特許第6134576号(P6134576)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6134576改質シリカ膜の製造方法、塗工液、及び改質シリカ膜
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6134576
(24)【登録日】2017年4月28日
(45)【発行日】2017年5月24日
(54)【発明の名称】改質シリカ膜の製造方法、塗工液、及び改質シリカ膜
(51)【国際特許分類】
   B05D 7/24 20060101AFI20170515BHJP
   B05D 3/10 20060101ALI20170515BHJP
   B32B 9/00 20060101ALI20170515BHJP
   C01B 33/12 20060101ALI20170515BHJP
   C09D 5/16 20060101ALI20170515BHJP
   C09D 183/16 20060101ALI20170515BHJP
   C09D 127/12 20060101ALI20170515BHJP
【FI】
   B05D7/24 302Y
   B05D7/24 302L
   B05D3/10 Z
   B32B9/00 A
   C01B33/12 C
   C09D5/16
   C09D183/16
   C09D127/12
【請求項の数】7
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2013-95963(P2013-95963)
(22)【出願日】2013年4月30日
(65)【公開番号】特開2014-213317(P2014-213317A)
(43)【公開日】2014年11月17日
【審査請求日】2016年1月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】514278061
【氏名又は名称】サムスン エスディアイ カンパニー,リミテッド
【氏名又は名称原語表記】SAMSUNG SDI CO.,LTD.
(74)【代理人】
【識別番号】110000981
【氏名又は名称】アイ・ピー・ディー国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】小堀 重人
【審査官】 赤澤 高之
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−089859(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/064653(WO,A1)
【文献】 特開2010−137372(JP,A)
【文献】 特開2008−237957(JP,A)
【文献】 特表2006−524277(JP,A)
【文献】 特開平11−236533(JP,A)
【文献】 特開2000−033672(JP,A)
【文献】 特開平07−196987(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00−43/00
B05D 1/00− 7/26
C08J 3/00−99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリシラザンと結合する結合基を有する反応性フッ素ポリマーをフッ素溶媒に溶解することで反応性フッ素ポリマー溶液を作製するステップと、
前記フッ素溶媒と混和せず、かつ前記反応性フッ素ポリマー及び前記フッ素溶媒よりも表面張力が高いポリシラザン用溶媒にポリシラザンを溶解することでポリシラザン溶液を作製するステップと、
前記ポリシラザン溶液と前記反応性フッ素ポリマー溶液とを混合することで、塗工液を作製するステップと、
前記塗工液を基材上に塗工することで、塗工層を作製するステップと、
前記塗工層から前記ポリシラザン用溶媒及び前記フッ素溶媒を除去するステップと、
前記結合基を前記ポリシラザンに結合させると共に、前記ポリシラザンをシリカに転化するステップと、を含み、
前記塗工液中の前記ポリシラザンと前記反応性フッ素ポリマーとの質量比は99:1〜90:10であり、
前記反応性フッ素ポリマー溶液は、前記反応性フッ素ポリマーを前記反応性フッ素ポリマー溶液の総質量に対して1〜30質量%含み、
前記フッ素溶媒は、沸点が61℃以上であることを特徴とする、改質シリカ膜の製造方法。
【請求項2】
前記ポリシラザン用溶媒の表面張力から前記反応性フッ素ポリマー及び前記フッ素溶媒の表面張力のうち大きな方の値を減算した値は5以上であることを特徴とする、請求項1記載の改質シリカ膜の製造方法。
【請求項3】
前記ポリシラザン用溶媒は、疎水性かつ無極性の有機溶媒であることを特徴とする、請求項1または2記載の改質シリカ膜の製造方法。
【請求項4】
前記ポリシラザン用溶媒は、ジブチルエーテル、キシレン、ミネラルターペン、石油系炭化水素、及び高沸点芳香族系炭化水素からなる群から選択されるいずれか1種以上で構成されることを特徴とする、請求項3記載の改質シリカ膜の製造方法。
【請求項5】
前記フッ素溶媒は、ハイドロフルオロエーテルで構成されることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の改質シリカ膜の製造方法。
【請求項6】
ポリシラザンと結合する結合基を有する反応性フッ素ポリマーをフッ素溶媒に溶解することで作製された反応性フッ素ポリマー溶液と、
前記フッ素溶媒と混和せず、かつ前記反応性フッ素ポリマー及び前記フッ素溶媒よりも表面張力が高いポリシラザン用溶媒にポリシラザンを溶解することで作製されたポリシラザン溶液と、を含み、
前記ポリシラザンと前記反応性フッ素ポリマーとの質量比は99:1〜90:10であり、
前記反応性フッ素ポリマー溶液は、前記反応性フッ素ポリマーを前記反応性フッ素ポリマー溶液の総質量に対して1〜30質量%含み、
前記フッ素溶媒は、沸点が61℃以上であることを特徴とする、塗工液。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の改質シリカ膜の製造方法により製造されたことを特徴とする、改質シリカ膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、改質シリカ膜の製造方法、塗工液、及び改質シリカ膜に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリシラザン(polysilazane)をシリカ転化する(すなわち硬化する)ことで作製されるシリカ(silica)膜は、ガラス(glass)に近い強度を有するので、各種の膜の表面強度を向上させたい場合に利用されることが多い。近年、このようなシリカ膜を用いて光学フィルム(film)の表面強度を向上したいというニーズが高まっている。ここで、光学フィルムは、例えばディスプレイの表面に貼り付けられる反射防止フィルムである。
【0003】
このような光学フィルムには、良好な耐擦傷性及び防汚性等が要求されるが、ポリシラザンを転化することで作製されるシリカ膜は、耐擦傷性及び防汚性等が十分でない。そこで、シリカ膜を改質する必要がある。特許文献1には、シリカ膜を改質する方法として、ポリシラザンに撥水撥油性付与剤を添加した上でポリシラザンをシリカ転化する方法が提案されている。ここで、撥水撥油性付与剤は、ポリシラザンと結合可能な結合基を有する反応性フッ素ポリマー(polymer)である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−82341号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、ポリシラザンは非常に反応性が高いので、単にポリシラザンに反応性フッ素樹脂を添加しただけでは、ポリシラザンのシリカ転化前にポリシラザンが反応性フッ素ポリマーと反応してしまう。そして、ポリシラザンのうち、反応性フッ素ポリマーと反応した反応点は、シリカ転化の際に周辺のシリカ骨格と架橋しない。したがって、改質シリカ膜の架橋密度が低下し、ひいては改質シリカ膜の強度が低下してしまう。このように、特許文献1に開示された技術は、改質シリカ膜の強度が低下するという問題があった。なお、反応性フッ素ポリマーとポリシラザンとの反応は、改質シリカ膜の強度低下によって確認される。ただし、一部の反応性フッ素ポリマーは、ポリシラザンとの反応によってポリシラザン溶液を白濁させるので、このような白濁化によっても反応性フッ素ポリマーとポリシラザンとの反応を確認することができる。
【0006】
このような問題を解決する方法として、いわゆる2層コーティング法が提案されている。2層コーティング法では、まずポリシラザンのみを溶解したポリシラザン溶液を光学フィルム上に塗工、乾燥し、ポリシラザンをシリカに転化する。これにより、光学フィルム上にシリカ膜、すなわちハードコート層を形成する。そして、反応性フッ素ポリマー溶液をハードコート層上に塗工、乾燥することで、ハードコート層上に保護層を形成する。
【0007】
しかし、この2層コーティング法では、塗工を2回行わなければならず、しかも、各塗工を高精度に(例えば欠陥がゼロとなるように)行わなければならなかった。したがって、ハードコート層及び保護層の作製に非常に手間がかかるという別の問題があった。このような問題のため、2層コーティング法で作製されたハードコート層及び保護層を有する光学フィルムは非常に高価で、汎用品にはなっていなかった。
【0008】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、従来よりも強度が大きい改質シリカ膜を容易に作製することが可能な改質シリカ膜の製造方法、塗工液、及び改質シリカ膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明のある観点によれば、ポリシラザンと結合する結合基を有する反応性フッ素ポリマーをフッ素溶媒に溶解することで反応性フッ素ポリマー溶液を作製するステップと、フッ素溶媒と混和せず、かつ反応性フッ素ポリマー及びフッ素溶媒よりも表面張力が高いポリシラザン用溶媒にポリシラザンを溶解することでポリシラザン溶液を作製するステップと、ポリシラザン溶液と反応性フッ素ポリマー溶液とを混合することで、塗工液を作製するステップと、塗工液を基材上に塗工することで、塗工層を作製するステップと、塗工層からポリシラザン用溶媒及びフッ素溶媒を除去するステップと、結合基をポリシラザンに結合させると共に、ポリシラザンをシリカに転化するステップと、を含み、塗工液中のポリシラザンと反応性フッ素ポリマーとの質量比は99:1〜90:10であり、反応性フッ素ポリマー溶液は、反応性フッ素ポリマーを反応性フッ素ポリマー溶液の総質量に対して1〜30質量%含み、フッ素溶媒は、沸点が61℃以上であることを特徴とする、改質シリカ膜の製造方法が提供される。
【0010】
この観点では、塗工層中の反応性フッ素ポリマー溶液は、塗工層の表面に自然にブリードアウトする。したがって、この観点によれば、塗工液を基材上に1層コーティングするだけで、改質シリカ膜、すなわちハードコート層及び保護層を形成することができる。したがって、改質シリカ膜を容易に作製することができる。さらに、塗工層中で反応性フッ素ポリマー溶液は塗工層の表面にブリードアウトするので、反応性フッ素ポリマーとポリシラザンとの反応が抑制される。したがって、改質シリカ膜の強度は従来の改質シリカ膜よりも向上する。
【0011】
ここで、ポリシラザン用溶媒の表面張力から反応性フッ素ポリマー及びフッ素溶媒の表面張力のうち大きな方の値を減算した値は5以上であってもよい。
【0012】
この観点によれば、反応性フッ素ポリマー溶液はより効率的に塗工層の表面にブリードアウトすることができる。
【0013】
また、ポリシラザン用溶媒は、疎水性かつ無極性の有機溶媒であってもよい。
【0014】
この観点によれば、ポリシラザン用溶媒は、疎水性かつ無極性の有機溶媒であるので、フッ素溶媒と混和しない。したがって、反応性フッ素ポリマー溶液はより効率的に塗工層の表面にブリードアウトすることができる。
【0015】
また、ポリシラザン用溶媒は、ジブチルエーテル、キシレン、ミネラルターペン、石油系炭化水素、及び高沸点芳香族系炭化水素からなる群から選択されるいずれか1種以上で構成されてもよい。
【0016】
この観点によれば、ポリシラザン用溶媒は、ジブチルエーテル、キシレン、ミネラルターペン、石油系炭化水素、及び高沸点芳香族系炭化水素からなる群から選択されるいずれか1種以上で構成される。これらの溶媒は、フッ素溶媒と混和しない。したがって、反応性フッ素ポリマー溶液はより効率的に塗工層の表面にブリードアウトすることができる。
【0017】
また、フッ素溶媒は、ハイドロフルオロエーテルであってもよい。
【0018】
この観点によれば、フッ素溶媒は、ハイドロフルオロエーテルで構成される。この溶媒は表面張力がポリシラザン溶媒よりも低く、かつポリシラザン溶媒と混和しない。したがって、反応性フッ素ポリマー溶液はより効率的に塗工層の表面にブリードアウトすることができる。
【0019】
本発明の他の観点によれば、ポリシラザンと結合する結合基を有する反応性フッ素ポリマーをフッ素溶媒に溶解することで作製された反応性フッ素ポリマー溶液と、フッ素溶媒と混和せず、かつ反応性フッ素ポリマー及びフッ素溶媒よりも表面張力が高いポリシラザン用溶媒にポリシラザンを溶解することで作製されたポリシラザン溶液と、を含み、ポリシラザンと反応性フッ素ポリマーとの質量比は99:1〜90:10であり、反応性フッ素ポリマー溶液は、反応性フッ素ポリマーを反応性フッ素ポリマー溶液の総質量に対して1〜30質量%含み、フッ素溶媒は、沸点が61℃以上であることを特徴とする、塗工液が提供される。
【0020】
この観点による塗工液を基材上に塗工することで塗工層を形成した場合、反応性フッ素ポリマー溶液は塗工層の表面に自然にブリードアウトする。したがって、この観点による塗工液を基材上に1層コーティングするだけで、改質シリカ膜、すなわちハードコート層及び保護層を形成することができる。したがって、改質シリカ膜を容易に作製することができる。さらに、塗工層中で反応性フッ素ポリマー溶液は塗工層の表面にブリードアウトするので、反応性フッ素ポリマーとポリシラザンとの反応が抑制される。したがって、改質シリカ膜の強度は従来の改質シリカ膜よりも向上する。
【0021】
本発明の他の観点によれば、上記の改質シリカ膜の製造方法により製造されたことを特徴とする、改質シリカ膜が提供される。
【0022】
この観点による改質シリカ膜は、シリカを含むハードコート層及び反応性フッ素ポリマーを含む保護層に区分される。そして、ハードコート層中のシリカの架橋密度は従来の改質シリカ膜の架橋密度よりも高い。上記の改質シリカ膜の製造方法によれば、ポリシラザンと反応性フッ素ポリマーとの反応が抑制されているからである。したがって、改質シリカ膜の強度は従来よりも高い。さらに、上記の改質シリカ膜の製造方法は、塗工液を基材上に1層コーティングするだけで、改質シリカ膜を形成することができる。したがって、改質シリカ膜は容易に作製される。
【0023】
本発明の他の観点によれば、ポリシラザンから転化したシリカを含むハードコート層と、ハードコート層の表面に結合したフッ素ポリマーを含み、平均表面粗さが3.0〜9.0nmである保護層と、を含むことを特徴とする、改質シリカ膜が提供される。
【0024】
この観点では、改質シリカ膜の平均表面粗さは3.0〜9.0nmとなっているので、耐擦傷性及びオレイン酸転落角のうち少なくとも一方が向上する。
【発明の効果】
【0025】
以上説明したように本発明によれば、塗工層中の反応性フッ素ポリマー溶液は、塗工層の表面に自然にブリードアウトする。したがって、この観点によれば、塗工液を基材上に1層コーティングするだけで、改質シリカ膜、すなわちハードコート層及び保護層を形成することができる。したがって、改質シリカ膜を容易に作製することができる。さらに、塗工層中で反応性フッ素ポリマー溶液は塗工層の表面にブリードアウトするので、反応性フッ素ポリマーとポリシラザンとの反応が抑制される。したがって、改質シリカ膜の強度は従来の改質シリカ膜よりも向上する。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明の実施形態に係る改質シリカ膜の製造方法及び改質シリカ膜の概要を示す模式図である。
図2】同実施形態にかかる塗工液の模式図である。
図3】塗工液中に分散した反応性フッ素ポリマー溶液ミセル(micell)の模式図である。
図4】本実施形態に係る改質シリカ膜の表面を拡大して示す模式図である。
図5】従来の2層コーティング法により作製された改質シリカ膜の表面を拡大して示す模式図である。
図6】鉛筆擦り試験に使用される試験装置の構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。また、表面張力は25℃での値であり、単位は(mN/m)とする。表面張力は、例えば自動表面張力計(具体的には、協和界面科学 DY−300)によって測定される。後述する実施例及び比較例の表面張力は、協和界面科学 DY−300で測定されたものである。もちろん、表面張力は他の公知の方法で測定されてもよい。
【0028】
<1.改質シリカ膜の製造方法>
まず、図1図3にもとづいて、本実施形態に係る改質シリカ膜の製造方法について説明する。本実施形態に係る改質シリカ膜の製造方法は、第1〜第6のステップに区分される。
【0029】
第1のステップは、ポリシラザンをポリシラザン用溶媒に溶解することで図2に示すポリシラザン溶液11を作製するステップである。第2のステップは、図3に示す反応性フッ素ポリマー13をフッ素溶媒14に溶解することで反応性フッ素ポリマー溶液12を作製するステップである。第1のステップ及び第2のステップの順序は特に限定されない。
【0030】
第3のステップは、ポリシラザン溶液11と反応性フッ素ポリマー溶液12とを混合することで、図2に示す塗工液10を作製するステップである。第4のステップは、図1に示すように、塗工液10を基材100上に塗工することで、塗工層を作製するステップである。第5のステップは、塗工層からポリシラザン用溶媒及びフッ素溶媒14を除去するステップである。第6のステップは、反応性フッ素ポリマーをポリシラザンに結合させると共に、ポリシラザンをシリカに転化するステップである。これらのステップにより、基材100上に改質シリカ膜1が形成される。改質シリカ膜1は、シリカを含むハードコート層20と反応性フッ素ポリマーを含む保護層30とを含む。すなわち、本実施形態では、塗工液10の1層コーティングによってハードコート層20と反応性フッ素ポリマーを含む保護層30とを作製する。以下、各ステップについて説明する。
【0031】
(第1のステップ)
第1のステップは、ポリシラザンをポリシラザン用溶媒に溶解することでポリシラザン溶液11を作製するステップである。
【0032】
ポリシラザンは、パーヒドロ(perhydro)ポリシラザンとも称される無機ポリマーであり、以下の化学式(1)で示される構造を有する。化学式(1)中、nは自然数である。
【0033】
【化1】
【0034】
なお、ポリシラザンの重量平均分子量はなるべく低いことが好ましい。ポリシラザンの重量平均分子量が高いほど、ポリシラザンがポリシラザン溶液11中に結晶として析出しやすくなるからである。
【0035】
ポリシラザン用溶媒は、以下の要件を満たす溶媒である。すなわち、(1)ポリシラザンを溶解する。(2)フッ素溶媒14と混和しない。(3)反応性フッ素ポリマー13及びフッ素溶媒14よりも表面張力が高い。ポリシラザン用溶媒がこれらの要件を満たすことで、塗工層中の反応性フッ素ポリマー溶液12は塗工層の表面にブリードアウト(bleed out)することができる。すなわち、反応性フッ素ポリマー溶液12は大気側に引き寄せられる。
【0036】
すなわち、ポリシラザン用溶媒がフッ素溶媒14と混和しない場合、図2及び図3に示すように、反応性フッ素ポリマー溶液12は、塗工液10中で微細なミセルとして存在することができる。また、反応性フッ素ポリマー13とポリシラザンとの反応も抑制される。そして、ポリシラザン溶媒の表面張力は反応性フッ素ポリマー13及びフッ素溶媒14の表面張力よりも高い。さらに、反応性フッ素ポリマー溶液12のミセルにはポリシラザン用溶媒からの反発力も作用する。したがって、反応性フッ素ポリマー溶液12は、塗工層の表面にブリードアウトすることができる。図2中の矢印Aは、反応性フッ素ポリマー溶液12がブリードアウトする様子を示す。
【0037】
なお、上記の観点からは、ポリシラザン用溶媒の表面張力と反応性フッ素ポリマー13及びフッ素溶媒14の表面張力との差分はなるべく大きいことが好ましい。当該差分が大きいほど、反応性フッ素ポリマー溶液12は塗工層の表面にブリードアウトしやすくなるからである。より詳細には、ポリシラザン用溶媒の表面張力から反応性フッ素ポリマー13及びフッ素溶媒14の表面張力のうち大きな方の値を減算した値は5以上であることが好ましい。
【0038】
上記の要件を満たすポリシラザン用溶媒としては、例えば疎水性かつ無極性の有機溶媒が挙げられる。このような有機溶媒としては、ジブチルエーテル(dibutyl ether)、キシレン(xylene)、ミネラルターペン(mineral turpentine)、石油系炭化水素、及び高沸点芳香族系炭化水素が挙げられる。したがって、ポリシラザン用溶媒は、ジブチルエーテル、キシレン、ミネラルターペン、石油系炭化水素、及び高沸点芳香族系炭化水素からなる群から選択されるいずれか1種以上で構成されることが好ましい。なお、ジブチルエーテルの表面張力は22.4、キシレンの表面張力は30.0、ミネラルターペンの表面張力は25.0となる。
【0039】
なお、ポリシラザン溶液11には、ポリシラザンを劣化させない添加剤を任意に溶解させてもよい。例えば、ポリシラザン溶液11には、アミン系の触媒を含めても良い。ポリシラザン溶液11にアミン系の触媒が含まれる場合、ポリシラザンのシリカ転化を室温で行うことができる。なお、ポリシラザンは、300〜400℃程度に加熱された場合にもシリカ転化するが、この処理では基材となる光学フィルムが熱ストレスを受ける。したがって、例えば光学フィルムに熱ストレスを掛けたくない場合、ポリシラザン溶液11にアミン系の触媒を含めればよい。
【0040】
また、ポリシラザン用溶媒の含水率はなるべく低いことが好ましい。例えば、ポリシラザン用溶媒の含水率は1質量%未満(ポリシラザン用溶媒の総質量に対する水の質量%)であることが好ましい。ポリシラザン用溶媒中の水分はポリシラザンのシリカ転化を起こしてしまうからである。このようなシリカ転化は、改質シリカ膜1の品質を劣化させる。
【0041】
(第2のステップ)
第2のステップは、反応性フッ素ポリマー13をフッ素溶媒14に溶解することで反応性フッ素ポリマー溶液12を作製するステップである。
【0042】
反応性フッ素ポリマー13は、図3に示すように、フッ素ポリマー主鎖13A及び結合基13Bを備える。反応性フッ素ポリマー13は、具体的には以下の化学式(2)で表される。
【0043】
【化2】
【0044】
化学式(2)中、Rf2は(パー)フルオロアルキル(perfluoroalkyl)基又は(パー)フルオロポリエーテル(perfluoropolyether)基、W2は連結基、Xは結合基13Bである。したがって、化学式(2)中、X以外がフッ素ポリマー主鎖13Aとなる。
【0045】
(パー)フルオロアルキル基の構造は、特に限定されない。すなわち、(パー)フルオロアルキル基は、直鎖(例えば−CFCF,−CH(CFH,−CH(CFCF,−CHCH(CFH等)であっても、分岐構造(例えばCH(CF,CHCF(CF,CH(CH)CFCF,CH(CH)(CFCFH等)であっても、脂環式構造(好ましくは5員環又は6員環、例えばパーフルオロシクロへキシル(perfluorocyclohexyl)基、パーフルオロシクロペンチル(perfluorocyclopentyl)基又はこれらで置換されたアルキル基等)であっても良い。
【0046】
(パー)フルオロポリエーテル基は、エーテル結合を有する(パー)フルオロアルキル基であり、その構造は特に限定されない。すなわち、(パー)フルオロポリエーテル基としては、例えばCHOCHCFCF、CHCHOCHH、CHCHOCHCH17、CHCHOCFCFOCFCFH、フッ素原子を5個以上有する炭素数4〜20のフルオロシクロアルキルエーテル(fluorocycloalkylether)基等があげられる。また、他の例としては、(CFO(CFCFO)、[CF(CF)CFO]―[CF(CF)]、(CFCFCFO)、(CFCFO)などが挙げられる。ここで、x、yは任意の自然数である。
【0047】
連結基は、Rf2が(パー)フルオロアルキル基となる場合、少なくともエーテル結合を有する2価の官能基である。このような2価の官能基としては、(パー)フルオロポリエーテル基として列挙した例のメチル末端をメチレン基に変更したもの等が挙げられる。一方、連結基は、Rf2が(パー)フルオロポリエーテル基となる場合、特に限定されない。この場合、連結基は、例えば、メチレン(methylene)基、フェニレン(phenylene)基、アルキレン(alkylene)基、アリーレン(arylene)基、ヘテロアルキレン(heteroalkylene)基、又はこれらの組み合わさった連結基が挙げられる。これらの連結基は、更に、カルボニル(carbonyl)基、カルボニルオキシ(carbonyloxy)基、カルボニルイミノ(carbonylimino)基、スルホンアミド(sulfonamide)基等やこれらの組み合わさった官能基を有しても良いが挙げられる。光重合性官能基としては、アクリロイル(acryloyl)基及びメタクリロイル(methacryloyl)基等が挙げられる。したがって、フッ素ポリマー主鎖13Aは、全体として(パー)フルオロポリエーテル基となる。
【0048】
結合基13Bはポリシラザンに結合する官能基であり、例えば炭素数1〜4のアルコキシ(alkoxy)基、シラノール(silanol)基(水酸基)、ハロゲンまたは水素である。nは1〜3を表す。反応性フッ素ポリマー13の重量平均分子量は特に制限されないが、例えば10000以上となる。
【0049】
反応性フッ素ポリマー13は表面張力が非常に低く、例えば16.5以下となる。したがって、ポリシラザン用溶媒の表面張力との差分は5以上となる。
【0050】
フッ素溶媒14は、フッ素を含み、かつ沸点が61℃以上となる有機溶媒である。フッ素溶媒14としては、例えばハイドロフルオロエーテル(hydrofluoroether)等が挙げられる。すなわち、フッ素溶媒14は、これらの溶媒から選択されるいずれか1種以上で構成される。フッ素溶媒14の表面張力も非常に低く、例えば15以下となる。したがって、ポリシラザン用溶媒の表面張力との差分は5以上となる。なお、後述する比較例で示されるように、沸点が61℃未満のフッ素溶媒14を使用した場合、改質シリカ膜1の防汚性が低下する。
【0051】
また、反応性フッ素ポリマー溶液12の濃度、すなわち反応性フッ素ポリマー溶液12の総質量に対する反応性フッ素ポリマー13の質量%は1〜30質量%である。反応性フッ素ポリマー溶液12の濃度が1質量%未満の場合、すなわち反応性フッ素ポリマー13に対してフッ素溶媒14が多すぎる場合、反応性フッ素ポリマー溶液12は塗工液10中で安定して存在することができない。具体的には、塗工液10中でポリシラザン溶液11と反応性フッ素ポリマー溶液12とが完全に分離してしまう。より具体的には、反応性フッ素ポリマー溶液12がミセルとしてポリシラザン溶液11中に分散するのではなく、液層としてポリシラザン溶液11から分離してしまう。この結果、塗工液10が白濁する場合がある。また、シリカ転化後のシリカの架橋密度が低下し、ひいては改質シリカ膜の強度が低下する。
【0052】
一方、反応性フッ素ポリマー溶液12の濃度が30質量%より大きい場合、すなわちフッ素溶媒14に対して反応性フッ素ポリマー13が多すぎる場合、塗工液10中で反応性フッ素ポリマー13がポリシラザンと反応してしまう可能性がある。すなわち、シリカ転化後のシリカの架橋密度が低下し、ひいては改質シリカ膜の強度が低下する。
【0053】
後述する実施例によれば、反応性フッ素ポリマー溶液12の濃度は3〜20質量%が好ましく、5〜10質量%がより好ましい。
【0054】
(第3のステップ)
第3のステップは、ポリシラザン溶液11と反応性フッ素ポリマー溶液12とを混合することで、塗工液10を作製するステップである。
【0055】
反応性フッ素ポリマー13を単にポリシラザン溶液11に含めた場合、反応性フッ素ポリマー13の結合基13Bがポリシラザンと反応してしまう。そして、ポリシラザンのうち、反応性フッ素ポリマー13と反応した反応点は、シリカ転化の際に周辺のシリカ骨格と架橋しない。したがって、改質シリカ膜の架橋密度が低下し、ひいては改質シリカ膜の強度が低下してしまう。
【0056】
そこで、本実施形態では、反応性フッ素ポリマー13をフッ素溶媒14に溶解することで反応性フッ素ポリマー溶液12を作製する。そして、反応性フッ素ポリマー溶液12とポリシラザン溶液11とを混合することで、図2に示す塗工液10を作製する。ポリシラザン用溶媒はフッ素溶媒14と混和しないので、反応性フッ素ポリマー溶液12は塗工液10中でミセルとして存在する。また、反応性フッ素ポリマー13はフッ素溶媒14中に存在するので、ポリシラザンとの反応が抑制される。同様に、フッ素溶媒14もポリシラザンと反応しない。したがって、塗工液10中でポリシラザンは安定して存在する。これにより、塗工液10の保存安定性が確保される。
【0057】
また、反応性フッ素ポリマー溶液12の表面張力(すなわち反応性フッ素ポリマー13の表面張力及びフッ素溶媒14の表面張力)はポリシラザン用溶媒の表面張力よりも非常に低い。さらに、反応性フッ素ポリマー溶液12にはポリシラザン溶液11からの反発力も作用する。したがって、反応性フッ素ポリマー溶液12は塗工層の表面にブリードアウトする。
【0058】
ここで、塗工液10中のポリシラザンと反応性フッ素ポリマー13との質量比は99:1〜90:10である。反応性フッ素ポリマー13の質量比が10を超える場合、すなわちポリシラザンに対して反応性フッ素ポリマー13が多すぎる場合、反応性フッ素ポリマー13がポリシラザンと反応してしまう可能性がある。すなわち、シリカ転化後のシリカの架橋密度が低下する可能性がある。一方、反応性フッ素ポリマー13の質量比が1未満となる場合、すなわち反応性フッ素ポリマー13に対してポリシラザンが多すぎる場合、十分な厚さの保護層30が形成されない。後述する実施例によれば、塗工液10中のポリシラザンと反応性フッ素ポリマー13との質量比は、97:3〜93:7が好ましく、97:3〜95:5がより好ましい。
【0059】
(第4のステップ)
第4のステップは、図1に示すように、塗工液10を基材100上に塗工するステップである。なお、塗工の方法は特に問われず、公知の方法が任意に適用される。図1は、塗工の一例としてダイコーティング法(ダイスリット450を通して塗工液10を基材100上に塗工する方法)を示す。第4のステップによって、塗工層(塗工液10からなる層)が基材100上に形成される。塗工層中の反応性フッ素ポリマー溶液12は、塗工層の表面にブリードアウトする。なお、基材100は、改質シリカ膜1による機能が付与される膜である。改質シリカ膜1による機能を光学フィルムに付与する場合、基材100は光学フィルムとなる。
【0060】
(第5のステップ)
第5のステップは、基材100上の塗工液10、すなわち塗工層からポリシラザン用溶媒及びフッ素溶媒14を除去するステップである。これらの溶媒は、例えば塗工層を100℃で1分間程度加熱することで除去される。
【0061】
(第6のステップ)
第6のステップは、反応性フッ素ポリマー13をポリシラザンに結合させると共に、ポリシラザンをシリカに転化する(硬化する)ステップである。ポリシラザン溶液にアミン系の触媒が含まれる場合、これらの反応は室温で進行する。ポリシラザン溶液にアミン系の溶媒が含まれない場合、これらの反応は、例えば塗工層を300〜400℃で加熱することにより進行する。塗工層のうち、ポリシラザンが主に分布している部分はハードコート層20となり、反応性フッ素ポリマー13が主に分布している部分は保護層30となる。以上のステップにより、基材100上に改質シリカ膜1が形成される。なお、シリカ転化の過程では、以下の化学式(3)で示す反応が起こっている。
【0062】
【化3】
【0063】
<2.改質シリカ膜の構造及び特性>
次に、図1及び図4図5にもとづいて、改質シリカ膜1の構造及び特性について説明する。
【0064】
改質シリカ膜1は、図1及び図4に示すように、ハードコート層20と保護層30とを有する。ハードコート層20は、ポリシラザンがシリカ転化することで形成されたシリカを含む。保護層30は、反応性フッ素ポリマー13を含む。反応性フッ素ポリマー13は、結合基13Bを介してハードコート層20のシリカに結合している。
【0065】
ここで、保護層30は、反応性フッ素ポリマー13を塗工層内でブリードアウトさせることで形成されたものである。すなわち、本実施形態に係る改質シリカ膜の製造方法は、従来の2層コーティング法のようにハードコート層20の表面に人為的に反応性フッ素ポリマー13を分布させたのではなく、ハードコート層20の表面に自然に反応性フッ素ポリマー13を分布させている。
【0066】
したがって、シリカの濃度分布(ケイ素原子濃度分布)と反応性フッ素ポリマー13の濃度分布(フッ素原子濃度分布)とはハードコート層20と保護層30との境界でゆるやかに変化する。すなわち、基材100の表面近傍ではケイ素原子濃度はほぼ100at%であるが、測定点から基材100までの距離が大きくなるほど測定点のケイ素原子濃度が低く、フッ素原子濃度が大きくなり、ある測定点で両者の原子濃度が同じ値となる。本実施形態では、両者の原子濃度が同じ値となる平面をハードコート層20と保護層30との境界面20Aとする。境界面20Aよりも改質シリカ膜1の表面に近い側の測定点では、フッ素原子濃度がケイ素原子濃度よりも高くなり、改質シリカ膜1の表面ではフッ素原子濃度はほぼ100at%となる。
【0067】
さらに、図4に示すように、保護層30の表面には凹凸が形成されている。すなわち、改質シリカ膜1の表面は荒くなっている(凹凸ができている)。この理由としては、以下のものが考えられる。すなわち、本実施形態では、反応性フッ素ポリマー13のブリードアウト(自然な移動)によってハードコート層20と保護層30との境界面20Aが形成されるので、ハードコート層20と保護層30との境界面20Aが荒くなる(凹凸ができている)。したがって、その表面に形成される保護層30の表面も荒くなる。保護層30の表面形状は、例えば走査型電子顕微鏡(SEM)または形状測定レーザマイクロスコープによる観察により確認することができる。ここで、形状測定レーザマイクロスコープは、レーザを用いて対象物の非接触3次元測定を行うことで、観察視野全域の3次元データを取得するものである。形状測定レーザマイクロスコープとしては、KEYENCE JAPAN社製のVK−9500が挙げられる。もちろん、形状測定レーザマイクロスコープはこの例に限られない。
【0068】
一方、図5に示すように、従来の2層コーティング法により作製された改質シリカ膜では、まずシリカを含むハードコート層200を作製し、ついで、反応性フッ素ポリマー13を含む保護層300をハードコート層200上に形成する。したがって、ハードコート層200と保護層300との境界面200Aは非常に平坦になっている。
【0069】
本実施形態に係る改質シリカ膜1と従来の改質シリカ膜とを比較すると、本実施形態では、境界面20Aに凹凸が形成されるので、境界面20Aの面積が従来よりも拡大する。この結果、境界面20Aの表面には従来よりも多くの反応性フッ素ポリマー13が分布する。したがって、汚れ成分400には従来よりも多くの反応性フッ素ポリマー13が接触する。さらに、本実施形態では、保護層30の表面に凹凸が形成されているので、汚れ成分400と保護層30との間には空気が入り込む。したがって、汚れ成分400が液体(例えば指紋中の液体成分)である場合、図4及び図5に示すように、汚れ成分400の接触角は従来よりも大きくなる。したがって、改質シリカ膜1は表面の濡れ性が低下する。
【0070】
また、改質シリカ膜1の表面の凹凸は、反応性フッ素ポリマー13の自然な移動(ブリードアウト)によって形成されたものなので、なだらかである。したがって、汚れ成分400が固形(たとえば指紋中のワックス成分)である場合、凹部に入り込んだ汚れ成分400が取れなくなる(すなわち改質シリカ膜1の表面にこびりつく)ことが抑制される。
【0071】
また、後述する実施例に示されるように、改質シリカ膜1の平均表面粗さRa(nm)は3.0以上9.0以下であることが好ましい。平均表面粗さRa(nm)は3.0以上9.0以下となる場合、耐擦傷性及びオレイン酸転落角のうち、少なくとも一方が向上する。ここで、平均表面粗さRaは、保護層30の凸部の高さの算術平均値であり、凸部の高さは、凸部の頂点から凸部に隣接する凹部の下端点(最もハードコート層20に近い点)までの距離である。これらの値は形状測定レーザマイクロスコープにより測定される。以下の実施例及び比較例では、平均表面粗さをKEYENCE JAPAN社製のVK−9500で測定した。
【実施例】
【0072】
(実施例1)
次に、本実施形態の実施例について説明する。実施例1では、以下の製法により改質シリカ膜を作製した。
【0073】
ポリシラザン溶液の原液として、AZエレクトロマテリアルズ社NAX120−20を用意した。以下、この原液を「ポリシラザン原液」とも称する。ポリシラザン原液は、ポリシラザンをポリシラザン原液の総質量に対して20質量%含む。また、ポリシラザン原液の溶媒はジブチルエーテルであり、アミン系の触媒を含む。
【0074】
ついで、ポリシラザン原液9.9質量部にジブチルエーテルを所定量加えて穏やかに10分間撹拌した。これにより、ポリシラザン溶液を作製した。ここで、ポリシラザン原液に加えるジブチルエーテルの量は、後述する塗工液中の固形分(ポリシラザン+反応性フッ素ポリマー)の質量部が2となるように決定した。
【0075】
一方、反応性フッ素ポリマーとして信越化学工業社製のKY−164(表面張力16.1)を用意し、フッ素溶媒として住友3M社製のNovec7200(表面張力13.6、沸点76℃)を用意した。Novec7200及び後述するNovec7000、Novec7100、Novec7300はいずれもハイドロフルオロエーテルである。
【0076】
ついで、反応性フッ素ポリマーをフッ素溶媒に溶解することで、反応性フッ素ポリマーを20質量%(反応性フッ素ポリマー溶液の総質量に対する質量%)含む反応性フッ素ポリマー溶液を作製した。
【0077】
ついで、ポリシラザン溶液に反応性フッ素ポリマー溶液0.1質量部を加え、10分間撹拌した。これにより、塗工液を作製した。塗工液は、固形分(ポリシラザン+反応性フッ素ポリマー)を2質量部、溶媒分を98質量部含む。なお、塗工液の一部を後述する評価用に保管した。
【0078】
ついで、PMMA(Poly(methyl methacrylate))基材上に塗工液を改質シリカ膜の層厚が約200nmとなるように塗工した。塗工はワイヤーバー(wire bar)を用いて行われた。これにより、塗工層を作製した。上述したように、塗工層中の反応性フッ素ポリマー溶液は塗工層の表面にブリードアウトする。ついで、塗工層を100℃で1分間加熱することで、塗工層から溶媒を除去した。なお、上記の各処理はすべて窒素雰囲気下で行われた。
【0079】
その後、塗工層を室温(23℃、相対湿度54%)で1週間放置した。これにより、ポリシラザンのシリカ転化及び反応性フッ素ポリマーとポリシラザンとの結合反応が進行した。すなわち、改質シリカ膜が作製された。
【0080】
(実施例2〜14、比較例1〜10)
ポリシラザンと反応性フッ素ポリマーとの質量比、反応性フッ素ポリマーの種類、フッ素溶媒の種類、フッ素溶媒の有無、及び反応性フッ素ポリマー溶液の濃度を変更した他は実施例1と同様の処理を行った。表1に実施例1〜14、比較例1〜10における固形分の質量部、ポリシラザンと反応性フッ素ポリマーとの質量比、フッ素溶媒の有無、及び反応性フッ素ポリマー溶液の濃度をまとめて示す。
【0081】
【表1】
【0082】
反応性フッ素ポリマー(フッ素ポリマー)の列のうち、※1は信越化学工業社製のKY−108(表面張力16.5)を示し、※2はダイキン工業社製のオプツールDSX(表面張力15.9)を示し、※3はGE東芝シリコーン社製のTSL−8257(表面張力16.8)を示す。ここで、TSL−8257の分子式は、CF(CFCHCHSi(OMe)である。したがって、TSL−8257は、パーフルオロポリエーテルを含まないパーフルオロアルキルとなるので、本発明の反応性フッ素ポリマーとは異なる。無印は信越化学工業社製のKY−164を示す。
【0083】
反応性フッ素ポリマー溶液濃度(フッ素溶液濃度)の列の内、※4は住友3M社製のNovec7000(表面張力12.4、沸点34℃)を示し、※5は住友3M社製のNovec7100(表面張力13.6、沸点61℃)を示し、※6は住友3M社製のNovec7300(表面張力15.0、沸点98℃)を示す。無印は住友3M社製のNovec7200を示す。
【0084】
表1に示されるように、実施例1〜14では、ポリシラザン用溶媒の表面張力から反応性フッ素ポリマー及びフッ素溶媒の表面張力のうち大きな方の値を減算した値は5以上となっている。また、ポリシラザンと反応性フッ素ポリマーとの質量比、及び反応性フッ素ポリマー溶液の濃度はいずれも本実施形態で示した範囲内の値となっている。
【0085】
また、比較例1ではシリカ膜の単一層だけが形成される(保護層は形成されない)。比較例3、6、7はポリシラザン溶液に単に反応性フッ素ポリマーを投入しただけなので、特許文献1に開示された方法に相当する。
【0086】
(試験)
つぎに、各実施例及び比較例に係る改質シリカ膜について、以下のワイプ擦り試験を行った。
【0087】
改質シリカ膜の表面を垂直方向(上下方向)に500g/cmの荷重をかけながらワイプにて10往復の摩耗を行った。ワイプは、日本製紙クレシア社製のキムワイプワイパーS−200を使用した。
【0088】
(塗工液の評価)
各実施例及び比較例で作製した塗工液を作製直後(初期)及び12時間保管後に目視により観察した。これにより、塗工液の白濁の有無を確認した。
【0089】
(接触角(CA)評価)
全自動接触角計DM700(協和界面科学株式会社製)を使用し、改質シリカ膜上に2μlの純水を滴下し接触角を測定した。ワイプ擦り試験前(初期)の改質シリカ膜の接触角とワイプ擦り試験後の改質シリカ膜の接触角とをそれぞれ測定し、これらの差分(△CA)を算出した。△CAが小さいほど、ワイプ擦りによる性能劣化が小さい、すなわち耐擦傷性が高いといえる。
【0090】
(オレイン酸転落角評価)
全自動接触角計DM700(協和界面科学株式会社製)を使用してオレイン(oleic)酸転落角を測定した。具体的には、ワイプ(wipe)擦り試験前の改質シリカ膜上に5μlのオレイン酸を滴下し、改質シリカ膜を傾斜させた。そして、オレイン酸が動き始めた際の角度をオレイン酸転落角とした。
【0091】
(平均表面粗さ評価)
ワイプ擦り試験前の改質シリカ膜の平均表面粗さ(Ra)をKEYENCE JAPAN社製のVK−9500で測定した。
【0092】
(鉛筆擦り試験)
改質シリカ膜の強度を評価するために、JIS−K−5600に準拠した鉛筆擦り試験を行った。ここで、図6に基づいて、鉛筆擦り試験に用いられる試験装置500について説明する。図6は、試験装置500を用いて本実施形態に係る改質シリカ膜1の鉛筆擦り試験を行う様子を示している。
【0093】
試験装置500は、装置本体500Aと、水準器502と、小型移動おもり503と、締め具504と、O型リング505とを備える。装置本体500Aには鉛筆501が挿入される貫通穴が形成されている。貫通穴に挿入された鉛筆501の長さ方向と装置本体500Aの底面(すなわち改質シリカ膜1の表面)との角度θは45度である。水準器502は装置本体500Aが水平であることを確認するための部品である。小型移動おもり503は、鉛筆501の芯501Aに掛ける荷重を調整するための部品である。小型移動おもり503は矢印503A方向に移動可能となっている。締め具504は、鉛筆501を装置本体500A内に固定するものである。O型リング505は、装置本体500Aに回転可能に取り付けられている。O型リング505は、改質シリカ膜1上を転がることで、試験装置500を試験方向に移動させる。
【0094】
つぎに、鉛筆擦り試験の方法を説明する。ここでは、本実施形態に係る改質シリカ膜1(基材100上に形成されたもの)の鉛筆擦り試験を一例として鉛筆擦り試験の方法を説明する。
【0095】
まず、試験装置500に鉛筆501を挿入、固定する。ついで、改質シリカ膜1に鉛筆500の芯を押し当てる。ついで、試験装置500が水平になっていることを水準器502で確認する。ついで、小型おもり503の位置を調整することで、鉛筆501の芯501Aに500gの荷重をかける。ついで、試験装置500を図6に示す試験方向に0.8mm/秒のスピードで移動させる。これにより、鉛筆501の芯501Aが改質シリカ膜1の表面を擦る。以上の処理が鉛筆擦り試験となる。その後、目視にて傷の有無を確認する。傷が確認された場合には、鉛筆501の芯501Aの硬度を下げて、上記の鉛筆擦り試験を行う。傷が確認されない場合には、鉛筆501の芯501Aの硬度を上げて、上記の鉛筆擦り試験を行う。そして、傷が確認されない最大の硬度(鉛筆硬度)を測定する。この硬度は、改質シリカ膜1の強度(耐擦傷性)を示すパラメータとなる。鉛筆硬度は、2H>H>F>HB>Bの順番で高くなる。
【0096】
(実施例と比較例との対比)
上記試験及び評価の結果を表2にまとめて示す。
【0097】
【表2】
【0098】
(白濁の有無)
実施例と比較例とを比較すると、実施例の塗工液は白濁しなかったが、比較例2〜7の塗工液は初期から白濁していた。比較例1の塗工液は白濁しなかったが、これは反応性フッ素ポリマーが塗工液に含まれていないためである。さらに、実施例1〜14の強度(鉛筆硬度)は比較例1〜10の強度よりも大きくなった。比較例2〜10では塗工液中で反応性フッ素ポリマーとポリシラザンとが反応し、この結果、改質シリカ膜の架橋密度が低下したと推察される。比較例2〜7の白濁は、ポリシラザンと反応性フッ素ポリマーとの反応により生じたものと推察される。比較例1のシリカ膜は保護層を有していないので、強度が低くなっている。これに対し、実施例1〜14では、塗工液中で反応性フッ素ポリマーが塗工液の表面にブリードアウトするので、反応性フッ素ポリマーとポリシラザンとの反応が抑制される。したがって、改質シリカ膜の架橋密度が比較例2〜10よりも大きくなり、この結果、強度が大きくなったと推察される。
【0099】
(接触角及び転落角)
実施例1〜14では、上記に加え、耐擦傷性(△CA)及びオレイン酸転落角のうち、少なくとも一方が大半の比較例よりも優れている。この理由として、実施例の平均表面粗さRaが3.0〜9.0nmの範囲内の値となっていることが考えられる。なお、比較例4の△CAオレイン酸転落角は、一部の実施例程度の値となっているが、比較例4の強度は依然として実施例1〜14よりも低い。また、比較例1のシリカ膜の表面に従来の2層コーティング法により保護層を形成したところ、保護層の平均表面粗さは2.1nmであった。したがって、従来の2層コーティング法では、本実施形態の平均表面粗さは実現できない。そして、このときの初期CAは108.5°、△CAは7.5°、オレイン酸転落角は9°であった。各実施例の初期CA、△CA、及びオレイン酸転落角のすくなくとも1つは、比較例1の値よりも優れている。
【0100】
上記の実施例及び比較例により、本実施形態による改質シリカ膜は従来の改質シリカ膜よりも強度が高いことが立証された。
【0101】
以上により、本実施形態では、ポリシラザン溶液11と反応性フッ素ポリマー溶液12とを混合することで、塗工液10を作製する。そして、塗工液10を基材100上に塗工することで塗工層を作製する。塗工層中の反応性フッ素ポリマー溶液12は、塗工層の表面に自然にブリードアウトする。したがって、本実施形態では、塗工液10を基材100上に1層コーティングするだけで、改質シリカ膜1、すなわちハードコート層20及び保護層30を形成することができる。したがって、改質シリカ膜1を容易に作製することができる。さらに、塗工層中で反応性フッ素ポリマー溶液12は塗工層の表面にブリードアウトするので、反応性フッ素ポリマー13とポリシラザンとの反応が抑制される。したがって、改質シリカ膜1の強度は従来の改質シリカ膜よりも向上する。
【0102】
さらに、ポリシラザン用溶媒の表面張力から反応性フッ素ポリマー13及びフッ素溶媒14の表面張力のうち大きな方の値を減算した値は5以上であるので、反応性フッ素ポリマー溶液12はより効率的に塗工層の表面にブリードアウトすることができる。
【0103】
さらに、ポリシラザン用溶媒は、疎水性かつ無極性の有機溶媒であるので、フッ素溶媒14と混和しない。したがって、反応性フッ素ポリマー溶液12はより効率的に塗工層の表面にブリードアウトすることができる。
【0104】
さらに、ポリシラザン用溶媒は、ジブチルエーテル、キシレン、ミネラルターペン、石油系炭化水素、及び高沸点芳香族系炭化水素からなる群から選択されるいずれか1種以上で構成される。これらの溶媒は、フッ素溶媒14と混和しない。したがって、反応性フッ素ポリマー溶液12はより効率的に塗工層の表面にブリードアウトすることができる。
【0105】
さらに、フッ素溶媒は、ハイドロフルオロエーテルで構成される。これらの溶媒は表面張力がポリシラザン溶媒よりも低く、かつポリシラザン溶媒と混和しない。したがって、反応性フッ素ポリマー溶液12はより効率的に塗工層の表面にブリードアウトすることができる。
【0106】
さらに、改質シリカ膜1の平均表面粗さは3.0〜9.0nmとなっているので、耐擦傷性及びオレイン酸転落角のうち少なくとも一方が向上する。
【0107】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0108】
1 改質シリカ膜
10 塗工液
11 ポリシラザン溶液
12 反応性フッ素ポリマー溶液
13 反応性フッ素ポリマー
14 フッ素溶媒
20 ハードコート層
30 保護層


図1
図2
図3
図4
図5
図6