(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6072071
(24)【登録日】2017年1月13日
(45)【発行日】2017年2月1日
(54)【発明の名称】高酸度食酢およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C12J 1/04 20060101AFI20170123BHJP
【FI】
C12J1/04 103B
【請求項の数】5
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2014-550814(P2014-550814)
(86)(22)【出願日】2012年12月3日
(86)【国際出願番号】JP2012081260
(87)【国際公開番号】WO2014087464
(87)【国際公開日】20140612
【審査請求日】2015年10月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】514057743
【氏名又は名称】株式会社Mizkan Holdings
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100135909
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 和歌子
(72)【発明者】
【氏名】中野 繁
(72)【発明者】
【氏名】大野 健
【審査官】
西村 亜希子
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭63−084495(JP,A)
【文献】
特開2004−248620(JP,A)
【文献】
特開昭49−007493(JP,A)
【文献】
Bioresour. Technol.,2008年,Vol.99, No.8,pp.2724-2735
【文献】
Appl. Microbiol. Biotechnol.,1989年,Vol.32, No.2,pp.186-192
【文献】
Applied biochemistry and biotechnology,1997年,Vol. 63-65,pp.423-433
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12J
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
CA/MEDLINE/WPIDS/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
添加剤として、システイン、シスチン、システイン残基を有するジ、トリ、またはテトラペプチド、およびそれらの塩から選択される化合物を含有し、かつ全窒素含有量が0.023w/v%以下である培養液を用いてアセトバクター属またはグルコンアセトバクター属に属する菌による酢酸発酵を行うことを特徴とする、酸度が10〜25w/v%の食酢の製造方法。
【請求項2】
培養液が、前記添加剤を前記化合物におけるチオール基またはジスルフィド結合に含まれる硫黄原子基準で20μM以上含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
培養液が、グルタミン酸またはその塩をさらに含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
全窒素含有量が0.015w/v%以下であり、かつシステイン、シスチン、システイン残基を有するジ、トリ、またはテトラペプチド、およびそれらの塩から選択される化合物を、該化合物におけるチオール基またはジスルフィド結合に含まれる硫黄原子基準で17μM以上含む、酸度が10〜25w/v%である食酢。
【請求項5】
グルタミン酸またはその塩をさらに含む、請求項4に記載の食酢。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、従来よりも効率よく高酸度食酢を製造する方法、および該方法により得られる高酸度食酢に関する。
【背景技術】
【0002】
酢酸発酵においては、発酵が進むにつれて酢酸菌の増殖能力および発酵能力が低下することが知られている。主に工業上利用される高酸度食酢の製造においては、培養液中の酢酸濃度の上昇に伴う酢酸菌の発酵能力の低下が特に顕著である。そこで、高酸度食酢の製造において、発酵効率や到達酸度(酢酸濃度)を高めるために、培養方法の改良や使用する酢酸菌の改良が試みられている。
【0003】
例えば、特許文献1には、発酵温度を徐々に低下させることを特徴とする超高酸度食酢の製造方法が開示されている。また、特許文献2には、酢酸耐性が向上した酢酸菌の育種方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−275769号
【特許文献2】特開2006−230329号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1や特許文献2に記載の方法で得られる効果は、実用化において十分なものとはいえなかった。高酸度食酢の製造において、酢酸菌の発酵能力をさらに向上させることが求められている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は上述したような問題を検討した結果、高酸度食酢の培養液中に特定の化合物を添加すると顕著に発酵効率が向上することを発見した。本発明の要旨は以下のとおりである。
【0007】
(1)添加剤として、チオール基を有する化合物もしくはそのS−置換誘導体、またはジスルフィド結合を有する化合物を含有し、かつ全窒素含有量が0.023w/v%以下である培養液を用いて酢酸発酵を行うことを特徴とする高酸度食酢の製造方法。
【0008】
(2)添加剤が、チオール基を有するアミノ酸およびそのS−置換誘導体、ジスルフィド結合を有するアミノ酸、ならびにそれらの塩から選択される、(1)に記載の方法。
【0009】
(3)添加剤が、システイン、シスチン、システイン残基を有するペプチド、およびそれらの塩からなる群から選択される、(1)に記載の方法。
【0010】
(4)添加剤がシスチンまたはその塩である、(1)に記載の方法。
【0011】
(5)培養液が、前記添加剤をチオール基またはジスルフィド結合に含まれる硫黄原子基準で20μM以上含む、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
【0012】
(6)培養液が、グルタミン酸またはその塩をさらに含む、(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
【0013】
(7)酢酸発酵を酸度が10〜25w/v%となるまで行う、(1)〜(6)のいずれかに記載の方法。
【0014】
(8)(1)〜(7)のいずれかに記載の方法により製造された高酸度食酢。
【0015】
(9)全窒素含有量が0.015w/v%以下、酸度が10〜25w/v%であり、かつチオール基を有する化合物もしくはそのS−置換誘導体、またはジスルフィド結合を有する化合物を、チオール基またはジスルフィド結合に含まれる硫黄原子基準で17μM以上含む高酸度食酢。
【0016】
(10)システイン、シスチン、システイン残基を有するペプチド、およびそれらの塩から選択される化合物を含む、(9)に記載の高酸度食酢。
【0017】
(11)シスチンを含む、(9)に記載の高酸度食酢。
【0018】
(12)グルタミン酸またはその塩をさらに含む、(9)〜(11)のいずれかに記載の高酸度食酢。
【発明の効果】
【0019】
本発明の方法によれば、従来の高酸度食酢の製造方法において、培養液に特定の化合物を添加するという工程を追加するのみで、酢酸発酵の速度を向上させ、発酵サイクル時間を短縮することが可能となる。また、本発明の方法により得られる高酸度食酢は、従来法で製造した高酸度食酢と添加した化合物以外の成分において相違がない。従って、本発明の方法によれば、品質を維持したまま高酸度食酢の生産効率を向上させることが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、酸度が10〜25%、特に15〜25%である高酸度食酢を、醸造、すなわち酢酸発酵により製造する方法に関する。なお食酢における酸度とは、一般的に食酢中に含有される酢酸濃度(w/v%)を意味する。本明細書における酸度は、当業者に知られているものと同様に、測定試料(食酢)を、指示薬としてフェノールフタレインを用い、1N水酸化ナトリウム水溶液を用いて中和滴定して求めた酢酸濃度を表している。
【0021】
酢酸発酵に用いる酢酸菌としては、高酸度までの発酵に対応できる酢酸菌であればいずれでもよいが、酢酸菌の中でもアセトバクター属またはグルコンアセトバクター属に属する菌が好ましい。アセトバクター属に属する菌としては、例えばアセトバクター・アセチ(Acetobacter aceti)、特にアセトバクター・アセチNo.1023株(FERM BP−2287)、ならびにアセトバクター・パスツリアヌスNBRC3283株(Acetobacter pasteurianus NBRC3283)、およびアセトバクター・アルトアセチゲネスMH−24株(FERM BP−491)などを用いることができる。グルコンアセトバクター属に属する菌としては、例えばグルコンアセトバクター・ユウロパエウスDSM6160株(Gluconacetobacter europaeus DSM6160)、グルコンアセトバクター・エンタニイ(Gluconacetobacter entanii)、およびグルコンアセトバクター・ザイリナスNBRC3288株(Gluconacetobacter xylinus NBRC3288)などを用いることができる。
【0022】
高酸度食酢では、香りや味がマイルドであることが要求されること、および製造コストを抑える必要があることなどの観点から、酢酸発酵の培養液調製に用いる原材料は最低限の種類および量とすることが望ましい。しかしながら、酢酸菌の増殖を支えるために、酢酸菌の栄養源を培養液に加えることが好ましい。そのような栄養源としては、微生物エキス(酵母エキスなど)、糖類(グルコース、フルクトース、スクロース、デキストロースなど)、ペプトンなどが挙げられる。市販されている栄養源(例えばAcetozym(FRINGS社)、Nutri−Go 1500(Nutrients社))を利用してもよい。
【0023】
培養液の組成は、例えば酢酸4〜10w/v%、エタノール1〜4v/v%および栄養源0.005〜1w/v%とすることができる。酢酸としては、醸造酢および合成酢酸のいずれでもよいが、醸造酢を用いることが好ましい。エタノールとしては、醸造用アルコール(例えば99.5v/v%アルコールまたは95v/v%アルコール)を用いることができる。
【0024】
本発明の高酸度食酢の製造方法は、培養液にチオール基を有する化合物もしくはそのS−置換誘導体、またはジスルフィド結合を有する化合物を添加剤として加えることを特徴とする。チオール基(−SH)を有する化合物もしくはそのS−置換誘導体、またはジスルフィド結合(−S−S−)を有する化合物を加えることにより、酢酸発酵の速度を向上させることができる。
【0025】
チオール基を有する化合物としては、例えば以下のようなものが挙げられる。
【0026】
チオール基を有するアミノ酸およびその塩:
例えば、システインおよびホモシステインならびにそれらの塩が挙げられる。また、これらアミノ酸の残基を有するペプチド(特にアミノ酸が2〜10個結合して構成されるオリゴペプチド、とりわけジペプチド、トリペプチド、およびテトラペプチド、例えばグルタチオン)も、本明細書においてチオール基を有するアミノ酸に包含される。なお、アミノ酸の塩としては、アルカリ金属(カリウムやナトリウムなど)またはアルカリ土類金属(カルシウムやマグネシウムなど)との塩が挙げられる。アミノ酸はL体とD体のいずれであってもよいが、L体がより好ましい。
【0027】
その他のチオール基を有する化合物:
例えば、ベンゼンメタンチオール、ベンゼンチオール、ビス(1−メルカプトプロピル)スルフィド、1,4−ブタンジチオール、2,3−ブタンジチオール、2−ブタンチオール、ブタンチオール、シクロヘキサンチオール、シクロペンタンチオール、2,3−ジメルカプトプロパノール、2,6−ジメチルベンゼンチオール、3,3−ジメチルブタンチオール、2,5−ジメチル−3−フランチオール、1,1−ジメチルヘプタンチオール、1,1−ジメチルヘプタンチオール、ジメチルチオフェノール、ドデカンチオール、1,2−エタンジチオール、エタンジチオール、エタンチオール、4−エトキシ−2−メチル−2−ブタンチオール、2−(エチルチオ)フェノール、2−フランメタンチオール、2−ヘプタンチオール、ヘプタンチオール、ヘキサデカンチオール、1,6−ヘキサンジチオール、ヘキサンチオール、3−ヒドロキシ−2−ブタンチオール、2−ヒドロキシエタンチオール、3−ヒドロキシ−2−メチルブタンチオール、イソブチルチオール、メルカプトアセトアルデヒドジエチルアセタール、2−メルカプトベンゾチアゾール、3−メルカプト−1−ヘキサノール、3−メルカプト−2−メチルブタノール、3−メルカプト−3−メチルブタノール、3−メルカプト−2−メチルペンタノール、4−メルカプト−4−メチル−2−ペンタノール、3−[(2−メルカプト−1−メチルプロピル)チオ]−2−ブタノール、(2or3or10)−メルカプトピナン、メタンジチオール、メタンチオール、2−メトキシベンゼンチオール、4−メトキシ−2−メチル−2−ブタンチオール、2−メチルベンゼンチオール、2−メチルブタンチオール、3−メチル−2−ブタンチオール、3−メチル−2−ブテンチオール、2−メチル−4,5−ジヒドロ−3−フランチオール、5−メチル−2−フランメタンチオール、2−メチル−3−フランチオール、2−メチル−3−(2−メチル−2(4),5−ジヒドロ−3−フラニルチオ)−3−テトラヒドロフランチオール、3−{[2−メチル−(2or4),5−ジヒドロ−3−フリル]チオ}−2−メチルテトラヒドロフラン−3−チオール、(4−メチルフェニル)メタンチオール、2−メチル−2−プロパンチオール、2−メチル−3−テトラヒドロフランチオール、2‐ナフタレンチオール、1,9−ノナンジチオール、1,8−オクタンジチオール、オクタンチオール、2,4,4,6,6−ペンタメチル−2−ヘプタンチオール、2−ペンタンチオール、3−ペンタンチオール、1−フェニルエタンチオール、2−フェニルエタンチオール、1−p−メンテン−8−チオール、プレニルメルカプタン、1,1−プロパンジチオール、1,2−プロパンジチオール、1,3−プロパンジチオール、2−プロパンチオール、2−プロペンチオール、2−ピラジニルエタンチオール、2−ピリジニルメタンチオール、2−チアゾリン−2−チオール、2−チアゾリン−2−チオール、1−(2−チエニル)エタンチオール、2−チエニルメタンチオール、チオゲラニオール、チオリナロール、2−チオフェンチオール、チオテルピネオールが挙げられる。
【0028】
上述したようなチオール基を有する化合物のS−置換誘導体も添加剤として利用できる。S−置換誘導体におけるS置換基としては、例えばC
1−6アルキル(メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル、sec−ブチル、t−ブチルなど)、C
1−6アルコキシ(メトキシ、エトキシ、n−プロポキシ、イソプロポキシ、n−ブトキシ、sec−ブトキシ、t−ブトキシなど)、C
1−6アルキニル(アリル、プロペニル、ブテニルなど)、フェニル、ベンジルなどが挙げられる。チオール基を有する化合物のS−置換誘導体の具体例としては、S−メチルシステイン、S−アリルシステイン、S−1−プロペニルシステイン、メチオニンなどが挙げられる。上述したS−置換誘導体に関しては、S置換基が比較的容易に脱離してチオール基に変換されるようなものがより好ましい。
【0029】
ジスルフィド結合を有する化合物としては、例えば上述したようなチオール基を有する化合物のジスルフィド結合を介した二量体、特にチオール基を有するアミノ酸の二量体に相当するジスルフィド結合を有するアミノ酸およびその塩が挙げられる。具体的にはシステインの二量体であるシスチンおよびその塩が挙げられる。ジスルフィド結合を有する化合物は、ジスルフィド結合を還元するなどして切断し、2分子のチオール基を有する化合物に変換することができる。
【0030】
本発明で用いる添加剤としては、チオール基を有するアミノ酸もしくはそのS−置換誘導体、ジスルフィド結合を有するアミノ酸、またはそれらの塩が好ましい。特に好ましい添加剤は、システイン、シスチン、システイン残基を有するペプチド(とりわけグルタチオン)、またはそれらの塩から選択される化合物である。なお、添加剤の添加形態は特に限定されず、上記で例示した化合物を純粋な形態で添加してもよいし、それらを含有する天然物の形態、例えば上記で例示した化合物(例えばグルタチオン)を含有する酵母エキス、またはその他の菌体、植物体もしくは動物体エキスなどの形態で添加してもよい。
【0031】
添加剤は、培養液中の濃度が、チオール基またはジスルフィド結合に含まれる硫黄原子基準で20μM以上、より好ましくは36μM以上、特に36〜360μM、とりわけ36〜180μMとなるよう添加すると、酢酸発酵の速度向上効果が十分に得られる。なお、「チオール基またはジスルフィド結合に含まれる硫黄原子基準」の濃度とは、添加剤であるチオール基を有する化合物もしくはそのS−置換誘導体、またはジスルフィド結合を有する化合物において、チオール基またはジスルフィド結合に含まれる硫黄原子、あるいはチオール基を有する化合物S−置換誘導体においてはチオール基に由来する硫黄原子の数を基準とした濃度を意味する。従って、硫黄原子が1個含まれるチオール基を一つのみ有するシステインやグルタチオンでは分子のモル濃度と同じ濃度に、硫黄原子が2個含まれるジスルフィド結合を一つ有するシスチンでは分子のモル濃度の2倍の濃度に、それぞれ対応する。例えば、1Mのシスチンの硫黄原子基準の濃度は2Mとなる。
【0032】
上述したような添加剤、すなわちチオール基を有する化合物もしくはそのS−置換誘導体、またはジスルフィド結合を有する化合物に加えて、さらにグルタミン酸またはその塩を培養液に加えると、酢酸発酵速度をより向上させることができる。グルタミン酸はL体とD体のいずれであってもよいが、L体がより好ましい。グルタミン酸の塩としては、アルカリ金属(カリウムやナトリウムなど)またはアルカリ土類金属(カルシウムやマグネシウムなど)との塩が挙げられる。グルタミン酸またはその塩は、培養液中の濃度が20μM以上、より好ましくは36μM以上、さらに好ましくは72μM以上、特に72〜520μM、とりわけ72〜360μMとなるよう添加すると、チオール基を有する化合物もしくはそのS−置換誘導体、またはジスルフィド結合を有する化合物により得られる酢酸発酵の速度向上効果をより高めることができる。
【0033】
既に述べたとおり、高酸度食酢の製造では、培養液調製に用いる原材料は最低限の種類および量とすることが望ましい。従って、培養液中に含まれるアミノ酸などの栄養成分は、低酸度食酢の製造に用いるものと比較してかなり少ない。詳しいメカニズムは解明されていないが、上述したような添加剤を培養液中に添加して得られる酢酸発酵速度の向上効果は、培養液中のアミノ酸などの栄養成分が乏しい高酸度食酢の製造において特に顕著であることが確認されている。本発明の方法は、添加剤(場合によりグルタミン酸またはその塩も含む)を添加した後の培養液における全窒素含有量が0.023w/v%以下、特に0.015w/v%以下、とりわけ0.01w/v%以下である場合に特に効果を発揮する。本明細書において全窒素含有量とは、無機窒素態および有機窒素態の合計を化学発光法により定量した値を意味する。
【0034】
なお、培養液に加えた添加剤は、製品である高酸度食酢中に使用量の約90%が残存することが確認されている。従って、酢酸菌はそれらを単なる栄養源として用いているわけではなく、触媒様の作用により酢酸菌の酢酸生成能を向上させているものと推察される。培養液に加えた添加剤は製品中に残存するため、添加剤は食品添加物として許容可能なものであることが好ましい。
【0035】
本発明の高酸度食酢の製造方法は、上述したような添加剤を培養液に加える以外は従来と同様である。通気攪拌を行う深部発酵法、回分発酵法、半連続発酵法、二段発酵法などの従来知られた発酵方式のいずれを採用してもよい。また、通気方法についても、従来と同様に、例えば空気、酸素ガスなどの酸素を含む気体を、通気管を通じて供給することにより通気することができる。例えば、通気攪拌を行う深部発酵法を採用した場合、0.02〜1vvm(通気容量/発酵液量/分)の通気量で、発酵液の下部に空気を供給し、これを攪拌機で分散させて発酵液中の溶存酸素が0.2〜8ppm程度を維持するように制御する。なお、酢酸発酵が進むとエタノールが消費されるため、発酵は例えば培養液中のエタノール濃度が1.5〜3v/v%の範囲となるようにエタノールを供給しながら行う。
【0036】
発酵温度は、15℃〜40℃、特に25℃〜35℃の範囲とするのが好ましい。酸度が10%を超えてからは、 発酵温度を30℃以下の温度として酢酸菌が酢酸から受ける障害の程度を緩和すると、より高酸度の食酢を製造することができる。発酵時間は、使用する酢酸菌の特性、種菌の状態(例えば、凍結乾燥物、凍結物、スラント、液体培養物など)、培地組成、培地供給方法、通気攪拌条件などによって異なるものの、1回の生産に20時間から30日間程度を要することが多い。
【0037】
上述した方法により得られる本発明の高酸度食酢は、全窒素含有量が0.015w/v%以下、特に0.01w/v%以下、とりわけ0.007w/v%以下、酸度が10〜25w/v%、特に15〜25w/v%であり、かつチオール基を有する化合物もしくはそのS−置換誘導体、またはジスルフィド結合を有する化合物を含むことを特徴とする。また、培養液にグルタミン酸またはその塩を添加した場合、高酸度食酢はグルタミン酸またはその塩も含む。本発明の高酸度食酢に残存する添加剤の濃度は、培養液における濃度の85〜95%程度となる。従って、本発明の高酸度食酢におけるチオール基を有する化合物もしくはそのS−置換誘導体、またはジスルフィド結合を有する化合物の濃度は、チオール基またはジスルフィド結合に含まれる硫黄原子基準で17μM以上、より好ましくは32μM以上、特に32〜320μM、とりわけ32〜162μMとなる、またグルタミン酸もしくはその塩の濃度は17μM以上、より好ましくは32μM以上、さらに好ましくは64μM以上、特に64〜640μM、とりわけ64〜324μMとなる。なお、本発明の高酸度食酢において、上記の添加剤以外の成分は、添加剤を用いずに製造した従来の高酸度食酢と同様である。
【実施例】
【0038】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0039】
(実施例1)
5L容のジャーファーメンターに、酢酸8w/v%、エタノール2v/v%、Acetozym DS+2(FRINGS社製)0.15w/v%および所定濃度の各種添加物を含む培養液を2.5L仕込んだ。培養液の全窒素含有量は0.006w/v%であった。そこに凍結保存しておいたアセトバクター・アルトアセチゲネスMH−24(FERM BP−491)を接種し、酢酸発酵を開始した。発酵は、通気攪拌を行う深部発酵法を採用し、温度30℃、回転数600rpm、通気量0.15vvmの条件で行った。
【0040】
発酵開始後、発酵液の酸度(酢酸濃度,w/v%)が15%を越えるまで95%エタノールを流加し、発酵液のエタノール濃度が1.5〜3v/v%の範囲となるように制御した。酸度が15%を超え(約15.5%)、かつエタノール濃度が約0.5v/v%になった時点で、全発酵液量の約1/2容量の発酵液が残留するように発酵液を取り出した。
【0041】
発酵液を取り出した後、残留している発酵液の通気攪拌を止めることなく各成分を再度仕込み、発酵液の量が2.5Lとなり、かつ発酵液の組成が当初の培養液と同じになるようにした後、それまでと同様に発酵を継続した。以降、酸度が15%を越える(約15.5%)まで発酵を行い、全発酵液の約1/2容量を取り出した後に各成分を再度仕込み、酸度を低下させて発酵を再開させる、というサイクルを繰り返す半連続発酵を行った。発酵開始から再仕込みまでのサイクルを7回繰り返して1回の試験とした。試験ごとに添加物の条件を変え、6回の試験を行った。1サイクル、すなわち発酵再開から酸度が15%を超えるまでにかかる時間の平均値(2〜7サイクル目の平均値)、引卸酸度(発酵液を取り出した際の酸度)および生産性(1時間あたりの酸度上昇率)を添加物の種類と量と共に表1にまとめた。
【表1】
【0042】
添加物としてL−シスチンまたはL−シスチンとL−グルタミン酸の組み合わせを添加剤として用いた試験2〜5では、いずれも添加物を用いなかった試験1と比較して生産性の向上が確認できた。特にL−シスチンを単独で用いた場合、18μMという低濃度でも生産性の向上効果を確認することができた(試験2)。また、L−シスチンに加えてL−グルタミン酸を加えると、生産性向上効果がより高まることが確認できた(試験5)。なお、試験2〜5において得られた食酢の全窒素含有量は、平均して培養液の67%であった。
【0043】
(実施例2)
Acetozym DS+2に代えてNutri−Go 1500(Nutrients社製)0.06w/v%およびデキストロース0.12w/v%を含む培養液を用いた点、およびサイクル回数を4回とした点以外は、実施例1と同様に発酵を行った。結果を表2に示す。添加物としてグルタチオンを用いた場合も、生産性が大きく向上することが確認された。
【表2】
【0044】
本明細書中で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書中にとり入れるものとする。