【実施例】
【0033】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0034】
[原料及び測定方法]
(1)原料
一般的化学品は、アルドリッチ・ケミカル社、東京化学産業、または国産化学株式会社から入手又は購入可能な最上級グレードのもの、及び入手可能な最高級グレードのものを、精製せずに使用した。
(2)測定機器
NMRスペクトルは、日本電子株式会社のJNM−LA300を用いて、
1HNMRについては300MHzで、
13CNMRについては75MHzで測定した。マススペクトルは、日本電子株式会社のJMS−T100LC AccuToFを用いて測定した。紫外可視スペクトルはJASCOのV−550を用いて測定した。蛍光スペクトルはJASCOのFP−6500を用いて測定した。
(3)HPLC
Inertsil ODS−3(10.0mm×250mm)カラム(GLサイエンス社)を備えた、ポンプ(PU−2080、JASCO)及び検出器(MD−2015、JASCO)からなるHPLCシステムを用いてHPLCの測定を行った。
(4)光学特性及び蛍光の量子収率
吸収または蛍光スペクトル測定のため、色素化合物をジメチルスルホキシド(DMSO、蛍光分析グレード、同仁化学研究所)に溶解して1mMの標準溶液を得た。UV−1650PC UV/V分光計(島津製作所)及びFP−6600蛍光分光計(JASCO)を用いて、共溶媒として0.03%(v/v)のDMSOを含む200mMのリン酸ナトリウム緩衝液中において色素化合物の光学特性を測定した。蛍光量子収率(Φ
fl)を決定するため、エタノール中でのローダミンBの値(Φ
fl=0.65)を標準として用いた。以下の式により値を計算した。
Φ
x/Φ
st = [A
st/A
x][n
x2/n
st2][D
x/D
st]
st:標準、x:試料
A:励起波長での吸収
n:屈折率
D:エネルギースケールでの蛍光スペクトル下の面積
【0035】
1.一般式(I)で表される蛍光プローブの合成及び光学特性の評価
以下の実施例中の化合物番号は、下記のスキーム中の化合物番号に対応している。
【0036】
[実施例1]
1−(9−(2−カルボキシフェニル)−6−(4−メチルピペラジン−1−イル)−3H−キサンテン−3−イリデン)−4−メチルピペラジン−1−イウム クロライド(化合物A)の合成
以下のスキーム1の手順に従って、式(I)で表される化合物の一つであるラベル部位又は標的集積部位を導入することが可能な官能基を有する化合物Aを合成した。
【0037】
スキーム1
【化3】
3’,6’−ジクロロフルオラン(228mg,0.575mmol)と塩化亜鉛(784mg,5.75mmol)をフラスコに加え、アルゴン置換を行った。そこに、o−ジクロロベンゼン(1mL)およびN−メチルピペラジン(1.28mL,11.5mmol)を加え、アルゴン雰囲気下180℃で1時間撹拌した。その後、室温まで冷却し、DCM(30mL)を加えた後、2M KOH水溶液(30mL)で洗浄し、無水Na
2SO
4で乾燥し、溶媒を蒸発させた。粗生成物をカラムクロマトグラフィー(SiO
2−NH/CH
2Cl
2:MeOH=99:1)で粗精製し、その後、HPLC(ODS−C
18、A(脱イオン水と0.1%TFA):B(CH
3CNと0.1%TFA)=80:20から60:40、30分間)で精製し、紫色の固体を43.6mg(14%)得た。
1HNMR(300MHz,CDCl
3)d 2.35(s,6H),2.54−2.56(m,8H),3.25−3.27(m,8H),6.58(dd,2H,J=2.2,8.8Hz),6.63(d,2H,J=8.8Hz),6.69(d,2H,J=2.2Hz),7.14−7.17(m,1H),7.59−7.64(m,2H),7.99−8.01(m,1H)
HRMS(ESI
+):[M−Cl]
+に対する計算値497.25526;測定値497.25526(D−0.01mmu)
【0038】
[実施例2]
1−(9−(4−カルボキシフェニル)−6−(4−メチルピペラジン−1−イル)−3H−キサンテン−3−イリデン)−4−メチルピペラジン−1−イウム(化合物1)の合成
以下のスキーム2の手順に従って、式(I)で表される化合物の一つである化合物1を合成した。
【0039】
スキーム2
【化4】
反応条件:(a)乾燥ジメチルスルホキシド(DMSO)中N−メチルピペリジン、(b)乾燥テトラヒドロフラン(THF)中tert−ブチル−4−ブロモベンゾエート、sec−ブチルリチウム、(c)ジクロロメタン(DCM)中トリフルオロ酢酸(TFA)
【0040】
(1)3,6−ビス(4−メチルピペラジン−1−イル)−9H−キサンテン−9−オン(化合物5)の合成
化合物4(9−オキソ−9H−キサンテン−3,6−ジイル ビス(トリフルオロメタンスホネート))(490mg、0.10mmol)の乾燥DMSO(5mL)の溶液を攪拌しながら、それに、N−メチルピペラジン(1.0g、10mmol)を室温で加えた。反応混合物を90℃で15時間攪拌して、脱イオン水(10mL)で沈殿させた。沈殿物を採取し、飽和NaHCO
3水溶液、水で洗浄して、真空で乾燥した。粗生成物をカラムクロマトグラフィー(SiO
2−NH/CH
2Cl
2:MeOH=10:1)で精製し、黄色固体を306mg(収率:78%)得た。
1HNMR(300MHz,CDCl
3,TMS):δ/ppm,8.14(d,J
H=9.6Hz,2H),6.89(d−d,J
H=2.1Hz,J
H=9.6Hz、2H)、6.69(d,J
H=2.1Hz,2H),3.42(m,8H),2.58(m,8H),2.37(s,6H)
【0041】
(2)化合物1の合成
アルゴンで洗浄したフレームドライしたフラスコに、tert−ブチル−4−ブロモベンゾエート(108mg、0.39mmol)と乾燥THF(5mL)を加えた。その溶液を−78℃にまで冷却し、1Mのsec−ブチルリチウム(0.5mmol)を加え、混合物を5分間攪拌した。同じ温度で、乾燥THF(5mL)に溶かした化合物5(50mg、0.13mmol)をゆっくり(約20秒)添加し、それからこの混合物を室温まで加温し、1時間攪拌した。2NのHCl水溶液(3mL)を添加して反応をクエンチし、室温で攪拌を5分間続けた。飽和NaHCO
3水溶液(30mL)を加えて、全体をDCM(50mL、3回)により抽出した。有機溶媒をブライン(50mL)で洗浄し、無水Na
2SO
4で乾燥し、溶媒を蒸発させて、化合物6(1−(9−(4−tert−ブトキシカルボニル)フェニル)−6−(4−メチルピペラジン−1−イル)−3H−キサンテン−3−イリデン)−4−メチルピペラジン−1−イウム)の粗生成物(150mg)を紫色固体で得た。
化合物6の上記粗生成物のDCM(3mL)の溶液を攪拌しながら、それに、TFA(3mL)を室温で加えた。この反応混合物を室温で一晩攪拌した。溶媒を真空下で除去して、残渣を水及びアセトニトリル中に溶解し、HPLC(ODS−C
18、A(80%CH
3CNと100mMのトリエチルアミンアセテート緩衝液(pH7.4)):B(100mMトリエチルアミンアセテート緩衝液(pH7.4))=20:80から40:60、30分間)で精製して、黒紫色の固体を40mg(62%)得た。
1HNMR(300MHz,CD
3OD):δ/ppm,8.20(m,2H),7.48(m,4H),7.28(m,2H),7.20(m,2H),3.80(m,8H),2.62(m,8H),2.37(s,6H)
13CNMR(100MHz,CD
3OD):δ/ppm,173.7,160.0,158.6,154,1,153.0,133.3,130.7,130.4,127.4,116.3,115.5,98.7,55.5,47.9,45.8
HR−ESI−MS:C
30H
33N
4O
3に対する計算値[M]
+=497.2553;測定値497.2525
【0042】
[実施例3]
前記した測定方法に従って、実施例1で得られた化合物Aについて、溶液のpHを2.0から10.0に変化させた場合における吸収スペクトルと蛍光発光スペクトルを得た。吸収スペクトルを
図1−1に、蛍光発光スペクトルを
図1−2に、また、pHによる蛍光強度の変化を示すpHプロファイルを
図1−3に示す。また、pHが10.0と4.0の場合における極大吸収波長、極大発光波長、蛍光量子収率、pKaを表1にまとめた。
【0043】
【表1】
【0044】
このように、化合物Aは脱プロトン型(pH10.0)からプロトン付加型(pH4.0)へ変化することで、極大吸収波長が20nm短波長へシフトし、プロトン付加型(pH4.0)において0.9を超える蛍光量子収率を有していた。そして、
図1−3に示されているように、化合物Aは、pHが4.5から6.0にかけて蛍光変化を示していることから、細胞内酸性環境を検出する蛍光プローブとして有用であることが分かる。
【0045】
また、実施例2で得られた化合物1(500nM)の100mMリン酸緩衝溶液を用いて、pHを4.39から9.24に変化させて蛍光スペクトルの測定を行った。得られた蛍光発光スペクトルとそのpHプロファイルを
図2に示す。同図から、化合物1も、塩基性・中性環境から酸性環境へと変化させることにより、蛍光増大特性を示している。従って、化合物1も、細胞内酸性環境を検出する蛍光プローブとして有用であることが分かる。
【0046】
2.タンパク質などの高分子や標的集積部位を標識した本発明の蛍光プローブ
[実施例4]
1−(9−(2−(4−(((2,5−ジオキソピロリジン−1−イル)オキシ)カルボニル)ピペリジン−1−カルボニル)フェニル)−6−(4−メチルピペラジン−1−イル)−3H−キサンテン−3−イリデン)−4−メチルピペラジン−1−イウム クロライド(化合物B)の合成
タンパク質などへのラベル化機能を付するため、化合物Aにラベル部位としてN−ヒドロキシスクシンイミドエステルを導入した化合物Bを、以下のスキーム3の手順に従って合成した。
【0047】
スキーム3
【化5】
化合物A(23.1mg、0.043mmol)とエチル イソニペコテート(26.9mg、0.17mmol)をDMF(5mL)に溶解させた。そこに1MのO−(ベンゾトリアゾル−1−イル)−N,N,N’,N’−テトラメチルウロニウムヘキサフルオロリン酸塩(HATU)のDMF溶液を171μL加え、アルゴン雰囲気下で80℃に加熱し、オーバーナイトで撹拌した。溶媒を留去した後、HPLC(ODS−C
18、A(脱イオン水と0.1%TFA):B(CH
3CNと0.1%TFA)=80:20から60:40、30分間)で精製し、紫色の固体18.8mgを得た。
このようにして得た18.8mgの紫色の固体をメタノール(10mL)に溶解させ、室温で撹拌した。そこに、240μLの1M NaOH水溶液を加え、30分室温で撹拌した後、120μLの1M HCl水溶液を加えた。溶媒を留去し、HPLC(ODS−C
18、A(脱イオン水と0.1%TFA):B(CH
3CNと0.1%TFA)=80:20から60:40、30分間)で精製し、紫色の固体5.6mg(2ステップ:20%)を得た。
1HNMR(300MHz,CDCl
3)δ1.61−1.64(m,4H),2.34(s,6H),2.41(m,1H),2.54−2.56(m,8H),3.25−3.35(m,12H),6.58(dd,2H,J=2.2,8.8Hz),6.63(d,2H,J=8.8Hz),6.69(d,2H,J=2.2Hz),7.12−7.15(m,1H),7.56−7.61(m,2H),7.89−7.91(m,1H)
HRMS(ESI
+):[M−Cl]
+に対する計算値608.32368;測定値608.32334(D−0.34mmu)
さらに、このようにして得た5.6mgの紫色の固体をDMF(3mL)に溶解させ、1M NHS DMF溶液と1M WSCD DMF溶液をそれぞれ26μL加え、オーバーナイトで室温にて撹拌した。溶媒を留去した後、HPLC(ODS−C
18、A(脱イオン水と0.1%TFA):B(CH
3CNと0.1%TFA)=80:20から60:40、30分間)で精製し、紫色の固体4.4mg(68%)を得た。
HRMS(ESI
+):[M−Cl]
+に対する計算値705.34006;実測値704.34391(D3.85mmu)
【0048】
[実施例5]
1−(9−(4−((2−(ジメチルアミノ)エチル)カルバモイル)フェニル)−6−(4−メチルピペラジン−1−イル)−3H−キサンテン−3−イリデン)−4−メチルピペラジン−1−イウム(化合物2)の合成
酸性小胞への集積化を目的として、化合物1に標的集積部位として弱塩基性アミンを導入した化合物2を、以下のスキーム4の手順に従って合成した。
スキーム4
【化6】
反応条件:(d)乾燥N,N’−ジメチルホルムアミド(DMF)中(ベンゾトリアゾール−1−イルオキシ)−トリス(ジメチルアミノ)ホスホニウムヘキサフルオロホスフェート(BOP)、N−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)、N,N’−ジイソプロピルエチルアミン(DIPEA)、(e)乾燥DMF中N,N’−ジメチルエチレンジアミン、DIPEA
【0049】
化合物2の合成
化合物1(1.5mg,3μmol)の乾燥DMF(1mL)中の溶液を攪拌しながら、それに、BOP(4mg,9μmol)、NHS(3mg,18μmol)及びDIPEA(3μL,18μmol)を室温で加えた。反応混合物をアルゴン雰囲気下40℃で4時間攪拌し、反応をHPLC(ODS−C
18,A(CH
3CNと0.1%TFA)、B(脱イオン水と0.1%TFA)=5:95から65:35、30分間)及びHR−ESI−MS(化合物7について:C
34H
36N
5O
5に対する計算値[M]
+=594.2716;測定値594.2681)により確認した。
溶媒を蒸発させ、残渣を乾燥DMF(1mL)に再溶解した。化合物7を含むこの残渣の溶液を攪拌しながら、それに、DIPEA(3μL,18μmol)及びN,N’−ジメチルエチレンジアミン(3.0mg,30μmol)を室温で加えた。この反応混合物をアルゴン雰囲気下45℃で1時間攪拌した。溶媒を真空下で除去して、残渣を脱イオン水とアセトニトリルに溶解し、HPLC(ODS−C
18、A(CH
3CNと0.1%TFA):B(脱イオン水と0.1%TFA)=5:95から65:35、30分間)で精製し、黒紫色の固体を1.5mg(88%)得た。
1HNMR(300MHz,CD
3OD):δ/ppm,8.19(m,2H),7.65(d,J
H=8.1Hz,2H),7.52(m,2H),7.40(m,4H),4.11(m,8H),3.84(m,2H),3.34(m,10H),3.02(s,6H),2.96(s,6H)
13CNMR(100MHz,CD
3OD):δ/ppm,169.8,163.2,160.3,158.6,154.1,136.4,133.4,131.1,129.2,117.0,116.3,99.7,58.6,54.5,53.9,45.6,43.7,36.5
HR−ESI−MS:C
34H
43N
6O
2に対する計算値[M]
+=567.3442;測定値567.3443
【0050】
[実施例6]
2−メチル−1−(2−(3−(4−メチルピペラジン−1−イウム−1−イリデン)−6−(4−メチルピペラジン−1−イル)−3H−キサンテン−9−イル)フェニル)−1,4−ジオキソ−8,11,14−トリオキサ−2,5−ジアザヘプタデカン−17−オエート(化合物D)の合成
化合物Aにラベル部位としてN−ヒドロキシスクシンイミドエステルを導入した化合物Bを、以下のスキーム5の手順に従って合成した。
スキーム5
【化7】
【0051】
化合物A(35.7mg、71.7μmol)とサルコシンtert−ブチルエステル塩酸塩(26.1mg、143μmol)を乾燥DMF(5mL)に溶解した。得られた溶液にHATU(54.6mg、54.7μmol)及びDIPEA(125μL、717μmol)を加えた。得られた混合物をアルゴン雰囲気下において室温で1日攪拌した。真空下で溶媒を除去し、溶離液として10%MeOH/DCMを用いて分取HPLCで残渣を粗精製して化合物Cのtert−ブチルエステルを得た(78.7mg)。このようにして得た粗化合物のDCM溶液を攪拌しながらTFA(1mL)を加えて、反応混合物をオーバーナイトで室温にて攪拌した。重炭酸ナトリウムと水を添加し、得られた溶液を数分間攪拌した。水層をDCMで二回洗浄し、濃縮した。残渣をMeOHに再溶解させ、濾過により脱塩し、濃縮した。粗生成物をHPLC(ODS−C
18、A(水と0.1%TFA):B(CH
3CNと0.1%TFA)=99:1から1:99、20分間)で精製し、紫色の固体として化合物C11.5mg(14%)得た。(LRMS(ESI
+):[M+H]
+に対する計算値568、実測値568)
【0052】
化合物C(11.5mg、20.2μmol)及びHATU(15.4mg、54.7μmol)を乾燥DMF(2mL)に溶解した。得られた溶液にDIPEA(35.2μL、202μmol)及びtert−ブチル12アミノ−4,7,10−トリオキサドデカノエート(理論値≧80%)(14.0mg、≧40.3μmol)を加え、得られた混合物をアルゴン雰囲気下においてオーバーナイトで室温にて攪拌した。真空下で溶媒を除去し、残渣をHPLC(ODS−C
18、A(水と0.1%TFA):B(CH
3CNと0.1%TFA)=99:1から1:99、20分間)で精製し、赤色無定形固体として化合物Dのtert−ブチルエステルを得た。(LRMS(ESI
+):[M+H]
+に対する計算値827、実測値827)このようにして得た粗生成物のDCM溶液を攪拌しながらTFA(1mL)を添加し、反応混合物を室温で3時間攪拌した。真空下で溶媒を除去し、残渣をHPLC(ODS−C
18、A(水と0.1%TFA):B(CH
3CNと0.1%TFA)=99:1から1:99、20分間)で精製し、赤色無定形固体物として化合物Dを得た(5.2mg、4工程で9.4%)。
1HNMR(400 MHz,D
2O)δ7.64−7.69(m,2H),7.55−7.60(m,1H),7.44−7.50(m,1H),7.19(d,2H,J=9.6Hz),7.00(dd,2H,J=1.6,9.6Hz),6.89(d,2H,J=1.6Hz),3.35−3.63(m,21H),3.26(t,2H,J=5.2Hz),3.00(t,2H,J=5.2Hz),2.70(s,2H),2.49(m,8H),2.25−2.29(m,2H),2.16(s,6H).(LRMS(ESI
+):[M+H]
+に対する計算値771、実測値771)
【0053】
化合物Dの光学特性の評価
化合物Dの蛍光強度のpHプロファイルを
図3に示す。化合物Dは化合物Aと同様にpH感受性を示すことが確認され、pKaは5.3及び6.6であった。
【0054】
標識した蛍光プローブの光学特性の評価
[実施例7]
(1)化合物Bによるデキストランのラベリング
化合物Aにラベル部位としてN−ヒドロキシスクシンイミドエステルを導入した実施例4で得た化合物Bを用いて、以下の方法により、デキストランのラベリングを行った。
化合物B及びAlexa Fluor(登録商標)488のNHSエステル(モレキュラー・プローブ社)の各々をDMSOに溶解し、10mMの標準溶液を得た。アミノデキストラン(分子量10000、モレキュラー・プローブ社)を200mMのリン酸ナトリウム緩衝溶液(pH8.5)に溶解し、3.0mg/mL(300nmol/mL)の標準溶液を得た。500μLのデキストラン標準溶液に、化合物B及びAlexa Fluor(登録商標)488のNHSエステルのそれぞれのDMSO溶液を4当量ずつ加えた。得られた反応溶液をゆっくり混合し、暗所にて周囲温度で60分間インキュベートした。その後、PD−10カラム(GEヘルスケア)と溶離液としてPBS(pH7.4、GIBCO)を用いることにより、色素複合体1(以下、「Dex−化合物B&A488」ともいう。)を非ラベル色素から分離した。
【0055】
(2)色素複合体1(Dex−化合物B&A488)の光学特性の評価
上記で得た色素複合体1についてpHの変化に伴う蛍光色を観察したところ、pH変化により蛍光色が変化することが認められた(図示せず)。また、試料溶液のpHを9.0から2.0に変化させた場合の吸収スペクトル及び蛍光発光スペクトルと蛍光励起スペクトルの測定結果を
図4−1〜4−5に示す。また、蛍光強度(FI)のpHプロファイルを
図5に示す。pHプロファイルにおけるフィットした曲線は以下に示す式より得た。
【数1】
図5から、色素複合体1は化合物Aと同様にpH感受性を示すことが確認された。また、pKaは5.3及び6.5であった。本発明の化合物はそのpH感受性を損なうことなく、デキストランなどの高分子に標識することが出来ると考えられる。
また、色素複合体1に含まれる化合物Aによる蛍光強度はpH依存性であるのに対して、Alexa Fluor(登録商標)488の蛍光強度はpHに依存しないことから、両者の蛍光強度の比(具体的には、540nm励起での蛍光強度/488nm励起での蛍光強度)を取ることにより、色素複合体1が含まれる環境におけるpHの算出が可能となる。
次に、色素複合体1のpH変化に対する可逆性を調べるため、pHを7.1と3.2で30秒ごとにサイクル的に変化させた場合について、蛍光強度比(540nm励起での蛍光強度/488nm励起での蛍光強度)を算出した。その結果を
図6に示す。同図から、色素複合体1は、pH変化に対して可逆的に素早い応答性を示し、蛍光強度比としてpH変化を素早く捉えることが可能であることが分かる。
【0056】
標識した蛍光プローブを用いた細胞内酸性小胞の現象の可視化
[実施例8]
(A)酸性細胞小器官内のpHダイナミックスの測定
本発明の蛍光プローブをデキストランにラベルした色素複合体1は、細胞内酸性小胞に局在させることが可能となる。そこで、色素複合体1を用いて、以下の手順に従って、HeLa細胞における酸性細胞小器官のイメージングを行った。
【0057】
(1)細胞培養
10%のウシ胎仔血清、100U/mLのペニシリン及び100μg/mLのストレプトマイシンを含むDMEM中でHeLa細胞を培養した。全ての細胞培養試薬はGIBCOから購入した。CO
2を5%含有する空気の雰囲気中で細胞株を37℃に維持した。
【0058】
(2)HeLa細胞に取り込まれた色素複合体1の共焦点像の観察
HeLa細胞(4×10
4)を8室プレート(NUNC)上に置いて、10%FBS含有DMEMを用いて、CO
2を5%含有する空気の雰囲気下において37℃で一晩培養した。この媒体を、色素複合体1を0.4mg/mL含有する媒体で置き換えた。細胞を4時間培養した後、色素複合体1を含有する媒体を除去し、FBSを10%含有するDMEMを添加した。16時間の培養に続いて、細胞をPBS(pH7.4)で2回洗浄して、色素複合体1でラベルしたHeLa細胞(以下「色素複合体1ラベルHeLa細胞」ともいう。)を得て、当該細胞を共焦点顕微鏡で観察した。TCS SP5及び60倍の対物レンズを有するLeica Application Suite Advanced Fluorescene(LAS−AF)を用いて、細胞のイメージングを行い、DIC(微分干渉顕微鏡)像と蛍光像を得た。光源は白色レーザーを用いた。励起波長と発光波長は図中に記載した。得られた結果を
図7に示す。
図7の上段は、上記で得られた色素複合体1ラベルHeLa細胞についての観察結果であり、下段は、当該細胞に細胞内酸性環境を中和することができるNH
4Clを10mM添加した後での観察結果である。左列(「DIC」と標記)の像は色素複合体1ラベルHeLa細胞の共焦点像、左から2番目の列(「CH1」と標記)の像は蛍光波長が500〜530nmの蛍光像であり、Alexa488に由来する蛍光像が示されており、右から2番目の列(「CH2」と標記)の像は励起波長が550〜600nmの蛍光像であり、化合物Bに由来する蛍光像が示されており、右列(「Merge」と標記)の像はCH1とCH2を合わせた蛍光像を示す。
図7から、NH
4Clの添加により化合物Bに由来する蛍光像が著しく減少したことが認められる。
次に、H
+、K
+イオノフォアとして働くことが知られる抗生物質ナイジェリシン(Nigericin)と高濃度K
+バッファーを用いて、蛍光強度比とpHのin situキャリブレーションを以下の手順で行った。
【0059】
(3)in situでのpHキャリブレーション及び細胞小胞内pHの計算
10μMのナイジェリシンの存在下で、高K
+pH緩衝液(130mMのKCl,200mMのリン酸ナトリウム含有)により培養した色素複合体1ラベルHeLa細胞のレシオメトリック・イメージングにより、in situでのpHキャリブレーション曲線を作成した(
図8)。曲線上の各pH点について、少なくとも3つの細胞から10個のラベルした小胞の像を定量的レシオメトリック分析のために得た。得られたキャリブレーション曲線に基づいて、10mMNH
4Cl処理前後での細胞のレシオメトリック像により細胞小胞(リソソーム)内のpHを計算した。その結果を
図9に示す。
図9は、NH
4Cl処理前後での個々のリソソーム(n=10)のpH計算値を示すヒストグラムであり、同図から、NH
4Cl処理前後でリソソームのpHの分布が大きく変わっていることが分かる。
また、色素複合体1を用いたリソソームのリアルタイムイメージングにおいて、長時間観察を行っても目立った光退色は見られず、色素複合体1は高い光褪色耐性を有していた。
このように、本発明の蛍光プローブを用いることで、酸性細胞小器官内でのpHを測定することが可能であることが示された。
【0060】
[実施例9]
(B)がん治療抗体のがん細胞内への取り込みの可視化
がんで過剰発現が知られる受容体EGFRに対する抗体Erbitux(セツキシマブ)は、EGFRに特異的に結合した後、EGFRと共に細胞内酸性小胞に輸送され、EGFRのダウンレギュレーションを惹起し治療効果を示す。Erbituxに化合物7を標識することで、ErbituxがEGFRに結合して細胞内酸性小胞へと輸送されると、化合物7の蛍光が増大すると考えられる。このような蛍光強度変化を捉えることで、薬効に関わるがん治療抗体のがん細胞内への取り込みが時空間的にどのように起こっているのかイメージングが可能になると考え、以下の実験を行った。
【0061】
(1)化合物7によるErbituxのラベリング
5.0mg/mLのErbitux注射液(メルクセローノ株式会社)を、PBS(−)pH7.4(GIBCO)を溶出液としてPD−10カラム(GEヘルスケア)を用いて精製し、含まれているグリシン等の添加物を除去した。200mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH10)(NaPi緩衝液)を用いて、抽出液をpH8.5の2.5mg/mLErbitux/PBS(−)/NaPi溶液に調製した。2.5mg/mLErbitux/PBS(−)/NaPi溶液に4mMの化合物7を最終濃度が62μMになるように加えた。室温で1時間静置し、PD−10カラムを用いて溶出溶液をPBS(−)pH7.4とし、Erbitux−化合物7複合体(10μM、Erbitux1分子に対して化合物7が平均3.83個標識されている)を単離した。Erbitux−化合物7複合体は酸性になるにつれて蛍光が増大した(
図10)。また、pKaは5.3及び6.5であった。本発明の化合物はそのpH感受性を損なうことなく、抗体などの高分子に標識することが出来ると考えられる。
【0062】
(2)Erbitux−化合物7複合体を用いた共焦点蛍光イメージング
細胞内に取り込まれた後、エンドサイトーシスに伴うpHの酸性変化に対して蛍光強度上昇が望まれるErbitux−化合物7複合体を用い、EGFR過剰発現細胞株であるA431に以下の条件で取り込み実験を行った。
A431をChamber Slide8well(ibidi)で10%FBS(GIBCO)と1%ペニシリン−ストレプトマイシンを含むDMEM(GIBCO)を培地として37℃、5%CO
2条件下で培養した。Erbitux−化合物7複合体を最終濃度が50nMとなるように培地に加え、37℃、5%CO
2条件下で培養を続けた。Erbitux−化合物7複合体を加えて4時間培養したとき、細胞内に取り込まれたErbitux−化合物7複合体が観察された(
図11)。また、酸性細胞小器官マーカーであるLysoTracker Green−DND26(モレキュラープローブズ社)との共染色を行ったところ、Erbitux−化合物7複合体の蛍光はLysoTracker Green−DND26の蛍光と共局在していることを確かめた(
図12)。これらのことから、Erbitux−化合物7複合体はA431における酸性細胞小器官内の低pH環境により発光し、がん治療抗体Erbituxのがん細胞内への取り込みを可視化することができた。
【0063】
[実施例10]
(C)脱顆粒アレルギー応答の可視化
化合物2はその構造に弱塩基性アミンを含むため酸性小胞へと集積し、小胞内の酸性環境により蛍光性となる。エキソサイトーシスされた小胞は、生理的pH7.4の細胞外環境とつながることで小胞内環境の中和および化合物2の細胞外への放出が起こるため、化合物2の蛍光が減弱すると考えられる。このような蛍光強度変化を捉えることで、エキソサイトーシスが時空間的にどのように起こっているのかイメージングが可能となると考え、以下の実験を行った。
【0064】
化合物2を用いて、マスト細胞のモデルとしたRBL−2H3細胞において脱顆粒のイメージングを行った。RBL−2H3細胞を500nMの化合物2を含む培地で2時間インキュベーション(37
oC)し、その後、培地で1回、HBSバッファーで2回洗浄を行った。そこに1μMのイオノマイシンを添加することにより、脱顆粒を惹起し、蛍光イメージングを行った(
図13−1)。ここで、
図13−1の(a)は明視野像を、(b)は蛍光像を示す。(b)の(ii)では(i)で視認できるRoi1、2の部位での小胞が消失し、同様に、(iii)では(i)及び(ii)で視認できるRoi3部位での小胞が消失し、(iv)においては(i)〜(iii)で視認できるRoi4の部位での小胞が消失したことが示されている。この現象を蛍光強度の変化として捉えた結果を
図13−2に示す。
図13−2は各Roiの部位での蛍光強度の変化を示しており、同図から、イオノマイシン添加後、酸性小胞で観察される蛍光がそれぞれあるタイミングで劇的に減少していることが分かる。このように、化合物2を用いて脱顆粒を蛍光強度変化として検出できたと考えられる。
【0065】
3.特異的タンパク質ラベル部位を導入した本発明の蛍光プローブ
[実施例11]
1−(9−(4−((25−クロロ−12−オキソ−3,6,9,16,19−ペンタオキサ−13−アザペンタコシル)カルバモイル)フェニル)−6−(4−メチルピペラジン−1−イル)−3H−キサンテン−3−イリデン)−4−メチルピペラジン−1−イウム(化合物3)の合成
Haloタグ技術を利用したシナプス小胞に局在するVAMP2(小胞結合膜タンパク質2)へのラベル化を目的として、化合物1にHaloタグリガンドを導入した化合物3を、以下のスキーム6の手順に従って合成した。
【0066】
スキーム6
【化8】
反応条件:(a)乾燥DMF中BOP、NHS、DIPEA;(b)化合物8、乾燥DMF中DIPEA;(c)DCM中TFA;(d)乾燥DMF中1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(WSC)、NHS;(e)化合物11、乾燥DMF中DIPEA
【0067】
(1)1−(9−(4−((14,14−ジメチル−12−オキソ−3,6,9,13−テトラオキサペンタデシル)カルバモイル)フェニル)−6−(4−メチルピペラジン−1−イル)−3H−キサンテン−3−イリデン)−4−メチルピペラジン−1−イウム(化合物9)の合成
化合物1(35mg、70μmol)の乾燥DMF(5mL)溶液を攪拌しながら、それにBOP(160mg、0.35mmol)、NHS(35mg、0.35mmol)及びDIPEA(240μL、0.70mmol)を室温で加えた。アルゴン雰囲気下で反応混合物を40℃で2時間攪拌し、化合物2の場合に示したように反応をHPLCとHR−ESI−MSで確認した。
溶媒を蒸発させて、残渣を乾燥DMF(2mL)中に再溶解した。化合物7を含有するこの残渣の溶液を攪拌し、これにDIPEA(240μL,0.70mmol)と化合物8(tert−ブチル12−アミノ−4,7,10−トリオキサドデカノエート、アルドリッチ社、110mg,0.35mmol)を室温で添加した。反応混合物を、アルゴン雰囲気下、40℃で一晩攪拌した。溶媒を真空下で除去し、残渣を脱イオン水とアセトニトリル中に再溶解し、HPLC(ODS−C
18、A(80%のCH
3CNと100mMのトリエチルアミンアセテート緩衝液(pH7.4)):B(100mMのトリエチルアミンアセテート緩衝液(pH 7.4))=30:70〜70:30で30分間)で精製し、黒紫色の固体を37mg(70%)得た。
1HNMR(300MHz、CD
3OD):δ/ppm,8.15(m,2H),7.70(m,2H),7.43(m,2H),6.93(m,2H),6.69(m,2H),3.81(m,2H),3.69−3.50(m,20H),2.62(m,8H),2.44(m,2H),2.35(m,6H),1.45(s,9H)
HR−ESI−MS(NBA):C
43H
58N
5O
7についての計算値[M]
+=756.4336;測定値756.4311
【0068】
(2)1−(9−(4−((2−(2−(2−(3−((2,5−ジオキソピロリジン−1−イル)オキシ)−3−オキソプロポキシ)エトキシ)エトキシ)エチル)カルバモイル)フェニル)−6−(4−メチルピペラジン−1−イル)−3H−キサンテン−3−イリデン)−4−メチルピペラジン−1−イウム(化合物10)の合成
化合物9(37mg、49μmol)のDCM(3mL)中の溶液を攪拌し、それに、TFA(3mL)を室温で添加した。反応混合物を室温で一晩攪拌した。溶媒を真空下で除去し、残渣をトルエン(3mL)で懸濁し、溶媒を蒸発させて真空下で乾燥し、脱保護した化合物9(40mg)を更に精製せずに暗紫色のオイルとして得た。
脱保護した化合物9(40mg)の乾燥DMF(5mL)中の溶液を攪拌し、それに、WSC(94mg、0.49mmol)、NHS(49mg、0.49mmol)及びDIPEA(340μL、0.98mmol)を室温で添加した。反応混合物を、アルゴン雰囲気下、室温で5時間攪拌した。溶媒を真空下で除去して、残渣を脱イオン水とアセトニトリルに再溶解し、HPLC(ODS−C
18,A(CH
3CNと0.1%のTFA):B(脱イオン水と0.1%のTFA)=15:85〜30:70で30分間)で精製して、暗紫色の固体を25mg(64%)得た。
1HNMR(300MHz,アセトン−d
6):δ/ppm,8.23(m,2H),7.65(m,2H),7.57−7.44(m,4H),7.27(m,2H),3.81(m,2H),3.69−3.56(m,20H),3.34(m,8H),2.97(m,2H),2.59(s,6H),2.07(s,4H)
HR−ESI−MS:C
43H
53N
6O
9について計算値[M]
+=797.3874;測定値797.3865
【0069】
(3)化合物3の合成
化合物10(25mg、31μmol)の乾燥DMF(2mL)中の溶液を攪拌し、それに、DIPEA(54μL、0.31mmol)及び化合物11(2−(2−((6−クロロヘキシル)オキシ)エトキシ)エタンアミン 2,2,2−トリフルオロアセテート)(105mg、0.31mmol)を室温で添加した。反応混合物を、アルゴン雰囲気下、室温で10時間攪拌した。溶媒を真空下で除去し、残渣を脱イオン水とアセトニトリル中に再溶解し、HPLC(ODS−C
18、A(80%のCH
3CNと100mMのトリエチルアミンアセテート緩衝液(pH7.4)):B(100mMのトリエチルアミンアセテート緩衝液(pH7.4))=20:80〜80:20で30分間)で精製して黒紫色の固体を15mg(54%)得た。
1HNMR(300MHz,CD
3OD):δ/ppm,8.15(m,2H),7.64(m,2H),7.55(m,2H),7.41(m,4H),3.72−3.44(m,34H),3.34(m,8H),2.99(s,6H),2.41(t,J
H=6.6Hz,2H),1.57(m,2H),1.38(m,4H),1.23(m,4H)
13CNMR(75MHz,CD
3OD):δ/ppm,174.0,154.4,154.1,153.3,135.5,133.0,131.0,127.9,127.8,114.8,113.3,102.7,72.2,71.6,71.5,71.4,71.3,71.2,71.1,70.5,68.3,68.2,55.9,52.3,46.2,46.1,45.7,40.9,40.4,37.6,33.8,30.8,27.7,26.5
HR−ESI−MS:C
49H
70N
6O
8Cl
1について計算値[M]
+=905.4944;測定値905.4962
【0070】
[実施例12]
シナプス小胞の膜輸送の可視化
化合物3はその構造にHaloタグリガンドを含むことから、Haloタグへの特異的なラベルが可能である。シナプス小胞マーカーであるVAMP2にHaloタグを融合させたタンパク質VAMP2−Haloタグを神経細胞に発現させ、そこに化合物3を添加することで、蛍光プローブである化合物3のシナプス小胞への特異的なラベリングが可能となる。シナプス小胞は通常酸性であることから、蛍光強度変化を捉えることにより、エキソサイトーシスが時空間的にどのように起こっているのかイメージングが可能になると考え、以下の実験を行った。
【0071】
海馬培養神経細胞にVAMP2−Haloタグを発現させ、3μMの化合物3を含むK−HBSバッファーを用いて37℃で1分間インキュベーションした。そして、K−HBSバッファーを培地に変え、37℃で15分間インキュベーションを行った後、培地で1回、HBSバッファーで3回洗浄を行った。電気刺激を加えることにより、培養神経細胞に神経伝達を惹起し、蛍光イメージングを行った(
図14−1〜3)。
図14−1は、電気刺激を加える前の化合物3でラベルした海馬細胞の蛍光像であり、
図14−2は、電気刺激(200AP、10Hz)を加えることにより引き起こされるシナプス小胞のエキソサイトーシスと、それに続くエンドサイトーシスを可視化するため、
図14−1中の四角で囲まれた部分を拡大した像である。
図14−2の上段左の像に示されているRoi1とRoi2の部位の蛍光は、電気刺激を加えてから20秒後に一旦減少しているが(下段左の像)、その後、これら部位において回復が見られた(下段右の像)。電気刺激を加える前後での蛍光強度の変化を示す
図14−3からもこの現象が明瞭に示されている。(実線がRoi1を、破線がRoi2を示し、矢印の時点で電気刺激を加えた。)ここで観察された蛍光変化から、シナプス小胞はエキソサイトーシスの後、再びエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれたと考えられる。
【0072】
[実施例13]
薬剤によるがん関連受容体HER2のダウンレギュレーションの評価
がんで過剰発現が知られる受容体HER2のダウンレギュレーションは、がんに対する治療効果を示す。薬剤によるHER2のダウンレギュレーションを簡便に蛍光評価するため、HER2にHaloタグを融合させたタンパク質HER2−Haloタグを発現させた細胞に、HaloTagリガンドを有する化合物3を加え、標的受容体HER2特異的に蛍光プローブを標識する。HER2に標識した化合物3は、HER2のダウンレギュレーションの際に細胞内酸性小胞へと輸送されてはじめて明るく光ると考えられる。この蛍光強度変化を捉えることで、HER2のダウンレギュレーションを簡便に評価できると考え、以下の実験を行った。
【0073】
(1)試薬と細胞の準備
pH感受性蛍光プローブである化合物3と17−AAG(和光純薬)をそれぞれ水に希釈した。17−AAGの対照として同容量のDMSO(Sigma aldrich)を用いた。HER2−Haloタグ発現SKOV3細胞を2%FBS(CCB)を含むRPMI(ナカライテスク)に懸濁し、384ウェルイメージングプレート(PerkinElmer)に播き一晩37℃、5%CO
2の条件下で培養した。
【0074】
(2)HER2のダウンレギュレーションに関するハイスループット評価
HER2−Haloタグ発現SKOV3細胞を播いた384ウェルイメージングプレートに化合物3と17−AAGをそれぞれ最終濃度が30nMと10μMになるように354ウェルに加えた。また、コントロールとして17−AAGの代わりにDMSOのみを32ウェルに加えた。プレートリーダーにて535nm励起による580nmの蛍光値を測定し、その後37℃、5%CO
2の条件下5時間培養を行い、再びプレートリーダーにて蛍光値を測定した。培養前後の蛍光値の差を計算すると17−AAGで処理したウェルで蛍光値が大きく上昇した(
図15)。このように、蛍光値からがん関連受容体HER2のダウンレギュレーションを簡便に評価することが可能である。