(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池は、イオン交換樹脂等の固体高分子を電解質として用いる燃料電池であり、動作温度が比較的低いという特徴を有する。固体高分子型燃料電池の電解質には、陽イオン交換樹脂膜または陰イオン交換樹脂膜を用いることができる。何れの電解質を使用した場合でも固体高分子型燃料電池は以下の基本構造を有する。
【0003】
図1は、固体高分子型燃料電池の基本構造を示す概念図である。
図1中、1a、1bはそれぞれ電池隔壁であり、電池隔壁1aには外部と連通する燃料流通孔2が、電池隔壁1bには外部と連通する酸化剤ガス流通孔3が形成されている。電池隔壁1a、1b内の空間は、固体高分子電解質膜6によって二分されている。固体高分子電解質膜6の一表面には、燃料室側ガス拡散電極(アノード)4が接合され、他表面(裏面)には、酸化剤室側ガス拡散電極(カソード)5が接合されている。電池隔壁1aと固体高分子電解質膜6とに囲われて形成される燃料室(アノード室)7は、燃料流通孔2によって外部と連通されており、電池隔壁1bと固体高分子電解質膜6とに囲われて形成される酸化剤室(カソード室)8は、酸化剤ガス流通孔3によって外部と連通されている。
【0004】
このような基本構造の固体高分子型燃料電池は、燃料室7に燃料流通孔2を通して水素ガスやメタノール等からなる燃料を供給すると共に、酸化剤室8に酸化剤ガス流通孔3を通して酸素や空気等の酸素含有ガスからなる酸化剤ガスを供給し、さらに両ガス拡散電極間に外部負荷回路を接続することにより次のような機構により電気エネルギーを発生させている。即ち、電解質として陽イオン交換樹脂膜を用いた場合には、燃料室側ガス拡散電極4において該電極内に含まれる触媒と燃料とが接触することにより生成したプロトン(水素イオン)は、固体高分子電解質膜6内を伝導して酸化剤室8に移動し、酸化剤室側ガス拡散電極5で酸化剤ガス中の酸素と反応して水を生成する。一方、燃料室側ガス拡散電極4においてプロトンと同時に生成した電子は外部負荷回路を通じて酸化剤室側ガス拡散電極5へと移動するので上記反応のエネルギーを電気エネルギーとして利用することができる。
【0005】
上記のような構造の固体高分子型燃料電池においては、固体高分子電解質膜としてパーフルオロカーボンスルホン酸樹脂膜が最も一般的に用いられている。また、このようなパーフルオロカーボンスルホン酸樹脂膜を用いるガス拡散電極としては、カーボンブラック等の導電剤に担持された白金等の金属粒子からなる触媒を多孔性材料からなる電極基材で支持したガス拡散電極や、あるいは該触媒をパーフルオロスルホン酸樹脂膜上に層状に形成したガス拡散電極が一般的に用いられている。通常、該ガス拡散電極は、パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂膜に熱圧着することにより、パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂膜と接合されている。そして、このような方法で接合を行う場合には、ガス拡散電極内部の触媒上で発生するプロトンの利用率を高めるため(換言すれば、該プロトンが効率よく電極に移動するようにするため)にガス拡散電極の接合面にイオン伝導性付与剤としてパーフルオロカーボンスルホン酸樹脂の有機溶液を塗布したり、あるいは電極内部にパーフルオロカーボンスルホン酸樹脂を配合させることが行われている(特許文献1、2)。なお、上記パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂は、固体高分子電解質膜とガス拡散電極との接合性を向上させる機能も有している。
【0006】
ところが、このようなパーフルオロカーボンスルホン酸樹脂膜を用いる固体高分子型燃料電池においては、主としてパーフルオロカーボンスルホン酸樹脂膜に起因して以下の問題を生じている。
(i)反応場が酸性雰囲気となるため、白金などの高価な貴金属触媒を用いる必要がある。(ii)焼却処理でフッ酸を生じるため、環境適合性が悪い。(iii)燃料ガスや酸化剤ガスの透過性が比較的高いため、電圧ロスを生じる。(iv)原料が高価であるためコストダウンに限界がある。
【0007】
このような問題を解決するために、パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂膜に替えて炭化水素系イオン交換樹脂膜を、特に上記(i)の問題を解決するために炭化水素系陰イオン交換樹脂膜を用いることが検討されており、そのような固体高分子型燃料電池が幾つか提案されている(特許文献3−5)。
【0008】
これら炭化水素系陰イオン交換樹脂膜を用いる固体高分子型燃料電池においても、パーフルオロカーボンスルホン酸膜を用いる場合と同様に、水素などの燃料ガス、酸素などの酸化剤ガスを用いて発電できるが、各電極における反応機構及び固体高分子電解質6内を伝導するイオン種が異なるものとなる。
【0009】
例えば、アノード室7に燃料流通孔2を通して水素を含む燃料を供給すると共に、カソード室8に酸化剤ガス流通孔3を通して酸素や空気等の酸素含有ガスからなる酸化剤ガスを供給し、さらにアノード4とカソード5との間に外部負荷回路を接続すると、カソード5においては該電極内に含まれる触媒と酸化剤ガス中の酸素及び水とが接触することにより水酸化物イオンが生成する。即ち、カソードにおける電極反応には水が必須である。次いで、ここで生成した水酸化物イオンは、固体高分子電解質膜6内を伝導してアノード室8に移動し、アノード4で燃料と反応して水を生成する。一方、アノード4において水と同時に生成した電子は、外部負荷回路を通じてカソード5へと移動するので上記反応のエネルギーを電気エネルギーとして利用することができる。
【0010】
陰イオン交換樹脂膜を用いた固体高分子型燃料電池は、反応場が塩基性雰囲気になるため、パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂膜に代表される陽イオン交換膜を用いた固体高分子型燃料電池に比べて次のような利点を有する。
【0011】
(i)安価で埋蔵量の豊富な遷移金属からなる触媒を用いることができるため、触媒の選択肢が広がる。(ii)塩基性の燃料が使用できるなど、使用可能な燃料が増える。(iii)加工性、量産性に優れる金属セパレーターを耐酸処理することなく使用できる。(iv)酸素還元反応に有利である。
【0012】
ところで、上記各公報に開示されている固体高分子型燃料電池のガス拡散電極においては、パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂膜を用いる場合のガス拡散電極に対してパーフルオロカーボンスルホン酸樹脂を添加するのと同様な理由により、イオン伝導性付与剤として種々の陰イオン交換樹脂が添加される。このような陰イオン交換樹脂としては、例えば、スルホン酸基を有するパーフルオロカーボンポリマーの末端をジアミンで処理し4級化したポリマーのようなフッ素樹脂系のものも知られているが(例えば、特許文献5)、この場合、固体高分子電解質膜が前記炭化水素系イオン交換樹脂膜であると、これとガス拡散電極との接合界面において馴染みが悪くなり接合強度が低下する問題が生じる。
【0013】
従って、炭化水素系イオン交換樹脂膜を用いる場合には、イオン伝導性付与剤の陰イオン交換樹脂は炭化水素系のものが好ましいとされ、芳香族ビニル化合物と共役ジエンとのブロック共重合体等の熱可塑性エラストマーに陰イオン交換基を導入した陰イオン交換樹脂(特許文献6)が提案されている。そして、この炭化水素系陰イオン交換樹脂としては、上記炭化水素系イオン交換樹脂膜との接合性に優れる、柔軟な非架橋性のものである場合にはイオン交換容量が高いと水に可溶性になるため0.5〜1.5mmol/gのものが良好と説明されている。また、このことから実施例において、こうした陰イオン交換樹脂は、カソード触媒層に添加するものも、アノード触媒層に添加するものも全てにおいて上記非架橋性のものが使用され、その陰イオン交換容量は0.8〜1.3mmol/gと低めで、水への溶解度(20℃)が0.02〜0.04質量%の極小値に抑えられたものが使用されている。
【0014】
このような陰イオン交換樹脂膜及び陰イオン伝導性付与剤を用いた固体高分子型燃料電池においては、陰イオン交換樹脂膜及びイオン伝導性付与剤のイオン伝導性は、湿潤状態である場合に発揮される。そのため、陰イオン交換樹脂膜及びイオン伝導性付与剤のイオン伝導性を維持するためには、水分が必要である。加えて、上述したようにカソードにおいては、電極反応で水が消費される。よって、燃料電池のセル内に水分が継続的に供給される必要がある。ここで、水分を供給するために、一般的には加湿器等の水分供給装置を外部に設置することがあるが、システムが大形化する、高価格となる、水分供給量を精密に管理する必要がある等の弊害が生じる。そのため、できるだけ低加湿条件で運転可能な燃料電池、理想的には水分供給装置を設けずに空気中に含まれる水分のみで発電可能な燃料電池を構成する技術が求められている。
【発明を実施するための形態】
【0026】
(イオン伝導性付与剤)
本発明においてイオン伝導性付与剤は、陰イオン交換膜型燃料電池のカソード触媒層を形成する際に使用される薬剤である。なお、本発明において、カソード触媒層を形成する際に使用される薬剤とは、カソード触媒層自体を形成する際に使用される薬剤のみならず、炭化水素系陰イオン交換樹脂膜とカソード触媒層との接合に使用される薬剤を含む。即ち、本発明のイオン伝導性付与剤は、カソード触媒層内部に添加されたり、炭化水素系陰イオン交換膜とカソード触媒層とを接合する際に接合面に塗布されたりして使用される。
【0027】
本発明のイオン伝導性付与剤は、カソード触媒層内やカソード触媒層と炭化水素系陰イオン交換膜との接合面近傍におけるイオン(具体的にはカソード触媒層に含まれる白金族触媒等で生成する水酸化物イオン等)の伝導性を高める効果や、同部分に水分を保持する効果が極めて高い。
【0028】
本発明のイオン伝導性付与剤は、陰イオン交換容量が所定範囲の炭化水素系陰イオン交換樹脂を含んでなる。本発明のイオン伝導性付与剤は、この炭化水素系陰イオン交換樹脂の溶液又はその懸濁液からなる場合もある。
【0029】
本発明のイオン伝導性付与剤で使用する炭化水素系陰イオン交換樹脂は、陰イオン交換容量が所定範囲内であって、分子内に少なくとも1個の陰イオン交換基を有し、水に難溶で、かつ弾性を有する炭化水素系陰イオン交換樹脂である。このような炭化水素系陰イオン交換樹脂は、公知の方法で合成される。
【0030】
炭化水素系陰イオン交換樹脂の陰イオン交換容量は、1.8〜3.5mmol/gであり、1.9〜3.0mmol/gであることが好ましく、2.0〜2.8mmol/gであることが特に好ましい。この範囲の陰イオン交換容量の炭化水素系陰イオン交換樹脂は含水率が高いため、こうした陰イオン交換容量の炭化水素系陰イオン交換樹脂を用いることで、低湿度の酸化剤ガスを供給して燃料電池を運転する場合であってもカソード触媒層に良好なイオン伝導性を付与でき、結果、該運転条件下であっても高い出力を得ることが可能になる。また、前記陰イオン交換容量とすることで、上記低湿度での運転を長期間継続しても、高い電池出力を安定的に維持できる。
【0031】
炭化水素系陰イオン交換樹脂の陰イオン交換容量が1.8mmol/g未満の場合には、イオン伝導性が不良となり、かつ低湿度下でのカソード触媒層の局所的な乾燥による電池出力低下を抑制することが困難となる。一方、炭化水素系陰イオン交換樹脂の陰イオン交換容量が3.5mmol/gを超える場合には、水分の吸収による膨潤が激しくなり、燃料や酸素含有ガスの拡散を阻害する虞が生じ、さらには、水への溶解性も高まってカソード触媒層内での耐久性が低下する。
【0032】
上記の炭化水素系陰イオン交換樹脂は、陰イオン交換容量を前記範囲とすることで、後述の方法で測定した含水率を、相対湿度90%の下で、通常35〜100%、好適には38〜90%、特に好適には40〜80%とすることができ、更には相対湿度40%の低湿度下でも、通常7〜25%、好適には8〜20%、特に好適には9〜18%に維持することが可能となる。
【0033】
このような高い含水率を持つ本発明の陰イオン交換樹脂を陰イオン交換膜型燃料電池のカソード側に用いると、カソードの電極反応で消費される水を速やかに触媒活性点に供給することができ、更には長時間の運転に際しても該水分の欠乏を生じることなく運転が可能となる。また、炭化水素系陰イオン交換樹脂の陰イオン交換容量は、あまり高すぎても、酸素含有ガスの拡散性が低下し、水への溶解性も高まるため、上記各上限以下であるのが好ましい。
【0034】
本発明において、炭化水素系陰イオン交換樹脂とは、分子内に存在するイオン交換基以外の大部分が炭化水素基で構成されている陰イオン交換樹脂を意味する。ただし、本発明の効果を阻害しない範囲であれば、分子内の陰イオン交換基以外の部分に炭素原子及び水素原子以外の原子が含まれていてもよい。例えば、分子の主鎖及び側鎖を構成する結合として炭素−炭素結合や炭素=炭素結合(二重結合)以外に、エーテル結合、エステル結合、アミド結合、シロキサン結合等が、このような結合により導入される酸素、窒素、珪素、硫黄、ホウ素、リン等の原子が総計で分子を構成する全原子数の40%以下、好適には10%以下となるような量で含まれていてもよい。また、分子内に存在する水素原子数の40%以下、好適には10%以下であれば、主鎖及び側鎖に塩素、臭素、フッ素、ヨウ素、その他原子が直接又は置換基として結合していてもよい。
【0035】
上記炭化水素系陰イオン交換樹脂中に存在する陰イオン交換基としては、陰イオン交換能を有する置換基であれば特に限定されないが、4級アンモニウム塩基、ピリジニウム塩基、イミダゾリウム塩基、第3級アミン基、ホスホニウム基が例示される。これらのうち、強塩基性の観点から4級アンモニウム塩基又はピリジニウム塩基が好ましい。
【0036】
また、上記炭化水素系陰イオン交換樹脂の陰イオン交換基の対イオンは、OH
−、HCO
3−、CO
32−のいずれか、あるいはこれらの混合形であることが、陰イオン交換樹脂のイオン伝導性を高めることができ、かつ、カソードおよびアノードの電極反応を高効率で進めるために好ましい。対イオンを前記イオン形にするための操作の安全性や、得られる陰イオン交換樹脂の化学的安定性を高められる点で、HCO
3−、CO
32−が対イオンとして最も好ましい。
【0037】
上記炭化水素系陰イオン交換樹脂は、水に難溶である必要がある。水に容易に溶解する場合には、燃料電池を構成して使用する際に、触媒層から該炭化水素系陰イオン交換樹脂が溶出してしまい、電池性能が低下する。このことから前記特許文献6では、イオン伝導性付与剤として使用する炭化水素系陰イオン交換樹脂の20℃の水に対する溶解度(飽和溶液中の上記炭化水素系陰イオン交換樹脂の濃度)は、1質量%未満、好適には0.8質量%以下とすることが求められており(段落〔0016〕)、具体的には前記陰イオン交換容量が0.8〜1.3mmol/gの炭化水素系陰イオン交換樹脂はその実施例で該20℃の水に対する溶解度が0.02〜0.04質量%の極小値のものが使用されている。これに対して、本発明でイオン伝導性付与剤として使用する炭化水素系陰イオン交換樹脂は、その陰イオン交換容量が1.8〜3.5mmol/gと大きいが、この程度の増加であれば、上記陰イオン交換容量の増加に伴う水への溶解度の増加は許容範囲であり、通常 0.3質量%以上、場合によっては0.4質量%以上にはなるものの、それでも前記1質量%未満(好適には0.8質量%以下)の範囲には抑えることができる。
【0038】
また、上記炭化水素系陰イオン交換樹脂は適度な弾性率であることが好ましく、具体的には25℃におけるヤング率が1〜300MPaであることが好ましく、3〜100MPaであることが特に好ましい。このような弾性率を有することにより、炭化水素系陰イオン交換樹脂とカソード触媒層との密着性を向上させることができるばかりでなく、燃料電池を構成して使用する場合に、ヒートサイクルにより発生する応力を分散することが可能となり、燃料電池の耐久性を大きく改善することが可能となる。
【0039】
本発明で使用する炭化水素系陰イオン交換樹脂は、そのまま又は溶液若しくは懸濁液として、カソード触媒層の形成に用いるイオン伝導性付与剤として使用する。カソード触媒層の接合面となる面に塗布したり、カソード触媒(白金族触媒等)を含むカソード触媒層用組成物(後述)に配合したりする時に、炭化水素系陰イオン交換樹脂をカソード触媒層内や接合面近傍に均一に存在させることができ、接合性が良好でかつ活性の高いカソード触媒層を作成することができるという観点から、溶液状態で使用するのが好適である。
【0040】
このような理由から、炭化水素系陰イオン交換樹脂は、有機溶媒に対して溶解性を示すことが好ましい。上記の有機溶媒は特に限定されないが、例えば下記に示す溶媒から適宜最適なものから選択すれば良い。
【0041】
例えば、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、t−ブタノール、1−ヘキサノール、シクロヘキサノール、2−エトキシエタノール等のアルコール類、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類、酢酸エチル、酢酸イソブチル等のエステル類、アセトニトリル、マロンニトリル等のニトリル類、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル‐2−ピロリジノン等のアミド類、ジメチルスルホキシド、スルホラン等のスルホキシド類、ジエチルエーテル、1,2−ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル類、ヘキサン、トルエン、ベンゼン等の炭化水素類、クロロホルム、ジクロロメタン等の塩素化炭化水素類等の溶媒が挙げられる。これらは一種単独でも良いし、または2種以上を組み合わせて使用することもできる。2種以上を組み合わせる場合には、溶媒の一つとして水も使用することができる。乾燥操作が容易で、炭化水素系陰イオン交換樹脂膜との馴染みや触媒との分散性を良好にする観点から、エタノール、1−プロパノール、テトラヒドロフラン、クロロホルムから選ばれる1種、または2種以上の組み合わせであることが好ましい。
【0042】
前記炭化水素系陰イオン交換樹脂としては、このような有機溶媒に対する溶解度(20℃における飽和溶液中の上記炭化水素系陰イオン交換樹脂濃度)が1質量%以上、特に3質量%以上であるものを用いることが好ましい。溶液状態の本発明のイオン伝導性付与剤における前記炭化水素系陰イオン交換樹脂の濃度は特に限定されず、溶媒と炭化水素系陰イオン交換樹脂の組合せ、カソード触媒に対する使用量、粘度、施用時の浸透性等に応じて適宜決定すればよいが、通常1〜20質量%であり、2〜15質量%であることが好ましい。
【0043】
なお、上記炭化水素系陰イオン交換樹脂を懸濁液として使用する場合の分散媒は特に限定されず、上記したような有機溶媒で上記炭化水素系陰イオン交換樹脂を溶解しないものの他、水も使用可能である。また、懸濁液中の炭化水素系陰イオン交換樹脂の含有量も特に限定されないが、溶液状態における濃度と同程度とするのが好適である。
【0044】
本発明で使用する炭化水素系陰イオン交換樹脂は、陰イオン交換樹脂として従来公知のものの中から本発明で特定する条件を満足するものを適宜選択して使用すればよい。一般に、水や有機溶媒に対する溶解性や、ヤング率は、炭化水素系陰イオン交換樹脂中に存在する陰イオン交換基の量、分子量、架橋度、更に樹脂の主鎖構造によって制御される。そのため、炭化水素系陰イオン交換樹脂の選択に際しては、このような点に着目して選択するのが好適である。また、上記のような因子は、陰イオン交換基を有する炭化水素系陰イオン交換樹脂の一般的な合成方法において合成条件を変えることにより容易に調整できる。本発明では該炭化水素系陰イオン交換樹脂の合成方法に特に制限はないが、本発明で使用する炭化水素系陰イオン交換樹脂は、以下に示すような方法で容易に合成することができる。
【0045】
即ち、前記炭化水素系陰イオン交換樹脂は、陰イオン交換基が導入可能な官能基を有する単量体又は陰イオン交換基を有する単量体、及び共役ジエン化合物を、有機溶媒及び水に対する溶解特性が前記の条件を満足するように重合する。その後、陰イオン交換基が導入可能な官能基を有する単量体を用いた場合には、陰イオン交換基の導入処理を施す。この方法において、使用する単量体の種類、その組合せ、及び量;架橋剤の使用量;陰イオン交換基の導入量;並びに高分子の重合度等を調整することにより容易に合成することができる。
【0046】
上記方法で使用する陰イオン交換基が導入可能な官能基を有する単量体としては、スチレン、α−メチルスチレン、クロルメチルスチレン、ビニルピリジン、ビニルイミダゾール、ビニルナフタレン等の芳香族ビニル化合物が例示される。陰イオン交換基を導入のし易さの点から、スチレン、α−メチルスチレンが好ましく使用される。また、陰イオン交換基を有する単量体としては、ビニルベンジルトリメチルアミン、ビニルベンジルトリエチルアミン等のアミノ基含有の芳香族ビニル化合物、ビニルピリジン、ビニルイミダゾール等の含窒素複素環系単量体、それらの塩類及びエステル類が例示される。
【0047】
上記方法で使用する共役ジエン化合物としては、ブタジエン、イソプレン、クロロプレン、1,3−ペンタジエン、2,3−ジメチル−1,3−ブタジエンが例示される。その含有量は特に限定されないが、炭化水素系陰イオン交換樹脂中における共役ジエン化合物単位の含有率は5〜85質量%であり、特に10〜75質量%であることが一般的である。
【0048】
なお、上記陰イオン交換基が導入可能な官能基を有する単量体又は陰イオン交換基を有する単量体や共役ジエン化合物の他に、必要に応じてこれらの単量体と共重合可能な架橋性単量体を添加してもよい。また、上記方法で使用する架橋性単量体としては、特に制限されるものではないが、例えば、ジビニルベンゼン類、ジビニルスルホン、ジビニルビフェニル、トリビニルベンゼン等の多官能性ビニル化合物、トリメチロールメタントリメタクリル酸エステル、メチレンビスアクリルアミド、ヘキサメチレンジメタクリルアミド等の多官能性メタクリル酸誘導体が用いられる。これらの架橋性単量体を用いる場合、その使用量は一般には、陰イオン交換基が導入可能な官能基を有する単量体又は陰イオン交換基を有する単量体100質量部に対して、0.01〜5質量部、好適には0.05〜1質量部から採択される。架橋性単量体が0.01質量部未満の場合には、得られる陰イオン交換基を有する炭化水素系高分子は、水に可溶となり易く、5質量%を超える場合では、有機溶媒に不溶になり易い。
【0049】
また、上記陰イオン交換基が導入可能な官能基を有する単量体又は陰イオン交換基を有する単量体や共役ジエン化合物や架橋性単量体の他に、必要に応じてこれらの単量体と共重合可能な他の単量体を添加してもよい。このような他の単量体としては、エチレン、プロピレン、ブチレン、アクリロニトリル、塩化ビニル、アクリル酸エステル等のビニル化合物が例示される。その使用量は、陰イオン交換基が導入可能な官能基を有する単量体又は陰イオン交換基を有する単量体100質量部に対して0〜100質量部が好ましい。
【0050】
上記方法における重合方法は、溶液重合、懸濁重合、乳化重合等の公知の重合法が採用される。重合法は、単量体組成物の組成等によって左右されるものであり、特に限定されるものではなく適宜選択すればよい。ここで、前記性状を有する炭化水素系高分子を重合する場合、例えばスチレン等の上記例示した単量体であれば1万〜100万、好ましくは5万〜40万の平均分子量になるような重合条件で重合させるのが好ましい。陰イオン交換基を有する単量体を用いる場合には、このようにして重合を行うことにより本発明で使用する炭化水素系陰イオン交換樹脂を得ることができる。また、陰イオン交換基が導入可能な官能基を有する単量体を用いる場合には、このような重合で得られる重合体についてアミノ化、アルキル化等の公知の処方法により所望の陰イオン交換基を導入すればよい。
【0051】
なお、以上の方法では、炭化水素系陰イオン交換樹脂はハロゲンイオンを対イオンとして得られることが多い。本発明では、該ハロゲンイオンを対イオンとする炭化水素系陰イオン交換樹脂をそのまま陰イオン伝導性付与剤として用いて、後述の触媒層やMEAを作成し、その後、OH
−、HCO
3−、CO
32−にイオン交換して用いることもできるが、好ましくは、前記の陰イオン交換基導入後に対イオンをOH
−、HCO
3−、CO
32−にイオン交換する。該イオン交換方法には特別な制限はなく、対イオンに応じた公知の方法、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸カリウムナトリウム、炭酸アンモニウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素アンモニウムなどの水溶液に前記ハロゲンイオンを対イオンとする炭化水素系陰イオン交換樹脂膜を、2〜10時間浸漬して行えばよい。操作の安全性や、得られる陰イオン交換樹脂膜の安定性の点から、HCO
3−、CO
32−形とすることが最も好ましい。
【0052】
なお、上記の方法の中でも、効果の高い前記炭化水素系陰イオン交換樹脂を容易に得ることができることから、前記した単量体から複数の種類の単量体を選んでハードセグメントとソフトセグメントを構成するように(通常、芳香族ビニル化合物の重合ブロックがハードセグメントを構成し、共役ジエン化合物の重合ブロックがソフトセグメントを構成する)ブロック共重合を行って所謂熱可塑性エラストマーとした後、陰イオン交換基が導入可能な官能基を有する単量体を用いた場合には、陰イオン交換基の導入処理を施す方法が特に好適である。
【0053】
この場合には、熱可塑性エラストマーの一般的な合成方法に準じて、共重合させる単量体の組合せを決定し、常法に従って重合を行えばよい。陰イオン交換基が導入可能な熱可塑性エラストマーとしては、ポリスチレン−ポリブタジエン−ポリスチレントリブロック共重合体(SBS)、ポリスチレン−ポリイソプレン−ポリスチレントリブロック共重合体(SIS)、また、SBS、SISをそれぞれ水素添加したポリスチレン−ポリ(エチレン−ブチレン)−ポリスチレントリブロック共重合体(SEBS)、ポリスチレン−ポリ(エチレン−プロピレン)−ポリスチレントリブロック(SEPS)共重合体が挙げられ、陰イオン交換基を有する熱可塑性エラストマーとしてポリスチレン−ポリビニルピリジン−ポリブタジエントリブロック共重合体、ポリスチレン−ポリビニルピリジン−ポリイソプレントリブロック共重合体が例示される。このような、共重合体を与える単量体の組合せを採用すればよい。なお、陰イオン交換基が導入可能な熱可塑性エラストマーにおいては、イオン交換基を導入する工程での安定性の点から、ポリスチレン−ポリ(エチレン−ブチレン)−ポリスチレントリブロック共重合体(SEBS)、ポリスチレン−ポリ(エチレン−プロピレン)−ポリスチレントリブロック共重合体(SEPS)が好ましい。
【0054】
重合を行う際の単量体組成は特に限定されないが、熱可塑性エラストマーにおけるハードセグメントとなるブロック共重合体中の芳香族ビニル化合物単位の含有率は、電気的特性、機械的特性の点から5〜70質量%、特に10〜50質量%が好ましい。
【0055】
また、芳香族ビニル化合物と共役ジエン化合物の共重合方法は特に限定されず、アニオン重合、カチオン重合、配位重合、ラジカル重合等の公知の方法が採用される。ブロック構造を制御し易いという理由により、リビングアニオン重合が特に好適に採用される。なお、ブロック共重合の形態としては、ジブロック共重合、トリブロック共重合、ラジアルブロック共重合、マルチブロック共重合のいずれであってもよいが、末端ブロックがお互いに凝集してドメインを形成し易いという理由から、トリブロック共重合が好適である。また、熱可塑性樹脂と同様に成形加工し易いという理由から、各ブロック共重合体の平均分子量が0.5万〜30万、特に1万〜15万の平均分子量とになるような重合条件で重合するのが好適である。さらに、ブロック共重合体の共役ジエン部分を水素添加する場合には、水素添加率が95%以上になるよう水素を添加するのが好ましい。また、陰イオン交換基が導入可能な官能基を有する単量体を用いる場合における陰イオン交換基の導入は、前記と同様に行うことができる。
【0056】
本発明のイオン伝導性付与剤は、炭化水素系陰イオン交換樹脂膜を固体高分子電解質膜として用いるアルカリ膜型燃料電池のカソード触媒層に対して施用される。これにより前述のように、カソードの電極反応で消費される水分を速やかに、かつ、長時間にわたって欠乏を生じることなく供給できるように、特にカソード側で施用された場合に効果が顕著となる。
【0057】
(カソード触媒層)
本発明におけるカソード触媒層は、カソード触媒と上記イオン伝導性付与剤とからなる。
【0058】
カソード触媒としては、酸素の還元反応を促進する公知の触媒が特に制限なく使用可能である。このようなカソード触媒としては、白金、金、銀、パラジウム、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、オスミウム、スズ、鉄、コバルト、ニッケル、モリブデン、タングステン、バナジウム、あるいはそれらの合金等の金属粒子が例示される。触媒活性が優れていることから白金族触媒(ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金)や銀を用いるのが好適である。これらの元素の単体又は1種以上を成分として含有する合金として使用される。非貴金属との合金の場合、該非貴金属元素としては、チタン、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、クロムが例示される。
【0059】
また、カソード触媒として、各種の金属酸化物を触媒として利用することも可能である。例えば、酸化活性に優れているABO
3で表されるペロブスカイト型酸化物なども好適に使用できる。具体的には、LaMnO
3、LaFeO
3、LaCrO
3、LaCoO
3、LaNiO
3など、あるいは前記のAサイトの一部をSr、Ca、Ba、Ce、Agなどで部分置換したもの、さらに、Bサイトの一部をPd、Pt、Ru、Agなどで部分置換したペロブスカイト型酸化物なども電極触媒として好適に使用できる。
【0060】
これらカソード触媒となる金属などの粒子の粒径は、通常、0.1〜100nmであり、0.5〜10nmが好ましい。粒径が小さいほど触媒性能は高くなるが、0.5nm未満のものは、作製が困難であり、100nmより大きいと十分な触媒性能が得難くなる。
【0061】
これらカソード触媒は、上記金属粒子などをそのまま使用しても、あるいは予め導電剤に担持させてから使用してもよい。導電剤としては、電子導電性物質であれば特に限定されるものではないが、例えば、ファーネスブラック、アセチレンブラック等のカーボンブラック、活性炭、黒鉛等を単独又は混合して使用するが一般的である。これら触媒の含有量は、カソード触媒層をシート状(通常、5〜50μm)とした状態における単位面積当たりの金属質量で、通常0.01〜10mg/cm
2であり、0.1〜5.0mg/cm
2が好ましい。
【0062】
本発明においては、これらカソード触媒粒子を上記イオン伝導性付与剤、及び必要に応じて結着剤、分散媒等と混合してカソード触媒層形成用組成物とし、下記に詳述する方法で層状となるように炭化水素系陰イオン交換膜の少なくとも一表面に接合される。
【0063】
カソード触媒層形成用組成物には、カソード触媒あるいはカソード触媒が担持される導電剤の他に、結着剤、カソード触媒が担持されていない導電剤等が含まれていても良い。さらに、本発明のカソード触媒層形成用組成物には、触媒坦持量の調整やカソード触媒層の膜厚を調整するため、暫時前記イオン伝導性付与剤に使用されている溶媒と同様の溶媒を、組成物調整時にさらに添加して、その粘度調整を行っても良い。さらに、必要に応じて、触媒と有機溶媒の接触による発熱等を防止する目的で、触媒が担持された導電剤と水とを混合し、これを前記したイオン伝導性付与剤に混合しても良い。
【0064】
ここで、結着剤とはカソード触媒層を形作り、その形状を保持するための物質で、一般的に各種熱可塑性樹脂が用いられる。熱可塑性樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、スチレン・ブタジエン共重合体、アクリロニトリル・ブタジエン共重合体が例示される。該結着剤の含有量は、カソード触媒層の湿潤し易い性状を妨げないよう、カソード触媒層の0〜25質量%であることが好ましい。また、結着剤は、単独で使用しても良いし、2種類以上を混合して使用しても良い。触媒が担持されていない導電剤としては、上記した触媒を担持させる導電剤として例示されたものが使用可能である。
【0065】
カソード触媒層形成用組成物には、上記イオン伝導性付与剤を1〜70質量%含むことが好ましく、2〜50質量%含むことが特に好ましい。また、カソード触媒層形成用組成物には、触媒金属質量で表して、触媒を0.5〜99質量%含むことが好ましく、1〜97質量%含むことが特に好ましい。触媒が担持された導電剤を用いる場合、触媒金属含有量で前記の範囲であれば、導電剤の含有量は制限されない。
【0066】
カソード触媒層形成用組成物を作製する方法は特に制限なく、当該分野で公知の方法が採用される。例えば、上述のイオン伝導性付与剤と、触媒又は触媒が担持された導電剤等とを混合し、スターラー、ボールミル、混練器等を用いる攪拌や超音波分散等により、1〜24時間混合分散処理してカソード触媒層形成用組成物を調製する方法が挙げられる。
【0067】
本発明のカソード触媒層は、前記のカソード触媒層形成用組成物により所望の形状に形成した後に溶媒を除去することにより作製する。本発明のカソード触媒層を形成する方法は特に制限なく、当該分野で公知の方法が採用される。
【0068】
例えば、上記のカソード触媒層形成用組成物を支持材料に塗布して乾燥させる方法や、上記のカソード触媒層形成用組成物をポリテトラフルオロエチレン製などの剥離シートに塗布して乾燥させる方法、上記のカソード触媒層形成用組成物を電解質膜へ直接塗布して乾燥させる方法が挙げられる。乾燥方法は室温で静置したり、有機溶媒の沸点以下の温度で風乾したりする等、一般に知られている方法を制限なく用いることができる。
【0069】
また、本発明のカソード触媒層は、スクリーン印刷、グラビア印刷、スプレー印刷などの方法でカソード触媒層形成用組成物を印刷した後、乾燥させることによって形成することもできる。
【0070】
乾燥時間は、カソード触媒層形成用組成物に用いる溶媒にもよるが、通常、室温で0.1〜24時間程度である。必要に応じて、減圧下で0.1〜5時間程度乾燥させても良い。
【0071】
通常、塗布又は印刷は、乾燥後のカソード触媒層の厚みが5〜50μmとなるように行われる。
【0072】
支持材料としては、多孔質の材料が使用される。具体的には、カーボン繊維の織布や不織布、カーボンペーパー等が使用される。支持材料の厚みは、50〜300μmが好ましく、その空隙率は50〜90%が好ましい。また、これら支持材料は、従来公知の方法により撥水処理を施しておいても良い。さらには、前記した触媒を担持させる導電剤と、ポリテトラフルオロエチレンなどの撥水作用を持つ結着剤とからなる、導電性多孔質層(multi porous layer、以下「MPL」と呼ぶ)を、触媒層が形成される面上に形成させてから用いても良い。MPLを持った支持材料は、特に、電極反応で水が生成するアノード側で用いるのが好適である。これらの支持材料は、電子伝導性を有しているため、触媒電極層から燃料電池の出力を外部に伝達する役目も担っている。カソード触媒層形成用組成物を支持材料に支持させる場合には、その空隙内及び陰イオン交換樹脂膜との接合側表面に充填及び付着され、カソード触媒層が構成される。
【0073】
上記剥離シートは、剥離性に優れ、表面が平滑な樹脂製シートが好ましく用いられる。特に、厚さ50〜200μmのポリテトラフルオロエチレンやポリエチレンテレフタレートのシートが好ましい。
【0074】
また、前記結着剤は、公知の熱可塑性樹脂を使用することができ、具体的には、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、スチレン−ブタジエン共重合体、アクリルニトリル−ブタジエン共重合体等が挙げられる。これら熱可塑性樹脂は、単独で使用することもできるし、2種類以上を混合して使用することもできる。この結着剤を使用する場合には、特に制限されるものではないが、触媒粒子100質量部に対して、10質量部以下であることが好ましい。
【0075】
(MEA)
本発明の陰イオン交換膜型燃料電池用のMEAは、炭化水素系陰イオン交換膜と、この炭化水素系陰イオン交換膜の一表面上に形成される上記カソード触媒層とからなる構造を含んでなる。即ち、本発明のMEAは、炭化水素系陰イオン交換膜の一表面にカソード触媒層が接合されるMEAであって、該炭化水素系陰イオン交換膜とカソード触媒層との間に、上記イオン伝導性付与剤が介在する。
【0076】
上記炭化水素系陰イオン交換膜のもう一方の表面上には、アノード触媒層が形成されている。ここで、アノード側の構造は従来公知の構造を採用できる。例えば、アノード触媒としては、水素やメタノールなどの燃料の酸化反応を促進する公知の触媒が特に制限なく使用可能である。このようなアノード触媒としては、白金、金、銀、パラジウム、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、オスミウム、スズ、鉄、コバルト、ニッケル、モリブデン、タングステン、バナジウム、あるいはそれらの合金等の金属粒子が例示される。これらの元素の単体又は1種以上を成分として含有する合金として使用される。触媒活性が優れていることから白金族触媒(ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金)、または該白金族触媒と非貴金属の合金を用いるのが好適である。非貴金属との合金の場合、該非貴金属元素としては、チタン、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、クロムが例示される。
【0077】
また、アノード触媒層のイオン伝導性付与剤は、特に制限されず、例えば前記特許文献7に示される陰イオン交換容量が0.5〜1.5mmol/gの炭化水素系陰イオン交換樹脂等が良好に使用できる。もちろん、本発明でカソード触媒層用に使用する前記陰イオン交換容量が1.8〜3.5mmol/gの炭化水素系陰イオン交換樹脂を用いてもいっこうに構わない。その他、前記カソード触媒層で説明した種々の要件も、該アノード触媒層の形成にも良好に準じて適用できる。
【0078】
図2は、本発明のMEAの基本構造を示す概念図である。
図2中、20はMEAであり、25は炭化水素系陰イオン交換樹脂膜である。炭化水素系陰イオン交換樹脂膜25の一表面にはアノード触媒層23が形成されている。炭化水素系陰イオン交換樹脂膜25の他表面には、カソード触媒層27が形成されている。カソード触媒層27は、本発明のイオン伝導性付与剤及びカソード触媒粒子とから形成されている。
【0079】
図3は、本発明のMEAの他の基本構造を示す概念図である。
図3中、30はMEAであり、35は炭化水素系陰イオン交換樹脂膜である。炭化水素系陰イオン交換樹脂膜35の一表面にはアノード触媒層34が形成されている。炭化水素系陰イオン交換樹脂膜35の他表面には、カソード触媒層36が形成されている。カソード触媒層36は、カソード触媒粒子及び本発明のイオン伝導性付与剤を必須成分として形成されている。
図3中の33及び37はガス拡散層である。
【0080】
(i)炭化水素系陰イオン交換樹脂膜
本発明において、炭化水素系陰イオン交換樹脂膜は、公知の炭化水素系陰イオン交換樹脂膜を使用できるが、多孔質膜を母材とし、その空隙部に陰イオン交換樹脂が充填されるものを使用することが好ましい。このような多孔質膜を母材とする炭化水素系陰イオン交換樹脂膜を使用することにより、多孔質膜が補強部分として働くため、電気抵抗を犠牲にすることなく、炭化水素系陰イオン交換樹脂膜の物理的強度を高めることができる。
【0081】
本発明において、炭化水素系陰イオン交換樹脂膜の母材となる多孔質膜は、公知のイオン交換膜の基材として使用できるものを制限なく使用できるが、具体的には、多孔質フィルム、不織布、織布、紙、不織紙、無機膜等を挙げることができる。これら多孔質膜の材質も、特に制限されるものではなく、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、無機物、及びこれらの混合物を使用できる。これらの多孔質膜の中でも、製造が容易であり、機械的強度、化学的安定性、耐薬品性に優れ、陰イオン交換樹脂との馴染みがよい等の観点から、ポリオレフィンからなる多孔質膜(以下、ポリオレフィン系多孔質膜とする)を使用することが好ましい。
【0082】
このようなポリオレフィン系多孔質膜は、エチレン、プロピレン、1−ブテン、1−ペンテン、1−ヘキセン、3−メチル−1−ブテン、4−メチル−1−ペンテン、5−メチル−1−ヘプテン等のα−オレフィンの単独重合体又は共重合体等のポリオレフィンより製造されるものが例示される。これらの中でも、ポリエチレン、又はポリプロピレンからなる多孔質膜が好ましく、特に、ポリエチレンからなる多孔質膜が好ましい。
【0083】
このようなポリオレフィン系多孔質膜は、例えば、特開平9−216964号公報、特開2002−338721号公報等に記載の方法によって得ることもできるし、あるいは、市販品、例えば、旭化成 商品名「ハイポア」、宇部興産 商品名「ユーポア」、東レバッテリーセパレータフィルム 商品名「セティーラ」、三菱樹脂 商品名「エクセポール」等として入手することもできる。
【0084】
このようなポリオレフィン系多孔質膜の平均孔径は、得られる炭化水素系陰イオン交換樹脂膜の膜抵抗の小ささや機械的強度を勘案すると、一般には0.005〜5.0μmであり、0.01〜1.0μmであることがより好ましく、0.015〜0.4μmであることが最も好ましい。また、ポリオレフィン系多孔質膜の空隙率は、上記平均孔径と同様の理由により、一般的には20〜95%であり、30〜80%であることが好ましく、30〜50%であることが最も好ましい。
【0085】
さらに、炭化水素系陰イオン交換樹脂膜の母材となる多孔質膜の膜厚は、一般には3〜200μmの範囲から選択され、膜抵抗のより小さい膜を得る観点等から5〜60μmであることが好ましく、さらに、水素等の燃料透過性の低さ、必要な機械的強度のバランスを考慮すると、7〜40μmであることが最も好ましい。
【0086】
本発明のMEAに使用する炭化水素系陰イオン交換樹脂膜は、好ましくは、前記の多孔質膜の空隙部に陰イオン交換樹脂を充填したものである。この陰イオン交換樹脂は、特に制限されるものではないが、多孔質膜との馴染み、密着性等を考慮すると、陰イオン交換基を除く樹脂部分が、架橋された炭化水素系重合体で構成されることが好ましい。ここで炭化水素系重合体とは、実質的に炭素−フッ素結合を含まず、重合体を構成する主鎖及び側鎖の結合の大部分が、炭素−炭素結合で構成されている重合体を指す。この炭化水素系重合体には、炭素−炭素結合の合間に、エーテル結合、エステル結合、アミド結合、シロキサン結合等により酸素、窒素、珪素、硫黄、ホウ素、リン等の他の原子が少量含まれていてもよい。また、上記主鎖及び側鎖に結合する原子は、全てが水素原子である必要はなく、少量であれば塩素、臭素、フッ素、ヨウ素等の他の原子、又は他の原子を含む置換基により置換されていてもよい。これら炭素と水素以外の元素の量は、陰イオン交換基を除いた樹脂(重合体)を構成する全元素中40モル%以下、好適には10モル%以下であることが好ましい。
【0087】
本発明において、炭化水素系陰イオン交換樹脂膜における陰イオン交換基(多孔質膜の空隙部に充填する陰イオン交換樹脂が有する陰イオン交換基)は、特に制限されるものではないが、製造の容易さ、入手の容易さ等を考慮すると、4級アンモニウム塩基やピリジニウム塩基であることが好ましい。
【0088】
本発明において、前記炭化水素系陰イオン交換樹脂膜の具体的な製造方法を例示すると、ハロゲノアルキル基を有する重合性単量体(例えば、クロロメチルスチレン、ブロモメチルスチレン、ヨードメチルスチレン等)、架橋性重合性単量体(例えば、ジビニルベンゼン化合物)、及び有効量の重合開始剤(例えば、有機過酸化物)を含む重合性組成物を前記多孔質膜と接触させることにより、該多孔質膜の空隙部に該重合性組成物を充填させた後、重合硬化させ、次いで、ハロゲノアルキル基を前記陰イオン交換基に変換する方法(以下、接触重合法とする)を挙げることができる。なお、この接触重合法においては、前記重合性組成物にエポキシ化合物等を配合することもできる。
【0089】
また、前記炭化水素系陰イオン交換樹脂膜のその他の製造方法を例示すると、前記接触重合法において、ハロゲノアルキル基を有する重合性単量体に替えて、スチレン等のハロゲノアルキル基を導入可能な官能基を有する重合性単量体を使用し、前記の通り、重合性組成物を重合硬化させ、ハロゲノアルキル基を導入可能な官能基に、ハロゲノアルキル基を導入し、次いで、導入したハロゲノアルキル基を陰イオン交換基に変更する方法が挙げられる。
【0090】
さらに、他の方法を例示すれば、前記接触重合法において、ハロゲノアルキル基を有する重合性単量体に替えて、陰イオン交換基を導入した重合性単量体を使用して、前記の通り、重合性組成物を重合硬化させる方法を挙げることができる。
【0091】
本発明において、炭化水素系陰イオン交換樹脂膜は、前記の方法の中でも、得られる膜が十分な密着性、及びイオン交換容量を有し、かつ燃料の透過を十分に抑制できるものとなるためには、前記接触重合法により製造することが好ましい。
【0092】
なお、前記炭化水素系陰イオン交換樹脂膜は、上記の製造方法で製造した場合、陰イオン交換基の対イオンがハロゲンイオンとして得られる場合が多い。この場合、該ハロゲンイオンを対イオンとする炭化水素系陰イオン交換樹脂膜は、過剰量のアルカリ水溶液中に浸漬するなどして、対イオンをOH
−、HCO
3−、CO
32−形のいずれか、またはこれらの混合形にイオン交換させることが好ましい。該イオン交換方法には特別な制限はなく、対イオンに応じた公知の方法、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸カリウムナトリウム、炭酸アンモニウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素アンモニウムなどの水溶液に前記ハロゲンイオンを対イオンとする炭化水素系陰イオン交換樹脂膜を、2〜10時間浸漬して行えばよい。操作の安全性や、得られる陰イオン交換樹脂膜の安定性の点から、HCO
3−、CO
32−形とすることが最も好ましい。
【0093】
本発明において、前記炭化水素系陰イオン交換樹脂膜は、通常0.2〜3mmol/g、好適には0.5〜2.5mmol/gの陰イオン交換容量を有し、また、乾燥による陰イオンの伝導性低下が生じ難いように、25℃における含水率が7質量%以上、好適には10〜90質量%程度となるように調整することが好ましい。また、膜厚は、電気抵抗を低く抑える観点及び支持膜として必要な機械的強度を付与する観点から、通常5〜200μmの厚みを有するものが好ましく、より好ましくは10〜100μmを有するものが好ましい。破断強度は0.08MPa以上であることが好ましい。これらの特性を有することで、本発明で用いられる陰イオン交換膜は、25℃、0.5mol/L−塩化ナトリウム水溶液中の膜抵抗が、通常0.05〜1.5Ω・cm
2であり、好ましくは0.1〜0.5Ω・cm
2である(測定方法は、特開2007−188788号公報参照)。
【0094】
(ii)ガス拡散層
本発明のMEAは、炭化水素系陰イオン交換樹脂膜の表面にアノード触媒層および/またはカソード触媒層が形成され、各触媒層上には必要に応じてガス拡散層が形成されていても良い。すなわち、各触媒層として、前記したような支持材料上に形成された触媒層を用いない場合には、更にガス拡散層を形成することが好ましい。ガス拡散層としては、通常、カーボン繊維織布、カーボンペーパー等の多孔質膜が使用される。これらガス拡散層の厚みは、50〜300μmが好ましく、その空隙率は、50〜90%が好ましい。
【0095】
また、これらガス拡散層は、触媒層の支持材料と同様に、撥水化処理を施したり、触媒層に対向する面にMPLを設けても良い。特にアノード側に用いるガス拡散層には撥水化処理やMPLが設けられていることが好ましい。なお、各触媒層として、支持材料上に触媒層が形成されたものを用いる場合には、該支持材料がガス拡散層として機能するため、更にガス拡散層を形成することなく使用することが可能である。
【0096】
(iii)MEAの製造方法
炭化水素系陰イオン交換樹脂膜とカソード触媒層とを接合する方法は特に制限なく、当該分野で公知の方法が採用される。
【0097】
例えば、前記カソード触媒層形成用組成物を炭化水素系陰イオン交換樹脂膜へ直接塗布して乾燥する方法や、前記カソード触媒層形成用組成物をガス拡散層からなる支持材料の表面に塗布してカソード触媒層を有するガス拡散層を得、これを炭化水素系陰イオン交換樹脂膜に積層して接合する方法、前記した剥離シートに塗布して作製したカソード触媒層を炭化水素系陰イオン交換樹脂膜に熱圧着して転写する方法などが挙げられる。
【0098】
即ち、本発明のMEAは、炭化水素系陰イオン交換樹脂膜の一表面に、本発明のイオン伝導性付与剤を用いて形成されたカソード触媒層を有するMEAである。本MEAによれば、上記イオン伝導性付与剤を使用することで、MEAのイオン伝導性や耐久性を一層向上させることができる。そのため、本MEAを用いて形成する陰イオン交換膜型燃料電池は電池出力および耐久性が高くなる。炭化水素系陰イオン交換樹脂膜のもう一方の表面上には、上記カソード触媒層と同様の手法によりアノード触媒層が形成される。
【0099】
本発明において、具体的なMEAの製造方法を示す。
【0100】
先ず、前述の通り、上記カソード触媒形成用組成物を炭化水素系陰イオン交換樹脂膜に直接塗布することにより、本MEAを作製する方法が挙げられる。他にも、本発明のカソード触媒層をその触媒担持面を炭化水素系陰イオン交換樹脂膜に向けて積層し、必要に応じて40〜200℃、好ましくは60〜180℃、さらに好ましくは80〜150℃の温度範囲で熱圧着を行うことにより、本MEAを作製する方法が挙げられる。積層の際には、炭化水素系陰イオン交換樹脂膜と本発明のカソード触媒層との間に、本発明のイオン伝導性付与剤をさらに塗布しても良い。また、本発明のイオン伝導性付与剤を含まない触媒層を予め作製しておき、炭化水素系陰イオン交換樹脂膜とこの触媒層との間に、本発明のイオン伝導性付与剤を挟んで接合しても良い。
【0101】
熱圧着は、ホットプレス機、ロールプレス機等の加圧、加温できる装置を用いて行われる。なお、この温度範囲は、熱圧着する加熱板の設定温度である。熱圧着の圧力は、1〜20MPaの範囲で行うことが好ましい。熱圧着の時間は、特に制限されるものではない。
【0102】
前記方法により得られるMEAは、公知の方法により陰イオン交換膜型燃料電池に組み込むことができる。そして得られる陰イオン交換膜型燃料電池は、下記の実施例で示す通り、優れた耐久性を示し、かつ、高い出力電圧を維持することも可能となる。
【0103】
(陰イオン交換膜型燃料電池)
本発明の陰イオン交換膜型燃料電池は、上記MEAを具備してなる。
【0104】
例えば、上記のように作製されたMEAは、前記した
図1に示すような基本構造の陰イオン交換膜型燃料電池に装着される。
【0105】
(燃料電池の運転方法)
本発明の燃料電池の運転方法を、前記した
図1に示すような基本構造の固体高分子電解質型燃料電池である場合を例に説明する。該燃料電池では、燃料室7に燃料流通孔2を通して燃料が供給され、他方、酸化剤室8には酸化剤ガス流通孔3を通して酸素含有ガスが供給され、これにより発電状態になる。ここで、供給する燃料及び酸素含有ガス中に含まれる二酸化炭素含有量が低いほど高い出力が得られるため、従来公知の方法により二酸化炭素を除去してから燃料電池に供給するのが好ましい。供給ガス中に二酸化炭素が含まれていると、陰イオン交換樹脂膜及び触媒層中の陰イオン交換樹脂に溶解し、電解質のイオン伝導性の低下による出力低下が起こるためである。
【0106】
燃料室7には、水素ガス等の燃料が供給される。この場合は、窒素やアルゴンなどの不活性ガスで希釈して供給してもよい。また、燃料ガスの相対湿度は特に制限されないが、燃料電池の運転温度において、概ね0〜95%RH程度である。燃料電池を小型化、低コストとするためには水素ガスなどの燃料の加湿度を上げないことが好ましく、この場合は燃料ガスの相対湿度は0〜80%RHとなる。燃料ガスの燃料室への供給速度は、通常、電極面積1cm
2当り1〜1000ml/minの範囲で供給すればよい。
【0107】
酸化剤室8に供給する酸化剤ガスは、酸素を含有するガスであればよく、従来公知の酸素含有ガスを用いることができる。酸化剤ガスは、酸素のみからなるガスであってもよく、酸素と他の不活性ガスとの混合ガスであっても良い。不活性ガスとしては、窒素、アルゴンが例示される。混合ガスにおける酸素含有量は、10体積%以上であることが好ましく、15体積%以上であることが特に好ましい。なお、酸素含有量が高いほど高い出力が得られるので好ましい。このような混合ガスとしては、空気が例示される。
【0108】
本発明においては、酸化剤ガスの相対湿度は特に制限されないが、燃料電池の運転温度において、概ね30〜100%RH程度である。
【0109】
一般に、陰イオン交換膜型燃料電池では、酸化剤室に供給される酸素含有ガスの相対湿度は、80〜100%RHとなるように加湿器等を用いて調整される。酸化剤室に供給される酸素含有ガスの相対湿度が80%RH未満の場合、陰イオン交換樹脂膜が乾燥して電気抵抗が高くなり、電池出力が低下することがあるためである。また、陰イオン交換膜型燃料電池の場合には、前述したように、カソード触媒層において酸素及び水が反応して水酸化物イオンが生成する。該水は、気相中から供給されるばかりではなく、電解質膜から供給されるものもあるが、高出力の燃料電池として作動させるためには上記の酸化剤ガスは比較的相対湿度の高いものを使用することが好ましかった。
【0110】
一方で、本発明の陰イオン交換膜型燃料電池においては、そのMEAを形成するカソード触媒層に、本発明のイオン伝導性付与剤が存在する。そしてこのイオン伝導性付与剤は、供給される空気中の水分をより多く取り込み、触媒層の湿潤状態が高く保持される。そのため、本発明の陰イオン交換膜型燃料電池においては、酸化剤室に供給される酸素含有ガスの相対湿度は特に制限されず、例えば燃料電池の運転条件における相対湿度が70%以下であってもよい。燃料電池を小型化、低コストとするためには大気をそのまま取り込んだり、加湿器の消費電力を抑えて運転することが好ましく、この場合の酸化剤ガスの相対湿度は、燃料電池の運転温度において、10〜60%RHとなる。
【0111】
運転温度は、出力の高さや使用する材料の耐久性を勘案すると0℃〜90℃、より好適には30〜80℃(セル温度)であるのが一般的である。
【0112】
上記要件での陰イオン交換膜型燃料電池の運転は、定電流運転、定電圧運転、さらには負荷変動運転のいかなる方式であっても良い。いずれの方式であっても運転開始当初には高い発電能が得られ、例えば定電流運転においては通常、セルの出力電圧は0.2V以上、より好適には0.3V以上が達成される。
【実施例】
【0113】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例及び比較例に示すイオン伝導性付与剤の特性は、以下の方法により測定した値を示す。
【0114】
(1)陰イオン交換容量
陰イオン伝導性付与剤が溶解した溶液(濃度5.0質量%、溶液量2.5g、炭酸水素イオン型)をテフロン(登録商標)のシャーレ上にキャストし、キャストフィルムを作製した。予めイオン交換水でよく洗浄した後に50℃で3時間減圧乾燥させ質量を測定(Dv(g))したヴィスキングチューブ(アズワン株式会社から購入)内に、作製したキャストフィルムをイオン交換水と共に詰め込み、両端を縛った。このチューブを0.5mol/L−HCl水溶液(50mL)に30分間以上浸漬する操作を3回繰り返し、中のキャストフィルムを塩化物イオン型とした。更にイオン交換水(50mL)に浸漬させ洗浄した(10回)。これを0.2mol/L−NaNO
3水溶液(50mL)に30分以上浸漬させ、硝酸イオン型に置換させ遊離した塩化物イオンを抽出した(4回)。更にイオン交換水(50mL)に30分以上浸漬して抽出した塩化物イオンを回収した(2回)。これら塩化物イオンを抽出した溶液を全て集め、硝酸銀水溶液を用いて電位差滴定装置(COMTITE−900、平沼産業株式会社製)で定量した(Amol)。次に、滴定後の膜を0.5mol/L−NaCl水溶液(50g)に30分以上浸漬し、イオン交換水で十分水洗した後にチューブを取り出し、50℃の乾燥機に15時間保持してチューブ内の水分を除いた後、50℃で3時間減圧乾燥させ、その質量を測定した(Dt(g))。上記測定値に基づいて、イオン交換容量を次式により求めた。
陰イオン交換容量=A×1000/(Dt−Dv)[mmol/g−乾燥質量]
【0115】
(2)含水率
上記と同様の方法で作成した、膜厚が50〜70μm程度の陰イオン交換樹脂からなるキャストフィルムを、磁気浮遊式天秤を備えた恒温恒湿槽を有する測定装置(日本ベル社製、「MSB−AD−V−FC」)内にセットした。まず、50℃で3時間減圧乾燥した後の膜質量(Ddry(g))を測定した。次いで、恒温槽の温度を40℃として、槽内の相対湿度を40%に保持し、膜の質量変化が0.02%/60秒以下となった時点で膜質量(D40%(g))を測定した。更に槽内の湿度を90%に変更して保持し、同様に膜の質量変化が0.02%/60秒以下となった時点で膜質量(D90%(g))を測定した。上記測定値に基づいて、含水率を次式により求めた。
相対湿度40%の含水率=((D40%−Ddry)/Ddry)×100[%]
相対湿度90%の含水率=((D90%−Ddry)/Ddry)×100[%]
【0116】
(3)20℃における水への溶解度
上記と同様の方法で作成した、膜厚が50〜70μm程度の陰イオン交換樹脂からなるキャストフィルムを、50℃で3時間減圧乾燥して、膜質量(Ddry1(g))を測定した。次いでこの膜を20℃の水に浸漬し、15時間保持した。その後、膜を水から取り出して、再び50℃で3時間減圧乾燥して、再び膜質量(Ddry2(g))を測定した。上記測定値に基づいて、20℃における水への溶解度を次式により求めた。
水への溶解度=((Ddry1−Ddry2)/Ddry1)×100[%]
【0117】
(4)25℃、相対湿度50%におけるヤング率(MPa)
上記と同様の方法で作成した、膜厚が100μm程度の陰イオン交換樹脂からなるキャストフィルムを、幅15mm×長さ70mmの短冊状に切り出し、チャック間距離が35mmとなるように測定用治具に取り付けた。これを、島津製作所製の恒温恒湿槽を備えたオートグラフ(AGS−500NX)に取り付け、恒温恒湿槽内を25℃、相対湿度50%として、雰囲気が安定してから15分保持した後、引っ張り速度1mm/分で引っ張り試験を行った。得られた応力−ひずみ曲線から、ヤング率(MPa)を計算した。
【0118】
(5)燃料電池出力
(5−1)膜−電極接合体の作成
カソード用のイオン伝導性付与剤が溶解した溶液(濃度5.0質量%、炭酸水素イオン型)4.3g、白金担持カーボン(田中貴金属工業株式会社 燃料電池用触媒 TEC10E50E)0.5g、イオン交換水0.35g、1−プロパノール0.5gを混合して、均一なペーストになるまで撹拌し、触媒層形成用組成物を調整した。この触媒層形成用組成物を、特表2009−507496号公報の実施例5に記載のイオン交換容量が2.1mmol/gの陰イオン交換樹脂膜(株式会社トクヤマ)に、白金の付着量が0.5mg/cm
2 になるように均一にスクリーン印刷し、常温で15時間乾燥して、陰イオン交換樹脂膜上にカソード触媒層を形成した。また、アノード用のイオン伝導性付与剤が溶解した溶液(濃度5.0質量%、炭酸水素イオン型)を用いて、同様にして該陰イオン交換膜の裏面にアノード触媒層を形成し(0.5mg−白金/cm
2)、膜−電極接合体を得た。各触媒層の面積は5cm
2とした。
【0119】
(5−2)燃料電池出力
上記方法により得られた膜−電極接合体を、3mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液に30分浸漬して、陰イオン交換樹脂膜及び触媒層中の陰イオン伝導性樹脂中の対イオンを水酸化物イオンに交換し、これをイオン交換水でよく洗浄した。
【0120】
この膜−電極接合体を2枚のカーボンペーパー(東レ株式会社 TGP−H−060)に挟み、JARI(日本自動車研究所)標準セルに準拠した燃料電池セルに組み込んだ。セパレーターには、サーペンタイン型の流路を設けた炭素ブロックを用いた。セル温度を60℃に設定し、アノード室に大気圧の水素を100ml/min(60℃で相対湿度70%)で供給し、カソード室に大気圧の二酸化炭素除去(二酸化炭素濃度0.1ppm以下)空気を200ml/min(60℃で相対湿度50%)で供給して、400mA/cm
2の定電流密度で連続発電試験を行った。上記の条件で予め5時間の発電を行った時点を連続運転開始点と定め、その時の出力を初期出力(mW/cm
2)とした。また、連続運転開始点とそこから30時間後の出力から出力低下率を次式によって求め、出力耐久性の指標とした。
出力低下率=((連続運転開始点の出力−30時間後の出力)/連続運転開始点の出力×100)/30[%/hr]
【0121】
(製造例1)
市販のポリスチレン−ポリ(エチレン−ブチレン)−ポリスチレントリブロック共重合体(重量平均分子量7万、スチレン含有量42質量%)40g(ベンゼン環161mmol含有)をクロロホルム520gとクロロメチルメチルエーテル760g(9.4mol)の混合溶媒に溶解し、さらにクロロホルム83gに塩化スズ(IV)35g(134mmol)を溶解した溶液を添加して、窒素雰囲気中35〜40℃で2時間反応し、樹脂中にクロロメチル基を導入した。1,4−ジオキサンと水の1:1混合溶液200mlを反応溶液中へ投入して反応を停止した後、メタノール水溶液6000mlに投入して樹脂を析出させ、メタノールで数回洗浄後、25℃で15時間以上乾燥することで、クロロメチル基含有樹脂としてベンゼン環にクロロメチル基を導入したポリスチレン−ポリ(エチレン−プロピレン)−ポリスチレントリブロック共重合体45.5gを得た。
【0122】
なお、原料として使用したトリブロック共重合体の重量平均分子量は、東ソー株式会社製のHLC−8220GPCを用いて、以下の条件の下、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー法による求めた。
カラム温度:40℃
カラム:TSK gel SuperMultipore 2本
溶離液:テトラヒドロフラン
検出器:RI
分子量検量方法:ポリスチレンスタンダード(東ソー株式会社製 TSKstandardPOLYSTYRENE)を用いて作製した較正曲線から換算
【0123】
上記方法で得られたクロロメチル基含有樹脂40gを、30%トリメチルアミン水溶液823g、アセトン594g、水2560gの混合溶液に浸漬し、25℃で15時間以上撹拌した。この樹脂溶液を1mol/Lの塩酸2000mlに投入し、ろ過して得られたハロゲンイオンを対イオンとする陰イオン交換樹脂を塩酸で2回洗浄後、イオン交換水で数回水洗した。さらに0.5mol/Lの炭酸水素ナトリウム水溶液4Lに4回以上浸漬し、イオン交換水で数回洗浄した。この樹脂を2000mlのテトラヒドロフランで5回洗浄し、25℃で15時間以上乾燥して、対イオンが炭酸水素イオン型の4級アンモニウム塩基を導入したポリスチレン−ポリ(エチレン−プロピレン)−ポリスチレントリブロック共重合体(陰イオン伝導性樹脂)51.9gを得た。
【0124】
上記方法で得られた陰イオン伝導性樹脂45gを、テトラヒドロフラン1217gと1−プロパノール746gの混合溶媒中に投入して、25℃で24時間撹拌して樹脂を溶解した。溶液に含まれる浮遊物(濾紙の破片など)を、遠心分離機を用いて取り除いた後、ロータリーエバポレーターにて、100hPaに減圧し、40℃の温度で溶媒を約1500g留去した。その後、溶液質量が746gになるように1−プロパノールを加え、40hPaに減圧し、40℃の温度で溶媒を約700g留去した。溶液質量が746gになるように1−プロパノールを加えた後、溶液のガスクロマトグラフィー測定を実施し、テトラヒドロフラン由来のピークが検出されないことを確認した。得られた陰イオン伝導性樹脂の1−プロパノール溶液(746g)の溶液濃度測定を行った結果、該陰イオン伝導性樹脂濃度は5.7質量%であった。得られた陰イオン伝導性付与剤溶液は、均一な溶液であった。ここに1−プロパノール(104g)を加え、溶液濃度5.0質量%のイオン伝導性付与剤を得た(850g)。このイオン伝導性付与剤の物性値は表1の通りであった。
【0125】
なお、溶液のガスクロマトグラフィー測定は、株式会社島津製作所製のGC−14Bを用いて、以下の条件の下で測定した。
カラム温度:150℃
カラム:Sunpak−A50 C−803
キャリアガス:高純度ヘリウム 60mL/min
検出器:TCD 230℃、80mA
サンプル量:1μL
【0126】
(製造例2)
製造例1のイオン伝導性付与剤の製造において、市販のポリスチレン−ポリ(エチレン−ブチレン)−ポリスチレントリブロック共重合体を、重量平均分子量5万、スチレン含有量30質量%のものに変更し、クロロメチル化反応に使用するクロロホルムを768g、クロロメチルメチルエーテルを548g、塩化スズ(IV)を25gに変更し、陰イオン伝導性樹脂の溶解においてテトラヒドロフラン1000gと1−プロパノール1000gの混合溶媒を使用した以外は製造例1と同様の操作を行い、イオン伝導性付与剤を得た。このイオン伝導性付与剤の物性値は表1の通りであった。
【0127】
(参考例1)
製造例1の陰イオン伝導性樹脂の製造において、市販のポリスチレン−ポリ(エチレン−ブチレン)−ポリスチレントリブロック共重合体を、重量平均分子量5万、スチレン含有量30質量%のものに変更し、クロロメチル化反応に使用するクロロホルムを760g、クロロメチルメチルエーテルを513g、塩化スズ(IV)を10gに変更し、陰イオン伝導性樹脂の溶解においてテトラヒドロフラン1000gと1−プロパノール1000gの混合溶媒を使用した以外は製造例1と同様の操作を行い、イオン伝導性付与剤を得た。このイオン伝導性付与剤の物性値は表1の通りであった。
【0128】
(参考例2)
製造例1の陰イオン伝導性樹脂の製造において、市販のポリスチレン−ポリ(エチレン−ブチレン)−ポリスチレントリブロック共重合体を、重量平均分子量5万、スチレン含有量67質量%のものに変更し、クロロメチル化反応に使用するクロロホルムを450g、クロロメチルメチルエーテルを1093g、塩化スズ(IV)を41gに変更し、陰イオン伝導性樹脂の溶解においてテトラヒドロフラン1000gと1−プロパノール1000gの混合溶媒を使用した以外は製造例1と同様の操作を行い、イオン伝導性付与剤を得た。このイオン伝導性付与剤の物性値は表1の通りであった。この陰イオン伝導性付与剤から調整したキャストフィルムは相対湿度90%では溶解しなかったが、20℃の水中では全て溶解したため、燃料電池出力評価は実施しなかった。
【0129】
【表1】
【0130】
(実施例1)
製造例1で作成した陰イオン伝導性樹脂を、本発明の陰イオン伝導性付与剤として用いカソード触媒層を形成した。また、参考例1の陰イオン伝導性付与剤を使用してアノード触媒層を形成した。得られた膜−電極接合体を用いた陰イオン交換膜型燃料電池の連続発電試験結果を表2に示した。
【0131】
(実施例2)
製造例2で作成した陰イオン伝導性樹脂をカソード触媒層に用いた以外は、実施例1と同様にして、膜−電極接合体を作製し、燃料電池セルに組み込み発電試験を行った。得られた膜−電極接合体を用いた陰イオン交換膜型燃料電池の連続発電試験結果を表2に示した。
【0132】
(比較例1)
実施例1においてアノードに使用した含水率の低い陰イオン伝導性付与剤を、アノードとカソードの両方に使用した以外は実施例1と同様に膜−電極接合体を作製し、燃料電池セルに組み込み発電試験を行った。これらの結果を表2に示した。
【0133】
【表2】
【0134】
比較例は、イオン伝導性付与剤として、カソードに含水率の低い炭化水素系陰イオン伝導性樹脂溶液を用いた例であるが、保水性が低いため、実施例の結果と比べて燃料電池の初期出力が低く、出力低下率が大きくなっている。