【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために酸化インジウム−酸化ガリウム−酸化亜鉛複合酸化物の焼結挙動および昇温途中の段階で新たに形成される結晶相について詳細な解析を行い、割れの発生原因について考察した。その結果、酸化インジウム−酸化ガリウム−酸化亜鉛が新たに形成する結晶相の一部は、昇温過程において激しい体積膨張を伴うことを突き止めた。鋭意検討した結果、この体積膨張は酸化亜鉛の粗大粒子の存在比率に依存していることを見出し、かつ、酸化亜鉛粉末の粒度を制御したIGZO原料粉末を用いることにより、焼結体の割れを大幅に低減することができることを見出した。更に、InGaZnO
4で表されるホモロガス結晶構造のみを有する焼結体においては、ZnGa
2O
4結晶相が極めて少なくなると同時に、10μm以上の気孔(ポア)が少なくなり、焼成工程での割れの発生を大幅に低減できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明の態様は以下の通りである。
(1)236μm×178μmの視野の中に結晶相の最長部分が2μm以上のZnGa
2O
4相の数が平均で0.3個以下であり、かつ172μm×125μmの中に最長部分が10μm以上のポアの数が平均で0.3個以下であることを特徴とするIGZO焼結体。
(2)結晶構造がInGaZnO
4で表されるホモロガス結晶構造のみを有することを特徴とする(1)記載のIGZO焼結体。
(3)(1)又は(2)に記載のIGZO焼結体をターゲット材として用いることを特徴とするスパッタリングターゲット。
(4)酸化インジウム、酸化ガリウムおよび酸化亜鉛粉末を含んでなるIGZO原料粉末において、酸化亜鉛粉末中の95%以上が粒径2μm以下の酸化亜鉛粒子であるIGZO原料粉末を用いることを特徴とする(1)又は(2)に記載のIGZO焼結体の製造方法。
【0011】
本発明においてIGZO焼結体とはインジウム、ガリウム、亜鉛及び酸素を含んでなり、InGaZnO
4で表されるホモロガス結晶構造を有する焼結体を指す。本発明で言う「InGaZnO
4で表されるホモロガス結晶構造のみを有する焼結体」とは、X線回折パターンがInGaZnO
4の回折パターンと一致し、InGaZnO
4の回折パターンに帰属されないピークを含まないことを意味する。
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0013】
本発明者らは、酸化インジウム、酸化ガリウム、酸化亜鉛粉末の混合粉末を用い、粉末成形後の成形体の焼成温度途中での相状態について解析を行った。その結果、酸化インジウム、酸化ガリウムおよび酸化亜鉛は焼結温度に伴ってZnGa
2O
4、InGaZn
2O
5、In
2Ga
2ZnO
7およびInGaZnO
4の様な結晶相に変化し、その一部は体積膨張を伴い、特に低温で形成したZnGa
2O
4が1000℃以上の高温で酸化インジウムと反応し、InGaZnO
4が形成するときに激しい体積膨張を伴うということを突き止めた。
【0014】
酸化インジウム、酸化ガリウムおよび酸化亜鉛粉末を含んでなるIGZO原料粉末において、2μmより大きい酸化亜鉛の粒子の数が5%より多いと、ZnGa
2O
4の粗大結晶が形成され、1000℃以上でInGaZnO
4に相変化するとき、その粒子を中心とした領域の膨張が他の領域よりも大きくなり、焼結体に局所的な応力が発生するため割れが発生しやすくなる。また、酸化亜鉛の粗大粒子が存在すると局所的な組成の分布がおこるため、10μm以上のポアが焼結体に発生しやすく、このポアは焼結体の割れの起点となり焼結体強度が低下する原因となる。
【0015】
IGZO焼結体は、X線回折ではInGaZnO
4で表されるホモロガス結晶構造のみを有する焼結体であっても、EPMAにより観察すると局所的に2μm以上のZnGa
2O
4が存在する場合があるが、酸化亜鉛粉末中の95%以上が粒径2μm以下の酸化亜鉛粒子であることを特徴とするIGZO原料粉末を用いると、2μm以上のZnGa
2O
4の結晶相が236μm×178μmの中に平均で0.3個以下のIGZO焼結体が得られる。そのような焼結体は、10μm以上のポアが172μm×125μmの中に平均で0.3個以下であり、割れが発生しにくい。ZnGa
2O
4相はエネルギー分散型X線分析(EDS)を用いて元素マッピングを測定することによりInが存在しない相として確認することができる。また電子線マイクロアナライザ分析(EPMA)で確認することもできる。ポアは電子顕微鏡(SEM)で観察することができる。まず、低倍率の視野で比較的大きなZnGa
2O
4相またはポアを探した後に高倍率で大きさを確認する。ZnGa
2O
4相およびポアの数は、場所変えて複数回測定して、その平均値とする。測定箇所は多いほど良いが、少なくとも5か所以上測定し平均値を算出することが好ましい。
【0016】
本発明は特に、InGaZnO
4で表されるホモロガス結晶構造のみを有するIGZO焼結体の場合には割れに対する効果が顕著である。
【0017】
次に本発明の焼結体の製造方法について、工程毎に説明する。
【0018】
(1)原料混合工程
原料粉末としては、酸化インジウム、酸化ガリウム、酸化亜鉛粉末を用いることができる。各原料粉末の純度は、99.8%以上が好ましく、より好ましくは99.99%以上である。純度が低いと、含有される不純物により、本発明のIGZO焼結体を用いたスパッタリングターゲットで形成された薄膜TFTに、悪影響を及ぼすことがあるからである。
【0019】
酸化インジウムおよび酸化ガリウムの粉末は特に限定しないが、一般に入手できるBET値が6〜15m
2/gの粉末を用いれば良い。これらの粉末を粉砕または仮焼しても良い。
【0020】
酸化亜鉛粉末は酸化亜鉛粉末中の95%以上が粒径2μm以下の酸化亜鉛粒子である粉末を用いる。但し、酸化亜鉛は粉砕し難い材料であり粒径の小さい粉末は高価であるため、一般に入手可能で比較的純度の高いJIS一種または二種の酸化亜鉛を粉砕して使用しても良い。酸化亜鉛を酸化インジウムおよび酸化ガリウムと共に所定重量を秤量した後、粉砕混合装置により粉砕と同時に混合しても良いが、より確実に酸化亜鉛を粉砕するために、酸化亜鉛を直接粉砕した後、酸化インジウムおよび酸化ガリウムと混合・分散処理をする方がより好ましい。各原料粉末の混合と粉砕を同時に行った場合は、酸化亜鉛を含む混合粉末に対して2μm以下の粒子の割合が95%以上となるように管理すれば良い。そうすることにより、酸化亜鉛の粒径を混合粉末においても管理することができる。粒径はレーザー回折/散乱法で測定することができる。
【0021】
粉末の粉砕混合装置は、特に限定されるものではないが、アルミナ、ナイロン樹脂等のボールやビーズを用いた乾式、湿式のメディア撹拌型ミルやメディアレスの容器回転式混合、機械撹拌式混合等の混合方法が例示される。具体的には、ボールミル、ビーズミル、アトライタ、振動ミル、遊星ミル、ジェットミル、V型混合機、パドル式混合機、二軸遊星撹拌式混合機等が挙げられる。
【0022】
これらの原料の配合は、InGaZnO
4で表されるホモロガス結晶構造を生成する組成であれば良いが、金属元素の原子比換算でIn:Ga:Zn=1:1:1の組成は特に強度が低いため、本発明の効果が大きい。
【0023】
湿式法のボールミルやビーズミル、アトライタ、振動ミル、遊星ミル、ジェットミル等を用いる場合には、粉砕後のスラリーを乾燥する必要がある。この乾燥方法は特に限定されるものではないが、例えば、濾過乾燥、流動層乾燥、噴霧乾燥等が例示できる。
【0024】
なお、成形処理に際しては、ポリビニルアルコール、アクリル系ポリマー、メチルセルロース、ワックス類、オレイン酸等の成形助剤を原料粉末に添加しても良い。
【0025】
(2)成形工程
成形方法は、各原料粉末の混合粉末を目的とした形状に成形できる成形方法を適宜選択することが可能であり、特に限定されるものではない。プレス成形法、鋳込み成形法、射出成形法等が例示できる。
【0026】
成形圧力は成形体にクラック等の発生がなく、取り扱いが可能な成形体であれば特に限定されるものではないが、成形密度は可能な限り高めた方が好ましい。そのために冷間静水圧プレス(CIP)成形等の方法を用いることも可能である。CIP圧力は充分な圧密効果を得るため1ton/cm
2以上が好ましく、さらに好ましくは2ton/cm
2以上、とりわけ好ましくは2〜3ton/cm
2である。
【0027】
ここで初めの成形を鋳込法により行い、続いてCIPを行った場合には、CIP後の成形体中に残存する水分及びバインダー等の有機物を除去する目的で、脱バインダー処理を施してもよい。また、初めの成形をプレス法により行った場合でも、原料混合工程でバインダー等を添加したときは、同様の脱バインダー処理を行うこともできる。
【0028】
(3)焼成工程
焼成方法は、原料粉末の焼結挙動に適した焼成方法を適宜選択することが可能であり、特に限定されるものではない。電気炉、ガス炉、HIP(等方熱間プレス)、HP(ホットプレス)およびマイクロ波炉等が例示できる。
【0029】
被焼成物の焼成温度は特に限定されないが、高密度および高強度の焼結体を得るためには1300℃以上1500℃以下とすることが好ましい。1500℃より高い温度では焼結体の粒子が成長し、焼結体強度が低下する。また、1300℃より低いと焼結体密度が低下する。
【0030】
被焼成物の保持時間は特に限定されないが、電気炉による焼成では30分以上5時間以下とすることが好ましい。更に好ましくは1時間以上、2時間以下である。30分より短いと十分に焼結が進行せず、高密度な焼結体は得られない。また5時間より長い場合、結晶粒が成長し高強度な焼結体は得られない。
【0031】
被焼成物の昇温速度については特に限定されないが、焼成時間を極力短くして焼結体の結晶粒子の成長を抑制し高強度の焼結体を得るため、50℃/時間以上が好ましい。より好ましくは100℃/時間以上である。ただし、水分やバインダーを含む成形体の場合、特に大型の成形体では水分やバインダー成分が揮発する際に、急激な体積膨張を伴うと成形体が割れることがある。このため、水分やバインダー成分が揮発している温度領域、例えば100〜400℃の温度域においては昇温速度を20〜100℃/時間とすることが好ましい。好ましくは100〜600℃の温度域においては20〜100℃/時間とすることが好ましい。
【0032】
降温速度は、焼成温度から1100℃までは150℃/時間以上、好ましくは200℃/時間以上である。この温度域を150℃/時間以上で降温することで焼結体の表面へ取り込まれる酸素を少なくすることができ、焼結体表面の色むらを抑制することが可能である。これ以外の温度域では、降温速度については特に限定されず、焼結炉の容量、焼結体のサイズ及び形状、割れ易さなどを考慮して適宜決定することができる。
【0033】
焼成時の雰囲気としては特に制限されないが、亜鉛の昇華を抑制するために大気または酸素雰囲気とすることが好ましい。また、焼結体表面の色むらの抑制や焼結体の比抵抗を下げる目的で、焼成温度からの降温時に、窒素等の非酸化性雰囲気とすることも可能である。
【0034】
(4)ターゲット化工程
得られた焼結体は、平面研削盤、円筒研削盤、旋盤、切断機、マシニングセンター等の機械加工機を用いて、板状、円状、円筒状等の所望の形状に研削加工する。さらに、必要に応じて無酸素銅やチタン等からなるバッキングプレート、バッキングチューブにインジウム半田等を用いて接合することにより、本発明の焼結体をターゲット材としたスパッタリングターゲットを得ることができる。
【0035】
焼結体のサイズは、特に限定されないが、本発明による焼結体は焼結工程での割れが少ないため大型のターゲットを製造することが可能となる。
【0036】
また、ターゲットの厚みは特に限定されないが、4mm以上、15mm以下が好ましい。4mmより薄い場合は、ターゲット利用率が低く経済的でない。また、15mmより厚い場合には焼結むらが発生しやすく中心部分まで均一な品質のターゲットが得られにくい。
【0037】
ターゲットの表面粗さは特に限定されないが、表面粗さを小さくするためには研削時間がかかり経済的で無いため、表面粗さ(Ra)は1μm以上が好ましい。
【0038】
このように、焼成条件の最適化を図ることにより、焼結体中の割れが改善され、大型ターゲットの焼成においても焼成割れ発生率を劇的に低減させることが可能となる。