(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6098569
(24)【登録日】2017年3月3日
(45)【発行日】2017年3月22日
(54)【発明の名称】塩化コバルト水溶液の精製方法
(51)【国際特許分類】
C22B 23/06 20060101AFI20170313BHJP
C22B 3/24 20060101ALI20170313BHJP
C22B 3/44 20060101ALI20170313BHJP
C01G 51/08 20060101ALI20170313BHJP
【FI】
C22B23/06
C22B3/24
C22B3/44 101A
C22B3/44 101B
C01G51/08
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-82470(P2014-82470)
(22)【出願日】2014年4月14日
(65)【公開番号】特開2015-203134(P2015-203134A)
(43)【公開日】2015年11月16日
【審査請求日】2016年4月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136825
【弁理士】
【氏名又は名称】辻川 典範
(74)【代理人】
【識別番号】100083910
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 正緒
(72)【発明者】
【氏名】柿本 稔
【審査官】
國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】
特開2012−172158(JP,A)
【文献】
特開2004−285368(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00−61/00
C01G 51/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マンガン、銅、亜鉛を含有する塩化コバルト水溶液から、これら不純物元素を除去して塩化コバルト水溶液を精製する方法において、下記(1)〜(3)の各工程を含むことを特徴とする塩化コバルト水溶液の精製方法。
(1)前記塩化コバルト水溶液に酸化剤を添加し、酸化還元電位を800〜1050mV(Ag/AgCl電極基準)及びpHを2.0〜3.0に調整することにより、マンガンの酸化物沈澱を生成させて分離し、マンガンが除去された塩化コバルト水溶液を得る脱マンガン工程。
(2)前記マンガンが除去された塩化コバルト水溶液に硫化剤を添加し、酸化還元電位を−100〜−50mV(Ag/AgCl電極基準)及びpHを1.3〜1.5に調整することにより、銅の硫化物沈澱を生成させて分離し、マンガン及び銅が除去された塩化コバルト水溶液を得る脱銅工程。
(3)前記マンガン及び銅が除去された塩化コバルト水溶液に弱塩基性陰イオン交換樹脂を接触させることによって、該塩化コバルト水溶液中の亜鉛を吸着除去する脱亜鉛工程。
【請求項2】
前記脱マンガン工程において、酸化剤として塩素ガスを用いることを特徴とする、請求項1に記載の塩化コバルト水溶液の精製方法。
【請求項3】
前記脱銅工程において、硫化剤として硫化水素ガスを用いることを特徴とする、請求項1又は2に記載の塩化コバルト水溶液の精製方法。
【請求項4】
前記脱マンガン工程及び脱銅工程におけるpHの調整に炭酸コバルトを用いることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の塩化コバルト水溶液の精製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コバルトの湿式製錬に関するものであり、更に詳しくは、湿式製錬で得た塩化コバルト水溶液中に含まれる不純物元素を除去して塩化コバルト水溶液を精製する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コバルトは特殊合金や磁性材料として工業的用途に広く使用されている金属である。しかし、コバルトはニッケル製錬や銅製錬の副産物として産出されるものが大半を占めているため、コバルトの製造においてはニッケルや銅を始めとする不純物との分離が重要な要素技術となっている。
【0003】
例えば、ニッケルの湿式製錬において副産物としてコバルトを回収する場合、まずニッケルとコバルトを含む水溶液を得るため、原料を鉱酸や酸化剤等を用いて水溶液に浸出又は抽出するか若しくは溶解処理に付する。得られた酸性水溶液中に含まれるニッケルとコバルトは、各種の有機抽出剤を用いた溶媒抽出法によって分離回収されるのが一般的である。しかし、ニッケル製錬においてはコバルトも不純物の1種であり、得られたコバルト水溶液には処理原料に含有される各種不純物が残留していることが多い。
【0004】
そこで、ニッケルの湿式製錬においてコバルトを回収する際には、上記溶媒抽出法によってニッケルが分離回収されたコバルト水溶液から、更にマンガン、銅、亜鉛等の不純物元素を除去することが必要になる。即ち、不純物含有量の少ない高純度コバルト製品を製造するためには、予めコバルトを含有するニッケル水溶液から分離回収されたコバルト水溶液中の不純物元素を除去した後、電解採取法等によってコバルトを製品化することが必要となる。
【0005】
上記コバルト水溶液中の不純物元素の除去方法として、例えば特許文献1には、(1)コバルト水溶液に硫化剤を添加し、酸化還元電位(Ag/AgCl電極基準)を50mV以下且つpHを0.3〜2.4に調整して、硫化銅沈澱と脱銅精製液とを得る脱銅工程、(2)該脱銅精製液に酸化剤とpH調整剤を添加し、酸化還元電位(Ag/AgCl電極基準)を950〜1050mV且つpHを2.4〜3.0に調整して、マンガン沈澱と脱マンガン精製液とを得る脱マンガン工程、(3)該脱マンガン精製液に抽出剤としてアルキルリン酸を用い、脱マンガン精製液中の亜鉛、カルシウム及び微量不純物を抽出分離する溶媒抽出工程、を含むコバルト水溶液の精製方法が開示されている。
【0006】
また、特許文献2には、塩酸濃度2〜6mo1/lの塩化コバルト水溶液を陰イオン交換樹脂に接触させ、陰イオン交換樹脂に対する分配係数がコバルト塩化物錯体のそれよりも大きい錯体を形成する鉄、亜鉛、スズ等の金属不純物を吸着させて分離する技術が記載されている。
【0007】
上記特許文献1に記載された抽出剤としてアルキルリン酸を用いる溶媒抽出方法は、亜鉛やカルシウムに対して高い分離性能を有している。しかし、塩酸濃度2〜6mol/lの塩化コバルト水溶液の場合には、陰イオン交換樹脂によるイオン交換法やアミン系抽出剤による溶媒抽出法の方が、上記アルキルリン酸を用いる溶媒抽出法に比べてより高い亜鉛とコバルトの分離性能を有している。
【0008】
また、アルキルリン酸抽出剤では、金属イオンの抽出によって抽出剤からプロトンが放出されるため、その中和剤を必要とする他、pHの変動によってクラッドが発生することが多い。尚、クラッドは金属の水酸化物等の固体であり、油水分離装置内で有機相と水相の中間に滞留・蓄積されるため、溶媒抽出の重要な要素技術である油水分離を大きく阻害する。更に、塩化コバルト水溶液中のごく微量の亜鉛を除去する場合は、イオン交換法による方が工程及び操作が簡単であるため、効率的且つ経済的である。
【0009】
このような観点から、マンガン、銅、亜鉛を含有する塩化コバルト水溶液から、これら不純物元素を除去する方法として、上記特許文献1と特許文献2を組み合わせた方法が工業的に実施されている。
【0010】
即ち、(1)コバルト水溶液に硫化剤を添加し、酸化還元電位(Ag/AgCl電極基準)を50mV以下且つpHを0.3〜2.4に調整して、銅の硫化物沈澱を生成させる脱銅工程と、(2)銅が除去された塩化コバルト水溶液に酸化剤を添加し、酸化還元電位を950〜1050mV且つpHを2.4〜3.0に調整して、マンガンの酸化物沈澱を生成させる脱マンガン工程と、(3)銅とマンガンが除去された塩化コバルト水溶液に、弱塩基性陰イオン交換樹脂を接触させることによって、塩化コバルト水溶液中の亜鉛を吸着除去する脱亜鉛工程を備えたコバルト水溶液の精製方法が工業的に実施されている。
【0011】
しかしながら、上記した特許文献1と特許文献2を組み合わせたコバルト水溶液の精製方法では、脱マンガン工程において酸化剤を添加して酸化還元電位を950〜1050mVに調整した塩化コバルト水溶液を、次工程である脱亜鉛工程で弱塩基性陰イオン交換樹脂に接触させるため、イオン交換樹脂に亀裂が生じ、遂には割れて砕けてしまうという現象が発生するという問題があった。この現象は、塩化コバルト水溶液中に残存する微量の溶存塩素によって、弱塩基性イオン交換樹脂の架橋ポリスチレン部が酸化を受けて不可逆膨潤となるために生じるものである。
【0012】
このような弱塩基性陰イオン交換樹脂の亀裂ないし割れや砕けの発生により、イオン交換樹脂の吸着能力が低下し、破過するまでの総通液量(破過BV比)が低下するという問題が引き起こされていた。つまり、吸着サイクル時間、即ち破過に至るまでの時間の減少によって、樹脂に吸着した亜鉛クロロ錯イオンの溶離頻度の増加と、そのことに伴うイオン交換設備の処理能力の低下が発生していた。また、破損した微細な樹脂によってイオン交換塔の圧力損失が増加するため、通液可能な最大流量、即ち通液処理能力が低下するという問題も発生していた。更に、高価なイオン交換樹脂の補充や取替え頻度が増加するため、コストアップにもつながっていた。
【0013】
このような弱塩基性陰イオン交換樹脂の酸化による短期劣化の問題に対し、例えば特許文献3には、イオン交換塔に通液する前に、予め水溶液を還元処理する方法が提案されている。即ち、過マンガン酸イオン含有水をイオン交換樹脂で処理する際に、過マンガン酸イオンを含有する水洗水中のMn(VII)を還元剤でMn(II)に還元した後、イオン交換樹脂を充填したイオン交換樹脂塔に通液する方法が記載されている。尚、このように、イオン交換樹脂塔に通液する前に、液中に含有される酸化性物質を分解する方法は、例えば原子力発電プラントの復水系等でも一般的に実施されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2004−285368号公報
【特許文献2】特開2001−020021号公報
【特許文献3】特開2003−275778号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上記したように、従来から工業的に実施されているコバルト水溶液の精製方法においては、弱塩基性陰イオン交換樹脂の酸化による短期劣化を防止する手段として液中に含有されている酸化性物質を分解あるいは除去する方法が知られている。しかしながら、この方法には、亜硫酸ナトリウム等の還元剤や、例えば紫外線による過酸化水素分解装置等の特殊な装置を必要とするため、運転コストや初期コストがかかるうえ、運転操作が複雑になる等の問題があった。
【0016】
また、陰イオン交換樹脂として強塩基性陰イオン交換樹脂を使用した場合、弱塩基性陰イオン交換樹脂と比較して、上記した酸化性物質によるイオン交換樹脂の劣化傾向は緩和される。しかしながら、強塩基性陰イオン交換樹脂は溶離性が悪く、溶離のために多量の水が必要となることから、排水処理工程の負荷が増大するという問題があった。
【0017】
本発明は、このような従来のコバルト水溶液の精製方法における問題に鑑みてなされたものであり、マンガン、銅、亜鉛を含有する塩化コバルト水溶液から、これら不純物元素を除去して精製する際に、亜鉛を吸着除去させる弱塩基性陰イオン交換樹脂の劣化を防止することが可能な、塩化コバルト水溶液の精製方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記目的を達成するため、本発明者は、特に脱亜鉛工程で陰イオン交換樹脂に給液される脱マンガン工程後の塩化コバルト水溶液について、その酸化還元電位と弱塩基性陰イオン交換樹脂の劣化との関係に着目して鋭意研究を重ねた結果、脱銅工程と脱マンガン工程を入れ替えることによって陰イオン交換樹脂に給液される塩化コバルト水溶液が硫化剤の還元力によって還元性雰囲気となるため、弱塩基性陰イオン交換樹脂の劣化を抑制できることを見出し、本発明を完成させるに至ったものである。
【0019】
即ち、本発明による塩化コバルト水溶液の精製方法は、マンガン、銅、亜鉛を含有する塩化コバルト水溶液から、これら不純物元素を除去して塩化コバルト水溶液を精製する方法において、下記(1)〜(3)の各工程を含むことを特徴とする。
(1)前記塩化コバルト水溶液に酸化剤を添加し、酸化還元電位を800〜1050mV(Ag/AgCl電極基準)及びpHを2.0〜3.0に調整することにより、マンガンの酸化物沈澱を生成させて分離し、マンガンが除去された塩化コバルト水溶液を得る脱マンガン工程。
(2)前記マンガンが除去された塩化コバルト水溶液に硫化剤を添加し、酸化還元電位を−100〜−50mV(Ag/AgCl電極基準)及びpHを1.3〜1.5に調整することにより、銅の硫化物沈澱を生成させて分離し、マンガン及び銅が除去された塩化コバルト水溶液を得る脱銅工程。
(3)前記マンガン及び銅が除去された塩化コバルト水溶液に弱塩基性陰イオン交換樹脂を接触させることによって、該塩化コバルト水溶液中の亜鉛を吸着除去する脱亜鉛工程。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、従来のコバルト水溶液の精製方法における脱銅工程と脱マンガン工程を入れ替えるだけで、陰イオン交換樹脂に給液される塩化コバルト水溶液が還元性雰囲気となるため、弱塩基性陰イオン交換樹脂の劣化を防止することが可能となる。その結果、還元剤や特殊な装置を必要とせずに、イオン交換処理能力及び通液処理能力の低下を抑制し、高価なイオン交換樹脂の補充や取替え頻度を低減することができるため、初期コストや運転コストを削減して、効率的且つ経済的に塩化コバルト水溶液中の亜鉛を除去することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】酸化性雰囲気及び還元性雰囲気における弱塩基性陰イオン交換樹脂の破過BVとZn吸着量の推移を示すグラフである。
【
図2】還元性雰囲気で処理した弱塩基性陰イオン交換樹脂と新規な弱塩基性陰イオン交換樹脂のZn吸着等温線を比較したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明による塩化コバルト水溶液の精製方法は、不純物元素のマンガン、銅、亜鉛を含有する塩化コバルト水溶液に酸化剤を添加し、酸化還元電位及びpHを調整することによりマンガンの酸化物沈澱を生成させて分離し、マンガンが除去された塩化コバルト水溶液を得る脱マンガン工程と、該マンガンが除去された塩化コバルト水溶液に硫化剤を添加し、酸化還元電位及びpHを調整することにより銅の硫化物沈澱を生成させて分離し、マンガン及び銅が除去された塩化コバルト水溶液を得る脱銅工程と、該マンガン及び銅が除去された塩化コバルト水溶液に弱塩基性陰イオン交換樹脂を接触させることによって、塩化コバルト水溶液中の亜鉛を吸着除去する脱亜鉛工程を具えている。
【0023】
本発明において出発原料とする塩化コバルト水溶液は、不純物元素としてマンガン、銅、亜鉛を含む塩化コバルト水溶液であれば限定されるものではないが、特にニッケル製錬の溶媒抽出工程において、コバルトを含有したニッケル水溶液から燐酸エステル系酸性抽出剤やアミン系抽出剤によってニッケルが分離回収された塩化コバルト水溶液であることが好ましい。
【0024】
以下に、本発明の塩化コバルト水溶液の精製方法について、工程毎に順を追って詳細に説明する。
【0025】
[脱マンガン工程]
本発明方法における脱マンガン工程は、マンガン、銅、亜鉛を含有する塩化コバルト水溶液に酸化剤を添加し、酸化還元電位(ORP)を800〜1050mV(Ag/AgCl電極基準;以降、酸化還元電位の値は全てAg/AgCl電極基準とする)及びpHを2.0〜3.0に調整することにより、マンガンの酸化物沈澱を生成させて分離し、マンガンが除去された塩化コバルト水溶液を得る工程である。
【0026】
塩化コバルト水溶液中のマンガンは、酸化剤による高酸化性雰囲気下での反応により酸化物沈澱を生成して、水溶液中から分離除去される。この高酸化性雰囲気下での反応は、例えば酸化剤として塩素ガスを用い、pH調整のために炭酸コバルトを用いた場合を例にとると、下記化学式1により表すことができる。
[化学式1]
Mn
2++Cl
2+2CoCO
3→MnO
2↓+2Cl
−+2Co
2++2CO
2
【0027】
上記脱マンガン工程では、マンガンを酸化物沈澱として十分に除去し且つコバルトの共沈澱を抑制するために、塩化コバルト水溶液の酸化還元電位を800〜1050mVに調整し、且つpHを2.0〜3.0に調整することが重要である。
【0028】
上記酸化還元電位が800mV未満では水溶液中のマンガンの除去が不十分となり、1050mVを超えても更なるマンガンの除去効果は得られないため経済的でない。また、pHが2.0未満ではマンガンの除去が不十分となり、3.0を超えるとマンガンの沈澱に伴うコバルトの共沈澱量が増加する。尚、塩化コバルト水溶液のpHは2.4〜2.5に調整することが更に好ましい。
【0029】
上記酸化還元電位の調整は、酸化剤の添加量を調整することによって行う。使用する酸化剤としては、特に限定されるものではないが、酸化還元電位を800mV以上に維持することができ、アルカリ金属等による新たな不純物汚染の恐れがなく、しかも安価であることから、塩素ガスが特に好ましい。
【0030】
上記塩化コバルト水溶液がニッケル製錬の溶媒抽出工程において分離回収された塩化コバルト水溶液であれば、pH2.0未満の強酸性水溶液であるため、アルカリ性のpH調整剤を添加してpHを調整する。アルカリ性のpH調整剤としては、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、炭酸ナトリウム、炭酸コバルト等のアルカリ塩を用いることができるが、特に他の不純物金属元素の混入を避けるためにも、炭酸コバルトを用いることが特に好ましい。また、塩化コバルト水溶液のpHが3.0を超える場合は、鉱酸など酸性のpH調整剤を用いてもよい。
【0031】
本発明の脱マンガン工程における塩化コバルト水溶液の温度は、特に限定されるものではないが、45℃以上が好ましく、50〜60℃が更に好ましい。塩化コバルト水溶液の温度が45℃未満では、反応の進行が遅いため、短時間でのマンガンの除去率が低下する。また、温度が60℃を超えても、マンガンの除去率に更なる改善は見られない。
【0032】
本発明の脱マンガン工程によれば、ニッケル製錬の溶媒抽出工程において分離回収された塩化コバルト水溶液を用いた場合、マンガン濃度を約0.1g/lから1mg/l以下にまで低減させることができる。また、脱マンガン工程では、マンガンと同様の挙動を取る鉄等も除去され、鉄濃度は0.5mg/l以下にまで低下する。尚、脱マンガン工程で得られる酸化物沈澱中のCo/Mn重量比は、約20となる。
【0033】
[脱銅工程]
本発明における脱銅工程は、前記脱マンガン工程で得られたマンガンが除去された塩化コバルト水溶液に硫化剤を添加し、塩化コバルト水溶液の酸化還元電位(ORP)を−100〜−50mV及びpHを1.3〜1.5に調整することにより、塩化コバルト水溶液から銅の硫化物沈澱を生成させて分離し、マンガン及び銅が除去された塩化コバルト水溶液を得る工程である。
【0034】
塩化コバルト水溶液中の銅は、下記化学式2に従って硫化銅の沈澱物を生成して、水溶液中から除去される。
[化学式2]
CuCl
2+H
2S→CuS↓+2HCl
【0035】
上記脱銅工程では、塩化コバルト水溶液の酸化還元電位(ORP)を−100〜−50mV及びpHを1.3〜1.5に調整することが、硫化物として銅を十分に除去し且つコバルトの共沈澱を抑制するために重要である。
【0036】
即ち、酸化還元電位が−50mVを超えると水溶液中の銅の除去が不十分となり、酸化還元電位が−100mV未満ではコバルトの共沈殿量が増加するため好ましくない。また、pHが1.3未満では、水溶液中の銅の除去が不十分となると共に、生成する硫化物沈澱のろ過性が悪化する。pHが1.5を超えると、銅の除去に伴うコバルト共沈澱量が増加するため好ましくない。
【0037】
上記酸化還元電位の調整は、硫化剤の添加量を調整することにより行うことができる。硫化剤としては、特に限定されるものではないが、硫化水素、硫化ナトリウム、水硫化ナトリウム等を用いることができ、その中でもアルカリ金属等による新たな不純物汚染の恐れがない硫化水素ガスが特に好ましい。
【0038】
また、上記pHの調整は、硫化剤として硫化水素や水硫化ナトリウムを用いる場合は、硫化剤の添加量調整とpH調整剤の添加によって行われる。pH調整剤としては、特に限定されるものではなく、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、炭酸ナトリウム、炭酸コバルト等のアルカリ塩を用いることができるが、特に他の不純物金属元素の混入を避けるためにも、炭酸コバルトを用いることが好ましい。尚、硫化剤として硫化水素や水硫化ナトリウムを使用しない場合には、鉱酸を用いて調整すればよい。
【0039】
本発明の脱銅工程によれば、ニッケル製錬の溶媒抽出工程において分離回収された塩化コバルト水溶液を用いた場合、銅濃度を約0.5g/lから0.5mg/l以下にまで低減させることができる。また、この脱銅工程では、銅と同様の挙動をとる鉛等の金属元素も除去され、例えば鉛濃度は0.2mg/l以下にまで低下する。尚、脱銅工程で得られた硫化物沈澱中のCo/Cu重量比は約2.5となる。
【0040】
[脱亜鉛工程]
本発明における脱亜鉛工程は、前記脱銅工程で得られたマンガン及び銅が除去された塩化コバルト水溶液に、弱塩基性陰イオン交換樹脂を接触させることによって、塩化コバルト水溶液中の亜鉛を吸着除去する工程である。
【0041】
塩化コバルト水溶液中の亜鉛は、下記化学式3に従って、弱塩基性陰イオン交換樹脂に吸着されることにより、塩化コバルト水溶液中から除去される。
[化学式3]
ZnCl
42−+2R(CH
3)
2N:H
+−Cl
−
→(R(CH
3)
2N:H)
2ZnCl
4+2Cl
−
(式中のRは樹脂の基材(母体)を表し、:は窒素原子の非共有電子対を表す。)
【0042】
上記脱亜鉛工程において弱塩基性陰イオン交換樹脂に供給する塩化コバルト水溶液は、前記脱銅工程後の塩化コバルト水溶液であるから、そのpHは1.3〜1.5であり、塩化物イオン濃度は10g/l以下である。このように塩化物イオン濃度が十分に低い場合、塩化コバルト水溶液中のCu、Zn、Fe等はクロロ錯イオンを形成するが、Coはクロロ錯イオンを形成しない。
【0043】
上記した低い塩化物イオン濃度では、陰イオン交換樹脂に対するコバルトの分配係数はほぼゼロであるが、亜鉛クロロ錯イオンの分配係数は1000程度である。従って、亜鉛を含有する塩化コバルト水溶液に弱塩基性陰イオン交換樹脂を接触させることによって、塩化コバルト水溶液中の亜鉛を選択的に吸着除去することができる。
【0044】
上記脱亜鉛工程において用いる弱塩基性イオン交換樹脂としては、特に限定されるものではないが、例えば、オルガノ社製の弱塩基性陰イオン交換樹脂IRA96SB(商品名)を最適に使用することができる。尚、上記脱亜鉛工程に係る亜鉛吸着装置は、一般的に使用されているものでよく、例えばカラム方式の充填塔を用いることができる。また、充填塔内の給液方法については、塔底から給液する方式よりも塔頂から給液する方式が好ましい場合が多いが、これは使用する装置の構造等によって変わってくるため、塔内充填部の流速分布が均一になるような方式を調査して決定すればよい。
【0045】
本発明の脱亜鉛工程によれば、ニッケル製錬の溶媒抽出工程において分離回収された塩化コバルト水溶液を用いた場合、亜鉛濃度を約0.5mg/lから0.05mg/l以下にまで低減させることができる。また、この脱亜鉛工程では、亜鉛と同様の挙動を取るカドミウム等も除去され、例えばカドミウム濃度は0.1mg/l以下にまで低下する。
【実施例】
【0046】
[実施例1]
ニッケル製錬の溶媒抽出工程において分離回収された塩化コバルト水溶液を用意した。この塩化コバルト水溶液の組成は、Co濃度が約60〜70g/l、Mn濃度が約0.1g/l、Cu濃度が約0.5g/l、Zn濃度が0.2〜0.8mg/lであった。
【0047】
上記塩化コバルト水溶液を、本発明による方法に従って脱マンガン工程、脱銅工程の順序で処理し、Mn及びCuが除去された塩化コバルト水溶液を得た。この脱マンガン工程、脱銅工程の順序で処理した場合を還元性雰囲気とする。
【0048】
また、上記塩化コバルト水溶液を、従来の方法に従って脱銅工程、脱マンガン工程の順序で処理し、Mn及びCuが除去された塩化コバルト水溶液を得た。この脱銅工程、脱マンガン工程の順序で処理した場合を酸化性雰囲気とする。
【0049】
上記還元性雰囲気又は酸化性雰囲気により調整した各塩化コバルト水溶液を、実操業における脱亜鉛工程に供給し、弱塩基性陰イオン交換樹脂に60〜80リットル/分の処理流量で通液して6ヶ月の連続処理を行うことにより、弱塩基性陰イオン交換樹脂が破過するまでのBVと樹脂のZn吸着量を調査した。
【0050】
上記各工程における反応条件及び反応装置は以下の通りである。
(1)脱マンガン工程
反応槽:3.5m
3×2槽、硬質ゴムが内面にライニングされた圧延鋼製
塩素吹込み量:5〜10kg/h
反応時の酸化還元電位:800〜1050mV(Ag/AgCl電極基準)
反応時のpH:2.0〜3.0
【0051】
(2)脱銅工程
反応槽:14m
3×1槽+7m
3×2槽、硬質ゴムライニングされた圧延鋼製
硫化水素吹込み量:2〜3kg/h
反応時の酸化還元電位:−100〜−50mV(Ag/AgCl電極基準)
反応時のpH:1.3〜1.5
【0052】
(3)脱亜鉛工程
イオン交換樹脂塔:5m
3(充填樹脂量)×2基、FRP製
弱塩基性陰イオン交換樹脂:アンバーライトIRA96SB(オルガノ製)
【0053】
上記した酸化性雰囲気及び還元性雰囲気において、弱塩基性陰イオン交換樹脂が破過するまでのBVとZn吸着量の推移を
図1に示した。この
図1から分かるように、還元性雰囲気の場合、6ヶ月経過後においても破過BV並びにZn吸着量は変わらず、使用開始当初とほぼ同様の性能が維持できた。一方、酸化性雰囲気の場合には、使用開始時にはZn吸着量が0.11g/l−Resin及び破過BVが約200BVであったが、6ヶ月後にはZn吸着量は0.02g/l−Resinに、破過BVは約50BVにまで低下した。
【0054】
上記調査の終了後、弱塩基性陰イオン交換樹脂の顕微鏡観察等による調査の結果、脱マンガン工程後の塩化コバルト水溶液中に含まれる溶存塩素によって、樹脂基材の架橋ポリスチレン部が酸化を受けて不可逆膨潤となり、樹脂に亀裂が入って破損するため、亜鉛の吸着性能が低下し且つ破過BVが低下したことが判明した。
【0055】
[実施例2]
硫化水素吹込み装置が備わった容器に塩化コバルト水溶液を入れ、硫化水素ガスを吹込んで酸化還元電位を−100〜−50mV(Ag/AgCl電極基準)に維持した。この飽和硫化水素雰囲気中の塩化コバルト水溶液に、弱塩基性陰イオン交換樹脂(アンバーライトIRA96SB)500mlを7日間浸漬して、硫化水素雰囲気で処理済みの弱塩基性陰イオン交換樹脂を作製した。
【0056】
次に、Co濃度65g/lの塩化コバルト水溶液2リットルに塩化亜鉛を溶解して、Zn濃度50mg/lの塩化コバルト水溶液を調製した。この亜鉛を含有する塩化コバルト水溶液を、500mlずつ3個の1リットルビーカーに分取し、各ビーカー中の亜鉛を含有する塩化コバルト水溶液に、それぞれ10ml、30ml及び60mlの上記硫化水素雰囲気で処理済みの弱塩基性陰イオン交換樹脂を装入して、それぞれ1時間混合撹拌した。
【0057】
比較のために、新しい弱塩基性陰イオン交換樹脂についても、活性化処理した後に、上記と同様にZn濃度を調製した3個のビーカー中の亜鉛を含有する塩化コバルト水溶液に、10ml、30ml及び60mlの上記弱塩基性陰イオン交換樹脂を装入して、それぞれ1時間混合撹拌した。
【0058】
1時間の混合撹拌が終了した後、ビーカーごとに塩化コバルト水溶液中のZn濃度を原子吸光光度法により測定し、平衡亜鉛濃度に対する弱塩基性陰イオン交換樹脂の亜鉛吸着量を求めた。得られた結果を亜鉛吸着等温線として、硫化水素雰囲気で処理済みの弱塩基性陰イオン交換樹脂と新しい弱塩基性陰イオン交換樹脂について
図2に示した。
【0059】
図2から分かるように、飽和硫化水素雰囲気中に7日間浸漬した硫化水素雰囲気で処理済みの弱塩基性陰イオン交換樹脂の亜鉛吸着量は、活性化のみ実施した新しい弱塩基性陰イオン樹脂の亜鉛吸着量とほぼ同等であり、硫化水素雰囲気によるイオン交換樹脂の性能劣化は認められなかった。
【0060】
[実施例3]
亜鉛を含む塩化コバルト水溶液(Co濃度65g/l、Zn濃度0.2〜0.8mg/l、pH2.2)が60〜80リットル/分で連続して流れる実機の脱銅反応槽(7m
3)に、硫化水素ガスを2〜3kg/hにて吹込み、酸化還元電位を−100〜−50mVに維持した。
【0061】
1リットルの弱塩基性陰イオン交換樹脂(アンバーライトIRA96SB)を樹脂ネット製の袋に入れ、更にチタンメッシュ製の容器に装入した状態で上記反応槽内に投入し、上記塩化コバルト水溶液中に最大で21日間浸漬させた。脱銅反応槽の塩化コバルト水溶液中に浸漬した弱塩基性陰イオン樹脂を、浸漬開始から1日後、3日後、7日後及び21日後に、それぞれ100mlずつ取出し、1日後、3日後、7日後及び21日後の総交換容量を測定した。
【0062】
上記弱塩基性陰イオン樹脂の総交換容量の測定は、まず塩酸で完全に塩化物イオン形に変換した後、純水にて過剰の塩酸を洗浄し、苛性ソーダにてOH形にコンディショニングした樹脂を基準形樹脂とし、次いで基準形樹脂に塩酸を吸着させ、この塩酸吸着量から交換容量を求めた。尚、総交換容量の測定は、0.1Nの水酸化ナトリウム水溶液を用いた滴定方法により実施した。
【0063】
上記の測定結果、実機の脱銅反応槽において硫化水素雰囲気の塩化コバルト水溶液中に浸漬させた弱塩基性陰イオン交換樹脂の総交換容量は、浸漬開始から1日後、3日後、7日後及び21日後のいずれも1.41meq/ml−Resinであり、浸漬前の新しい弱塩基性陰イオン交換樹脂の総イオン交換容量1.46meq/ml−Resinと比較して顕著な低下は確認できなかった。
【0064】
この結果から、弱塩基性陰イオン交換樹脂は、実機の脱銅反応槽内の硫化水素雰囲気中でも性能が劣化することなく、本来の吸着性能を維持していることが分かった。