(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記溶接用ノズルは、前記溶接用ノズルの外部から前記溶接用ノズルの内部へと通じ、前記溶接用ノズルの内部を流通する前記不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気が流通する雰囲気導入孔部を有し、
前記酸素導入工程では、前記雰囲気導入孔部に、前記溶接用ノズルの内部を流通する前記不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気を流通させつつ、前記溶融池に雰囲気中の酸素を導入する、請求項1に記載の溶接方法。
前記酸素導入工程では、前記溶融池の中の酸素量が70〜300ppmとなるように前記溶融池に雰囲気中の酸素を導入する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の溶接方法。
筒状の溶接用ノズルの内部から金属材の表面に不活性ガスを供給し、前記溶接用ノズルにより前記不活性ガスを供給されている前記金属材の表面を加熱する溶接で用いられる溶接用ノズルであって、
内部に前記不活性ガスが流通するノズル内筒と、
前記ノズル内筒の側面を囲繞しつつ前記ノズル内筒との隙間に前記ノズル内筒を流通する前記不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気が流通するノズル外筒と、
前記ノズル内筒と前記ノズル外筒との隙間の大きさを調整自在なギャップ可変ユニットと、
を備え、
前記隙間の大きさは1mmより大きく、5mm以下であり、
前記ノズル内筒と前記ノズル外筒との隙間に、前記ノズル内筒を流通する前記不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気が流通することにより、前記加熱により前記金属材の表面に生じた溶融池に雰囲気中の酸素が導入され、
前記ギャップ可変ユニットにより前記ノズル内筒と前記ノズル外筒との隙間の大きさが調整されることにより、前記ノズル内筒と前記ノズル外筒との隙間を流通する雰囲気の量が制御され、前記溶融池に導入される酸素の量が制御される、溶接用ノズル。
筒状の溶接用ノズルの内部から金属材の表面に不活性ガスを供給し、前記溶接用ノズルにより前記不活性ガスを供給されている前記金属材の表面を加熱する溶接で用いられる溶接用ノズルであって、
前記溶接用ノズルの外部から前記溶接用ノズルの内部へと通じ、前記溶接用ノズルの内部を流通する前記不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気が流通する雰囲気導入孔部を備え、
前記雰囲気導入孔部に、前記溶接用ノズルの内部を流通する前記不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気が流通することにより、前記加熱により前記金属材の表面に生じた溶融池に雰囲気中の酸素が導入される、溶接用ノズル。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記技術では、ArガスとO
2ガスとの二系統のガス供給系統と、二系統のガス供給系統に対応した特製の溶接トーチとが必要となる。そのため、ガス供給系統や溶接トーチが複雑かつ高価なものとなる欠点がある。また、二系統のガス供給系統が必要なため、溶接のためのガスが高価となる欠点がある。
【0005】
本発明の一実施形態は上記課題に鑑みてなされたものであり、より簡単な手法で溶融池に酸素を導入して、溶融池の溶込み深さをより深くし、溶接効率を高めることが可能なアーク溶接方法、アーク溶接用ノズル及びアーク溶接装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一実施形態は、筒状の溶接用ノズルの内部から金属材の表面に不活性ガスを供給する不活性ガス供給工程と、不活性ガス供給工程で溶接用ノズルにより不活性ガスを供給されている金属材の表面を加熱する加熱工程と、加熱工程によって金属材の表面に生じた溶融池に、不活性ガス供給工程での不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気中の酸素を導入する酸素導入工程とを含む溶接方法である。
【0007】
この構成によれば、筒状の溶接用ノズルの内部から金属材の表面に不活性ガスが供給され、溶接用ノズルにより不活性ガスを供給されている金属材の表面が加熱される溶接方法において、金属材の表面に生じた溶融池に、不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気中の酸素が導入される。これにより、二重シールドTIG溶接のように別途の酸素の供給源を用意しなくとも、溶融池に酸素を導入して、溶融池の溶込み深さをより深くし、溶接効率を高めることができる。
【0008】
この場合、溶接用ノズルは、内部を不活性ガスが流通するノズル内筒と、ノズル内筒の側面を囲繞しつつノズル内筒との隙間にノズル内筒を流通する不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気が流通するノズル外筒とを有し、不活性ガス供給工程では、ノズル内筒の内部から金属材に不活性ガスを供給し、酸素導入工程では、ノズル内筒とノズル外筒との隙間に、ノズル内筒を流通する不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気を流通させつつ、溶融池に雰囲気中の酸素を導入することができる。
【0009】
この構成によれば、溶接用ノズルは、内部を不活性ガスが流通するノズル内筒と、ノズル内筒の側面を囲繞しつつノズル内筒との隙間にノズル内筒を流通する不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気が流通するノズル外筒とを有する。また、ノズル内筒の内部から金属材に不活性ガスが供給され、ノズル内筒とノズル外筒との隙間に、ノズル内筒を流通する不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気が流通させられつつ、溶融池に雰囲気中の酸素が導入される。このため、ノズル内筒とノズル外筒と有する簡単な構造の溶接用ノズルのみで溶融池に酸素を導入することができる。
【0010】
この場合、溶接用ノズルは、ノズル内筒とノズル外筒との隙間の大きさを調整自在なギャップ可変ユニットを有し、酸素導入工程では、ギャップ可変ユニットによりノズル内筒とノズル外筒との隙間の大きさを調整することにより、ノズル内筒とノズル外筒との隙間を流通する雰囲気の量を制御し、溶融池に導入する酸素の量を制御することができる。
【0011】
溶融池を理想的な状態にするために導入すべき酸素の量は溶接の状況によって異なる。しかし、この構成では、溶接用ノズルは、ノズル内筒とノズル外筒との隙間の大きさを調整自在なギャップ可変ユニットを有し、ギャップ可変ユニットによりノズル内筒とノズル外筒との隙間の大きさを調整することにより、ノズル内筒とノズル外筒との隙間を流通する雰囲気の量が制御され、溶融池に導入する酸素の量が制御される。このため、溶接の様々な状況に対応して溶融池に導入する酸素の量を制御することができる。
【0012】
また、ノズル内筒とノズル外筒との隙間の大きさは1mmより大きく、5mm以下であるものとできる。
【0013】
このようにノズル内筒とノズル外筒との隙間の大きさは1mmより大きくすることにより、ノズル内筒とノズル外筒との隙間を流通する雰囲気が逆流することを防止することができる。また、ノズル内筒とノズル外筒との隙間の大きさは5mm以下とすることにより、十分な量の雰囲気を流通させることができる。
【0014】
また、溶接用ノズルは、溶接用ノズルの外部から溶接用ノズルの内部へと通じ、溶接用ノズルの内部を流通する不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気が流通する雰囲気導入孔部を有し、酸素導入工程では、雰囲気導入孔部に、溶接用ノズルの内部を流通する不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気を流通させつつ、溶融池に雰囲気中の酸素を導入することができる。
【0015】
この構成によれば、溶接用ノズルは、溶接用ノズルの外部から溶接用ノズルの内部へと通じ、溶接用ノズルの内部を流通する不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気が流通する雰囲気導入孔部を有し、雰囲気導入孔部に、溶接用ノズルの内部を流通する不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気が流通させられつつ、溶融池に雰囲気中の酸素が導入される。このため、雰囲気導入孔部を有する簡単な構造の溶接用ノズルのみで溶融池に酸素を導入することができる。
【0016】
この場合、溶接用ノズルは、雰囲気導入孔部の大きさを調整自在な導入孔可変ユニットを有し、酸素導入工程では、導入孔可変ユニットにより雰囲気導入孔部の大きさを調整することにより、雰囲気導入孔部を流通する雰囲気の量を制御し、溶融池に導入する酸素の量を制御することができる。
【0017】
溶融池を理想的な状態にするために導入すべき酸素の量は溶接の状況によって異なる。しかし、この構成では、溶接用ノズルは、雰囲気導入孔部の大きさを調整自在な導入孔可変ユニットを有し、導入孔可変ユニットにより雰囲気導入孔部の大きさを調整することにより、雰囲気導入孔部を流通する雰囲気の量が制御され、溶融池に導入する酸素の量が制御される。このため、溶接の様々な状況に対応して溶融池に導入する酸素の量を制御することができる。
【0018】
また、本発明の一実施形態は、筒状の溶接用ノズルの内部から金属材の表面に不活性ガスを供給し、溶接用ノズルにより不活性ガスを供給されている金属材の表面を加熱する溶接で用いられる溶接用ノズルであって、内部に不活性ガスが流通するノズル内筒と、ノズル内筒の側面を囲繞しつつノズル内筒との隙間にノズル内筒を流通する不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気が流通するノズル外筒とを備え、ノズル内筒とノズル外筒との隙間に、ノズル内筒を流通する不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気が流通することにより、加熱により金属材の表面に生じた溶融池に雰囲気中の酸素が導入される溶接用ノズルである。
【0019】
この場合、ノズル内筒とノズル外筒との隙間の大きさを調整自在なギャップ可変ユニットを備え、ギャップ可変ユニットによりノズル内筒とノズル外筒との隙間の大きさが調整されることにより、ノズル内筒とノズル外筒との隙間を流通する雰囲気の量が制御され、溶融池に導入される酸素の量が制御されることができる。
【0020】
また、酸素導入工程では、溶融池の中の酸素量が70〜300ppmとなるように溶融池に雰囲気中の酸素を導入することができる。
【0021】
酸素導入工程では、溶融池の中の酸素量が70〜300ppmとなるように溶融池に雰囲気中の酸素を導入することにより、より確実に溶融池の溶込み深さを深くすることができる。
【0022】
また、不活性ガス供給工程では、不活性ガスの流量を1〜9LMとして不活性ガスを供給することができる。
【0023】
不活性ガス供給工程では、不活性ガスの流量を1〜9LMとして不活性ガスを供給することにより、より確実に溶融池の溶込み深さを深くすることができる。
【0024】
また、本発明の一実施形態は、筒状の溶接用ノズルの内部から金属材の表面に不活性ガスを供給し、溶接用ノズルにより不活性ガスを供給されている金属材の表面を加熱する溶接で用いられる溶接用ノズルであって、溶接用ノズルの外部から溶接用ノズルの内部へと通じ、溶接用ノズルの内部を流通する不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気が流通する雰囲気導入孔部を備え、雰囲気導入孔部に、溶接用ノズルの内部を流通する不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された雰囲気が流通することにより、加熱により金属材の表面に生じた溶融池に雰囲気中の酸素が導入される溶接用ノズルである。
【0025】
この場合、雰囲気導入孔部の大きさを調整自在な導入孔可変ユニットを備え、導入孔可変ユニットにより雰囲気導入孔部の大きさが調整されることにより、雰囲気導入孔部を流通する雰囲気の量が制御され、溶融池に導入する酸素の量が制御されることができる。
【0026】
また、本発明の一実施形態は、本発明の溶接用ノズルと、本発明の溶接用ノズルにより不活性ガスを供給されている金属材の表面を加熱する熱源と、溶融池を観測する溶融池観測ユニットと、溶融池観測ユニットによって観測された溶融池の状態に基づいて、本発明の溶接用ノズルのギャップ可変ユニット又は本発明の溶接用ノズルの導入孔可変ユニットにより、溶融池に導入する酸素の量を制御する酸素導入量制御ユニットとを備えた溶接装置である。
【0027】
この構成によれば、溶融池観測ユニットによって観測された溶融池の状態に基づいて、本発明の溶接用ノズルのギャップ可変ユニット又は本発明の溶接用ノズルの導入孔可変ユニットにより、酸素導入量制御ユニットは、溶融池に導入する酸素の量を制御する。このため、溶融池の状態に基づいて溶融池に導入する酸素の量を制御することにより、より良好な溶融池を得ることができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明の一実施形態のアーク溶接方法、アーク溶接用ノズル及びアーク溶接装置によれば、より簡単な手法で溶融池に酸素を導入して、溶融池の溶込み深さをより深くし、溶接効率を高めることが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態に係る溶接方法、溶接用ノズル及び溶接装置について詳細に説明する。
【0031】
まず、本発明の第1実施形態について説明する。本実施形態では、一般的なTIG溶接に用いられるトーチに対して、本実施形態に係る溶接用ノズルが取り付けられる。これにより溶融池に表面活性元素である酸素を導入することにより、溶融池の溶込み深さが増大する。表面活性元素としては、酸素以外にも、硫黄、セレン及びテルルが挙げられる。溶融池に表面活性元素を導入することにより溶融池の溶込み深さが増大する金属材としては、例えば、Fe、Ni、FeとNiとの合金、及びステンレス鋼のいずれかを含む金属材が挙げられる。
【0032】
まず、TIG溶接用のトーチについて簡単に説明する。
図1及び
図2に示すように、本発明の第1実施形態で用いられるトーチ10は、ハンドル12、連結部14、トーチボディ16、ガス導入口部18及びスリーブ20を備えている。本実施形態で用いられるトーチ10は、一般的なTIG溶接に用いられる物と同様の構造を有する。ハンドル12は、作業者が把持し易いような円柱形状を有する。ハンドル12は、外部からアークを発生させるための電力が供給される。ハンドル12内部の送電線を介してスリーブ20内部のタングステン電極と外部の電力源とは電気的に接続される。円筒形状を有するトーチボディ16は、連結部14を介してハンドル12と例えば60°の角度をなして連結されている。トーチボディ16の一端には、Ar、He等の不活性ガスが導入されるガス導入口部18が備えられる。なお、使用される不活性ガスとしては、100%のArガス、100%のHeガスでなくとも良く、多少のH
2等の他の成分のガスを含んでいても良い。トーチボディ16の他端には、棒状のタングステン電極を囲繞し、後述する溶接用ノズルが取り付けられるスリーブ20が備えられている。
【0033】
以下、本実施形態の溶接用ノズルについて説明する。
図3及び
図4に示すように、本実施形態の溶接用ノズル100aは、ノズル内筒102、ノズル外筒104及び連結翼106を備える。ノズル内筒102は、タングステン電極22の側面をその内壁面で囲繞しつつ内部に不活性ガスを流通させる。ノズル外筒104は、ノズル内筒102の側面を囲繞しつつノズル内筒102との隙間にノズル内筒102を流通する不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された大気を流通させる。連結翼106は、ノズル内筒102とノズル外筒104とを所定の間隔gをおいて連結する。
【0034】
ここで、ノズル内筒102とノズル外筒104との間隔gは、不活性ガスの流量が4〜9LMであり、タングステン電極22と溶接される金属材との間に形成されるアークの長さであるアーク長が3mmの場合は、例えば1〜5mm、3mmとすることができる。アーク長が長くなると不活性ガスの溶融池210をシールドする効果が低下し、溶融池210に導入される酸素の量が増加する。そのため、最適な間隔gは不活性ガスの流量及びアーク長に基づいて変動する。また、タングステン電極22の先端に対するノズル外筒104の先端の位置関係は、
図4の例では、ノズル外筒104の先端の方がタングステン電極22の先端よりも溶接される金属材の方向に突出し、タングステン電極22の全体がノズル外筒104で囲繞される位置関係である。しかし、ノズル外筒104の先端はノズル内筒102の先端よりも溶接される金属材から後退した位置に配置することができる。このような位置関係でも、大気中を吸引する効果が発揮される。また、タングステン電極22の位置は溶接用ノズル100aの内側に溶接される金属材から後退した位置に配置することができるが、その上限は、ノズル内筒102及びノズル外筒104の先端のいずれかで溶接される金属材の側にあるものよりもアーク長だけ内側に後退した位置とする。溶接の作業上は、タングステン電極22の先端が目視できた方が望ましいが、アーク長の範囲内でノズル100aの先端よりもタングステン電極22が内側に後退しているのであれば、接合は可能である。
【0035】
以下、本実施形態の溶接用ノズル100aの作用効果について説明する。アーク溶接時には、ノズル内筒102の内部を不活性ガスが流通し、溶接される金属材の表面に不活性ガスが供給され、タングステン電極22がシールドされる。また、タングステン電極22と金属材との間に電圧が印加され、アークが発生する。アークにより金属材の表面は加熱され、溶融池が形成される。このとき、ベルヌーイの定理として知られているように、ノズル内筒102の内部は不活性ガスの流通に伴い、圧力が低下する。ノズル内筒102の内部の圧力の低下に伴い、
図5の矢印に示すように、ノズル内筒102とノズル外筒104との隙間に吸引された大気が流通する。吸引された大気中の酸素は、溶融池に導入される。なお、ノズル内筒102とノズル外筒104との隙間を介した溶融池への大気の導入は、ノズル内筒102内を流通する不活性ガス以外にも、タングステン電極22と溶融池との間に生じるプラズマ気流による圧力の低下によっても、生じると考えられる。
【0036】
図6に示すように、鉄族金属は、温度Tの上昇に伴って、表面張力σが低下する。したがって、
図7に示すように、鉄材200の溶融池210では、より高温の溶融池中心部210cよりも、より低温の溶融池端部210eの方が表面張力は大きくなる。そのため、
図7に示すように、溶融池210の表面では、溶融池中心部210cから溶融池端部210eへの流動が生じる。このため、一般に、TIG溶接では、溶融池210の溶込み深さが浅くなる。
【0037】
一方、界面活性元素である酸素が溶融池210に導入された場合、
図8に示すように、温度Tの上昇に伴って、表面張力σが増加する。したがって、
図9に示すように、鉄材200の溶融池210では、より高温の溶融池中心部210cの方が、より低温の溶融池端部210eよりも表面張力は大きくなる。そのため、
図9に示すように、溶融池210の表面では、溶融池端部210eから溶融池中心部210cへの流動が生じる。したがって、本実施形態の溶接用ノズル100aにより、TIG溶接において、溶融池210の溶込み深さを深くすることが可能となる。なお、FeあるいはFeを主成分として含むステンレス等の合金において、溶融池210の溶込み深さが深くなる酸素量は、溶融池210中の酸素量が70〜300ppmである場合であり、溶融池210中の酸素量が70〜160ppmである場合である。なお、大気中の酸素を溶融池210中に導入する際には、同時に大気中の窒素も導入される。大気中の窒素の導入を抑制したい場合には、通常の大気よりも酸素の割合を高く、窒素の割合を低く設定した雰囲気中で上記本実施形態の溶接方法を実施すること等が考えられる。このように、本実施形態では、雰囲気の組成そのものを調節することでも、溶融池210に導入される酸素量を制御可能である。
【0038】
本実施形態では、筒状の溶接用ノズル100aの内部から鉄材200の表面に不活性ガスが供給され、溶接用ノズル100aにより不活性ガスを供給されている鉄材200の表面が加熱される溶接方法において、鉄材200の表面に生じた溶融池210に、不活性ガスの流れに伴って生じた気圧の低下によって吸引された大気中の酸素が導入される。これにより、二重シールドTIG溶接のように別途の酸素の供給源を用意しなくとも、溶融池210に酸素を導入して、溶融池210の溶込み深さをより深くし、溶接効率を高めることができる。
【0039】
本実施形態では、溶接用ノズル100aは、内部を不活性ガスが流通するノズル内筒102と、ノズル内筒102の側面を囲繞しつつノズル内筒102との隙間にノズル内筒102を流通する不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された大気が流通するノズル外筒104とを有する。また、ノズル内筒102の内部から鉄材200に不活性ガスが供給され、ノズル内筒102とノズル外筒104との隙間に、ノズル内筒102を流通する不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された大気が流通させられつつ、溶融池210に大気中の酸素が導入される。このため、ノズル内筒102とノズル外筒104と有する簡単な構造の溶接用ノズル100aのみで溶融池210に酸素を導入することができる。
【0040】
以下、本発明の第2実施形態について説明する。本実施形態では、上記第1実施形態とは異なる形状の溶接用ノズルを用いて、溶融池210に大気中の酸素を導入する。
図10及び
図11に示すように、本実施形態の溶接用ノズル100bは、ノズル内筒102の側面にノズル内筒102の外部からノズル内筒102の内部へと通じる複数の雰囲気導入孔部108を備える。
図11に示すように、雰囲気導入孔部108それぞれの孔の向きは、ノズル内筒102の外部から溶接する金属材の方に向かいつつノズル内筒102の内部に通じる向きにすることができる。
【0041】
ノズル内筒102の内部に不活性ガスが流通すると、上記第1実施形態と同様に、不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって、雰囲気導入孔部108にノズル内筒102の外部から吸引された大気が流通する。雰囲気導入孔部108から導入された大気中に含まれる酸素は、溶融池210に導入される。
【0042】
本実施形態では、溶接用ノズル100bは、溶接用ノズル100bの外部から溶接用ノズル100bの内部へと通じ、溶接用ノズル100bの内部を流通する不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された大気が流通する雰囲気導入孔部108を有し、雰囲気導入孔部108に、溶接用ノズル100bの内部を流通する不活性ガスの流れに伴って生じた圧力の低下によって吸引された大気が流通させられつつ、溶融池210に大気中の酸素が導入される。このため、雰囲気導入孔部108を有する簡単な構造の溶接用ノズル100bのみで溶融池210に酸素を導入することができる。
【0043】
以下、本発明の第3実施形態について説明する。本実施形態では、上記第1実施形態のノズル内筒102とノズル外筒104との間隔を制御することにより、溶融池210に導入される酸素の量を制御する。
図12及び
図13に示すように、本実施形態の溶接用ノズル100cは、上記第1実施形態と同様のノズル内筒102、ノズル外筒104及び連結翼106に加えて、可変ノズル110とナット114とを備える。
【0044】
可変ノズル110は、複数の細長いノズル片112それぞれが端部同士を互い違いに重ね合わされることで構成されている。ノズル片112それぞれの末端は、ヒンジ113でノズル外筒104の端部に屈曲自在とされつつ連結されている。ノズル片112それぞれの内側の面とノズル内筒の外側の面との間にはコイルばね117が挿入されている。コイルばね117は、ヒンジ113でノズル外筒104と連結されたノズル片112それぞれに対し、溶接用ノズル100cの外側に開くような力を与える。なお、コイルばね117は、ヒンジ113においてノズル片112に対して溶接用ノズル100cの外側に開くような力を与える軸ばねとしても良い。ノズル片112それぞれのヒンジ112付近の外側の面には、溶接用ノズル100cの外側に突出したノズル片凸部119が設けられている。
【0045】
ナット114の外周には、作業者が把持し易いように、複数のナット凹部116が設けられている。ナット114の内周面には、ノズル外筒104の外周面に設けられたねじ山105と係合するねじ山115が設けられている。ねじ山105,115により、ナット114が溶接用ノズル100cの周方向に回転させられると、ナット114はノズル外筒104上を溶接する金属材に近接する方向あるいは遠ざかる方向に摺動する。ナット114の内周面の溶接する金属材側の端部には、溶接用ノズル100cの外側に傾斜したスロープ118が設けられている。
【0046】
ナット114が溶接用ノズル100cの周方向に回転させられ、ナット114がノズル外筒104上を溶接する金属材に近接する方向に摺動させられると、スロープ118は、ノズル片112のノズル片凸部119上をノズル片凸部119を内側に押し込みつつ摺動する。そのため、端部同士が重なり合ったノズル片112からなる可変ノズル110はすぼめられ、間隔gは小さくなる。一方、ナット114が反対方向に回転させられ、ナット114がノズル外筒104上を溶接する金属材から遠ざかる方向に摺動させられると、スロープ118がノズル片凸部119を内側に押し込む距離が短くなる。そのため、コイルばね117のばね力により、可変ノズル110は拡げられ、間隔gは大きくなる。
【0047】
溶融池210を理想的な状態にするために導入すべき酸素の量は溶接の状況によって異なる。しかし、本実施形態では、溶接用ノズル100cは、ノズル内筒102とノズル外筒104との間隔gの大きさを調整自在であり、ノズル内筒103とノズル外筒104との間隔gの大きさを調整することにより、ノズル内筒102とノズル外筒104との間隔gを流通する大気の量が制御され、溶融池210に導入する酸素の量が制御される。このため、溶接の様々な状況に対応して溶融池210に導入する酸素の量を制御することができる。
【0048】
以下、本発明の第4実施形態について説明する。本実施形態では、上記第2実施形態の雰囲気導入孔部108の大きさを制御することにより、溶融池210に導入される酸素の量を制御する。
図14及び
図15に示すように、本実施形態の溶接用ノズル100dは、上記第2実施形態のノズル内筒102に加えて、ノズル内筒102の外周面にその内周面を密接させているノズル外筒120を備えている。ノズル外筒120は、その側面に溶接用ノズル100dの周方向に長い複数の雰囲気導入孔部128を備えている。また、ノズル内筒102の側面のノズル外筒120の雰囲気導入孔部128それぞれに対応する部位には、雰囲気導入孔部128の形状に対応した溶接用ノズル100dの周方向に長い複数の雰囲気導入孔部108が設けられている。
【0049】
ノズル内筒102の外周面にはノズル内筒凸部130が設けられている。ノズル外筒120の内周面にはノズル外筒凹部131が設けられている。ノズル内筒凸部130とノズル外筒凹部131とが互いに嵌合することにより、ノズル内筒102とノズル外筒120とは密着しつつ、溶接用ノズル100dの周方向に互いに回転動が可能なようにされている。ノズル内筒102とノズル外筒120とが互いに回転動することにより、ノズル内筒102の雰囲気導入孔部108とノズル外筒120の雰囲気導入孔部128とが一致する部位の面積が変化する。これにより、実質的な雰囲気導入孔部108の大きさを調整自在であり、雰囲気導入孔部108の大きさを調整することにより、雰囲気導入孔部108を流通する大気の量が制御され、溶融池210に導入する酸素の量が制御される。このため、溶接の様々な状況に対応して溶融池210に導入する酸素の量を制御することができる。
【0050】
以下、本発明の第5実施形態について説明する。本実施形態では、溶融池210の状態を観測し、観測された溶融池210の状態に応じて溶融池に導入する酸素の量を制御する。
図16に示すように、本実施形態の溶接装置は、トーチボディ16に取り付けられた上記第3実施形態の溶接用ノズル100cと、サーボ機構50、光電センサ62、温度センサ64、制御部70及び溶接用ノズル100cに不活性ガスを供給する不図示のガス供給源を備えている。なお、本実施形態においては、上記第4実施形態の溶接用ノズル100dを適用することもできる。サーボ機構50は、溶接用ノズル100cのナット114を駆動し、溶接用ノズル100cのノズル内筒102とノズル外筒104との間隔gを制御する。光電センサ62は、半導体レーザやキセノンランプ等を用いて溶融池210の幅及び溶融池210における湯流れの方向を観測する。温度センサ64は、溶融池210の裏面の温度を計測する。
【0051】
制御部70は、D/W検出部71及びギャップ制御部72を有する。D/W検出部71は、光電センサ62及び温度センサ64の検出結果に基づいて、溶融池210の幅Wに対する溶込み深さDの割合であるD/Wを検出する。D/W検出部71は、例えば、光電センサ62により検出された溶融池210の幅Wが最小となったときに、溶込み深さDが最大となったと推定することができる。あるいは、D/W検出部71は、例えば、光電センサ62により検出された溶融池210の湯流れが、
図9に示すようになっており、その流動が最大の場合に溶込み深さDが最大となったと推定することができる。あるいは、D/W検出部71は、例えば、温度センサ64により検出された溶融池210の裏面の温度が最大となったときに、溶込み深さDが最大となったと推定することができる。ギャップ制御部72は、D/W検出部71により検出されたD/Wに基づいてサーボ機構50を駆動して溶接用ノズル100cの間隔gをフィードバック制御する。ギャップ制御部72は、フィードバック制御により、D/Wを最大値に保つように溶接用ノズル100cの間隔gを制御する。
【0052】
本実施形態によれば、光電センサ62及び温度センサ64によって観測された溶融池210の状態に基づいて、制御部70のギャップ制御部72は、溶融池210に導入する酸素の量を制御する。このため、溶融池210の状態に基づいて溶融池210に導入する酸素の量を制御することにより、より良好な溶融池210を得ることができる。
【0053】
なお、本発明は上記実施形態に限定されず、様々な変形態様が可能である。例えば、上記実施形態においては、本発明の溶接方法、溶接用ノズル及び溶接装置をTIG溶接に適用した態様を中心に説明したが、本発明はこれに限定されることがなく、MIG(Metal Inert Gas welding)溶接、レーザ溶接及びプラズマ溶接においても適用可能である。
【0054】
(実験例1)
以下、本発明の実験例について説明する。
図1及び
図2に示したトーチ10のスリーブ20に、
図3及び
図4に示した溶接用ノズル100aを取り付けて鉄材200の溶接を行った。不活性ガスとしてArガスを用い、流量を1〜20LMの範囲で変化させた。タングステン電極22と鉄材200とに印加する溶接電流は180Aと、溶接速度は2mm/sとし、タングステン電極22先端と鉄材200との距離であるアーク長は3mmとした。溶融池の酸素量を酸素窒素分析装置(株式会社堀場製作所製、製品名EMGA−520)を用いて非分散赤外線吸収法にて測定した。酸素量測定用の試料は、溶融池から1mm×1mm×3mm程度のブロックを切り出し、表面の酸化膜を研磨して除去した後、アセトンで10分間超音波洗浄し、表面の酸化を防ぐため、装置に投入する直前までアセトン中で保存した。
【0055】
まず、溶接用ノズル100aのノズル内筒102とノズル外筒104との間隔g(ギャップ距離)を1mm、3mm及び5mmと変化させたときの溶接用ノズル100aのノズル外筒104の出口の流速を
図17に示す。
図17に示すように、ギャップ距離が短いほど、大気を吸入する能力は強くなるが、ギャップ距離が1mm以下となると、空気の流れの方向が逆転する。以下の実験では、ギャップ距離を3mmとした。
【0056】
図18に各ガス流量における溶融池210の幅W、溶込み深さD及びD/Wを示し、
図19に各ガス流量における溶融池210内の酸素濃度を示し、
図20〜24にそれぞれガス流量が1、4、9、10及び20LMのときの溶融池210を示す。
図18及び
図20〜
図24に示すように、Arガスの流量が1〜9LMであり、4〜9LMの範囲で溶融池210の溶込み深さDを深くすることが可能であることが判る。
図19より、溶融池210中の酸素濃度は、ガス流量が増加するとともに減少することが判る。溶融池210の溶込み深さDを深くすることが可能な溶融池210の酸素濃度は70〜300ppmであり、70〜160ppmであることが判る。また、ビード長80mmの溶接後のタングステン電極22は、溶接前と溶接後とで顕著な消耗は見られなかった。
【0057】
図1及び
図2に示したトーチ10のスリーブ20に、
図3及び
図4に示した溶接用ノズル100aを取り付けて鉄材200の溶接を行った。溶接電流180A、アーク長3mm、Arガスの流量8LM、溶接速度1mm/s、ギャップ距離3mmの条件で両側からの各1パス溶接の2層でTIG溶接を行い、溶接部を引張試験片に切断し、引張試験を行った。
図25に示すように、母材の引張強度の787MPaに対して溶接部の引張強度は742MPaであり、規格値の520MPaを超える良好な引張強度が得られることが判る。