(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の、細胞においてタンパク質の発現を抑制するための方法は、
前記細胞が、天然アミノ酸に対応しないコドンがインフレームにて挿入されている前記タンパク質をコードする核酸を含有する細胞であり、
前記タンパク質の発現は、非天然アミノ酸を含有する培地において、前記コドンを認識し且つ前記非天然アミノ酸に結合し得るtRNAと、前記非天然アミノ酸と前記tRNAとの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼとを、前記細胞内に存在させて培養した場合に、誘導されるものであり、
前記細胞を下記(I)〜(III)からなる群から選択される少なくとも一の培養条件で培養する方法である
(I) 前記非天然アミノ酸を含有しない培地において培養
(II) 前記細胞内にて、前記tRNAを存在させることなく培養
(III) 前記細胞内にて、前記アミノアシルtRNAシンテターゼを存在させることなく培養。
【0014】
本発明において「細胞」とは特に制限はなく、例えば、大腸菌、酵母、昆虫細胞、植物細胞、哺乳動物細胞が挙げられる。また、当該細胞において発現抑制の対象となる「タンパク質」としても特に制限はないが、極めて少量の発現であっても細胞が死滅してしまうため、かかるタンパク質をコードする核酸(例えば、プラスミドDNA)を維持することができない等の観点から、毒性タンパク質の発現を抑制するのに、本発明の方法は好適である。
【0015】
本発明にかかる毒性タンパク質は、該タンパク質を発現する細胞の形成、発達、維持若しくは増殖を抑制し、又は破壊するタンパク質、すなわちそれ自体が毒性を発揮するタンパク質のみならず、毒性を発揮するのを補助するタンパク質(例えば、アロステリック因子)や、毒性を発揮するタンパク質の発現を制御するためのタンパク質等も含む。かかる毒性タンパク質としては、例えば、該タンパク質をコードする核酸を含有する細胞が大腸菌である場合には、制限酵素等のDNA分解酵素、コリシンE3等のRNA分解酵素、毒性酵素ピエリシン等のADPリボシル化酵素、抗微生物ペプチドが挙げられる。
【0016】
また、本発明にかかるタンパク質は、他のタンパク質が融合されているものであってもよい。この場合、他のタンパク質は、本発明にかかるタンパク質のN末側、C末側のどちらか一方若しくは両側、直接的に又は間接的に融合させることができる。他のタンパク質としては特に制限はなく、例えば、緑色蛍光タンパク質(GFP)、ルシフェラーゼタンパク質、Myc−タグ(tag)タンパク質、His−タグタンパク質、ヘマグルチン(HA)−タグタンパク質、FLAG−タグタンパク質(登録商標、Sigma−Aldrich社)、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)タンパク質等の所謂タグタンパク質が挙げられる。
【0017】
さらに、かかるタンパク質をコードする核酸は、前記細胞に1種のみ含まれていてもよく、複数種含まれていてもよい。
【0018】
前述の本発明にかかるタンパク質をコードする核酸にインフレームにて挿入されている「天然アミノ酸に対応しないコドン」とは、メチオニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、ヒスチジン、チロシン、グリシン、トリプトファン、スレオニン、セリン、システイン、プロリン、フェニルアラニン、アルギニン、リジン、アラニン、グルタミン、グルタミン酸、アスパラギン及びアスパラギン酸からなる20種のL型アミノ酸のいずれにも対応しないコドンを意味する。具体的には、ウラシル(U)若しくはチミン(T)、シトシン(C)、アデニン(A)又はグアニン(G)とから選択される3塩基の組み合わせ(64種)からアミノ酸をコードしないコドン(終止コドン3種)を除いた、61種のコドンが天然アミノ酸に対応するコドンであり、「天然アミノ酸に対応しないコドン」とはその61種のコドン以外のコドンのことを意味する。
【0019】
本発明にかかる「天然アミノ酸に対応しないコドン」としては、例えば、終止コドン、4つ以上の塩基からなるコドン及び非天然コドンが挙げられる。
【0020】
本発明にかかる「終止コドン」は、オーカー(ochre)終止コドン(UAA又はTAAからなる3塩基の組み合わせ)、アンバー(amber)終止コドン(UAG又はTAGからなる3塩基の組み合わせ)、オパール(opal)終止コドン(UGA又はTGAからなる3塩基の組み合わせ)である。これら終止コドンのうち、本発明にかかるタンパク質をコードする核酸を含有する細胞が大腸菌である場合には、大腸菌における使用頻度が低いという観点から、アンバー終止コドンが好ましい。なお、本発明の方法において、「天然アミノ酸に対応しないコドン」として「終止コドン」を用い、後述の「非天然アミノ酸」の非存在下、後述の「前記終止コドンを認識し且つ前記非天然アミノ酸に結合し得るtRNA」又は「前記非天然アミノ酸と前記tRNAとの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼ」が前記細胞内に存在していない場合には、本発明にかかるタンパク質の翻訳が、その終止コドンが挿入されている部位にて止まることになるため、当該タンパク質を完全長にて得ることができなくなる(
図1 参照)。
【0021】
本発明にかかる「4つ以上の塩基からなるコドン」は、例えば4、5、6又は7つ以上の塩基からなるコドンである。4塩基からなるコドン(以下「4塩基コドン」とも称する)としてより具体的には、CGGG、CUCU(CTCT)、CUCA(CTCA)、CCCU(CCCT)、CGGU(CGGT)、CUAG(CTAG)、AGGA、AGGU(AGGT)、GGGU(GGGT)及びUAGA(TAGA)が挙げられる。5塩基からなるコドン(以下「5塩基コドン」とも称する)としてより具体的には、例えばAGGAC、CCCCU(CCCCT)、CCCUC(CCCTC)が挙げられる。なお、本発明の方法において、「天然アミノ酸に対応しないコドン」として「4塩基コドン等」を用い、後述の「非天然アミノ酸」の非存在下、後述の「前記4塩基コドン等を認識し且つ前記非天然アミノ酸に結合し得るtRNA」又は「前記非天然アミノ酸と前記tRNAとの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼ」が前記細胞内に存在していない場合には、天然アミノ酸に対応するコドンを認識する内在性のtRNA等によって翻訳が進行するため、その4塩基コドン等が挿入されている部位以降のコドンの読み枠(リーディングフレーム)がシフトし、当該タンパク質を完全長にて得ることができなくなる。
【0022】
本発明にかかる「非天然コドン」は、非天然型塩基が少なくとも1塩基含まれているコドンを意味する。かかる非天然型塩基としては、例えば、7−(2−チエニル)−1H−イミダゾ[4,5−b]ピリジン、ピロール−2−カルボアルデヒドが挙げられる(Hirao,I.ら、Nature Biotech.、2002年、20巻、177〜182ページ、Hirao,I.ら、Curr Opin Chem Biol.、2006年、10巻、6号、622〜627ページ 参照)。なお、本発明の方法において、「天然アミノ酸に対応しないコドン」として「非天然コドン」を用い、後述の「非天然アミノ酸」の非存在下、後述の「前記非天然コドンを認識し且つ前記非天然アミノ酸に結合し得るtRNA」又は「前記非天然アミノ酸と前記tRNAとの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼ」が前記細胞内に存在していない場合には、本発明にかかるタンパク質の翻訳が、その非天然コドンが挿入されている部位にて止まることになるため、当該タンパク質を完全長にて得ることができなくなる。
【0023】
本発明において「インフレームにて挿入」とは、後述の「非天然アミノ酸」の存在下、後述の「前記コドンを認識し且つ前記非天然アミノ酸に結合し得るtRNA」及び「前記非天然アミノ酸と前記tRNAとの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼ」が前記細胞内に存在している場合に、読み枠がずれず、本発明にかかるタンパク質を完全長にて得られるよう、前記コドンが挿入されている状態を意味する。
【0024】
また、本発明における「コドンの挿入」には、前記タンパク質をコードする核酸に天然アミノ酸に対応しないコドンを新たに付加することのみならず、前記タンパク質をコードする核酸中のコドンを天然アミノ酸に対応しないコドンに置換することも含まれる。
【0025】
本発明にかかるタンパク質をコードする核酸に挿入されている天然アミノ酸に対応しないコドンの「数」としては特に制限はないが、後述の実施例において示す通り、挿入されるコドンの数が多い程、本発明にかかるタンパク質の発現を完全に抑制することができるが、当該タンパク質の発現量は低くなる傾向にあるため、好ましくは1〜3個である。
【0026】
天然アミノ酸に対応しないコドンが本発明にかかるタンパク質をコードする核酸に挿入されている「位置」としては特に制限はないが、後述の「非天然アミノ酸」の非存在下、後述の「前記コドンを認識し且つ前記非天然アミノ酸に結合し得るtRNA」又は「前記非天然アミノ酸と前記tRNAとの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼ」が前記細胞内に存在していない場合に得られるタンパク質が、完全長のものではないとはいえ、本発明にかかるタンパク質に相当する機能を発揮する可能性があるという観点から、天然アミノ酸に対応しないコドンが挿入されている位置は、本発明にかかるタンパク質をコードする核酸の前半(5’側の1/2)、好ましくは5’側の1/3、より好ましくは5’側の1/4、特に好ましくは開始コドンの直後である。
【0027】
また、複数の前記コドンが前記核酸に挿入されている場合には、複数の前記コドン全てが1箇所に連続して挿入されていてもよく、また1以上の前記コドンが間隔をおいて複数箇所に挿入されていてもよいが、本発明にかかるタンパク質を完全に抑制し易くなるという観点から、複数の前記コドン全てが1箇所に連続して挿入されていることが好ましい。
【0028】
天然アミノ酸に対応しないコドンの、本発明にかかるタンパク質をコードする核酸への挿入は、当業者に公知の部位特異的変異誘発(site−directed mutagenesis)法(Kramer,W.&Fritz,HJ.、Methods Enzymol、1987年、154巻、350〜367ページ 参照)を利用して行うことができる。
【0029】
また、「天然アミノ酸に対応しないコドンがインフレームにて挿入されているタンパク質をコードする核酸を含有する細胞」は、当業者であれば公知の手法を適宜選択して調製することができる。
【0030】
かかる公知の手法としては、例えば、前記細胞が大腸菌の場合、前記核酸がプロモーターに作動可能に連結しているプラスミドDNA(pET−3、pGEX−1、pUC19、pACYC184、pDEST42等)を、熱ショック法(例えば、塩化カルシウム法、Hanahan法、Inoue法、塩化ルビジウム法)又は電気穿孔法により、大腸菌に導入することによって調製することができる。
【0031】
前記細胞が酵母の場合には、前記核酸がプロモーターに作動可能に連結しているプラスミドDNAを、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法又は電気穿孔法により、酵母に導入することによって調製することができる。
【0032】
前記細胞が昆虫細胞の場合には、前記核酸がプロモーターに作動可能に連結しているバキュロウイルスを、昆虫細胞に感染させることにより、調製することができる。また、前記核酸がプロモーターに作動可能に連結しているプラスミドDNAを、リポフェクション法により、昆虫細胞に導入することによって調製することができる。
【0033】
前記細胞が植物細胞の場合には、前記核酸がプロモーターに作動可能に連結しているプラスミドDNAを、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法、ポリエチレングリコール法又は電気穿孔法により、植物細胞に導入することによって調製することができる。
【0034】
前記細胞が哺乳動物細胞(例えば、293T細胞、CHO細胞、HeLa細胞、ES細胞、iPS細胞)の場合、前記核酸がプロモーターに作動可能に連結しているプラスミドDNAを、リン酸カルシウム法、DEAE−デキストラン法、リポフェクション法又は電気穿孔法により、哺乳動物細胞に導入することによって調製することができる。また、前記核酸がプロモーターに作動可能に連結しているアデノウィルス、レンチウィルス、センダイウィルス等を、哺乳動物細胞に感染させることによっても調製することができる。
【0035】
また、前記核酸に作動可能に連結されている「プロモーター」によって誘導される、当該核酸がコードするmRNAの発現(転写レベルでの発現)は恒常的なものであってもよく、一過性のものであってよい。さらに一過性の発現は、刺激に応答して誘導されるものであってもよい。かかる刺激としては、例えば、特定の化合物の存在下又は非存在下における培養、糸状菌・細菌・ウイルスの感染や侵入、低温、高温、乾燥、紫外線の照射が挙げられる。また、刺激に応答して発現を誘導する系としては特に制限はなく、公知の系を用いることができる。かかる発現制御系としては、lacリプレッサー及びラクトースオペレーターとT7等のプロモーターとを組み合わせて利用した系、araオペロンのaraBADプロモーター及びaraCレギュレーターを利用した系、Tetリプレッサー及びTetオペレーターDNA配列を利用した系、合成エクジソン誘導レセプター及び合成レセプター認識エレメントを利用した系が挙げられる。本発明にかかるタンパク質の発現を完全に抑制し易くなるという観点から、本発明の翻訳レベルでの発現を抑制する方法は、かかる転写レベルでの発現制御系と組み合わせて利用することが好ましい。
【0036】
本発明においては、後述の実施例に示す通り又
図1に示す通り、前記タンパク質の発現は、非天然アミノ酸を含有する培地において、前記コドンを認識し且つ前記非天然アミノ酸に結合し得るtRNAと、前記非天然アミノ酸と前記tRNAとの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼとを、前記細胞内に存在させて培養した場合に、誘導されるものであって、
前記細胞を下記(I)〜(III)からなる群から選択される少なくとも一の培養条件で培養することによって、前記タンパク質の発現を抑制することができる
(I) 前記非天然アミノ酸を含有しない培地において培養
(II) 前記細胞内にて、前記tRNAを存在させることなく培養
(III) 前記細胞内にて、前記アミノアシルtRNAシンテターゼを存在させることなく培養。
【0037】
本発明にかかる「非天然アミノ酸」は、前記20種の天然アミノ酸にL−ピロリジン及びL−セレノシステインを加えた22種のアミノ酸以外のアミノ酸を意味し、前記天然アミノ酸の修飾体、置換体、前記天然アミノ酸に標識化合物が付加されたもの含まれる。本発明にかかる「非天然アミノ酸」としては、例えば、3−ハロゲン置換チロシン(例えば、3−ヨードチロシン)、3−ヒドロキシチロシン、3−アジドチロシン等のチロシン置換体、パラベンゾイルフェニルアラニン、4−ヨードフェニルアラニン、4−アジドフェニルアラニン等のフェニルアラニン置換体、Boc−リジン、アジド−Z−リジン、アセチルリジン等のリジン置換体が挙げられる。また、かかる非天然アミノ酸を含有しない「培地」としては、本発明の方法に用いられる細胞の種類によって適宜選択、調製される公知の培地が好適に用いられる。
【0038】
本発明にかかる「前記コドンを認識し且つ前記非天然アミノ酸に結合し得るtRNA」において、「前記コドンを認識する」とは、本発明にかかるタンパク質のアミノ酸配列への翻訳過程において、mRNA中の前記コドンと、当該tRNA中のアンチコドンとが、塩基対を形成することを意味する。また「前記非天然アミノ酸に結合し得る」とは、当該tRNA中の末端と前記非天然アミノ酸とが、後述のアミノアシルtRNAシンテターゼによってエステル結合し得ることを意味する。また、本発明にかかるtRNAは、前記細胞の内在性アミノアシルtRNAシンテターゼとは反応しない性質、すなわち高い「直交性」(Orthogonality)を有していることが好ましい。
【0039】
本発明にかかる「前記非天然アミノ酸と前記tRNAとの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼ」は、前述の通り、前記非天然アミノ酸と前記tRNA中の末端とのエステル結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼ(non−natural
aminoacyl tRNA synthetase;naaRS)を意味する。
【0040】
本発明にかかる前記「tRNA」及び「naaRS」としては、例えば、前記細胞が大腸菌であり、前記非天然アミノ酸がヨードチロシン、パラベンゾイルフェニルアラニンである場合には、Methanocaldococcus jannaschii tRNA
Tyr変異体(MjR1)及びMethanocaldococcus jannaschii TyrRS変異体が各々挙げられる(Sakamoto K.ら、Structure、2009年、17巻、335〜344ページ 参照)。
【0041】
本発明にかかる前記「tRNA」及び「naaRS」としては、例えば、前記細胞が哺乳類細胞であり、前記非天然アミノ酸がヨードチロシン、アジドフェニルアラニン、パラベンゾイルフェニルアラニンである場合には、例えば、Geobacillus stearothermophilus tRNA
Tyr変異体(BYR)及びEscherichia coli TyrRS変異体(V37C195)が各々挙げられる(Sakamoto K.ら、Nucleic Acids Res.、2002年、30巻、21号、4692〜4699ページ 参照)。
【0042】
本発明にかかる前記「tRNA」及び「naaRS」としては、例えば、前記細胞が昆虫細胞(ショウジョウバエS2細胞)であり、前記非天然アミノ酸がヨードチロシン、アジドチロシン、アジドフェニルアラニンである場合には、例えば、Escherichia coli tRNA
Tyr変異体(EYR)及びEscherichia coli TyrRS変異体(V37C195)とPyrococcus horikoshii PheRS校正ドメインとの融合タンパク質(iodoTyrRS−ed)が各々挙げられる(Mukai T.ら、Protein Sci.、2010年、19巻、3号、440〜448ページ 参照)。
【0043】
本発明にかかる前記「tRNA」及び「naaRS」としては、例えば、前記細胞が大腸菌、酵母、哺乳動物細胞であり、前記非天然アミノ酸がBoc−リジン、アジド−Z−リジン、アセチルリジンである場合には、例えば、Methanosarcina mazei tRNA
Pyl及びMethanosarcina mazei PylRS野生型又は変異体(A306F384)が各々挙げられる(Yanagisawa T.ら、Chem Biol.、2008年、15巻、11号、1187〜1197ページ 参照)。
【0044】
本発明の方法において、「前記細胞内にて、前記tRNAを存在させることなく培養」及び「前記細胞内にて、前記naaRSを存在させることなく培養」は、前述の通り、前記tRNA及び前記naaRSは、前記細胞内において本来内在されていないものであるから、通常、前記tRNA及び前記naaRSを強制的に前記細胞に導入又は発現させなければ、かかる培養を行うことができる。また、前記tRNA又は前記naaRSを刺激に応答して誘導的に発現し得る前記細胞を用いる場合には、かかる刺激の非存在下で培養することによって行うことができる。なお、かかる刺激及びそれに応答して誘導的に発現し得る系については、前述の通りである。
【0045】
本発明の方法において、前記(I)〜(III)からなる群から選択される少なくとも一の培養条件で培養することによって、本発明にかかるタンパク質の発現を抑制することができるが、後述の実施例8及び9において示す通り、これら培養条件を組み合わせることにより、相乗的にタンパク質の発現をより強く抑制できるという観点から、前記(I)〜(III)からなる群から選択される少なくとも2の培養条件で培養することが好ましい。また、後述の実施例6及び7に示す通り、(I)及び(II)の培養条件を組み合わせて培養することがより好ましい(後述の
図7の「4」及び
図8の「8」及び「9」参照)。さらに、本発明にかかるタンパク質の発現を完全に抑制するという観点から、前記(I)〜(III)、全ての培養条件を組み合わせて培養することが特に好ましい。
【0046】
なお、(I)〜(III)以外の培養条件(培地の組成、培地のpH、培養の際の温度、培養の際の湿度、培養の際のガス(酸素、二酸化炭素等)の濃度)は、当業者であれば、公知の培養条件から選択することができる。また、当業者であれば、必要に応じて、公知の培養条件に適宜、修飾ないし改変を加えることによって、前記細胞の培養を実施することができる。
【0047】
以上の通り、本発明の方法において、前記(I)〜(III)からなる群から選択される少なくとも一の培養条件で培養することによって、本発明にかかるタンパク質の発現を抑制することができるが、後述の実施例に示す通り又
図1に示す通り、非天然アミノ酸の存在下、前記tRNAと前記naaRSとを、前記細胞内に存在させて培養することにより、かかる抑制は解除され、本発明のタンパク質の発現は誘導されることになる。従って、本発明は、以下に示す細胞においてタンパク質の発現を誘導するための方法も提供する。
【0048】
前述の本発明の方法により前記タンパク質の発現が抑制されている細胞を、
非天然アミノ酸を含有する培地において、前記tRNA及び前記アミノアシルtRNAシンテターゼを、前記細胞内に存在させて培養する方法。
【0049】
かかるタンパク質の発現を誘導するための方法における、本発明にかかる「タンパク質」、該タンパク質の発現が抑制されている「細胞」、「非天然アミノ酸」、「tRNA」及び「アミノアシルtRNAシンテターゼ」等については、前述の通りである。
【0050】
本発明にかかる培地が含有する非天然アミノ酸の量(濃度)としては、本発明にかかるタンパク質の合成に十分な量であればよく、当業者であれば、本発明の方法に用いられる細胞の種類、前記タンパク質の発現を転写レベルにて制御する系(プロモーター等)の種類、前記tRNA及びnaaRSの種類及び翻訳の効率等を考慮して、適宜調整し得るが、通常、0.01〜10mg/mlである。
【0051】
本発明の方法における「前記tRNA及び前記naaRSを、前記細胞内に存在させて培養する」ということは、前述の通り、前記tRNA及び前記naaRSは、前記細胞内において本来内在されていないものであるから、通常、前記tRNA及び前記naaRSを強制的に前記細胞に導入又は発現させることによって達成し得る。かかる強制的な導入又は発現は、当業者であれば公知の手法(例えば、前述の「天然アミノ酸に対応しないコドンがインフレームにて挿入されているタンパク質をコードする核酸を含有する細胞」の調製方法)を適宜選択して行うことができる。また、前記tRNA又は前記naaRSを刺激に応答して誘導的に発現し得る前記細胞を用いる場合には、かかる刺激の存在下で培養することによって行うことができる。なお、かかる刺激及びそれに応答して誘導的に発現し得る系については、前述の通りである。
【0052】
以上、本発明のタンパク質の発現を誘導するための方法について説明したが、かかる方法によって、発現の非誘導時には目的のタンパク質の発現を完全に抑制するが、誘導した際には当該タンパク質を高レベルにて発現させることができる。従って、かかるタンパク質の発現を誘導するための方法は、タンパク質の製造方法に利用し得る。すなわち、細胞においてタンパク質の発現を誘導するための方法であって、
本発明のタンパク質の発現を抑制するための方法により前記タンパク質の発現が抑制されている細胞を培養し、増殖させる工程と、前記工程にて増殖させた細胞を、非天然アミノ酸を含有する培地において、前記tRNA及び前記アミノアシルtRNAシンテターゼを、前記細胞内に存在させて培養する工程と、該細胞から産生されるタンパク質を回収する工程とを含む、タンパク質の製造方法も、本発明は提供し得る。特に、かかるタンパク質の製造方法は前述の通り、毒性タンパク質の製造方法に特に好適に利用することができる。また、かかるタンパク質の製造方法における「タンパク質の回収」は、前記細胞に発現させたタンパク質の性状、発現させている細胞の種類等を考慮し、当業者であれば、公知の手法を適宜選択し、組み合わせることによって行うことができる。かかる公知の手法としては、例えば、界面活性剤等を含有する緩衝液による細胞の溶解、超音波破砕機等を用いた細胞の破砕、フィルターによる分画、カラム(例えば、陰イオン交換カラムや疎水性カラム)による精製、ゲルろ過、膜分画法、塩析、電気透析、減圧濃縮が挙げられる。
【0053】
また、本発明は、以下に示す、前述の本発明の方法に用いられるためのキットを提供する。
【0054】
下記(a)〜(e)からなる群から選択される少なくとも一の物質を含むキット
(a)前記コドンがインフレームにて挿入されている前記タンパク質をコードするDNAを含有するベクター
(b)前記tRNAをコードするDNAを含有するベクター
(c)前記アミノアシルtRNAシンテターゼをコードするDNAを含有するベクター
(d)前記非天然アミノ酸
(e)前記コドンがインフレームにて挿入されている前記タンパク質をコードする核酸、前記tRNAをコードする核酸及び前記アミノアシルtRNAシンテターゼをコードする核酸からなる群から選択される1の核酸を含有する細胞。
【0055】
なお、本発明のキットにおいても、「前記コドン」、該コドンがインフレームにて挿入されている「タンパク質」、「非天然アミノ酸」、「tRNA」及び「アミノアシルtRNAシンテターゼ」等については、前述の通りである。
【0056】
前記(a)〜(c)に記載のベクターは、前記コドンがインフレームにて挿入されている前記タンパク質をコードするDNA、前記tRNAをコードするDNA又は前記アミノアシルtRNAシンテターゼをコードするDNAがプロモーターに作動可能に連結しているベクターである。本発明にかかるベクターは、前記DNAを前記細胞内にて発現(転写及び翻訳)するのに寄与する他の制御配列、例えば、複製開始点、ターミネーター、ポリA付加シグナル、ポリリンカー、エンハンサー、サイレンサー、リボゾーム結合部位等を適宜含むことができる。一般に、前記プロモーターの下流に、前記タンパク質等をコードするDNAが位置し、さらに該遺伝子の下流にターミネーターが位置する。また、本発明にかかるベクターは、選択マーカー(薬剤耐性遺伝子等)、レポーター遺伝子(ルシフェラーゼ遺伝子、β−ガラクトシダーゼ遺伝子、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)遺伝子等)を含んでいてもよい。また、このような本発明にかかるベクターの態様としては、例えば、プラスミドDNA、エピソーマルベクター、ウィルスベクターが挙げられる。
【0057】
前記(a)に記載のベクターは、前記コドンがインフレームにて挿入されている前記タンパク質をコードするDNAを下記ベクターに挿入することによって調製することもできる。
【0058】
前記コドンがインフレームにて挿入されている前記タンパク質をコードするDNAの挿入を可能にするクローニング部位を含むベクター。
【0059】
本発明において、「DNAの挿入を可能にするクローニング部位」としては、例えば、1又は複数の制限酵素認識部位を含むマルチクローニング部位、TAクローニング部位、GATEWAY(登録商標)クローニング部位が挙げられる。
【0060】
また、前記(a)に記載のベクターは、前記タンパク質をコードするDNAを下記ベクターに挿入することによって調製することもできる。
【0061】
タグタンパク質をコードするDNAと、該タグタンパク質のC末側に融合して発現されるように、前記タンパク質をコードするDNAの挿入を可能にするクローニング部位とを含有するベクターであって、前記コドンがインフレームにて前記グタンパク質をコードするDNAに挿入されているベクター。
【0062】
このようなベクターを利用することにより、クローニング部位への挿入前又は挿入後に、前記タンパク質をコードするDNAに前記コドンを挿入する必要はなくなる。さらに、前記タンパク質をコードするDNAとして、特定の組織、細胞等からmRNAを抽出し、合成したcDNAをかかるベクターに挿入することによって、本発明の方法に供するcDNAライブラリーを構築することも可能となる。
【0063】
なお、「タグタンパク質」及び「DNAの挿入を可能にするクローニング部位」は前述の通りである。また、タグタンパク質のC末側と前記タンパク質との融合は直接的なものであってもよく、スぺーサー配列を介した間接的な融合であってもよい。
【0064】
本発明にかかるベクターの標品においては、緩衝液、安定剤、保存剤、防腐剤等の他の成分が添加してあってもよい。
【0065】
前記(e)に記載の細胞は、本発明にかかるベクターを、前述の公知の手法により細胞に導入することによって調製することができる。また、本発明にかかる細胞の標品には、当該細胞の保存、培養に必要な培地、安定剤、保存剤、防腐剤等の他の成分が添加又は付属してあってもよい。
【0066】
また、本発明のキットは使用説明書を含むものであってもよい。例えば、前述の本発明の方法に用いられるための前記(a)〜(e)からなる群から選択される少なくとも一の物質及び使用説明書を含むキットの態様も本発明はとり得る。
【0067】
本発明にかかる「使用説明書」は、前記ベクターや細胞を本発明の方法に利用するための説明書である。説明書は、例えば、本発明の方法の実験手法や実験条件、及び本発明の標品に関する情報(例えば、ベクターの塩基配列やクローニングサイト等が示されているベクターマップ等の情報、細胞の由来、性質、当該細胞の培養条件等の情報)を含むことができる。
【実施例】
【0068】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0069】
先ず、本発明者らは、タンパク質の発現を厳密に制御する(発現誘導時にはタンパク質を高レベルで発現させ、発現非誘導時にはタンパク質の発現を完全に抑制する)ために、
図1に示すように、非天然アミノ酸と、これと終止コドンとを対応づけるように人工的に改変されたtRNA及びアミノアシルtRNAシンテターゼ(naaRS)とを用いるタンパク質発現制御系を構想した。
【0070】
すなわち、非天然アミノ酸の存在下、前記tRNA及び前記naaRSが細胞内に発現している場合には、目的とするタンパク質をコードする遺伝子内に挿入された終止コドン(図中、UAG)に対応する前記非天然アミノ酸が組み込まれ、目的タンパク質の合成(翻訳)を進めることができる。一方、前記非天然アミノ酸、前記tRNA及び前記naaRSの3要素のうちの少なくとも1の要素が欠落すると、前記終止コドンに対応する前記非天然アミノ酸を組み込むことができず、目的タンパク質の合成は停止することが想定される。そこで、以下に示す方法にて、
図1に示すモデルの有効性について評価した。
【0071】
なお、以下に示す実施例において特に断りのない限り、大腸菌の培養は、35℃、Luria−Bertani(LB)培地にて行った。また、この培地には特に断りのない限り、抗生物質(50μg/ml カナマイシン及び50μg/ml クロラムフェニコール)を添加して培養に供した。
【0072】
(実施例1)
図1に示すモデルにおける非天然アミノ酸の重要性を検証すべく、人工的に改変したnaaRS及びtRNAを恒常的に発現させた大腸菌を、非天然アミノ酸の存在下又は非存在下にて培養し、目的タンパク質の発現量を分析した。なお、実施例1〜9においては、非天然アミノ酸として「3−ヨード−L−チロシン(IY)」を用い、前記naaRSとして、前記アンバー終止コドンに対応して非天然アミノ酸(3−ヨード−L−チロシン(IY))を導入するIYRSを用い、前記tRNAとしてMJR1を用いた。
【0073】
先ず、開始コドンの直後にアンバー終止コドンを1個挿入したEGFP遺伝子と、lacI遺伝子、ラクトースプロモーター及びラクトースオペレーターとを含む発現調節領域とを、フュージョンPCR法により融合させた。そして、この融合遺伝子をpUC由来のプラスミド:pDONR221(Invitrogen社製)に導入し、発現コンストラクトを作製した。なお、EGFP遺伝子の開始コドンの直後へのアンバー終止コドンの挿入は、EGFP遺伝子の開始コドンの直後にアンバー終止コドンが挿入された配列を有するプライマーを設計し、このプライマーを用いた高信頼性PCRによって行った。また、lacI遺伝子、ラクトースプロモーター及びラクトースオペレーターはpUC19よりサブクローニングすることにより調製した。この発現コンストラクトにおいて、EGFP遺伝子は、イソプロピル−β−D(−)−チオガラクトピラノシド(IPTG)の存在下では、その転写が誘導される。一方、ブドウ糖(Glc)の存在下では、その転写は抑制される。
【0074】
次に、前記アンバー終止コドンに対応して非天然アミノ酸(3−ヨード−L−チロシン(IY))を導入する、naaRS(IYRS)及びtRNA(MJR1)はp15a由来のプラスミドpACYC184に挿入した。なお、このプラスミドを大腸菌に導入することにより、大腸菌チロシルtRNAシンテターゼプロモーター及びlppプロモーターの制御下、IYRS及びMJR1を各々大腸菌内にて恒常的に発現させることができる。また、IYは、渡辺化学工業より購入したもの(コード番号:H00103)を使用した。IYRS及びMJR1は、理化学研究所より分譲されたもの(pTYR
MjIYRS2−1(D286)MJR1X3)を使用した。すなわち、IYRSは配列番号:1に記載のアミノ酸配列からなるものを使用した。MJR1は配列番号:2に記載の塩基配列からなるものを使用した(Sakamoto
K.ら、Structure、2009年、17巻、335〜344ページ 参照)。
【0075】
上記の通り調製した2種のプラスミドを、大腸菌BL21−AI(Invitrogen社製)に導入した。そして、形質転換した大腸菌を、1mM
IPTG及び0.1mg/ml IYを含有する培地、1mM IPTGを含有する培地又は0.5%(w/v)Glcを含有する培地にて16時間培養し、波長590nmにおけるEGFP由来の蛍光強度を測定した。さらに、IPTG及びIYを含有する培地における測定値を1とし、他の培地における測定値を換算した。得られた結果を
図2に示す。
【0076】
図2に示す通り、非天然アミノ酸非添加時における目的タンパク質(EGFP)の発現量は、非天然アミノ酸添加時におけるそれの約0.07となり、目的タンパク質の翻訳レベルは大幅に低減することが明らかになった。従って、非天然アミノ酸の培地への添加、非添加によって、該非天然アミノ酸に対応する終止コドンが挿入された遺伝子によってコードされる目的タンパク質の翻訳を、スイッチングできることが明らかになった。
【0077】
(実施例2)
図1に示すモデルにおける、非天然アミノ酸をtRNAに結合させるnaaRSの重要性を検証すべく、前記tRNAを恒常的に発現させ且つ前記naaRSは誘導的に発現させる大腸菌を、前記naaRS発現の誘導条件下又は非誘導条件下にて培養し、目的タンパク質の発現量を分析した。
【0078】
先ず、開始コドンの直後にアンバー終止コドンを1個挿入したEGFP遺伝子と、blaプロモーターとを、フュージョンPCR法により融合させた。そして、この融合遺伝子をpUC由来のプラスミドpDONR221(Invitrogen社製)に導入し、発現コンストラクトを作製した。なお、blaプロモーターはpBR322よりサブクローニングすることにより調製した。また、この発現コンストラクトにおいて、EGFPは転写レベルでは恒常的に発現される。
【0079】
次に、実施例1にて調製したIYRS及びMJR1をコードするプラスミドにおいて、前記大腸菌チロシルtRNAシンテターゼプロモーター(IYRSのプロモーター)を、lacI遺伝子、ラクトースプロモーター及びラクトースオペレーターを含む発現調節領域に、フュージョンPCR法により置換する改変を施した。その結果、IYRSの発現は、IPTGにより誘導され、一方Glcによって抑制されることになる。なお、lacI遺伝子、ラクトースプロモーター及びラクトースオペレーターは、pUC19よりサブクローニングすることにより調製した。また、当該発現調節領域については、Sakamoto
K.ら、Structure、2009年、17巻、335〜344ページ 参照のこと。
【0080】
上記の通り調製した2種のプラスミドを、大腸菌MV1184に導入した。形質転換した大腸菌を、グルコース単独添加した培地で1夜培養し、その後、1mM
IPTG及び0.1mg/ml IYを含有する培地、0.5%(w/v) Glc及び0.1mg/ml IYを含有する培地又は0.5%(w/v) Glcを含有する培地に、培養した大腸菌を1/200容になるよう播種した。そして、24時間培養し、波長590nmにおけるEGFP由来の蛍光強度を測定した。さらに、IPTG及びIYを含有する培地における測定値を1とし、他の培地における測定値を換算した。得られた結果を
図3に示す。
【0081】
図3に示した結果から明らかなように、非天然アミノ酸(IY)存在下、IYRSが発現している場合(IPTG+IY)には、目的タンパク質の強い発現が認められた。一方、IYRSの発現が抑制されている条件下では、非天然アミノ酸存在下でも、目的タンパク質の発現を殆ど検出することができなかった。従って、非天然アミノ酸をtRNAに結合させるnaaRSの発現誘導、発現非誘導によって、目的タンパク質の翻訳をスイッチングできることが明らかになった。
【0082】
(実施例3)
図1に示すモデルにおける、非天然アミノ酸と終止コドンとを対応づけるtRNA(MJR1)の重要性を検証すべく、IYRSを恒常的に発現させ且つMJR1は誘導的に発現させる大腸菌を、MJR1発現の誘導条件下又は非誘導条件下にて培養し、目的タンパク質の発現量を分析した。
【0083】
次に、実施例1にて調製したIYRS及びMJR1をコードするプラスミドにおいて、前記lppプロモーター(MJR1のプロモーター)を、T7プロモーター及びラクトースオペレーターを含む発現調節領域に、フュージョンPCR法により置換する改変を施した。なお、当該発現調節領域は、pDEST42(Invitrogen社製)よりサブクローニングすることにより調製した。
【0084】
また、実施例3において目的タンパク質(EGFP)を発現させるためのプラスミドとして、実施例2に記載の、EGFPを転写レベルにて恒常的に発現させるプラスミドを用いた。
【0085】
上記の通り調製した2種のプラスミドを、大腸菌BL21−AIに導入した。BL21−AIは、L−アラビノースによりT7 RNAポリメラーゼを誘導的に発現し、Glcによって抑制される。その結果、MJR1の発現は、L−アラビノース及びIPTGにより誘導され、一方Glcによって抑制されることになる。
【0086】
形質転換した大腸菌を、0.5%(w/v) Glc単独添加した培地でプラスミドにて1夜培養し、その後、1mM IPTG、0.2%(w/v)L−アラビノース及び0.1mg/ml IYを含有する培地、0.5%(w/v) Glc及び0.1mg/ml
IYを含有する培地又は0.5%(w/v) Glcを含有する培地に、培養した大腸菌を1/200容になるよう播種した。そして、24時間培養し、波長590nmにおけるEGFP由来の蛍光強度を測定した。さらに、IPTG、L−アラビノース及びIYを含有する培地における測定値を1とし、他の培地における測定値を換算した。得られた結果を
図4に示す。
【0087】
図4に示した結果から明らかなように、非天然アミノ酸(IY)の存在下、MJR1が発現している場合(IPTGara+IY)には、目的タンパク質の強い発現が認められた。一方、MJR1の発現が抑制されている条件下では、非天然アミノ酸の存在下でも、目的タンパク質の発現を検出することができなかった。従って、アンバー終止コドン等を認識し且つ非天然アミノ酸に結合し得るtRNAの発現誘導、発現非誘導によって、目的タンパク質の翻訳をスイッチングできることが明らかになった。
【0088】
(実施例4)
開始コドンの直後にアンバー終止コドンを、0個、1個、2個又は3個挿入したEGFP遺伝子と、lacI遺伝子、ラクトースプロモーター及びラクトースオペレーターを含む発現調節領域とを融合させ、pDONR221に導入し、発現コンストラクトを作製した。この発現コンストラクトにおいて、EGFPは、IPTGの存在下では、その発現が誘導される。一方、Glcの存在下では、その発現は抑制される。
【0089】
また、実施例4においてIYRS及びMJR1を発現させるためのプラスミドとして、実施例1に記載の、IYRS及びMJR1を恒常的に発現させるプラスミドを用いた。
【0090】
上記の通り調製した2種のプラスミドを、大腸菌BL21−AIに導入した。形質転換した大腸菌を、EGFPの発現を転写レベル及び翻訳レベルにて誘導する条件(1mM
IPTG及び0.1 mg/ml IY)又はIY非添加によってEGFPの発現を翻訳レベルにて抑制する条件(1mM IPTGのみ)にて、16時間培養し、EGFP由来の蛍光強度を測定した。EGFPの発現を転写レベル及び翻訳レベルにて誘導する条件における結果を
図5に示す。また、翻訳レベルにて抑制する条件下における測定値については、それぞれの転写レベル及び翻訳レベルにて誘導する条件における測定値を1として相対値に換算した。この換算した結果をを
図6に示す。
【0091】
図5に示す通り、目的タンパク質の発現を転写レベルにて誘導する条件下では、目的タンパク質の発現量はアンバー終止コドンの重ね数が多くなるほど減少することが明らかになった。また、図には示さないが、翻訳レベルにて抑制する条件下においても、目的タンパク質の発現量はアンバー終止コドンの重ね数が多くなるほど減少した。そして、その減少の度合いは、転写レベルにて誘導する条件下における減少より大きかった。さらに、
図6に示した結果から明らかなように、転写レベルにて誘導する条件下に対する、翻訳レベルにて抑制する条件下における目的タンパク質発現量の相対値は、アンバー終止コドンの重ね数に伴って減少した。従って、アンバー終止コドンの多重化によって、目的タンパク質の発現をより厳密に制御できることが明らかになった。
【0092】
以上の通り、実施例1〜4の結果から、
図1に示したタンパク質の発現制御系は有効であることが明らかになった。すなわち、天然アミノ酸に対応しないコドンがインフレームにて挿入されている前記タンパク質をコードする核酸を含有する細胞を、下記(I)〜(III)からなる群から選択される少なくとも一の培養条件で培養することによって、当該細胞においてタンパク質の発現を抑制できることが明らかになった
(I) 非天然アミノ酸を含有しない培地における、前記細胞の培養
(II) 前記細胞内にて、前記コドンを認識し且つ前記非天然アミノ酸に結合し得るtRNAを存在させることなく培養
(III) 前記細胞内にて、前記非天然アミノ酸と前記tRNAとの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼを存在させることなく培養。
【0093】
また、前記(I)〜(III)の培養条件を解除することにより、かかる培養条件によって抑制されていたタンパク質の発現は誘導されることも明らかになった。
【0094】
(実施例5)
本発明の方法が、強毒性タンパク質を保持するプラスミドを構築することに適しているかどうか、以下に示す方法にて評価した。
【0095】
無毒のタンパク質lacZα又は強毒性タンパク質colE3の酵素ドメイン(colE3e)をコードする遺伝子の開始コドン直後に、アンバー終止コドンを0〜3個挿入した発現コンストラクトの構築を、Invitrogen社のGatewayシステムを用いて行った。
【0096】
すなわち、Gatewayの基本手順に従い、先ずプロモーターのないエントリーベクター(pDONR221)に、目的遺伝子(アンバー終止コドンが開始コドン直後に0〜3個挿入されたlacZα遺伝子又はcolE3e遺伝子)をクローニングした。また、これらプラスミドのインサートを、lacI遺伝子、T7プロモーター及びラクトースオペレーターを含む発現調節領域をもつ発現ベクター(pDEST42)に各々導入し、発現コンストラクトを調製した。
【0097】
そして、かかる発現コンストラクト(前記目的遺伝子が挿入された、pDONR221及びpDEST42)の調製において、目的の発現コンストラクトを保持する大腸菌が得られるかどうかを解析した。発現コンストラクトの調製には、アンバー抑制能がなく、かつT7 RNAポリメラーゼを持たない大腸菌(MV1184株)を用いた。なお、「アンバー抑制能」とは、tRNAの変異により、アンバー終止コドンにチロシンやグルタミン酸等のアミノ酸を導入して翻訳を続行させる能力を意味する。また、大腸菌の培養は20%寒天を添加して調製した固形培地にて行った。さらに、pDEST42を導入した大腸菌を培養する際には、培地にはカナマイシンの代わりにカルベニシリンを100μg/mlにて添加した(pDEST42を導入した大腸菌の培養については、後述の実施例6及び7においても同じ)。得られた結果を表1に示す。表1に記載の「S」は発現コンストラクトを得ることができたことを意味し、「F」は発現コンストラクトを得ることができなかったことを意味し、「N.T.」は発現コンストラクトの調製を行っていないことを示す。
【0098】
【表1】
【0099】
表1に示す通り、無毒のタンパク質であるlacZαは、アンバー終止コドンの挿入の有無にかかわらず、発現コンストラクトを得ることが出来た。一方、強毒性タンパク質であるcolE3eは、アンバー終止コドンが挿入されていない場合には、プロモーターのないpDONR221でさえ、かかる発現コンストラクトを得ることが出来なかった。プラスミドの組換え部位の塩基配列に微弱なプロモーター活性があり、それに起因するcolE3eのわずかな発現によって宿主である大腸菌が死滅したことが推測される。しかし、アンバー終止コドンを1〜3個挿入した場合には、colE3eをコードするプラスミドを得ることが出来た。
【0100】
従って、本発明の方法において、アンバー終止コドンを毒性タンパク質をコードする遺伝子内に挿入することにより、当該タンパク質をコードする発現コンストラクトの構築が可能となることが明らかになった。
【0101】
(実施例6)
本発明の方法によって、強毒性タンパク質をコードする発現コンストラクトを導入した宿主細胞を作製できるかどうかを、以下に示す方法にて評価した。
【0102】
開始コドンの直後にアンバー終止コドン1個が挿入されたcolE3e遺伝子を有するpDEST42を調製した。また、対照として、開始コドンの直後にアンバー終止コドン1個が挿入されたlacZαを有するpDEST42も調製した。
【0103】
また、実施例6においてIYRS及びMJR1を発現させるためのプラスミドとして、実施例1に記載のIYRS及びMJR1を恒常的に発現させるプラスミド、実施例2に記載のMJR1を恒常的に発現させ且つIYRSを誘導的に発現させるためのプラスミド、又は、実施例3に記載のIYRSを恒常的に発現させ且つMJR1を誘導的に発現させるためのプラスミドを用いた。
【0104】
上記の通り調製した、colE3e又はlacZαをコードするプラスミドと、IYRS及びMJR1をコードするプラスミドとを、エレクトロポレーション法でBL21−AIに導入した。そして、これらプラスミドを導入した大腸菌を表2に示す条件にて培養した。なお、いずれの条件においても、L−アラビノース及びIPTGを添加せず、Glcを添加することによって、colE3eの転写レベルでの発現は強く抑制されている。
【0105】
【表2】
【0106】
そして、colE3eが導入された大腸菌のコロニー数を、LacZαが導入された大腸菌のコロニー数を1として標準化した、得られた結果を
図7に示す。
【0107】
図7に示す通り、アンバー終止コドンにIYを導入するIYRS及びMJR1を恒常的に発現させ、かつIYを培地に加えることにより、colE3eの翻訳に必要な要素を全て揃えた場合、colE3eの転写レベルでの発現は強く抑制されているにも関わらず、コロニーはほとんど生じなかった(図中「1」の結果を参照)。また、IYを培地から除いても、コロニーはほとんど生じなかった(図中「2」の結果を参照)。しかし、IYRSの発現を誘導しなかった場合にはコロニーの形成が認められ(図中「3」の結果を参照)、また、MJR1の発現を誘導しなかった場合には、無毒性タンパク質を導入した大腸菌同様に、顕著なコロニーの形成、すなわち大腸菌の顕著に高い生存率が認められた(図中「4」の結果を参照)。
【0108】
(実施例7)
本発明の方法によって、強毒性タンパク質をコードする発現コンストラクトを保持する宿主細胞を維持できるかどうかを、以下に示す方法にて評価した。
【0109】
実施例6において得られた、colE3e発現コンストラクトを保持する組換え大腸菌を、滅菌生理食塩水で波長590nmにおける光学密度が0.3になるよう調製し、さらに6000倍に希釈した。また、実施例6に記載の方法と同様の方法にて、開始コドンの直後にアンバー終止コドン2個又は3個が挿入されたcolE3e遺伝子又はアンバー終止コドンが1個挿入されたlacZα遺伝子を保持する組換え大腸菌を作製し、これら大腸菌について前記同様に希釈液を調製した。
【0110】
そして、これら希釈液を新たな固形培地上に播種し、表3及び4に示す条件にて培養し、生じたコロニーを数えた。コロニー数は、同アンバー終止コドン挿入数かつ同組成培地におけるLacZαコロニー数に対して標準化した値を算出した。得られた結果を
図8〜10に示す。
【0111】
【表3】
【0112】
【表4】
【0113】
なお、表3及び4において「転写レベルの発現」とはcolE3eの発現が転写レベルにて誘導されているか否かを示すものである。
【0114】
図8〜10に示した結果から明らかなように、転写レベルで翻訳レベルでもcolE3eの発現が抑制されていない場合には、大腸菌は全て死滅し、コロニーは生じなかった(図中「1」〜「3」参照)。また、転写レベルにて発現が抑制され、翻訳レベルでは発現が抑制されていない際には、アンバー終止コドンを3重に挿入した場合のみ少数のコロニーが生じたが、それ以下のアンバー挿入数では全て死滅した(図中「4」参照)。さらに、転写レベルでの発現抑制に加え、IY、IYRS及びMJR1の中の少なくとも1つの要素を欠落させることにより、翻訳レベルでの発現を抑制した際には、アンバー終止コドンを2重又は3重に挿入した場合において、lacZα遺伝子を保持する大腸菌と同等又はそれ以上のコロニー数が得ることができた(
図9及び10の「5」〜「9」参照)。また、アンバー終止コドンを1個挿入した場合においては、MJR1を発現させないことによって、lacZα遺伝子を保持する大腸菌と同等又はそれ以上のコロニー数が得ることができた(
図8の「8」及び「9」参照)。
【0115】
従って、実施例6に記載の結果も考慮するに、本発明の方法においては、下記3条件の内、特に(I)及び(II)の培養条件を組み合わせることによって、タンパク質の発現をより強く抑制できることが明らかになった(
図7の「4」及び
図8の「8」及び「9」参照)。
(I) 非天然アミノ酸を含有しない培地における細胞の培養
(II) 細胞内にて、アンバー終止コドン等を認識し且つ前記非天然アミノ酸に結合し得るtRNAを存在させることなく培養
(III) 細胞内にて、前記非天然アミノ酸と前記tRNAとの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼを存在させることなく培養。
【0116】
(実施例8)
実施例2に記載の発現コンストラクトを保持する大腸菌を
1mM IPTG及び0.1%(w/v)IYを添加した培地、
1mM IPTG、0.1%(w/v)IY及び0.5%Glcを添加した培地、
1mM IPTG及び0.5%(w/v)Glcを添加した培地又は
0.5%(w/v)Glcを添加した培地にて培養し、実施例2に記載と同様の方法にて評価した。得られた結果を
図11に示す。
【0117】
図11に示した結果から明らかなように、IY存在下で、IYRSの発現誘導時(IPTG添加)に0.5%(w/v)Glcを加えることにより、カタボライト抑制を生じさせ、IYRSの発現を弱く抑制した結果(GlcIPTG+IY)、IYRSの発現を最大に誘導した時(IPTG+IY)に比べて、EGFPの発現量は約25%に低減した。さらに、IYRSの低発現による弱い翻訳抑制状態において、IYを除くと、翻訳効率は約3%に減少した(GlcIPTG)。
【0118】
従って、非天然アミノ酸とtRNAとの結合を特異的に触媒するnaaRS(IYRS)の誘導、非誘導による翻訳のスイッチングは、非天然アミノ酸の添加、非添加による翻訳のスイッチングと併用することにより、目的タンパク質の発現制御の厳密性を相乗的に高めることができることが明らかになった。
【0119】
(実施例9)
実施例3に記載の発現コンストラクトを保持する大腸菌を
1mM IPTG、0.2%(w/v)L−アラビノース及び0.1mg/ml(w/v)IYを添加した培地、
1mMIPTG及び0.1mg/ml(w/v)IYを添加した培地、
1mMIPTGを添加した培地、
0.2%(w/v)L−アラビノース及び0.1mg/ml(w/v)IYを添加した培地、
0.2%(w/v)L−アラビノースを添加した培地又は
0.5%Glcを添加した培地にて培養し、実施例3に記載と同様の方法にて評価した。得られた結果を
図12に示す。
【0120】
図12に示した結果から明らかなように、IY存在下で、MJR1の最大誘導に必要なIPTG及びL−アラビノースのうちの一方を除くことにより、MJR1の発現を弱くした結果、最大誘導した時(IPTGara+IY)に比べて、IPTGのみ(IPTG+IY)では約39%、L−アラビノースのみ(ara+IY)では約69%に、EGFPの翻訳効率が低減した。さらに、MJR1の低発現による弱い翻訳抑制状態において、IYを除くと、翻訳効率は、各々約16%(IPTG)及び32%(ara)に減少した。
【0121】
従って、非天然アミノ酸に結合し得るtRNA(MJR1)の誘導、非誘導による翻訳のスイッチングは、非天然アミノ酸の添加、非添加による翻訳のスイッチングと併用することにより、目的タンパク質の発現制御の厳密性を相乗的に高めることができることが明らかになった。