特許第6095014号(P6095014)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6095014
(24)【登録日】2017年2月24日
(45)【発行日】2017年3月15日
(54)【発明の名称】浮腫抑制用経口剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/728 20060101AFI20170306BHJP
   A61P 7/10 20060101ALI20170306BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20170306BHJP
【FI】
   A61K31/728
   A61P7/10
   A61P29/00
【請求項の数】2
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2014-502371(P2014-502371)
(86)(22)【出願日】2013年2月28日
(86)【国際出願番号】JP2013055431
(87)【国際公開番号】WO2013129577
(87)【国際公開日】20130906
【審査請求日】2015年8月28日
(31)【優先権主張番号】特願2012-45954(P2012-45954)
(32)【優先日】2012年3月1日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2012-45955(P2012-45955)
(32)【優先日】2012年3月1日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001421
【氏名又は名称】キユーピー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【弁理士】
【氏名又は名称】坂西 俊明
(72)【発明者】
【氏名】栗原 仁
(72)【発明者】
【氏名】釣木 隆弘
(72)【発明者】
【氏名】浅利 晃
【審査官】 小堀 麻子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−102278(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/113512(WO,A1)
【文献】 特開2009−051849(JP,A)
【文献】 特開2001−231503(JP,A)
【文献】 食用ヒアルロン酸(ECM・E)の鎮痛作用および創傷治癒促進効果,医学と生物学,1999年,Vol.139, No.6,p.253-258
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩を有効成分として含有し、かつ、血漿中でのTGF−βの発現を促進する、浮腫抑制経口剤。
【請求項2】
ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩を有効成分として含有し、痛み物質であるPGE2及び/又はブラジキニンの産生を抑制する、浮腫抑制経口剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、TGF−β発現促進経口剤、痛み物質産生抑制経口剤及び浮腫抑制経口剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒアルロン酸は、生体、特に皮下組織に存在するムコ多糖類であり、その高い保湿機能により、化粧料の原料として広く利用されてきた(特許文献1)。また、ヒアルロン酸は、医薬品としても利用されており、例えば、ヒアルロン酸を関節に注射することにより、生体本来の持つヒアルロン酸含量の低下を補い、関節の炎症を抑える治療が行われている。
【0003】
しかしながら、ヒアルロン酸を関節に注射する場合、定期的に病院に通院して施術を受ける必要があるため、患者にとって負担が大きい。また、注射した部位に局所疼痛、腫脹、発赤が生じる場合がある。さらに、関節の痛みがさほど大きくない場合、予防も含めて適切な治療が行われることが少ないと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭63−57602号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、患者のQOL向上に寄与する、TGF−β発現促進経口剤、痛み物質産生抑制経口剤及び浮腫抑制経口剤を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明者は、痛み(炎症性疼痛)について鋭意研究した結果、意外にも、ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩が血漿中でのTGF−βの発現を促進することを見出し、本発明を完成するに至った。また、本願発明者は、痛み(炎症性疼痛)について鋭意研究した結果、意外にも、ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩が痛み物質であるPGE2及び/又はブラジキニンの産生を抑制することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明の一態様に係るTGF−β発現促進経口剤は、ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩を有効成分として含有し、かつ、血漿中でのTGF−βの発現を促進する。
【0008】
本発明の別の一態様に係る痛み物質産生抑制経口剤は、ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩を有効成分として含有し、かつ、血漿中におけるTGF−βの発現を促進することにより、痛み物質の産生を抑制する。この場合、前記痛み物質がブラジキニンであることができる。
【0009】
本発明の他の一態様に係る浮腫抑制経口剤は、上記TGF−β発現促進経口剤を含有する。
【0010】
本発明の他の一態様に係る痛み物質産生抑制経口剤は、ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩を有効成分として含有し、痛み物質であるPGE2及び/又はブラジキニンの産生を抑制する。
【0011】
本発明の他の一態様に係る浮腫抑制経口剤は、ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩を有効成分として含有し、痛み物質であるPGE2及び/又はブラジキニンの産生を抑制する。
【発明の効果】
【0012】
上記TGF−β発現促進経口剤及び上記痛み物質産生抑制経口剤によれば、ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩が血漿中でのTGF−βの発現を促進することにより、痛み物質の産生が抑制されるため、痛みを低減することができる。また、上記浮腫抑制経口剤によれば、上記TGF−β発現促進経口剤を含有することにより、浮腫を抑制することができる。
【0013】
上記痛み物質産生抑制経口剤によれば、ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩によって痛み物質であるPGE2及び/又はブラジキニンの産生が抑制されるため、痛みを低減することができる。また、上記浮腫抑制経口剤によれば、ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩を有効成分として含有し、痛み物質であるPGE2及び/又はブラジキニンの産生を抑制することにより、浮腫を抑制することができる。
【0014】
また、上記TGF−β発現促進経口剤、上記痛み物質産生抑制経口剤及び上記浮腫抑制経口剤は経口剤であることから、患者が容易に摂取することができるため、治療のために患者が通院する必要がなく、患者のQOL向上に寄与することができる。したがって、患者の負担を小さくできるとともに、痛みを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、本発明の実施例1のヒアルロン酸の痛み抑制作用確認試験において、カラギーナン惹起から6時間後の左後足の状態を示す写真を示す。
図2図2は、本発明の実施例1のヒアルロン酸の痛み抑制作用確認試験において、カラギーナン惹起による左後足の足蹠容積の経時変化を表すグラフである。
図3図3は、本発明の実施例1のヒアルロン酸の痛み抑制作用確認試験において、カラギーナン惹起から0時間後、3時間後、6時間後の浸出液量を表すグラフである。
図4図4は、本発明の実施例1のヒアルロン酸の痛み抑制作用確認試験において、カラギーナン惹起から0時間後、3時間後、6時間後の血漿中のTGF−β1の濃度を表すグラフである。
図5図5は、本発明の実施例1のヒアルロン酸の痛み抑制作用確認試験において、カラギーナン惹起から0時間後、3時間後、6時間後の浸出液中のブラジキニンの総量を表すグラフである。
図6図6は、本発明の実施例1のヒアルロン酸の痛み抑制作用確認試験において、カラギーナン惹起から0時間後、3時間後、6時間後の浸出液中のブラジキニンの濃度を表すグラフである。
図7図7は、本発明の実施例1のヒアルロン酸の痛み抑制作用確認試験において、カラギーナン惹起から0時間後、3時間後、6時間後のPGE2(プロスタグランジンE2)の総量を表すグラフである。
図8図8は、本発明の実施例1のヒアルロン酸の痛み抑制作用確認試験において、カラギーナン惹起から0時間後、3時間後、6時間後の浸出液中のPGE2の濃度を表すグラフである。
図9図9は、本発明の実施例1のヒアルロン酸の痛み抑制作用確認試験において、血漿中のヒアルロン酸の濃度の測定結果を示すグラフである。
図10図10は、本発明のTGF−β発現促進経口剤の作用機序を模式的に説明する図である。
図11図11は、本発明の実施例2において、ヒト結腸由来HT29細胞におけるヒアルロン酸のTGF−β発現促進作用を評価するために、TGF−βのmRNA発現量を測定した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照しつつ、本発明を詳細に説明する。なお、本発明において、格別に断らない限り、「部」は「質量部」を意味し、「%」は「質量%」を意味する。
【0017】
1.TGF−β発現促進経口剤
本発明の一実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤は、ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩を有効成分として含有し、かつ、血漿中でのTGF−βの発現を促進することを特徴とする。
【0018】
1.1.ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩
本発明において、「ヒアルロン酸」とは、β−D−グルクロン酸とβ−D−N−アセチルグルコサミンとの二糖からなる繰り返し構成単位を1以上有する多糖類である。すなわち、ヒアルロン酸は、β−D−グルクロン酸の1位とβ−D−N−アセチル−グルコサミンの3位とが結合した2糖単位を少なくとも1個含む2糖以上のものである。また、「ヒアルロン酸の薬学的に許容される塩」としては、特に限定されないが、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、亜鉛塩、マグネシウム塩、アンモニウム塩等が挙げられる。
【0019】
ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩は、動物等の生体組織(例えば鶏冠、さい帯、皮膚、関節液等)から抽出されたものでもよく、あるいは、微生物、動物細胞または植物細胞を培養して得られたもの(例えばストレプトコッカス属の細菌等を用いた発酵法)、化学的または酵素的に合成されたもの等を使用することができる。
【0020】
なお、本発明において使用するヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩の純度は、医薬品で使用できるレベルであればよく、好ましくは90%以上であればよく、より好ましくは95%以上であればよい。この純度は、カルバゾール硫酸法(例えば日本薬局方)にて測定されたグルクロン酸定量値から算出された値である。
【0021】
カルバゾール硫酸法は、ホウ酸ナトリウム・硫酸溶液中にヒアルロン酸水溶液を加えて混和し、ヒアルロン酸を加熱分解した後冷却し、カルバゾール・エタノール溶液を加えて混和し、加熱後放冷した試料液の吸光度(530nm)を測定する方法である。同様に処理したD−グルクロノラクトンを用いて検量線を作成し、D−グルクロノラクトン換算値を算出した後、1.102を乗じてグルクロン酸定量値を求める。得られたグルクロン酸定量値に(ヒアルロンの分子量/グルクロン酸の分子量)を乗じてヒアルロンの含有量を算出する。
【0022】
また、本実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤で使用するヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩の平均分子量は好ましくは50万以上であり、より好ましくは60万以上、さらに好ましくは60万〜160万である。ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩の平均分子量が50万未満であると、TGF−β発現を促進するのが困難になる場合がある。また、ヒアルロン酸及び/またはその塩の平均分子量が160万を超えると、溶解し難く、その効果を十分に発揮できない場合がある。
【0023】
なお、本発明で規定されるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩の平均分子量は、以下の方法により測定される。
【0024】
即ち、約0.05gの精製ヒアルロン酸を精密に量り、0.2mol/L濃度の塩化ナトリウム溶液に溶かし、正確に100mLとした溶液及びこの溶液8mL、12mL並びに16mLを正確に量り、それぞれに0.2mol/L濃度の塩化ナトリウム溶液を加えて正確に20mLとした溶液を試料溶液とする。この試料溶液及び0.2mol/L濃度の塩化ナトリウム溶液につき、日本薬局方(第十四改正)一般試験法の粘度測定法(第1法 毛細管粘度測定法)により30.0±0.1℃で比粘度を測定し(式(1))、各濃度における還元粘度を算出する(式(2))。還元粘度を縦軸に、本品の換算した乾燥物に対する濃度(g/100mL)を横軸にとってグラフを描き、各点を結ぶ直線と縦軸との交点から極限粘度を求める。ここで求められた極限粘度をLaurentの式(式(3))に代入し、平均分子量を算出する(T.C. Laurent, M. Ryan, A. Pietruszkiewicz,:B.B.A., 42, 476−485(1960))。
(式1)
比粘度 = {(試料溶液の所要流下秒数)/(0.2mol/L塩化ナトリウム溶液の所要流下秒数)}−1
(式2)
還元粘度 = 比粘度/(本品の換算した乾燥物に対する濃度(g/100mL))
(式3)
極限粘度 = 3.6×10−40.78
M:平均分子量
【0025】
本実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤におけるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩の含有量は、ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩が有効成分として機能しうる量であればよく、通常1質量%以上であり、好ましくは5〜95質量%である。
【0026】
1.2.TGF−βの発現促進
本実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤は、ヒトまたはヒト以外の動物の血漿中でのTGF−βの発現を促進する。また、本実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤は、ヒトまたはヒト以外の細胞または組織でのTGF−βの発現を促進する。
【0027】
ヒトまたはヒト以外の動物の血漿中、細胞または組織におけるTGF−βの発現促進は、例えば、ノーザンブロッティング、DNAアレイ、DNAチップ等によるTGF−βmRNAの検出または定量、ならびに、ウエスタンブロッティング、ELISA、アフィニティクロマトグラフィー等によるTGF−β蛋白質の検出または定量等の公知の生化学的分析方法により確認することができる。
【0028】
ヒト以外の動物としては、非霊長類(例えば、ウシ、ブタ、ウマ、イヌ、ネコ、ラット及びマウス)及び霊長類(例えばサル)を含む哺乳類が挙げられる。ヒトまたはヒト以外の動物としては、好ましくはヒトである。
【0029】
TGF−β(Transforming Growth Factor−β)はサイトカイン(細胞の働きを調節する分泌性蛋白)の一種であり、β1〜β5の5つのサブタイプが存在することが判明している。また、TGF−βは、多くの組織で、細胞外基質蛋白を産生し、分解酵素を抑制し、創傷治癒を促進することが知られており、また、上皮細胞の増殖や新生を促進することが知られている。
【0030】
本実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤をヒトまたはヒト以外の動物に経口的に摂取させることによって、ヒトまたはヒト以外の動物において血漿中でのTGF−β発現を促進することができる。これにより、炎症性疾患(例えば、リウマチ関節炎(RA);喘息;鼻炎等のアレルギー性疾患;血管疾患;血栓症または有害な血小板凝集;血栓溶解後の再閉塞;再潅流傷害;乾癬、湿疹、接触皮膚炎及びアトピー性皮膚炎等の皮膚炎症性疾患;糖尿病(例えば、インスリン依存型糖尿病、自己免疫型糖尿病);多発性硬化症;潰瘍性大腸炎、クローン病(局所性腸炎)等の炎症性腸疾患;非熱帯性スプルー、血清反応陰性関節症に関連した腸疾患、リンパ球性または膠原性大腸炎、及び好酸球性胃腸炎等の胃腸管への白血球浸潤が関与する疾患;皮膚、尿路、気道及び関節滑膜等の他の上皮皮膜組織への白血球浸潤に関連した疾患;膵炎;乳腺炎(乳腺);肝炎;胆嚢炎;胆管炎または胆管周囲炎(胆管及び肝臓の周囲組織);気管支炎;副鼻腔炎;過敏性肺炎等の間質性線維症を生じる肺の炎症性疾患;膠原病;サルコイドーシス;骨粗鬆症;骨関節症;アテローム性動脈硬化症;新生物の転移または癌性増殖を含む新生物疾患;外傷(外傷治癒強化);網膜剥離、アレルギー性結膜炎;自己免疫性、ブドウ膜炎等のある種の眼病;シェーグレン症候群;臓器移植後の拒絶反応(慢性及び急性);宿主対移植片または移植片対宿主疾患;内膜肥厚;動脈硬化症(移植後の移植片動脈硬化症を含む);腫瘍血管新生;悪性腫瘍;多発性骨髄腫;骨髄腫誘発骨吸収;外傷性脳損傷及び脊髄損傷等の中枢神経傷害;及びメニエール病からなる群から選ばれる病態)に罹患した患者(ヒトまたはヒト以外の動物)における痛みを改善することができる。特に、リウマチ関節炎(RA)、膠原病等の自己免疫性疾患や膝変形性関節炎などの関節炎における痛みを緩和することができ、特に、膝や肩等の関節における痛みを緩和することができる。
【0031】
本実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤を経口摂取することによって血漿中でのTGF−βの発現が促進される作用機序については必ずしも明らかではないが、ヒアルロン酸を経口摂取したマウスの腸管上皮表面の受容体にヒアルロン酸が結合することを本願発明者が報告している(Akira Asari, Tomoyuki Kanemitsu, Hithoshi Kurihara, Oral Administration of High Molecular Weight Hyaluronan (900 KDa) Controls Immune System via Toll−like Receptor 4 in the Intestinal Epithelium)。したがって、本実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤の有効成分であるヒアルロン酸またはその薬学的に許容できる塩を経口摂取すると、該ヒアルロン酸またはその薬学的に許容できる塩が腸管上皮表面の受容体に結合し、その結果、血漿中におけるTGF−βの発現が促進されることによるものであると推察される(図10参照)。また、血漿中におけるTGF−βの発現が促進される結果、痛み抑制作用が発揮されると推察される。
【0032】
なお、本発明において「患者」とは、本実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤(ならびに、後述する痛み物質産生抑制経口剤及び浮腫抑制経口剤)が投与されるヒトまたはヒト以外の動物のことをいい、通常は、上記疾患及び/又は痛みを有するヒトまたはヒト以外の動物、あるいは上記疾患の疑いがありかつ痛みを有するヒトまたはヒト以外の動物である。
【0033】
本実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤(ならびに、後述する痛み物質産生抑制経口剤及び浮腫抑制経口剤)は経口的に投与されるため、治療を受けるために患者が通院する必要がないので、患者のQOLを向上させることができる。
【0034】
本実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤(ならびに、後述する痛み物質産生抑制経口剤及び浮腫抑制経口剤)は、上記炎症性疾患における痛み(炎症性疼痛)の緩和及び/または予防に好適に使用することができる。例えば、本実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤を、上記疾患に起因する軽度〜重度の痛みを有する患者に使用することができる。
【0035】
例えば、上記疾患による軽度の痛みを有する患者の場合、痛みに対して適切な治療が施されていない場合もある。これに対して、本実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤(ならびに、後述する痛み物質産生抑制経口剤及び浮腫抑制経口剤)を、上記疾患に起因する軽度の痛みを有する患者に投与することにより、患者の負担を増やすことなく、痛みを軽減及び/または予防することができる。
【0036】
本実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤(ならびに、後述する痛み物質産生抑制経口剤及び浮腫抑制経口剤)は、有効成分であるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩以外に、本発明の効果を損なわない範囲で、その他の原料を含むことができる。そのような原料の例としては水、賦形剤、抗酸化剤、防腐剤、湿潤剤、粘稠剤、緩衝剤、吸着剤、溶剤、乳化剤、安定化剤、界面活性剤、滑沢剤、水溶性高分子、甘味料、矯味剤、酸味料、アルコール類等が挙げられる。
【0037】
本実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤(ならびに、後述する痛み物質産生抑制経口剤及び浮腫抑制経口剤)の剤形は特に限定されないが、本実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤(ならびに、後述する痛み物質産生抑制経口剤及び浮腫抑制経口剤)を経口摂取する場合、例えば錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、丸剤等の固形製剤、水剤、懸濁剤、シロップ剤、乳剤等の液剤等の経口投与剤が挙げられる。
【0038】
ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩は生体物質であるため、多量に摂取しても副作用がない、またはきわめて低いと考えられるが、本実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤(ならびに、後述する痛み物質産生抑制経口剤及び浮腫抑制経口剤)として摂取するヒアルロン酸及び/またはその塩の量は、一日当たり10mg〜1000mg、好ましくは100〜500mgを目安とすることができる。投与回数は、症状に応じて一日当たり一回もしくは複数回を選択できる。
【0039】
2.痛み物質産生抑制経口剤
本発明の一実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤は、ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩を有効成分として含有し、かつ、血漿中におけるTGF−βの発現を促進することにより、痛み物質の産生を抑制することを特徴とする。本発明の一実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤において、有効成分として含まれるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩としては、上記実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤において有効成分として使用されるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩を使用することができる。また、本発明の一実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤におけるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩の含有量及び投与量ならびに他の成分もまた、上記実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤におけるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩の含有量及び投与量ならびに他の成分と同様である。
【0040】
例えば、生体内組織が損傷されて該組織に炎症が生じると、痛みが発生する。また、生体内組織の損傷が治癒した後にも痛みが感じられることがある。一般に、代表的な発痛物質として、ブラジキニンが知られている。組織損傷時に血漿から遊離したブラジキニンが知覚神経を興奮させることにより、痛みを発生させる。より具体的には、ブラジキニンは、組織が損傷された際に生じる侵害刺激を伝える受容体(ポリモーダル受容体)を刺激する作用を有する。すなわち、ブラジキニンは発痛物質として最も重要な役割を果たしている。一方、PGE2は、ブラジキニンによって該受容体への作用が増強されることによって、間接的に発痛作用を示す物質である。PGE2はブラジキニンと比較して直接的な発痛作用は弱いが、ブラジキニンによる発痛を増強させる作用を有する。
【0041】
本実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤が産生を抑制する痛み物質は例えば、ブラジキニンであることができ、ブラジキニン及びPGE2の両方であってもよい。すなわち、本実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤の有効成分であるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩がブラジキニンの産生を抑制する結果、PGE2の産生も抑制することができ、その結果、痛み物質の産生を効果的に抑制することができる。
【0042】
本実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤によれば、ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩が血漿中でのTGF−βの発現を促進することにより、痛み物質の産生が抑制されるため、炎症性疼痛を低減することができる。また、本実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤は経口剤であることから、患者が容易に摂取することができ、治療のために患者が通院する必要がないため患者の負担を減らすことができるため、患者のQOL向上に寄与することができる。
【0043】
3.浮腫抑制経口剤
本発明の一実施形態に係る浮腫抑制経口剤は、上記TGF−β発現促進経口剤を含有する。本発明において「浮腫」とは、生体内の組織において、血管外に余分な水分(血しょう成分)が溜まっている状態のことをいう。浮腫は通常、細胞組織の液体(細胞間質液)と血液との圧力バランスが崩れることにより生じる。本実施形態に係る浮腫抑制経口剤の投与対象となる浮腫としては、例えば局所性浮腫、炎症性浮腫が挙げられる。このうち、本実施形態に係る浮腫抑制経口剤の投与により、例えば、上肢(手を含む)、下肢(足を含む)、頭部、背部、腹部、臀部に生じる炎症性浮腫を効果的に抑制することができる。
【0044】
本実施形態に係る浮腫抑制経口剤において、有効成分として含まれるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩としては、上記実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤において有効成分として使用されるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩を使用することができる。また、本実施形態に係る浮腫抑制経口剤におけるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩の含有量及び投与量ならびに他の成分もまた、上記実施形態に係るTGF−β発現促進経口剤におけるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩の含有量及び投与量ならびに他の成分と同様である。
【0045】
本実施形態に係る浮腫抑制経口剤によれば、上記TGF−β発現促進経口剤を含有することにより、上記TGF−β発現促進経口剤の経口摂取によって、血漿中におけるTGF−βの発現が促進される結果、浮腫(特に、炎症時の浮腫)を抑制することができる(図10参照)。また、本実施形態に係る浮腫抑制経口剤は経口剤であるので、容易に摂取することができることから、治療のために患者が通院する必要がないため、患者のQOL向上に寄与することができる。
【0046】
4.痛み物質産生抑制経口剤
4.1.痛み物質産生抑制経口剤
本発明の一実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤は、ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩を有効成分として含有し、痛み物質であるPGE2及び/又はブラジキニンの産生を抑制することを特徴とする。
【0047】
本実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤で使用するヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩の平均分子量は好ましくは50万以上であり、より好ましくは60万以上、さらに好ましくは60万〜160万である。ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩の平均分子量が50万未満であると、痛み物質の産生を抑制するのが困難になる場合がある。また、ヒアルロン酸及び/またはその塩の平均分子量が160万を超えると、溶解し難く、その効果を十分に発揮できない場合がある。
【0048】
本実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤におけるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩の含有量は、ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩が有効成分として機能しうる量であればよく、通常1質量%以上であり、好ましくは5〜95質量%である。
【0049】
4.2.痛み物質産生抑制
ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩を有効成分として含有する本実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤をヒトまたはヒト以外の動物が経口摂取することにより、ヒトまたはヒト以外の動物の細胞、組織及び器官において、痛み物質であるPGE2及び/又はブラジキニンの産生が抑制される。
【0050】
本実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤が産生を抑制する痛み物質は例えば、ブラジキニン及び/またはPGE2であることができ、ブラジキニン及びPGE2の一方または両方であってもよい。例えば、本実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤の有効成分であるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩がブラジキニンの産生を抑制する結果、PGE2の産生も抑制することができ、その結果、痛み物質の産生を効果的に抑制することができる。
【0051】
本実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤によれば、ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩が痛み物質の産生を抑制することにより、炎症性疼痛を低減することができる。また、本実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤は経口剤であることから、患者が容易に摂取することができ、治療のために患者が通院する必要がないため患者の負担を減らすことができるため、患者のQOL向上に寄与することができる。
【0052】
本実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤をヒトまたはヒト以外の動物に経口的に摂取させることによって、ヒトまたはヒト以外の動物において痛み物質であるPGE2及び/又はブラジキニンの産生を抑制することができる。これにより、炎症性疾患(例えば、リウマチ関節炎(RA);喘息;鼻炎等のアレルギー性疾患;血管疾患;血栓症または有害な血小板凝集;血栓溶解後の再閉塞;再潅流傷害;乾癬、湿疹、接触皮膚炎及びアトピー性皮膚炎等の皮膚炎症性疾患;糖尿病(例えば、インスリン依存型糖尿病、自己免疫型糖尿病);多発性硬化症;潰瘍性大腸炎、クローン病(局所性腸炎)等の炎症性腸疾患;非熱帯性スプルー、血清反応陰性関節症に関連した腸疾患、リンパ球性または膠原性大腸炎、及び好酸球性胃腸炎等の胃腸管への白血球浸潤が関与する疾患;皮膚、尿路、気道及び関節滑膜等の他の上皮皮膜組織への白血球浸潤に関連した疾患;膵炎;乳腺炎(乳腺);肝炎;胆嚢炎;胆管炎または胆管周囲炎(胆管及び肝臓の周囲組織);気管支炎;副鼻腔炎;過敏性肺炎等の間質性線維症を生じる肺の炎症性疾患;膠原病;サルコイドーシス;骨粗鬆症;骨関節症;アテローム性動脈硬化症;新生物の転移または癌性増殖を含む新生物疾患;外傷(外傷治癒強化);網膜剥離、アレルギー性結膜炎;自己免疫性、ブドウ膜炎等のある種の眼病;シェーグレン症候群;臓器移植後の拒絶反応(慢性及び急性);宿主対移植片または移植片対宿主疾患;内膜肥厚;動脈硬化症(移植後の移植片動脈硬化症を含む);腫瘍血管新生;悪性腫瘍;多発性骨髄腫;骨髄腫誘発骨吸収;外傷性脳損傷及び脊髄損傷等の中枢神経傷害;及びメニエール病からなる群から選ばれる病態)に罹患した患者(ヒトまたはヒト以外の動物)における痛みを改善することができる。特に、リウマチ関節炎(RA)、膠原病等の自己免疫性疾患や膝変形性関節炎などの関節炎における痛みを緩和することができ、特に、膝や肩等の関節における痛みを緩和することができる。
【0053】
5.浮腫抑制経口剤
本発明の一実施形態に係る浮腫抑制経口剤は、ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩を有効成分として含有し、痛み物質であるPGE2及び/又はブラジキニンの産生を抑制することを特徴とする。本実施形態に係る浮腫抑制経口剤において、有効成分として含まれるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩としては、上記実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤において有効成分として使用されるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩を使用することができる。また、本実施形態に係る浮腫抑制経口剤におけるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩の含有量及び投与量ならびに他の成分もまた、上記実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤におけるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩の含有量及び投与量ならびに他の成分と同様である。本実施形態に係る浮腫抑制経口剤の投与対象となる浮腫としては、例えば局所性浮腫、炎症性浮腫が挙げられる。このうち、本実施形態に係る浮腫抑制経口剤の投与により、例えば、上肢(手を含む)、下肢(足を含む)、頭部、背部、腹部、臀部に生じる炎症性浮腫を効果的に抑制することができる。
【0054】
本実施形態に係る浮腫抑制経口剤において、有効成分として含まれるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩としては、上記実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤において有効成分として使用されるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩を使用することができる。また、本実施形態に係る浮腫抑制経口剤におけるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩の分子量、含有量及び投与量ならびに他の成分もまた、上記実施形態に係る痛み物質産生抑制経口剤におけるヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩の分子量、含有量及び投与量ならびに他の成分と同様である。
【0055】
本実施形態に係る浮腫抑制経口剤によれば、上記痛み物質産生抑制経口剤を含有することにより、上記痛み物質産生抑制経口剤の経口摂取によって、痛み物質であるPGE2及び/又はブラジキニンの産生が抑制される結果、浮腫(特に、炎症時の浮腫)を抑制することができる。また、本実施形態に係る浮腫抑制経口剤は経口剤であるので、容易に摂取することができることから、治療のために患者が通院する必要がないため、患者のQOL向上に寄与することができる。
【0056】
6.実施例
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は実施例に限定されない。
【0057】
6.1.実施例1(ヒアルロン酸の痛み抑制作用の確認試験(in vivo))
実施例1では、ヒアルロン酸の痛み抑制作用を確認し、該作用機序を解明するために、カラギーナン誘発炎症疼痛モデルラットにヒアルロン酸を蒸留水に溶解させた水溶液を飲水投与させた。
【0058】
6.1.1.試験液の調製
試料(ヒアルロン酸(平均分子量90万、白色粉末、キユーピー株式会社製))が、投与量200mg/kg/日となるように、ラットの平均体重及び平均飲水量から濃度を算出して、試験液を調製した。
【0059】
6.1.2.試験方法
ラット(Wistar(SPF)、雄性、入手時4週齢、日本エスエルシー株式会社から入手)を7日間馴化飼育した後、体重による群分けを投与前日に行った。上記試験液の自由摂取による飲水投与を4週間行った。4週間の前記飲水投与の後、カラギーナン惹起時の体重が群間で差のない様にラットを選抜及び群分けしたうえで(表1参照)、後述する疼痛モデルに供した。
【0060】
【表1】
【0061】
[疼痛モデルラット]
疼痛モデルラットは、大内ら(大内和雄、「生物薬科学実験講座(第12巻)炎症とアレルギーI−1」、第1章、異物による炎症モデル:30−51頁)、Masahiro Noguchiら(Masahiro Noguchi, et al :Enzymologic and pharmacologic profile of loxoprofen sodium and its metabolites.Biol. Pharm. Bull. 2005. 28. 2075−2079.)の方法を参照して、1%λカラギーナン(SIGMA社製)溶液0.1mLをラットの後肢足蹠皮下に注入することにより作製された。なお、1%λカラギーナン溶液は、使用(惹起)直前までスターラーで攪拌させておいた。その後、足容積測定装置を用いて足蹠容積を計測した。また、疼痛モデルラットからイソフルラン麻酔下にて採血した後、後肢から浸出液を採取して、該浸出液中のPGE2及びブラジキニンの測定を実施した。
【0062】
[陽性対照]
陽性対照薬であるイブプロフェンの調製及び投与の条件は以下の通りである。
調製:イブプロフェンを電子天秤で必要量測り、メノウ乳鉢を用いて0.5%CMC(カルボキシメチルセルロース)溶液に懸濁させた。
投与経路:強制経口投与
投与容量:10mL/kg
投与用量:100mg/kg
投与回数:1回(カラギーナン投与の1時間前)
投与方法:2.5mLシリンジ(テルモ株式会社製)及びラット用ソフトゾンデを用いて強制経口投与した。
【0063】
[足蹠容積の測定]
カラギーナン惹起前(0時間)及び3時間目、6時間目に、足容積測定装置(プレシスモメーター101P(R)(室町機械))を用いて、疼痛モデルラットの足蹠容積を計測した。ラット右後肢外側の豆状骨の隆起部にマジックインキで目印を付け、容積測定が一定となるようにした。足容積測定装置の計測槽の目標水面まで蒸留水を入れ、測定者がラットを保定し、測定する足の大腿部を軽く押さえながら、目印が水平となり、且つ目標水面となる位置まで足を入れ、装置に接続されているフットスイッチを用いて足蹠容積を記録した。なお、各足蹠容積の測定は3回実施し、その平均値を求めた。
【0064】
足蹠容積測定値については、各動物個体につき変化量ΔmLを以下の計算式により求め、群平均値(mean)とその標準誤差(SE)を算出した。
変化量ΔmL=カラギーナン投与後の各測定時点の値−カラギーナン投与前(0時間)の値
【0065】
[採血及び血漿の採取]
イソフルラン(マイラン製薬株式会社製)による麻酔下の疼痛モデルラットを開腹し、腹部の後大静脈より採血した。採血には、ヘパリンナトリウム(和光純薬工業株式会社)入りの5mLディスポーザブル注射筒及び22G注射針を用いた。採取した血液は、遠心器を用いて速やかに血漿を分離し、チューブに分注し、使用時まで凍結保存した。
【0066】
(血漿中のTGF−β1測定)
血漿中のTGF−β1の測定は、「TGF−β1 Quantikine ELISA Kit(R & D Systems社)」を用いて実施した。操作は、キット添付のプロトコールに準じて実施した。
【0067】
(血漿中のIL−10測定)
血漿中のIL−10の測定は、「Quantikine Rat IL−10(R & D Systems社)」を用いて実施した。操作は、キット添付のプロトコールに準じて実施した。
【0068】
(血漿中のヒアルロン酸濃度の測定)
血漿中のヒアルロン酸濃度の測定は、「Hyaluronan Assay Kit(生化学バイオビジネス社)」を用いて実施した。
【0069】
[浸出液の採取]
あらかじめ風袋を測定した15mLの遠心管を準備し、その中に先端を切断した2mLのピペットチップを入れた容器を用意した。骨切剪刀等を用いて、採血が終了した動物の惹起足の踝1cm上から切断し、重量を測定した。メスを用いて、ラットの足蹠部位の皮膚に大きく縦2箇所、横4箇所の切り込みを加えた。前述の容器の中にこの足皮膚組織をつま先が下になるように入れ、遠心機を用いて3,000rpmで15分間冷却遠心して浸出液を採取した。また、無処置群は左右の後肢から採取した。回収した浸出液の質量は、電子天秤を用いて測定した。質量測定終了後の浸出液に20mMアスピリン含有生理食塩液100μL、20ユニット/mLヘパリン含有生理食塩液250μLを加え、遠心後、上澄み液を浸出液試料とした。また、浸出液はチューブに分注した。浸出液試料は液体窒素で凍結し、使用時まで凍結保存した。
【0070】
(浸出液中のPGE2測定)
浸出液中のPGE2(ELISA)の測定は、「Prostaglandin E2 Kit−Monoclonal、ACE社」を用いて実施した。操作は、キット添付のプロトコールに準じて実施した。
【0071】
(浸出液中のブラジキニン測定)
浸出液中のブラジキニンの測定は、「Bradykinin, EIA Kit, High Sensitivity、Bachem Americans社」を用いて実施した。操作は、キット添付のプロトコールに準じて実施した。
【0072】
6.1.3.試験結果
[足浮腫]
陰性対照(蒸留水投与群)においては、時間経過とともに足浮腫の増大が認められた(図2参照)。試験液(ヒアルロン酸水溶液)投与群及び陽性対照(イブプロフェン投与群)では、カラギーナン惹起後6時間時点において、陰性対照と比較して浮腫はより軽度であった(図1参照)。
【0073】
[足蹠容積]
陰性対照(蒸留水)群においては、時間経過とともに足蹠容積の増加が認められた(図2参照)。なお、図2において、縦軸は、カラギーナン惹起前の足蹠容積に対する足蹠容積を左後足の足蹠容積変化量として表す。試験液(ヒアルロン酸水溶液)投与群では、カラギーナン惹起後6時間時点において、陰性対照より有意に小さい足蹠容積であった。陽性対照(イブプロフェン投与)群では、カラギーナン惹起後3時間時点及び6時間時点において、陰性対照より有意に小さい足蹠容積であった。
【0074】
[浸出液量]
図3に示されるように、カラギーナン惹起前後の足蹠の浸出液量は、足蹠容積とほぼ同様の傾向を示した。すなわち、陰性対照(蒸留水)群においては、時間経過とともに足蹠の浸出液量の増加が認められた(図3参照)。一方、試験液(ヒアルロン酸水溶液)投与群では、カラギーナン惹起後6時間時点において、陰性対照より足蹠の浸出液量が少なかった。また、陽性対照(イブプロフェン投与)群では、カラギーナン惹起後3時間時点及び6時間時点において、陰性対照より足蹠の浸出液量が有意に少なかった。
【0075】
[血漿中のTGF−β濃度]
試験液(ヒアルロン酸水溶液)投与群における血漿中のTGF−βの濃度は、カラギーナン惹起後6時間時点で大きく上昇し、同時間における陽性対照(イブプロフェン)よりも高いTGF−β濃度であったことが確認された(図4参照)。これに対して、陰性対照(蒸留水投与群)における血漿中のTGF−βの濃度は、カラギーナン惹起後3時間時点及び6時間時点においてカラギーナン惹起直後とほとんど変化がみられなかった。このように、ヒアルロン酸の経口投与により、血漿中のTGF−βの産生が促進されたことが確認された。
【0076】
[浸出液中のブラジキニン]
ブラジキニン総量は、陰性対照(蒸留水投与群)においては、時間経過とともに増加が認められた(図5参照)。試験液(ヒアルロン酸水溶液)投与群では、カラギーナン惹起後6時間時点では陰性対照より有意に小さいブラジキニン総量であった。陽性対照(イブプロフェン投与群)では、カラギーナン惹起後3時間時点及び6時間時点で陰性対照より小さい総量(カラギーナン惹起後6時間時点は統計学的に有意)であった。
【0077】
ブラジキニン濃度は、陰性対照においては、時間経過とともに増加が認められた(図6参照)。試験液投与群では、カラギーナン惹起後3時間時点及び6時間時点とも蒸留水群より有意に小さいブラジキニン濃度であり、陽性対照より低いブラジキニン濃度が確認された。陽性対照では、カラギーナン惹起後6時間時点でのみ、陰性対照より有意に小さいブラジキニン濃度が確認された。
【0078】
[浸出液中のPGE2]
浸出液中のPGE2総量は、陰性対照(蒸留水投与群)においては、時間経過とともに増加が認められた(図7参照)。試験液(ヒアルロン酸水溶液)投与群では、カラギーナン惹起後6時間時点では、陰性対照より有意に小さいPGE2総量が確認された。陽性対照(イブプロフェン投与群)では、カラギーナン惹起後3時間時点及び6時間時点で陰性対照より小さいPGE2総量(6時間時点は統計学的に有意)であった。
【0079】
PGE2濃度は、陰性対照においては、惹起直後と惹起後3時間時点では差は認められなかったが、カラギーナン惹起後3時間時点及び6時間時点を比較すると、時間経過とともに増加が認められた(図8参照)。試験液投与群では、カラギーナン惹起後6時間時点では陰性対照より有意に小さい濃度であった。陽性対照では、カラギーナン惹起後3時間時点及び6時間時点で陰性対照より有意に小さいPGE2濃度であった。
【0080】
[血漿中ヒアルロン酸濃度]
陰性対照(蒸留水投与群)および試験液投与群の血漿中のヒアルロン酸濃度を測定した。血漿中のヒアルロン酸濃度は、カラギーナン惹起前、カラギーナン惹起後6時間及び8時間の時点で測定した。
【0081】
図9に示されるように、陰性対照(蒸留水投与群)および試験液(ヒアルロン酸水溶液)投与群ともに、ヒアルロン酸を4週間連続摂取することによる血漿中のヒアルロン酸濃度の変化はみられなかった(図9左図参照)。また、カラギーナンによる惹起後6時間及び8時間においては、蒸留水投与群および試験液投与群ともに、血漿中のヒアルロン酸濃度の変化が殆どみられなかったことから(図9中央図及び右図参照)、ヒアルロン酸の摂取、非摂取にかかわらず、カラギーナン惹起による血漿中ヒアルロン酸濃度への影響はみられなかったといえる。以上のことから、血漿中のヒアルロン酸は、血漿中のTGF−β発現促進にあまり関与していないことが推察される。
【0082】
6.1.4.考察
図1に示されるように、試験液(ヒアルロン酸水溶液)の投与により、カラギーナン惹起による足蹠浮腫の抑制が認められた。また、図5図6図7及び図8に示されるように、試験液(ヒアルロン酸水溶液)の投与により、足蹠の浸出液におけるブラジキニン及びPGE2の産生の抑制が認められたことから、足蹠浮腫の抑制は、足蹠におけるブラジキニン産生抑制および該ブラジキニン産生抑制に起因するPGE2産生抑制に関連した変化と考えられる。
【0083】
特に、足蹠の浸出液におけるブラジキニンの濃度が、試験液(ヒアルロン酸水溶液)投与群において陽性対照(イブプロフェン群)より低値であったことから、ヒアルロン酸の経口投与により、ブラジキニンの産生を効果的に抑制できることが確認された。
【0084】
また、血漿中のIL−10の上昇は認められなかった。このことから、ヒアルロン酸の経口投与が、TGF−βの産生を直接的に抑制したことが示唆される。
【0085】
6.2.実施例2(HT29細胞におけるヒアルロン酸のTGF−β発現促進作用(in vitro))
ヒト結腸腺癌由来HT29細胞(DSファーマバイオメディカル株式会社から入手)におけるヒアルロン酸のTGF−β発現促進作用を確認するために、ヒアルロン酸でHT29細胞を処理した場合におけるTGF−βのmRNA産生量の測定を以下方法にて行った。
【0086】
ヒアルロン酸を培養上清に添加して、1時間後にリポポリサッカライド(LPS)を200ng/mLの濃度で添加した。23時間後に細胞のmRNAを回収して、リアルタイムPCR機器(Mx3005、アジレントテクノロジー株式会社)を用いたTGF−β1のmRNAの定量を行った。まず、逆転写によってmRNAからcDNAを合成し、cDNAを用いてPCR反応を行った。すなわち、熱変性(95、10秒)およびアニーリング(60℃、20秒)を40回繰り返す増幅反応を行い、同時にDNAに結合するCybrGreenの蛍光をモニタリングすることによってDNAの増幅を測定し、対照のmRNA量を1とした場合の定量を行った。用いたヒトTGF−β1プライマーはNCBI(National Center forBiotechnology Information:米国立生物工学情報センター)が公開しているソフトウェアPrimer BLASTで設計し、その配列は、5’−TTCGCCTTAGCGCCCACTGC−3’(Forward)、5’−CAGGGCCAGGACCTTGCTGTACT−3’(Reverse)である。GAPDHプライマーはAsariらの文献(Akira Asari, Tomoyuki Kanemitsu, Hithoshi Kurihara, Oral Administration of High Molecular Weight Hyaluronan (900 KDa) Controls Immune System via Toll−like Receptor4 in the Intestinal Epithelium)に準じて設計し、その配列は、5’−ACCACAGTCCATCAC−3’(Forward)、5’−TCCACCACCCTGTTGCTGTA−3’(Reverse)である。
【0087】
使用したヒアルロン酸の平均分子量はそれぞれ、8,000(8k)、5万(50k)、80万(800k)(いずれもキユーピー株式会社製)であり、各ヒアルロン酸を水に溶解させて、各ヒアルロン酸の濃度が0.01mg/mlとなるように調製されたヒアルロン酸水溶液を用いた。
【0088】
結果を図11に示す。なお、図11において、各ヒアルロン酸で処理した場合のTGF−β1のmRNAの産生量は、ヒアルロン酸無添加の場合(対照)のTGF−β1のmRNA産生量に対する相対量として示す。なお、図中のcontrol、HA8k、HA50k、HA800kはそれぞれ、対照、分子量8000のヒアルロン酸、分子量5万のヒアルロン酸、分子量80万のヒアルロン酸を意味する。
【0089】
図11に示されるように、ヒアルロン酸を添加してから24時間後のHT29細胞中のTGF−β1のmRNA量は、ヒアルロン酸の分子量が増加するにつれて増加することが確認され、分子量80万では対照の2.14倍であった。
【0090】
6.3.実施例3
実施例1で使用したヒアルロン酸(平均分子量90万のヒアルロン酸)をTGF−β発現促進経口剤(または痛み物質産生抑制経口剤、あるいは浮腫抑制経口剤)として使用して、内容物が下記の配合であるソフトカプセルを製した。
【0091】
[配合割合]
TGF−β発現促進経口剤(実施例1のヒアルロン酸) 20%
オリーブ油 50%
ミツロウ 10%
中鎖脂肪酸トリグリセリド 10%
乳化剤 10%
――――――――――――――――――――――――――――――――
100%
【0092】
6.4.実施例4
実施例1で使用したヒアルロン酸(平均分子量90万のヒアルロン酸)をTGF−β発現促進経口剤(または痛み物質産生抑制経口剤、あるいは浮腫抑制経口剤)として使用して、下記の配合の散剤(顆粒剤)を製した。
【0093】
[配合割合]
TGF−β発現促進経口剤(実施例1のヒアルロン酸) 10%
乳糖 60%
トウモロコシデンプン 25%
ヒプロメロース 5%
――――――――――――――――――――――――――――――――
100%
【0094】
6.5.実施例5
実施例1で使用したヒアルロン酸(平均分子量90万のヒアルロン酸)をTGF−β発現促進経口剤(または痛み物質産生抑制経口剤、あるいは浮腫抑制経口剤)として使用して、下記の配合の錠剤を製した。
【0095】
[配合割合]
TGF−β発現促進経口剤(実施例1のヒアルロン酸) 25%
乳糖 24%
結晶セルロース 20%
トウモロコシデンプン 15%
デキストリン 10%
乳化剤 5%
二酸化ケイ素 1%
――――――――――――――――――――――――――――――――
100%
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11