【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成24年4月10日 長谷部貴之氏平成23年度博士課程学位論文「Study on terahertz wave sensing of bio related materials using a conductive periodic structure.」にて公開
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】第1の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置の構成を示す概略図である。
【
図2】導電性周期構造体の構成を示す概略図である。
【
図5】従来のATR法によるBSA溶液の測定結果の一例を示すグラフである。
【
図6】基板の厚み変化に対する測定結果の一例を示すグラフである。
【
図7】基板の誘電率変化に対するFDTD法によるシミュレーション結果を示すグラフである。
【
図8】テラヘルツ波測定装置の他の構成を示す概略図である。
【
図9】テラヘルツ波測定装置の他の構成を示す概略図である。
【
図10】試料を配置する位置と導電性周期構造体との距離変化に対するFDTD法によるシミュレーション結果を示すグラフである。
【
図11】試料を配置する位置と導電性周期構造体との距離変化に対するFDTD法によるシミュレーション結果を示すグラフである。
【
図12】BSAの濃度変化に対する測定結果の一例を示すグラフである。
【
図13】第2の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置の構成を示す概略図である。
【
図14】導電性周期構造体の垂直配置を説明するための概略図である。
【
図15】実施例1におけるレクチンと糖鎖との相互作用に関する測定結果(乾燥試料)の一例を示すグラフである。
【
図16】
図15におけるディップ周波数とディップ周波数におけるATRとの関係を示すグラフである。
【
図17】実施例1におけるレクチンと糖鎖との相互作用に関する測定結果(PBS溶液)の一例を示すグラフである。
【
図18】
図17におけるディップ周波数とディップ周波数におけるATRとの関係を示すグラフである。
【
図19】実施例1におけるレクチンとグルコースとの相互作用に関し、グルコース濃度を変化させた場合の測定結果(PBS溶液)の一例を示すグラフである。
【
図20】
図19におけるディップ周波数とディップ周波数におけるATRとの関係を示すグラフである。
【
図21】実施例1におけるBSAの濃度変化に対する測定結果の一例を示すグラフである。
【
図22】実施例2におけるレクチンとグルコースとの相互作用に関し、グルコース濃度を変化させた場合の測定結果(PBS溶液)の一例を示すグラフである。
【
図23】導電性周期構造体の平行配置を説明するための概略図である。
【
図24】導電性周期構造体の向きをテラヘルツ波の進行方向に平行に配置した場合における測定結果の一例を示すグラフである。
【
図25】テラヘルツ波をS偏光で導波体へ入射した場合における測定結果の一例を示すグラフである。
【
図26】導電性周期構造体の他の構成を示す概略図である。
【
図27】
図26の導電性周期構造体を用いた場合の測定結果の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0021】
<本実施の形態の概要>
まず、本実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置の概要について説明する。
【0022】
本実施の形態では、テラヘルツ波を用いたATR法をベースとしている。一般的なATR法は、試料を屈折率の大きい媒質結晶に密着させ、光の入射角を臨界角より大きくとり、試料と媒質結晶との界面で全反射を生じさせる。全反射が生じるとき、試料側に浸透するエバネッセント波が発生する。エバネッセント波は全反射面に対して垂直方向の非拡散光であり、かつ大きな電界振幅特性を有する。試料の分子構造に応じて、エバネッセント波との相互作用によりエバネッセント波が吸収され、反射光の強度が減少する。この反射光を測定することにより、ATRのスペクトルが得られ、試料の情報を取得することができる。
【0023】
ここで、アミノ酸やサッカライドのような小さい分子は、テラヘルツ領域のスペクトルにおいて特徴的なピークを有する。しかしながら、水溶液中での小さい分子は、テラヘルツ領域のスペクトルにおいて特徴的なピークを失う。これは、吸収ピークが分子間振動モードによって引き起こされるからであり、水和現象の変化や、水の集団的な動きは、水溶液を試料とした場合のスペクトルに影響を与える。
【0024】
そこで、本実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置は、ATR法におけるテラヘルツ波の全反射面に、テラヘルツ波を透過する複数の透過部が所定周期で配列された導電性周期構造体を備えた構成となっている。この構成により、特徴的な吸収を示す周波数帯域をテラヘルツ波のスペクトルに形成する。以下、各実施の形態について詳述する。
【0025】
<第1の実施の形態>
図1に示すように、第1の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置10は、試料50が配置される基板12、テラヘルツ波を透過する透過部(開口)が周期的に配列された導電性周期構造体14、テラヘルツ波を導電性周期構造体14との界面で全反射させるための導波体16、及び基板12と導電性周期構造体14と導波体16とを密着固定させるためのトルクレンチ18を含んで構成されている。
【0026】
基板12は、テラヘルツ波を透過可能で、一方の面に試料50を固定化することができるものであればよい。例えば、ガラスやプラスチックなどを用いることができる。
【0027】
導電性周期構造体14は、
図2に示すように、同一幅の導電性材料が所定周期gで配列されることにより、テラヘルツ波を透過する複数の透過部(開口)が開口幅o毎の所定周期で配列されたワイヤーグリッド構造となっている。導電性周期構造体14の材質は、少なくとも表面が導電性のあるもの(10
6Ωcm程度以下)であればよく、金属や半導体などの無機物に限定されない。
【0028】
導波体16は、例えば、高抵抗Siダブプリズム等のプリズムを用いることができるが、これに限定されず、導電性周期構造体14との界面でテラヘルツ波の全反射面を構成するものであればよい。形状についても、
図1に示すような平面視三角形の形状に限らず、例えば、
図3または
図4に示すような形状のものを用いてもよい。ここでは、テラヘルツ波はP偏光で導波体16に入射される場合について説明する。
【0029】
トルクレンチ18は、基板12と導波体16との間に導電性周期構造体14を狭持した状態で、圧力を加えることにより、基板12と導電性周期構造体14、及び導電性周期構造体14と導波体16との各々を密着させる。テラヘルツ波は波長が30μm〜3mm程度であるため、基板12と導電性周期構造体14との間、及び導電性周期構造体14と導波体16との間には化学的または物理的な結合は必要なく、各々が単に密着していればよい。トルクレンチ18は、基板12に試料50が配置される部分を中空とし、テラヘルツ波の測定に影響を与えない構造とする。
【0030】
ここで、
図5に、導電性周期構造体14を用いない従来のATR手法により測定したウシ血清アルブミン(BSA)の水溶液中での濃度変化(0(Water)、1、5、50、150mg/ml)に伴うテラヘルツ波のスペクトルを示す。
図5の縦軸は、各試料について測定されたテラヘルツ波のエネルギー(強度)E
sampleを、所定のベース測定時に取得されたテラヘルツ波のエネルギーE
referenceで除した値であり、以下、この値を「ATR」という。
図5に示すように、水溶液中でのBSAのテラヘルツ波のスペクトルは、特徴的なピークが存在しない平坦なスペクトルとなる。
【0031】
次に、
図6に、第1の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置10で、基板12上に試料50を配置しない状態で測定したテラヘルツ波のスペクトルの測定結果の一例を示す。
図6の例では、導電性周期構造体14の周期gを120μm、開口幅oを60μmとし、基板12の厚さを、それぞれ140μm(1枚のカバーガラス)、280μm(140μmの厚みのカバーガラス2枚)、及び900μm(1枚のスライドガラス)としている。
【0032】
図6に示すように、第1の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置10で測定したテラヘルツ波のスペクトルには、所定の周波数帯域においてディップが形成される。このディップが形成される周波数帯域(以下、「ディップ周波数」という)は、基板12の厚みが増大するに伴い低周波数側にシフトする。
図6の例では、基板の厚みが140μmの場合でディップ周波数0.5382THz、280μmの場合で0.4892THz、900μmの場合で0.4403THzとなっている。この結果は、ディップ周波数が導電性周期構造体の表面から数100μm近くの状態に対して敏感に反応することを示す。
【0033】
スペクトル中にディップ(周波数)が発生する由来の1つとして、導電性周期構造体上の表面波が報告されている(参考文献:T. Okada, K. Ooi, Y. Nakata, K. Fujita, K. Tanaka, and K. Tanaka, Optics letters 35(2010) 1719.)。導電性周期構造体が薄い導電性ワイヤーグリッド構造の場合において、この表面波の分散関係式は、モード展開法を用いて下記(1)式のように表される。
【0035】
ここで、f
dipはディップ周波数、cは真空中の光速、gは導電性周期構造体の周期、εは導波体16(プリズム)の屈折率、θは全反射に関する入射角である。例えば、gが120μm、√εが3.42、θが51.6°の場合、ディップ周波数f
dipは0.679THzとして得られる。
【0036】
また、
図7に、基板12の誘電率ε
1を変化させた場合のスペクトルを、FDTD法(Finite-difference time-domain method)によりシミュレーションした結果を示す。
図7に示すように、基板12の誘電率ε
1が大きくなるに従って、ディップ周波数が低周波側にシフトし、かつディップ周波数におけるATRが減少する(ディップが深くなる)。
【0037】
このように、導電性周期構造体14の周期、基板12の厚み、及び基板12の物性(誘電率または屈折率)等によって、ディップ周波数及びディップの形状をコントロールすることができる。
【0038】
なお、ここでは、基板12と導電性周期構造体14とを密着させて、試料50が配置される位置と導電性周期構造体14との距離を、基板12の厚みで制御する場合について説明したが、これに限定されない。例えば、
図8に示すように、導電性周期構造体14上に設けた基板212と試料50を配置する基板212との間にスペーサ13を設けてもよいし、
図9に示すように、内部に空洞が形成された基板312を用いてもよい。
図10及び
図11に、試料50が配置される位置と導電性周期構造体14との距離を変化させた場合のスペクトルを、FDTD法によりシミュレーションした結果を示す。
図10及び
図11に示すように、試料50が配置される位置と導電性周期構造体14との距離が小さくなるに従って、ディップ周波数におけるATRが減少する(ディップが深くなる)。
【0039】
また、
図12に、導電性周期構造体14の周期gを120μm、開口幅oを60μmとしたテラヘルツ波測定装置10を用いて測定した、BSAの濃度変化(試料なし、0(water)、1、3mM)に伴う溶液中のテラヘルツ波のスペクトルを示す。BSA濃度が増大するに従って、ディップ周波数におけるATRは減少する。
図12の例では、BSA濃度0場合でATR0.569、1mMの場合で0.536、3mMの場合で0.417となっている。ディップ周波数におけるATRの変化は、ディップ周波数以外の周波数でのATRと比べて、BSAの濃度に応じて敏感に応答する。この結果は、ディップ周波数は他の周波数よりも敏感であることを表す。しかしながら、BSAの濃度変化に応じて、ディップ周波数自体はシフトしていない。この結果は、夾雑物によるディップ周波数のシフトは起こらないことを表す。
【0040】
次に、第1の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置10を用いたテラヘルツ波測定方法について説明する。
【0041】
まず、第1の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置10を用いて、測定対象物質と特異的に結合する結合体を含む基準試料に対するテラヘルツ波の振幅スペクトル及び位相スペクトルの少なくとも一方であるスペクトルを測定し、このスペクトルを基準スペクトルとする。基準スペクトルには、導電性周期構造体14の周期、基板12の厚み、及び基板の物性(誘電率または屈折率)等によって定まるディップが形成される。
【0042】
次に、同じテラヘルツ波測定装置10を用いて、基準試料に測定対象物質を加えた対象試料、または測定対象物質の含有が未知の対象試料に対するテラヘルツ波の振幅スペクトル及び位相スペクトルの少なくとも一方であるスペクトルを測定し、このスペクトルを対象スペクトルとする。対象スペクトルにおいては、測定対象物質の含有の有無または含有量などに応じて、結合体と測定対象物質との相互作用により、ディップ周波数のシフトや、ディップ周波数におけるATRまたは位相差に変化が生じる。
【0043】
このディップ周波数のシフトや、ディップ周波数におけるATRまたは位相差の変化を利用して、基準スペクトルにおけるディップ周波数及びディップ周波数におけるATRまたは位相差と、対象スペクトルにおけるディップ周波数及びディップ周波数におけるATRまたは位相差とを比較することにより、測定対象物質の存在を検出したり、測定対象物質の種類を同定したり、測定対象物質の濃度等の特性の解析を行ったりする。
【0044】
以上説明したように、第1の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置によれば、テラヘルツ波を用いたATR法において、開口部を所定周期で配列した導電性周期構造体をテラヘルツ波の全反射面に配置することにより、全反射により測定されたテラヘルツ波のスペクトルにディップを形成することができる。また、試料が配置される位置と導電性周期構造体との距離、基板の物性(誘電率または屈折率)、及び導電性周期構造体の周期等を最適化することにより、ディップ周波数やディップの形状を制御することができる。このように、ATR法をベースとし、テラヘルツ波のスペクトルにディップを形成するため、測定対象への標識化を必要とせず、テラヘルツ波の測定を高感度に行うことができ、試料を水溶液とした場合にも適用可能である。
【0045】
また、第1の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置の構成は、全反射面と試料(結合体と測定対象試料との相互作用の反応場)との間に数十〜数百μmのスペーサーを設けた構成となっているため、夾雑物のセンシング界面への非特異的吸着に起因するノイズ成分を抑制することができる。
【0046】
<第2の実施の形態>
次に、第2の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置について説明する。なお、第2の実施の形態のテラヘルツ波測定装置において、第1の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置10と同一の部分については、同一符号を付して詳細な説明を省略する。
【0047】
図13に示すように、第2の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置210は、内部に試料50が流入可能な流路を備えたマイクロTAS(Micro-Total Analysis System)12a、マイクロTAS12aを挟むように配置された基板12b及び12c、導電性周期構造体14、導波体16、及びトルクレンチ18を含んで構成されている。すなわち、第1の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置10の基板12部分を、基板12b−マイクロTAS12a−基板12cとして構成している。
【0048】
マイクロTAS12aは、テラヘルツ波を透過可能な材質であればよいが、特に、ポリエチレンを用いることにより、ガラスを用いた場合に比べて、マイクロTAS12aの厚みを薄くすることができる。
【0049】
なお、第2の実施の形態では、マイクロTAS12aを基板12b及び12cで挟む構成について説明したが、第1の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置10の基板12に替えて、マイクロTAS12aのみを用いた構成としてもよい。
【0050】
第2の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置210を用いたテラヘルツ波測定方法は、第1の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置10を用いたテラヘルツ波測定方法と同様であるため、説明を省略する。
【0051】
以上説明したように、第2の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置によれば、第1の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置による効果に加え、マイクロTASを用いることで、使用する試料の量を少なくすることができる。
【0052】
また、本実施の形態の手法によれば、導電性周期構造体の近傍数百μmの領域に電場増強効果を生み出して、深さ方向に数百μmのセンシング領域をとることができるため、マイクロTASの流路の配置を、十分な自由度の下に設計することができる。
【0053】
<実施例1>
第1の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置10に関する実施例1について説明する。
【0054】
本実施例1では、
図1に示した構成において、導電性周期構造体14として、ステンレス(SUS304)のワイヤーグリッドを用いる。ワイヤーグリッドの周期gを120μm、開口幅oを60μm、厚みを50μmとし、
図14に示すように、ワイヤーグリッドの向きをP偏光のテラヘルツ波の進行方向に垂直な配置とする。また、導波体16として、高抵抗Siダブプリズム(10kΩcm)を用いる。また、基板12として、厚み約105μmのカバーガラス(MASコート、松浪硝子工業製)を用いる。ダブプリズム上にワイヤーグリッドを配置し、ワイヤーグリッド上にカバーガラスを配置する。ダブプリズム、ワイヤーグリッド、及びカバーガラスを、トルクレンチ18により20N・mにおいて密着固定する。測定領域を確保するため、トルクレンチ18は直径5mmの中空構造とする。この条件において、試料50を基板12上に配置せずに測定したテラヘルツ波のスペクトルにおいて、ディップ周波数0.526THzが得られる。
【0055】
実施例1に係るテラヘルツ波測定装置において、結合体をレクチン(ConA)、測定対象試料を糖鎖(グリコーゲンまたはデキストラン)とし、レクチンと糖鎖との相互作用を、テラヘルツ波のスペクトルにより測定した。各試料は以下のプロセスにより準備した。
【0056】
アミノ基で被覆したカバーガラスを、30分間0.1mg/mlのConA溶液中に浸漬し、5分間超純水で洗浄した後、0.1mg/mlのグリコーゲンのリン酸緩衝液(以下、リン酸緩衝液を「PBS」とする)、0.1mg/mlのデキストランのPBS、0.1mg/mlのBSAのPBS、0.1mg/mlのグリコーゲンと0.1mg/mlのBSAのPBSにてそれぞれ浸漬し、5分間超純水で洗浄した。
【0057】
まず、上記の各試料を乾燥させて測定したテラヘルツ波の測定結果を
図15に示す。また、
図15におけるディップ周波数と、そのディップ周波数におけるATRとの関係を
図16に示す。ConAとグリコーゲンとの特異的な結合において、ディップ周波数はConAのみの状態(0.5593THz)と比較して、低周波数側へシフトする(0.5391THz)。これはConAとグリコーゲンとの特異的な結合の振動モードがテラヘルツ領域に存在するためと考えられる。ConAとBSAとの非特異的な吸着においては、ディップ周波数はConAのみの状態と比較してシフトしなかった(0.5593THz)。これはConAとBSAとが特異的に結合しない、または結合してもその量は僅かであることに拠るものと考える。
【0058】
ConAとグリコーゲン及びBSAの混合物との反応においては、ディップ周波数はConAのみの状態(0.5593THz)と比較して、低周波数側へシフトする(0.5458THz)。テラヘルツ波検出に関しては、特異的な結合は外部物質のようなバックグラウンドと区別されることが望まれるが、上記の結果は、ConAとグリコーゲンとの特異的な結合は、BSAのような夾雑物の混合物の下でも検出されることを表している。
【0059】
ConAとデキストランとの特異的な結合においては、ディップ周波数はConAのみの状態(0.5593THz)と比較して、低周波数側へシフトし、かつConAとグリコーゲンとの特異的結合におけるディップ周波数(0.5391THz)よりもそのシフト量は小さい(0.5526THz)。これは、ConAとデキストランとの結合力(結合定数:1.5×10
4M
−1)は、ConAとグリコーゲンとの結合力(結合定数:1.48×10
6M
−1)よりも小さいことが知られており、ConAとグリコーゲンとの結合量が、ConAとデキストランとの結合量よりも多いことに依るものと考えられる。
【0060】
次に、上記の各試料を50μlのPBSにより水溶液として測定したテラヘルツ波の測定結果を
図17に示す。また、
図17におけるディップ周波数と、そのディップ周波数におけるATRとの関係を
図18に示す。ConAとグリコーゲンとの特異的な結合において、PBS溶液でのディップ周波数はConAのみの状態(0.5256THz)と比較して、高周波数側へシフトする(0.5593THz)。これは水溶液中でのConAとグリコーゲンとの特異的な結合の振動モードがテラヘルツ領域に存在し、さらに水和水の局在化が、ConAとグリコーゲンとの結合に関与しているためと考えられる。ConAとグリコーゲンとの結合やカバーガラスの界面が水和されるために、ディップ周波数が高周波数側へシフトしたと考える。
【0061】
さらに、PBS溶液でのConAを0.1mg/mlの一定濃度とした状態で、グリコーゲンの濃度変化(0.01、0.05、0.1、0.5mg/ml)に伴うConAとグリコーゲンとの相互作用に関するテラヘルツ波の測定結果を
図19に示す。また、
図19におけるディップ周波数と、そのディップ周波数におけるATRとの関係を
図20に示す。低濃度のグリコーゲン(0.01mg/ml)においては、ディップ周波数が高周波数側へシフトする。一方、高濃度のグリコーゲン(0.05mg/ml以下)においては、ディップ周波数が低周波数側へシフトする。これは、低濃度のグリコーゲンでは、水和水の局在化が、ConAとグリコーゲンとの結合に関与しているためと考えられる。ConAとグリコーゲンとの結合やカバーガラスの界面が水和されるために、ディップ周波数は高周波数側へシフトしたと考える。高濃度のグリコーゲンでは、ConAとグリコーゲンとの特異的結合の振動モードがテラヘルツ領域内に存在するため、ディップ周波数は低周波数側へシフトし、ConAとグリコーゲンとの結合により、屈折率が増大すると考えられる。
【0062】
また、さらに、PBS溶液でのConAを0.1mg/mlの一定濃度とした状態で、BSAの濃度変化(0.1、1.0、10、100mg/ml)に伴うConAとBSAとの相互作用に関するテラヘルツ波の測定結果を
図21に示す。ディップ周波数は、BSA濃度が高くなってもシフトしない。これは、ConAとBSAとは特異的に結合しない、または結合してもその量は僅かであることに拠るものと考える。
【0063】
<実施例2>
第2の実施の形態に係るテラヘルツ波測定装置210に関する実施例2について説明する。
【0064】
本実施例2では、
図13に示した構成において、全体の厚み140μmのポリエチレン製のマイクロTASを、第1実施例と同様のカバーガラスで上下に挟んだ構成とする。マイクロTASは、トッププレート、流路、及び基板の積層(ラミネート)により構成され、トッププレート及び基板の材質はポリエチレン、厚みは53μmとする。流路はポリエチレンテレフタレート(PET)及びアクリル接着剤により作られ、その厚みは34μmとする。マイクロTAS中の測定部分は直径4mmとする。その他の構成は実施例1と同様である。この条件において、マイクロTAS内に試料50を流入せずに測定したテラヘルツ波のスペクトルにおいて、ディップ周波数0.505THzが得られる。
【0065】
実施例2に係るテラヘルツ波測定装置において、結合体をレクチン(ConA)、測定対象試料を糖鎖(グリコーゲン)とし、レクチンと糖鎖との相互作用を、テラヘルツ波のスペクトルにより測定した。各試料は以下のプロセスにより準備した。
【0066】
PBS溶液内での濃度0.1mg/mlのConAを、1時間マイクロTAS内に注入し、ポンプによりそれらを除去した後、マイクロTASをPBS溶液によりリンスした。次に、10mg/mlのブロッキング用のMPCポリマーを10分間マイクロTAS内に注入した。ブロッキング用のMPCポリマーは、親水性のリン脂質系高分子の生体関連材料である。ここで、ブロッキング用のMPCポリマーは、マイクロTASの流路の内側に対する保護液として用いる。ポンプによりそれらを除去した後、マイクロTASをPBS溶液によりリンスした。次に、PBS溶液中での濃度0.01、0.05mg/mlのグリコーゲンを1時間マイクロTAS内に注入した。ポンプによりそれらを除去した後、マイクロTASをPBS溶液によりリンスし、マイクロTASにPBS溶液を注入した。
【0067】
上記の試料を用いたマイクロTAS中でのConAとグリコーゲンとの相互作用に関するテラヘルツ波の測定結果を
図22に示す。ConAとグリコーゲンとの結合において、ディップ周波数はConAのみの状態(0.5054THz)と比較して、低周波数側へシフトする(0.4987THz)。このディップ周波数におけるグリコーゲン濃度0.05mg/mlでのATRは、グリコーゲン濃度0.01mg/mlでのATRよりも小さい。これは、ConAとグリコーゲンとの特異的な結合の振動モードがテラヘルツ領域に存在するため、ConAとグリコーゲンとの結合により、屈折率が増大するためと考えられる。この結果は、ワイヤーグリッドから192μm空間的に分離されたマイクロTASの流路においては、結合体と測定対象物質との特異的結合の検出が可能であることを表す。
【0068】
なお、上記各実施の形態及び実施例では、ワイヤーグリッドの向きをP偏光のテラヘルツ波の進行方向に垂直な配置とした場合について説明したが、
図23に示すように、ワイヤーグリッドの向きをP偏光のテラヘルツ波の進行方向に平行な配置とすることも可能である。この場合、測定されるテラヘルツ波は、
図24に示すようなスペクトルとなり、f=c/2gの周波数近辺でATRが急激に低下する。
図24に示すように、ATRが急激に変化する周波数を、上記各実施の形態及び実施例におけるディップ周波数と同様に、特徴的な吸収を示す周波数として扱うことができる。
【0069】
また、上記各実施の形態及び実施例では、テラヘルツ波がP偏光で導波体(プリズム)に入射される場合について説明したが、S偏光で入射することも可能である。S偏光で入射する場合においても、ワイヤーグリッドの向きをテラヘルツ波の進行方向に垂直な配置とすることも、平行な配置とすることも可能である。この場合、測定されるテラヘルツ波は、
図25に示すようなスペクトルとなる。ワイヤーグリッドの向きをテラヘルツ波の進行方向に垂直な配置とした場合では、f=c/gの周波数近辺までATRが増加する特徴的なスペクトルとなる。
【0070】
また、上記各実施の形態及び実施例では、導電性周期構造体の一例として、1次元の周期構造体であるワイヤーグリッド構造の場合について説明したが、
図26に示すように、2次元の周期構造体であるメタルメッシュ構造としてもよい。
図26に示すメタルメッシュ構造の導電性周期構造体において、周期g=302μm、メタル部材幅b=74μm、厚みt=6μm、及びテラヘルツ波の入射角θ=0°とした場合の測定結果の一例を
図27に示す。入射光の斜め入射成分により、
図27に示すように、透過スペクトルにディップが生じる。なお、集光配置のため、θ=0°であっても斜め入射成分が存在する。
【0071】
また、上記各実施の形態及び実施例におけるテラヘルツ波の測定は、テラヘルツ時間領域分光法(THz−TDS)で行ってもよいし、差周波発生などの周波数掃引法で行ってもよい。THz−TDSでは、振幅と同時に位相の情報も得られるため、振幅だけでなく、位相の情報も解析に利用することができる。THz−TDSを用いる場合において、3THz程度以下にディップ周波数を設計する場合には、テラヘルツ波の発生素子に光伝導アンテナを用い、特に3THz程度以上にディップ周波数を設計する場合には、DAST(4-dimethylamino-N-methyl-4-stilbazolium tosylate)結晶を用いることが好ましい。DAST結晶は1.1THzに吸収が存在するものの、7THz程度までの広帯域の測定を行うことが可能なためである。3〜7THzにスペクトルのディップを形成させる場合は、導電性周期構造体の周期を27〜12μmとする。
【0072】
また、上記各実施の形態及び実施例では、基板、導電性周期構造体、及び導波体を各々別個に構成する場合について説明したが、導電性周期構造体を、基板の試料が配置される面と反対の面、または導波体の全反射面側の面に蒸着したり、導電性周期構造体のパターンを印刷したりすることにより、一体として構成してもよい。ただし、上記各実施の形態及び実施例のように、基板、導電性周期構造体、及び導波体を各々別個に構成した場合には、スペクトルに所望のディップを形成するために、導電性周期構造体のみまたは基板のみを取り替えればよいため、柔軟な装置設計が可能となる。
【0073】
本発明は、乾燥した試料に対するラベルフリーのテラヘルツ波測定はもちろん、水溶液中での生体関連物質の相互作用に対するラベルフリーのテラヘルツ波測定にも適用することができる。より具体的には、レクチンマイクロアレイ、プロテインマイクロアレイ、DNAマイクロアレイ、食物アレルゲンの検出、抗原抗体反応の検出、生体分子間の相互作用検出、細胞と生体分子との相互作用検出、細胞間相互作用検出などに適用可能である。