特許第6130075号(P6130075)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6130075防食性の金属とMo又はMo合金を拡散接合したバッキングプレート、及び該バッキングプレートを備えたスパッタリングターゲット−バッキングプレート組立体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6130075
(24)【登録日】2017年4月21日
(45)【発行日】2017年5月17日
(54)【発明の名称】防食性の金属とMo又はMo合金を拡散接合したバッキングプレート、及び該バッキングプレートを備えたスパッタリングターゲット−バッキングプレート組立体
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/34 20060101AFI20170508BHJP
   C22C 27/04 20060101ALN20170508BHJP
【FI】
   C23C14/34 C
   !C22C27/04 102
【請求項の数】8
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-538263(P2016-538263)
(86)(22)【出願日】2015年7月16日
(86)【国際出願番号】JP2015070344
(87)【国際公開番号】WO2016017432
(87)【国際公開日】20160204
【審査請求日】2016年7月27日
(31)【優先権主張番号】特願2014-155674(P2014-155674)
(32)【優先日】2014年7月31日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100093296
【弁理士】
【氏名又は名称】小越 勇
(74)【代理人】
【識別番号】100173901
【弁理士】
【氏名又は名称】小越 一輝
(72)【発明者】
【氏名】高村 博
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 了
【審査官】 塩谷 領大
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭62−067168(JP,A)
【文献】 特開平04−099270(JP,A)
【文献】 特開2013−227619(JP,A)
【文献】 特開2001−164361(JP,A)
【文献】 特開平06−314600(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/066764(WO,A1)
【文献】 国際公開第2013/070679(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00−14/58
C22C 27/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ターゲットに接合するためのMo又はMo合金製バッキングプレートであって、当該Mo又はMo合金製バッキングプレートの冷却する側(冷却面側)の表面に、バッキングプレートの総厚の1/40〜1/8の厚みを有する防食性の金属からなる層を備え、前記Mo又はMo合金製バッキングプレートの防食性金属からなる層と接合する面は段差を有し、当該段差部の角が、R1〜R3の曲面を有することを特徴とするMo又はMo合金製バッキングプレート。
【請求項2】
上記防食性の金属が、Cu、Al又はTiから選択した一種以上の金属又はこれらの合金であることを特徴とする請求項1に記載のMo又はMo合金製バッキングプレート。
【請求項3】
前記段差が2mm以上であることを特徴とする請求項1または2に記載のMo又はMo合金製バッキングプレート。
【請求項4】
Mo又はMo合金製バッキングプレートが円盤状であり、直径が500mm以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のMo又はMo合金製バッキングプレート。
【請求項5】
Mo又はMo合金製バッキングプレートの防食性金属からなる層と接合する面に、深さ0.08〜0.4mmの溝を有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のMo又はMo合金製バッキングプレート。
【請求項6】
前記Mo合金は、Moを80wt%以上含有する合金であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載のMo合金製バッキングプレート。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載のMo又はMo合金製バッキングプレートと低熱膨張材料からなるターゲットを接合したことを特徴とするスパッタリングターゲット−バッキングプレート組立体。
【請求項8】
低熱膨張材料からなるターゲットが、99.99wt%(4N)以上のシリコン、ゲルマニウム、カーボンのいずれかの単一材料又はこれらを95wt%以上含む複合材料あることを特徴とする請求項7に記載のスパッタリングターゲット−バッキングプレート組立体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低熱膨張材料をスパッタリングターゲット材とする際に使用するバッキングプレート、特にスパッタリングターゲットとバッキングプレートとの接合時又はスパッタリング時の反り(変形)を防止することができる防食性の金属とMo又はMo合金を拡散接合したバッキングプレート及び該バッキングプレートを備えたスパッタリングターゲット−バッキングプレート組立体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、半導体デバイスの用途では様々な薄膜が必要になってきており、シリコン、ゲルマニウム、カーボン等の低熱膨張材料の需要も増えてきている。また基板となるシリコンウエハの直径が、200mm、300mm、450mmと大きくなるとともに、スパッタリングターゲットも大型化が進んでおり、これらの低熱膨張材料を用いても大口径のターゲットを作製する必要が生じている。
一方、半導体デバイスはナノ領域への微細化が進み、従来よりも薄い薄膜で、且つ基板全体に均一な膜厚で成膜することが要求され、そのためスパッタリングターゲットの反りの管理がより厳しくなってきている。
低熱膨張材料のターゲットを作製する場合は、大口径になるほどターゲット材料とバッキングプレート材料との熱膨張量の差が大きくなり、反りやすいという問題があった。
【0003】
さらに近年では生産効率を上げるために、ハイパワーでスパッタリングされる。このハイパワーでのスパッタリングの際に問題となるのは、バッキングプレート自体の強度と冷却能(良熱伝導度)及びバッキングプレートとターゲットとの接合強度である。
特に低熱膨張のターゲット材と、一般に用いられる銅製のバッキングプレートをロウ材の融点以上に加熱しロウ付け後に冷却する際は、膨張係数の大きい銅製のバッキングプレートの方が大きく収縮するためターゲット材側が凸型になる反り(変形)が発生し、これがスパッタ時に均一な膜の形成を阻害してしまう要因になっている。また接合界面においても両材料の収縮量の差は接合強度を低下させる問題となっている。
高品位な薄膜を、より厳しく要求される最近の半導体の用途では、この課題を解決させる必要があった。さらにスパッタ特性だけでなく、クリーンルーム内や冷却水を汚染させない耐食性に優れたバッキングプレートを有するスパッタリングターゲットが必要となっている。
【0004】
従来技術として、金属材料の中では比較的に低熱膨張であるMo(モリブデン)を接合層やバッキングプレートに使用した例がいくつかある。その一つとして特許文献1がある。この文献1の段落0006に、接合後の冷却時に両者の熱膨張率の差により、反りやこの反りからターゲット部材の割れ等が発生するので、反りが少なく、冷却効率に優れたスパッタリングターゲットを提供するという目的が記載されている(段落0008)。しかし、この解決手段は、金属接合材料層にモリブデン粉末等の金属粉末を混在させる方法であり、後述する本発明とは全く異なる手法である。
【0005】
特許文献2の段落0006には、支持板材料(バッキングプレート)は、強度、耐食性、および伝熱特性を考慮して選択されていると記載されており、より安定なプラズマを生成するために、渦電流を低減する材料として導電率が低いモリブデンが支持板材料の選択肢の一つに挙がっている(段落0007、段落0027参照)。
しかし、モリブデンのバッキングプレートを使用して、もしそのモリブデンに直接触れるように冷却水を流す場合は、容易に酸化モリブデンの錆が発生し、スパッタ装置の周辺環境を汚染するはずだが、文献2ではその耐食性を改善する手段については全く触れていない。
【0006】
また特許文献3では、MoやMo/Cu複合体をバッキングプレートとしたSiターゲットについて記載されている。またバッキングプレート材料は、シリコンの熱膨張係数(CTE)に近似する素材から選定するとある。しかしながら、Mo/Cuの複合材の作製方法は様々な手法が考えられるが、具体的な解決方法についての記載がない。
また耐食性やMo/Cuの厚みに関する記述はなく、単純に複合化しただけでは、目標とするスパッタリングターゲットの要求仕様を達成しえないと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3829367号公報
【特許文献2】特表2007−534834号公報
【特許文献3】WO2013/070679/A1
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、低熱膨張材料からなるターゲットに接合するためのMo又はMo合金製バッキングプレートであり、当該Mo又はMo合金製バッキングプレートを冷却する側(冷却面側)の表面に、バッキングプレートの総厚の1/40〜1/8のCu、Al又はTiから選択した一種以上の金属又はこれらの合金を拡散接合した防食性の金属からなる層を備えることを特徴とする。スパッタリングの際に問題となるのは、バッキングプレート自体の強度と冷却能及びバッキングプレートとターゲットとの接合強度である。
【0009】
またスパッタ装置の冷却水やクリーンルーム等の周辺環境を汚染させないことである。
熱膨張差を緩和させるためにモリブデンをバッキングプレートに用いて水冷する場合に錆の発生を防止する処理が必要となる。本願発明は、これらの問題を解決することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するため、以下の発明を提供するものである。
1)ターゲットに接合するためのMo又はMo合金製バッキングプレートであって、当該Mo又はMo合金製バッキングプレートの冷却する側(冷却面側)の表面に、バッキングプレートの総厚の1/40〜1/8の厚みを有する防食性の金属からなる層を備えることを特徴とするMo又はMo合金製バッキングプレート。
2)上記防食性の金属が、Cu、Al又はTiから選択した一種以上の金属又はこれらの合金であることを特徴とする1)に記載のMo又はMo合金製バッキングプレート。
【0011】
3)Mo又はMo合金製バッキングプレートの防食性金属と接合する面は、段差を有し、当該段差が2mm以上であることを特徴とする前記1〜2)に記載のMo又はMo合金製バッキングプレート。
4)Mo又はMo合金製バッキングプレートの防食性金属と接合する面の段差部が、R1〜R3の曲面を有することを特徴とする前記1〜3)に記載のMo又はMo合金製バッキングプレート。
【0012】
5)Mo又はMo合金製バッキングプレートが円盤状であり、直径が500mm以上であることを特徴とする前記1)〜4)のいずれか一項に記載のMo又はMo合金製バッキングプレート。
6)前記拡散接合界面のMo又はMo合金製バッキングプレートの防食性金属の接合面に、深さ0.08〜0.4mmの溝を有することを特徴とする前記1)〜5)のいずれか一項に記載のMo又はMo合金製バッキングプレート。
【0013】
7)前記Mo合金は、Moを80wt%以上含有する合金であることを特徴とする前記1)〜6)のいずれか一項に記載のMo合金製バッキングプレート。
8)前記1)〜7)のいずれか一項に記載のMo又はMo合金製バッキングプレートと低熱膨張材料からなるターゲットを接合したことを特徴とするスパッタリングターゲット−バッキングプレート組立体。
【0014】
9)低熱膨張材料からなるターゲットが、99.99wt%(4N)以上のシリコン、ゲルマニウム、カーボンのいずれかの単一材料又はこれらを95wt%以上含む複合材料あることを特徴とする前記8)に記載のスパッタリングターゲット−バッキングプレート組立体。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、低熱膨張材料からなるターゲットに接合するための膨張係数が小さいMo又はMo合金が主体となるバッキングプレートであり、また冷却水で腐食しやすいMoの防食として当該Mo又はMo合金製バッキングプレートを冷却する側(冷却面側)の表面に、バッキングプレートの総厚の1/40〜1/8の厚みを有する防食性の金属を緻密で強固な層として形成したバッキングプレートに関する。
【0016】
本願発明では、低熱膨張材料からなるターゲットと、熱膨張係数が近いMo又はMo合金製バッキングプレートを接合するため、スパッタリングターゲットの反りを極力低減できる。それによりパーティクルが少なく、基板全体に均一な膜の形成が可能となる。
また、モリブデンの冷却面側に防食性の金属からなる層を備えることにより、従来のモリブデンの腐食で発生する黒い粉状の錆が冷却水に混入する問題や、ターゲットの取り外し時にクリーンルーム内に錆が拡散する、という問題を解決することが可能となった。
【0017】
またスパッタリングの際に問題となる、バッキングプレート自体の強度、耐食性、冷却能及びバッキングプレートとターゲットとの接合強度についても、低熱膨張、高熱伝導度、高強度のモリブデン材料を適切な厚みを保持した上で耐食処理を行っている点で本願発明は効果がある。
【0018】
これによってロウ付けで接合されたスパッタリングターゲットの中では、ハイパワーでのスパッタリングが可能になり、均一な成膜により不良率を低減し、かつ生産効率を上げることができるという大きな効果を有する。またスパッタ装置の冷却水やクリーンルーム等の周辺環境を汚染させない高清浄度のスパッタリングターゲットの提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1のa)、b)は、Mo又はMo合金製バッキングプレートと当該Mo又はMo合金製バッキングプレートを冷却する側(冷却面側)の表面に、防食性の金属を導入し、さらにバッキングプレートにスパッタリングターゲット材を接合した図である。
図2】Mo製バッキングプレートと当該Mo製バッキングプレートを冷却する側(冷却面側)の表面に、OFC(Cu)を拡散接合した場合の断面説明図である。
図3】Mo製バッキングプレートと当該Mo製バッキングプレートを冷却する側(冷却面側)の表面に、Alを拡散接合した場合の断面説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
Arガスを導入したスパッタリング装置において、ターゲット側をカソードとし基板側をアノードとして、双方に電圧を印加し、Arイオンによるターゲットへの衝撃によりターゲット材を叩き出し、その飛来による基板への被覆方法、又はターゲットからスパッタされた原子がイオン化し、さらにスパッタを行ういわゆる自己スパッタによる被覆方法が、スパッタリング方法として既に知られている。
多くの場合、スパッタリングターゲットはバッキングプレートに接合し、かつ該バッキングプレートを冷却して、ターゲットの異常な温度上昇を防止し、安定したスパッタリングが可能なように構成されている。
【0021】
このようなスパッタ装置において、生産効率を上げ、高速のスパッタリングが可能となるように、スパッタリングパワーを上昇させる傾向にある。通常、バッキングプレートは熱伝導性の良い材料であり、かつ一定の強度を持つ材料が使用される。それでもターゲットとバッキングプレートの接合界面間で温度差が生じ、両材料の熱膨張の差異により接合部に歪みが溜まり、ターゲットの剥離又は変形(反り)が生じる問題があった。
【0022】
ターゲットの変形(反り)は、スパッタで形成された薄膜のユニフォーミテイが悪化すること、あるいはアーキングが起きて異常パーティクル発生が生じ、極端なケースではプラズマの発生が止まるという現象が生じる。
このような問題の解決のため、バッキングプレートの強度を高める、あるいは材質を変更して熱応力を軽減させる等の対策をとることが考えられるが、ターゲットの材質である低熱膨張材料との適合性の問題があり、これまで適切な解決方法が見出されていなかった。
【0023】
反りの発生は、ターゲットとバッキングプレート材をロウ材の融点以上の温度でボンディングして冷却する場合にも発生する。
従来は、線膨張係数(CTE)が20℃で2.6×10−6/KであるSiに対して、バッキングプレートに、銅合金や無酸素銅(20℃でのCTE:約17×10−6/K)が使用されていた。そのためバッキングプレート側が大きく収縮し、スパッタリング材料側に凸型に変形していた。
その対策として、ターゲット部材とバッキングプレートの接合で使用される金属インジウム半田等のロウ材の層を厚くして緩和させる方法がとられることもあるが、大口径のターゲットでは限界があり、反りの抑制に十分とは言えなかった。
【0024】
このようなことから、低熱膨張(20〜100℃でのCTE:3.7〜5.3×10−6/K)で熱伝導度の大きいモリブデン製のバッキングプレートを使用し、一定の効果が得られた。しかし、半導体用途のハイパワーなスパッタリングではターゲットの温度上昇を抑えるために、モリブデン製BPの裏面(スパッタ面と反対側)に冷却ジャケットを取り付けて水を循環させる必要があった。
【0025】
ここで大きな問題が発生した。すなわち、冷却水と直接触れるモリブデンは容易に腐食し、黒い錆が発生するため、冷却水(循環水)や周辺装置に悪影響を及ぼす問題が生じた。このことから、Moの耐食性改善が必要となったが、この場合にもいくつか問題を生じた。まず、モリブデンは難めっき材料で容易にめっきできないこと、まためっき後にボンディングを行うためロウ材の融点以上に高温に大気中で曝され、めっき膜が酸化変色すること、また、めっき膜中に存在するピンホールを無くす必要あることなどである。
【0026】
また、めっき法では、実用可能なめっき厚みが100μm程度と薄いこと、ピンホールが残留した場合には、その部分を介して、水がモリブデンに到達することもあり、長寿命化という意味では、十分な対策を講ずることが難しいという問題がある。
また、スポット溶接での銅板の貼り付けでは、モリブデンと銅板との密着が不十分なところ(空洞)が存在し、冷却面側からターゲット面方向への冷却能が低下する問題があった。
【0027】
以上から、低熱膨張材料からなるターゲットに接合するためのMo又はMo合金製バッキングプレートは、Mo又はMo合金製バッキングプレートを冷却する側(冷却面側:接合するターゲットの反対側)の表面に、バッキングプレートの総厚の1/40〜1/8の厚みを有するCu、Al又はTiから選択した一種以上の金属又はこれらの合金層を形成することである。
【0028】
このように、防食性の金属からなる層が薄いので、バッキングプレートのベースとなるモリブデンの低熱膨張収縮挙動の阻害が小さいバッキングプレートになるため、ターゲットとのボンディング時の反りを低減できる効果がある。
例えば、これらの防食性の金属の防錆層は板材を拡散接合して作製することができる。拡散接合することにより、より緻密で密着性が高く、そのためピンホールの発生はなく、冷却面の耐食性、耐久性を著しく向上できる効果がある。そして、拡散接合によりモリブデンと防食層は、完全密着しているので、熱伝達性が良く、ターゲット側への冷却効率が高いという特性を有することができる。本発明は、上記接合方法に依存せず、種々の接合方法を適宜選択することができる。
【0029】
前記Mo又はMo合金製バッキングプレートの冷却側の面は、段差を形成することができる。接合するMo又はMo合金製バッキングプレートの段差は2mm以上とすると、バッキングプレートを効率良く冷却できるので、有効である。この段差の接合界面に総厚の1/40〜1/8の薄さで別の層を接合することが、従来にはない技術になる。
【0030】
また、バッキングプレートの裏面は上記の如く段差を有する場合、段差がある部分でエッジ部の角が立つと、板同士が上手く張り合わすことができない場合があるのでMo又はMo合金製バッキングプレート段差部の角にR1〜R3の曲面を持たせると良い。
【0031】
本願発明のMo又はMo合金製バッキングプレートは、角型にも適用できるが通常は円盤状であり、直径が500mm以上である大型のバッキングプレートに特に有効である。このように、直径が大きくなると、ターゲットとバッキングプレートの熱膨張の違いによる変位量の差がより大きくなり、ターゲットに反りが生じやすくなるためである。
【0032】
また、前記拡散接合界面のMo又はMo合金製バッキングプレートの防食性金属の接合面に、深さ0.08〜0.4mmの溝を形成するのが良い。バッキングプレートと防食性の金属との接合強度をアンカー効果により高めることができる。
前記Mo又はMo合金は、合金の場合はMoが80wt%以上の合金からなること、またMoは99.999wt%(5N)の純Moの範囲にあるのが望ましい。合金元素に特に制限はないが、Cr0.7〜1.2wt%含有する合金を使用することができる。このMo又はMo合金は、強度が高くかつ熱伝導性に富む材料である。
【0033】
代表的なMo又はMo合金製バッキングプレートの使用形態としては、低熱膨張材料からなるターゲットを接合したMo又はMo合金製バッキングプレートであり、また低熱膨張材料からなるターゲットが、99.99wt%(4N)以上のシリコン、ゲルマニウム、カーボンの、いずれかの単一材料又はこれらを95wt%以上含む複合材料である。
【0034】
このようにして作製された、本願発明の耐食性の金属からなる層を備えたMo又はMo合金製バッキングプレートは、冷却水と直接触れるモリブデンの腐食を抑制し、排水や周辺装置に悪影響を及ぼす問題を無くすことが可能となった。また、バッキングプレート自体の強度と冷却能及びバッキングプレートとターゲットとの接合強度を高めることができ、スパッタリングターゲットとバッキングプレートとの接合時又はスパッタリング時の熱影響により反り(変形)を効果的に抑制することが可能となり、これによりスパッタリング時にパーティクルが発生するという問題を解決することができる。
【0035】
上記のように作製したMo又はMo合金製バッキングプレートと低熱膨張材料からなるターゲットを接合し、本願発明のスパッタリングターゲット−バッキングプレート接合体得ることができる。低熱膨張材料からなるターゲットは、99.99wt%(4N)以上のシリコン、ゲルマニウム(20℃のCTE:5.7×10−6/K)、カーボン(20℃のグラファイトのCTE:3.1×10−6/K)又はこれらを主成分とする低熱膨張材料を使用してスパッタリングターゲット−バッキングプレート接合体とすることができる。
【0036】
しかし、接合するターゲット材は、上記に限定する必要がないことは、言うまでもない。また、ターゲットとバッキングプレートとの接合は、従来公知の技術を使用することができ、特に制限はない。なお、上記4Nとは、酸素、窒素、カーボン等のガス成分を除く金属不純物の量が0.01wt%以下のことを示す。
【実施例】
【0037】
本願発明を、実施例及び比較例に基づいて説明する。なお、本実施例はあくまで一例であり、この例のみに制限されるものではない。すなわち、本発明に含まれる他の態様または変形を包含するものである。
【0038】
(実施例1)
本発明の具体例を、図1図2を用いて説明する。純度3NのMoを直径540mm、総厚20mmの円盤状に加工し、さらに片方の面に直径480mm、深さ4mmの座繰りを入れ、バッキングプレートのベースになる凹型の材料1を準備した(図1のa、b)参照)。この時、段差部のエッジはR1.5の丸みをつけ、またMo底面全体には接合時にアンカー効果を持たせるために深さ0.08mmの溝を規則的に入れた(図2参照)。
【0039】
次に、防食性の金属となる無酸素銅(OFC)2を、凸部のエッジがR1.5で直径が480mm、また外寸の直径が540mm、総厚が7mmになるように加工した(図1のa)、b)参照)。さらに、凹側がプラス公差、凸側がマイナス公差で加工する。
この2つの材料の凹凸を連結させ、SUS製の金属カプセルの中に入れ、SUS製のカプセルの内部が真空を維持できるように封じ込めた。
【0040】
次に、このカプセルを650℃−150MPaのHIP処理を行い、MoとOFCの拡散接合を行った。ちなみに、同条件の別サンプルを破壊してその接合界面の断面を観察したところ、図2のようになり、Moの溝にOFCが隙間なく充填され、MoとOFCが完全接合されていることを確認した。
【0041】
HIP処理が完了した材料は、カプセルを開封し、所定のバッキングプレート形状に機械加工を行った。この時、加工後のバッキングプレートの総厚は18mmとなるため、防食層であるはその15分の1となる1.20mm厚でOFCがモリブデンの底面を覆うようにした。加工が完了したバッキングプレートの構造の例を、図1のa)に示す。
【0042】
次に、このバッキングプレートと低熱膨張材料であるシリコンをターゲット材3としてインジウムをロウ材4に用いて180℃でボンディングを行い、そして降温速度を制御しながら室温まで冷却した。従来のバッキングプレートが全面OFCの場合では、シリコンとの熱膨張係数の違いから、ターゲット面にストレートゲージが当てた時の反りは0.5mm程度発生していた。
しかし、今回は、低熱膨張のモリブデンをベースにし、防食層となるOFCの比率を制御することにより、反り量は0.1mm未満になった。ボンディングが完了したスパッタリングターゲットの断面構造の例を、図1のb)に示す。
【0043】
また、ボンディング時の180℃の加熱でOFCの表面は酸化して変色したが、研磨紙で軽く表面を擦ることにより綺麗な表面が得られた。次にこのOFCの面に冷却水が直接触れるように水を循環させ、30日連続運転後に表面状態を観察した。その結果、OFCの表面が若干赤みを持ったものの、下地のMoは完全に保護されており、従来のようにMoが腐食して黒い錆が発生するようなことはなかった。
【0044】
このようなバッキングプレートを用いて低熱膨張のターゲット素材と接合したスパッタリングターゲットは、従来よりも大幅に反りを低減し、またバッキングプレートを長期間水冷しても腐食することなく、低パーティクルの特性を出すことができた。
【0045】
(実施例2)
本発明の具体例を、図1、3を用いて説明する。純度3NのMoを直径540mm、総厚18mmの円盤状に加工し、さらに片方の面に直径480mm、深さ3mmの座繰りを入れ、バッキングプレートのベースになる凹型の材料を準備した(図1参照)。この時、段差部のエッジはR1.5の丸みをつけ、またMo底面全体には接合時にアンカー効果を持たせるために深さ0.12mmの溝を規則的に入れた。
【0046】
次に、防食性の金属となるアルミ(5052合金)を、凸部のエッジがR1.5で直径が480mm、また外径が600mm、内径が540mm、総厚が21mmになるように鉢型に加工した(図1、3参照)。
嵌め込み部分の公差は、実施例1と同様に注意した。この2つの材料の凹凸を連結させ、アルミの蓋をかぶせ、真空中でEB溶接して、アルミ容器の内部が真空を維持できるように封じ込めた。
【0047】
次に、このカプセルを400℃−150MPaのHIP処理を行い、Moとアルミの拡散接合を行った。ちなみに同条件の別サンプルを破壊してその接合界面の断面を観察したところ、図3のようになり、Moの溝にアルミが隙間なく充填され、Moとアルミが完全接合されていることを確認した。
【0048】
HIP処理が完了した材料は、カプセルを開封し、所定のバッキングプレート形状に機械加工を行った。この時、加工後のバッキングプレートの総厚は17mmとなるため、防食層であるはその30分の1となる0.57mm厚でアルミがモリブデンの底面を覆うようにした。加工が完了したバッキングプレートの構造の例を、図3に示す。
【0049】
次に、このバッキングプレートと、低熱膨張材料であるシリコンとをインジウムをロウ材にして180℃でボンディングを行い、そして降温速度を制御しながら室温まで冷却した。従来のバッキングプレートが全面アルミの場合では、シリコンとの熱膨張係数の違いから、ターゲット面にストレートゲージが当てた時の反りは0.7mm程度発生していた。
【0050】
しかし今回は、低熱膨張のモリブデンをベースにし、防食層となるアルミの比率を制御することにより、反り量は0.1mm未満になった。ボンディングが完了したスパッタリングターゲットの断面構造の例を、図1、3に示す。
次に、このアルミの面に冷却水が直接触れるように水を循環させ、30日連続運転後に、表面状態を観察した。その結果、アルミの表面はほとんど変化が見られず、下地のMoは完全に保護されており、従来のようにMoが腐食して黒い錆が発生するようなことはなかった。
【0051】
このようなバッキングプレートを用いて低熱膨張のターゲット素材と接合したスパッタリングターゲットは、従来よりも大幅に反りを低減し、またバッキングプレートを長期間水冷しても腐食することなく、低パーティクルの特性を出すことができた。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は、低熱膨張材料からなるターゲットに接合するためのMo又はMo合金製バッキングプレートであり、当該Mo又はMo合金製バッキングプレートを冷却する側(スパッタ面と反対側)の表面に、バッキングプレートの総厚の1/40〜1/8の厚みを有するCu、Al又はTiから選択した一種以上の金属又はこれらの合金を接合した防食性の金属からなる層を備えることを特徴とする。
【0053】
スパッタリングの際に特に問題となるのは、スパッタリングターゲットの反り、接合強度、バッキングプレートの耐食性であり、ターゲット材とバッキングプレートの熱膨張差を小さくし、接合時又はスパッタリング時の熱影響により反り(変形)が低減するとともに、接合界面の内部歪みを抑制した。また水冷するモリブデンが腐食し、スパッタ装置の周辺環境を汚染するという問題があるが、本願発明は、これを克服できる優れた効果を有する。
【0054】
そして、これによりスパッタリングの安定性に優れ、パーティクルが少なく、基板全体に均一な薄膜を形成できるスパッタリングターゲットの提供が可能となる。またハイパワーでのスパッタリングにおいても、スパッタ装置の周辺環境をクリーンに保ち、均一な成膜を可能とし、また不良率を低減し、かつ生産効率を上げることができるという大きな効果を有し、産業上極めて有効である。
図1
図2
図3