特許第6072181号(P6072181)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社東芝の特許一覧 ▶ 東芝マテリアル株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6072181
(24)【登録日】2017年1月13日
(45)【発行日】2017年2月1日
(54)【発明の名称】陽イオン吸着剤の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 20/30 20060101AFI20170123BHJP
   G21F 9/12 20060101ALI20170123BHJP
   B01J 20/06 20060101ALI20170123BHJP
   B01J 20/28 20060101ALI20170123BHJP
   C01G 41/02 20060101ALI20170123BHJP
【FI】
   B01J20/30
   G21F9/12 501B
   B01J20/06 A
   B01J20/28 Z
   C01G41/02
【請求項の数】9
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2015-184749(P2015-184749)
(22)【出願日】2015年9月18日
(62)【分割の表示】特願2013-529898(P2013-529898)の分割
【原出願日】2012年8月23日
(65)【公開番号】特開2016-34639(P2016-34639A)
(43)【公開日】2016年3月17日
【審査請求日】2015年9月18日
(31)【優先権主張番号】特願2011-182032(P2011-182032)
(32)【優先日】2011年8月23日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】303058328
【氏名又は名称】東芝マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001092
【氏名又は名称】特許業務法人サクラ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 光
(72)【発明者】
【氏名】福士 大輔
(72)【発明者】
【氏名】日下 隆夫
(72)【発明者】
【氏名】中野 佳代
(72)【発明者】
【氏名】乾 由貴子
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 亮人
【審査官】 池田 周士郎
(56)【参考文献】
【文献】 特表2004−532725(JP,A)
【文献】 特開昭59−180397(JP,A)
【文献】 特開昭60−054783(JP,A)
【文献】 特開2008−238057(JP,A)
【文献】 国際公開第2008/117655(WO,A1)
【文献】 特開昭62−158805(JP,A)
【文献】 特開平09−249542(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/031317(WO,A1)
【文献】 特開2006−102737(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 20/00−20/34
C01G 41/00−41/04
C02F 1/28
G21F 9/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化タングステン微粒子を有する陽イオン吸着剤の製造方法であって、
金属タングステン粉末、タングステン化合物粉末、またはタングステン化合物溶液を含む原料を酸素雰囲気中で昇華させながら酸化させてWO、W2058、W1849、およびWOから選ばれる少なくとも1つの化合物形態を有し且つBET比表面積が11m2/g以上300m2/g以下の範囲である前記酸化タングステン微粒子を形成する工程を具備し、
前記陽イオン吸着剤が吸着する陽イオンは、セシウム(Cs)イオン、ストロンチウム(Sr)イオン、ヨウ素(I)イオン、およびリチウム(Li)イオンから選ばれる少なくとも1つのイオンである、陽イオン吸着剤の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の陽イオン吸着剤の製造方法において、
前記酸化タングステン微粒子のBET比表面積から換算した粒径が2.7nm以上75nm以下の範囲である、陽イオン吸着剤の製造方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2記載の陽イオン吸着剤の製造方法において、
前記酸化タングステン微粒子は、その化合物形態としてWOを有する、陽イオン吸着剤の製造方法。
【請求項4】
請求項1ないし請求項のいずれか1項記載の陽イオン吸着剤の製造方法において、
前記陽イオン吸着剤が吸着する陽イオンがセシウム(Cs)イオンであり、ナトリウム(Na)イオンが共存する環境下で、前記ナトリウム(Na)イオンの吸着率より前記セシウム(Cs)イオンの吸着率が高い、陽イオン吸着剤の製造方法。
【請求項5】
請求項1ないし請求項のいずれか1項記載の陽イオン吸着剤の製造方法において、
前記陽イオン吸着剤が吸着する陽イオンがストロンチウム(Sr)イオンであり、ナトリウム(Na)イオンが共存する環境下で、前記ナトリウム(Na)イオンの吸着率より前記ストロンチウム(Sr)イオンの吸着率が高い、陽イオン吸着剤の製造方法。
【請求項6】
請求項1ないし請求項のいずれか1項記載の陽イオン吸着剤の製造方法において、
前記陽イオン吸着剤が吸着する陽イオンがセシウム(Cs)イオンおよびストロンチウム(Sr)イオンから選ばれる少なくとも1つのイオンであり、マグネシウム(Mg)イオン、カルシウム(Ca)イオン、およびカリウム(K)イオンから選ばれる少なくとも1つのイオンが共存する環境下で、前記マグネシウム(Mg)イオン、カルシウム(Ca)イオン、およびカリウム(K)イオンから選ばれる少なくとも1つのイオンの吸着率より前記セシウム(Cs)イオンおよびストロンチウム(Sr)イオンから選ばれる少なくとも1つのイオンの吸着率が高い、陽イオン吸着剤の製造方法。
【請求項7】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項記載の陽イオン吸着剤の製造方法において、
前記陽イオン吸着剤が吸着する陽イオンがセシウム(Cs)イオンおよびストロンチウム(Sr)イオンから選ばれる少なくとも1つのイオンであり、マグネシウム(Mg)イオン、カルシウム(Ca)イオン、およびカリウム(K)イオンから選ばれる少なくとも1つのイオンが共存し、且つ前記マグネシウム(Mg)イオン、カルシウム(Ca)イオン、およびカリウム(K)イオンから選ばれる少なくとも1つのイオンの濃度が前記セシウム(Cs)イオンおよびストロンチウム(Sr)イオンから選ばれる少なくとも1つのイオンの濃度より高い環境下で、前記マグネシウム(Mg)イオン、カルシウム(Ca)イオン、およびカリウム(K)イオンから選ばれる少なくとも1つのイオンの吸着率より前記セシウム(Cs)イオンおよびストロンチウム(Sr)イオンから選ばれる少なくとも1つのイオンの吸着率が高い、陽イオン吸着剤の製造方法。
【請求項8】
請求項1ないし請求項のいずれか1項記載の陽イオン吸着剤の製造方法において、
前記酸化タングステン微粒子を水系分散媒中に分散する工程をさらに具備する、陽イオン吸着剤の製造方法。
【請求項9】
請求項1ないし請求項のいずれか1項記載の陽イオン吸着剤の製造方法において、
前記原料を酸素雰囲気中で昇華させる方法は、誘導結合型プラズマ処理、アーク放電処理、レーザ処理、電子線処理、およびガスバーナー処理から選ばれる少なくとも一つの処理である、陽イオン吸着剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、陽イオン吸着剤の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、資源回収や廃水処理、あるいは分析化学等の分野において、種々の成分が共存する被処理溶液から所定の成分を選択的に分離、回収することが行われている。被処理溶液中に溶存する成分を分離、回収する方法としては、分離対象となる物質の特性に応じて、陽イオン交換樹脂法、無機イオン吸着法、電解法等の様々方式が採用されている。それらの中でも、回収コストの点で、ゼオライトを交換体として使用した無機イオン交換体による回収法が実用的な方法と考えられている。
【0003】
無機イオン交換体を用いた回収法では、回収効率が回収対象となる物質の特性の影響を受けることから、効率のよい回収を行なうために、回収対象となる物質毎に吸着物質を検討しているのが実情である。このため、回収手法や吸着物質について、各分野で適切な方式を選定するための研究、開発が行なわれている。特に、原子力発電所から排出される廃水には、セシウム(Cs)イオン、ストロンチウム(Sr)イオン、ヨウ素(I)イオン、リチウム(Li)等の高レベル放射性物質が含まれており、環境や人体への影響から、より高い回収効率を有する吸着物質への期待が高まっている。
【0004】
従来から使用されている金属陽イオンを回収するための吸着剤は、その特性により吸着する物質が限定されてしまう。環境汚染対策や工業用回収等を目的として、様々な物質の回収が要求されているため、従来から回収が困難な物質や回収効率が悪い物質を、高効率で回収できる吸着剤への期待が高まっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5−31358号公報
【特許文献2】特開平11−253967号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、各種物質を高効率で吸着して回収することを可能にした陽イオン吸着剤とそれを用いた溶液の処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
酸化タングステン微粒子を有する実施形態の陽イオン吸着剤の製造方法は、金属タングステン粉末、タングステン化合物粉末、またはタングステン化合物溶液を含む原料を酸素雰囲気中で昇華させながら酸化させてWO、W2058、W1849、およびWOから選ばれる少なくとも1つの化合物形態を有し且つBET比表面積が11m/g以上300m/g以下の範囲である酸化タングステン微粒子を形成する工程を具備する。陽イオン吸着剤が吸着する陽イオンは、セシウム(Cs)イオン、ストロンチウム(Sr)イオン、ヨウ素(I)イオン、およびリチウム(Li)イオンから選ばれる少なくとも1つのイオンである。
【0008】
実施形態の溶液の処理方法は、実施形態の陽イオン吸着剤を、回収対象の陽イオンを含有する被処理溶液に添加し、前記陽イオンを前記陽イオン吸着剤に吸着させる工程と、前記陽イオンを吸着した前記陽イオン吸着剤を沈殿させる工程と、生成した沈殿物を前記被処理溶液から分離し、前記被処理溶液中から前記陽イオンを回収する工程とを具備すること特徴としている。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、実施形態の陽イオン吸着剤とそれを用いた溶液の処理方法について説明する。実施形態の陽イオン吸着剤は、BET比表面積が0.82m2/g以上820m2/g以下の範囲である酸化タングステン微粒子(微粉末)を具備している。酸化タングステンの化合物形態としては、WO3、W2058、W1849、WO2等が知られており、いずれの酸化タングステンでも効果を得ることができる。これらのうちでも、陽イオン吸着剤には三酸化タングステン(WO3)を使用することが好ましい。
【0010】
実施形態の陽イオン吸着剤は、溶液に添加した際にマイナスの表面電位を有する。このため、回収すべき陽イオンを含有する被処理溶液に陽イオン吸着剤を添加すると、陽イオン吸着剤の表面に陽イオンが引き寄せられて吸着される。回収対象の陽イオンを吸着した陽イオン吸着剤は沈殿する。従って、高い吸着能力を発揮させるためには、酸化タングステン微粒子の比表面積が大きい方が好ましい。酸化タングステン微粒子のBET比表面積が0.82m2/g満の場合には、十分な吸着性能が得られず、陽イオンの回収効率が低下する。酸化タングステン微粒子のBET比表面積が820m2/gを超える場合には、粒子が小さすぎて取扱い性が劣ることから、陽イオン吸着剤の実用性が低下する。
【0011】
実施形態の陽イオン吸着剤において、酸化タングステン微粒子のBET比表面積は11〜300m2/gの範囲であることが好ましく、さらに好ましくは16〜150m2/gの範囲である。酸化タングステン微粒子は、BET比表面積から換算した粒径が1〜1000nmの範囲であることが好ましい。換算粒径が1000nmを超える場合には、十分な吸着性能を得ることができず、陽イオンの回収効率が低下する。換算粒径が1nm未満であると、粒子が小さすぎて取り扱い性が劣ることから、陽イオン吸着剤の実用性が低下する。酸化タングステン微粒子のBET比表面積から換算した粒径は2.7〜75nmの範囲であることがより好ましく、さらに好ましくは5.5〜51nmの範囲である。
【0012】
実施形態の陽イオン吸着剤は、吸着する陽イオンが、セシウム(Cs)イオン、ストロンチウム(Sr)イオン、ヨウ素(I)イオン、およびリチウム(Li)イオンから選ばれる少なくとも1つのイオンである場合、高い吸着性能を発揮する。これらの金属イオンのうち、Csイオン、Srイオン、Iイオン、Liイオンは、原子力施設から排出される廃水中に含まれる高レベル放射性物質である金属イオンである。環境や人体への影響から、そのような金属イオンに対して高い吸着性能を持つ吸着剤が望まれている。実施形態のイオン吸着剤は、Csイオン、Srイオン、Iイオン、Liイオンに対して高い吸着性能を有しているため、原子力施設から排出される廃水から高レベル放射性物質を分離、回収し、廃水の無害化に高い効果を発揮する。
【0013】
実施形態の陽イオン吸着剤は、Naイオンが共存する環境下で、ナトリウム(Na)イオンの吸着率よりCsイオンの吸着率が高いことが好ましい。さらに、陽イオン吸着剤はマグネシウム(Mg)イオン、カルシウム(Ca)イオン、およびカリウム(K)イオンから選ばれる少なくとも1つのイオンが共存する環境下で、これらの金属イオンの吸着率よりCsイオンの吸着率が高いことが好ましい。Naイオン、Mgイオン、Caイオン、Kイオンは、海水や土壌等に含有される金属イオンである。実施形態の陽イオン吸着剤は、これらの金属イオンの吸着率よりCsイオンの吸着率が高いため、放射性物質を含有する海水や土壌等から放射性物質であるCsイオンを効率よく回収することができる。従って、放射性物質を含有する海水や土壌の無害化に高い効果を発揮する。
【0014】
さらに、実施形態の陽イオン吸着剤は、Naイオンが共存する環境下で、Naイオンの吸着率よりSrイオンの吸着率が高いことが好ましい。さらに、陽イオン吸着剤はMgイオン、Caイオン、およびKイオンから選ばれる少なくとも1つのイオンが共存する環境下で、これらの金属イオンの吸着率よりSrイオンの吸着率が高いことが好ましい。実施形態の陽イオン吸着剤は、Naイオン、Mgイオン、Caイオン、Kイオンの吸着率よりSrイオンの吸着率が高いため、放射性物質を含有する海水や土壌等から放射性物質であるSrイオンを効率よく回収することができる。従って、放射性物質を含有する海水や土壌の無害化に高い効果を発揮する。
【0015】
実施形態の陽イオン吸着剤は、被処理溶液がCsイオンを含有する海水である場合に、Csイオンの吸着率が90%以上であることが好ましい。陽イオンの吸着率は、下記の式(1)で表される。式(1)において、「ACA」は処理前の被処理溶液中の陽イオン量、「BCA」は処理後の被処理溶液中の陽イオン量である。
吸着率(%)=(ACA−BCA)/ACA×100
陽イオン吸着剤によるCsイオンの吸着率は95%以上であることがより好ましく、99%以上であることがさらに好ましい。Csイオンの吸着率(回収率)が高いほど、原子力施設からの廃水の無害化に対してより高い効果を発揮する。
【0016】
実施形態の陽イオン吸着剤において、酸化タングステン微粒子は水系分散媒中に分散されていてもよい。水系分散媒の代表例としては水が挙げられ、場合によっては少量のアルコール等を含んでいてもよい。酸化タングステン微粒子の被処理溶液中での分散性を高めるために、予め酸化タングステン微粒子を水系分散媒中に所定の濃度で分散させた分散液を使用することができる。陽イオン吸着剤を含む分散液を被処理溶液に添加し、撹拌等により均一化させることで、被処理溶液中での酸化タングステン微粒子の分散性がより一層向上する。従って、回収対象の陽イオンの吸着効率を高めることができる。
【0017】
実施形態の溶液の処理方法は、実施形態の陽イオン吸着剤を、回収対象の陽イオンを含有する被処理溶液に添加し、陽イオンを陽イオン吸着剤に吸着させる工程と、陽イオンを吸着した陽イオン吸着剤を沈殿させる工程と、生成した沈殿物を被処理溶液から分離し、被処理溶液中から陽イオンを回収する工程とを具備している。実施形態の陽イオン吸着剤は、前述したようにCsイオン、Srイオン、Iイオン、Liイオン等の陽イオン(金属イオン)に対して高い吸着性能を有しているため、回収対象の陽イオンを被処理溶液から効率よく分離して回収することができる。陽イオン吸着剤は、上述したように水系分散媒中に分散させた状態で被処理溶液に添加してもよい。これによって、陽イオンの吸着効率および回収効率を高めることができる。
【0018】
実施形態の溶液の処理方法において、生成した沈殿物は遠心分離、沈殿物のみを容器から排出する、上澄みのみを容器から排出する等の方法により被処理溶液から分離される。実施形態の陽イオン吸着剤は、陽イオンの高い吸着性能を有することに加えて、従来のゼオライト等に比べて沈殿物の容積が小さいという利点を有する。従って、廃棄物の容積を低減することができる。さらに、陽イオン吸着剤を添加した被処理溶液、もしくは生成した沈殿物を、有機凝集剤を用いて処理してもよい。有機凝集剤を被処理溶液に添加することで、陽イオンを吸着した陽イオン吸着剤が効率よく沈殿する。また、有機凝集剤を沈殿物に添加することで、沈殿物の容積が減少する。これらによって、沈殿物の容積をさらに低減することができる。沈殿物を廃棄物として処理するにあたって、沈殿物の容積を低減することで環境への負荷を著しく低下させることが可能となる。
【0019】
有機凝集剤とは、粒子を含有する溶液や汚泥に添加すると、静電気的引力、水素結合、疎水結合等の作用によって粒子表面に吸着し、表面電位を変化させたり、あるいは架橋や吸着作用で粒子を粗大化してフロックを形成する機能等を有する有機高分子化合物である。有機凝集剤を使用することによって、沈殿物の生成効率が向上すると共に、沈殿物の容積を低減することができる。さらに、沈殿物から回収した陽イオンが再度溶出することを抑制することができる。これらによって、処理対象の陽イオンの回収効率が向上し、さらに沈殿物を産業廃棄物として廃棄する場合の環境負荷を低減することが可能となる。
【0020】
酸化タングステン微粒子を得る方法としては、様々な方法が知られている。実施形態の陽イオン吸着剤として用いる酸化タングステン微粒子の製造方法は、特に制限されるものではない。酸化タングステン微粒子の製造方法としては、(A)昇華工程により酸化物を得る方法、(B)金属タングステンを直接酸化する方法、(C)パラタングステン酸アンモニウム(APT)等のタングステン化合物を空気中で熱分解して酸化物を得る方法、等が挙げられる。酸化タングステン微粒子は昇華工程を適用して製造することが好ましい。昇華工程を適用して作製した三酸化タングステン微粒子によれば、前述したBET比表面積を再現性よく得ることができる。さらに、粒径ばらつきが小さい三酸化タングステン微粒子を安定して得ることができる。
【0021】
昇華工程を適用した酸化タングステン微粒子の製造方法について述べる。昇華工程は、原料となる金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末、あるいはタングステン化合物溶液を、酸素雰囲気中で昇華させることによって、三酸化タングステン微粒子を得る工程である。昇華とは固相から気相、あるいは気相から固相への状態変化が、液相を経ずに起こる現象である。原料としての金属タングステン粉末、タングステン化合物粉末、またはタングステン化合物溶液を、昇華させながら酸化させることによって、実施形態の酸化タングステン微粒子を得ることができる。
【0022】
上記した原料を酸素雰囲気中で昇華させる方法としては、誘導結合型プラズマ処理、アーク放電処理、レーザ処理、電子線処理、およびガスバーナー処理から選ばれる少なくとも1つの処理が挙げられる。レーザ処理や電子線処理においては、レーザや電子線を照射して昇華工程を行う。レーザや電子線は照射スポット径が小さいため、一度に大量の原料を処理するためには時間がかかるという欠点があるものの、原料粉の粒径や供給量の安定性を厳しく制御する必要がないという長所がある。
【0023】
誘導結合型プラズマ処理やアーク放電処理は、プラズマやアーク放電の発生領域の調整が必要であるものの、一度に大量の原料粉を酸素雰囲気中で酸化反応させることができる。さらに、一度に処理できる原料の量を制御することができる。ガスバーナー処理は原料を多量に処理することが難しく、生産性の点で劣るものの、動力費が比較的安い点で有利である。ガスバーナー処理を適用する場合、ガスバーナーは原料を昇華させるのに十分なエネルギーを有するものであればよく、ガスは特に限定されるものではない。プロパンガスバーナーやアセチレンガスバーナー等が用いられる。
【0024】
APTを使用した酸化タングステン微粒子の製造方法について述べる。例えば、APTをビーズミルや遊星ミル等で粉砕し、遠心分離により分級する。この微粒子を大気中にて400〜600℃の温度で熱処理することによって、酸化タングステン微粒子を製造することができる。他の製造方法として、APTを水系溶媒に溶解させた後、再結晶化させた結晶を600℃以上、15秒以上の条件で焼成することによって、酸化タングステン微粒子を製造する方法が挙げられる。いずれの方法においても、熱処理条件を調整することによって、好ましい平均粒径の酸化タングステン微粒子を得ることができる。
【0025】
実施形態の陽イオン吸着剤は、BET比表面積が0.82〜820m2/gという非常に大きい酸化タングステン微粒子を具備しているため、これを回収対象の金属陽イオンを含有する溶液に添加することで、従来回収が困難であった金属陽イオンを陽イオン吸着剤に効率よく吸着させることができる。さらに、Csイオン、Srイオン、Iイオン、Liイオンに対する吸着性能が高いため、これら金属陽イオンを原子力施設の廃水から効率よく回収することができる。従って、原子力施設からの廃水の無害化に高い効果を発揮する。さらに、金属陽イオンを吸着した陽イオン吸着剤の沈殿物は、従来の吸着剤に比べて容積が小さいため、産業廃棄物量を減量することができる。これらによって、環境への負荷を低減した環境汚染物質の回収方法を提供することが可能となる。
【実施例】
【0026】
次に、本発明の具体的な実施例およびその評価結果について述べる。以下に示す実施例では、酸化タングステン微粒子の製造工程において、昇華工程として誘導結合型プラズマ処理工程を適用しているが、陽イオン吸着剤として用いる酸化タングステン微粒子の製造工程はこれに限られるものではない。
【0027】
(実施例1〜4、比較例1〜2)
誘導結合型プラズマ処理により酸化タングステン微粒子を製造した。得られた酸化タングステン微粒子のBET比表面積は41.1m2/gであった。このBET比表面積から換算した粒径は、約20nmであった。
【0028】
表1に示すNaイオン濃度およびCsイオン濃度を有するNaClとCsClの混合水溶液を作製し、この水溶液に上記した酸化タングステン微粒子を表1に示す量で添加した。酸化タングステン微粒子を添加した後にスターラーで4時間撹拌し、その後静置した。これら試料の上澄み液を分取し、ICP質量分析法によりCsイオン量とNaイオン量を測定した。酸化タングステン微粒子を添加しない試料を比較例とした。
【0029】
【表1】
【0030】
(実施例5〜8、比較例3)
誘導結合型プラズマ処理により酸化タングステン微粒子を製造した。得られた酸化タングステン微粒子のBET比表面積は91.3m2/gであった。このBET比表面積から換算した粒径は約9nmであった。
【0031】
表2に示すNaイオン濃度およびCsイオン濃度を有するNaClとCsClの混合水溶液を作製し、この水溶液に上記した酸化タングステン微粒子を表2に示す量で添加した。酸化タングステン微粒子を添加した後にスターラーで4時間撹拌し、その後静置した。これら試料の上澄み液を分取し、ICP質量分析法によりCsイオン量とNaイオン量を測定した。酸化タングステン微粒子を添加しない試料を比較例とした。
【0032】
【表2】
【0033】
上述した実施例の結果から明らかなように、実施形態の酸化タングステン微粒子を被処理溶液に添加した際に、添加前後で分析的には溶液中のNa+イオン量はほとんど変化しておらず、酸化タングステン微粒子(吸着剤)に吸着された量は検出精度以下である。これに対して、Cs+イオン量は酸化タングステン微粒子の添加前後で明らかに減少している。被処理溶液中のCs+イオンの吸着に十分な量の酸化タングステン微粒子を添加した試料については、添加前の含有量の90%以上が酸化タングステン微粒子に吸着されており、Cs+イオン量をICP質量分析法の検出限界以下まで低減できることが確認された。
【0034】
(実施例9)
誘導結合型プラズマ処理により酸化タングステン微粒子を製造した。得られた酸化タングステン微粒子のBET比表面積は91.3m2/gであった。この酸化タングステン微粒子1gを水10mlに分散させて水系分散液とした。この陽イオン吸着剤を含む水系分散液を、Srイオンを含有する溶液10mlに添加し、さらにスターラーで4時間撹拌し、その後静置した。静置後の溶液には沈殿物が生成していた。静置後の溶液から上澄み液を分取し、ICP質量分析法によりSrイオンの含有量を測定した。その結果、Srイオンの含有量0.005ppmであり、酸化タングステン微粒子(吸着剤)によるSrイオンの吸着率は99.9%以上であることが確認された。
【0035】
(実施例10)
実施例9で処理した被処理溶液から上澄み液を除去し、生成した沈殿物を分離した。分離した沈殿物に両性系エマルジョン型凝集剤を添加した。沈殿物の容積は添加前の1/2程度まで小さくなり、沈殿物の取扱い性が大きく向上することが確認された。
【0036】
(実施例11)
誘導結合型プラズマ処理により酸化タングステン微粒子を製造した。得られた酸化タングステン微粒子のBET比表面積は41.1m2/gであった。このBET比表面積から換算した粒径は、約20nmであった。
【0037】
表3に示すNaイオン濃度、Csイオン濃度、およびSrイオン濃度を有する水溶液20gを用意した。この水溶液に上記した酸化タングステン(WO3)微粒子1.0062gを添加した後にスターラーで4時間撹拌し、その後静置した。この試料の上澄み液を分取し、ICP質量分析法によりCsイオン量、Srイオン量、およびNaイオン量を測定した。その結果を表3に示す。
【0038】
【表3】
【0039】
実施例11の結果から明らかなように、実施形態の酸化タングステン微粒子を被処理溶液に添加することによって、CsイオンおよびSrイオンの両方を吸着することが可能であることが確認された。吸着率はSrイオンに比べてCsイオンの方が若干高かった。
【0040】
なお、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施し得るものであり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。