【実施例1】
【0019】
図1に本発明の筋活動量計測装置の一例を示す。
図1のように前腕の中心線26を概法線とする前腕の横断面25上の皮膚表面には、バイポーラ電極22が環状に配置されているものとする。バイポーラ電極とは、2つの単電極を一対としてその差動電圧を計測する電極であり、
図1のバイポーラ電極22は、中心線26と概平行に並ぶ単電極が対をなしてバイポーラ電極となっている。バイポーラ電極は、前腕の周方向について概等間隔にn列配列されているものとする。筋活動量の計算精度を向上するには電極の配列数は多いほどよいが、計算精度を確保するには18ないし20以上が望ましい。このバイポーラ電極に、それぞれ便宜上の番号i=1…nを振る。
【0020】
バイポーラ電極には、電極ケーブル23を介して表面筋電計測部24が接続されており、これらにより横断面25上の表面筋電位が計測されている。
【0021】
次に、身体内の電気伝導シミュレーションモデルの構築方法について説明する。被計測者の横断面25における前腕の周径を測定し、同一径の円断面を構成する。この時、前腕表面の外形線17から、キャリパなどで計測された皮膚脂肪厚さだけ内側に筋ブロック領域の外形線13−1を構成する。ここでは円断面の例を示しているが、前腕形状を模するのであれば、楕円断面や断層撮影による正確な横断面形状を用いてもよい。
【0022】
次に、筋ブロック領域の外形線13−1内を、表面から深層に向かうに従い徐々に大きくなるよう、細かく分割し、筋ブロック領域13を構成する。このとき、分割の大きさは概ね5mm以下とするのが望ましい。ただし、分割が細かすぎると計算速度の低下を招くことから、概ね1mm〜5mmの間とするのが望ましい。分割は、表層を概ね1mm程度、中心付近は5mm程度として大きさを表層から中心へと徐変すれば、さらに望ましい。電極−筋ブロック領域間距離は、表層では近く深層は遠い。この距離が遠いほど筋電位伝導量が急激に小さくなる。表層と深層で同じ大きさの筋ブロック領域を構成すると、表面電位への深層筋ブロック領域筋活動の寄与率が極端に小さくなり、筋活動量の計算が発散しやすくなる。そこで、深層の筋ブロック領域を大きくしてすることで表面電位への寄与率を増加し、筋活動量計算を容易にしている。筋ブロック領域の最大サイズを5mm程度としたのは、前腕内の最も小さな筋の幅にこのブロックが収まるようにするためである。
この筋ブロック領域は、例えば以下に示すVoronoi図により作成することができる。まず、表層の周上に等間隔、例えば1mmの間隔で均等に母点を配置する。次に、中心方向に向かって徐々に点間隔が広がりかつ均等に散在するように母点を配置する。この後、Voronoi図のアルゴリズムに従い、隣接する母点間を等分する垂直2等分線を作成し母点を中心とした領域に分割する、すなわち、平面内の領域が最寄りの母点に属するように分割する。
図2に、筋ブロック領域のVoronoi図の一例を示す。筋ブロック領域の分割は、表面は1mm、中心付近は4mmに、総計805個の筋ブロック領域に分割したものである。
【0023】
さらに、筋ブロック領域の外形線13−1内を、さらに細かいサイズの仮想筋線維14に分割する。
ここで、仮想筋線維としたのは、各筋ブロック領域はこの仮想筋線維が集合して形成していると仮定したからである。このとき、各筋ブロック領域内における仮想筋線維の活動量は等しいと仮定することができる。この分割の大きさは、実際の筋線維の直径である20μm〜2mmであり、筋ブロック領域の最小サイズに依存する。概ね、筋ブロック領域のサイズの1/2以下にするのが望ましい。ただし、分割が細かすぎると計算速度の低下を招くことから、概ね1/2〜1/10程度に分割するのが望ましい。例えば、筋ブロック領域の最小サイズが1mmのときは、仮想筋線維の分割は概ね0.1mmから0.5mmの間が望ましい。
仮想筋線維の大きさが大きいと、筋ブロック領域の形状を正しく表すことができず、好ましくない。また、小さいと、計算に必要なメモリや時間が膨大となり好ましくない。
図3は、外形線13−1内を筋ブロック領域13と仮想筋線維14に分割した状態を模式的に示したものである。
【0024】
次に、断面内の筋ブロック領域13と仮想筋線維14にそれぞれ番号を振る。仮に筋ブロック領域15の筋番号をjとし、その中にある仮想筋線維14の番号をkとして、筋j内の仮想筋線維kの位置ベクトルをx
Mjkとして表す。モデルの表面には、実際の前腕に配置したバイポーラ電極22の位置と同じ位置に仮想バイポーラ電極11があるものとし、身体に配置したバイポーラ電極と同じ番号を振る。仮に電極12の番号をiとして、その位置ベクトルをx
Eiとする。表面電極−仮想筋線維間距離16をL
ijkとすると、L
ijkはx
Mjkとx
Eiとベクトルのノルム記号||...||を用いて、数1のように表せる。このとき、表面電極−仮想筋線維間距離は、バイポーラ電極を構成するそれぞれの単電極の中心を結ぶ線分の中点から仮想筋線維の中心までの距離を指すものとする。以下、バイポーラ電極の位置を示したときは、前記の単電極の中心を結ぶ線分の中点を指すものとする。
【0025】
【数1】
【0026】
ここで、概円柱形状の身体部位において、部位内の筋線維の方向が中心軸方向に概ね揃っているとき、筋ブロックj内の仮想筋線維kが筋活動量の時間2乗平均値(以下、MS値とする)m
jk2で活動したときに表面電極i上に発生する表面筋電位の時間2乗平均値V
ijk2は、表面−仮想筋線維距離L
ijkに対して累乗的に減衰するものとする。V
ijk2とm
jk2の関係は、数1とm
jkとL
ijkおよびにL
ijk対する減衰乗数b,単位表面−仮想筋線維間距離L
0=1mmのときの単位筋活動量RMS値m
jk=1における表面筋電位2乗平均平方根値(以下、RMS値とする)である係数V
0を用いた伝達関数として次のように表される。なお、b、V
0はバイポーラ電極を構成する各電極の間隔によって決まる定数であり、RMS値はMS値の平方根である。
【0027】
【数2】
【0028】
ここで、同一筋ブロック領域にある仮想筋線維は全て同じ筋活動量をとると仮定し筋j内の仮想筋線維は全て同じRMS値m
jをとるとすると、電極iにおける筋jの表面筋電位MS値V
ij2は、V
ijk2の総和として数2より次のように計算できる。
【0029】
【数3】
【0030】
数3のL
Sijを、筋jの電極iに対する総和伝達係数と呼ぶ。さらに,電極iの表面筋電位MS値V
i2は全ての筋のMS値の総和となるため,数3より次式で表される。
【0031】
【数4】
【0032】
数4が、本発明の電気伝導シミュレーションモデルによる表面筋電位のシミュレーション計算式となる。これにより、各筋がそれぞれの筋活動量で活動したときの表面筋電位をモデル上で計算できる。
【0033】
次に、人の表面筋電位と前記電気伝導シミュレーションモデルを用いて筋活動量を計算する方法を説明する。モデル上の仮想電極iに対応する被計測者の前腕上の表面電極iにより測定された表面筋電位MS値をV
Mi2とする。
【0034】
以下、
図4のフローチャートに沿って計算方法を説明する。計算の最初に、S21に示すように数4のモデル式における各筋の筋活動量m
jの初期値をあらかじめ適当に決めておく。m
jの初期値は、計算が発散しないよう0と理論上の最大値の間となるように考えて設定され、例えば最大値の10%程度となるようにしている。
【0035】
次に、S22に示すように数4のシミュレーション計算式によりシミュレーション表面筋電位RMS値V
iを計算する。
【0036】
ここから、人の前腕で測定した表面筋電位RMS値V
Miとシミュレーション表面筋電位RMS値V
iとの差e
iを、次のように計算する。
【0037】
【数5】
【0038】
数5のe
iから,S23に示すように差の評価関数fをRMS値の差の2乗和として次のように計算する.
【0039】
【数6】
【0040】
評価関数fを計算し、S24に示すように、このfが概最小となったかを判定する。fが概最小でない場合はS25に示すように筋活動量m
jの値を適宜変更してS22に戻りシミュレーション表面筋電位RMS値V
iを再計算することを繰り返す。fが概最小となったときは、人の前腕で測定した表面筋電位RMS値の分布とシミュレーション表面筋電位が概一致したとみなし、S26に示すように、モデルの筋活動量MS値m
jを人の前腕の筋活動量MS値とする。
【0041】
次に、本発明の筋活動量計測装置を用いて、
図1のように前腕の横断面25上に電極間隔を10mmとしてバイポーラ電極(20列)を設置し筋活動量を測定した。ここで、筋ブロック領域は
図2に示すようにVoronoi図を作成し、筋ブロック領域の分割は、表面は1mm、中心付近は4mmに、総計805個の筋ブロック領域に分割した。また、仮想筋線維の大きさは、0.2mmとした。
実験では、中指の近位指節関節へ屈曲負荷を与えた。前腕と手掌、中指基節をバンドで固定し、中指中節に紐をかけ手掌と反対の方向に一定荷重で引いた。このとき、被験者には荷重に対抗し、一定の姿勢で手指を静止するよう指示した。
結果を
図5に示す。図中、筋活動量の大きさは黒白の濃淡で示され、白いほど活動量が大きい。この結果は、浅指屈筋と総指伸筋の領域の活性量が高いことを示すものであり、本発明の筋活動量計測装置で筋活動量を計測できることがわかる。
【実施例2】
【0042】
実施例1において、電極間隔が1種類のバイポーラ電極を用いた筋活動量計算方法を示したが、電極間隔が異なる種類のバイポーラ電極を前腕の中心軸方向に複数配置すれば、実施例1より詳細な筋活動量計測ができる。
【0043】
本実施例では、
図6に示すように、前腕21の横断面25上に狭い間隔のバイポーラ電極22aと、広い間隔のバイポーラ電極22bを配置し、それぞれのバイポーラ電極から得られる表面筋電位を表面筋電位計測部24で計測する。
【0044】
このとき、減衰乗数bと係数V
0はバイポーラ電極の電極間隔によって決まる定数であり、バイポーラ電極の電極間隔が広くなるほど減衰が緩やかになることがわかっている。このとき、狭い電極間隔のバイポーラ電極における減衰乗数と係数をb
NとV
0N、広い電極間隔のバイポーラ電極における減衰乗数と係数をb
WとV
0Wとおく。
【0045】
シミュレーションモデル上の仮想電極を前腕21上のバイポーラ電極と同じ配置としたとき、仮想筋線維の筋活動量と表面筋電位との関係は、数2〜数4のbとV
0および総和伝達係数L
Sijを、狭い電極間隔のバイポーラ電極においてはb
NとV
0NとL
NSij、広い電極間隔のバイポーラ電極においてはb
WとV
0WとL
WSijに置き換えて計算できる。数2〜数4に対応する狭い電極間隔のバイポーラ電極における表面筋電位RMS値V
Nijk、V
Nij、V
Niと、広い電極間隔のバイポーラ電極における表面筋電位RMS値V
Wijk、V
Wij、V
Wiは次式で表される。
【0046】
【数7】
【数8】
【数9】
【数10】
【数11】
【数12】
【0047】
数9と数12が、狭い間隔のバイポーラ電極と、広い間隔のバイポーラ電極を配置したときの電気伝導シミュレーションモデルによる表面筋電位のシミュレーション計算式となる。
【0048】
本実施例における人の前腕で測定した狭い間隔のバイポーラ電極表面筋電位RMS値V
MNiとV
Niとの差、および広い間隔のバイポーラ電極表面筋電位RMS値V
MWiとV
Wiとの差e
iは次のように定義される。
【0049】
【数13】
【数14】
【0050】
以下は、実施例1における筋活動量を計算する方法と同一の方法により、人の前腕の筋活動量MS値を計算する。
【0051】
次に、本発明の筋活動量計測装置を用いて、
図6のように前腕の横断面25上に、電極間隔を狭い間隔(15mm)と、広い間隔(45mm)でバイポーラ電極(それぞれ、20列)を設置し筋活動量を測定した。ここで、筋ブロック領域は
図2に示すようにVoronoi図を作成し、筋ブロック領域の分割は、表面は1mm、中心付近は4mmに、総計805個の筋ブロック領域に分割した。また、仮想筋線維の大きさは、0.2mmとした。
実験は、実施例1に記載したのと同じ方法で中指の近位指節関節へ屈曲付加を与えた。
結果を
図7に示す。図中、筋活動量の大きさは黒白の濃淡で示され、白いほど活動量が大きい。この結果は、浅指屈筋と総指伸筋の領域の活性量が高いことを示すものであり、本発明の筋活動量計測装置で筋活動量を計測できることが分かる。
この計算結果(
図7)を、実施例1の電極間隔を狭い間隔(15mm)のみとした場合(
図5)と比較すると、
図5は表層に筋活動が集中し、内部の筋活動を低く算出している。対して、
図7は、2種類の電極により、電極近傍と遠方のそれぞれの筋活動を的確に算出できることを示していることがわかる。
したがって、本実施例のように複数の電極間隔のバイポーラ電極を同時に用いると、狭い電極間隔のバイポーラ電極では減衰が大きいため電極近傍の筋の筋活動量を詳細に計算でき、広い電極間隔のバイポーラ電極では減衰が小さいため広範囲で深部の筋活動を計算できることで、詳細かつ広範囲な筋活動量の計測が可能となる。
【0052】
次に、本発明の筋活動量計測装置による計測を、従来の筋活動量計測装置による計測(特開平2011−30991号)と比較した。
図8は従来方法、つまりMRI画像を基に筋領域を抽出して計測したもののであり、前腕の横断面25上に、電極間隔を狭い間隔(15mm)と、広い間隔(45mm)でバイポーラ電極(それぞれ、20列)を設置し筋活動量を測定した。実験は、実施例1に記載したのと同じ方法で中指の近位指節関節へ屈曲付加を与えたものである。
図5、7と
図8とを比較すると、筋活動位置はほぼ一致しており、本発明の筋活動量計測装置の有効性を示している。すなわち、本発明の筋活動量計測装置を用いれば、MRI画像等のデータがなくとも、筋活動量を計測できることがわかる。
【0053】
主な実施形態を実施例1,2に述べたが、本発明の実施形態はこれらにとどまらない。例えば、身体内の電気伝導シミュレーションモデルの構築において被計測者の前腕横断面25の外形線17と各筋の外形線13を抽出する方法は、抽出に用いる断面画像にはCTやMRIのような人体の断層撮影装置や3次元画像撮影装置による被計測者の前腕断面画像を用いるのが望ましい。前記のような装置により被計測者を撮影できないときは、別人の断層画像や屍体の断層画像から外形線を抽出して、被計測者の前腕寸法に合わせて外形線を拡大縮小させたものを用いてもよい。
【0054】
筋断面の外形線13で囲まれた筋ブロック領域を仮想筋線維14に分割する場合において、仮想筋線維14の断面の幅と高さは、0.1mmの他、筋線維の平均径である20μmなどが考えられるが、断面形状を仮想筋線維で十分に再現できるサイズであればいずれでもよい。前腕では、仮想筋線維の分割サイズは断面形状を十分に再現できるサイズとして0.2mm以下が望ましい。断面形状は、三角断面、四角断面、六角断面などが考えられ、いずれを用いてもよいが、四角断面のうち正方形断面の方が分割は簡易で計算も容易なため望ましい。
【0055】
実施例1、2では、身体の表面筋電位の計測においてはバイポーラ電極を配置しているが、バイポーラ電極以外にも小型電極を多数具備した電極アレイを配置してもよい。
【0056】
実施例2においては、狭い間隔と広い間隔の2種類のバイポーラ電極を前腕に配置する例を述べたが、バイポーラ電極の電極間隔をさらにふやし、3種類、4種類など他種類の電極間隔を持つバイポーラ電極を用いれば、さらに詳細な筋活動量計測を行える。
【0057】
評価関数fをシミュレーションRMS値と測定表面筋電位RMS値の差の絶対値の2乗和としたが、これを絶対値の3乗和や4乗和、あるいは絶対値の和にしてもよいし、絶対値の正の実数乗の和としてもよい。あるいは、評価関数fをシミュレーションMS値と測定表面筋電位MS値の差の絶対値の和、絶対値の2乗和、3乗和、4乗和、あるいは正の実数乗の和としてもよい。また、評価関数にここに示した以外の関数を加えてもよい。
【0058】
実施例1、2では前腕における本発明の実施例を述べたが、本発明は前腕に限らず概円柱形の部位であれば適用できる。例えば、上腕、大腿、下腿、首のような部位にも適用できる。これらの部位で本発明を実施する場合は、前記した発明を実施するための形態および実施例において、前腕と記した部分を上腕、大腿、下腿、首と読み換えて実施する。
【0059】
以上、本発明を実施するための最良の形態について実施例を用いて説明したが、本発明はこうした実施例に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々なる形態で実施し得ることは勿論である。