【実施例】
【0042】
<イネ形質転換体の作製>
本願発明者らは、上述の方法によってイネCYO1のcDNA(配列番号3)をイネ(ジャポニカ種)に導入し、イネCYO遺伝子が高レベルで発現しているイネ形質転換体を複数株得た。
【0043】
−イネ形質転換体の作製−
図2に示すStep2では、イネの植物体をすり潰し、パウダー状にした当該植物体からNucleoSpin(登録商標) RNA II(タカラバイオ社製)を用いてRNAを抽出した。次に、このRNAから、PrimeScript (登録商標)II 1st strand cDNA Synthesis Kit(タカラバイオ社製)及びPCR装置(製品名iCycler、BIORAD社製)を用いたRT-PCRによってcDNAを得た。次いで、このイネcDNAをテンプレートとし、配列番号5及び配列番号6のプライマーを用いてPCRを行なうことで、イネCYO1のcDNAを得た。
【0044】
図2に示すStep3では、トウモロコシ由来のユビキチンプロモータを有するベクター(pXHb7-SNFI-UBIL;VIB(Plant Systems Biology)製)をテンプレートとし、フォワードのプライマーとして、配列番号7のUBIL-5を、リバースのプライマーとして配列番号8のUBIL-3を用いたPCRを行った。PCRは、94℃5分間の熱処理を行った後、94℃30秒、55℃30秒、65℃2分を1サイクルとして30サイクル行い、65℃で5分間保持した。得られたPCR産物をベクターに導入し、DNAシークエンシングによって変異が入っていないもの(D-TOPO UBIL)を選択した。
【0045】
また、Step4における、イネCYO1 cDNAのイネへの導入には、Gateway(登録商標)システムを用いた。具体的には、バイナリーベクターpGWB1(島根大学総合科学研究支援センター 中川強教授作製)を制限酵素(HindIII)で処理した後、HindIIIを用いてD-TOPO UBILから切り出されたユビキチンプロモータを、ライゲーション反応によってpGWB1に導入した。ユビキチンプロモータが導入されたpGWB1をpUbGW1と称する。
【0046】
次に、ライゲーション反応後のプラスミドを大腸菌(DB3.1)に導入した後、カナマイシン及びハイグロマイシンを加えた培地内で培養した。次に、コロニーを形成した大腸菌に対し、UBIL-5及びUBIL-3をプライマーとして用いたコロニーPCRを行い、ユビキチンプロモータが導入された大腸菌を選択した。選択された大腸菌をTY培地を用いて増殖させてから集菌し、プラスミド(pUbGW1)を抽出した。
【0047】
次に、Step5では、抽出されたpUbGW1にはイネCYO1のcDNA(stopコドンあり)及びLR酵素(ライフテクノロジーズジャパン社製)を加え25℃で一晩反応させた。続いて、反応液にprotein K(ライフテクノロジーズジャパン社製)を加えて37℃、10分間静置して反応を止めた。
【0048】
次に、この反応液を用いて大腸菌(DH5α)を形質転換し、当該大腸菌をカナマイシン及びハイグロマイシンを含むLBプレート上に植菌して培養した。このLBプレート上に生じたコロニーに対してコロニーPCRを行った後、PCR産物のゲル電気泳動を行うことにより、イネCYO1 cDNAが導入されていることを確認した。このPCRには、配列番号5、6のプライマーを用いることができる。以上の方法により、pUbGW1においてユビキチンプロモータの下流で且つNos T配列の上流にイネCYO1 cDNAが挿入されたベクター(pUbGw1-OsCYO1)を得た。
【0049】
次に、Step6〜8では、「改訂3版モデル植物の実験プロトコール」細胞工学別冊(学研メディカル秀潤社刊)に記載された方法を用いてイネCYO1 cDNAの発現ベクター(pUbGw1-OsCYO1)をイネに導入し。
【0050】
Step6では、アグロバクテリウムのコンピテントセルを、CaCl
2を用いた常法により作製し、プラスミドの導入を行った。
【0051】
具体的には、上記発現ベクター(pUbGw1-OsCYO1)100ngを、氷上で溶解した100μLのアグロバクテリウム(EHA101株)に加え、穏やかに混和した。次いで、コンピテントセルを37℃のウォーターバスに移して5分間インキュベートした。
【0052】
次いで、液体培地を加え、28℃で2〜4時間震盪培養した。次に、試料を3000〜5000rpm、4℃で5分間程度遠心分離し、菌体を沈殿させた。菌体を50〜100μLの新しい培地に懸濁した後、カナマイシンを含む寒天培地上にこの菌体を塗布し、至適温度(28℃)で培養した。
【0053】
次に、Step7では、Step6で得られたアグロバクテリウムを用いてイネ(品種名:日本晴)にイネCYO1のcDNAを導入した。
【0054】
すなわち、まずイネ種子を消毒及び洗浄した後、オーキシンを含むカルス誘導培地(N6D培地)上に播種した。29℃、明期16時間、光量200μmol photons m
-2S
-1のチャンバー内で3〜4週間程度培養して誘導されたカルスを新しいカルス誘導培地に植え継ぎ、同じ条件で3日程度培養した(カルスの前培養)。一方で、アグロバクテリウム用培地(AB培地)を用いてStep6で得られたアグロバクテリウムを28℃、3日間遮光して前培養した。
【0055】
続いて、前培養されたアグロバクテリウムを感染培地(AAM培地)に懸濁し、懸濁液の吸光度(OD
600)の値を0.05〜0.1の範囲に調整した。次いで、アグロバクテリウムの懸濁液及び共培養培地(2N6-AS培地)をカルスに加えることで、アグロバクテリウムをカルスに感染させた。そのまま、カルスを遮光した状態で例えば29℃、3日間程度培養した。
【0056】
次に、カルスを洗浄後、選択培地(N6D-S培地)上に置き、チャンバー内で例えば29℃、明期16時間、光量200μmol photons m
-2S
-1の条件で、3週間程度培養した。
【0057】
次いで、カルスを再分化培地(MS-NK培地)上に植え継ぎ、29℃、明期24時間の条件で培養した。この際に、シュートの出現があるカルスや、緑化してきたカルスを新しいMS-NK培地に植え継いだ。次に、再分化し、シュートが伸長してきた個体を生育培地(MS-HF培地)に植え継いだ。その後、再分化した個体を、チャンバー内、29℃、明期24時間、光量200μmol photons m
-2S
-1の条件で生育させた。
【0058】
次に、シュートが十分な大きさになるまで成長したら、2〜3日間、29℃、明期16時間、暗期8時間、光量200μmol photons m
-2S
-1の条件下、チャンバー内で馴化させた。次いで、馴化後の個体を土に植え継ぎ、25℃、明期16時間、暗期8時間、最大光量400μmol photons m
-2S
-1の条件下、培養室で生育させた。
【0059】
以上の方法により、得られたイネの形質転換体におけるイネCYO1遺伝子の発現量を後述の方法で確認した結果、高いレベルでイネCYO1遺伝子が発現している形質転換体の株1〜4が得られた。そこで、これらのイネ形質転換体及び野生型イネについて、種々の評価を行った。ここで、形質転換に用いたイネと同じ種類で、遺伝子導入を行っていないイネを野生型イネとした。
【0060】
<評価方法>
−植物体の乾燥重量測定−
培養室において、上記のイネ形質転換体の株1〜4と、野生型イネとをそれぞれ6カ月間、25℃、明期16時間、暗期8時間、最大光量400μmol photons m
-2S
-1の条件下、培養室で生育させ、種子ができたことを確認後水やりを止めた。この途中、25℃、最大光量400μmol photons m
-2S
-1の条件下で光条件を明期8時間、暗期16時間、の条件で2週間生育させることでイネの花芽形成を誘導した。水やりを止めて2カ月間放置した後、植物体を回収し、フリーズドライヤー(製品名:FREEZE DRYER (VD-800F)、TAITEC社製)を用いたフリーズドライにより完全に乾燥させてから、当該植物体の重量を測定した。
【0061】
−イネCYO1遺伝子の発現量の測定−
遺伝子の発現量を調べる手段として、本願発明者らは、下記の方法でCYO遺伝子の転写量の解析を行った。
【0062】
まず、NucleoSpinRNA II(タカラバイオ社製)のキットを用いてイネからRNAを抽出した。この際に、液体窒素を入れながら乳鉢及び乳棒を用いて植物体をすり潰し、植物体のパウダーからRNAを抽出した。
【0063】
次に、抽出されたRNAを、PrimeScript(登録商標) RT reagent Kit (Perfect Real Time)(タカラバイオ社製)を用いてcDNAに変換した。逆転写反応液は、Primer Script Buffer 2.0μL、PrimerScript RT Enzyme Mix 0.5μL、OligodT primer 0.5μL、Random6mers 0.5μL、TotalRNA 6.5μLを混合して調製され、順に37℃15分、85℃5秒、16℃5分の条件で反応させた。
【0064】
得られたcDNAを、Easy Dilution(for Real Time PCR)(タカラバイオ社製)で8倍希釈した後、KAPA SYBR(登録商標) FAST ABI Prism qPCR kit(KAPA BIOSYSTEMS社製)を用いてReal-Time PCRを行った。1つの試料につき2回ずつこのPCRを行った。
【0065】
このRal-TimePCRでは、KAPA Mix 10μL、10μL Primer (Forward) 0.8μL、純水4.4μL、及び試料のcDNA 4.0μLを混合し、95℃3分の後、95℃15秒と60℃40秒を1サイクルとして40サイクル処理を繰り返した。ここでは、イネCYO1 cDNAの増幅用プライマーとして、配列番号9のOsQ1-Forwardと、配列番号10のOxQ1-Reverseとを用いた。
【0066】
また、内在性コントロール遺伝子の増幅用プライマーとして、配列番号11のeEF1-Forwardと、配列番号12のeEF1-Reverseとを用いた。このeEF1-ForwardとeEF1-Reverseとは、イネelongation factorをコードするDNAを増幅するためのプライマーである。Ral-Time PCR用の装置としては、Applied Biosystems 7300 Real-Time PCR system(アプライドバイオシステムズ社製)を用いた。
【0067】
−クロロフィルの定量−
野生型イネ及びイネ形質転換体の株3、4について、以下の方法でクロロフィルの定量を行った。まず、3月齢のイネの葉を一部切り取り、液体窒素を用いて凍結させた。次に、乳鉢に液体窒素を入れ、そこに凍結したイネ葉を加えて乳棒ですり潰した。次に、すり潰された試料の5倍量(試料が100mgの場合は500μL)のタンパク質抽出用バッファを加えて、タッチミキサ(MT-31;大和科学社製)を用いて攪拌した。タンパク質抽出用バッファの組成は、15mM Tris-HCl(pH8.0)、50mM NaCl、10mMEDTA、1% SDSである。
【0068】
次に、マイクロ冷却遠心機(3700;久保田製作所製)を用いて試料を10000g(gは重力加速度)、10分間遠心分離した。次いで、上清を新しいチューブへ移し、再び試料を10000g、10分間遠心分離した。
【0069】
次に、得られた上清20μLに100%アセトン80μLを加えて試料をタッチミキサで攪拌し、4℃で20000g、10分間遠心分離する。
【0070】
得られた上清を1.5mLチューブに移し、超微量分光光度計(Nano Drop;Thermo Fisher Scientific社製)を用いて663nmと645nmでの吸光度を測定した。バックグラウンドとしては水を使用した。試料中のクロロフィル含量は、下記の式(1)を用いて定量した。
【0071】
Chla + Chl b =20.2A
645 + 8.02A
663 ・・・(1)
式(1)において、Chl aはクロロフィルaの濃度、Chlbはクロロフィルbの濃度、A
645は波長が645nmの時の吸光度、A
663は波長が663nmの時の吸光度である。この定量法の詳細は、Arnon, D. I. (1949). Copper enzymes in isolatedchloroplasts. Polyphenoloxidase in Bete vulgaris. Plant Physiol. 24, 1-15.に開示されている。
【0072】
−光合成活性の測定−
野生型イネ、及びイネ形質転換体の株3、4について、下記の方法で光合成活性を測定した。測定は、PAM(pulseamplitude modulation)を使用した常法により行った。すなわち、光合成測定装置(製品名JUNIOR-PAM;WALZ社製)を用いて土に植えられた状態の試料の葉にパルス変調された測定光を当て、蛍光を検出した。
【0073】
図6は、光合成活性のパラメータを説明するための図である。本実施例では、暗所に置いたイネの葉に測定光を当てた際に観察される蛍光をFoとして測定した。また、暗所で測定光を当てた状態から光合成が飽和する程度の強さのパルス光(
図6中の「フラッシュ」)を当てた際に測定された蛍光の最大値をFmとした。ここで見られる蛍光の上昇は、蛍光の収率の上昇を反映しており、Fv=Fm-Foとするとき、Fv/Fmは光化学系IIの最大量子収率を示すパラメータとなる。すなわち、植物において、光化学系IIの量子収率が高い程、原則としてFv/Fmの値は大きくなる。
【0074】
また、暗順応させたイネの葉に励起光を当て続けた状態で飽和パルス光を当て、クロロフィルaを完全に還元させた状態で得られる蛍光をFm'として測定した。Fm'は、蛍光の収率に影響を与える因子のうち、非光化学消光の影響だけを受ける。また、
図6に示すFは、測定光と励起光を当て続けて、測定される蛍光が定常状態になった際の蛍光の測定値である。また、蛍光が定常状態になった後、励起光の照射を停止し、葉のクロロフィルaを完全に酸化させた時の蛍光をFo'として測定した。
【0075】
次に、これらの測定値から、ある励起光照射によって、どれだけ蛍光収率が低下するのかを表すパラメータとして、下式(2)を用いてqN(非光化学消光)を求めた。
【0076】
qN=1-(Fm'-Fo')/(Fm-Fo)=1-Fv'/Fv ・・・(2)
ここで、Fv'=Fm'-Fo'である。qNは、0から1の間の値をとり、当たった光が熱になる反応が大きい時に値が大きくなる。
【0077】
また、発明者らは、非光化学消光の指標となるパラメータとして、下式(3)を用いて、NPQも求めた。
【0078】
NPQ=(Fm-Fm')/Fm' ・・・(3)
NPQは、Fmがどれだけ励起光によって消光されてFm'になったのかを相対的に示すパラメータである。
【0079】
次に、下式(4)を用いて、光化学消光の指標であるqPを求めた。
【0080】
qP=(Fm'-F)/(Fm'-Fo') ・・・(4)
qPは0から1の間の値をとり、クロロフィルaが酸化されているほど大きい値となる。
【0081】
次いで、下式(5)を用いてY(II)を求めた。
【0082】
Y(II)=qP×Fv'/Fm'
=(Fm'-F)/(Fm'-Fo')×Fv'/Fm'
=(Fm'-F)/Fm' ・・・(5)
Y(II)は、上述のように、励起光下での光化学系IIの実効量子効率を表す。
【0083】
また、Y(II)と、葉に吸収された光の光量子密度とを含む下式(6)を用いて電子伝達の速度(ETR)を求めた。
【0084】
ETR=Y(II)×PAR×0.84×0.5 ・・・(6)
ここで、PARは光合成有効放射であり、クロロフィルが吸収できる範囲の波長の光量子束密度(面積当たりの光量子数;単位はmol quanta m
-2S
-1)である。式(6)では、葉の吸収係数として0.84を用い、光化学系Iでの光吸収量と光化学系IIでの光吸収量とはほぼ1:1であるとした。
【0085】
<評価結果>
野生型イネ及びイネ形質転換体について、乾燥重量を測定した結果を表2及び
図7に示す。表2及び
図7には、野生型イネにおけるCYO1遺伝子の転写量を1とした場合の、イネ形質転換体の株1〜4でのCYO1遺伝子の転写量を併せて示す。
【0086】
【表2】
【0087】
表2及び
図7に示すように、イネ形質転換体におけるイネCYO1遺伝子の転写量は、野生型イネに比べて3.8倍(株2)から147.5倍(株3)と、株によるばらつきはあるものの、非常に多くなっていた。また、乾燥重量も株1〜4の全てで野生型イネより重くなっており、本発明の方法により、野生型イネよりも乾燥重量が増加したイネが得られることが確認できた。また、
図7に示す結果から、イネCYO1遺伝子の転写量が増える程、乾燥重量が重くなる傾向があることを確認できた。なお、株1〜4では、野生型イネに比べて葉身、葉幅とも大きくなっていた。
【0088】
また、表3及び
図8には、イネの湿重量(すなわち、fresh weight)当たりのクロロフィル含量を測定した結果を示す。
【0089】
【表3】
【0090】
表3及び
図8に示すように、CYO1遺伝子の発現量が多い株3、4では、葉のクロロフィル含量が、最大で野生型イネの170%程度にまで増加することが確認できた。
【0091】
また、表4及び
図9に、イネ形質転換体の株3、4における光合成活性の測定結果を示す。ここでは、野生型イネにおける値を1とした場合の各パラメータの値を示している。
【0092】
【表4】
【0093】
表4及び
図9に示すように、株3、4において、Fv/Fmの値は野生型イネと同程度であったが、Y(II)の値は野生型イネの150%程度と大きくなっていることが分かった。このことから、本実施例に係るイネ形質転換体では、光化学系IIの実効量子効率が大幅に増加していることにより、光合成活性が野生型イネよりも増加していることが確認できた。
【0094】
以上の結果から、光合成活性が増大することにより、二酸化炭素の吸収及び同化が促進され、植物バイオマスを効果的に増大させられることが示唆された。