特許第6131856号(P6131856)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6131856
(24)【登録日】2017年4月28日
(45)【発行日】2017年5月24日
(54)【発明の名称】初期超微結晶合金薄帯
(51)【国際特許分類】
   C22C 45/02 20060101AFI20170515BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20170515BHJP
   H01F 1/153 20060101ALI20170515BHJP
   H01F 41/02 20060101ALI20170515BHJP
   B82Y 25/00 20110101ALI20170515BHJP
   B82Y 30/00 20110101ALI20170515BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20170515BHJP
【FI】
   C22C45/02 A
   C22C38/00 303S
   H01F1/153 108
   H01F41/02 C
   B82Y25/00
   B82Y30/00
   C21D6/00 C
【請求項の数】2
【全頁数】29
(21)【出願番号】特願2013-537458(P2013-537458)
(86)(22)【出願日】2012年9月11日
(86)【国際出願番号】JP2012073160
(87)【国際公開番号】WO2013051380
(87)【国際公開日】20130411
【審査請求日】2015年8月10日
(31)【優先権主張番号】特願2011-219094(P2011-219094)
(32)【優先日】2011年10月3日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080012
【弁理士】
【氏名又は名称】高石 橘馬
(72)【発明者】
【氏名】太田 元基
(72)【発明者】
【氏名】吉沢 克仁
【審査官】 佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−231463(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/024580(WO,A1)
【文献】 特開2011−149045(JP,A)
【文献】 特開平07−268566(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−45/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式:Fe100-x-y-zAxByXz(ただし、AはCu及び/又はAuであり、XはSi又はPであり、x、y及びzはそれぞれ原子%で0.1≦x≦5、10≦y≦22、0≦z≦10、及びx+y+z≦25の条件を満たす数である。)により表される組成を有し、平均粒径30 nm以下の超微細結晶粒が非晶質母相中に5〜30体積%の割合で分散した組織を有する初期超微結晶合金薄帯であって、
10〜100 mmの幅及び15〜26.8μm平均厚さを有し、幅方向の厚さの差が2μm以下であり、
幅方向の中央部及び端部におけるビッカース硬度Hv(荷重100 gで測定)がともに850〜1150であり、
中央部と端部とのビッカース硬度Hv(荷重100 gで測定)の差が150以下であり、端部より中央部の方がビッカース硬度Hvが高く、
端部におけるビッカース硬度Hvは、前記初期超微結晶合金薄帯の両側端からそれぞれ2 mmの位置で測定したビッカース硬度Hv1及びHv5(ただし、各位置での測定数は5以上)の平均値であり、
中央部におけるビッカース硬度Hvは、前記初期超微結晶合金薄帯の長手方向中心線の位置、及び前記中心線から幅方向にそれぞれ前記初期超微結晶合金薄帯の全幅の30%離隔した位置で測定したビッカース硬度Hv2、Hv3及びHv4(ただし、各位置での測定数は5以上)の平均値であり、
中央部と端部とのビッカース硬度Hvの差は、ビッカース硬度Hv2、Hv3及びHv4のうちの最大値とビッカース硬度Hv1及びHv5のうちの最小値との差であることを特徴とする初期超微結晶合金薄帯。
【請求項2】
請求項1に記載の初期超微結晶合金薄帯において、幅方向の中央部及び端部におけるビッカース硬度Hv(荷重100 gで測定)がともに850〜1100であることを特徴とする初期超微結晶合金薄帯。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安定的にきれいに切断できる初期超微結晶合金薄帯関する。
【背景技術】
【0002】
各種のリアクトル、チョークコイル、パルスパワー磁性部品、トランス、モータ又は発電機の磁心、電流センサ、磁気センサ、アンテナ磁心、電磁波吸収シート等に用いる軟磁性材としては、珪素鋼、フェライト、Co基非晶質軟磁性合金、Fe基非晶質軟磁性合金及びFe基微結晶軟磁性合金がある。珪素鋼は安価で磁束密度が高いが、高周波では損失が大きく、かつ薄くしにくい。フェライトは飽和磁束密度が低いので、動作磁束密度が大きなハイパワー用途では磁気飽和しやすい。Co基非晶質軟磁性合金は高価な上に、飽和磁束密度が1 T以下と低いので、ハイパワー用に使用すると部品が大きくなり、また熱的に不安定であるため経時変化により損失が増加する。Fe基非晶質軟磁性合金は飽和磁束密度が1.5 T程度とまだ低く、また保磁力も十分低いとは言えない。しかし、これらの非晶質合金薄帯は高い靭性を有するため、ハサミ等の剪断式カッタにより簡単に切断できる。
【0003】
非晶質合金薄帯より優れた軟磁気特性を有するFe基微結晶軟磁性合金として、WO 2007/032531号は、組成式:Fe100-x-y-zCuxByXz(但し、XはSi,S,C,P,Al,Ge,Ga及びBeからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、x,y及びzはそれぞれ原子%で、0.1≦x≦3、10≦y≦20、0<z≦10、及び10<y+z≦24の条件を満たす数である。)により表され、平均粒径60 nm以下の結晶粒が非晶質母相中に30体積%以上分散した組織を有し、もって1.7 T以上の高い飽和磁束密度及び低い保磁力を有するFe基微結晶軟磁性合金を開示している。このFe基微結晶軟磁性合金は、Fe基合金の溶湯を急冷することにより非晶質中に平均粒径30 nm以下の微結晶粒が30体積%未満の割合で分散した超微結晶合金薄帯を一旦作製し、この超微結晶合金薄帯に高温短時間又は低温長時間の熱処理を施すことにより製造される。
【0004】
またWO 2010/084888号は、Fe100-x-y-zAxByXz(ただし、AはCu及び/又はAuであり、XはSi,S,C,P,Al,Ge,Ga及びBeから選ばれた少なくとも一種の元素であり、x,y及びzはそれぞれ原子%で0<x≦5、10≦y≦22、1≦z≦10、及びx+y+z≦25の条件を満たす数である。)により表される組成を有し、非晶質相中に平均粒径が60 nm以下の微細結晶粒が50%以上の体積分率で分散した母相を有し、表面から深さ30〜130 nmの範囲に前記母相よりB濃度が高い非晶質層を有する軟磁性合金薄帯を製造する方法において、(1) 前記組成を有する合金の溶湯を回転する冷却ロール上に噴出することにより急冷し、非晶質相中に平均粒径30 nm以下の微細結晶核が0%超え30%未満の体積分率で分散した母相を有する初期微結晶合金薄帯を形成し、その際前記初期微結晶合金薄帯を170〜350℃の温度に達したときに前記冷却ロールから剥離し、次いで(2) 前記初期微結晶合金薄帯に低濃度の酸素含有雰囲気中で熱処理を施すことを特徴とする方法を開示している。
【0005】
WO 2007/032531号の超微結晶合金薄帯又はWO 2010/084888号の初期微結晶合金薄帯は、積層又は巻回した後熱処理され、所望の軟磁気特性を有するトランス、リアクトル、チョークコイル等の磁性部品に形成される。積層又は巻回する前に、これらの薄帯を所定の寸法に切断する必要がある。しかし、超微細結晶粒が析出した組織を有するWO 2007/032531及びWO 2010/084888号の合金薄帯は高硬度で非常に脆い。そのため、図8に示すようにハサミ等の剪断式カッタ22で切断しようとすると、加圧点22aから放射状に複数のクラック11,11が伝播し、著しい割れが生じるという問題があることが分った。またガラスカッタ等によりケガキ線を入れた後で割ろうとしても、ケガキ線に沿ってきれいに割れない。
【0006】
さらに、超微細結晶粒が析出した組織を有する合金薄帯が幅広になるにつれて、著しい割れ等なしに合金薄帯を直線的に切断することが困難になる。合金薄帯を直線的に切断できないと、矩形断面が得られず磁束密度等を正確に評価できない。ひいては合金薄帯からなる巻磁心等の磁性部品の品質(軟磁気特性)を安定化できず、さらに熱処理等により切断面の凹凸からクラックが生じるおそれもある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明の目的は、超微細結晶粒が析出した組織を有するとともに、割れ等が少なく直線的に切断し得る初期超微結晶合金薄帯提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、(a) 超微細結晶粒が析出した組織を有する初期超微結晶合金薄帯を弾性変形可能な柔軟な土台上に載置し、薄帯の表面にカッタの刃を全長にわたって同時に押圧すると、薄帯はカッタによりシャープに折り曲げられ、もってカッタの刃に沿って割断されること、及び(b) 薄帯が所定の範囲内の硬度を有するとともに、硬度分布が小さいと、割断時に割れ等が少なく、もってきれいな直線状の切断部が得られることを発見し、本発明に想到した。
【0009】
すなわち、本発明の初期超微結晶合金薄帯は、一般式:Fe100-x-y-zAxByXz(ただし、AはCu及び/又はAuであり、XはSi又はPであり、x、y及びzはそれぞれ原子%で0.1≦x≦5、10≦y≦22、0≦z≦10、及びx+y+z≦25の条件を満たす数である。)により表される組成を有し、平均粒径30 nm以下の超微細結晶粒が非晶質母相中に5〜30体積%の割合で分散した組織を有する初期超微結晶合金薄帯であって、
10〜100 mmの幅及び15〜26.8μm平均厚さを有し、幅方向の厚さの差が2μm以下であり、
幅方向の中央部及び端部におけるビッカース硬度Hv(荷重100 gで測定)がともに850〜1150であり、
中央部と端部とのビッカース硬度Hv(荷重100 gで測定)の差が150以下であり、
端部におけるビッカース硬度Hvは、前記初期超微結晶合金薄帯の両側端からそれぞれ2 mmの位置で測定したビッカース硬度Hv1及びHv5(ただし、各位置での測定数は5以上)の平均値であり、
中央部におけるビッカース硬度Hvは、前記初期超微結晶合金薄帯の長手方向中心線の位置、及び前記中心線から幅方向にそれぞれ前記初期超微結晶合金薄帯の全幅の30%離隔した位置で測定したビッカース硬度Hv2、Hv3及びHv4(ただし、各位置での測定数は5以上)の平均値であり、
中央部と端部とのビッカース硬度Hvの差は、ビッカース硬度Hv2、Hv3及びHv4のうちの最大値とビッカース硬度Hv1及びHv5のうちの最小値との差であることを特徴とする。
【0011】
初期超微結晶合金薄帯の幅方向の中央部及び端部におけるビッカース硬度Hv(荷重100 gで測定)はともに850〜1100であるのが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
超微細結晶粒が析出した組織を有するとともに、所定の範囲の硬度及び小さな硬度分布を有する本発明の初期超微結晶合金薄帯は、直線的に切断が可能となり矩形断面が得られる。また、初期超微結晶合金薄帯は弾性変形可能な柔軟な土台上での線状押圧法により切断すると、割れ等の欠落部が少ない破断面が得られる。弾性変形可能な柔軟な土台は、厚さ及び硬度にかかわらず初期超微結晶合金薄帯を安定的に直線的に割断できるので、かかる土台を用いる本発明の方法は汎用性が大きい。本発明の方法ではカッタは初期超微結晶合金薄帯に押圧するだけなので、刃先の摩耗が少なく、長期間の使用が可能である。
【0018】
割断した初期超微結晶合金薄帯を熱処理してなる本発明のナノ結晶軟磁性合金薄帯は、クラックや割れがほとんどない破断面を有し、破断面がきれいに整っているので、切断部からクラックや割れが発生しておらず、設計通りの軟磁気特性を有する磁心等の磁性部品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1(a)】本発明の線状押圧法において、土台上に載置した初期超微結晶合金薄帯にカッタの刃を水平に当接させた段階を示す断面図である。
図1(b)】本発明の線状押圧法において、土台上に載置した初期超微結晶合金薄帯にカッタの刃を水平に当接させた段階を示す正面図である。
図1(c)】本発明の線状押圧法において、初期超微結晶合金薄帯に対してカッタの刃を押圧させた段階を示す断面図である。
図1(d)】本発明の線状押圧法において、カッタの刃の押圧により初期超微結晶合金薄帯が割断された段階を示す断面図である。
図2(a)】図1(c) の段階において、カッタの刃の押圧により初期超微結晶合金薄帯にクラックが発生した状態を示す拡大断面図である。
図2(b)】図1(d) の段階において、カッタの刃の押圧により発生したクラックが初期超微結晶合金薄帯を貫通した状態を示す拡大断面図である。
図3】本発明の線状押圧法による初期超微結晶合金薄帯の割断のメカニズムを示す拡大平面図である。
図4】本発明の線状押圧法により切断された初期超微結晶合金薄帯の切断面付近の欠落部を示す平面図である。
図5】初期超微結晶合金薄帯のビッカース硬度の測定方法を説明する概略図である。
図6】実施例1の初期超微結晶合金薄帯の破断面を示す顕微鏡写真である。
図7】実施例4の初期超微結晶合金薄帯の破断面を示す顕微鏡写真である。
図8】初期超微結晶合金薄帯を剪断式カッタで切断したときのクラックの伝搬を示す概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[1] 初期超微結晶合金薄帯
(1) 組成
本発明の初期超微結晶合金薄帯は、一般式:Fe100-x-y-zAxByXz(ただし、AはCu及び/又はAuであり、XはSi又はPであり、x、y及びzはそれぞれ原子%で0.1≦x≦5、10≦y≦22、0≦z≦10、及びx+y+z≦25の条件を満たす数である。)により表される組成を有する。勿論、上記組成は不可避的不純物を含んでも良い。1.7 T以上の飽和磁束密度Bsを有するためには、bcc-Feの微細結晶(ナノ結晶)を有する組織となる必要があり、そのためにはFe含有量が高いことが必要である。具体的には、Fe含有量は75原子%以上が必要であり、好ましくは77原子%以上、より好ましくは78原子%以上である。
【0021】
上記組成範囲内で、0.1≦x≦3、10≦y≦20、0≦z≦10、及び10<y+z≦24の場合、飽和磁束密度Bsは1.7 T以上であり、0.1≦x≦3、12≦y≦17、0<z≦7、及び13≦y+z≦20の場合、飽和磁束密度Bsは1.74 T以上であり、0.1≦x≦3、12≦y≦15、0<z≦5、及び14≦y+z≦19の場合、飽和磁束密度Bsは1.78 T以上であり、さらに、0.1≦x≦3、12≦y≦15、0<z≦4、及び14≦y+z≦17の場合、飽和磁束密度Bsは1.8 T以上である。
【0022】
良好な軟磁気特性、具体的には24 A/m以下、好ましくは12 A/m以下の保磁力と1.7 T以上の飽和磁束密度Bsを有するために、初期超微結晶合金は、高いFe含有量でも安定的に非晶質相が得られるFe-B系の基本組成に、Feと非固溶の核生成元素A(Cu及び/又はAu)を含有する。具体的には、非晶質の主相が安定的に得られるFeが88原子%以下のFe-B系合金に、Feと非固溶であるCu及び/又はAuを添加することにより超微細結晶粒を析出させる。超微細結晶粒はその後の熱処理により微結晶粒に均質に成長する。
【0023】
A元素の含有量xが少なすぎると超微細結晶粒の析出が困難であり、5原子%を超えると急冷により薄帯が脆化する。コスト的にA元素はCuが好ましい。3原子%を超えると軟磁気特性が悪化する傾向にあるので、Cuの含有量xは0.3〜2原子%が好ましく、より好ましくは1〜1.7原子%であり、最も好ましくは1.2〜1.6原子%である。Auを含有する場合、1.5原子%以下とするのが好ましい。
【0024】
B(ボロン)は非晶質相の形成を促進する元素である。Bが10原子%未満であると非晶質相を主相とする初期超微結晶合金薄帯を得るのが困難であり、22原子%を超えると得られる合金薄帯の飽和磁束密度が1.7 T未満となる。従って、Bの含有量yは10≦y≦22の条件を満たす必要がある。Bの含有量yは好ましくは11〜20原子%であり、より好ましくは12〜18原子%であり、最も好ましくは12〜17原子%である。
【0025】
X元素はSi又はPであり、特にSiが好ましい。X元素の添加により結晶磁気異方性の大きいFe-B又はFe-P(Pを添加した場合)が析出する温度が高くなるため、熱処理温度を高くできる。高温の熱処理を施すことにより微結晶粒の割合が増え、Bsが増加し、B-H曲線の角形性が改善される。X元素の含有量zの下限は0原子%でも良いが、1原子%以上であると薄帯の表面にX元素による酸化物層が形成され、内部の酸化を十分に抑制できる。またX元素の含有量zが10原子%を超えるとBsが1.7 T未満となる。X元素の含有量zは好ましくは2〜9原子%であり、より好ましくは3〜8原子%であり、最も好ましくは4〜7原子%である。
【0026】
X元素のうち、Pは非晶質相の形成能を向上させる元素であり、微結晶粒の成長を抑えるとともに、Bの酸化皮膜への偏析を抑える。そのため、Pは高靭性、高Bs及び良好な軟磁気特性の実現に好ましい。X元素としてS,C,Al,Ge,Ga又はBeを用いると、磁歪及び磁気特性を調整できる。
【0027】
Feの一部をNi,Mn,Co,V,Cr,Ti,Zr,Nb,Mo,Hf,Ta及びWから選ばれた少なくとも一種のD元素で置換しても良い。D元素の含有量は好ましくは0.01〜10原子%であり、より好ましくは0.01〜3原子%であり、最も好ましくは0.01〜1.5原子%である。D元素のうち、Ni,Mn,Co,V及びCrはB濃度の高い領域を表面側に移動させる効果を有し、表面に近い領域から母相に近い組織とし、もって軟磁性合金薄帯の軟磁気特性(透磁率、保磁力等)を改善する。またA元素及びB、Si等のメタロイド元素とともに熱処理後も残留する非晶質相に優先的に入るため、Fe含有量の高い微結晶粒の成長を抑制し、微結晶粒の平均粒径を低下させ、もって飽和磁束密度Bs及び軟磁気特性を改善する。
【0028】
特にFeの一部をA元素とともにFeに固溶するCo又はNiで置換すると、添加し得るA元素の量が増加し、もって結晶組織の微細化が促進され、軟磁気特性が改善される。Niの含有量は0.1〜2原子%が好ましく、0.5〜1原子%がより好ましい。Niの含有量が0.1原子%未満ではハンドリング性(割断性及び巻回性)の向上効果が不十分であり、2原子%を超えるとBs、B80及びHcが低下する。Coの含有量も0.1〜2原子%が好ましく、0.5〜1原子%がより好ましい。
【0029】
Ti,Zr,Nb,Mo,Hf,Ta及びWも同様にA元素及びメタロイド元素とともに熱処理後も残留する非晶質相に優先的に入るため、飽和磁束密度Bs及び軟磁気特性の改善に寄与する。一方、原子量の大きいこれらの元素が多すぎると、単位重量当たりのFeの含有量が低下して軟磁気特性が悪化する。これらの元素は総量で3原子%以下とするのが好ましい。特にNb及びZrの場合、含有量は合計で2.5原子%以下が好ましく、1.5原子%以下がより好ましい。Ta及びHfの場合、含有量は合計で1.5原子%以下が好ましく、0.8原子%以下がより好ましい。
【0030】
Feの一部をRe、Y、Zn、As、Ag、In、Sn、Sb、白金族元素、Bi、N、O、及び希土類元素から選ばれた少なくとも一種の元素で置換しても良い。これらの元素の含有量は総量で5原子%以下が好ましく、2原子%以下がより好ましい。特に高い飽和磁束密度を得るためには、これらの元素の総量は1.5原子%以下が好ましく、1.0原子%以下がより好ましい。
【0031】
(2) 組織
初期超微結晶合金薄帯は、平均粒径が30 nm以下の超微細結晶粒が非晶質母相中に5〜30体積%の割合で分散した組織を有する。超微細結晶粒の平均粒径が30 nm超であると、熱処理後の微結晶粒が粗大化し、軟磁気特性が劣化する。超微細結晶粒の平均粒径の下限は測定限界から0.5 nm程度であるが、1 nmが好ましく、2 nm以上がより好ましい。優れた軟磁気特性を得るためには、超微細結晶粒の平均粒径は5〜25 nmが好ましく、5〜20 nmがより好ましい。ただNi含有組成では、超微細結晶粒の平均粒径は5〜15 nm程度が好ましい。初期超微結晶合金薄帯における超微細結晶粒の体積分率が30体積%を超えると、超微細結晶粒の平均粒径が30 nm超となる傾向があり、初期超微結晶合金薄帯は脆くなりすぎる。一方、超微細結晶粒がないと(完全に非晶質であると)、熱処理により粗大結晶粒ができ易い。初期超微結晶合金薄帯における超微細結晶粒の体積分率は5〜25%が好ましく、5〜20%がより好ましい。
【0032】
超微細結晶粒間の平均距離(重心間の平均距離)が50 nm以下であると、微結晶粒の磁気異方性が平均化され、実効結晶磁気異方性が低下するので好ましい。平均距離が50 nmを超えると、磁気異方性の平均化の効果が薄れ、実効結晶磁気異方性が高くなり、軟磁気特性が悪化する。従って、超微細結晶粒間の平均距離は50 nm以下が好ましい。
【0033】
[2] 切断
非晶質母相に超微細結晶粒が分散していない非晶質合金薄帯は高い靭性を有するので、ハサミ等によるいわゆる「剪断切りモード」で切断することができる。剪断切りモードは基本的に塑性変形(剪断)による切断であるので、きれいな切断面が得られる。
【0034】
しかし、平均粒径30 nm以下の超微細結晶粒が非晶質母相中に5〜30体積%の割合で分散した組織を有する初期超微結晶合金薄帯では、高硬度の超微細結晶粒間がクラックのパスとなる。従って、剪断切りモードで一点に応力がかかると、その点から最も近い超微細結晶粒に向けてクラックは伝搬する。超微細結晶粒はランダムに分散しているので、クラックもランダムに伝搬し、直線的な切断を行うことができない。このように、初期超微結晶合金薄帯には剪断切りモードを適用できない。
【0035】
鋭意研究の結果、(a) 局所的な押圧により鋭角的に変形し得る柔軟な土台の上に初期超微結晶合金薄帯を載置し、(b) 初期超微結晶合金薄帯の表面に対してカッタの刃をほぼ水平に当接させ、(c) 初期超微結晶合金薄帯にほぼ均等に圧力がかかるように、カッタを初期超微結晶合金薄帯に押圧する工程からなるいわゆる「線状押圧法」を行うと、クラックや割れをほとんど発生させることなく初期超微結晶合金薄帯を直線的に割断できることが分った。以下、線状押圧法を詳細に説明する。
【0036】
(1) 線状押圧法
図1(a) 及び図1(b) に示すように、局所的な押圧により鋭角的に変形し得る柔軟な土台3の上に初期超微結晶合金薄帯1を載置し、初期超微結晶合金薄帯1の表面に対してカッタ2の刃2aを水平に当接させる。次いで、図1(c) に示すように、初期超微結晶合金薄帯1に均等に圧力がかかるように、初期超微結晶合金薄帯1にカッタ2の刃2aを均等に押圧する。すると、土台3の変形により初期超微結晶合金薄帯1はカッタ2の刃2aに沿ってシャープに折り曲げられ、初期超微結晶合金薄帯1に破断力がかかる。図1(d) に示すようにさらにカッタ2を押し下げると、折り曲げられた初期超微結晶合金薄帯1は脆性破壊限界に達し、カッタ2の刃2aに沿ってほぼ直線的に破断する。カッタ2の刃2aに沿ったこの脆性破断を「割断」と呼ぶ。
【0037】
図2(a) に示すように、初期超微結晶合金薄帯1の上面1aに当接したカッタ2の刃2aが押し下げられると、初期超微結晶合金薄帯1は折り曲げられてその非晶質母相中に析出した超微細結晶粒10に沿ってクラック11が伝搬する。図2(b) に示すように、さらにカッタ2の下降により初期超微結晶合金薄帯1がシャープに折り曲げられ、クラック11が下面1bに達すると、初期超微結晶合金薄帯1はクラック11に沿って脆性破壊する。図3に示すようにミクロ的に見ると、初期超微結晶合金薄帯1の上面1aに水平に押圧されるカッタ2の刃2aには多数の超微細結晶粒10が接するので、それらの超微細結晶粒10及びカッタ2の刃2aの近傍に位置する超微細結晶粒10から同時に伝搬するクラック11は短い距離で連結する。すなわち、クラック11はカッタ2の刃2aから余り離隔せずに連結する。その結果、マクロ的に見ると初期超微結晶合金薄帯1はほぼカッタ2の刃2aに沿って脆性的に破断されることになる。従って、本発明の線状押圧法による脆性的破断(割断)により得られる切断部はほぼ直線状である。初期超微結晶合金薄帯1は超微細結晶粒10間のクラック11により割れたと言えるので、初期超微結晶合金薄帯1の切断モードを「割れモード」と呼ぶことができる。
【0038】
カッタ2の刃2aに均等に押圧された初期超微結晶合金薄帯1はシャープに折り曲げられなければならないので、薄帯1を載置する土台3は局所的な押圧により鋭角的に変形し得るように柔軟である必要がある。初期超微結晶合金薄帯1の折れ曲がる角度θは60°以上が好ましい。折れ角度θが60°以上であれば、初期超微結晶合金薄帯1は確実に割断される。勿論、カッタ2の刃2aを上昇させて次の切断作業を行うために、土台3は元の位置に戻らなければならない。このため、土台3は柔軟でかつゴム弾性を有するものが好ましい。これに対して、土台3が硬過ぎると、カッタ2の刃2aの押圧により初期超微結晶合金薄帯1はシャープに折り曲がらないので、複雑に破断し、直線的な切断部は得にくい。
【0039】
土台3は単一のゴム又は樹脂により形成することができるが、十分な柔軟性と耐久性を有するために、図1(a) に示すようにスポンジ層3aの上面にゴムシート3bを貼付した積層体とするのが好ましい。ゴムシート3bは厚さ0.3〜2 mm程度の天然ゴム又は合成ゴムが好ましく、特に優れた摺動性のためにフッ素ゴム(フッ化ビニリデンゴム、テトラフルオロエチレンゴム等)が好ましい。スポンジ層3aはゴム又は樹脂のスポンジ、ウレタンフォーム等からなるのが好ましい。スポンジ層3aの厚さは、スポンジの変形によりカッタに押圧された初期超微結晶合金薄帯1が十分に鋭角的に折れ曲がり、割断するように設定する。具体的には、スポンジ層3aの厚さは2〜30 mm程度で良い。
【0040】
カッタ2は直線的な切断部が得られるものであれば特に限定されないが、直線的な刃2aを保持するために、金属製カッタが好ましい。初期超微結晶合金薄帯1に均等に押圧力をかけるために、カッタ2の刃2aの反り(直線からのずれ)は全長にわたって100μm以下であるのが好ましい。初期超微結晶合金薄帯1がシャープに折れ曲がる限り、カッタ2の刃2aは必ずしもナイフの刃のように鋭利である必要はなく、例えばステンレススチール製のハンドスクレーパの刃のような鋭利さでも良い。鋭利でないカッタ2を用いると刃先2aの摩耗や損傷がないので、カッタ2を長期間使用でき、経済的である。
【0041】
十分に柔軟な土台3に載置した初期超微結晶合金薄帯1にカッタ2の刃2aを押圧すると、刃先2a全体が薄帯1の表面に対して完全に水平でなくても、土台3の変形により薄帯1にかかる押圧力はほぼ均等化する。しかし、切断部の直線性を確実にするために、カッタ2の刃2aを初期超微結晶合金薄帯1にできる限り水平に押圧するのが好ましい。
【0042】
(2) 硬度及びその分布
初期超微結晶合金薄帯が「割れモード」で直線的に切断されるには、(a) 所望の平均粒径の超微細結晶粒が所望の割合(体積%)で非晶質母相中に分散していなければならず、かつ(b) 超微細結晶粒の分散が初期超微結晶合金薄帯内で均一でなければならない。しかし、超微細結晶粒の分散状態をいちいち顕微鏡観察により求めるのは大変であり、製造現場でも簡単に検査できる方法が望まれる。鋭意研究の結果、超微細結晶粒の析出程度はビッカース硬度Hvに相関しており、(a) 所望の平均粒径及び体積分率の超微細結晶粒が非晶質母相中に分散した初期超微結晶合金薄帯は、850〜1150の範囲内のビッカース硬度Hvを有すること、及び(b) 初期超微結晶合金薄帯の幅方向におけるビッカース硬度Hvの分布が不均一であると、薄帯を直線的に割断し難いことが分った。ビッカース硬度Hvの測定は現場でも簡単にできるので、ビッカース硬度Hvにより初期超微結晶合金薄帯の検査ができることは、本発明の重要な特徴である。
【0043】
初期超微結晶合金薄帯のビッカース硬度Hvは、非晶質母相中に析出した超微細結晶粒に起因する。より多くの超微細結晶粒が析出するにつれて初期超微結晶合金薄帯のビッカース硬度Hvは大きくなる。超微細結晶粒は、液体急冷時に過飽和濃度に達したCu原子が拡散、凝集してクラスタ(数nm程度の規則格子)を形成し、これを核として超微細結晶粒が析出する。このときの超微細結晶粒の析出量は冷却速度の影響を受け易い。冷却速度が速いと過飽和に達する前に非晶質母相が安定となるため、超微細結晶粒の数密度は低く、通常の非晶質母相の硬度とさほど変わらない。一方、冷却速度が遅いと超微細結晶粒の数密度が増加し、硬度は上がる。
【0044】
また、冷却ロールの冷却能は溶湯との接触面積とロール内の熱流束に依存するため、初期超微結晶合金薄帯のうち中央部より端部の方が熱の逃げ道が多く、その結果初期超微結晶合金薄帯の端部の方が中央部より冷却効率が良く、超微細結晶粒の数密度が低くなり、硬度が相対的に低くなることが分かった。さらに、幅方向に板厚差があると冷却速度に差が生じ、超微細結晶粒の体積分率に差が生じる。広幅の薄帯では冷却速度の幅方向の不均一性が現れ易いので、厚さの差を抑える必要がある。幅方向の厚さの差によっても幅方向の硬度分布が生じる。幅方向の硬度分布があると、超微細結晶粒の分散状態が幅方向に異なるため、クラックの伝搬が幅方向に異なり、直線的な切断部を得にくい。
【0045】
以上に鑑み鋭意研究の結果、初期超微結晶合金薄帯のビッカース硬度Hvが850〜1150の範囲内で、かつビッカース硬度Hvの幅方向の分布(最大値と最小値の差)が150以下であると、直線的な切断部が確実に得られることが分った。初期超微結晶合金薄帯のいずれの点でもビッカース硬度Hvが850未満の場合、超微細結晶粒の析出が不十分であり、割れモードと剪断切りモードが混在した状態であり、直線的な切断部が得られ難い。一方、ビッカース硬度Hvが1150超であると、超微細結晶粒の数が多過ぎるので、靭性が低過ぎ(脆過ぎ)、切断部が粉砕され易く、直線的な切断部を得るのは困難である。従って、できるだけ直線的な切断部を得るために、初期超微結晶合金薄帯の幅方向の中央部及び端部におけるビッカース硬度Hvはいずれも850〜1150の範囲内である必要があり、好ましくは850〜1100であり、より好ましくは850〜1000であり、最も好ましくは850〜900である。
【0046】
さらに、初期超微結晶合金薄帯のビッカース硬度Hvの幅方向分布(中央部と端部の硬度差)は150以内でなければならない。ここで、中央部と端部の硬度差とは中央部における最大のビッカース硬度Hvと端部における最小のビッカース硬度Hvとの差である。ビッカース硬度Hvの幅方向分布が150超であると、部分的に切断部が蛇行し、直線的でなくなる。ビッカース硬度Hvの幅方向分布は100以下が好ましく、50以下がより好ましい。
【0047】
なお、初期超微結晶合金薄帯のビッカース硬度Hvは、端部及び中央部の複数箇所の硬度を100 gfの負荷荷重で測定し、平均したものである。測定誤差を排除するために、各点での測定数(測定する試料の数)は5以上が好ましい。ただし、ここでは図5に示すように、端部のビッカース硬度Hvとは、初期超微結晶合金薄帯1の各側端から2 mmの位置で測定したビッカース硬度Hv1及びHv5の平均値を意味し、中央部のビッカース硬度Hvとは、初期超微結晶合金薄帯1の長手方向中心線Cの位置と、中心線Cから幅方向にそれぞれ全幅Dの30%離隔した位置で測定したビッカース硬度Hv2、Hv3及びHv4の平均値を意味する。なお、測定点や測定数はこれに限るものではなく適宜変更することができる。
【0048】
(3) 切断部の直線性
割れモードの切断では、初期超微結晶合金薄帯1の切断部12を完全に直線状にするのは不可能で、図4に示すように僅かながら凹凸がある。切断部12の凹凸はほぼクラックによる欠落部14により生じる。そこで、欠落部14の総面積Sを薄帯1の幅Dで割って欠落部14の平均深さDavを求め、平均深さDavと薄帯の幅Dから下記式:
欠落部の割合=(Dav/D)×100(%)
により欠落部14の割合を求める。生産性に影響を与えないためには、欠落部14の割合は5%以下である必要がある。欠落部14の割合は好ましくは3%以下である。
【0049】
勿論、欠落部14の割合が5%以下であっても、鋭い角部を有する欠落部14があると、そこからその後の工程でクラックが生じるおそれがあるので好ましくない。そのため、欠落部14における鋭い角部の有無も評価するのが好ましい。鋭い角部とは、(a) 二直線が90°以下の角度で交差した角部、又は(b) 曲率半径が1 mm以下の曲線状角部である。欠落部14の割合が5%以下で、かつ鋭い角部がなければ、初期超微結晶合金薄帯1の切断部12は良好な直線性を有すると言える。
【0050】
(3) 厚さ分布
合金薄帯の磁気特性(特に磁束密度)を評価する際、幅方向に厚さ分布(差)があると、上記硬さ分布が生じる。その上、幅方向に厚さ分布があると、合金薄帯の断面積を正確に求めることが困難であるだけでなく、積層したときの占積率が低下する。従って、合金薄帯の幅方向の厚さ分布はできるだけ小さいのが良い。厚さ分布は上記硬さ分布の原因となる。
【0051】
初期超微結晶合金薄帯の幅方向の厚さ分布を低減するためには、鋳造時のノズルと冷却ロールとの間のギャップを調整するのが有効であることが分った。即ち、ノズルとロールのギャップが広すぎると、合金薄帯の断面は中央部が厚く端部が薄くなる。板厚の違いによって冷却速度の差が生じるので、超微細結晶粒の密度にも差が生じ、幅方向の硬さ分布が生じる。具体的には幅10 mm以上、厚さ15μm以上の合金薄帯を鋳造するとき、ノズルと冷却ロールとの間のギャップを300μm以下にすると、幅方向の厚さ分布が2μm以下となり、幅方向の硬度差を抑制できる。幅方向の厚さ分布をより小さくするために、ノズルと冷却ロールとの間のギャップは150〜250μmが好ましく、180〜230μmがより好ましい。
【0052】
(4) 切断面の形態
本発明の線状押圧法による初期超微結晶合金薄帯の切断面には、カッタの刃による傷や塑性変形の痕跡が見られず、クラックの伝播による割れにより切断されたことが分かる。比較的低いビッカース硬度Hvを有する初期超微結晶合金薄帯の線状押圧法による切断面では、カッタの刃の押圧による塑性変形域が幅方向に部分的に形成されるが、大部分がクラックの伝播による割れモードである。これに対して、非晶質合金薄帯のハサミによる切断面には上下方向の縦縞が見られ、剪断切りモードであることが分かる。
【0053】
[2] ナノ結晶軟磁性合金薄帯
初期超微結晶合金薄帯の割れモードによる切断片を熱処理すると、ナノ結晶軟磁性合金薄帯片が得られる。ナノ結晶軟磁性合金薄帯は、初期超微結晶合金薄帯自体の特性を保持するとともに、欠落部の割合も反映される。よって切断部に沿った欠落部の割合が5%以下であることを特徴とする。欠落部の割合は3%以下が好ましく、また切断部には鋭い角部がないのが好ましい。
【0054】
[3] 初期超微結晶合金薄帯の製造方法
(1) 合金溶湯
合金溶湯はFe100-x-y-zAxByXz(ただし、AはCu及び/又はAuであり、XはSi,S,C,P,Al,Ge,Ga及びBeから選ばれた少なくとも一種の元素であり、x、y及びzはそれぞれ原子%で0<x≦5、10≦y≦22、0≦z≦10、及びx+y+z≦25の条件を満たす数である。)により表される組成を有する。A元素としてCuを使用した場合を例にとって、製造方法を以下詳細に説明する。
【0055】
(2) 溶湯の急冷
合金溶湯の急冷は単ロール法により行うことができる。溶湯温度は合金の融点より50〜300℃高いのが好ましく、例えば超微細結晶粒が析出した厚さ数十μmの薄帯を製造する場合、約1300〜1400℃の溶湯をノズルから冷却ロール上に噴出させるのが好ましい。単ロール法における雰囲気は、合金が活性な金属を含まない場合は大気又は不活性ガス(Ar、窒素等)であり、活性な金属を含む場合は不活性ガス(Ar、He、窒素等)又は真空である。表面に酸化皮膜を形成するためには、溶湯の急冷を酸素含有雰囲気(例えば大気)中で行うのが好ましい。
【0056】
超微細結晶粒の生成は合金薄帯の冷却速度と時間に密接に関連する。そのため、超微細結晶粒の体積分率を制御するのが重要である。超微細結晶粒の体積分率を制御する手段の一つは、冷却ロールの周速の制御である。ロールの周速が速くなると超微細結晶粒の体積分率が低減し、遅くなると増加する。ロールの周速は15〜50 m/sが好ましく、20〜40 m/sがより好ましく、25〜35 m/sが最も好ましい。
【0057】
ロールの材質は、高熱伝導率の純銅、又はCu-Be、Cu-Cr、Cu-Zr、Cu-Zr-Cr等の銅合金が適している。大量生産の場合、又は厚い及び/又は広幅の薄帯を製造する場合、ロールは水冷式が好ましい。ロールの水冷は超微細結晶粒の体積分率に影響するので、ロールの冷却能力(冷却速度と言っても良い)を維持することが有効である。量産ラインにおいては、ロールの冷却能力は冷却水の温度に相関しており、冷却水を所定の温度以上に保つのが効果的である。
【0058】
(3) ギャップの調整
合金溶湯を高速で回転する冷却ロールに吹き付けて鋳造する単ロール法では、溶湯はロール上で直ちには固まらず、液相状態を10-8〜10-6秒程度保つ。この状態の溶湯をパドルと呼ぶ。パドル制御により板厚、断面形状、表面起伏等を調整できる。ノズルと冷却ロールとの間のギャップ、出湯圧力、溶湯の自重等を調節することにより、パドルを制御することができる。このうち、出湯圧力及び溶湯の自重は溶湯の残量、溶湯温度等により変化するため、調節が困難である。これに対して、ギャップ制御は、ノズルと冷却ロールとの間の距離をモニタリングし、常にフィードバックをかけることにより簡単に行うことができる。従って、ギャップ制御により初期超微結晶合金薄帯の板厚、断面形状、表面起伏等を調整するのが好ましい。
【0059】
一般に、ギャップが広いほど湯流れが良く、初期超微結晶合金薄帯を厚くしたりパドルの崩壊を防いだりするのに有効である。しかし、ギャップが広すぎると薄帯は中央部が厚く端部が薄い断面形状を有し、板厚差による冷却速度の差によって超微細結晶粒の析出量に差が生じ、その結果硬度差が生じる。幅方向の厚さの差を2μm以下にして硬度差を抑えるために、ギャップを300μm以下にする必要がある。ギャップは250μm以下が好ましく、200μm以下がより好ましい。また、ギャップ間隔を狭めたり、ノズルのスリット形状を変更したりすることにより、幅方向の中央部より端部が厚い断面形状にすると、幅方向の冷却速度差がなくなり、幅方向の硬度分布がなくなる。なお、ギャップ間隔を狭くすると、板厚差は抑制できるが、パドルが崩壊し易くなるという問題が生じる。生産性の観点から、ギャップの下限は100μmとするのが良い。またスリット中央部の間隔を狭くすると、溶湯が詰まりやすくなるので、端部のスリット間隔/中央部のスリット間隔の比を2倍以下にするのが望ましい。
【0060】
(4) 剥離温度
急冷により得られた初期超微結晶合金薄帯と冷却ロールとの間にノズルから不活性ガス(窒素等)を吹き付けることにより、初期超微結晶合金薄帯を冷却ロールから剥離する。初期超微結晶合金薄帯の剥離温度(冷却時間に相関する)も超微細結晶粒の体積分率に影響する。初期超微結晶合金薄帯の剥離温度は不活性ガスを吹き付けるノズルの位置(剥離位置)を変えることにより調整でき、一般に170〜350℃であり、好ましくは200〜340℃であり、より好ましくは250〜330℃である。剥離温度が170℃未満であると、急冷し過ぎて合金組織がほぼ非晶質となる。一方、剥離温度が350℃超であると、Cuによる結晶化が進み過ぎ、脆くなりすぎる。適正な冷却速度であると、薄帯の表面域は比較的急冷によりCu量が減って超微細結晶粒が生成されないが、内部では冷却速度が比較的遅いために超微細結晶粒が多く析出する。
【0061】
剥離した初期超微結晶合金薄帯の内部はまだ比較的高温であるので、さらなる結晶化を防止するために、巻き取る前に初期超微結晶合金薄帯を十分に冷却する。例えば、剥離した初期超微結晶合金薄帯に不活性ガス(窒素等)を吹き付けて、実質的に室温まで冷却した後巻き取る。
【0062】
[4] ナノ結晶軟磁性合金薄帯
初期超微結晶合金薄帯の熱処理により、平均粒径60 nm以下の体心立方(bcc)構造の微結晶粒が30%以上、好ましくは50%以上の体積分率で非晶質相中に分散した組織を有するナノ結晶軟磁性合金薄帯が得られる。微結晶粒の平均粒径は勿論熱処理前の超微細結晶粒の平均粒径よりは大きく、具体的には15 〜40nmが好ましい。上記の通り、初期超微結晶合金薄帯の段階でビッカース硬度Hvを測定することにより所望の軟磁気特性を発現できるか否か確認しているので、熱処理により得られるナノ結晶軟磁性合金薄帯も優れた軟磁気特性を有することが確実に予想できる。
【0063】
(1) 熱処理方法
(a) 高温短時間熱処理
本発明の初期超微結晶合金薄帯に施す熱処理の態様には、初期超微結晶合金薄帯を100℃/分以上の昇温速度で最高温度まで加熱し、最高温度に1時間以下保持する高温高速熱処理がある。最高温度までの平均昇温速度は100℃/分以上が好ましい。300℃以上の高温域での昇温速度は磁気特性に大きな影響を与えるため、300℃以上での平均昇温速度は100℃/分以上が好ましい。熱処理の最高温度は(TX2−50)℃以上(TX2は化合物の析出温度である。)とするのが好ましく、具体的には430℃以上が好ましい。430℃未満であると、微結晶粒の析出及び成長が不十分である。最高温度の上限は500℃(TX2)以下であるのが好ましい。最高温度の保持時間が1時間超でも微結晶化はあまり変わらず、生産性が低い。保持時間は好ましくは30分以下であり、より好ましくは20分以下であり、最も好ましくは15分以下である。このような高温熱処理でも、短時間であれば結晶粒成長を抑制するとともに化合物の生成を抑えることができ、保磁力が低下し、低磁場での磁束密度が向上し、ヒステリシス損失が減少する。
【0064】
(b) 低温長時間熱処理
他の熱処理の態様として、初期超微結晶合金薄帯を約350℃以上〜430℃未満の最高温度に1時間以上保持する低温低速熱処理がある。量産性の観点から、保持時間は24時間以下が好ましく、4時間以下がより好ましい。保磁力の増加を抑制するため、平均昇温速度は0.1〜200℃/分が好ましく、0.1〜100℃/分がより好ましい。この熱処理により角形性の高いナノ結晶軟磁性合金薄帯が得られる。
【0065】
(c) 熱処理雰囲気
熱処理雰囲気は空気でもよいが、Si,Fe,B及びCuを表面側に拡散させることにより所望の層構成を有する酸化皮膜を形成するために、熱処理雰囲気の酸素濃度は6〜18%が好ましく、8〜15%がより好ましく、9〜13%が最も好ましい。熱処理雰囲気は窒素、Ar、ヘリウム等の不活性ガスと酸素との混合ガスが好ましい。熱処理雰囲気の露点は−30℃以下が好ましく、−60℃以下がより好ましい。
【0066】
(d) 磁場中熱処理
磁場中熱処理によりナノ結晶軟磁性合金薄帯に良好な誘導磁気異方性を付与するために、熱処理温度が200℃以上である間(20分以上が好ましい)、昇温中、最高温度の保持中及び冷却中のいずれでも、軟磁性合金を飽和させるのに十分な強さの磁場を印加するのが好ましい。磁場強度は合金薄帯の形状に応じて異なるが、薄帯の幅方向(環状磁心の場合、高さ方向)及び長手方向(環状磁心の場合、円周方向)のいずれに印加する場合でも8 kA/m以上が好ましい。磁場は直流磁場、交流磁場、パルス磁場のいずれでも良い。磁場中熱処理により高角形比又は低角形比の直流ヒステリシスループを有するナノ結晶軟磁性合金薄帯が得られる。磁場を印加しない熱処理の場合、ナノ結晶軟磁性合金薄帯は中程度の角形比の直流ヒステリシスループを有する。
【0067】
(2) 表面処理
ナノ結晶軟磁性合金薄帯に、必要に応じてSiO2、MgO、Al2O3等の酸化物被膜を形成しても良い。表面処理を熱処理工程中に行うと酸化物の結合強度が上がる。必要に応じてナノ結晶軟磁性合金薄帯からなる磁心に樹脂を含浸させても良い。
【0068】
(3) ナノ結晶軟磁性合金薄帯母相の組織
熱処理後のナノ結晶軟磁性合金薄帯は、平均粒径60 nm以下の体心立方(bcc)構造の微結晶粒が30%以上の体積分率で非晶質相中に分散した組織を有する。微結晶粒の平均粒径が60 nmを超えると軟磁気特性が低下する。微結晶粒の体積分率が30%未満では、非晶質の割合が多すぎ、飽和磁束密度が低い。熱処理後の微結晶粒の平均粒径は40 nm以下が好ましく、30 nm以下がより好ましい。微結晶粒の平均粒径の下限は一般に12 nmであり、好ましくは15 nmであり、より好ましくは18 nmである。また熱処理後の微結晶粒の体積分率は50%以上が好ましく、60%以上がより好ましい。60 nm以下の平均粒径及び30%以上の体積分率で、Fe基非晶質合金より磁歪が低く軟磁性に優れた合金薄帯が得られる。同組成のFe基非晶質合金薄帯は磁気体積効果により比較的大きな磁歪を有するが、bcc-Feを主体とする微結晶粒が分散したナノ結晶軟磁性合金薄帯は磁気体積効果により生じる磁歪がはるかに小さく、ノイズ低減効果が大きい。
【0069】
[5] 磁性部品
ナノ結晶軟磁性合金薄帯を用いた磁性部品は、飽和磁束密度が高いので、磁気飽和が問題となるハイパワーの用途に好適であり、例えばアノードリアクトル等の大電流用リアクトル、アクティブフィルタ用チョークコイル、平滑用チョークコイル、レーザ電源や加速器等に用いられるパルスパワー磁性部品、トランス、通信用パルストランス、モータ又は発電機の磁心、ヨーク材、電流センサ、磁気センサ、アンテナ磁心、電磁波吸収シート等が挙げられる。また、合金薄帯を複数積層して積層体となし、これらの積層体をさらに積層して一旦積層構造としたのち、ステップラップやオーバラップ状に巻いた変圧器用の鉄心としても適用できる。
【0070】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。なお、各実施例及び比較例において、剥離温度、微結晶粒の平均粒径及び体積分率、ビッカース硬度Hv、切断モード、欠落部の割合は下記の方法により求めた。
【0071】
(1) 剥離温度の測定
ノズルから吹き付ける窒素ガスにより冷却ロールから剥離するときの初期超微結晶合金薄帯の温度を放射温度計(アピステ社製、型式:FSV-7000E)により測定し、剥離温度とした。
【0072】
(2) 超微細結晶粒の平均粒径及び体積分率の測定
超微細結晶粒の平均粒径は、各試料のTEM写真から任意に選択したn個(30個以上)の超微細結晶粒の長径DL及び短径DSを測定し、Σ(DL+DS)/2nの式に従って平均することにより求めた。また各試料のTEM写真に長さLtの任意の直線を引き、各直線が超微細結晶粒と交差する部分の長さの合計Lcを求め、各直線に沿った超微細結晶粒の割合LL=Lc/Ltを計算した。この操作を5回繰り返し、LLを平均することにより超微細結晶粒の体積分率を求めた。ここで、体積分率VL=Vc/Vt(Vcは超微細結晶粒の体積の総和であり、Vtは試料の体積である。)は、VL≒Lc3/Lt3=LL3と近似的に扱った。
【0073】
(3) ビッカース硬度Hvの測定
図5に示すように、各初期超微結晶合金薄帯1の試料の幅方向及び長手方向に5×5の測定点を設け、長手方向に延在する5つの測定点列1〜5を得た。ただし、端部の測定点列1,5は各側端から2 mmの位置とし、中央部の測定点列2,3,4は中心線Cの位置及びそれから幅方向にそれぞれ全幅Dの30%離隔した位置とした。各測定点での試料のビッカース硬度Hvは、マイクロビッカース硬度計(株式会社ミツトヨ製、型式:MODEL-MVK Type C7)を用いて、100 gの負荷荷重で測定した。
【0074】
各測定点列1〜5におけるビッカース硬度Hvの平均値をそれぞれHv1、Hv2、Hv3、Hv4及びHv5として、Hv1とHv5の平均値を端部のビッカース硬度Hvとし、Hv2〜Hv4の平均値を中央部のビッカース硬度Hvとし、Hv1〜Hv5の平均値を合金薄帯全体のビッカース硬度Hvとし、Hv2〜Hv4のうちの最大値とHv1及びHv5のうちの最小値との差を中央部と端部のビッカース硬度Hvの差とした。
【0075】
(4) 切断モードの判定
まず、各初期超微結晶合金薄帯の試料を幅方向にハサミで切断し、1 mm以上の欠落部なしに直線的に切断できた場合は「剪断切りモード」とした。次いで、1 mm以上の欠落部が形成された試料を、図1に示す線状押圧法で幅方向に割断し、切断部の直線性(欠落部の割合)を評価した。切断部における欠落部の割合は、図4に示すように初期超微結晶合金薄帯1の切断部12に沿って生じた割れ等の欠落部14の総面積Sを薄帯1の幅Dで割って欠落部14の平均深さDavを求め、平均深さDavと薄帯の幅Dから下記式:
欠落部の割合=(Dav/D)×100(%)
により求めた。欠落部の割合が5%以下であれば切断部の直線性は良好であると判定した。
【0076】
実施例1〜8
銅合金製の冷却ロールを用いる単ロール法により、表1に示す組成を有する合金溶湯(1300℃)を大気中で超急冷し、250℃の薄帯温度でロールから剥離し、幅25 mm(実施例1〜5)及び50 mm(実施例6〜8)の初期超微結晶合金薄帯を作製した。超微細結晶粒の平均粒径及び体積分率、並びに初期超微結晶合金薄帯のビッカース硬度Hvを調整するために、表1に示すように鋳造時のノズルと冷却ロールとの間のギャップ及びロール周速(27〜36 m/s)を変えた。
【0077】
図5に示すように、各初期超微結晶合金薄帯の各測定点列1〜5での厚さ及びビッカース硬度Hvを測定した。平均厚さは測定点列1〜5で測定した厚さの平均であり、厚さ差は測定点列1〜5で測定した最大厚さと最小厚さとの差である。また、各初期超微結晶合金薄帯における超微細結晶粒の平均粒径及び体積分率を測定した。結果を表1に示す。ただし、中央部のビッカース硬度HvはHv2、Hv3及びHv4の平均値であり、端部のビッカース硬度HvはHv1及びHv5の平均値であり、硬度差は中央部のHv2、Hv3及びHv4のうちの最大値と端部のHv1及びHv5のうちの最小値との差であり、全体のビッカース硬度HvはHv1、Hv2、Hv3、Hv4及びHv5の平均値である。
【0078】
各初期超微結晶合金薄帯をハサミで切断(剪断切断)したときに、直線状に切断できた場合を「切断」とし、クラック又は割れが生じた場合を「破壊」とした。クラック又は割れが生じた初期超微結晶合金薄帯に対して、図1に示す線状押圧法による切断を行い、割れモードで切断(割断)できるか否かを調べ、さらに切断部の直線性(欠落部の割合)を測定した。結果を表1に示す。
【0079】
比較例1〜9
実施例1〜8と同じ条件で表1に示す組成を有する合金溶湯を大気中で超急冷し、幅25 mm(比較例1〜6)及び50 mm(比較例7〜9)の初期超微結晶合金薄帯(比較例1〜6及び9)及び非晶質合金薄帯(比較例7、8)を作製した。各初期超微結晶合金薄帯について、実施例1〜8と同様にして各測定点列1〜5での厚さ及びビッカース硬度Hvを測定し、また各合金薄帯における超微細結晶粒の平均粒径及び体積分率を測定した。さらに、剪断切断及び線状押圧法による切断を行い、切断部の直線性(欠落部の割合)を評価した。結果を表1に示す。
【0080】
【表1-1】
【0081】
【表1-2】
【0082】
【表1-3】
【0083】
実施例1では、鋳造時のノズルと冷却ロールとの間のギャップを300μmとし、ロール周速を36 m/sとした。初期超微結晶合金薄帯の一側端から2 mm(測定点列1)、5 mm(測定点列2)、12.5 mm(測定点列3)、20 mm(測定点列4)、及び23 mm(測定点列5)の位置におけるビッカース硬度Hv1、Hv2、Hv3、Hv4及びHv5、及び厚さを測定した。結果を表2に示す。
【0084】
中央部のビッカース硬度Hv(Hv2、Hv3及びHv4の平均)はHv 1024であり、端部のビッカース硬度Hv(Hv1及びHv5の平均)は881であり(表1参照)、ともに850〜1150の範囲内であった。また、幅方向の硬度差(中央部で最大のビッカース硬度Hv4=1027と端部で最小のビッカース硬度Hv1=880との差)は147であり、150以下の要件を満たした(表1参照)。幅方向の硬度差は、冷却速度の差により端部の方が超微細結晶粒の析出量が少ないためである。また幅方向の厚さの差は24.0−22.1=1.9μmと小さかった。
【0085】
実施例1の初期超微結晶合金薄帯に対するハサミによる剪断切断ではクラック及び割れが生じ「破壊」であったが、本発明の線状押圧法による切断では初期超微結晶合金薄帯はほぼ直線状に割断され(割れモード)、欠落部の割合は4.5%と低かった。幅方向の厚さの差が1.9 mmと小さいので、超微細結晶粒が幅方向に均一に分散しており、欠落部が抑制されたと考えられる。図6は、線状押圧法により切断した実施例1の初期超微結晶合金薄帯(比較的高いビッカース硬度Hvを有する)の破断面を示す顕微鏡写真である。断面のほぼ全面が脆性的な破断面を呈しており、破断面に沿って欠落部が認められるが、欠落部は深くないことが分かる。
【0086】
【表2】
【0087】
実施例3では、鋳造時のノズルと冷却ロールとの間のギャップを250μmとし、ロール周速を31 m/sとした。実施例1と同様に測定した各測定点列1〜5での初期超微結晶合金薄帯のビッカース硬度及び厚さを表3に示す。中央部のビッカース硬度Hvは910であり、端部のビッカース硬度Hvは864であり、ともに850〜1150の範囲内であった。また幅方向の硬度差は920−861=59であり、幅方向の厚さの差は21.7−20.7=1μmと小さかった。本発明の線状押圧法による切断では初期超微結晶合金薄帯はほぼ直線状に割断され(割れモード)、欠落部の割合は0.5%と低かった。
【0088】
実施例2では、鋳造時のノズルと冷却ロールとの間のギャップを270μmとし、ロール周速を34 m/sとした。得られた初期超微結晶合金薄帯は実施例1と実施例3の中間のビッカース硬度を有しており、また本発明の線状押圧法による切断では初期超微結晶合金薄帯はほぼ直線状に割断され(割れモード)、欠落部の割合は1.0%と低かった。
【0089】
【表3】
【0090】
実施例4では、鋳造時のノズルと冷却ロールとの間のギャップを210μmとし、ロール周速を28 m/sとした。実施例1と同様に測定した各測定点列1〜5での初期超微結晶合金薄帯のビッカース硬度及び厚さを表4に示す。合金薄帯の中央部及び端部のビッカース硬度Hvはともに850〜1150の範囲内であった。また幅方向の硬度差は892−855=37であり、幅方向の厚さの差は21.5−21.0=0.5μmと小さかった。本発明の線状押圧法による切断では初期超微結晶合金薄帯はほぼ直線状に割断され(割れモード)、欠落部の割合は0.3%と低かった。図7は、線状押圧法により切断した実施例4の初期超微結晶合金薄帯(比較的低いビッカース硬度Hvを有する)は破断面を示す顕微鏡写真である。破断面の上部にカッタの刃の押圧による塑性変形域が認められ、その下にクラックの伝播による割れモードの破断面(脆性破断面)が認められる。このようにビッカース硬度Hvが比較的低い場合には塑性変形域も存在するが、全体的には割れモードであり、クラックによる欠落部が少ないことが分かる。
【0091】
【表4】
【0092】
実施例5では、鋳造時のノズルと冷却ロールとの間のギャップを210μmとし、ロール周速を27 m/sとした。実施例1と同様に測定した各測定点列1〜5での初期超微結晶合金薄帯のビッカース硬度及び厚さを表5に示す。合金薄帯の中央部及び端部のビッカース硬度Hvはともに850〜1150の範囲内であった。幅方向の厚さの差は21.7−21.0=0.7μmと小さかったが、この例では端部の方が中央部より厚かった。これは、パドルの中央部が押し潰されるような力が働いたためと推測される。ただ、幅方向の硬度差は32と実施例4とほぼ同じであった。本発明の線状押圧法による切断では初期超微結晶合金薄帯はほぼ直線状に割断され(割れモード)、欠落部の割合は0.2%と低かった。
【0093】
【表5】
【0094】
以上の通り、実施例1〜5の初期超微結晶合金薄帯は、線状押圧法による「割れモード」の切断が可能であり、非常に直線性の良い切断部が得られた。
【0095】
比較例3では、鋳造時のノズルと冷却ロールとの間のギャップは150μmとし、ロール周速を27 m/sとした。実施例1と同様に測定した各測定点列1〜5での初期超微結晶合金薄帯のビッカース硬度及び厚さを表6に示す。合金薄帯の中央部及び端部のビッカース硬度Hvはともに850未満であり、特に端部のビッカース硬度Hvが著しく低かった。硬度差は47であるが、厚さの差は18.8−18.1=0.7μmと小さかったが、超微細結晶粒の析出により脆化した部分とほとんど析出がなく靭性を有する部分とがマクロ的に混在しているために、本発明の線状押圧法では割断できない部分があった。これは、ギャップが狭くてロール周速が速いために、得られる初期超微結晶合金薄帯が薄く、超微結晶粒の析出量を制御できなかったためであると考えられる。この傾向は比較例1〜5に共通して認められた。
【0096】
【表6】
【0097】
比較例6では、鋳造時のノズルと冷却ロールとの間のギャップを320μmとし、ロール周速を30 m/sとした。実施例1と同様に測定した各測定点列1〜5での初期超微結晶合金薄帯のビッカース硬度及び厚さを表7に示す。中央部のビッカース硬度Hvは1127で、端部のビッカース硬度Hvは928であり、ともに850〜1150の範囲内であるが、硬度差は208と大きかった。また幅方向の厚さの差も25.6−23.1=2.5μmと大きかった。そのため、剪断切断では著しく破壊し、本発明の線状押圧法では割れモードで切断されたが、欠落部の割合は8.0%と高かった。320μmと300μmより広いギャップでは、得られる初期超微結晶合金薄帯に硬度及び厚さの大きな分布が生じ、線状押圧法により満足な切断ができないことが分った。
【0098】
【表7】
【0099】
比較例7の合金薄帯は超微細結晶粒の核となるCuを含有しておらず、また比較例8の合金薄帯はCu含有量が少なく、かつ微結晶化を抑制するNbを多く含有していた。そのため、実施例1と同じように製造しても比較例7及び8の合金薄帯は非晶質であった。
比較例7では、鋳造時のノズルと冷却ロールとの間のギャップを180μmとし、ロール周速を23 m/sとし、実施例1と同様に測定した各測定点列1〜5での非晶質合金薄帯のビッカース硬度及び厚さを表8に示す。非晶質合金薄帯の中央部及び端部のビッカース硬度Hvはともに850未満で、全体のビッカース硬度Hvも801と低かった。そのため、剪断切りモードで切断されるが、本発明の線状押圧法では全く切断されなかった。
【0100】
比較例8では、鋳造時のノズルと冷却ロールとの間のギャップを180μmとし、ロール周速を27 m/sとした。比較例8の非晶質合金薄帯も中央部及び端部のビッカース硬度Hvがともに850未満で、全体のビッカース硬度Hvも750と低かった。そのため、剪断切りモードで切断されるが、本発明の線状押圧法では全く切断されなかった。これは、比較例7と同様に比較例8の合金薄帯も非晶質であるので、靭性が高いためである。
【0101】
【表8】
【0102】
実施例6では、鋳造時のノズルと冷却ロールとの間のギャップを250μmとし、ロール周速を32 m/sとした。実施例1と同様に測定した各測定点列1〜5での初期超微結晶合金薄帯のビッカース硬度及び厚さを表9に示す。合金薄帯の中央部及び端部のビッカース硬度Hvはともに850〜1150の範囲内であり、硬度差は52であった。また幅方向の厚さの差は23.7−22.7=1μmと小さかった。本発明の線状押圧法による切断では初期超微結晶合金薄帯はほぼ直線状に割断され(割れモード)、欠落部の割合は2.0%と低かった。
【0103】
【表9】
【0104】
実施例7では、鋳造時のノズルと冷却ロールとの間のギャップを300μmとし、ロール周速を35 m/sとした。実施例1と同様に測定した各測定点列1〜5での初期超微結晶合金薄帯のビッカース硬度及び厚さを表10に示す。合金薄帯の中央部及び端部のビッカース硬度Hvはともに850〜1150の範囲内であり、硬度差は38であった。また幅方向の厚さの差は24.8−23.0=1.8μmと小さかった。本発明の線状押圧法による切断では初期超微結晶合金薄帯はほぼ直線状に割断され(割れモード)、欠落部の割合は4.5%と低かった。
【0105】
【表10】
【0106】
実施例8の合金溶湯はCuの含有量が1.6原子%と多いので、比較的薄い初期超微結晶合金薄帯を形成することができた。このように薄い薄帯でも中央部及び端部のビッカース硬度Hvがともに850〜1150の範囲内であり、硬度差が70であったので、本発明の線状押圧法による切断では初期超微結晶合金薄帯はほぼ直線状に割断され(割れモード)、欠落部の割合は4.2%と低かった。
【0107】
比較例9では、鋳造時のノズルと冷却ロールとの間のギャップを310μmとし、ロール周速を35 m/sとした。実施例1と同様に測定した各測定点列1〜5での初期超微結晶合金薄帯のビッカース硬度及び厚さを表11に示す。合金薄帯の中央部及び端部のビッカース硬度Hvはともに850〜1150の範囲内であるが、幅方向の厚さの差は25.6−23.3=2.3μmと大きく、硬度差も191と大きかった。その結果、本発明の線状押圧法では欠落部の割合が5.5%と高かった。
【0108】
【表11】
【0109】
実施例9
厚さによる影響なしに欠落部の割合とギャップとの関連性を調べるために、Febal.Cu1.4Si4B14の組成(原子%)を有する合金溶湯を用い、表12に示すようにギャップを変更し、かつ厚さが21μmと一定になるようにロール周速を変えた以外実施例1と同様にして、幅25 mm及び50 mmの初期超微結晶合金薄帯を作製した。各薄帯は平均粒径30 nm以下の超微細結晶粒が非晶質母相中に5〜30体積%の割合で分散した組織であることを確認した。次に、各薄帯の中央部と端部の硬度差、幅方向の厚さの差、及び本発明の線状押圧法により切断したときの欠落部の割合を測定した。結果を表12に示す。欠落部の割合は下記基準により評価した。
◎:欠落部の割合が2%以下の場合。
○:欠落部の割合が2%超かつ5%以下の場合。
×:欠落部の割合が5%超の場合。
【0110】
【表12】
【0111】
幅が25 mmの場合及び50 mmの場合ともに、ギャップが大きくなるほど硬度差も大きくなり、欠落部が生じ易くなった。また、幅方向の厚さの差もギャップが大きくなるほど大きくなった。これは、ギャップが大きくなるほど幅方向の冷却速度の差が大きくなることを意味する。
【0112】
実施例10
Febal.Ni1Cu1.4Si4B14の組成(原子%)を有する実施例3の初期超微結晶合金薄帯に、15分で430℃まで昇温した後15分間保持する高温短時間の熱処理を施し、平均粒径20 nmの微結晶粒が45体積%の割合で分散したナノ結晶軟磁性合金薄帯を得た。B-Hループトレーサーにより、このナノ結晶軟磁性合金薄帯の8000 A/mにおける磁束密度B8000(ほぼ飽和磁束密度Bsと同じ)、80 A/mにおける磁束密度B80、及び保磁力Hcを測定した。その結果、B8000は1.81 Tであり、B80/B8000は0.93であり、Hcは7 A/mであった。
【0113】
実施例11
Febal.Cu1.4Si5B13の組成(原子%)を有する実施例6の初期超微結晶合金薄帯に、15分で410℃まで昇温した後1時間保持する低温長時間の熱処理を施し、平均粒径20 nmの微結晶粒が45体積%の割合で分散したナノ結晶軟磁性合金薄帯を得た。この合金薄帯から単板試料を作製し、参考例1と同様に測定したB8000は1.79 Tであり、B80/B8000は0.94であり、Hcは6.8 A/mであった。
【0114】
実施例12
表1に示す実施例1〜8の初期超微結晶合金薄帯を本発明の線状押圧法により切断した後、実施例10と同じ高温短時間熱処理を行い、切断部を観察したが、切断部の状態及び欠落部の割合に変化は見られなかった。また、実施例1〜8の初期超微結晶合金薄帯を本発明の線状押圧法により切断した後、実施例11と同じ低温時間熱処理を行い、切断部を観察したが、やはり切断部の状態及び欠落部の割合に変化は見られなかった。
【0115】
実施例10〜12より、本発明の線状押圧法により切断した初期超微結晶合金薄帯を熱処理すると、切断部の状態及び欠落部の割合を変えずに高飽和磁束密度で低保磁力のナノ結晶軟磁性合金薄帯が得られ、もって優れた軟磁気特性を有する磁性部品を作製することができることが分かる。
【0116】
比較例10及び11
実施例1及び7で得られた各初期超微結晶合金薄帯に対して、ダイヤモンドカッタによりケガキ線を引いて切断を試みた。しかし、薄帯にわずかな起伏があり、かつカッタの押圧力を一定に保つのが難しいために、局所的に割れが生じ、欠落部の割合を5%以内に収めることは困難であり、きれいな切断面を得ることができなかった。
【0117】
実施例1〜5及び7、及び比較例1〜6及び9等の結果から、本発明の線状押圧法による割れモードの可否は合金薄帯の組成に捕らわれることなく、その組織と硬度及びその分布に依存すると言える。
【0118】
実施例13〜41
銅合金製の冷却ロールを用いる単ロール法により、表13に示す組成(原子%)を有する合金溶湯(1300℃)を大気中で超急冷し、250℃の薄帯温度でロールから剥離し、幅50 mm(実施例13〜19)、100 mm(実施例20)、及び25 mm(実施例21〜41)、の初期超微結晶合金薄帯を作製した。超微細結晶粒の平均粒径及び体積分率、並びに初期超微結晶合金薄帯のビッカース硬度Hvを調整するために、表13に示すように鋳造時のノズルと冷却ロールとの間のギャップを150μm〜300μmの範囲内で変え、ロール周速を23〜36 m/sの範囲内で変えた。実施例1〜8と同様にして、各初期超微結晶合金薄帯の平均厚さ及びビッカース硬度Hv、超微細結晶粒の平均粒径及び体積分率、及び本発明の線状押圧法により切断したときの欠落部の割合を測定した。結果を表13に示す。
【0119】
【表13-1】
【0120】
【表13-2】
【0121】
上記実施例の組成に限らず、非晶質母相中の不均一核生成を利用して超微細結晶化し得る組成であれば本発明を適用することができる。
図1(a)】
図1(b)】
図1(c)】
図1(d)】
図2(a)】
図2(b)】
図3
図4
図5
図6
図7
図8