(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6083760
(24)【登録日】2017年2月3日
(45)【発行日】2017年2月22日
(54)【発明の名称】分離生殖細胞の宿主魚類生殖腺への生着率の向上
(51)【国際特許分類】
C12N 5/076 20100101AFI20170213BHJP
C12N 5/077 20100101ALI20170213BHJP
A01K 67/027 20060101ALI20170213BHJP
【FI】
C12N5/076
C12N5/077
A01K67/027
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-507428(P2014-507428)
(86)(22)【出願日】2013年3月25日
(86)【国際出願番号】JP2013002024
(87)【国際公開番号】WO2013145703
(87)【国際公開日】20131003
【審査請求日】2016年3月23日
(31)【優先権主張番号】特願2012-70648(P2012-70648)
(32)【優先日】2012年3月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504196300
【氏名又は名称】国立大学法人東京海洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100102255
【弁理士】
【氏名又は名称】小澤 誠次
(72)【発明者】
【氏名】竹内 裕
(72)【発明者】
【氏名】吉崎 悟朗
(72)【発明者】
【氏名】吉川 廣幸
(72)【発明者】
【氏名】樋口 健太郎
【審査官】
藤澤 雅樹
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2011/118225(WO,A1)
【文献】
特開2011−200169(JP,A)
【文献】
特開2006−101845(JP,A)
【文献】
特開2003−235558(JP,A)
【文献】
矢澤良輔、外4名,「代理親魚技術を用いたクロマグロ種苗生産法の構築(I)〜マサバ仔魚を宿主として用いた精原細胞移植技術の開発〜」,2009年度日本水産学会春季大会講演要旨集,2009年,p.41, 325
【文献】
樋口健太郎、外3名,「精原細胞の異種間移植技術の海産魚への応用(II)〜宿主サイズの最適化と移植後のドナー生殖細胞の追跡〜」,2008年度日本水産学会春季大会講演要旨集,2008年,p.196, 1153
【文献】
吉崎悟朗、外5名,「ブリ精原細胞を移植したマアジ宿主からのブリ次世代の生産」,2011年度日本水産学会秋期大会講演要旨集,2011年,p.57, 427
【文献】
Fish. Oceanogr.,2006年,Vol.15, No.6,p.508-518
【文献】
Aquaculture Sci.,2009年,Vol.57, No.2,p.291-299
【文献】
吉崎悟朗、外4名,「魚類の生殖細胞移植による新たな種苗生産技術の開発―クロマグロを生むサバの作出をめざして―」,ブレインテクノニュース,2011年,No.145,p.21-25
【文献】
Deep Ocean Water Research,2009年,Vol.10, No.1,p.49-53
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
BIOSIS/MEDLINE/WPIDS/WPIX(STN)
PubMed
日経テレコン
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
魚類由来の分離生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類の腹腔内への移植により宿主魚類個体に移植することからなる分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法において、宿主魚類を該宿主魚類の飼育に適合した水温で飼育した後、分離生殖細胞を宿主魚類へ移植し、該移植を受けた宿主魚類個体を、移植前の宿主飼育水温より2〜4℃低い温度で、宿主魚類の腹腔内へ移植した分離生殖細胞が宿主生殖腺への移動,生着をするのに要する期間である少なくとも移植後3週間、飼育することを特徴とする分離生殖細胞の宿主魚類生殖腺への生着能を向上した分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法。
【請求項4】
宿主として、ニベを用い、移植前、飼育水温24℃で飼育したニベに分離生殖細胞を移植した後、21〜20℃の温度で、3週間以上飼育することを特徴とする請求項1に記載の分離生殖細胞の宿主魚類生殖腺への生着能を向上した分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法。
【請求項5】
魚類由来の分離生殖細胞が、ニベ、オオニベ、又は、マグロ由来の分離生殖細胞であることを特徴とする請求項4に記載の分離生殖細胞の宿主魚類生殖腺への生着能を向上した分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法。
【請求項6】
宿主として、マアジを用い、移植前、飼育水温22℃で飼育したマアジに分離生殖細胞を移植した後、20℃の温度で、3週間以上飼育することを特徴とする請求項1に記載の分離生殖細胞の宿主魚類生殖腺への生着能を向上した分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法。
【請求項7】
魚類由来の分離生殖細胞が、ヒラマサ、ブリ、又は、カンパチ由来の分離生殖細胞であることを特徴とする請求項6に記載の分離生殖細胞の宿主魚類生殖腺への生着能を向上した分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、宿主魚類を用い、宿主魚類とは異なる魚類の分離生殖細胞を宿主魚類に移植して生殖細胞系列への分化誘導を行う代理親魚養殖等において、移植した生殖細胞の宿主生殖腺への生着能(生着率)を向上させて、分離生殖細胞の移植による生殖細胞系列への分化誘導における移植効率を増大させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
先に、本発明者らは、魚類において、分離した細胞或いは遺伝的に改変した分離細胞を、宿主個体に移植し、これを生殖細胞系列へ分化誘導する方法、及び、該分化誘導法を用いて、魚類の増殖或いは育種を行う方法について検討する中で、分離生殖細胞を、魚類の孵化前後の魚類個体に移植することにより、該分離生殖細胞を、生殖細胞系列へ分化誘導することができること、即ち、魚類由来の分離生殖細胞を、宿主脊椎動物の孵化前後の魚類個体へ移植することにより、特に、孵化前後の発生段階にある魚類個体の腹腔内腸管膜裏側へ移植することにより、該生殖細胞を生殖細胞系列へ分化誘導することが可能であることを見い出し、魚類の分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法の確立に成功した(特許第4300287号公報)。
【0003】
そこで、上記のような魚類の分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法により、宿主魚類を用い、宿主魚類とは異なる魚類の分離生殖細胞を宿主魚類に移植して生殖細胞系列への分化誘導を行い、魚類の増殖等を行う方法を代理親魚養殖等に利用するに際しては、移植した生殖細胞の宿主生殖腺への生着率の向上が重要な課題となる。
【0004】
魚類以外の脊椎動物においては、分離した細胞を、宿主個体に移植し、これを生殖細胞系列へ分化誘導する方法が知られており、該宿主個体に移植した分離細胞の生着を促進する方法もいくつかの方法が開示されている。例えば、特表2000−500327号公報には、精子を含む試料をアラビノース、ガラクトース、及び/又はヘキスロン酸を含有する多糖を含む溶液と接触させて、精子回収の際の精子の受精の可能性を高める方法について開示されている。また、特開平8−27011号公報には、IgA産生促進効果を有するビフィドバクテリウム属の菌体を有効成分とする妊娠動物用の胎児定着増強剤を用いて、胎児の発育異常と脱落防止を図り、胎児の定着を安定化する方法が開示されている。更に、特表2009−517078号公報には、骨髄移植(BMT)等において、細胞生着能を高めるために、細胞集団を、所定量のニコチンアミドで処理する方法について開示されている。しかしながら、これらの方法は、いずれも、上記のような、魚類以外の脊椎動物における分離細胞の生着を促進する方法であって、魚類の分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法に適用して、かかる場合の移植後の生殖細胞の宿主生殖腺への生着能の向上に適用できるものではない。
【0005】
魚類において、分離した生殖細胞を宿主個体に移植し、これを生殖細胞系列へ分化誘導する方法に関連して、分離した生殖細胞の宿主生殖腺への生着能を向上させる方法について、いくつかの報告及び開示がなされている。例えば、「魚類生殖細胞の特性とそれを利用した代理親魚技法」について、分離生殖細胞のドナーと宿主魚類の適正な組合せには、ドナーと宿主間の遺伝的距離に加え、卵の物理的、生化学的、生理学的特性が両者の間で類似していることが必要であることが報告されている(「化学と生物」Vol.48, No.10, P680-687, 2010)。また、「精原細胞の異種間移植技術の海産魚への応用−宿主サイズの最適化と移植後のドナー生殖細胞の追跡」について、宿主は、若齢の方が好ましいことが報告されている(日本水産学会大会講演要旨集、Vol.2008, 春季, P196, 2008)。
【0006】
魚類における分離生殖細胞の宿主魚類への移植に際し、生殖細胞の宿主生殖腺への生着能の向上を図る方法として、宿主の始原生殖細胞を除去或いは形成させることなく、移植した生殖細胞の生着を向上させる方法が開示されている。例えば、ゼブラフィッシュにおいて、dnd(dead end)アンチセンス モルフォリノオリゴヌクレオチドを注入することにより、宿主の始原生殖細胞を除去する方法が(“BIOLOGY OF REPRODUCTION”78, 159-166,2008)、及び、ドナー魚類由来の分離始原生殖細胞を異種の宿主魚類の初期胚に移植する分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法において、宿主として、3倍体魚類を用い、該魚類の孵化前後の腹腔内への移植により、宿主由来の卵子及び/又は精子を形成させることなく、ドナー由来の卵子及び/又は精子を特異的に形成させて、魚類の増殖或いは育種を効率よく行う方法が(特許第4581083号公報)開示されている。
【0007】
また、分離生殖細胞の宿主魚類への移植に際し、生殖細胞の宿主生殖腺への生着能の向上を図る方法として、移植する生殖細胞を濃縮する方法が開示されている。例えば、導入する生殖細胞(精原細胞)を緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein:GFP)や、EGFP(Enhanced Green Fluorescent Protein)で可視化し、蛍光を発している生殖細胞と蛍光を発していない他の体細胞とを、セルソーター(フローサイトメーター)により、分離することにより、精製する方法が(PNAS Vol.103, No.8, P2725-2729, 2006;特許第4300287号公報)開示されている。更に、魚類の分離生殖細胞を宿主魚類に移植して生殖細胞系列への分化誘導を行う方法において、移植効率を増大する方法として、移植に用いる魚類由来の分離生殖細胞を、魚類の精巣をトリプシン処理により解離した後、解離した細胞を培養容器中において、生殖細胞が培養容器にゆるく接着するまでの短期間培養し、該培養した生殖細胞を分離・採取することによって調製することにより、移植した生殖細胞の宿主魚類生殖腺への生着能を向上する方法が(特開2011−200169号公報)開示されている。
【0008】
以上のように、宿主魚類を用い、宿主魚類とは異なる魚類の分離生殖細胞を宿主魚類に移植して生殖細胞系列への分化誘導を行い、魚類の増殖等を行う方法において、移植した生殖細胞の宿主生殖腺への生着能(生着率)の向上を図る方法として、各種の方法が開示されているが、該方法を代理親魚養殖等に利用するに際しては、より効率的で、しかも、代理親魚養殖現場で簡便に行える方法の開発が望まれるところである。
【0009】
一方で、魚類の養殖技術において、養殖環境が養殖魚に与える影響の研究として、「水温と生殖腺の発達」について検討した報文もいくつか報告されている。例えば、「夏期12℃、冬期17℃の屋外池で飼育したニジマス1年魚の生殖腺の発達」について、精巣は5月〜8月までは、精原細胞、第一次、第二次精母細胞、精細胞と色々な成熟段階にある生殖細胞が占めていたが、精巣の発達には水温による影響が少なかったこと(「養殖研報」No.12, P9-16, 1987)、「マハゼの成熟に及ぼす水温の影響」について、自然海水が、20℃以下になる11月中旬から1月中旬にかけて飼育水温の20℃区と自然水温区(14−11℃)の2実験区を設けて52日間飼育を行い、生殖腺の成熟に及ぼす水温の影響を調べた結果、20℃という高水温が卵細胞の成熟を抑制したが、精細胞の成熟には20℃という高水温が影響を及ぼさなかったこと(「水産増殖」Vol.37, No.4, P267-274, 1989)が報告されている。
【0010】
また、「70m
3水槽を用いたクロマグロの陸上飼育」について、2009年級群(60尾)の飼育では、低水温期に23℃の加温海水を加え、平均水温を16.0℃とすることで、この間の斃死を大幅に抑制することが可能となったこととともに、雌雄の生殖腺において生殖細胞数が増加し、70m
3水槽を用いたクロマグロの生殖腺が性成熟に向けて発達したことが明らかとなったこと(「水産増殖」Vol.59, No.3, P473-481, 2011)が報告されている。これらの報文は、魚類の養殖技術において、「水温と生殖腺の発達」について、調査、報告されたものであるが、特に、代理親魚養殖について調査、報告されたものではないから、分離生殖細胞を宿主魚類に移植して生殖細胞系列への分化誘導を行う際の、宿主の飼育水温と移植した生殖細胞の宿主生殖腺への生着能(生着率)についての影響について報告するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平8−27011号公報。
【特許文献2】特表2000−500327号公報。
【特許文献3】特表2009−517078号公報。
【特許文献4】特開2011−200169号公報。
【特許文献5】特許第4300287号公報。
【特許文献6】特許第4581083号公報。
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】「化学と生物」Vol.48, No.10, P680-687, 2010。
【非特許文献2】日本水産学会大会講演要旨集、Vol.2008, 春季, P196, 2008。
【非特許文献3】“BIOLOGY OF REPRODUCTION”78, 159-166,2008。
【非特許文献4】PNAS Vol.103, No.8, P2725-2729, 2006。
【非特許文献5】「養殖研報」No.12, P9-16,1987。
【非特許文献6】「水産増殖」Vol.37, No.4, P267-274, 1989。
【非特許文献7】「水産増殖」Vol.59, No.3, P473-481, 2011。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の課題は、宿主魚類を用い、宿主魚類とは異系統又は異種の魚類の分離生殖細胞を宿主魚類に移植して生殖細胞系列への分化誘導を行う代理親魚養殖等において、移植した分離生殖細胞の宿主生殖腺への生着における効率(以下「生着率」という。)を向上させて、分離生殖細胞の移植による生殖細胞系列への分化誘導における移植効率を増大する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、宿主魚類を用い、宿主魚類とは異系統又は異種の魚類の分離生殖細胞を宿主魚類に移植して生殖細胞系列への分化誘導を行う代理親魚養殖等において、移植した分離生殖細胞の宿主生殖腺への生着能を向上させる方法について鋭意検討する中で、移植を受けた宿主魚類個体を飼育する温度が、移植された分離生殖細胞の宿主への生着に影響を与え、これらの宿主の飼育温度の調節により、移植した分離生殖細胞の宿主生殖腺への生着率の向上を図ることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明は、魚類由来の分離生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類の腹腔内への移植により宿主魚類個体に移植することからなる分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法において、移植を受けた宿主魚類個体を、移植前の宿主飼育水温より低水温であり、かつ、宿主魚類個体の生存と発生に悪影響がでない温度で、宿主魚類の腹腔内へ移植した分離生殖細胞が宿主生殖腺への移動,生着をするのに要する期間飼育することにより、分離生殖細胞の宿主魚類生殖腺への生着能を向上した分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法からなる。本発明において、分離生殖細胞としては、分離生殖細胞の由来となる魚類の始原生殖細胞、精原細胞、及び卵原細胞を挙げることができる。
【0016】
宿主魚類の飼育は、通常、該宿主魚類の飼育に適合した水温が選定されるが、本発明においては、宿主魚類を、分離生殖細胞の宿主魚類への移植前に該通常の水温で飼育し、そして、移植後に、該通常の水温より低水温であり、かつ、宿主魚類個体の生存と発生に悪影響がでない温度で、宿主魚類の腹腔内へ移植した分離生殖細胞が宿主生殖腺への移動,生着をするのに要する期間、すなわち、低水温が、宿主魚類の腹腔内へ移植した分離生殖細胞の成長に影響を与え、分離生殖細胞の宿主生殖腺への移動能が付与され、該分離生殖細胞の宿主生殖腺への移動が行われて、宿主生殖腺への生着が行われる期間、該低水温で飼育することにより、分離生殖細胞の宿主魚類生殖腺への生着率を向上することができる。
【0017】
本発明において、移植前の宿主飼育水温より低水温であり、かつ、宿主魚類個体の生存と発生に悪影響がでない温度としては、移植前宿主飼育水温より、2〜4℃低い温度であることが好ましく、主魚類の腹腔内へ移植した分離生殖細胞が、宿主生殖腺への移動,生着をするのに要する期間としては、好ましくは、少なくとも移植後3週間の期間を挙げることができる。本発明において、宿主魚類を、分離生殖細胞の宿主魚類への移植後に該通常の水温より低い水温で飼育することにより、分離生殖細胞の宿主魚類生殖腺への生着率が向上するメカニズムは、詳細には明らかではないが、宿主魚類の低水温での飼育が、宿主生殖腺の成長に与える影響(宿主魚類を低水温で飼育することにより、宿主生殖腺の成長が遅くなる)、或いは、分離生殖細胞の宿主生殖腺への移動能に与える影響(宿主魚類を低水温で飼育することにより、腹腔内での分離生殖細胞の移動能が高まる)により、分離生殖細胞の宿主生殖腺への生着率が向上するものと推測される。
【0018】
本発明において、移植を受けた宿主魚類個体は、移植前宿主飼育水温より、低い温度で飼育されるが、該低水温での宿主魚類の飼育は、低水温が、宿主魚類の腹腔内へ移植した分離生殖細胞の成長に影響を与え、分離生殖細胞の宿主生殖腺への移動能を活性化させて、分離生殖細胞の宿主生殖腺への移動能が付与され、該分離生殖細胞の宿主生殖腺への移動が行われて、宿主生殖腺への生着が行われる期間、飼育される。例えば、宿主魚類としてニベを用いた場合には、分離生殖細胞移植前に飼育水温24℃で飼育したニベに、分離生殖細胞を移植した後、21〜20℃の水温で、3週間以上飼育される。宿主魚類としてニベを用いた場合に、魚類由来の分離生殖細胞としては、ニベ、オオニベ、又は、マグロ由来の分離生殖細胞を用いることができる。また、宿主魚類としてマアジを用いた場合には、分離生殖細胞移植前に飼育水温22℃で飼育したマアジに、分離生殖細胞を移植した後、20℃の水温で、3週間以上飼育される。宿主魚類としてマアジを用いた場合に、魚類由来の分離生殖細胞としては、ヒラマサ、ブリ、又は、カンパチ由来の分離生殖細胞を用いることができる。
【0019】
すなわち具体的には、本発明は、[1]魚類由来の分離生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類の腹腔内への移植により宿主魚類個体に移植することからなる分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法において、移植を受けた宿主魚類個体を、移植前の宿主飼育水温より低水温であり、かつ、宿主魚類個体の生存と発生に悪影響がでない温度で、宿主魚類の腹腔内へ移植した分離生殖細胞が宿主生殖腺への移動、生着をするのに要する期間、飼育することを特徴とする分離生殖細胞の宿主魚類生殖腺への生着能を向上した分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法や、[2]移植前の宿主飼育水温より低水温であり、かつ、宿主魚類個体の生存と発生に悪影響がでない温度が、移植前宿主飼育水温より、2〜4℃低い温度であることを特徴とする前記[1]記載の分離生殖細胞の宿主魚類生殖腺への生着能を向上した分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法や、[3]宿主魚類の腹腔内へ移植した分離生殖細胞が宿主生殖腺への移動、生着をするのに要する期間が、少なくとも移植後、3週間であることを特徴とする前記[1]又は[2]記載の分離生殖細胞の宿主魚類生殖腺への生着能を向上した分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法からなる。
【0020】
また、本発明は、[4]宿主として、ニベを用い、移植前、飼育水温24℃で飼育したニベに分離生殖細胞を移植した後、21〜20℃の温度で、3週間以上飼育することを特徴とする前記[1]に記載の分離生殖細胞の宿主魚類生殖腺への生着能を向上した分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法や、[5]魚類由来の分離生殖細胞が、ニベ、オオニベ、又は、マグロであることを特徴とする前記[4]に記載の分離生殖細胞の宿主魚類生殖腺への生着能を向上した分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法や、[6]宿主として、マアジを用い、移植前、飼育水温22℃で飼育したマアジに分離生殖細胞を移植した後、20℃の温度で、3週間以上飼育することを特徴とする前記[1]に記載の分離生殖細胞の宿主魚類生殖腺への生着能を向上した分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法や、[7]魚類由来の分離生殖細胞が、ヒラマサ、ブリ、又は、カンパチであることを特徴とする前記[6]に記載の分離生殖細胞の宿主魚類生殖腺への生着能を向上した分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法からなる。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、分離生殖細胞の移植による生殖細胞系列への分化誘導方法において、移植した生殖細胞の宿主生殖腺への生着率を向上させて、分離生殖細胞の移植効率を増大する方法を提供する。本発明の生殖細胞系列への分化誘導方法は、宿主魚類とは異系統又は異種の魚類の分離生殖細胞を宿主魚類に移植して生殖細胞系列への分化誘導を行う代理親魚養殖等に、有効に適用することができ、親魚養成が困難な大型魚種の稚魚を、飼育が容易な魚種に生産させるような代理親魚養殖に有効に適用することができる。例えば、宿主魚類として、サケ科魚類、ニベ、及びサバ科魚類から選択される宿主魚類を用い、異種の魚類として、マグロ、ヒラマサ、ブリ、カンパチのような魚類を用いて、効率よく稚魚を生産し、養殖に供することを可能とする。本発明の分離生殖細胞の移植による生殖細胞系列への分化誘導における宿主生殖腺への生着率の向上は、宿主魚類の飼育における水温の調節によって行うことができるため、該方法を代理親魚養殖等に利用するに際して、養殖現場で簡便に行うことができ、簡便で、効率的な代理親魚養殖技術として提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明の実施例における分離生殖細胞の移植による生殖細胞系列への分化誘導方法の試験において、宿主魚類としてニベを用い、宿主魚類の飼育温度として、移植前は24℃、移植後は21℃の水温で3週間飼育した後の宿主生殖腺への分離生殖細胞の生着尾数(%)を示すグラフである。
図1−aは、分離生殖細胞のドナー(生殖細胞由来魚類)としてニベを、宿主魚類として、ニベを用いた場合、
図1−bは、分離生殖細胞のドナー(生殖細胞由来魚類)としてオオニベを、宿主魚類として、ニベを用いた場合、
図1−cは、分離生殖細胞のドナー(生殖細胞由来魚類)としてマグロを、宿主魚類として、ニベを用いた場合の宿主生殖腺への分離生殖細胞の生着尾数(%)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、魚類由来の分離生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類の腹腔内への移植により宿主魚類個体に移植することからなる分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法において、移植を受けた宿主魚類個体を、移植前の宿主飼育水温より低水温であり、かつ、宿主魚類個体の生存と発生に悪影響がでない温度で、宿主魚類の腹腔内へ移植した分離生殖細胞が宿主生殖腺への移動、生着をするのに要する期間、飼育することにより、分離生殖細胞の宿主魚類生殖腺への生着能を向上した分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法からなる。
【0024】
本発明は、魚類由来の分離生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類の腹腔内への移植により宿主魚類個体に移植することからなる分離生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法において、移植を受けた宿主魚類個体を、移植前の宿主飼育水温より、低い温度で飼育することからなるが、該魚類由来の分離生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類の腹腔内への移植により宿主魚類個体に移植する方法自体は、本発明者の先の特許出願における明細書に具体的に開示された方法を用いて行うことができる(特許第4300287号公報)。
【0025】
本発明において、宿主魚類の飼育は、分離生殖細胞の宿主魚類への移植前には、該宿主魚類で通常採用される水温で、そして、移植後に該通常の水温より、例えば3〜4℃低い水温で飼育される。すなわち、宿主魚類の飼育は、通常、該宿主魚類の飼育に適合した水温が選定され行われているが、本発明においては、宿主魚類を、分離生殖細胞の宿主魚類への移植前に該通常の水温で飼育し、そして、移植後に該通常の水温より低水温であり、かつ、宿主魚類個体の生存と発生に悪影響がでない温度で飼育する。該宿主魚類の低水温での飼育は、宿主魚類の腹腔内へ移植した分離生殖細胞が宿主生殖腺への移動,生着をするのに要する期間行われるが、該期間としては、略3週間程度の期間が必要とされ、該期間内の低温による飼育によって、効果が発揮される。
【0026】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0027】
[供試魚生殖細胞(ニベ、オオニベ、クロマグロ)の分離と宿主魚類(ニベ)生殖腺への移植]
【0028】
<レイボヴィッツL−15/FBS培養液の調整>
レイボヴィッツ(Leibovitz’s)L−15培地粉末(Invitrogen Corporation, Carlsbad, CA)1。374g、HEPES(Sigma-Aldrich, St. Louis, MO)0.598gをDeionized distilled water (Invitrogen Corporation, 15230-162)80mlに溶解した。続いて、10N NaOH及び1N NaOHを用いてpH7.8に調整し、これを89.7mlにメスアップした後に、孔径0.2μmのシリンジ用滅菌フィルター(Dismic-25cs, Advantec, 東京)を用いて濾過滅菌した。更に、2.5mlのサケ血清、10mlのウシ胎児血清(FBS)を加え、最後に50U/mlペニシリン、50μg/mlストレプトマイシン、50μg/mlアンピシリンの濃度となるように抗生物質を添加した。
【0029】
<精巣の単離および結合組織の剥離>
供試魚(ニベ、オオニベ)を氷冷海水中で麻酔処理を施した後、或いは、供試魚(マグロ)を釣獲した後、外科用ハサミおよびピンセットを用いて解剖し、精巣を外科的に摘出した。単離した精巣は、L−15/FBS10%(pH7.8)培養液を200μl入れた48ウェルプレート中で一時保存した。その後、冷却したPBS(−)を満たした滅菌シャーレ内に単離した精巣を移し、実体顕微鏡(SZX-10: Olympus, Tokyo)下で精巣間膜および精巣間膜に付随する血管を、ピンセットを用いて剥離した。
【0030】
<精巣の分散>
血管及び結合組織を剥離した精巣150mg(1〜20尾)分を、1ツ穴血液反応板の上にまとめ、ウェッケルシザース(MB-41,NAPOX, 株式会社夏目製作所)を用いて精巣砕片の状態にした。続いて、0.855 Unitトリプシン/PBS(+)溶液1ml中に精巣片を移し、25℃で約2時間インキュベートした。インキュベート中、精巣砕片の分散を促進するために、30分ごとにピペッティング処理を施した。酵素処理後、細胞懸濁液を15ml tubeに全て移し、スイングローターを用いて4℃、200×gで5分間遠心することで精巣細胞を沈殿させ、ペレットを形成させた。続いて、ペレットを吸わないように注意しながら上清を捨て、L−15/FBS10%(pH7.8)培養液を3ml加えた。なお、酵素溶液を完全に取り除くために、同様の遠心操作によるリンスを2度行った。酵素溶液除去後、L−15/FBS10%(pH7.8)培養液を2ml加え、ピペッティング操作により撹拌した後に、得られた精巣細胞懸濁液を目開き42μmのナイロンメッシュ(NBC Inc, Tokyo)を通すことで、不完全な分散により生じた精巣片を取り除いた。
【0031】
<移植用生殖細胞の調製(蛍光標識)>
供試魚(ニベ、オオニベ、クロマグロ)の精巣をトリプシン処理により解離した後、得られた細胞を常法に従い赤色蛍光色素(PKH26,Sigma)で標識した後、L−15/FBS培地に再懸濁させた状態で氷上に保管した。
【0032】
<分離した生殖細胞のニベ宿主生殖腺への移植>
供試魚の精巣をトリプシン処理により解離した後、回収した生殖細胞を10〜12日齢(全長約4mm)ニベ宿主の腹腔内へ移植した。生殖細胞の移植方法及び生着の確認法自体は、先に、本発明者らが開発した海産仔稚魚における精原細胞の移植方法を適用することができる(Takeuchi Y, Higuchi K, Yatabe T, Miwa M, Yoshizaki G. Development of spermatogonial cell transplantation in Nibe croaker, Nibea mitsukurii (Perciformes, Sciaenidae). Biology of Reproduction, 81, 1055-1063 (2009).;Chub mackerel gonads support colonization, survival, and proliferation of intraperitoneally transplanted xenogenic germ cells. Yazawa R, Takeuchi Y, Higuchi K, Yatabe T, Kabeya N, Yoshizaki G. Biology of Reproduction, 82, 896-904 (2010).; Higuchi K, Takeuchi Y, Miwa M, Yamamoto Y, Tsunemoto K, Yoshizaki G. Colonization, proliferation and survival of intraperitoneally transplanted yellowtail Seriola quinqueradiata spermatogonia in nibe croaker Nibea mitsukurii recipient. Fisheries Science, 77, 69-77 (2011))。移植後3週間の段階で、ニベ宿主の生殖腺に供試魚由来の精原細胞が生着しているのが確認された。蛍光を発する細胞は、生殖細胞を示す。ニベの生殖腺内に生着している供試魚の生殖細胞が確認される。
【0033】
<宿主魚類(ニベ)の飼育温度(水温)管理>
本実施例において、宿主魚類として用いられたニベは、生殖細胞移植前は、ニベの飼育温度(水温)として通常用いられている24℃に、移植後は、該温度より3℃低い、21℃に調整し、管理された。試験ロット(Lot)として、[ドナー:ニベ−宿主:ニベ]の場合は3ロット、[ドナー:オオニベ−宿主:ニベ]の場合は3ロット、及び[ドナー:マグロ−宿主:ニベ]の場合は1ロット、で試験した。
【0034】
<結果>
結果を、表1に示す。また、それぞれの生殖細胞ドナーに対して、移植後の宿主飼育温度24℃群及び21℃群における宿主生殖腺への生着尾数(%)の試験ロット(Lot)平均値を
図1に示す。図中、
図1−aは、分離生殖細胞のドナーとしてニベを、宿主魚類として、ニベを用いた場合(24℃群平均=17.8、21℃群平均=49.1)、
図1−bは、分離生殖細胞のドナーとしてオオニベを、宿主魚類として、ニベを用いた場合(24℃群平均=23.6、21℃群平均=57.0)、
図1−cは、分離生殖細胞のドナーとしてマグロを、宿主魚類として、ニベを用いた場合(24℃群=16、21℃群=50)の宿主生殖腺への分離生殖細胞の生着尾数(%)を示す。いずれの生殖細胞ドナーに対しても、移植後の宿主飼育温度21℃群(低温飼育温度)において宿主生殖腺への生着率の向上が示された。
【0035】
【表1】
【実施例2】
【0036】
[供試魚生殖細胞(ヒラマサ、ブリ、カンパチ)の分離と宿主魚類(マアジ)生殖腺への移植]
【0037】
<供試魚生殖細胞のマアジ宿主生殖腺への移植>
実施例1と同様の方法により、ヒラマサ、ブリ、又は、カンパチの分離した生殖細胞を、宿主マアジの生殖腺へ移植した。
【0038】
<宿主魚類(マアジ)の飼育温度(水温)管理>
本実施例において、宿主魚類として用いられたマアジは、生殖細胞移植前は、マアジの飼育温度(水温)(マアジの産卵水温)として通常用いられている22℃に、移植後は、該温度より2℃低い、20℃に調整し、管理された。試験ロット(Lot)として、[ドナー:ヒラマサ−宿主:マアジ]の場合は1ロット、[ドナー:カンパチ−宿主:マアジ]の場合は2ロット、及び[ドナー:ブリ−宿主:マアジ]の場合は5ロット、で試験した。
【0039】
<結果>
結果を、表2に示す。また、それぞれの生殖細胞ドナーに対して、移植後の宿主飼育温度20℃における宿主生殖腺への生着尾数(%)を表2に示した。分離生殖細胞のドナーとしてヒラマサを、宿主魚類として、マアジを用いた場合は、生着率50%を得、分離生殖細胞のドナーとして、カンパチ、又はブリを、宿主魚類として、マアジを用いた場合は、生着率75〜100%を得た。いずれの生殖細胞ドナーに対しても、移植後の宿主飼育温度20℃群(低温飼育温度)において宿主生殖腺への生着率の向上が示された。
【0040】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、分離生殖細胞の移植による生殖細胞系列への分化誘導方法において、移植した生殖細胞の宿主生殖腺への生着率を向上させて、分離生殖細胞の移植効率を増大する方法を提供する。本発明の生殖細胞系列への分化誘導方法は、宿主魚類とは異系統又は異種の魚類の分離生殖細胞を宿主魚類に移植して生殖細胞系列への分化誘導を行う代理親魚養殖等に、有効に適用することができ、親魚養成が困難な大型魚種の稚魚を、飼育が容易な魚種に生産させるような代理親魚養殖に有効に適用することができる。本発明の分離生殖細胞の移植による生殖細胞系列への分化誘導における宿主生殖腺への生着率の向上は、宿主魚類の飼育における水温の調節によって行うことができるため、種苗生産及び養殖現場で簡便に行うことができ、簡便で、効率的な代理親魚養殖技術を提供する。