特許第6097701号(P6097701)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6097701溶射材料、及び酸化イットリウム皮膜の形成方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6097701
(24)【登録日】2017年2月24日
(45)【発行日】2017年3月15日
(54)【発明の名称】溶射材料、及び酸化イットリウム皮膜の形成方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/10 20160101AFI20170306BHJP
   C23C 4/12 20160101ALI20170306BHJP
【FI】
   C23C4/10
   C23C4/12
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-551715(P2013-551715)
(86)(22)【出願日】2012年12月26日
(86)【国際出願番号】JP2012083542
(87)【国際公開番号】WO2013099890
(87)【国際公開日】20130704
【審査請求日】2015年10月7日
(31)【優先権主張番号】特願2011-288278(P2011-288278)
(32)【優先日】2011年12月28日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000236702
【氏名又は名称】株式会社フジミインコーポレーテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】北村 順也
(72)【発明者】
【氏名】水野 宏昭
(72)【発明者】
【氏名】トマ、フィロフテイア−ラウラ
(72)【発明者】
【氏名】レングナー、シュテファン
(72)【発明者】
【氏名】ベルガー、ルッツ−ミヒャエル
(72)【発明者】
【氏名】ポットホフ、アンネグレート
【審査官】 伊藤 寿美
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−150617(JP,A)
【文献】 特表2009−521393(JP,A)
【文献】 特開2004−332081(JP,A)
【文献】 特開2006−089338(JP,A)
【文献】 SONG Shin Ae, et al.,Preparation of Y2O3 Particles by Flame Spray Pyrolysis with Emulsion,Langmuir,米国,2009年,vol.25, no.6,pages.3402-3406
【文献】 KITAMURA Junya, et al.,Structural, Mechanical and Erosion Properties of Yttrium Oxide Coatings by Axial Suspension Plasma Spraying for Electronics Applications,Journal of Thermal Spray Technology,2010年,vol.20, no.1-2,pages.170-185
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00− 4/18,
14/00−14/56,
24/00−30/00
H01L 21/02
C01F 17/00
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
か焼酸化イットリウム粒子と分散媒とを含有し、前記酸化イットリウム粒子の体積平均径が1.5μm以下であり、30質量%以上60質量%以下の固形分含量を有する溶射材料。
【請求項2】
前記溶射材料は高速フレーム溶射用である請求項1に記載の溶射材料。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の溶射材料を溶射して酸化イットリア皮膜を形成する方法であって、前記皮膜の気孔率は1.5%以下であり、前記皮膜中の単斜晶酸化イットリウムと立方晶酸化イットリウムの和に占める単斜晶酸化イットリウムの比率は1%以上30%以下である方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶射材料、及び酸化イットリウム皮膜の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化イットリウム(Y)皮膜は、高い絶縁破壊電圧(単位:kV)を有する点で高い技術的価値があり、電気絶縁が必要な用途で例えば利用されている(例えば特許文献1及び特許文献2参照)。
【0003】
酸化イットリウム皮膜の絶縁破壊電圧を向上させる手段の一つとして、皮膜の厚さを大きくすることは有効である。この点、化学気相成長法や電子ビーム蒸着法と比べて溶射は、厚さの大きい皮膜を形成することが容易であることから、絶縁破壊電圧に優れた酸化イットリウム皮膜の形成方法として有利である。ただし、溶射皮膜は気孔率が比較的高い。そのため、酸化イットリウムの溶射皮膜の絶縁破壊の強さ(単位:kV/mm)は、酸化イットリウムの化学気相成長膜の絶縁破壊の強さである45kV/mm(例えば非特許文献1参照)や、酸化イットリウムの電子ビーム蒸着膜の絶縁破壊の強さである280kV/mm(例えば非特許文献2参照)に比べて劣る。電気絶縁が必要な用途で酸化イットリウム皮膜を使用する場合、皮膜の絶縁破壊をより確実に防ぐためには、絶縁破壊電圧が高いことだけでなく絶縁破壊の強さが高いことも皮膜には要求される。
【0004】
なお、皮膜の絶縁破壊電圧とは、絶縁破壊を生じることなく皮膜に印加することのできる最高の電圧をいい、皮膜の絶縁破壊の強さとは、皮膜の絶縁破壊電圧を皮膜の厚さで除して求められる値をいう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−211122号公報
【特許文献2】特開2007−291528号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「真空プロセス向け耐食膜「酸化イットリウム」コート技術の開発」、[online]、2009年11月、[2011年12月28日検索]、インターネット〈URL:http://www.smrj.go.jp/keiei/dbps_data/_material_/common/chushou/b_keiei/keieitech/pdf/jfetekunorisa-ti5.pdf〉
【非特許文献2】シー.ケー.キャンベル(C.K. Campbell)、「電子ビーム蒸着酸化イットリウム薄膜の誘電諸特性(Some dielectric properties of electron-beam evaporated yttrium oxide thin films)」、固体薄膜(Thin Solid Films)、第6巻、第3版、1970年9月、p.197−202
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで本発明の目的は、より高い絶縁破壊の強さを持つ酸化イットリウム皮膜を提供すること、またそのような酸化イットリウム皮膜を形成するのに有用な溶射材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、本発明の一態様では、か焼酸化イットリウム粒子と分散媒とを含有し、前記酸化イットリウム粒子の体積平均径が1.5μm以下であり、30質量%以上60質量%以下の固形分含量を有する溶射材料が提供される。前記溶射材料は高速フレーム溶射用であってもよい。
【0012】
本発明の別の態様では、前記溶射材料を溶射して酸化イットリア皮膜を形成する方法が提供される。前記皮膜の気孔率は1.5%以下であり、前記皮膜中の単斜晶酸化イットリウムと立方晶酸化イットリウムの和に占める単斜晶酸化イットリウムの比率は1%以上30%以下である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来の溶射皮膜と比べて絶縁破壊の強さが高く、同時に低気孔率でかつ高機械的強度を有する酸化イットリウム皮膜を提供することができる。また、そのような酸化イットリウム皮膜を形成するのに有用な溶射材料を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施形態を説明する。
【0016】
本実施形態の酸化イットリウム(Y)皮膜は溶射材料を溶射して得られる。溶射は基材に向けて行われるため、皮膜は基材上に設けられる。基材は、アルミニウム、チタン、鉄、それらの合金などの金属製であってもよいし、あるいはアルミナやイットリアなどのセラミックス製であってもよい。溶射材料は粉末の形態であってもよいし、あるいはスラリー(すなわちサスペンション)の形態であってもよい。
【0017】
皮膜を形成する粉末状の溶射材料は、処理に適した大きさの酸化イットリウム粒子からなる。好ましくは、粉末状の溶射材料の100%が酸化イットリウム粒子によって構成される。
【0018】
スラリー状の溶射材料は、適当な大きさの酸化イットリウム粒子を水又はエタノールをはじめとするアルコールなどの分散媒、好ましくは水と混合して調製される。スラリー状の溶射材料は、ポリビニルアルコールなどの少量の有機分散剤を含有してもよい。酸化イットリウム粒子は必ずしもスラリー状の溶射材料の主成分でなくてもよい。分散媒及び有機分散剤は溶射プロセスの過程で揮発又は酸化することにより、皮膜中にはまったく又はほとんど含まれない。
【0019】
スラリー状の溶射材料のスラリー濃度、すなわち固形分含量は、10質量%以上であることが好ましく、より好ましくは15質量%以上、さらに好ましくは20質量%以上、特に好ましくは30質量%以上である。スラリー濃度が高くなるにつれて、より効率よくスラリー状の溶射材料から皮膜を形成することができる。
【0020】
スラリー状の溶射材料のスラリー濃度はまた、70質量%以下であることが好ましく、より好ましくは60質量%以下、さらに好ましくは50質量%以下である。スラリー状の溶射材料のスラリー濃度が低くなるにつれて、溶射機への供給がより安定化する。
【0021】
皮膜の形成に用いられる酸化イットリウム粒子は、鉄、コバルト、ニッケル、クロム、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどの不可避的不純物を含んでもよい。ただし、より高い絶縁破壊の強さを持つ皮膜を得るためには、酸化イットリウム粒子はできるだけ高純度であることが好ましい。具体的には、酸化イットリウム粒子中の酸化イットリウム含有量、すなわち酸化イットリウム粒子の純度は98質量%以上であることが好ましく、より好ましくは99質量%以上、さらに好ましくは99.9質量%以上である。皮膜の絶縁破壊の強さが低下する原因となるため、酸化イットリウム粒子中に含まれる鉄、コバルト、ニッケル及びクロム等の金属不純物の量はできるだけ少ないことが好ましい。金属不純物としての鉄、コバルト、ニッケル及びクロムの含有量の合計は200ppm以下であることが好ましく、より好ましくは100ppm以下、さらに好ましくは50ppm以下である。また、ナトリウムやカリウム、カルシウム、マグネシウムの含有量も同じ理由でできるだけ少ないことが好ましい。ナトリウム及びカリウムの含有量の合計は200ppm以下であることが好ましく、より好ましくは100ppm以下、さらに好ましくは50ppm以下である。カルシウム及びマグネシウムの含有量の合計は200ppm以下であることが好ましく、より好ましくは100ppm以下、さらに好ましくは50ppm以下である。酸化イットリウム粒子中に含まれる不純物の含有量は、例えば、誘導結合プラズマ質量分析法(ICP−MS)や原子吸光光度法により測定することができる。
【0022】
スラリー状の溶射材料から皮膜を形成するに際して使用される酸化イットリウム粒子の平均粒子径(体積平均径)は6μm以下であることが好ましく、より好ましくは4μm以下、さらに好ましくは2μm以下、もっと好ましく1.5μm以下である。酸化イットリウム粒子の平均粒子径が小さくなるにつれて、より緻密な皮膜を溶射材料から得ることができる。酸化イットリウム粒子の平均粒子径の測定は、例えば、レーザー回折散乱法やBET法、光散乱法により行うことができる。レーザー回折散乱法による酸化イットリウム粒子の平均粒子径の測定は、例えば、株式会社堀場製作所製のレーザー回折/散乱式粒度測定機“LA−300”を用いて行うことができる。
【0023】
溶射材料を溶射する方法は、高速酸素燃料溶射(HVOF)や高速空気燃料溶射(HVAF)のような高速フレーム溶射であってもよいし、あるいは大気圧プラズマ溶射(APS)であってもよい。より緻密な皮膜を得るためには、高速フレーム溶射を用いることが好ましい。高速フレーム溶射で使用される燃料は、アセチレン、エチレン、プロパン、プロピレンなどの炭化水素のガス燃料であってもよいし、あるいは灯油やエタノールなどの液体燃料であってもよい。ただし、より高いフレーム温度が得られる点で炭化水素ガス燃料が好ましい。
【0024】
酸化イットリウム皮膜中の酸化イットリウムの含有量は、98質量%以上であることが好ましく、より好ましくは99質量%以上、さらに好ましくは99.9質量%以上である。皮膜中の酸化イットリウムの含有量が高くなるにつれて、皮膜の絶縁破壊の強さが向上する。
【0025】
皮膜の気孔率は1.5%以下であることが必要であり、好ましくは1.2%以下、より好ましくは1%以下、さらに好ましくは0.8%以下、特に好ましくは0.6%以下である。気孔率が低くなるにつれて、皮膜の絶縁破壊の強さが向上する。また、貫通気孔が皮膜中に形成される可能性が小さいという利点もある。皮膜中に貫通気孔が存在すると、気孔によって局所的で微小な加熱領域の形成が起こり、高い電界密度がそこに集中して重大な欠陥パスが生じ、その結果、皮膜が絶縁破壊する点で不利がある。
【0026】
平均粒子径が6μm以下の酸化イットリウム粒子を基材に向けて溶射した場合、酸化イットリウム粒子が基材上で急冷凝固されることにより、各酸化イットリウム粒子の表層部には単斜晶酸化イットリウムが形成され、各酸化イットリウム粒子の中心部には立方晶酸化イットリウムが形成される。そのため、得られる皮膜中の酸化イットリウムは、単斜晶及び立方晶の少なくとも2つの相を含んでいる。各酸化イットリウム粒子の表層部に形成される単斜晶酸化イットリウムは酸化イットリウム粒子同士の間の接合強さを高める働きをする。
【0027】
単斜晶酸化イットリウムの働きによって酸化イットリウム粒子同士の間の接合強さを高めるためには、皮膜中の単斜晶酸化イットリウムと立方晶酸化イットリウムの和に占める単斜晶酸化イットリウムの比率は1%以上であることが必要であり、好ましくは5%以上、より好ましくは8%以上、さらに好ましくは10%以上である。一方、単斜晶酸化イットリウムに比べて高い絶縁破壊電圧及び機械的強度を持つ立方晶酸化イットリウムの量を十分に確保するためには、皮膜中の単斜晶酸化イットリウムと立方晶酸化イットリウムの和に占める単斜晶酸化イットリウムの比率はまた、30%以下であることが必要であり、好ましくは25%以下、より好ましくは20%以下である。従って、この比率が上記範囲内にあることによって、皮膜は良好な絶縁破壊の強さ及び機械的強度を有することになる。
【0028】
皮膜中の単斜晶酸化イットリウムと立方晶酸化イットリウムの和に占める単斜晶酸化イットリウムの比率は、式:Pm(%)=[Im/(Im+Ic)]×100により求められる。上式中、Pmは皮膜中の単斜晶酸化イットリウムと立方晶酸化イットリウムの和に占める単斜晶酸化イットリウムの比率を示し、Imは皮膜のX線回折パターンにおける単斜晶酸化イットリウム(40)のピーク強度を示し、Icは皮膜のX線回折パターンにおける立方晶酸化イットリウム(222)のピーク強度を示す。
【0029】
皮膜中の立方晶酸化イットリウムの結晶子サイズは80nm以下であることが好ましく、より好ましくは60nm以下である。立方晶酸化イットリウムの結晶子サイズが小さくなるにつれて、皮膜中の粒界密度が高くなる結果、皮膜の機械的特性、例えば硬度が向上する。皮膜中の立方晶酸化イットリウムの結晶子サイズは、X線回折パターンにおける立方晶酸化イットリウム(222)のピーク半値幅からシェラーの式を用いて求められる。
【0030】
皮膜中の単斜晶酸化イットリウムの結晶子サイズは60nm以下であることが好ましく、より好ましくは50nm以下である。単斜晶酸化イットリウムの結晶子サイズが小さくなるにつれて、皮膜中の粒界密度が高くなる結果、皮膜の機械的特性、例えば硬度が向上する。皮膜中の単斜晶酸化イットリウムの結晶子サイズは、X線回折パターンにおける単斜晶酸化イットリウム(40)のピーク半値幅からシェラーの式を用いて求められる。
【0031】
皮膜の比抵抗は1×1011Ωcm以上であることが好ましく、より好ましくは5×1011Ωcm以上、さらに好ましくは1×1012Ωcm以上である。皮膜の比抵抗が高くなるにつれて、電圧印加時のリーク電流値が低くなる。
【0032】
2.94N(300gf)の荷重で測定される皮膜のビッカース硬さは450以上であることが好ましく、より好ましくは500以上、さらに好ましくは530以上である。ビッカース硬さが大きくなるにつれて、皮膜の絶縁破壊の強さが向上する。
【0033】
皮膜の平均表面粗さRaは2.5μm以下であることが好ましく、より好ましくは2μm以下である。皮膜の平均表面粗さRaが小さくなるにつれて、誘電率の測定時に電極と皮膜との間の電気的接触が良好になる利点がある。気孔率が低い緻密な皮膜は平均表面粗さRaが小さい傾向にある。
【0034】
皮膜の表面粗さの標準偏差σは0.5μm以下であることが好ましく、より好ましくは0.4μm以下である。表面粗さの標準偏差が小さくなるにつれて、皮膜の全体にわたり絶縁破壊の強さが均一化する。
【0035】
皮膜の平均厚さは20μm以上であることが好ましく、より好ましくは50μm以上、さらに好ましくは100μm以上である。皮膜の平均厚さが大きくなるにつれて、皮膜の絶縁破壊電圧が向上する。
【0036】
皮膜の厚さのばらつきは±10%以内であることが好ましい。
【0037】
皮膜の絶縁破壊電圧は2.5kV以上であることが好ましく、より好ましくは3.5kV以上、さらに好ましくは4kV以上である。
【0038】
本実施形態によれば以下の効果が得られる。
【0039】
本実施形態の酸化イットリウム皮膜によれば、皮膜中の単斜晶酸化イットリウムと立方晶酸化イットリウムの和に占める単斜晶酸化イットリウムの比率を1%以上30%以下としたことにより、皮膜の気孔率が1.5%以下と低いことによる効果として高い絶縁破壊の強さが確保されることになる。そのため、高い絶縁破壊の強さを持つ皮膜の提供が可能である。
【0040】
前記実施形態は次のように変更されてもよい。
【0041】
・ 酸化イットリウム皮膜は、酸化イットリウム粒子を含んだ溶射材料を溶射することにより形成されるに限られず、例えば化学気相成長法(CVD)や物理気相成長法(PVD)、エアロゾルデポジションのような溶射以外の手法で形成されてもよい。
【0042】
次に、実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。
【0043】
実施例3,4、参考例1,2,5及び比較例1では、か焼して得られた酸化イットリウム粒子を水と混合することによりスラリー状の溶射材料を用意し、これを表1に示す条件で基材に溶射することにより厚さ150μmの皮膜を基材上に形成した。
【0044】
比較例2〜4では、酸化イットリウム粒子又は酸化アルミニウム粒子からなる粉末状の溶射材料を凝集及び焼結により用意し、厚さ150μmの皮膜を基材上に形成するべく、これを表2又は表3に示す条件で基材に溶射した。その結果、比較例3,4の場合には皮膜を形成することができたが、比較例2では皮膜を形成することができなかった。
【0045】
これらの実施例、参考例及び比較例で使用した基材はすべて、アルミニウム合金(A6061)からなる寸法50mm×75mm×5mmのプレートであり、予め褐色アルミナ研削材(A#40)によりサンドブラスト処理してから用いた。
【0046】
【表1】
【0047】
【表2】
【0048】
【表3】
【0049】
実施例3,4、参考例1,2,5及び比較例1〜4で使用した溶射材料の詳細及びその溶射材料から得られた皮膜の詳細を表4に示す。
【0050】
表4の“粒子の種類”欄には、実施例3,4、参考例1,2,5及び比較例1〜4の各溶射材料を用意するときに使用したセラミック粒子の種類を示す。同欄中の“Y”は酸化イットリウム粒子を使用したことを示し、“Al”は酸化アルミニウム粒子を使用したことを示す。
【0051】
表4の“粒子の純度”欄には、実施例3,4、参考例1,2,5及び比較例1〜4のそれぞれで使用したセラミック粒子の純度、すなわちセラミック粒子中のセラミック含有量を示す。同欄中の“3N”は99.9%の純度を示し、“4N”は99.99%の純度を示す。
【0052】
表4の“平均粒子径”欄には、実施例3,4、参考例1,2,5及び比較例1〜4のそれぞれで使用したセラミック粒子の平均粒子径(体積平均径)を示す。
【0053】
表4の“溶射材料の形態”欄には、実施例3,4、参考例1,2,5及び比較例1〜4のそれぞれで用意された溶射材料の形態を示す。同欄中の“スラリー”はスラリー状の溶射材料を用意したことを示し、“粉末”は粉末状の溶射材料を用意したことを示す。
【0054】
表4の“スラリー濃度”欄には、実施例3,4、参考例1,2,5及び比較例1のそれぞれで用意したスラリー状の溶射材料について、溶射材料の総質量に対する溶射材料中の固形分含量の割合を示す。
【0055】
表4の“皮膜の形成方法”欄には、実施例3,4、参考例1,2,5及び比較例1〜4のそれぞれで溶射材料を用いて皮膜を形成するに際して使用した方法を示す。同欄中の“HVOF”は高速酸素燃料溶射を使用したことを示し、“プラズマ”は大気圧プラズマ溶射を使用したことを示す。
【0056】
表4の“気孔率”欄には、実施例3,4、参考例1,2,5及び比較例1,3,4で得られた皮膜の気孔率を測定した結果を示す。気孔率の測定は、平均粒子径0.06μmのコロイダルシリカを用いて鏡面研磨後の皮膜断面を用いて画像解析法により行った。
【0057】
表4の“単斜晶の比率”欄には、実施例3,4、参考例1,2,5及び比較例1,3で得られた酸化イットリウム皮膜中の単斜晶酸化イットリウムと立方晶酸化イットリウムの和に占める単斜晶酸化イットリウムの比率を、先に説明した式に従って求めた結果を示す。
【0058】
表4の“立方晶酸化イットリウムの結晶子サイズ”欄には、実施例3,4、参考例1,2,5及び比較例1,3で得られた酸化イットリウム皮膜のX線回折パターンにおける立方晶酸化イットリウム(222)のピーク半値幅から立方晶酸化イットリウムの結晶子サイズを求めた結果を示す。
【0059】
表4の“単斜晶酸化イットリウムの結晶子サイズ”欄には、実施例3,4、参考例1,2,5及び比較例1,3で得られた酸化イットリウム皮膜のX線回折パターンにおける単斜晶酸化イットリウム(40)のピーク半値幅から単斜晶酸化イットリウムの結晶子サイズを求めた結果を示す。
【0060】
表4の“比抵抗”欄には、実施例3,4、参考例1,2,5及び比較例1,3,4で得られた皮膜の比抵抗を測定した結果を示す。この測定には、株式会社三菱化学アナリテック製の抵抗率計であるハイレスタUP MCP−HT450型を使用した。測定条件として印加電圧は1kV、電圧印加時間は60秒、対向電極にはURSプローブを使用した。
【0061】
表4の“ビッカース硬さ”欄には、実施例3,4、参考例1,2,5及び比較例1,3,4で得られた皮膜のビッカース硬さを測定した結果を示す。得られた皮膜の断面に圧子を用いて2.94N(300gf)の荷重を与えることによって値を得た。この測定には、株式会社島津製作所製の微小硬度測定器HMV−1を使用した。
【0062】
表4の“平均表面粗さ”欄及び“表面粗さの標準偏差”欄には、実施例3,4、参考例1,2,5及び比較例1,3,4で得られた皮膜の平均表面粗さRa及びその標準偏差σを測定した結果を示す。この測定には、触針式表面粗さ計を使用した。
【0063】
表4の“絶縁破壊電圧”欄には、実施例3,4、参考例1,2,5及び比較例1,3,4で得られた皮膜の絶縁破壊電圧を測定した結果を示す。この測定は、国際電気標準会議規格IEC 60243に対応する日本工業規格JIS C2110-1に記載の方法に準拠して行った。より具体的には、菊水電子工業株式会社製の耐電圧・絶縁抵抗試験器であるTOS9201を温度20℃及び相対湿度50%で使用した。測定条件として電圧スイープ速度を200V/秒とした。対向電極には25mmの直径を有する真鍮製の円筒を使用した。
【0064】
表4の“絶縁破壊の強さ”欄には、実施例3,4、参考例1,2,5及び比較例1,3,4で得られた皮膜の絶縁破壊の強さを測定した結果を示す。この測定は、IEC 60243に対応するJIS C2110-1に記載の方法に準拠して行った。より具体的には、上記の方法で測定した各皮膜の絶縁破壊電圧の値を皮膜の厚さで除することにより絶縁破壊の強さを求めた。
【0065】
【表4】
【0066】
表4に示すように、実施例3,4及び参考例1,2,5で得られた皮膜の絶縁破壊の強さは15kV/mm以上であり、実用上満足なレベルであった。それに対し、比較例1,3,4で得られた皮膜の絶縁破壊の強さは15kV/mm未満であり、実用上満足なレベルでなかった。
(付記1)
酸化イットリウム皮膜であって、
皮膜の気孔率が1.5%以下であり、
皮膜中の単斜晶酸化イットリウムと立方晶酸化イットリウムの和に占める単斜晶酸化イットリウムの比率が1%以上30%以下である皮膜。
(付記2)
付記1に記載の皮膜であって、2.94Nの荷重で測定される皮膜のビッカース硬さが450以上である皮膜。
(付記3)
付記1又は2に記載の皮膜であって、皮膜の平均表面粗さRaが2.5μm以下である皮膜。
(付記4)
付記1〜3のいずれか一項に記載の皮膜であって、皮膜の平均厚さが20μm以上である皮膜。
(付記5)
付記1〜4のいずれか一項に記載の皮膜を形成するために使用される溶射材料であって、
酸化イットリウム粒子と分散媒とを含有し、前記酸化イットリウム粒子の体積平均径が6μm以下である溶射材料。
(付記6)
酸化イットリウム粒子と分散媒とを含有する溶射材料であって、
褐色アルミナ研削材(A#40)を用いてサンドブラスト処理したアルミニウム合金のプレートからなる基材に向けて前記溶射材料を高速酸素燃料溶射することにより基材上に設けられる皮膜の気孔率が1.5以下であり、
前記皮膜中の単斜晶酸化イットリウムと立方晶酸化イットリウムの和に占める単斜晶イットリウムの比率が1%以上30%以下である、溶射材料。