【実施例】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
図1は本発明に係る超高速船とクジラ類の忌避の模式図である。
この図において、超高速船1は鯨類3に有効な鯨類忌避音水中発生装置UWS2を具備しており、鯨類忌避音水中発生装置2より鯨類3に有効な鯨類忌避音を発生することで主に鯨類3に対する超高速船1の衝突を回避するようにしている。
【0017】
より実効性の高い鯨類忌避音水中発生装置UWSを調整するための調査を行った。
本発明の鯨類忌避音水中発生装置の各特性については、以下の通りである。
本発明の鯨類忌避音水中発生装置の音響刺激は2種類作成した。音響刺激は、これまで鯨類との衝突事故例がなく、更に調査員の観察事例から忌避効果が高いと考えられる捕鯨船の走行音と、鯨類の追い込み漁に使用する鯨類忌避効果のある棒(カンカン棒)の音源を調整して合成した。また、これらの音を音源とし、今までに推定された各危険鯨種の可聴周波数と、現行の水中放声装置送波音圧の最大感度にあたる8kHz〜20kHzに合わせて、周波数を調整した。
【0018】
以下、本発明のUWSの比較(表1)と、本発明のUWSの音響特性及び周波数特性の詳細について記載する。
【0019】
【表1】
【0020】
〔A〕第1実施例(UWS1:固定周波数型)
(1)まず、本発明の第1実施例(UWS1)の音響特性について説明する。
図2は本発明の第1実施例によるUWS1のソナグラムを示す図であり、縦軸を周波数(kHz)、横軸を時間(秒)として音を図式化している。縦に入った黒線はカンカン棒の音を示し、背景の灰色部分は汽船Aの走行音を示している。
【0021】
汽船Aの走行音(エンジン音)は、最大速力時(16.7kt,200rpm)走行音に0.12kHzのハイパスフィルターをかけ、カンカン棒の原音(音源)は卓越周波数2.00kHzを8.00kHz付近に変調したものを合成して、周波数8kHz(固定周波数)、音間隔0.52秒とした。
(2)次に、本発明の第1実施例(UWS1)の周波数特性について説明する。
【0022】
図3は本発明の第1実施例によるUWS1の1/3オクターブバンドの定比分析を行ったスペクトラムを示す図であり、縦軸を音圧(dB)、横軸を周波数(kHz)として音の周波数分布を示している。黒の実線は本発明のUWS1の周波数特性を示している。
この図に示すように、UWS1は、0.79kHz及び8.00kHzの二箇所にピーク周波数があり、0.79kHzのピークは汽船Aの走行音の周波数を示すものであるが、周波数の変調が困難なことからそのまま使用した。
【0023】
UWS1は8.00kHzに変調した。これは、衝突危険鯨種の可聴周波数(マッコウクジラ0.29〜47.75kHz、ツチクジラ0.2〜33kHz、ナガスクジラ科鯨類15kHz以下)と現行の水中放声装置の最大感度に合わせて調整したものである。
〔B〕第2実施例(UWS2:変動周波数型)
(1)まず、本発明の第2実施例(UWS2)の音響特性について説明する。
【0024】
図4は本発明の第2実施例によるUWS2のソナグラムを示す図であり、縦に入った黒線は変調させたカンカン棒の音を示し、背景の灰色部分は汽船Aの走行音を示している。
汽船Aの走行音(エンジン音)は、最大速力時(16.7kt,200rpm)走行音に0.12kHzのハイパスフィルターをかけ、カンカン棒の原音(音源)は卓越周波数2.00kHzを5.00kHz、8.00kHz、及び10.00kHzに変調し、それらの3つの周波数を交互に配列して、鯨類の優位可聴周波数(マッコウクジラ2〜5kHz、ツチクジラ0.2〜33kHz、ナガスクジラ科鯨類15kHz以下)と現行の水中放声装置の最大感度に合わせて調整した。音間隔については、原音の0.52秒を汽船Aの接近速力時のディーゼルノック音の間隔に合わせて約0.09秒に変調した。
【0025】
(2)次に、本発明の第2実施例(UWS2)の周波数特性について説明する。
図5は本発明の第2実施例によるUWS2の1/3オクターブバンドの定比分析を行ったスぺクトラムを示す図である。
図5に示すように、UWS2は5.04kHz、8.00kHz、及び10.08kHzの三箇所にピーク周波数があり、これらの周波数特性は、鯨類の優位可聴周波数(マッコウクジラ2〜5kHz、ツチクジラ0.2〜33kHz、ナガスクジラ科鯨類15kHz以下)の範囲内である。
【0026】
〔C〕調査
以下、新潟・佐渡で行った鯨類忌避音の調査について説明する。
本願発明者らは、UWSの新音源を搭載する際の重要点として本発明のUWSの水中伝播特性を明確化し、より実効性の高い音響刺激に調整する必要があるとの考えに基づき、本発明のUWSを水中で再生した際の音と、UWSを再生している時の走行音とを録音し、その伝播特性について解析を行った。
【0027】
この調査では、より実効性の高いUWSに調整するために、非走行時及び走行時に本発明のUWSの水中録音を実施し、本発明のUWS(固定周波数型と変動周波数型)の音響伝播特性について明確にするようにした。
(調査方法)
(1)非走行時及び走行時の本発明のUWSの録音
(a)非走行時における本発明のUWSの録音
新潟港・万代島第1バースより水中マイクロフオンを水中へ投下し、第2又は第3バースに停泊している船舶から本発明のUWSを再生して水中録音を行った。その際、船舶AからUWS1(固定周波数型)を、船舶BからUWS2(変動周波数型)を再生した。録音前後でマイク深度と同様深度における水温を記録し、レーザー距離計を用いて録音位置から船舶までの距離を計測した。
【0028】
(b)走行時における本発明のUWS及び従来のUWSの船舶走行音録音
両津湊地区の桟橋より水中マイクロフオンを水中へ投下し、本発明のUWS音源及び従来のUWS音源を再生している3隻を対象として、両津港に入港する船舶及び港から出港する船舶の走行音録音を行った。出入港時刻10分前から録音スタンバイし、船舶からの距離が目測で1.5kmになった時点から録音を開始した。船舶が録音場所を通過する際にレーザー距離計を使用して船舶までの最短距離を計測した。また、録音前後でマイク深度と同様深度における水温を記録した。
【0029】
使用録音機材については、無指向性の無指向性のハイドロフォン(OKISEATEC model OST2130、受波周波数範囲10Hz〜100kHz,受波感度約−174±3dB re 1V/μPa、ケーブル長15m)にプレアンプ(受波周波数範囲20Hz〜20kHz)及びデジタルレコーダー(Sony PCM−D50、16bit、44.1kHz)を接続して使用した。この録音系の受波周波数範囲は20Hz〜20kHzの定周波数であった。また、予備の録音機器としてホエールフォン(静岡沖電気 周波数範囲100Hz〜20kHz、受波感度−195dB 1V/1μPa at 1kHz以上、無指向性、ケーブル10m)も用意した。船舶までの距離はレーザー距離計(Laser Rangefinder ELITE1500、Bushnell社製)を使用して計測した。水温は、ペッテンコーヘル式(採水器式)のものを使用して、マイク深度と同様深度で計測した。
【0030】
(2)調査結果
調査は準備を含めて6日間実施し、計5時間38分8秒の録音調査を行うことができた。非走行時及び走行時それぞれの調査録音データの内容は以下の表2及び表3の通りである。
【0031】
【表2】
【0032】
【表3】
【0033】
(a)本発明のUWS音響特性
図6は本発明の第1実施例を示すUWS1及びUWS2を搭載した船舶の走行音をそれぞれソナグラムで示す図である。
図6(a)は船舶A(本発明のUWS1、140m地点)、
図6(b)は船舶B(本発明のUWS2、126m地点)の走行音ソナグラムであり、それぞれ最接近時を含めた20秒間を示している(FFT length=512,Frame size=100% Overlap=0% Hamming window)。
【0034】
図7は各船舶の走行音を各音源で10秒間ずつ切り出してパワースペクトラムで示す図である。
図7(a)は船舶A(UWS1)、
図7(b)は船舶B(UWS2)の走行音をそれぞれ示している。なお、走行音と背景雑音を比較するため、通過前の背景雑音についても10秒間切り出し、パワースペクトラムで示している。
図6に示すように、本発明のUWS1及びUWS2では、5〜10kHzの範囲でカンカン棒の音圧が走行音と比較して高い傾向が見られ、さらに、
図7のパワースペクトラムから分かるように、UWS1では8kHz、UWS2では5kHz、8kHz、10kHzと、カンカン棒に対応する周波数で音圧が高い傾向が見られた。
【0035】
(b)本発明のUWSの音圧と各音源の音響特性比較
各船舶の非走行時音と走行音を1/3オクターブバンドの定比分析を行い、各船舶及び各音源音圧を比較した。
図8は非走行時の各音源比較図、
図9は走行時の各音源比較図である。
図8に示されるように、非走行時は5.04〜8.00kHzにおいてピークが見られ、特にUWS2ではカンカン棒の周波数の音圧が高いことが分かった。一方で、低周波数ではCD音源と比較して音圧が低くなっていることから、スピーカー特性によって5kHz以下の低周波数は再生音圧が下がることが明確となった。
【0036】
一方、走行時においては、
図9に示されるように、本発明のUWSを搭載した船舶はいずれも、0.16kHzと0.63kHz、及び6.35kHzにピークがあることが分かった。
図10は本発明のUWSの非走行時と走行時の音響特性比較図であり、
図10(a)はUWS1、
図10(b)はUWS2の音響特性をそれぞれ比較した図を示している。この図に示されるように、非走行時ではカンカン棒の周波数に対応する部分の音圧が高くなるが、走行時はより低周波数の部分で音圧が高くなることが分かった。
【0037】
図11は本発明のUWS1及びUWS2の走行時の音響特性を船舶ごとに比較した図であり、
図11(a)は船舶B、
図11(b)は船舶Aの走行時の比較図である。この図に示されるように、どちらの船舶においてもUWS2の方がUWS1よりも音圧が高い傾向が見られ、船舶Bでは最高5.5dB(0.16kHz)、船舶Aでは最高9.6dB(6.3kHz)、UWS2の方が高い音圧を示した。すなわち、鯨類の船舶判別可能距離が、UWS2の方がより遠くなる可能性があることが分かった。
【0038】
図12は船舶の違いによる本発明のUWSの音響特性の比較を行った図であり、
図12(a)は走行時の船舶B(UWS1)と船舶A(UWS2)との音響特性の比較を行った図であり、
図12(b)は走行時の船舶B(UWS1)と船舶A(UWS2)との音響特性の比較を行った図である。
この図より、船舶Bよりも船舶Aのカンカン棒の音の音圧が、本発明のUWS1では約5dB、本発明のUWS2では約6dB高くなっており、船舶A(UWS2)の方がカンカン棒の音がより聞こえやすくなっていることが分かった。船舶A(UWS2)を搭載した際は、本来60%である船舶のアンプ出力を70%に上げたために、そのことも考慮に入れるが、UWS1で比較した場合においても、船舶Aが搭載されているときの方が音圧は強いため、船舶Aの方が音はより遠くまで聞こえると言える。
【0039】
更に、各周波数における音源から100〜500m離れた際の海中における音の減衰と推定到達音圧を求めた。球面拡散TL
S =20 log r(dB)、吸収減衰はFrancois & Garrison 1982の式を使用し、計算条件は送波水深2m(走行時スピーカー深度)、界面水温20℃、塩分濃度35%:pH8として計算を行った。
【0040】
その結果は、以下の表4(その1)〜表6(その3)にまとめた。
【0041】
【表4】
【0042】
【表5】
【0043】
【表6】
【0044】
表4(その1)〜表6(その3)の灰色で塗り潰したセルは、ヒゲクジラ亜目ナガスクジラ(Megaptera novaeangliae)が反応する最低の音圧102dB re 1μPa(Frankel et al.1995)以上の音圧であることを示している。
以上のことを踏まえ、音源から100m以上離れた地点で鯨類の反応を誘発する音圧で伝播するUWSが有効であると判断し、この調査の結果から6kHzの音は150mまでの範囲ならば全ての船舶から発せられた本発明のUWSが有効であると判断する。8kHzについても120mまでの範囲ならば全船舶の本発明のUWSが有効である。固定周波数型のUWS1は6−8kHzの周波数帯で最低120m(全周波数)、最高200m(8kHz)まで、変動周波数型UWS2は0.5kHzと4−10kHzの周波数帯で最低120m(全周波数)、最高300m(5−8kHz)まで鯨類の反応を誘発できる音圧で再生された。これらの周波数は、ミンククジラ(可聴周波数帯0.12−15.93kHz、優位周波数帯0.5−9.4kHz)とツチクジラ(可聴周波数帯0.27−33.09kHz、優位周波数帯4.00−8.00kHz)と重複している。
【0045】
この調査により、船舶Aに搭載した際、本発明の変動型周波数型のUWSでの鯨類可聴周波数の音圧が高かったため、鯨類に船舶を認知させるという点では最も優れていることが分かった。
また、本発明の変動型周波数型のUWSは、低周波数である0.5、4〜10kHzまで有効の範囲が広がった。この調査においては、音圧を含め、本発明のUWSの音響特性が鯨類に有効であることが明確となった。
【0046】
上記したように、本発明によれば、鯨類忌避音水中発生装置において、鯨類に忌避効果のある忌避音として鯨類の可聴周波数帯域内で忌避効果のある船舶の走行音と、鯨類の追い込み漁に使用する鯨類忌避効果のあるカンカン棒の音源を調整して合成した。
その鯨類忌避音水中発生装置を備えた船舶は例えば捕鯨船である。
また、鯨類忌避音水中発生装置を備えた船舶は例えば超高速船である。
【0047】
さらに、鯨類忌避音水中発生装置を備えた船舶が例えばヨットである。
また、鯨類忌避音水中発生装置によって、水中に配置される発電装置や養殖装置の周囲に鯨類を寄り付かせないように構成することができる。
上記から明らかなように、
(1)固定周波数型のUWS1は、6−8kHzの周波数帯で最低120m(全周波数)、最高200m(8kHz)まで鯨類の反応を誘発できる音圧で再生された。一方、変動周波数型のUWS2は、0.5kHzと4−10kHzの周波数帯で最低120m(全周波数)、最高300m(5−8kHz)まで鯨類の反応を誘発できる音圧で再生された。両UWSは、6kHzにおいては150m、8kHzにおいては120m先までならば船舶の全てのケースにおいて、周波数帯が鯨類(この場合にはミンククジラ・ツチクジラ)の可聴域帯と重複した。また、変動周波数型のUWS2の方がより遠くから船舶の存在を鯨類に認知させる可能性があることが明らかとなった。
【0048】
(2)新UWS1、新UWS2の到達距離を比較すると、鯨類の反応を誘発できる有効範囲が、固定周波数型のUWS1は、6−8kHz、変動周波数型のUWS2は0.5,4−10kHzである。
(3)各船舶によって音響特性がやや異なり、同じタイプのUWSであっても船舶Aの方が船舶Bよりも高い音圧で再生される傾向があった。また、スピーカーの特性により5kHz以下の低周波数では再生音圧が低下することが明らかとなった。
【0049】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。