(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6125780
(24)【登録日】2017年4月14日
(45)【発行日】2017年5月10日
(54)【発明の名称】ショットピーニングによる表面改質方法
(51)【国際特許分類】
B24C 1/10 20060101AFI20170424BHJP
【FI】
B24C1/10 E
B24C1/10 G
【請求項の数】2
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2012-200095(P2012-200095)
(22)【出願日】2012年9月12日
(65)【公開番号】特開2014-54687(P2014-54687A)
(43)【公開日】2014年3月27日
【審査請求日】2015年8月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100074790
【弁理士】
【氏名又は名称】椎名 彊
(72)【発明者】
【氏名】澤田 俊之
【審査官】
須中 栄治
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−131912(JP,A)
【文献】
特開2012−139790(JP,A)
【文献】
特開平10−029160(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B24C1/00−11/00
C22C38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼に真空浸炭焼入れ処理またはガス浸炭焼入れ処理(浸炭窒化処理を除く)後に機械加工により粒界酸化層を除去した状態での表面の硬さを790HV以上とし、該浸炭処理材に、投射材の硬さが浸炭処理材の表面の硬さの1.37倍以上の硬さで、かつ1050〜1600HVの範囲内で、投射材の密度が7.0〜8.5Mg/m3である投射材を用いてショットピーニングすることを特徴とするショットピーニングによる表面改質方法。
【請求項2】
前記投射材の平均粒径が0.01〜0.50mmの範囲内の投射材を用いて、該投射材を投射する際のエア圧を0.1〜0.8MPaの範囲内として前記浸炭処理材に投射することを特徴とする請求項1に記載したショットピーニングによる表面改質方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ショットピーニングによる表面改質方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ショットピーニングは被処理材に投射材(または、「ショット」、「ショット材」、「メディア」、「研磨材」などとも呼ばれる)と呼ばれる粒子を投射し、被処理材に圧縮残留応力を付与するとともに表面硬さを上昇させ、疲労強度を改善できる有効な表面処理方法であり、ばねやギア等の自動車部品、あるいは金型材などにも適用されている。また、浸炭焼入れ処理を行なった材料をショットピーニングの被処理材として用いるなど、被処理材の高硬度化が進んでおり、これら部材への投射材にも高硬度化が求められている。
【0003】
ここで、浸炭処理材などの表面硬度の高い被処理材に対し、低硬度な投射材を用いたショットピーニングでは高い圧縮残留応力が得られない。また、自動車部品等の更なる軽量化要求に伴い、ますます高硬度な被処理材をショットピーニングする必要があるため、さらに高硬度を有する投射材が求められている。しかし、熱処理、39(1999)5,浜坂直治著,第264〜270頁(非特許文献1)などに記載しているように、得られる最大圧縮残留応力は投射材の硬さがある値を超えると飽和するのが一般的である。
【0004】
一方、被処理材の表面粗さを過度に大きくしないこともショットピーニングにおける重要な因子である。すなわち、被処理材表面に鋭い窪みなどがあると、切り欠き効果となり部品として用いると早期破損を起こす可能性がある。しかしながら、定性的には高硬度投射材を用いると被処理材の表面粗さが増大する傾向がある。このように従来は、投射材硬さが高すぎると得られる最大圧縮残留応力が飽和し、被処理材の表面粗さが増大するため、特開2009−131912(特許文献1)に記載されているように、用いる投射材の硬さの上限を設けることが一般的であった。
【0005】
また、投射材の粒径は主に圧縮残留応力の最大値が得られる深さに影響する因子であり、被処理材の表面から深い位置に最大圧縮残留応力を必要とする場合には、大粒径の投射材を用いる。これは、部品の設計上、破壊起点が発生する位置などに最大圧縮残留応力の位置を合わせるなどし、より効果的な強度アップを狙うことが意図されている。なお、この場合、大粒径の投射材を用いると被処理材の表面粗さを上げてしまうが、現状ではこの副作用を犠牲にして用いられることが一般的である。
【特許文献1】特開2009−131912
【非特許文献1】熱処理、39(1999)5,浜坂直治著,第264〜270頁
【非特許文献2】日本金属学会誌、73(2009)5,澤田俊之,柳谷彰彦著,第401〜406頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した非特許文献1や特許文献1に開示されているように、従来は、投射材硬さが高すぎると得られる最大圧縮残留応力が飽和し、被処理材の表面粗さが増大するために用いる投射材の硬さの上限を設けることが一般的に行われていた。また、被処理材の表面から深い位置に最大圧縮残留応力を必要とする場合には、大粒径の投射材を用いる。しかし、大粒径の投射材を用いると被処理材の表面粗さを上げてしまうが、現状ではこの副作用を犠牲にして用いられることが一般的であった。このように、従来、一般に行われてきた方法にはそれぞれの課題を有しているのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述したように、現状行われて来たそれぞれの課題を解決するために、発明者は鋭意開発を進めた結果、鋼に真空浸炭焼入れ処理またはガス浸炭焼入れ処理(浸炭窒化処理を除く)後に機械加工により粒界酸化層を除去した状態での表面の硬さを790HV以上とした浸炭処理材の硬さが浸炭処理材の表面の硬さの
1.37倍以上の硬さで、かつ
1050〜1600HVの範囲内で、投射材の密度が7.0〜8.5Mg/m
3 である投射材を用いてショットピーニングすることで、被処理材に1700MPa以上の圧縮残留応力と1200HV以上の表面硬さを得ることを可能とした上記浸炭処理材の表面改質方法を提供することにある。この本発明の最も重要な特徴は、得られる最大圧縮残留応力が飽和した後も、投射材硬さの上昇にともない被処理材表面の硬さが飽和することなく上昇することを見出したことにある。
【0008】
なお、上記現象については、TEM観察の結果、浸炭によるC拡散後の焼入焼戻しによるマルテンサイト組織におけるショットピーニング面にナノ結晶層が生成し、この結晶粒径が投射材硬さの上昇に伴ない単調に減少し、粒界強化と考えられる高硬度化を引き起こすためであると考えられた。
【0009】
また、ショットピーニングによる被処理材表面のナノ結晶粒化は、投射材との衝突により被処理材表面が大きく塑性変形し、歪が蓄積されることにより発現すると考えられる。したがって、浸炭材のように790HVを超えるような高硬度な表面を有する被処理材の場合、一般に用いられる鋳鋼製の投射材(800HV程度)を用いても、十分な歪が蓄積されず、ナノ結晶粒化が不十分であり、1000HVを超えるような高硬度投射材を用いることで、より微細なナノ結晶粒層が得られ、表面硬さも大きく上昇できることを見出した点にある。
【0010】
このように、これまでに使用する投射材硬さと生成するナノ結晶粒径が系統的に評価された例はなく、また、ナノ結晶粒径が被処理材表面の硬さを直接上昇させるような系統的な報告例も見られない。以上のような知見に基づいて発明を完成するに至った。
以下、その発明の要旨とするところは、
(1)鋼に真空浸炭焼入れ処理またはガス浸炭焼入れ処理(浸炭窒化処理を除く)後に機械加工により粒界酸化層を除去した状態での表面硬さを790HV以上とし、該浸炭被処理材に、投射材の硬さが浸炭被処理材の表面の硬さの
1.37倍以上の硬さで、かつ
1050〜1600HVの範囲内で、投射材の密度が7.0〜8.5Mg/m
3である投射材を用いてショットピーニングすることを特徴とするショットピーニングによる表面改質方法。
【0011】
(2)前記投射材の平均粒径が0.01〜0.50mmの範囲内の投射材を用いて、該投射材を投射する際のエア圧0.1〜0.8MPaの範囲内として前記浸炭被処理材に投射することを特徴とする前記(1)に記載したショットピーニングによる表面改質方法にある。
【発明の効果】
【0012】
以上述べたように、本発明によるショットピーニングにより、被処理材に1700MPa以上の圧縮残留応力と1200HV以上の表面硬さの浸炭材が得られる極めて優れた効果を奏するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明に係る表面硬さ、処理条件についての限定した理由を述べる。
鋼に浸炭焼入れ処理を施し表面の硬さ790HV以上とした処理材
被処理材の表面硬さを790HV以上とした理由は、790HV未満でも、本発明で狙うナノ結晶粒化およびこれにともなう表面硬さの上昇は見られる。しかしながら、790HV未満の被処理材を用いた場合、同等の表面硬さを得ようとすると、790HV以上の処理材を用いた場合より表面粗さが過度に大きくなってしまう。また、工業的によく用いられるガス浸炭材では、最表面部に粒界酸化層が生成し、790HV以上の表面硬さを得ることは困難であることから、真空浸炭材もしくはガス浸炭材の表面を研磨し、粒界酸化層を除去する必要がある。これらの理由から表面硬さを790HVとした。なお、好ましくは800HV以上、より好ましくは810HV以上である。
【0014】
1050〜1600HVの範囲内で、かつ被処理材表面の
1.37倍以上の硬さ
1050〜1600HVの範囲で、かつ被処理材表面の
1.37倍以上の硬さに限定した理由は、
1050HV未満の硬さの投射材では被処理材に1700MPa以上の圧縮残留応力と1200HV以上の表面硬さを得ることが出来ず、また、1600HVを超える投射材は現在のところ工業的に実現が困難であることから、
1050〜1600HVとした。なお、好ましくは1050〜1550HV、より好ましくは1100HV〜1400HVである。一方、被処理材表面の硬さの
1.37倍未満の投射材を用いると1700MPa以上の圧縮残留応力が得られないことから、被処理材表面の
1.37倍以上の硬さに限定した
。
【0015】
7.0〜8.5Mg/m
3の密度
また、7.0〜8.5Mg/m
3の密度の投射材とした理由は、7.0Mg/m
3未満の投射材では1700MPa以上の最大圧縮残留応力および1200HV以上の被処理材表面硬さが得られない。また、8.5Mg/m
3を超える投射材では1700MPa以上の圧縮残留応力が得られない。なお、8.5Mg/m
3を超える密度の投射材は実質超硬(WC)系であるが、密度が高すぎ、投射速度が小さくなり、大きな圧縮残留応力が得られないものと推測される。これらのことから7.0〜8.5Mg/m
3とした。なお、好ましくは7.1〜8.2Mg/m
3、より好ましくは7.1〜8.1Mg/m
3である。
【0016】
投射材の平均粒径を0.01〜0.50mm、投射材をエア圧0.1〜0.8MPa
投射材の平均粒径を0.01〜0.50mmのものを用い、またその投射材をエア圧0.1〜0.8MPaで被処理材に投射した理由は、投射材の平均粒径が0.01mm未満の場合、工業的に製造するのが容易でないことから下限を0.01mmとした。一方、平均粒径が0.50mm超の場合は、最大圧縮残留応力が深くなりすぎ、疲労強度向上に有効な圧縮残留応力分布が得られないことから、平均粒径を0.01〜0.50mmとした。なお、好ましくは、0.02〜0.45mm、より好ましくは、0.03〜0.40mmである。
【0017】
また、エア圧0.1〜0.8MPaとした理由は、エア圧0.1MPa未満の場合、ピーニング強度が低下し、1700MPa以上の圧縮残留応力を付与することが出来ない。また、0.8MPaを超える場合は、工業的なショットピーニング処理装置ではコスト的に高くなることから、その範囲を0.1〜0.8MPaとした。なお、好ましくは、0.15〜0.7MPa、より好ましくは、0.2〜0.6MPaである。
【実施例】
【0018】
以下、本発明について実施例によって具体的に説明する。
表1に示すように、被処理材にはJIS規格に規定されている鋼種SCM822、SCM420を使用した。浸炭処理は930℃での一般的な真空およびガス浸炭とした。また、表面のC濃度は0.7〜0.8質量%である。なお、一部の実施例ではガス浸炭後、機械研磨により粒界酸化層を除去したものも評価した。研磨厚さは10μmとした。浸炭処理後、850℃からの油冷による焼入れ、その後、160℃で焼戻しを行ったものを用いた。形状は直径55mm、厚さ5mmの円盤形状とし、直径55mmの平面部にショットピーニングした。投射材は市販の投射材を用いた。なお、FeB系投射材は、日本金属学会誌、73(2009)5,澤田俊之,柳谷彰彦著,第401〜406頁(非特許文献2)などに記されているFe系硬質硼化物を利用した高硬度投射材を用いた。
【0019】
また、ショットピーニング条件としては、エアタイプ吸引式の投射装置を用いた。エア圧は表1に示す。なお、投射時間は10秒とした。その結果の評価としては、表面粗さはショットピーニングした面について接触式の粗さ計を用いて測定した算術平均(Ra)で評価した。最大圧縮残留応力はX線法で評価し、ショットピーニングした面から50μmまで電解研磨で表層を除去しながら測定し、その最大値で評価した。被処理材表面硬さはショットピーニングした面において荷重0.98Nで測定した5点平均で評価した。
【0020】
【表1】
表1に示す、No.1〜
13は本発明例であり、No.
14〜19は比較例である。
【0021】
表1に示すように、比較例No.
14は、被処理材がガス浸炭材であり、表面酸化層の影響により表面硬さが750HVと低い。そのため、1700MPa以上の圧縮残留応力と1200HV以上の被処理材表面硬さは得られているものの、同じ投射材粒度、投射エア圧で被処理材表面硬さ1200〜1250HVが得られている本発明例であるNo.1〜
3およびNo.
8〜10と比較し、表面粗さの値が大きくなってしまっている。
【0022】
比較例No.
15は投射材硬さが低いために、被処理材表面硬さが1200HV未満で最大圧縮残留応力も1700MPa未満である。比較例No.
16は投射材密度が低いため最大圧縮残留応力が1700MPa未満で被処理材硬さも1200HV未満であり、比較例No.
17は投射材密度が高いため最大圧縮残留応力が1700MPa未満である。比較例No.
18は投射材硬さ/被処理材表面硬さの比が小さいため、最大圧縮残留応力が1700MPa未満である。比較例No.
19は投射材硬さが低いために、最大圧縮残留応力が1700MPa未満で被処理材表面硬さも1200HV未満である。
【0023】
これに対し、本発明例No.1〜
13はいずれも1700MPa以上の最大圧縮残留応力と1200HV以上の被処理材表面硬さが得られている。なお、本発明例No.
6、7および
13については、被処理材表面の粗さが増大しているが、これは投射材の粒径が大きいためであり、最大圧縮残留応力が得られる位置を、他の粒径より深くすることを狙ったものである。すなわち、本発明例No.
6、7および
13以外の本発明例は表面から15μmより浅い部位に最大圧縮残留応力が得られたが、No.
6は25μm、No.
7は30μm、No.
13は40μmの部位に圧縮残留応力の最大値が得られた。また、FeB系投射材を用い、同じ平均粒径と同じ投射エア圧でショットピーニングした。No.
2〜4は、最大圧縮残留応力は1850MPaで飽和しているにもかかわらず、被処理材表面の硬さは、投射材硬さとともに飽和することなく上昇していることがわかる。
【0024】
以上のように、本発明による790HV以上の表面硬さの被処理材に、1000HV以上で被処理材表面より1.
37倍以上の硬さの投射材をショットピーニングすることで、被処理材に1700MPa以上の圧縮残留応力と1200HV以上の表面硬さを与えることができる極めて工業的に優れたものである。