特許第6115958号(P6115958)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6115958
(24)【登録日】2017年3月31日
(45)【発行日】2017年4月19日
(54)【発明の名称】生体胸部の癒着診断方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 8/08 20060101AFI20170410BHJP
   A61B 8/14 20060101ALI20170410BHJP
【FI】
   A61B8/08
   A61B8/14
【請求項の数】3
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2013-242786(P2013-242786)
(22)【出願日】2013年11月25日
(65)【公開番号】特開2015-100506(P2015-100506A)
(43)【公開日】2015年6月4日
【審査請求日】2016年1月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002820
【氏名又は名称】大日精化工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100098213
【弁理士】
【氏名又は名称】樋口 武
(74)【代理人】
【識別番号】100175787
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 龍也
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(72)【発明者】
【氏名】田中 綾
(72)【発明者】
【氏名】野一色 泰晴
(72)【発明者】
【氏名】山南 隆徳
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 博
【審査官】 森口 正治
(56)【参考文献】
【文献】 山寺 幸雄 外6名,肺腫瘍・縦隔腫瘍の周囲浸潤判定における超音波検査の有用性,超音波検査技術,日本,2007年12月20日,vol.32 No.6 (2007),621-627頁
【文献】 檀原 高 Takashi Dambara,体表走査法 Ultrasonography-Body surface scanning,日本臨床(増刊)肺癌の診断と治療,第60巻
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 8/00−8/15
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リニアプローブを備えた超音波診断装置を使用し、生体の胸部表面における隣接する肋骨どうしの間を前記リニアプローブにより順次スキャニングし、胸部の少なくとも一部における胸膜の断面を含む超音波画像を連続的に得る工程を含む生体胸部の超音波画像撮影方法によって超音波画像を連続的に得る撮影工程と、
得られた前記超音波画像における、胸膜の移動距離が周囲部位に比して少ない部位を胸腔癒着部位として特定する診断工程と、
を含む生体(但し、ヒトを除く)胸部の癒着診断方法。
【請求項2】
前記診断工程において、
得られた前記超音波画像における、胸膜の移動距離が周囲部位に比して少なく、かつ、その輝度が胸膜の中で低い部位を胸腔癒着部位として特定する請求項1に記載の生体(但し、ヒトを除く)胸部の癒着診断方法。
【請求項3】
前記超音波画像が、Bモード画像である請求項1又は2に記載の生体(但し、ヒトを除く)胸部の癒着診断方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体胸部の超音波画像撮影方法を用いた生体胸部の癒着診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
臓器組織或いは臓器組織とその周囲組織との癒着の評価及び診断は医学上極めて重要であるが、一般的には困難である。癒着の評価方法等の具体例としては、X線、CT、及びMRIを用いた心筋動作評価方法及び心膜腔癒着評価方法等が知られている。また、超音波診断装置を使用した癒着の評価方法についての報告も散見される(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、臨床試験等で一般的に応用されている手法については未だ見当たらない状況である。
【0003】
胸腔手術においては、開胸することによって切開部位の内面と肺との間がほぼ確実に癒着する。このため、胸腔を再手術する前に胸腔の癒着状態を評価又は診断することが可能であれば、開胸時のアプローチを検討する上で有意義な情報を得ることができる。また、手術後の癒着評価方法としては、CT又はMRIを用いた画像診断によって胸骨下及び心膜腔内の癒着を評価する方法が知られている。しかしながら、胸腔に比べてより深部の心膜腔内の癒着を評価するために、複数の測定結果に基づいて癒着範囲等を数値化する作業が必要であり、汎用性に欠けるといった問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012−152532号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1で開示された心膜腔癒着評価方法では、超音波診断装置を使用して得た静止画を解析することで心膜腔内の癒着について評価している。しかしながら、特許文献1においては、胸腔の癒着状態を評価又は診断する方法については一切提案されていない。すなわち、胸腔の癒着状態を評価又は診断する方法はこれまでに確立しておらず、胸腔を再手術する前に手術のアプローチを具体的に検討するための客観的な指標を入手する手段が存在しなかった。
【0006】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、生体胸部の胸腔における癒着状態を評価及び診断するための客観的な情報源として有用な画像を、簡便かつ非侵襲的に得ることが可能な生体胸部の超音波画像撮影方法を提供することにある。
【0007】
また、本発明の課題とするところは、生体胸部の胸腔における癒着状態を簡便かつ非侵襲的に評価及び診断することが可能な生体胸部の癒着診断方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、リニアプローブを備えた超音波診断装置を使用し、生体の胸部表面における隣接する肋骨どうしの間をリニアプローブにより順次スキャニングすることによって、上記課題を達成することが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明によれば、以下に示す生体胸部の癒着診断方法が提供される。
[1]リニアプローブを備えた超音波診断装置を使用し、生体の胸部表面における隣接する肋骨どうしの間を前記リニアプローブにより順次スキャニングし、胸部の少なくとも一部における胸膜の断面を含む超音波画像を連続的に得る工程を含む生体胸部の超音波画像撮影方法によって超音波画像を連続的に得る撮影工程と、得られた前記超音波画像における、胸膜の移動距離が周囲部位に比して少ない部位を胸腔癒着部位として特定する診断工程と、を含む生体(但し、ヒトを除く)胸部の癒着診断方法
[2]前記診断工程において、得られた前記超音波画像における、胸膜の移動距離が周囲部位に比して少なく、かつ、その輝度が胸膜の中で低い部位を胸腔癒着部位として特定する前記[1]に記載の生体(但し、ヒトを除く)胸部の癒着診断方法。
]前記超音波画像が、Bモード画像である前記[1]又は[2]に記載の生体(但し、ヒトを除く)胸部の癒着診断方法
【発明の効果】
【0011】
本発明の生体胸部の超音波画像撮影方法によれば、生体胸部の胸腔における癒着状態を評価及び診断するための客観的な情報源として有用な画像を、簡便かつ非侵襲的に得ることができる。
【0012】
また、本発明の生体胸部の癒着診断方法によれば、生体胸部の胸腔における癒着状態を簡便かつ非侵襲的に評価及び診断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】非癒着部位の組織の状態を示す超音波画像(生物の形態を示す写真)である。
図2】癒着部位の組織の状態を示す超音波画像(生物の形態を示す写真)である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<生体胸部の超音波画像撮影方法>
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。
【0015】
本発明者らは、検討の結果、(i)胸腔に生じた癒着によって呼吸に伴う胸膜の動き(移動)が阻害されること、及び(ii)動きが阻害されていない胸膜の超音波画像は、動きが阻害された胸膜の超音波画像と比べてより白く輝くことを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明においては、リニアプローブを備えた汎用性の高い超音波診断装置を使用して胸膜の断面を含む超音波画像を連続的に撮影する。得られた超音波画像は呼吸による胸膜の動きをリアルタイムに反映している。このため、得られた複数の超音波画像を連続的に観察することで、生体胸部の胸腔における癒着状態を評価及び診断することができる。
【0016】
本発明の生体胸部の超音波画像撮影方法(以下、単に「超音波画像撮影方法」とも記す)は、胸部の少なくとも一部における胸膜の断面を含む超音波画像を連続的に得る工程(以下、「撮影工程」とも記す)を含む。
【0017】
撮影工程では、リニアプローブを備えた超音波診断装置を使用する。超音波診断装置としてはリニアプローブを備えたものであればよく、汎用の装置であってもよい。ただし、超音波診断装置はBモード画像を撮影可能なものであることが好ましい。なお、リニアプローブの種類については特に制限されない。
【0018】
超音波画像の撮影(画像取り込み)に際しては、生体の胸部表面における隣接する任意の肋骨どうしの間(肋間)にリニアプローブの先端を当接させる。そして、肋骨の長手方向に沿って先端を滑らせながらリニアプローブを移動させてスキャニングする。なお、通常は、リファレンスマークを生体の足側に向けた状態でリニアプローブの先端を当接させる。リニアプローブは、リファレンスマークの向きが変化しないように、垂直に押し当てた状態を維持しながら移動させることが好ましい。そして、一つの肋間について、最低でも2呼吸分撮影することが好ましい。また、一の肋間を撮影した後は、他の肋間を同様の手順で順次スキャニングすればよい。
【0019】
周波数は通常の周波数とすればよい。具体的には、3〜10MHzに設定してスキャニングすることが好ましく、7.5MHz付近に設定してスキャニングすることがさらに好ましい。また、パルス波を用いて撮影(測定)することが好ましい。
【0020】
さらに、胸膜が最も明確に観察されるようにゲインを調整することが好ましい。例えば、癒着が生じていない部位では、胸膜の移動に伴って胸膜が白く輝く像が観察される。このため、胸膜の輝度が最も高くなるようにゲインを調整して撮影することが好ましい。また、STC(Sensitivity Time Control)、DR(Dynamic Range)、FOCUS(焦点)、及びDEPS(Depth of Field)については標準設定(デフォルト)として撮影し、必要に応じて適宜調整すればよい。
【0021】
以上の操作により、生体胸部の胸腔における癒着状態を評価及び診断するための客観的な情報源として有用な画像を非侵襲的に得ることができる。なお、撮影した超音波画像は、1画像毎に出力してもよいが、リアルタイムな連続画像(動画)としてディスプレイに表示してもよい。連続画像(動画)としてディスプレイに表示すれば、その場で画像を見ながら癒着部位の位置等を直ちに把握することができるために好ましい。さらに、動画では胸膜が動かないことが明確に把握できるため、癒着部位を容易に特定することが可能である。また、前述の通り、リニアプローブを備えた汎用の超音波診断装置を使用すれば上記の画像を連続的に撮影することができる。このため、本発明の超音波画像撮影方法は、特殊な機材等を用意する必要もなく、例えばベッドサイドにて撮影することも可能な簡便な方法である。
【0022】
<生体胸部の癒着診断方法>
次に、本発明の生体胸部の癒着診断方法について説明する。本発明の生体胸部の癒着診断方法(以下、単に「癒着診断方法」とも記す)は、前述の撮影工程と、得られた超音波画像における、胸膜の移動距離が周囲部位に比して少なく、かつ、胸膜の輝度が周囲部位に比して低い部位を胸腔癒着部位として特定する工程(以下、「診断工程」とも記す)とを含む。
【0023】
診断工程では、前述の撮影工程で連続的に撮影した複数の超音波画像を情報源として解析し、胸腔における癒着の有無、範囲、程度等を評価及び診断する。具体的には、壁側胸膜と臓側胸膜の移動距離が周囲部位に比して少なく、かつ、壁側胸膜と臓側胸膜の輝度が周囲部位に比して低い部位を胸腔癒着部位として特定することができる。特に、壁側胸膜と臓側胸膜のズレがほとんど無い、或いは壁側胸膜と臓側胸膜の輝度が周囲部位に比して極端に低い部位については、癒着の程度が強く、通常の手段では剥離することが困難な癒着部位であると判定することができる。
【0024】
本発明の癒着診断方法において評価及び診断の対象となる生体は、例えば、哺乳類をはじめとする肺呼吸を行う動物である(但し、ヒトを除く)。但し、ヒトであっても、診断等の対象とすることは理論上可能である。
【0025】
本発明の癒着診断方法によれば、前述の超音波画像撮影方法によって得た胸部の少なくとも一部における胸膜の断面を含む連続的な超音波画像を解析することによって、癒着部位の位置等について客観的な情報を得ることができる。例えば、癒着部位が存在すると診断されれば、より慎重な手術操作や他の手術方法を選択すべきとの判断が可能となるため、再手術等の安全性を向上させることができる。
【0026】
さらに、本発明の癒着診断方法によれば、従来特定することが困難であった生体胸部における胸腔癒着部位を簡易かつ非侵襲的な手法によって特定することができる。このため、本発明の癒着診断方法は、例えば癒着防止膜等の医用材料の動物実験又は臨床試験等に好適に応用することができる。
【実施例】
【0027】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0028】
(実施例1)
ビーグル犬を用意し、感染防止のためにアンピシリンナトリウム(「注射用アンピシリンNa」、共立製薬、50mg/kg、iv)、及び鎮痛のためにメロキシカム(「メタカム0.5%注射液」、Boehringer Ingelheim、0.2mg/kg、sc)をそれぞれ投与した。次いで、硫酸アトロピン、酒石酸ブトルファノール(「ベトルファールR」、明治製菓、0.2mg/kg、iv)、及びミダゾラム(「ミダゾラム注射液『サンド』」、サンド、0.2mg/kg、iv)を前投与した後、プロポフォール(6mg/kg、iv)にて全身麻酔した。気管挿管した後、イソフルラン(「動物用イソフルラン」、インターベット、1〜2質量%)による吸入麻酔を行った。
【0029】
また、呼吸バックを用いた用手的換気と、人工麻酔器を用いた間欠的陽圧換気によって呼吸管理を行った。左第5肋間を定法に従って切皮及び開胸した後、肺表面を30分以上外気に曝し、肺表面の臟側胸膜を乾燥させて軽度の侵襲を加え、癒着が起きやすいようにした。次に、ドレーンチューブ(「シラスコンRデュープルドレーン」、カネカ)を設置し、ブピバカイン(「劇マーカイン注0.5%」、アストラゼネカ)にて肋間神経ブロックを行った後、2−0合成ポリグリコマーモノフィラメント吸収糸(「バイオシン」、コヴィディエンジャパン)を用いて定法に従って閉胸した。翌日、胸部X線検査にて気胸や胸水などの異常が生じていないことを確認し、ドレーンチューブを抜去した。また、術後1週間、感染予防のためアンピシリンナトリウム(30mg/kg、1日2回)を静脈内投与した。術後4週目に超音波画像を撮影し、癒着部位の確認及び癒着程度の評価を行った。以下、その詳細について説明する。
【0030】
超音波装置として「LOGIQ7」(GEヘルスケア・ジャパン)を使用し、探触子(プローブ)にはリニアプローブ(中心周波数12MHz、可変周波数域10〜14MHz)を用いた。なお、検査結果はDICOMサーバー(「POP−NET Server」、イメージワン)に静止画及び動画として保存した。犬を横臥に保定した後、第1肋骨から第13肋骨までを剃毛した。リファレンスマークが尾側に向くようにプローブを患部に垂直に押し当てた状態とした。そして、肋間において高輝度な胸膜が確認された時点で胸膜にフォーカスを合わせ、胸膜が最も明瞭に観察できるようにゲインを調節してからBモード画像を撮影した。非癒着部位の組織の状態を示す超音波画像(生物の形態を示す写真)を図1に示す。また、癒着部位の組織の状態を示す超音波画像(生物の形態を示す写真)を図2に示す。なお、図1及び2に示す画像(写真)は、向かって左が尾側、右が頭側である。また、上部に胸壁、下部に肺、及び中央部に肋骨が確認される。そして、中央部の左右にわたって胸膜が白く確認される。胸膜癒着の検出は、呼吸に合わせて動く臟側胸膜と壁側胸膜のずれ幅の計測を基本とし、壁側胸膜と臓側胸膜の呼吸性移動の消失部位を「癒着あり」と判断した。また、胸部の複数箇所で計測し、それぞれの箇所で連続した2呼吸分の胸膜の動きを動画で保存した。なお、動画では胸膜が動かないことが明確に把握できるため、癒着部位の特定が容易であった。
【0031】
(実施例2)
開胸して露出させた肺表面に癒着防止膜を配置したこと以外は、先述の実施例1と同様にして画像を撮影するとともに、癒着部位の確認及び癒着程度の評価を行った。なお、癒着防止膜としては、特開2008−155014号公報の「実施例1」の記載にしたがって作製した膜を用いた。その結果、実施例1と同様に画像が撮影できたとともに、癒着部位の確認及び癒着程度の評価が可能であった。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の生体胸部の超音波画像撮影方法によって連続的に撮影した生体胸部の超音波画像は、例えば、生体胸部の胸腔における癒着状態を簡便かつ非侵襲的に評価及び診断するための材料(情報源)として有用である。
図1
図2