【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、ヒトFc結合性タンパク質を不溶性担体に固定化した吸着剤を用いることで、穏和な条件で高純度かつ大量にヒトIgG3を精製できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の(A)から(C)の態様を包含する。
【0012】
(A)ヒトFc結合性タンパク質を不溶性担体に固定化した吸着剤を用いた、ヒトIgG3の精製方法。
【0013】
(B)ヒトIgG3が、ヒトIgG3のFc領域を含むキメラ抗体、またはヒトIgG3のFc領域と他のタンパク質との融合タンパク質である、(A)に記載の精製方法。
【0014】
(C)ヒトFc結合性タンパク質が、(1)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち少なくとも16番目のグルタミンから289番目のバリンまでのアミノ酸を含むタンパク質、または(2)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち少なくとも16番目のグルタミンから289番目のバリンまでのアミノ酸を含み、かつ前記アミノ酸のうちの一つ以上が他のアミノ酸に置換、挿入または欠失したタンパク質である、(A)または(B)に記載の精製方法。
【0015】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0016】
ヒト体内には4種類のIgG(ヒトIgG1、ヒトIgG2、ヒトIgG3、ヒトIgG4)が存在しており、それぞれ特有の機能を担っている。その中でもヒトIgG3はCDC(Complement−Dependent Cytotoxity:補体依存性細胞傷害)活性が他の3種よりも高いことが示されており、この構造を基にした医薬品開発が期待される。
【0017】
ヒトIgG3を工業に生産するためには、アフィニティークロマトグラフィーを用いた実用的な精製法が必要である。その必要要件は、第一に高純度(例えば、純度90%以上)のヒトIgG3が得られること、第二にヒトIgG3の凝集や分解を最小限に抑えるような穏和な条件で精製可能であること、第三に精製に要するコストや時間を最小限に抑られるだけの十分な抗体吸着容量を有することである。特にヒトIgG3を抗体医薬目的で利用する場合は、一回の治療で比較的大量に投与する必要があるため、高純度なヒトIgG3を安価にかつ大量に製造する必要がある。そのため前記第一および第三の要件は必須である。また、ヒトIgG3は構造上複数のサブユニットがジスルフィド結合などによって会合した構造を有しているため、生理条件から大きく外れる極端なpH、温度、塩濃度、酸化還元状態により、凝集や分解が促進される。そのため、高品質のヒトIgG3を歩留り良く製造するためには、前記第二の要件も必須である。
【0018】
抗体精製目的で通常用いられるプロテインA固定化ゲルは、ヒトIgG1、ヒトIgG2およびヒトIgG4の精製は可能であるが、ヒトIgG3を精製することができないため、ヒトIgG3を製造する目的で使用することはできない。プロテインG固定化ゲルは、ヒトIgG3を精製することはできるが、前述したようにゲルへの吸着性が高く、また抗体結合容量も低いため、前記第二および第三の要件が不十分であった。
【0019】
そこで本発明者らはFc結合性タンパク質固定化ゲルについて、前記第一から第三の要件を検討した結果、以下に示すように、三つ全ての要件を満たしていることが明らかとなった。まず第一の要件について検討した結果、ヒトIgG3を含む細胞培養液からFc結合性タンパク質固定化ゲルを用いた精製を行なうことで、SDS−PAGE分析およびゲルろ過分析による測定で、純度90%以上のヒトIgG3を取得できた(実施例4)ことから、第一の要件は満たしているといえる。次に第二の要件について検討した結果、Fc結合性タンパク質固定化ゲルに吸着したヒトIgG3を溶出させる際、pH3.0からpH4.0、好ましくはpH3.2からpH3.8程度の比較的弱い酸性溶液でヒトIgG3を溶出することができる(実施例5)。プロテインG固定化ゲルに吸着したヒトIgG3を溶出させるにはpH2.5からpH3.0の溶液が必要なことから(実施例5)、Fc結合性タンパク質固定化ゲルを用いた精製はプロテインG固定化ゲルを用いた精製と比較して穏和な条件下で精製できるため、第二の要件も満たしているといえる。そして第三の要件について検討した結果、Fc結合性タンパク質固定化ゲルは、カラム滞留時間5.8分でゲル1mLあたり30mg以上のヒトIgG3を吸着した(実施例6)。ヒトIgG3の生産コストを考慮すると、少なくともゲル1mLあたり20mg/mL以上、好ましくはゲル1mLあたり30mg以上の動的吸着量が必要となるが、本結果は前記条件を満たしており、第三の要件も満たしているといえる。
【0020】
本発明においてヒトFc結合性タンパク質は、ヒトFcγRIの細胞外領域(具体的には天然型ヒトFcγRIの場合、配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち16番目から292番目までの領域)を構成するタンパク質のことをいう。ただし必ずしもヒトFcγRI細胞外領域の全領域でなくてもよく、ヒトFcγRI細胞外領域を構成するポリペプチドのうち、少なくともヒトIgG3のFc領域に結合する本来の機能を発現し得る領域のポリペプチドを含んでいればよい。当該ヒトFc結合性タンパク質の一例として、
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち少なくとも16番目のグルタミンから289番目のバリンまでのアミノ酸を含むタンパク質や、
(ii)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち少なくとも16番目のグルタミンから289番目のバリンまでのアミノ酸を含み、かつ前記アミノ酸のうちの一つ以上が他のアミノ酸に置換、挿入または欠失したタンパク質、
があげられる。前記(ii)の具体例としては、特開2011−206046号公報に開示のヒトFc結合性タンパク質や、配列番号2に記載のアミノ酸配列のうち34番目から307番目までのアミノ酸配列を含むFc結合性タンパク質(特願2012−270375号)や、配列番号2に記載のアミノ酸配列のうち34番目から307番目までのアミノ酸配列を含み、かつ当該34番目から307番目までのアミノ酸配列において以下の(1)から(42)のうち少なくともいずれか1つのアミノ酸置換が生じている、Fc結合性タンパク質(特願2012−270375号)があげられる。
(1)配列番号1の37番目のスレオニンがイソロイシンに置換
(2)配列番号1の38番目のプロリンがセリンに置換
(3)配列番号1の53番目のロイシンがグルタミンに置換
(4)配列番号1の62番目のグルタミン酸がバリンに置換
(5)配列番号1の63番目のバリンがアラニンまたはグルタミン酸に置換
(6)配列番号1の66番目のロイシンがグルタミンまたはプロリンに置換
(7)配列番号1の67番目のセリンがプロリンに置換
(8)配列番号1の69番目のアラニンがバリンまたはスレオニンに置換
(9)配列番号1の71番目のセリンがスレオニンまたはロイシンに置換
(10)配列番号1の78番目のアスパラギン酸がグルタミン酸に置換
(11)配列番号1の81番目のイソロイシンがバリンに置換
(12)配列番号1の84番目のセリンがスレオニンに置換
(13)配列番号1の88番目のフェニルアラニンがチロシンに置換
(14)配列番号1の95番目のグルタミン酸がアスパラギン酸に置換
(15)配列番号1の119番目のヒスチジンがグルタミンに置換
(16)配列番号1の127番目のバリンがアラニンに置換
(17)配列番号1の146番目のアルギニンがリジンに置換
(18)配列番号1の147番目のアスパラギン酸がアスパラギンに置換
(19)配列番号1の151番目のヒスチジンがチロシンに置換
(20)配列番号1の178番目のスレオニンがアラニンに置換
(21)配列番号1の191番目のアルギニンがリジンに置換
(22)配列番号1の199番目のスレオニンがアラニンに置換
(23)配列番号1の200番目のロイシンがメチオニンに置換
(24)配列番号1の213番目のスレオニンがアラニンに置換
(25)配列番号1の216番目のバリンがアラニンに置換
(26)配列番号1の221番目のロイシンがアルギニンに置換
(27)配列番号1の229番目のセリンがアスパラギンに置換
(28)配列番号1の236番目のイソロイシンがリジンに置換
(29)配列番号1の244番目のチロシンがヒスチジンに置換
(30)配列番号1の253番目のスレオニンがアラニンに置換
(31)配列番号1の290番目のアルギニンがグルタミンに置換
(32)配列番号1の293番目のリジンがアスパラギンに置換
(33)配列番号1の297番目のリジンがグルタミン酸に置換
(34)配列番号1の306番目のプロリンがスレオニンに置換
(35)配列番号13の34番目のグルタミンがアルギニンに置換
(36)配列番号13の45番目のグルタミンがリジンに置換
(37)配列番号13の82番目のグルタミンがプロリンに置換
(38)配列番号13の177番目のアスパラギンがアスパラギン酸に置換
(39)配列番号13の213番目のスレオニンがセリンに置換
(40)配列番号13の242番目のグルタミンがアルギニンに置換
(41)配列番号13の253番目のスレオニンがセリンに置換
(42)配列番号13の271番目のグルタミン酸がアスパラギン酸に置換
本発明において不溶性担体とは、ヒトIgG3の吸着/溶出に用いる溶液や溶剤に対して不溶性であり、かつ前述したFc結合性タンパク質を共有結合で固定化するための官能基(例えばヒドロキシ基)を有した物質であればよく、ジルコニア、ゼオライト、シリカ、皮膜シリカ等の無機系物質に由来した担体であってもよいし、セルロース、アガロース、デキストラン等の天然有機高分子物質に由来した担体であってもよいし、ポリアクリル酸、ポリスチレン、ポリアクリルアミド、ポリメタクリルアミド、ポリメタクリレート、ビニルポリマー等の合成有機高分子物質に由来した担体であってもよい。
【0021】
なお担体表面に有する官能基がヒドロキシ基の場合、活性化剤を用いて、当該ヒドロキシ基から、ヒトIgG3と共有結合可能な活性化基を形成させるとよい。前記活性化剤の具体例として、エピクロロヒドリン(活性化基としてエポキシ基を形成)、1,4−ブタンジオールジグリシジルエーテル(活性化基としてエポキシ基を形成)、トレシルクロリド(活性化基としてトレシル基を形成)、ビニルブロミド(活性化基としてビニル基を形成)があげられる。また、ヒドロキシ基をアミノ基やカルボキシル基などに変換した後、活性化剤を作用させて活性化基を形成させてもよく、当該活性化剤の具体例として3−マレイミドプロピオン酸N−スクシンイミジル(活性化基としてマレイミド基を形成)、1,1’−カルボニルジイミダゾール(活性化基としてカルボニルイミダゾール基を形成)があげられる。
【0022】
本発明の方法で精製するヒトIgG3は、少なくとも、本発明の方法で用いる吸着剤のリガンドであるFc結合性タンパク質と吸着可能な、ヒトIgG3のFc領域を含んでいればよく、完全な形のヒトIgG3である必要はない。具体的には、ヒトIgG3のFc領域を含むキメラ抗体や、ヒトIgG3のFc領域と他のタンパク質との融合体が例示できる。