(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に本発明について詳細に説明する。
本発明の液圧転写用ベースフィルムは、厚み方向にスリット断面の表面粗さを測定したとき、最大山高さ(Rp)が5μm以上の場合には当該最大山高さ(Rp)を与える位置が厚み方向に片側から20〜80%の位置にあり、最大山高さ(Rp)が5μm未満の場合には算術平均高さ(Ra)が2μm以下であり、当該液圧転写用ベースフィルムによれば、ロールから繰り出す際に破断しにくいという優れた効果を奏する。
【0012】
本発明を何ら限定するものではないが、液圧転写用ベースフィルムをロールから繰り出す際の破断の原因はロール端面の溶着にあると考えられる。すなわちロールの表面、特にロールの端面に水分が付着すると、水分がロールの端面から浸入して速やかに液圧転写用ベースフィルムの隙間に広がり、液圧転写用ベースフィルムの表面を膨潤溶解させつつ、更に液圧転写用ベースフィルム内部へ浸透しながら再び乾燥することによって、接触している液圧転写用ベースフィルム間に局所的な溶着を引き起こすと推測される。このように生じた液圧転写用ベースフィルム同士の溶着は強弱があるが、特に破断を起こすような強い溶着は、長尺のフィルムの両端部分の除去、幅の調整、複数のフィルムへの分割などを目的としてフィルムをスリットした際に生じるスリット断面(スリットによって生じたフィルムの断面)にあるひげ(スリット時に端面が引き伸ばされた部分)が吸湿した後、膨潤溶解し、そのひげが他のスリット断面と接触したときに発生すると推定する。すなわち、破断を起こすような強い溶着を引き起こさないためには、ひげがないか、あるいはひげがあっても他のスリット断面と接触しにくい位置つまりスリット断面の厚み方向の中央部にあればよい。なお、スリット断面の厚み方向とは、スリット断面の流れ方向に対して垂直方向のことを意味する(
図1および2を参照)。
【0013】
本発明では、厚み方向にスリット断面の表面粗さを測定したときの最大山高さ(Rp)が5μm以上の場合に、上記のひげがある状態であると考える。このような場合、本発明では当該ひげが他のスリット断面と接触しにくい、スリット断面の厚み方向の中央部にあることを必要とする。すなわち、本発明では、当該最大山高さ(Rp)を与える位置(ひげの位置)が厚み方向に片側から20〜80%の位置にあることが必要であり、25〜75%の位置にあることが好ましく、30〜70%の位置にあることが特に好ましい。なおスリット断面の厚み方向の端の高さの低い方を0%、高い方を100%の位置とする。当該最大山高さ(Rp)を与える位置が厚み方向の20〜80%の位置にあると、ひげが他のスリット断面と接触しにくいため、破断を起こすような強い溶着は起きにくい(
図3を参照)。
【0014】
また本発明では、厚み方向にスリット断面の表面粗さを測定したときの最大山高さ(Rp)が5μm未満の場合に、上記のひげがない状態であると考える。このような場合、ロールから繰り出す際の破断を抑制するためには、厚み方向の算術平均高さ(Ra)が2μm以下であることが必要であり、1.8μm以下であることが好ましく、1.5μm以下であることが特に好ましい。厚み方向の算術平均高さ(Ra)が2μm以下であると、良好にスリットされており、破断を起こすような強い溶着は起きにくい(
図4を参照)。
【0015】
本明細書において最大山高さ(Rp)および算術平均高さ(Ra)はJIS B 0601:2001で定義され、上記の最大山高さ(Rp)および算術平均高さ(Ra)は、それぞれ、厚み方向にスリット断面の表面粗さを測定した際に得られる厚み方向全体の粗さ曲線における最大山高さ(Rp)および算術平均高さ(Ra)として求められ、具体的には実施例において後述する方法により求めることができる。
【0016】
本発明の液圧転写用ベースフィルムとしては水溶性のフィルムを用いることができ、例えば、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリアクリル酸またはその塩、澱粉およびゼラチンから選択される1種または2種以上から形成されるフィルムを用いるこおtができる。中でも、重合度やけん化度、澱粉等の添加剤の配合等の諸条件を変化させることによって、必要な機械的強度や取り扱い中の耐湿性を制御することができるため、ポリビニルアルコールフィルムが好ましく用いられる。
【0017】
液圧転写用ベースフィルムがポリビニルアルコール(以下「ポリビニルアルコール」を「PVA」と略称する場合がある)フィルムである場合、当該PVAフィルムを形成するPVAとしては、酢酸ビニル、ギ酸ビニル、プロピオン酸ビニル、酪酸ビニル、ピバリン酸ビニル、バーサティック酸ビニル、ラウリン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、安息香酸ビニル、酢酸イソプロペニル等のビニルエステルの1種または2種以上を重合して得られるポリビニルエステルをけん化することにより得られるものを使用することができる。上記のビニルエステルの中でも、PVAの製造の容易性、入手容易性、コスト等の点から、酢酸ビニルが好ましい。
【0018】
上記のポリビニルエステルは、単量体として1種または2種以上のビニルエステルのみを用いて得られたものが好ましく、単量体として1種のビニルエステルのみを用いて得られたものがより好ましいが、本発明の効果を損なわない範囲内であれば、1種または2種以上のビニルエステルと、これと共重合可能な他の単量体との共重合体であってもよい。
【0019】
上記のビニルエステルと共重合可能な他の単量体としては、例えば、エチレン、プロピレン、1−ブテン、イソブテン等の炭素数2〜30のα−オレフィン;(メタ)アクリル酸またはその塩;(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸n−プロピル、(メタ)アクリル酸i−プロピル、(メタ)アクリル酸n−ブチル、(メタ)アクリル酸i−ブチル、(メタ)アクリル酸t−ブチル、(メタ)アクリル酸2−エチルへキシル、(メタ)アクリル酸ドデシル、(メタ)アクリル酸オクタデシル等の(メタ)アクリル酸エステル;(メタ)アクリルアミド、N−メチル(メタ)アクリルアミド、N−エチル(メタ)アクリルアミド、N,N−ジメチル(メタ)アクリルアミド、ジアセトン(メタ)アクリルアミド、(メタ)アクリルアミドプロパンスルホン酸またはその塩、(メタ)アクリルアミドプロピルジメチルアミンまたはその塩、N−メチロール(メタ)アクリルアミドまたはその誘導体等の(メタ)アクリルアミド誘導体;N−ビニルホルムアミド、N−ビニルアセトアミド、N−ビニルピロリドン等のN−ビニルアミド;メチルビニルエーテル、エチルビニルエーテル、n−プロピルビニルエーテル、i−プロピルビニルエーテル、n−ブチルビニルエーテル、i−ブチルビニルエーテル、t−ブチルビニルエーテル、ドデシルビニルエーテル、ステアリルビニルエーテル等のビニルエーテル;(メタ)アクリロニトリル等のシアン化ビニル;塩化ビニル、塩化ビニリデン、フッ化ビニル、フッ化ビニリデン等のハロゲン化ビニル;酢酸アリル、塩化アリル等のアリル化合物;マレイン酸またはその塩、エステルもしくは酸無水物;イタコン酸またはその塩、エステルもしくは酸無水物;ビニルトリメトキシシラン等のビニルシリル化合物;不飽和スルホン酸などを挙げることができる。上記のポリビニルエステルは、前記した他の単量体の1種または2種以上に由来する構造単位を有することができる。
【0020】
上記のポリビニルエステルに占める前記した他の単量体に由来する構造単位の割合は、ポリビニルエステルを構成する全構造単位のモル数に基づいて、25モル%以下であることが好ましく、15モル%以下であることがより好ましく、5モル%以下であることがさらに好ましい。当該割合が25モル%を超えると、液圧転写用ベースフィルムと印刷層との親和性などが低下する傾向がある。
【0021】
上記のPVAは、本発明の効果を損なわない範囲内であれば、1種または2種以上のグラフト共重合可能な単量体によって変性されたものであってもよい。当該グラフト共重合可能な単量体としては、例えば、不飽和カルボン酸またはその誘導体;不飽和スルホン酸またはその誘導体;炭素数2〜30のα−オレフィンなどが挙げられる。PVAにおけるグラフト共重合可能な単量体に由来する構造単位の割合は、PVAを構成する全構造単位のモル数に基づいて、5モル%以下であることが好ましい。
【0022】
上記のPVAは、その水酸基の一部が架橋されていてもよいし架橋されていなくてもよい。また上記のPVAは、その水酸基の一部がアセトアルデヒド、ブチルアルデヒド等のアルデヒド化合物などと反応してアセタール構造を形成していてもよいし、これらの化合物と反応せずアセタール構造を形成していなくてもよい。
【0023】
上記のPVAの重合度は500〜3000の範囲内であることが好ましく、700〜2800の範囲内であることがより好ましく、1000〜2500の範囲内であることがさらに好ましい。PVAの重合度が上記下限以上であることにより、得られる液圧転写用ベースフィルムの機械的強度が不足することによる破断を抑制することができる。一方、PVAの重合度が上記上限以下であることにより、液圧転写用ベースフィルムを製造する際の生産効率が向上し、また、液圧転写用ベースフィルムひいては液圧転写用フィルムの水溶性が低下するのを抑制することができて経済的な工程速度で液圧転写を行うのが容易になる。なお、本明細書でいうPVAの重合度はJIS K6726−1994の記載に準じて測定した平均重合度を意味する。
【0024】
上記のPVAのけん化度は80〜99モル%の範囲内であることが好ましく、83〜96モル%の範囲内であることがより好ましく、85〜90モル%の範囲内であることがさらに好ましい。PVAのけん化度が上記範囲内にあることにより、液圧転写用ベースフィルムひいては液圧転写用フィルムの水溶性が低下するのを抑制することができて経済的な工程速度で液圧転写を行うのが容易になる。なお、本明細書におけるPVAのけん化度とは、PVAが有する、けん化によってビニルアルコール単位に変換され得る構造単位(典型的にはビニルエステル単位)とビニルアルコール単位との合計モル数に対して当該ビニルアルコール単位のモル数が占める割合(モル%)をいう。けん化度はJIS K6726−1994の記載に準じて測定することができる。
【0025】
上記のPVAフィルムに可塑剤を含有させることで柔軟性を付与することができる。可塑剤としては多価アルコールが好ましく、具体例としては、エチレングリコール、グリセリン、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、ジグリセリン、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、トリメチロールプロパンなどを挙げることができる。PVAフィルムにおける可塑剤の含有量はPVA100質量部に対して20質量部以下であるのが好ましく、15質量部以下であるのがより好ましい。可塑剤の含有量が20質量部を超えると、PVAフィルムのブロッキングが生じる場合がある。
【0026】
また、液圧転写用ベースフィルムに印刷層を形成する際に必要な機械的強度を付与し、液圧転写用ベースフィルムを取り扱う際の耐湿性を維持し、あるいは印刷層が形成された液圧転写用ベースフィルムを液面に浮かべた際の液体の吸収による柔軟化の速度、液面での延展性、液体中での拡散に要する時間、液圧転写工程における変形のし易さ等を調節することなどを目的として、上記のPVAフィルムに澱粉および/またはPVA以外の水溶性高分子を含有させることが好ましい。
【0027】
澱粉としては、例えば、コーンスターチ、馬鈴薯澱粉、甘藷澱粉、コムギ澱粉、コメ澱粉、タピオカ澱粉、サゴ澱粉等の天然澱粉類;エーテル化加工、エステル化加工、酸化加工等が施された加工澱粉類などを挙げることができ、特に加工澱粉類が好ましい。PVAフィルムにおける澱粉の含有量はPVA100質量部に対して15質量部以下であるのが好ましく、10質量部以下であるのがより好ましい。澱粉の含有量が15質量部を超えると、液圧転写用ベースフィルムや液圧転写用フィルムの耐衝撃性が低下して脆くなり、工程通過性が低下する場合がある。
【0028】
PVA以外の水溶性高分子としては、例えば、デキストリン、ゼラチン、にかわ、カゼイン、シェラック、アラビアゴム、ポリアクリル酸アミド、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリビニルメチルエーテル、メチルビニルエーテルと無水マレイン酸の共重合体、酢酸ビニルとイタコン酸の共重合体、ポリビニルピロリドン、セルロース、アセチルセルロース、アセチルブチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、アルギン酸ナトリウムなどが挙げられる。PVAフィルムにおけるPVA以外の水溶性高分子の含有量はPVA100質量部に対して15質量部以下であるのが好ましく、10質量部以下であるのがより好ましい。PVA以外の水溶性高分子の含有量が15質量部を超えると、液圧転写時における液圧転写用ベースフィルムの溶解性および分散性が低下する場合がある。
【0029】
また、印刷層が形成された液圧転写用フィルムを液面に浮かべた際の液体の吸収による柔軟化の速度、液面での延展性、液体中への拡散に要する時間等を調節する目的で、上記のPVAフィルムにホウ素系化合物や界面活性剤を含有させることが好ましい。
【0030】
ホウ素系化合物としては、ホウ酸や硼砂が好ましい。PVAフィルムにおけるホウ素系化合物の含有量はPVA100質量部に対して5質量部以下であるのが好ましく、3質量部以下であるのがより好ましい。ホウ素系化合物の含有量が5質量部を超えると、液圧転写用ベースフィルムや液圧転写用フィルムの水溶性が低下し経済的な工程速度で液圧転写を行うのが困難になる場合がある。
【0031】
界面活性剤としては特に制限はなく、公知のアニオン系界面活性剤、カチオン系界面活性剤、ノニオン系界面活性剤などを用いることができる。PVAフィルムにおける界面活性剤の含有量は、PVA100質量部に対して5質量部以下であるのが好ましく、1質量部以下であるのがより好ましい。界面活性剤の含有量が5質量部を超えると、液圧転写用ベースフィルムが密着しやすくなって、取り扱い性が低下する場合がある。
【0032】
PVAフィルムには、上記した成分以外にも、熱安定剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、着色剤、フィラー等の他の成分を含有させることができる。これらの他の成分の含有量は、その種類にもよるが、通常、PVA100質量部に対して10質量部以下であるのが好ましく、5質量部以下であるのがより好ましい。他の成分の含有量が10質量部を超えると、液圧転写用ベースフィルムの耐衝撃性が悪化する場合がある。
【0033】
本発明の液圧転写用ベースフィルムの水分率は、1〜6質量%の範囲内であることが好ましい。水分率が1質量%未満である場合には、液圧転写用ベースフィルムの耐衝撃性が低下して裂け易くなるだけでなく、静電気が発生しやすくなるため、液圧転写用ベースフィルムに埃やゴミが付着するおそれがある。その結果、例えば、液圧転写用ベースフィルム上に印刷を行った場合には印刷抜けが起こる場合がある。水分率はより好ましくは1.5質量%以上、さらに好ましくは2質量%以上である。また、水分率が6質量%を超える場合には、ロールから液圧転写用ベースフィルムを繰り出す時に液圧転写用ベースフィルムが伸びる場合がある。その結果、例えば、液圧転写用ベースフィルム上に印刷を行ったときに印刷パターンがぼやけたり、多色印刷を施したときには印刷ずれが起きたりする場合がある。水分率はより好ましくは4質量%以下である。
【0034】
本発明の液圧転写用ベースフィルムを得るためのスリット前のフィルムの製膜方法に特に制限はなく、流延法、押出法、溶融法、インフレーション法等により製膜されたフィルムを使用することができる。製膜後のスリット前のフィルムや液圧転写用ベースフィルムは無延伸でもよいし、用途に合わせて機械特性を改善する目的で、1軸延伸または2軸延伸を施すこともでき、特に限定されない。
【0035】
本発明の液圧転写用ベースフィルムの厚みは、液体への溶解性と工程通過性のバランスを勘案して適宜選択すればよいが、通常、10〜100μmの範囲内、好ましくは20〜80μmの範囲内、さらに好ましくは30〜50μmの範囲内であるのがよい。厚みが10μm未満になると、液圧転写用ベースフィルムや液圧転写用フィルムの強度が不足して工程通過性が低下する場合がある。一方、厚みが100μmを超えると、液圧転写用ベースフィルムや液圧転写用フィルムの水溶性が低下し経済的な工程速度で液圧転写を行うのが困難になる場合がある。
【0036】
本発明の液圧転写用ベースフィルムの長さおよび幅には特に制限はないが、印刷時の生産性の観点から、長さは1m以上であるのが好ましく、100m以上であるのがより好ましく、1000m以上であるのがさらに好ましい。液圧転写用ベースフィルムの幅は30cm以上であるのが好ましく、40cm以上であるのがより好ましく、50cm以上であるのがさらに好ましい。液圧転写用ベースフィルムの幅が30cm未満であると、印刷時の生産性が低下する場合がある。液圧転写用ベースフィルムの幅は4m以下であるのが好ましく、3m以下であるのがさらに好ましい。液圧転写用ベースフィルムの幅が4mを超えると、均一な厚みを有する液圧転写用ベースフィルムの生産が困難になる場合がある。
【0037】
また、液圧転写用ベースフィルムに印刷層を形成する際の印刷適性を向上させたり、液圧転写用ベースフィルム表面のスリップ性を向上させたりするために、液圧転写用ベースフィルムの表面にマット処理が施されていることが好ましい。マット処理の方法として、製膜時にロールまたはベルト上のマット表面をフィルムに転写させるオンラインマット処理法、製膜されたフィルムを一旦ロールに巻き取った後にエンボス処理を施す方法などが挙げられる。マット処理が施された面の算術平均高さ(Ra)は、0.5μm以上であることが好ましく、1μm以上であることがより好ましい。算術平均高さ(Ra)の上限としては、例えば、10μmが挙げられる。算術平均高さ(Ra)が0.5μm未満であると十分なスリップ性が得られにくい。また、最大高さ(Rz)で1μm以上であることが好ましく、3μm以上であることがより好ましい。最大高さ(Rz)の上限としては、例えば、20μmが挙げられる。最大高さ(Rz)が0.5μm未満であると十分なスリップ性が得られにくい。
【0038】
液圧転写用ベースフィルムは、得られる液圧転写用フィルムを用いて液圧転写を行う際の工程速度などの観点から、20℃の水中での溶解時間が5分以下であることが好ましく、3分以下であることがより好ましく、1分以下であることがさらに好ましく、また、10秒以上であることが好ましく、30秒以上であることがより好ましい。
ここで、当該溶解時間は以下のようにして測定される。すなわち、まず液圧転写用ベースフィルムから長さ40mm×幅10mmの長方形のサンプルを切り出し、50mm×50mmのプラスチック板に長さ35mm×幅23mmの長方形の窓(穴)を開けたもの2枚の間に、サンプルの長さ方向が窓の長さ方向に平行でかつサンプルが窓の幅方向ほぼ中央に位置するように挟み込んで固定する。一方、500mlのビーカーに300mlの水を入れ、回転数280rpmで3cm長のバーを備えたマグネティックスターラーで攪拌しつつ、水温を20℃に調整しておき、上記したプラスチック板に固定したサンプルをマグネティックスターラーのバーに接触させないように注意しながら、ビーカー内に浸漬する。そして、水に浸漬してから、水中に分散したサンプル片が完全に消失するまでの時間を測定し、これを溶解時間とする。
液圧転写用ベースフィルムの水溶性は、それを形成する素材の種類や量を調整したり、厚みを特定の範囲にするなど、公知の方法により調整することができる。なお、一般に、上記のような水溶性を有するフィルムのスリット断面を制御するのは、例えば光学フィルムの製造原料に使用されるような非水溶性または水溶性の低いPVAフィルムのスリット断面を制御するのと比べて難しい。
【0039】
本発明の液圧転写用ベースフィルムはスリット前のフィルムをスリット(切断)することにより得ることができる。このようなスリットとしては、例えば、長尺のフィルムの両端部分の除去や幅の調整を目的とするもの、さらには長尺のフィルムを流れ方向にスリットして複数のフィルムへ分割することを目的とするものなどが挙げられる。スリットの方法に特に制限はなく、例えば、シェア刃、レザー刃、丸刃等の刃物を用いてスリットする方法や、レーザーを用いてスリットする方法などが挙げられる。これらの中でも、スリット断面の表面形状を容易に制御することができて本発明の液圧転写用ベースフィルムの製造が容易になる点で、シェア刃を用いてスリットする方法(シェアカット法;上刃と下刃の側面を擦り合わせてはさみのようにスリットする方法)、または、レザー刃を用いてスリットする方法(レザーカット法;レザー刃を固定してフィルムを引っ張ることによりスリットする方法)が好ましく、特に後述する形態のシェアカット法またはレザーカット法がより好ましい。なお、シェアカット法で使用される上刃および下刃ならびにレザーカット法で使用されるレザー刃としては
図5〜8、10および11に示したようなものを使用することができる。また、シェアカット法としては
図9に示すような態様を採用することができ、レザーカット法としては
図12に示すような態様を採用することができる。
【0040】
上記のシェアカット法として、シェア刃を用いてスリット前のフィルムをスリットする際に、上刃の刃先角度を30〜90°とし、上刃と下刃のラップ量を0.1〜0.8mmとし、抱き角を2〜100°とし、上刃を駆動させない方法が挙げられる。このような方法でスリットすればスリット断面の表面形状が制御された液圧転写用ベースフィルムを容易に得ることができる。
【0041】
上記のシェアカット法においては、上刃の刃先角度(
図6においてはDの角度)が30〜90°であることが必要であり、45〜75°であることが好ましい。上刃の刃先角度が上記下限以上であることによりスリット断面の厚み方向の端にひげが発生するのを抑制することができる。また、上刃の刃先角度が上記上限以下であることによりスリット不良の発生を抑制することができる。
【0042】
また上刃の逃げ角(
図6においてはEの角度)が1.0〜5.0°であることが好ましく、2.0〜4.0°であることがより好ましい。また、上刃は小刃が設けられたものであることが好ましい。このような上刃を用いることにより、スリット断面の表面形状をより容易に制御することができる。
【0043】
上刃の材質としては、例えば、ハイス鋼、ダイス鋼、ステンレス鋼、セラミックス、超硬合金などが挙げられる。上刃のサイズに特に制限はないが、外径(
図5においてはBの長さ)の例としては、30〜200mm(好ましくは50〜150mm)が挙げられ、厚み(最大厚み;
図5においてはCの長さ)の例としては、0.1〜3mm(好ましくは0.5〜1.5mm)が挙げられる。
【0044】
上記のシェアカット法において、下刃の種類に特に制限はないが、逃げ角(
図8においてはIの角度)が1.0〜5.0°であるものを好ましく使用することができ、当該逃げ角は、2.0〜4.0°であることがより好ましい。このような下刃を用いることにより、スリット断面の表面形状をより容易に制御することができる。
【0045】
下刃の材質としては、例えば、ハイス鋼、ダイス鋼、ステンレス鋼、セラミックス、超硬合金などが挙げられる。下刃のサイズに特に制限はないが、外径(
図7においてはGの長さ)の例としては、30〜200mm(好ましくは40〜150mm)が挙げられ、厚み(最大厚み;
図7においてはHの長さ)の例としては、2〜30mm(好ましくは5〜15mm)が挙げられる。
【0046】
上記のシェアカット法においては、上刃と下刃のラップ量(
図9においてはJの長さ)が0.1〜0.8mmであることが必要であり、0.2〜0.7mmであることが好ましい。上刃と下刃のラップ量が上記下限以上であることによりスリット不良の発生を抑制することができる。また、上刃と下刃のラップ量が上記上限以下であることによりスリット断面の厚み方向の端にひげが発生するのを抑制することができる。
【0047】
上記のシェアカット法においては、抱き角(
図9においてはKの角度)が2〜100°であることが必要であり、3〜90°であることが好ましく、3〜80°であることがより好ましい。抱き角が上記範囲内にあることによりスリット断面の厚み方向の端にひげが発生するのを抑制することができる。
【0048】
シェアカット法では、通常、フィルムを下刃に沿わせてフィルムと下刃の外周速度とが実質的に同じになるようにしながらフィルムをスリットする。上記のシェアカット法において、フィルムの移動速度ひいては下刃の外周速度(フィルム移動方向への速度)は、20〜200m/分であることが好ましく、40〜150m/分であることがより好ましい。
【0049】
また上記のシェアカット法においては、上刃を実質的に駆動させないことが必要である。上刃の駆動がないことで、フィルムの移動とともに上刃がフィルム移動方向に自由回転し、スリット断面にひげが発生するのを抑制することができる、あるいは、ひげが発生してもスリット断面の厚み方向の中央部に発生するようにすることができる。上刃の外周速度(フィルム移動方向への速度)は、フィルムの移動速度に対して、1.05倍以下であるのが好ましく、1.01倍以下であるのがより好ましく、1.00倍以下であるのがさらに好ましい。
【0050】
上記のレザーカット法として、レザー刃を用いてスリット前のフィルムをスリットする際に、レザー刃の刃先の最大高さ(Rz)を1μm未満とする方法が挙げられる。このような方法でスリットすることによっても、スリット断面の表面形状が制御された液圧転写用ベースフィルムを容易に得ることができる。
【0051】
上記のレザーカット法においては、レザー刃の刃先の最大高さ(Rz)が1μm未満であることが必要であり、0.9μm未満であることが好ましく、0.8μm未満であることがより好ましい。当該最大高さ(Rz)が上記上限未満であることによりスリット断面の厚み方向の端にひげが発生するのを抑制することができる。なお、本明細書において最大高さ(Rz)はJIS B 0601:2001で定義され、レザー刃の刃先の最大高さ(Rz)は
図13に示すようにレザー刃の刃先の粗さを測定した際に得られる刃先全体の粗さ曲線における最大高さ(Rz)として求められ、具体的には実施例において後述する方法により求めることができる。
【0052】
上記のレザーカット法においては、レザー刃の刃先角度(
図11においてはOの角度;刃先角度<1>)は10〜50°であることが好ましく、15〜45°であることがより好ましい。またレザー刃の両小刃部分のなす角(
図11においてはPの角度;刃先角度<2>)は30°以下であることが好ましく、25°以下であることがより好ましい。このような構成とすることにより、スリット断面の表面形状をより容易に制御することができる。
【0053】
レザー刃の材質としては、例えば、ハイス鋼、ダイス鋼、ステンレス鋼、セラミックス、超硬合金などが挙げられる。レザー刃の厚み(最大厚み;
図10においてはNの長さ)の例としては、0.05〜1mm(好ましくは0.1〜0.9mm)が挙げられる。
【0054】
上記のレザーカット法において、レザー刃とフィルムのなす角(
図12においてはQの角度)が10〜60°であることが好ましく、15〜55°であることがより好ましい。レザー刃とフィルムのなす角が上記範囲内にあることにより、スリット断面の厚み方向の端にひげが発生するのを抑制することができる。
【0055】
上記のレザーカット法において、溝付ロールを使用して、フィルムを溝付きロールに沿わせて屈曲させると、スリット断面にひげが発生するのを抑制することができる、あるいは、ひげが発生してもスリット断面の厚み方向の中央部に発生するようにすることができるため、好ましい。
【0056】
上記のレザーカット法において、フィルムの移動速度は20〜200m/分であることが好ましく、40〜150m/分であることがより好ましい。
【0057】
本発明の液圧転写用ベースフィルムの表面に印刷を施すことにより液圧転写用フィルムとすることができる。当該印刷方法に特に制限はなく、公知の印刷方式を採用することによって印刷層を形成することができ、例えば、グラビア印刷、スクリーン印刷、オフセット印刷、ロールコート等を採用することができる。当該印刷は、液圧転写用ベースフィルムに印刷インクによって直接行ってよいし、印刷層を他のフィルム上に一旦形成した後で、それを液圧転写用ベースフィルムに転写することによって印刷を行うこともできる。前者のように液圧転写用ベースフィルムに印刷インクによって直接印刷を行う場合には印刷インクの組成の制限や乾燥工程の問題、多色印刷の際の色ずれの問題などが発生する場合があるため、後者のように印刷層を他のフィルムに一旦形成した後で、それを液圧転写用ベースフィルムに転写することによって印刷を行うのが好ましい。印刷に使用される印刷インクとしては従来公知のものを用いることができる。
【0058】
上記の液圧転写用フィルムを印刷が施された面を上にして水等の液体の液面に浮かべ、その上方から各種成形体などの被転写体を押し付けることにより液圧転写を行うことができる。より詳細な液圧転写方法としては、例えば、液圧転写用フィルムを印刷が施された面を上にして液面に浮かべると共にインク活性剤を吹き付けるなどして印刷層を活性化させる第1工程、液面に浮かべた液圧転写用フィルムの上方から被転写体を被転写面が下方になるようにして降下させて押し付ける第2工程、液圧転写用フィルムの印刷層が被転写体の表面に十分に固着した後で該液圧転写用フィルムにおける液圧転写用ベースフィルム部分を除去する第3工程、被転写面に印刷層が転写させた被転写体を十分に乾燥させる第4工程の各工程からなる液圧転写方法が挙げられる。
【0059】
被転写体の種類に特に制限はなく、例えば、木、合板、パーティクルボード等の木質基材;各種プラスチック類;石膏ボード;パルプセメント板、スレート板、石綿セメント板等の繊維セメント板;珪酸カルシウム板;珪酸マグネシウム板;ガラス繊維補強セメント;コンクリート;鉄、ステンレス、銅、アルミニウム等の金属の板;これらの複合物などが挙げられる。被転写体は、その表面の形状が平坦であっても、粗面であっても、凹凸形状を有していても、いずれでもよいが、凹凸のある立体面や曲面を有する被転写体であることが、液圧転写の利点をより効果的に活用することができることから好ましい。
【実施例】
【0060】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれによって何ら限定を受けるものではない。なお、レザー刃の刃先の粗さおよび液圧転写用ベースフィルムのスリット断面の表面粗さの測定方法を以下に記す。
【0061】
レザー刃の刃先の粗さの測定
レザー刃の刃先の粗さの測定には形状測定レーザマイクロスコープ「VK−X200」(キーエンス社製)を用いた。具体的には、レザー刃の刃先を1500倍で観察して、
図13に示すように刃先全ての粗さ測定を行い、最大高さ(Rz)を求めた。
【0062】
スリット断面の表面粗さの測定
スリット断面の表面粗さの測定には形状測定レーザマイクロスコープ「VK−X200」(キーエンス社製)を用いた。具体的には、液圧転写用ベースフィルムが巻き取られてなるロールの両方の端面において、ロールの外周面側に位置するフィルムのスリット断面(0%)からロールの中心に最も近い位置にあるフィルムのスリット断面までの距離を100%とした際に、0〜10%の位置、45〜55%の位置および90〜100%の位置でそれぞれ任意の1箇所(液圧転写用ベースフィルム1枚分のスリット断面)を500倍で観察し、計6箇所の中で最大山高さ(Rp)を与える位置(スリット断面の厚み方向の位置)が最も厚み方向の端に近い(0%もしくは100%に近い)1箇所について、上記装置を用いて厚み方向に表面粗さを測定し、得られた最大山高さ(Rp)および算術平均高さ(Ra)の各値を採用した。
【0063】
[実施例1]
スリット前のフィルムとしてPVAフィルム(株式会社クラレ製ポバールフィルムVF−HD、厚み:30μm、幅:700mm、長さ:1000m、水分率:2.8%、20℃の水中での溶解時間:50秒)を用い、幅500mmになるように両端部をスリットし(スリット位置については
図14に示すようにした)、得られた液圧転写用ベースフィルムを紙管(内径75mm、外径90mmの紙製の円筒)に巻き取ってロールとした。この際、スリット条件は以下のようにした。
《スリット条件》
[方法]シェアカット法
[上刃]
図5および6に示すような形状を有する上刃
・刃先角度(D):75°
・逃げ角(E) :2°
・材質 :ハイス鋼
・内径(A) :66mm
・外径(B) :98mm
・厚み(C) :0.8mm(最大厚み)
[下刃]
図7および
図8に示すような形状を有する下刃
・逃げ角(I) :3°
・材質 :ダイス鋼
・内径(F) :55mm
・外径(G) :80mm
・厚み(H) :10mm(最大厚み)
[操作]
図9に示すようにスリットした。
・上刃と下刃のラップ量(J):0.5mm
・抱き角(K) :16°
・フィルムの移動速度(下刃の外周速度):40m/分
・上刃駆動 :駆動なし(自由回転)
・巻き取り張力 :100N/m
・巻き出し張力 :50N/m
【0064】
得られたロールを用いて、上記した方法にしたがってスリット断面の表面粗さの測定を行った。結果を表1に示した。
【0065】
また得られたロールを室温20℃、相対湿度60%に加湿空調した室内にて繰り出し装置に装着し、30m/分の速度で液圧転写用ベースフィルムを連続的に繰り出し、その片面に印刷層を形成した。この際、ロールの端面における液圧転写用ベースフィルムの剥離音の回数および液圧転写用ベースフィルムの破断回数を数えた。
この評価を同様の手法にて製造した5本のロールに対して行い、それぞれの平均値(小数点以下第1位を四捨五入)を得た。結果を表1に示した。
【0066】
[実施例2〜4および比較例1〜4]
スリット条件を表1のように変更したこと以外は実施例1と同様にして液圧転写用ベースフィルムが巻き取られてなるロールを得て、実施例1と同様にしてその評価を行った。結果を表1に示した。
【0069】
【表1】
【0070】
実施例1〜
4では、液圧転写用ベースフィルムをロールから繰り出す際に、ロールの端面における液圧転写用ベースフィルムの溶着による剥離音がほとんどなく、液圧転写用ベースフィルムの破断もなかった。一方、比較例1〜
4では、溶着による剥離音があり、液圧転写用ベースフィルムの破断が頻発した。