(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記水溶性有機溶剤スラリーを用意する工程(A)は、前記原料ニッケル粉末の凝集体に、水を添加して、ニッケル粉末の水スラリーを用意する工程(A1)と、該ニッケル粉末の水スラリーに、水溶性有機溶剤を添加して、ニッケル粉末の水溶性有機溶剤スラリーに置換する工程(A2)からなることを特徴とする請求項1に記載のニッケル粉末の製造方法。
前記水溶性有機溶剤スラリー中の水分量は、水溶性有機溶剤スラリー中の全溶媒の全量に対して、5.0質量%以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のニッケル粉末の製造方法。
【背景技術】
【0002】
ニッケル粉末は、厚膜導電体を作製するための導電ペーストの材料として、使用されている。厚膜導電体は、電気回路の形成や、積層セラミックコンデンサ(MLCC)および多層セラミック基板等の積層セラミック部品の電極などに用いられている。
また、携帯電話やデジタル機器に代表される電子機器では、年々、使用される電子部品の軽薄短小化が進んでおり、チップ部品である積層セラミックコンデンサについても、小型化、大容量化が進んでいる。
積層セラミックコンデンサの内部は、誘電体と内部電極が交互に重なった積層体が配置され、該積層体の外側に対向して外部電極が該積層セラミックコンデンサの両端部に取り付けられた構造をしている。
【0003】
また、積層セラミックコンデンサの製造方法は、以下に示すとおりである。
まず、ニッケル粉末とエチルセルロース等の樹脂とターピネオール等の有機溶剤等とを混練した導電ペーストを誘電体グリーンシート上にスクリーン印刷する。印刷された導電ペーストが交互に重なるように誘電体グリーンシートを積層し、圧着する。
その後、積層体を所定の大きさにカットし、有機バインダとして使用したエチルセルロース等の樹脂の燃焼、除去を行う脱バインダ処理を行って、1300℃まで高温焼成する。そして、このセラミック体に外部電極を取り付けて積層セラミックコンデンサとする。
上記積層セラミックコンデンサの製造工程の脱バインダ処理工程において、触媒活性が制御されていないニッケル粉を用いた場合、ニッケル粉末近傍では、通常樹脂が分解される温度よりも、低温で分解される。これは、ニッケル自体に樹脂の加熱分解を促進する作用があり、触媒活性と呼ばれている。しかし、ニッケル粉末を用いていない誘電体層などの樹脂は、この温度では分解されないため、部分的樹脂分解にて発生したガスがコンデンサ内部に閉じ込められるため、部分的に内部電極の不連続性や誘電体層と内部電極層との剥離が発生する。従って、脱バインダ処理工程での上記不具合を防止するために、ニッケル粉末表面の触媒活性を制御することが重要である。
【0004】
このため、触媒活性を制御するために、ニッケル粉末表面に硫黄を付着させる方法が検討報告されている。さらに、単にニッケル粉末表面に硫黄を付着させるだけでなく、付着した硫黄の形態によっても差がみられ、特に触媒活性の制御には、硫化ニッケルが効果的であると言われている。
この問題の解決策として、ニッケル粉末を水中にてスラリー化し、得られたスラリー中に、特定の硫黄化合物を添加することで、ニッケル粉の触媒活性を制御する方法が開示されている(特許文献1参照。)。
この特許文献1に開示の発明では、ニッケル表面の硫黄の形態が、硫化ニッケルが50%以上にはなるが、硫化ニッケルと硫酸ニッケルの両方で存在しており、ニッケル表面の硫化物形態へ完全には制御できておらず、触媒活性の制御が十分でないと考えられる。硫酸ニッケルができる理由としては、水中の溶存酸素等により硫化物が硫酸形態になってしまうことが影響していると考えられる。
また、ニッケル粉末と有機溶剤に溶解した硫黄含有有機化合物を混合することで、硫化ニッケルをニッケル表面に付着させる方法が開示されている(特許文献2、3参照。)。
【0005】
本発明者らの知見では、これらの開示された発明に準ずる手法では、ニッケル表面の硫化物形態を硫化ニッケルにすることには効果的であるが、硫黄含有有機化合物は、ニッケル表面に付着し難く、投入した硫黄含有有機化合物量に比べて、ニッケル表面への付着量が少なくなり、効率が低いという問題がある。また、硫黄含有有機化合物にて、ニッケル表面に硫化ニッケルを付着させる方法では、同時に、ニッケル粉末中の炭素含有量が増大し、脱バインダ処理工程中のガス発生量が増大するとの問題点もある。これは、ニッケル粉末の生成時に、コロイド剤や錯化剤として有機化合物が使われることの多い湿式還元法では、特に無視できない問題点となる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、上記従来技術の問題点に鑑み、ニッケル粉末表面の硫黄の形態が、硫化ニッケルで存在し、脱バインダ性に優れた積層セラミックコンデンサの内部電極用に好適なニッケル粉末の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成するために、硫黄を含有するニッケル粉末を製造する方法において、脱バインダ性の改善について、鋭意研究を重ねた結果、ニッケル粉末を含む酸化抑制作用を有する水溶性有機溶剤(以下、水溶性有機溶剤と呼称する場合がある。)のスラリーと、硫化物を溶解した水溶性有機溶剤を混合することにより、硫化物を硫酸形態にさせることなく、ニッケル粉末表面に硫化ニッケルを容易に形成せしめ、脱バインダ性に優れたニッケル粉末が得られることを見出し、この知見により、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の第1の発明によれば、原料ニッケル粉末を硫化物で湿式処理して、ニッケル粉末表面に
ニッケル粉末全体に対して0.02〜0.50質量%の硫黄が存在し、硫黄のうち硫化ニッケルとして存在する割合が、ニッケル粉末表面をX線光電子分光(XPS)にてS2pスペクトルを測定したとき、硫化ニッケルに帰属されるピーク面積と硫酸ニッケルに帰属されるピーク面積の合計に対して、硫化ニッケルに帰属されるピーク面積
で80%以上であるニッケル粉末を製造する方法であって、
(A)メタノール、エタノール、1−プロパノールまたは2−プロパノールから選ばれる少なくとも1種の水溶性有機溶剤を溶媒とした、原料ニッケル粉末を含む水溶性有機溶剤スラリーを用意する工程と、
(B)該水溶性有機溶剤スラリーに、前記の水溶性有機溶剤に溶解した、硫化水素ナトリウム、硫化ナトリウム、硫化カリウムまたは硫化アンモニウムから選ばれる少なくとも1種の硫化物を混合させる工程と、
(C)得られた硫化物を含有した水溶性有機溶剤スラリーから、ニッケル粉末を固液分離する工程と、
(D)分離されたニッケル粉末を乾燥させる工程、
を含む製造工程からなることを特徴とするニッケル粉末の製造方法が提供される。
【0010】
本発明の第2の発明によれば、第1の発明において、前記水溶性有機溶剤スラリーを用意する工程(A)は、前記原料ニッケル粉末の凝集体に、水を添加して、ニッケル粉末の水スラリーを用意する工程(A1)と、該ニッケル粉末の水スラリーに、水溶性有機溶剤を添加して、ニッケル粉末の水溶性有機溶剤スラリーに置換する工程(A2)からなることを特徴とするニッケル粉末の製造方法が提供される。
また、本発明の第3の発明によれば、第1又は2の発明において、前記原料ニッケル粉末は、湿式還元反応工程により生成されたことを特徴とするニッケル粉末の製造方法が提供される。
【0011】
また、本発明の第4の発明によれば、第1〜3のいずれかの発明において、前記水溶性有機溶剤スラリー中の水分量は、水溶性有機溶剤スラリー中の全溶媒の全量に対して、5.0質量%以下であることを特徴とするニッケル粉末の製造方法が提供される。
さらに、本発明の第5の発明によれば、第1
〜4のいずれかの発明において、前記ニッケル粉末は、形状が球状であり、かつ平均粒径が0.05〜1μmであることを特徴とするニッケル粉末の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明のニッケル粉末の製造方法は、湿式法であるため操作が容易で、生産性が良好である。そして、得られたニッケル粉末は、表面が硫化ニッケルで覆われているため、触媒活性が制御されているから、脱バインダ性の優れ、積層セラミックコンデンサの内部電極用に好適なニッケル粉末であるので、その工業的価値は極めて大きい。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明のニッケル粉末の製造方法を詳細に説明する。
1.ニッケル粉末の製造方法
本発明のニッケル粉末の製造方法は、原料ニッケル粉末を硫化物で湿式処理して、ニッケル粉末表面に
ニッケル粉末全体に対して0.02〜0.50質量%の硫黄が存在し、硫黄のうち硫化ニッケルとして存在する割合が、ニッケル粉末表面をX線光電子分光(XPS)にてS2pスペクトルを測定したとき、硫化ニッケルに帰属されるピーク面積と硫酸ニッケルに帰属されるピーク面積の合計に対して、硫化ニッケルに帰属されるピーク面積
で80%以上であるニッケル粉末を製造する方法であって、
(A)メタノール、エタノール、1−プロパノールまたは2−プロパノールから選ばれる少なくとも1種の水溶性有機溶剤を溶媒とした、原料ニッケル粉末を含む水溶性有機溶剤スラリーを用意する工程と、
(B)該水溶性有機溶剤スラリーに、前記の水溶性有機溶剤に溶解した、硫化水素ナトリウム、硫化ナトリウム、硫化カリウムまたは硫化アンモニウムから選ばれる少なくとも1種の硫化物を混合させる工程と、
(C)得られた硫化物を含有した水溶性有機溶剤スラリーから、ニッケル粉末を固液分離する工程と、
(D)分離されたニッケル粉末を乾燥させる工程、
を含む製造工程からなることを特徴とする。
【0015】
なお、以下の製造方法の説明では、代表例として、湿式還元法により、原料ニッケル粉末を生成しているが、例えば、固体のニッケル塩を還元剤で還元する固相還元法やニッケル塩蒸気を水素ガスで還元する気相還元法等の乾式還元法により生成した原料ニッケル粉末にも、適用可能である。
【0016】
(1)原料ニッケル粉末を含む水溶性有機溶剤スラリーを用意する工程(A)
先ず、代表例として、湿式還元法により、原料ニッケル粉末を作製する方法について、説明し、次いで、原料ニッケル粉末を含む水溶性有機溶剤スラリーを作製する方法を説明する。
【0017】
(1−1)湿式還元反応工程
湿式還元反応工程は、水中にてニッケル粉末を製造する方法である。
上記工程において、ニッケル粉末の製造方法は、特に限定されるものではなく、ニッケル塩水溶液を、還元剤により還元させ、原料ニッケル粉末の凝集体を生成し、水溶液中に沈降させ、スラリーとすることが好ましい。その理由は、以降の置換工程を容易に進行させるためである。
ここで用いる装置としては、特に限定されるものではなく、ニッケル粉末のスラリーの製造に通常用いられる装置、すなわち撹拌装置が設置された反応槽が用いられ、還元反応を行うことを考慮すると、耐薬品性のある材質からなる反応槽であることが好ましい。
【0018】
ニッケル塩は、水溶性であれば、特に限定されるものではなく、例えば、塩化ニッケルまたは硝酸ニッケル等から選ばれる少なくとも1種類とすればよい。これらのニッケル塩の中では、特に水溶液の廃液処理が簡易である塩化ニッケルが好ましい。
【0019】
また、還元剤は、特に限定されるものではないが、ヒドラジン、ヒドラジン化合物、水素化ホウ素ナトリウム等から選ばれる少なくとも1種類を含む還元剤を用いることが好ましい。これらの還元剤の中では、特に不純物が少ない点で、ヒドラジンが最も好ましい。また、これらの還元剤は、pHを10以上とすると、還元反応速度が速くなるため、アルカリ性物質も添加するのが好ましい。
【0020】
さらに、球状で単分散のニッケル粉末を得るために、ニッケルよりも貴な金属塩、錯化剤、コロイド剤等を添加することも好ましい。
ニッケルよりも貴な金属塩の一例として、水溶性の金塩、銀塩、プラチナ塩、パラジウム塩、ロジウム塩、イリジウム塩、銅塩が挙げられ、また、錯化剤の一例として、アンモニウム、若しくはカルボキシル基を有する蟻酸、酢酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、アスコルビン酸が挙げられ、さらに、コロイド剤の一例として、ゼラチン、ポリビニルピロリドン、アラビアゴム、ヘキサメタリン酸ナトリウム、ポリビニルアルコールが挙げられる。
なお、本発明の製造方法で得られるニッケル粉末の硫黄は、大部分が硫化物の形態でその表面に含有されるため、還元反応工程にて用いられるニッケル塩、還元剤等の薬液には、硫酸を極力含まないように選定することが必要である。
【0021】
(1−2)反応後液置換工程
反応後液置換工程は、上記(1−1)で得られた原料ニッケル粉末の凝集体を含有する反応後液から、反応後液を取り除き、純水を添加し、ニッケル粉末の凝集体を保持したまま洗浄し、ニッケル粉末の凝集体を反応後液中から水中へ置換し、ニッケル粉末の水スラリーを得る工程である。すなわち、ニッケル粉末の水スラリーを用意する工程(A1)である。
上記工程において、液置換方法(水置換方法)は、特に限定されるものではないが、ニッケル粉末が大気に触れないことが好ましい。液置換する方法としては、例えば、静置沈降後に上澄み液を抜き取り、抜き取った分の水を加え、撹拌し、沈降させることを、数回繰り返す置換方法や、不活性ガス雰囲気中下でろ過、水洗、スラリー化を行う方法等がある。また、使用する水は、不純物による汚染を防止するために、純水であることが好ましい。
【0022】
(1−3)溶剤置換工程(A2)
溶剤置換工程は、(1−2)で得られたニッケル粉末の水スラリーの水、好ましくは純水を取り除き、ニッケル粉末の凝集体を水中から水溶性有機溶剤へ置換し、ニッケル粉末の水溶性有機溶剤スラリーを得る工程(A2)である。
上記工程(A2)において、液置換方法(水溶性有機溶剤置換方法)は、特に限定されるものではないが、ニッケル粉末の凝集体が大気に触れないことが好ましい。
液置換する方法としては、例えば、静置沈降後に上澄み液を抜き取り、抜き取った分の水溶性有機溶剤を加え、撹拌し、沈降させることを、数回繰り返す方法や、不活性ガス雰囲気中下でろ過、水溶性有機溶剤洗浄、スラリー化を行う方法等がある。
【0023】
上記工程(A2)で使用する水溶性有機溶剤は、酸化抑制作用を有する水溶性の有機溶剤であればよく、特に限定させるものではないが、アルコールが好ましく、メタノール、エタノール、1−プロパノール又は2−プロパノールから選ばれる1種もしくは混合した物を用いるのが特に好ましい。特に、廃液処理の容易さから、エタノールを用いることが好ましい。
【0024】
水溶性有機溶剤置換後の水溶性有機溶剤スラリー中の水分量は、水溶性有機溶剤スラリー中の全溶媒の全量に対して、5.0質量%以下、好ましくは1.0質量%以下とする。水溶性有機溶剤スラリー中の水分量が5.0質量%を超えると、後述する硫化物処理にて、硫化物が酸化して硫酸となるおそれがあり、得られたニッケル粉末の表面に存在する硫黄の形態の80%以上が硫化ニッケルとならないことがある。
このようにして、酸化抑制作用を有する水溶性有機溶剤を溶媒とした原料ニッケル粉末を含む水溶性有機溶剤スラリーを準備することができる。
【0025】
(2)硫化物処理工程(B)
硫化物処理工程(B)は、上記(1)で得られたニッケル粉末の水溶性有機溶剤スラリーと、硫化物を溶解した水溶性有機溶剤とを混合する工程である。すなわち、水溶性有機溶剤スラリーに、酸化物抑制作用を有する水溶性有機溶剤に溶解した硫化物を混合させる工程である。
上記工程(B)にて、硫化物を、水よりも溶存酸素が少ない水溶性有機溶剤を用いて、硫化物処理を行うと、ニッケル粉末の表面に存在する硫黄の形態の80%以上が、硫化ニッケルの形態であるように、制御することができる。
また、上記水溶性有機溶剤は、酸化抑制作用があるため、硫化物が酸化して、硫酸塩になることを防止する効果もあり、ニッケル粉末表面に、硫化ニッケルが形成されることを促進する。
なお、上記(1−3)溶剤置換工程で用いた水溶性有機溶剤と硫化物処理工程(B)で用いる水溶性有機溶剤は、同一であることが好ましい。
【0026】
上記工程(B)において、先ず、水溶性有機溶剤置換で得られた水溶性有機溶剤スラリーを撹拌し、水溶性有機溶剤とニッケル粉末の凝集体が均一な濃度になった後に、水溶性有機溶剤に硫化物を溶解させた溶液(以下、硫化物溶液と呼称する場合がある。)と混合することが好ましい。
硫化物溶液を用いる理由としては、ニッケル粉末表面への硫黄付着の均一性を上げるためである。
また、上記工程(B)は、硫化物が雰囲気から酸化して硫酸塩になることを防止するために、不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。
【0027】
水溶性有機溶剤とニッケル粉末の凝集体と硫化物の混合溶液中、上記硫化物溶液を用いる場合、溶液中の硫化物濃度としては、特に限定されるものではないが、硫黄換算で6〜600g/Lとすることが好ましい。すなわち、硫化物濃度が、硫黄換算で6g/L未満では、水溶性有機溶剤スラリー中の水溶性有機溶剤量が増加し、生産性が低下する。一方、硫化物濃度が硫黄換算で600g/Lを超えると、得られるニッケル粉末中の粒子によって含有される硫黄量が均一でない場合がある。
【0028】
上記工程で用いる本発明の製造工程により得られるニッケル粉末の硫黄含有量は、0.02〜0.50質量%であることが好ましい。ニッケル粉末の硫黄含有量が0.02質量%より少ないと、ニッケルの触媒活性の制御が充分に行えず、脱バインダの温度を高温化することが困難である。また、硫黄含有量が0.50質量%を超えると、脱バインダの温度を高温化することには効果があるが、積層セラミックコンデンサ製造時に不具合を生じる可能性や、硫黄含有ガスがコンデンサ製造装置を腐食する可能性がある。
上記硫化物溶液中の硫黄換算濃度は、水溶性有機溶剤スラリー中のニッケル粉末に対して、上記ニッケル粉末の硫黄含有量の範囲となるように調整することになるが、概ね硫化物溶液中の硫黄換算濃度と得られたニッケル粉末の硫黄含有量は、ほぼ同等となる。
【0029】
上記工程(B)で用いる硫化物は、硫化水素ナトリウム、硫化ナトリウム、硫化カリウムまたは硫化アンモニウムから選ばれる少なくとも1種を、好適に用いることができる。
【0030】
上記工程(B)で用いるスラリー温度としては、特に限定されるものではなく、室温で十分であるが、低温にて反応が進みにくい場合には、加温しても良い。一方、温度が高すぎると、反応が急激に起こり、硫黄量の均一性が損なわれる可能性や、水溶性有機溶剤が揮発する可能性があるので、40℃以下とすることが好ましい。
また、上記工程(B)で用いる反応の保持時間としては、特に限定されるものではなく、硫化物とニッケル粉末が十分に反応する時間とすればよく、ニッケル粉末の表面に含有された硫黄量を測定するとともに、原料として用いたニッケル粉末の表面性状および反応時のスラリー温度等を勘定して決めればよい。また、酸化防止のため、不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。
【0031】
(3)固液分離工程(C)
固液分離工程(C)は、上記(2)にて得られた水溶性有機溶剤スラリーから、ニッケル粉末を固液分離する工程である。
上記工程(C)で固液分離する方法としては、特に限定されるものではなく、通常、微粉末の固液分離に用いられる方法でよく、たとえば、吸引ろ過、遠心分離機等による固液分離方法を用いることができる。また、スラリー中のニッケル粉末を沈降させて、上澄み液を除去する程度の固液分離でもよい。この時、酸化防止のため、不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。
【0032】
(4)乾燥工程(D)
乾燥工程(D)は、上記(3)にて得られた固形分を、真空下または不活性ガス雰囲気下にて乾燥する工程である。
ここで、真空下または不活性ガス雰囲気下で乾燥することにより、ニッケル粉末表面に形成された硫化物の酸化を防止することができ、さらに、ニッケル粉末自体の酸化を防止することができる。なお、不活性ガスとしては、窒素ガス、または希ガスが用いられる。ここで、乾燥温度としては、100℃以下とすることが好ましい。
【0033】
また、乾式還元法により生成した酸素含有量の少ない原料ニッケル乾燥粉末を、水溶性有機溶剤中に分散させ、水溶性有機溶剤スラリーとし、水溶性有機溶剤中に溶解させた硫化物と混合させ、上記に準ずる(3)固液分離工程(C)、(4)乾燥工程(D)を行い、硫黄含有ニッケル粉末を得ても良い。
【0034】
2.ニッケル粉末
上記のニッケル粉末の製造方法によって、ニッケル粉末の酸素含有量が少なく、硫黄がニッケル粉末の表面部分に含有され、かつ大部分が硫化物の形態であるニッケル粉末が得られる。
ここで、硫黄のうち硫化ニッケルとして存在する割合は、ニッケル粉末表面をX線光電子分光(XPS)にてS2pスペクトルを測定され、硫化ニッケルに帰属されるピーク面積と硫酸ニッケルに帰属されるピーク面積の合計に対して、硫化ニッケルに帰属されるピーク面積
の80%以上が硫化ニッケルの形態であり、硫酸ニッケルの形態は、非常に少ないことが重要である。
ニッケル粉末の表面に形成されるニッケルと硫黄の化合物の形態で、硫酸ニッケルと比して硫化ニッケルの比率が高くなる程、積層セラミックコンデンサの製造工程において、バインダに対するニッケルの触媒活性が抑制される傾向がある。
これは、詳細は不明であるが、触媒活性に対する効果は、硫酸ニッケルよりも硫化ニッケルの方が高いためであると考えられる。
また、ニッケル粉末表面の硫黄の形態は、X線光電子分光(X−ray photoelectron spectroscopy、以下XPSと呼称する。)により、S2pスペクトルから容易に測定することができる。
【0035】
上記ニッケル粉末の形状としては、球状であり、かつその平均粒径としては、0.05〜1μmであることが好ましい。これによって、電気回路の形成や積層セラミックコンデンサ用の導電ペースト材料として、好適に用いられる。
すなわち、ニッケル粉末を球状とすることで、導電ペーストを用いて厚膜導電体を得たとき、厚膜導電体中のニッケル粒子を均一に分散させることができるとともに、ニッケル粒子の密度を向上させることができる。また、平均粒径が0.05μm未満では、凝集が激しく、導電ペースト中でニッケル粒子を十分に分散させることができない場合があり、かつニッケル粉末の取扱いも容易でなくなるため、好ましくない。一方、平均粒径が1μmを超えると、導電ペーストを用いて得た厚膜導電体の表面の凹凸が大きなリ、積層セラミックコンデンサなどに用いて内部電極として積層したときに、電極間が短絡するおそれがある。
なお、ニッケル粉末の平均粒径は、走査型電子顕微鏡(SEM)観察から各粒子の直径を求め、その平均値より求める。
以上のように、本発明の
製造方法によって得られたニッケル粉末は、電子部品の電極用、特に積層セラミックコンデンサの内部電極用として好適である。
【実施例】
【0036】
以下、本発明の実施例及び比較例によって、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例によって何ら限定されるものではない。
なお、実施例及び比較例で用いたニッケル粉末の平均粒径、その硫黄含有量、ニッケル粉末表面の硫黄の存在形態およびニッケル粉末の触媒活性の評価方法は、以下の通りである。
【0037】
(1)ニッケル粉末の平均粒径:
走査型電子顕微鏡(日本電子社製、JSM−5510)を用いて、倍率20,000倍の写真(縦19.2μm×横25.6μmの範囲に相当)を撮影し、写真中の粒子形状の全様が見える粒子の面積を測定し、面積から各粒子の直径を求め、その平均値により定めた。
(2)ニッケル粉末の硫黄含有量:
炭素、硫黄同時分析装置(LECO社製、
CS−600)にて測定した。
【0038】
(3)ニッケル粉末表面の硫黄の存在形態:
XPS(VG Scientific社製、ESCA、LAB220i−XL)を用いて、ニッケル粉末表面S2pスペクトルを測定し、そのスペクトルから、存在形態を特定した。また、その存在形態別のニッケルの割合は、ピーク面積から求めた。
ここで、XPS測定によるニッケルの化学結合状態の解析において、ニッケルと硫黄の結合状態を示すS2pスペクトルで、硫化ニッケルと硫酸ニッケルに帰属されるピーク面積の総和を100として、硫化ニッケルと硫酸ニッケルの割合を求めた。
【0039】
(4)ニッケル粉末の触媒活性:
有機バインダであるエチルセルロース(以下、ECと省略する場合がある。)をニッケル粉末に対して5質量%物理混合した混合物と、ニッケル粉末のみを、それぞれTG測定装置(マックサイエンス社製、2000SA)を用いて、窒素ガス中、5℃/minの昇温速度で重量変化を測定した。
その後、ECとニッケル粉末を混合したニッケル粉末の重量変化からニッケル粉末のみの重量変化を引き去り、ニッケル粉末中のECの重量変化を求めた。さらに、ニッケル粉末の触媒活性の評価として、ECの重量変化を温度で一次微分して、EC分解速度を求めた。EC分解速度が最大を示す温度を、EC分解温度とした。
【0040】
[実施例1]
先ず、湿式還元反応工程において、原料ニッケル粉末として、塩化ニッケル水溶液を、水酸化ナトリウムを添加したヒドラジンで還元する湿式還元法で製造した硫黄を含有しないニッケル粉末を、反応液置換工程として、反応液中に静置沈降させ、上澄み液を除去し、純水添加後、5分間撹拌させ、その後、静置沈降させる操作を数回繰り返すことにより、反応液と純水の置換を行った。
なお、ニッケル粉末の平均粒径は0.23μmで、形状は球状である。
次に、溶剤置換工程として、上澄み液を除去し、エタノール添加後、1分間撹拌させ、その後、沈降させる操作を数回繰り返すことにより、純水とエタノールの置換を行い、最後に、上澄み液を除去することで、ニッケル粉末含有量が250g/Lのエタノールスラリーを得た。
【0041】
上記操作にて得られたエタノールスラリー中のニッケル粉末に対し、硫化物処理工程として、硫黄換算でその含有量が0.30質量%になるように、秤量した硫化水素ナトリウムをエタノール50mLに溶解させ、硫黄含有溶液を作製した。
続いて、前記エタノールスラリー中に、前記硫黄含有溶液を添加し、室温(20℃)で30分間撹拌した。
固液分離工程として、前記硫黄付着エタノールスラリーを固液分離して得られた粉末を、さらに、乾燥工程として、真空乾燥機にて40℃で乾燥し、表面部分に硫黄を含有したニッケル粉末を得た。
その後、得られたニッケル粉末の硫黄含有量、ニッケル粉末表面の硫黄の形態、およびニッケル粉末の触媒活性を求めた。結果を表1に示す。
【0042】
[比較例1]
実施例1と同様の反応にて、反応後液置換工程までを行い、水スラリーをニッケル粉末含有量が250g/Lになるように、調製した。
その後、ニッケル粉末の硫黄含有量が0.30質量%になるように秤量した硫化水素ナトリウムを50mLの水に溶解させ、硫黄含有水溶液を作製した。
続いて、前記水スラリー中に、前記硫黄含有水溶液を添加し、室温(20℃)で30分間撹拌した。
前記硫黄付着水スラリーを固液分離して得られた粉末を、真空乾燥機にて100℃で乾燥し、表面部分に硫黄を含有したニッケル粉末を得た。
得られたニッケル粉末の硫黄含有量、ニッケル粉末表面の硫黄の形態、およびニッケル粉末の触媒活性を求めた。結果を表1に示す。
【0043】
[比較例2]
実施例1において、硫化物処理工程にて、硫化水素ナトリウムの代わりに、2−メルカプトベンゾイミダゾールを用いたこと以外は、実施例1と同様に操作して、ニッケル粉末を得た。
その後、得られたニッケル粉末の硫黄含有量、およびニッケル粉末表面の硫黄の形態を求めた。結果を表1に示す。
【0044】
【表1】
【0045】
表1から、本発明の要件を満たす製造工程の実施例1では、仕込み量の硫黄がニッケル表面に付着し、表面の硫黄形態は、硫化ニッケルが83%と高い割合であった。また、EC分解強度(最大速度)が0.08と小さかった。
一方、酸化抑制作用を有する水溶性有機溶剤であるエタノールを溶媒として用いない比較例1では、仕込み量の約80%の硫黄がニッケル表面に付着しているが、硫化ニッケルの割合が60%程度となっている。また、EC分解温度は、実施例1と同等であるが、EC分解強度(最大速度)が0.35と高く、急激に分解していることがわかる。
また、硫化物を用いず、特定の硫黄化合物(2−メルカプトベンゾイミダゾール)を用いた比較例2では、仕込み量の硫黄の10分の1しか、ニッケル表面に硫黄が付着しておらず、同等の硫黄仕込み量では、効果が限定的であることがわかる。また、硫黄含有量が少なすぎて、表面の硫黄形態は、測定することができなかった。TGニッケル粉末の触媒活性については、硫黄が所望の効率で付着していないため、測定を行わなかった。