(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6103643
(24)【登録日】2017年3月10日
(45)【発行日】2017年3月29日
(54)【発明の名称】鋼材に硫黄を侵入させる方法
(51)【国際特許分類】
C23C 8/42 20060101AFI20170316BHJP
【FI】
C23C8/42
【請求項の数】2
【全頁数】6
(21)【出願番号】特願2013-160151(P2013-160151)
(22)【出願日】2013年8月1日
(65)【公開番号】特開2015-30871(P2015-30871A)
(43)【公開日】2015年2月16日
【審査請求日】2015年9月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100064621
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 政樹
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 茂樹
(74)【代理人】
【識別番号】100153006
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 勇三
(72)【発明者】
【氏名】藤本 憲宏
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 博之
(72)【発明者】
【氏名】澤田 孝
(72)【発明者】
【氏名】多田 英司
(72)【発明者】
【氏名】西方 篤
【審査官】
祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−223945(JP,A)
【文献】
特開2005−098320(JP,A)
【文献】
特開昭50−030749(JP,A)
【文献】
特開2014−012876(JP,A)
【文献】
特開2012−047540(JP,A)
【文献】
特開2011−208215(JP,A)
【文献】
特開平10−204611(JP,A)
【文献】
特開昭58−022388(JP,A)
【文献】
特開平11−302897(JP,A)
【文献】
米国特許第06086741(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チオシアン酸塩を溶解したpHが4〜6の範囲のいずれかの水溶液からなる処理液を用意する第1工程と、
処理対象の鋼材に無電解で前記処理液を接触させて前記鋼材に硫黄を侵入させる第2工程と
を備え、
処理対象の前記鋼材は、表面に酸化被膜が形成されていることを特徴とする鋼材に硫黄を侵入させる方法。
【請求項2】
請求項1記載の鋼材に硫黄を侵入させる方法において、
前記チオシアン酸塩は、チオシアン酸アンモニウムであることを特徴とする鋼材に硫黄を侵入させる方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材に硫黄を侵入させ
る方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼材の表面における摩擦特性および潤滑特性を改善するために、硫黄を侵入させる処理が行われている。この硫黄を侵入させる処理として、コーベット法と呼ばれる電解浸硫が知られている(非特許文献1参照)。コーベット法は、190℃の溶融塩浴中で、処理品を陽極とし、浴槽を陰極として10〜20分電解を行うことで、硫化鉄の拡散層を処理品の表面に形成する。また、無電解で硫化被膜を製造する手法も知られている(非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】上條榮治,鈴木義彦,藤沢章 監修、「−無機材料の表面処理・改質技術と将来展望―金属,セラミックス,ガラス−」、42頁、2007年。
【非特許文献2】山崎恒友、「鉄鋼の浸硫法について(1)」、金属表面技術現場パンフレット、vol.11, No.2, 19−25頁、1964年。
【非特許文献3】浅原照三,上田重朋,佐藤正雄,長坂秀雄,松永正久,向正夫,「金属表面技術講座6 電気メッキ技術」、金属表面技術協編、株式会社朝倉書店、207頁、1972年発行。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、鋼材は製造過程において酸化被膜が形成されている。この酸化被膜は、鋼材に硫黄を侵入させる前に、除去している。この除去の方法としては、酸洗浄などがある(非特許文献3参照)。このように、従来では、鋼材に硫黄を侵入させる処理を行う場合、前処理として酸洗浄を行っており、工程が煩雑になるなどの問題があった。
【0005】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、工程を煩雑にすることなく、鋼材に硫黄を侵入させる処理ができるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る鋼材
に硫黄を侵入させる方法は、チオシアン酸塩を溶解したpHが4〜6の範囲のいずれかの水溶液からなる処理液を用意する第1工程と、処理対象の鋼材に無電解で処理液を接触させて鋼材に硫黄を侵入させる第2工程とを備える。
【0007】
上記鋼材
に硫黄を侵入させる方法において、処理対象の鋼材は、表面に酸化被膜が形成されている。なお、チオシアン酸塩は、チオシアン酸アンモニウムであればよい。
【0008】
以上説明したことにより、本発明によれば、工程を煩雑にすることなく、鋼材に硫黄を侵入させる処理ができるようになるという優れた効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、本発明の実施の形態における鋼材
に硫黄を侵入させる方法を説明するフローチャートである。
【
図2】
図2は、本発明の実施の形態における鋼材
に硫黄を侵入させる方法を実施したときの処理液のpHの変化を示す特性図である。
【
図3】
図3は、本発明の実施の形態における鋼材
に硫黄を侵入させる方法により処理した鋼材の表面状態の変化を電子線マイクロアナライザーで分析した結果を示す説明図である。
【
図4】
図4は、本発明の実施の形態における鋼材
に硫黄を侵入させる方法により処理した鋼材の表面をカメラで撮影した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。
図1は、本発明の実施の形態における鋼材
に硫黄を侵入させる方法を説明するフローチャートである。こ
の方法は、まず、ステップS101で、チオシアン酸塩を溶解したpHが4〜6の範囲のいずれかの水溶液からなる処理液を用意する。例えば、濃度を20%としたチオシアン酸アンモニウムの水溶液を作製して処理液とすればよい。チオシアン酸アンモニウムの水溶液はいわゆる弱酸性であり、作製した処理液のpHは、4.2程度となる。
【0011】
次に、ステップS102で、処理対象の鋼材に無電解で処理液を接触させて鋼材に硫黄を侵入させる。例えば、所定の容器に上記処理液を収容し、この処理液中に、処理対象の鋼材を浸漬すればよい。ここで、鋼材は、表面に酸化被膜が形成されている状態である。
【0012】
上述した方法により、鋼材に対して酸化被膜除去のためなどの前処理を行うことなく、鋼材に硫黄を侵入させることができる。ここで、処理液のpHが4より小さすぎると、硫黄が侵入した表面の層が溶解するなどにより、硫黄が進入した状態が得られないことが考えられるため、pHは4以上とすることが重要である。なお、ここで用いるチオシアン酸塩は、常温で水溶性を有するものである。従って、処理液は、水溶性を有するチオシアン酸塩の水溶液であり、pHが4〜6の範囲のいずれかとなっている水溶液である。
【0013】
[実施例1]
次に、実施例を用いてより詳細に説明する。まず、処理対象として、長さ7cm、直径1.2cmの円柱型で、表面に厚さ30〜40μmの酸化被膜が形成されている状態の高強度鋼材を試験片として用意した。次に、処理液として、pHが4.2の20%チオシアン酸アンモニウム水溶液を用意した。次に、用意した処理液を50℃に加熱し、試験片を所定時間浸漬した。処理液温度は20℃程度でもよいが、50℃に加熱することで、硫黄の侵入を促進させることができる。
【0014】
上述した処理において、処理液のpHの変化を観察したところ、
図2に示すように、試験片を処理液中に浸漬した直後からpHが急激に上昇し、12時間経過した後から、pHは6前後でほぼ一定に保たれていることが確認されている。
【0015】
次に、上述した処理を1日(24h)継続した後、および4日(96h)継続した後に、試験片の状態を確認した。この確認は、試験片の表面に形成されていた密着性の低い沈殿皮膜を除去してから実施した。確認方法として、試験片の断面を電子線マイクロアナライザー(EPMA)で分析した。分析した結果を
図3に示す。
【0016】
図3において、(a−0),(a−1),(a−2)は、走査型電子顕微鏡像を示している。また、(b−0),(b−1),(b−2)は、EPMAにより分析された酸素の分布を示し、(c−1),(c−2)は、EPMAにより分析された硫黄の分布を示している。EPMAの分析結果においては、色が薄い箇所ほど濃度が高いことを示している。
【0017】
また、(a−0),(b−0)は、処理前の状態を示している。また、(a−1),(b−1),(c−1)は、処理を1日(24h)継続した後の状態を示している。また、(a−2),(b−2),(c−2)は、処理を4日(96h)継続した後の状態を示している。
【0018】
図3の(a−0)に示すように、表面には内側とは異なる状態の層が形成され、この部分は、
図3の(b−0)に示すように、酸素が多く分布している領域であることから分かるように、処理前(0h)には、酸化被膜が試験片表面に存在していることが確認される。
【0019】
これに対し、24h後では、
図3の(a−1),(b−1)に示すように、酸化被膜が消失し、
図3の(c−1)に示すように、表面に硫黄が侵入していることが分かる。さらに、96h後には、
図3の(c−2)に示すように、試験片の表面より深さ5〜10μmの内部にまで、硫黄が侵入し、また、比較的均一に分布していることが分かる。
【0020】
次に、試験片の表面を観察した結果を
図4に示す。
図4は、試験片の表面をカメラで撮影した写真である。浸漬前(0h)では観察されない金属光沢が、1日(24h)浸漬後および2日(48h)浸漬後では一部で見られ、これらの段階では、表面の酸化被膜が除去され、新たに硫黄が侵入した膜が形成される途中であることが分かる。
【0021】
以上のことより、チオシアン酸塩の水溶液を用いた処理により鋼材表面に均一に硫黄を侵入させるためには、4日程度の時間が必要であることが分かる。
【0022】
以上に説明したように、本発明によれば、チオシアン酸塩の水溶液を鋼材に作用させるようにしたので、工程を煩雑にすることなく、鋼材に硫黄を侵入させる処理ができるようになる。また、この処理では、製造過程で鋼材表面に生成する酸化被膜を除去する前処理をすることなく、鋼材に硫黄を侵入させることができ、例えば、鋼材表面に硫化鉄の膜を形成することができる。
【0023】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。