透過度の平均値と、酸素透過度の安定性(σ)とを算出した。安定性(σ)は、10点の測定値の標準偏差であり、酸素バリア性の製造時のばらつきを示す指標である。この安定性(σ)の数値が低いほど、製造時のばらつきが小さいことを示す。
【0133】
(実施例1)
蒸留水230質量部を撹拌しながら70℃に昇温した。その蒸留水に、アルミニウムイソプロポキシド88質量部を1時間かけて滴下し、液温を徐々に95℃まで上昇させ、発生するイソプロパノールを留出させることによって加水分解縮合を行った。次いで、60質量%の硝酸水溶液4.0質量部を添加し、95℃で3時間撹拌することによって加水分解縮合物の粒子の凝集体を解膠させた。こうして得られた分散液を、固形分濃度がアルミナ換算で10質量%になるように濃縮することによって、分散液(S1)を得た。
【0134】
また、85質量%のリン酸水溶液1.76質量部に対して、蒸留水42.85質量部、メタノール19.00質量部およびトリフルオロ酢酸1.39質量部を加え、均一になるように攪拌することによって、溶液(T1)を得た。続いて、溶液(T1)を攪拌した状態で、分散液(S1)35.00質量部を滴下し、滴下完了後からさらに30分間攪拌を続けることによって、コーティング液(U1)を得た。
【0135】
次に、基材として、ロール状の二軸延伸ポリエチレンテレフタレートフィルム(以下では、「PET」と略記する場合がある)を準備した。基材には、厚さが25μmで、MD方向の3%歪み時の張力が3600N/mであるものを用いた。その基材の一方の面上に、乾燥後の厚さが0.5μmとなるようにグラビアコート法によって連続的にコーティング液(U1)をコートし、100℃の熱風乾燥炉で乾燥した。次に、基材の他方の面上に、乾燥後の厚さが0.5μmとなるようにグラビアコート法によって連続的にコーティング液(U1)をコートし、100℃の熱風乾燥炉で乾燥した後、ロール状に巻き取った。このようにして、層(Y)の前駆体層を形成した。
【0136】
得られた前駆体層に対して、熱風乾燥炉を通過させることにより200℃で1分間の熱処理を施し、層(Y)(0.5μm)/PET(25μm)/層(Y)(0.5μm)という構造を有する多層構造体(A1)を得た。得られた多層構造体(A1)について、上述した方法によって評価した。
【0137】
(実施例2)
実施例2では、厚さが50μmで、3%歪み時の張力が7200N/mであるPETを基材として用いた。基材を変えたことを除いて実施例1と同様の方法によって、層(Y)(0.5μm)/PET(50μm)/層(Y)(0.5μm)という構造を有する多層構造体(A2)を得た。得られた多層構造体(A2)について、上述した方法によって評価した。
【0138】
(実施例3)
実施例3では、厚さが50μmで3%歪み時の張力が3000N/mであるポリカーボネートフィルム(以下では、「PC」と略記する場合がある)を基材として用いた。基材を変えたことを除いて実施例1と同様の方法によって、層(Y)(0.5μm)/PC(50μm)/層(Y)(0.5μm)という構造を有する多層構造体(A3)を得た。得られた多層構造体(A3)について、上述した方法によって評価した。
【0139】
(実施例4)
実施例4では、層(Y)を基材の片面のみに形成することを除いて実施例1と同様の方法によって、層(Y)(0.5μm)/PET(25μm)という構造を有する多層構造体(A4)を得た。得られた多層構造体(A4)について、上述した方法によって評価した。
【0140】
(実施例5)
実施例5では、厚さが50μmのPETと厚さが100μmの環状オレフィン共重合体(以下では、「COC」と略記する場合がある)の積層体を基材として用いた。本基材の3%歪み時の張力は21600N/mであった。またCOC表面にはコロナ放電処理を施した。基材を変え、層(Y)を基材のCOC面のみに形成したことを除いて実施例1と同様の方法によって、PET(50μm)/COC(100μm)/層(Y)(0.5μm)という構造を有する多層構造体(A5)を得た。得られた多層構造体(A5)について、上述した方法によって評価した。
【0141】
(実施例6)
85質量%のリン酸水溶液3.18質量部に対して、蒸留水53.43質量部、10質量%のポリビニルアルコール水溶液5.00質量部、メタノール19.00質量部およびトリフルオロ酢酸1.39質量部を加え、均一になるように撹拌することによって、溶液(T6)を得た。続いて、溶液(T6)を攪拌した状態で、実施例1で得られた分散液(S1)18.00質量部を滴下し、滴下完了後からさらに30分間攪拌を続けることによって、コーティング液(U6)を得た。
【0142】
コーティング液(U1)の代わりにコーティング液(U6)を用いたこと以外は実施例1と同様の方法によって、層(Y)(0.5μm)/PET(25μm)/層(Y)(0.5μm)という構造を有する多層構造体(A6)を得た。得られた多層構造体(A6)について、上述した方法によって評価した。
【0143】
(比較例1)
比較例1では、厚さが12μmで、3%歪み時の張力が1700N/mであるPETを基材として用いた。基材を変えたことを除いて実施例1と同様の方法によって、層(Y)(0.5μm)/PET(12μm)/層(Y)(0.5μm)という構造を有する多層構造体(C1)を得た。得られた多層構造体(C1)について、上述した方法によって評価した。
【0144】
(比較例2)
比較例2では、厚さが15μmで、3%歪み時の張力が1100N/mである延伸ナイロンフィルム(以下では、「ONY」と略記する場合がある)を基材として用いた。基材を変えたことを除いて実施例1と同様の方法によって、層(Y)(0.5μm)/ONY(15μm)/層(Y)(0.5μm)という構造を有する多層構造体(C2)を得た。得られた多層構造体(C2)について、上述した方法によって評価した。
【0145】
多層構造体の作製条件および評価結果を表1に示す。
【0146】
【表1】
【0147】
表1に示すように、3%歪み時の張力が2000N/m以上である基材を用いることによって、バリア性の安定性が高い多層構造体が得られた。3%歪み時の張力が低い基材を用いた場合、透湿度の平均値が低く、また、透湿度のばらつきが大きくなった。
【0148】
(実施例7)
実施例7では、実施例1の多層構造体(A1)を用いて太陽電池用の保護シートを作製した。まず、アクリル樹脂と、ポリビニルブチラールとを用いて、共押出法によって、アクリル樹脂層(厚さ50μm)/ポリビニルブチラール層(厚さ20μm)という構成を有する積層膜を形成した。この積層膜と、実施例1の多層構造体(A1)とを、170℃で熱ラミネートした。このようにして、アクリル樹脂層/ポリビニルブチラール層/多層構造体(A1)という構成を有する保護シート(A7)を作製した。
【0149】
上記保護シート(A7)を、太陽電池の光入射面を保護するシートとして用いる場合の一例について説明する。まず、フレキシブルな基板上に太陽電池素子が形成された太陽電池を用意する。この一例の太陽電池は、基板とは反対側から入射した光によって発電する太陽電池である。そして、太陽電池素子を覆うように、基板上に保護シート(A7)を積層する。このようにして、光入射側の表面が保護シート(A7)によって保護された太陽電池が得られる。本発明の多層構造体は、バリア性、フレキシブル性、透光性、耐候性に優れるため、本発明の多層構造体を用いることによって、特性が高いフレキシブルな太陽電池が得られる。
【0150】
(実施例8)
実施例8では、実施例1の多層構造体(A1)を用いて太陽電池用の保護シートを作製した。まず、アクリル樹脂と、平均重合度1000、けん化度99%のポリビニルアルコールをアセトアルデヒドとブチルアルデヒドでアセタール化したポリビニルアセタール(アセトアルデヒド/ブチルアルデヒド=51モル/49モル、アセタール比率78質量%)と、を用いて、共押出法によって、アクリル樹脂層(厚さ50μm)/ポリビニルアセタール層(厚さ20μm)という構成を有する積層膜を形成した。この積層膜と、実施例1の多層構造体(A1)とを、170℃で熱ラミネートした。このようにして、アクリル樹脂層/ポリビニルアセタール層/多層構造体(A1)という構成を有する保護シート(A8)を作製した。
【0151】
上記保護シート(A8)を、太陽電池の光入射面を保護するシートとして用いる場合の一例について説明する。まず、フレキシブルな基板上に太陽電池素子が形成された太陽電池を用意する。この一例の太陽電池は、基板とは反対側から入射した光によって発電する太陽電池である。そして、太陽電池素子を覆うように、基板上に保護シート(A8)を積層する。このようにして、光入射側の表面が保護シート(A8)によって保護された太陽電池が得られる。本発明の多層構造体は、バリア性、フレキシブル性、透光性、耐候性に優れるため、本発明の多層構造体を用いることによって、特性が高いフレキシブルな太陽電池が得られる。
【0152】
(実施例9)
実施例9では、まずアクリル樹脂を用いて、押出法によって、アクリル樹脂単層膜(厚さ50μm)を形成した。この単層膜と、実施例1の多層構造体(A1)とを、二液反応型ポリウレタン系接着剤を用いて、ラミネートした。このようにして、アクリル樹脂層接着層/多層構造体(A1)という構成を有する保護シート(A9)を作製した。
【0153】
保護シート(A9)について、IEC61730−1 15.4.2項(引用元:ASTM E162−02a “Standard Test Method for Surface Flammability of Materials Using a Radiant Heat Energy Source”)に基づくラジアントパネルテスト(火災伝播性試験)を行ったところ、火災伝播指数は89であった。
【0154】
保護シート(A9)について、IEC61730−2 Photovoltaic(PV) module safety qualification Part2:Requirements for Testing.11.1項に基づく部分放電(PD)試験を行ったところ、最大許容システム電圧は、489V dcであった。
【0155】
また、保護シート(A9)をカバー材として、その下に600μm厚みのEVA封止材、SI結晶素子、600μm厚みのEVA封止材、総厚122μm厚みのバックシートを積層した太陽電池単結晶セルモジュールを作成した。このモジュールについてIEC61730−2 First Edition、MST23(ANSI/UL790)に基づく火災試験(Fire Test)を行ったところ、クラスCの結果を得た。
【0156】
(実施例10)
実施例10では、接着面にコロナ処理を施したエチレン−テトラフルオロエチレン共重合体樹脂単層膜(厚さ50μm)と、実施例1の多層構造体(A1)とを、二液反応型ポリウレタン系接着剤を用いてラミネートした。このようにして、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体樹脂層/接着層/多層構造体(A1)という構成を有する保護シート(A10)を作製した。上記保護シート(A10)を用い、実施例7と同様の方法で、光入射側の表面が保護シート(A10)によって保護された太陽電池を作成した。
【0157】
(実施例11)
実施例11では、実施例9で用いたアクリル樹脂単層膜(厚さ50μm)と、実施例1の多層構造体(A1)と、EVAとの接着性を向上させたポリエチレンテレフタレートフィルム(以下、EVA易接着PETと略称する)(厚さ50μm)と、を、二液反応型ポリウレタン系接着剤を用いてラミネートした。このようにして、アクリル樹脂層/接着層/多層構造体(A1)/接着層/EVA易接着PETという構成を有する保護シート(A11)を作製した。上記保護シート(A11)を用い、実施例7と同様の方法で、光入射側の表面が保護シート(A11)によって保護された太陽電池を作成した。
【0158】
(実施例12)
実施例12では、実施例9で用いたアクリル樹脂単層膜(厚さ50μm)と、実施例1の多層構造体(A1)と、EVA易接着PET(厚さ50μm)とを、二液反応型ポリウレタン系接着剤を用いてラミネートした。このようにして、アクリル樹脂層/接着層/多層構造体(A1)/接着層/多層構造体(A1)/接着層/EVA易接着PETという構成を有する保護シート(A12)を作製した。上記保護シート(A12)を用い、実施例8と同様の方法で光入射側の表面が保護シート(A12)によって保護された太陽電池を作成した。
【0159】
実施例10〜12で作成した太陽電池は、本発明の多層構造体の保護シートで表面を保護されても、その特性に影響が生じなかった。
【0160】
<無機蒸着層を含む多層構造体>
(実施例13)
実施例13では、実施例1で用いた厚さ25μmのPETの片面に酸化ケイ素蒸着を施し、さらに酸化ケイ素蒸着層を施した面と反対の面に実施例1と同様の方法によって層(Y)を形成させ、酸化ケイ素蒸着層(Z)/PET(25μm)/層(Y)(0.5μm)という構造を有する多層構造体(A13)を得た。
【0161】
(実施例14)
実施例14では、実施例1で用いた厚さ25μmのPETの片面に酸化ケイ素蒸着を施し、さらに酸化ケイ素蒸着層の上に実施例1と同様の方法によって層(Y)を形成し、層(Y)(0.5μm)/酸化ケイ素蒸着層(Z)/PET(25μm)という構造を有する多層構造体(A14)を得た。
【0162】
(実施例15)
実施例15では、実施例14で得られた多層構造体(A14)のPET表面上に実施例1と同様の方法によって、さらに層(Y)を形成し、層(Y)(0.5μm)/酸化ケイ素蒸着層(Z)/PET(25μm)/層(Y)(0.5μm)という構造を有する多層構造体(A15)を得た。
【0163】
(実施例16)
実施例16では、実施例15で得られた多層構造体(A15)の基材上に形成した層(Y)の上に、酸化ケイ素蒸着を施し、層(Y)(0.5μm)/酸化ケイ素蒸着層(Z)/PET(25μm)/層(Y)(0.5μm)/酸化ケイ素蒸着層(Z)という構造を有する多層構造体(A16)を得た。
【0164】
(実施例17)
実施例17では、実施例1で用いたのと同じ、厚さ25μmのPETの両面に酸化ケイ素蒸着を施し、さらに実施例1と同様の方法によって層(Y)を両面に形成させ、層(Y)(0.5μm)/酸化ケイ素蒸着層(Z)/PET(25μm)/酸化ケイ素蒸着層(Z)/層(Y)(0.5μm)という構造を有する多層構造体(A17)を得た。
【0165】
(実施例18)
実施例18では、実施例16で用いたPETの替わりに厚さ50μmの二軸延伸ポリエチレンテレナフタレートフィルム(以下では、「PEN」と略記する場合がある。)を用いた以外は実施例16と同様の方法によって、層(Y)(0.5μm)/酸化ケイ素蒸着層(Z)/PEN(50μm)/層(Y)(0.5μm)/酸化ケイ素蒸着層(Z)という構造を有する多層構造体(A18)を得た。なお、用いたPENのMD方向の3%歪み時の張力が8500N/mであるものを用いた。
【0166】
(実施例19)
実施例19では、実施例4で得られた多層構造体(A4)の基材上に形成した層(Y)の上に、酸化ケイ素蒸着を施し、PET(25μm)/層(Y)(0.5μm)/酸化ケイ素蒸着層(Z)という構造を有する多層構造体(A19)を得た。
【0167】
(実施例20)
実施例20では、実施例1で得られた多層構造体(A1)の基材上に形成した層(Y)の片側の面上に、酸化ケイ素蒸着を施し、層(Y)(0.5μm)/PET(25μm)/層(Y)(0.5μm)/酸化ケイ素蒸着層(Z)という構造を有する多層構造体(A20)を得た。
【0168】
(実施例21)
実施例21では、実施例1で得られた多層構造体(A1)の基材上に形成した層(Y)の両側の面上に、酸化ケイ素蒸着を施し、酸化ケイ素蒸着層(Z)/層(Y)(0.5μm)/PET(25μm)/層(Y)(0.5μm)/酸化ケイ素蒸着層(Z)という構造を有する多層構造体(A21)を得た。
【0169】
(実施例22)
実施例22では、実施例21で用いたPETの替わりに実施例18で用いたPENを用いた以外は実施例1、実施例21と同様にして、酸化ケイ素蒸着層(Z)/層(Y)(0.5μm)/PEN(50μm)/層(Y)(0.5μm)/酸化ケイ素蒸着層(Z)という構造を有する多層構造体(A22)を得た。
【0170】
実施例13〜22で得られた多層構造体について、上述した方法によって透湿度と酸素透過度を測定した。評価結果を表2に示す。表2に示すように、バリア性の安定性が高い多層構造体が得られた。
【0171】
【表2】
【0172】
(実施例23)
実施例23では、実施例9で用いたアクリル樹脂単層膜(厚さ50μm)と、実施例21の多層構造体(A21)と、EVA易接着PET(厚さ50μm)とを二液反応型ポリウレタン系接着剤を用いてラミネートし、アクリル樹脂層/接着層/多層構造体(A21)/接着層/EVA易接着PETという構成を有する保護シート(A23)を作製した。
【0173】
上記保護シート(A23)を用い、実施例7と同様の方法によって、光入射側の表面が保護シート(A23)によって保護された太陽電池を作成した。
【0174】
(実施例24)
実施例24では、実施例9で用いたアクリル樹脂単層膜(厚さ50μm)と、実施例22の多層構造体(A22)と、EVA易接着PET(厚さ50μm)とを、二液反応型ポリウレタン系接着剤を用いてラミネートし、アクリル樹脂層/接着層/多層構造体(A22)/接着層/EVA易接着PETという構成を有する保護シート(A24)を作製した。
【0175】
上記保護シート(A24)を用い、実施例7と同様の方法によって、光入射側の表面が保護シート(A24)によって保護された太陽電池を作成した。
【0176】
実施例23、実施例24で作成した太陽電池は、本発明の多層構造体の保護シートで表面を保護されてもその特性に影響が生じなかった。
【0177】
なお、実施例1〜6、実施例13〜22、比較例1〜2により得られた多層構造体について、特許文献3の段落0198〜0200に記載された方法により、層(Y)の赤外線吸収スペクトルを測定し、800〜1400cm−1の範囲における最大吸収波数(n)を求めたところ、すべてについてnは1090〜1110cm−1の範囲にあった。
【産業上の利用可能性】
【0178】
本発明は、多層構造体およびそれを用いたデバイスに利用できる。