(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6137066
(24)【登録日】2017年5月12日
(45)【発行日】2017年5月31日
(54)【発明の名称】ガス放出パイプ及びこれを具備する成膜装置並びにこの装置を用いた酸化物膜又は窒化物膜の成膜方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/34 20060101AFI20170522BHJP
【FI】
C23C14/34 M
【請求項の数】12
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-128662(P2014-128662)
(22)【出願日】2014年6月23日
(65)【公開番号】特開2016-8318(P2016-8318A)
(43)【公開日】2016年1月18日
【審査請求日】2016年3月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136825
【弁理士】
【氏名又は名称】辻川 典範
(74)【代理人】
【識別番号】100083910
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 正緒
(72)【発明者】
【氏名】大上 秀晴
【審査官】
國方 恭子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2007−317745(JP,A)
【文献】
特開2005−317958(JP,A)
【文献】
特開2003−328124(JP,A)
【文献】
国際公開第2013/034181(WO,A1)
【文献】
特開2002−269858(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00−14/58,16/00−16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スパッタリング成膜装置の真空チャンバー内に取り付けられ、反応性ガスを放出する複数のガス放出孔を有するガス放出パイプであって、前記複数のガス放出孔の各々は、その入口側から出口側に向かって段階的に拡径する構造を有しており、且つその中心軸を通る面で切断した断面形状において、最も内径が小さい部分の出口側端部と2番目に内径が小さい部分の出口側端部とを結んだ直線と前記中心軸とのなす角が15°以上45°以下であり、前記2番目に内径が小さい部分の孔径が1.0mm以下であり、前記最も内径が小さい部分を除いて内壁面が前記中心軸に対して平行であることを特徴とするガス放出パイプ。
【請求項2】
前記最も内径が小さい部分の孔径が0.5mm以下であることを特徴とする、請求項1に記載のガス放出パイプ。
【請求項3】
前記2番目に内径が小さい部分の孔径が0.5mmよりも大きいことを特徴とする、請求項1または2に記載のガス放出パイプ。
【請求項4】
前記ガス放出パイプをその長手方向から見た時、前記中心軸が前記ガス放出パイプの法線方向に略一致しているか又は該法線方向から傾斜していることを特徴とする、請求項1から3のいずれかに記載のガス放出パイプ。
【請求項5】
被成膜物を支持する支持面を備えた被成膜物支持機構と、前記支持面に対向して配されたスパッタリングカソードとを前記真空チャンバー内に備えた成膜装置において、前記スパッタリングカソードと前記支持面との間に請求項1から4のいずれかに記載のガス放出パイプが具備されていることを特徴とする成膜装置。
【請求項6】
前記真空チャンバー内に前記被成膜物としての長尺基板を搬送する搬送機構が具備されていることを特徴とする、請求項5に記載の成膜装置。
【請求項7】
前記被成膜物支持機構がキャンロールであることを特徴とする、請求項6に記載の成膜装置。
【請求項8】
スパッタリングカソードを備えた真空チャンバー内にガス供給パイプによりガスを供給し前記スパッタリングカソードで被成膜物に反応性スパッタリングにより成膜を行う成膜方法であって、前記ガス放出パイプが請求項1から4のいずれかに記載のガス放出パイプであることを特徴とする成膜方法。
【請求項9】
前記ガス放出パイプから放出されるガスが、酸素若しくは窒素又はこれら両方を含んでいることを特徴とする、請求項8に記載の成膜方法。
【請求項10】
前記被成膜物が長尺基板であり、前記真空チャンバー内に前記被成膜物を搬送する搬送機構を備え、搬送中の被成膜物に成膜を行うことを特徴とする、請求項8または9に記載の成膜方法。
【請求項11】
被成膜物の表面に酸化物膜を形成する酸化物膜の製造方法であって、前記酸化物膜が請求項8に記載の成膜方法により成膜することと、前記ガス供給パイプが酸素ガスを供給することを特徴とする酸化物膜の製造方法。
【請求項12】
被成膜物の表面に窒化物膜を形成する窒化物膜の製造方法であって、前記窒化物膜が請求項8に記載の成膜方法により成膜することと、前記ガス供給パイプが窒素ガスを供給することを特徴とする窒化物膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空チャンバー内においてロールツーロールで搬送される長尺基板に対して反応性スパッタリングにより連続成膜を行う成膜装置及び成膜方法、並びに該成膜装置に取り付けられる反応性ガスの放出パイプに関するものである。
【背景技術】
【0002】
液晶パネル、ノートパソコン、携帯電話等に使用されるフレキシブル配線基板用の基材には、樹脂フィルム上に酸化物膜や窒化物膜を被覆して得られる被覆フィルム基板が用いられている。この被覆フィルム基板を高い生産性で安価に作製するため、冷却機能を備えたキャンロールの外周面にロールツーロール方式で搬送される長尺樹脂フィルムを巻き付けて裏面側から冷却しながらスパッタリング成膜を行うスパッタリングウェブコータが採用されている。かかるスパッタリングウェブコータでは、キャンロールの外周面に対向して配置したスパッタリングカソードに種々の材料のターゲットを装着することで所望の組成を有する被覆膜を成膜することができる。
【0003】
しかし、酸化物膜を成膜するために酸化物ターゲットを使用したり、あるいは窒化物を成膜するために窒化物ターゲットを使用したりすると成膜速度が遅くなって生産性が低下することがあった。そこで特許文献1では、高速成膜が可能な金属ターゲットを採用し、反応性ガスを制御しながら導入することでスパッタリング成膜を行う方法が提案されている。また、特許文献2には、反応性ガスを真空チャンバー内に導入するガス放出パイプに対して、内径の異なる複数の孔を周方向に備えたスリーブを外嵌することにより反応性ガスの放出量を簡易に調整する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許5347542号
【特許文献2】特許4196138号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
スパッタリングウェブコータによる成膜では、一般に長さ1000m以上の長尺樹脂フィルムをロールツーロール方式で連続的に搬送しながら長時間にわたり継続して成膜を行うので、スパッタリングカソードの近傍に設けた反応性ガス放出用のガス放出パイプにスパッタリング粒子が堆積してガス放出孔を閉塞させることがあった。ガス放出孔が閉塞すると、反応性ガスの分布が成膜開始時から変化し、品質上の問題を生じるおそれがある。
【0006】
従って、長時間にわたって連続的に成膜を行っても閉塞しにくいガス放出パイプが求められていた。但し、上記したようにスパッタリングカソードの近傍に設けたガス放出パイプはスパッタリング粒子が堆積するのを避けることができないので消耗品として扱うのが好ましく、よって特許文献2のような複雑な機構は避けたい。さらに、ガス放出パイプは取付けスペースに余裕が無い場所で使用される場合が多く、コンパクトな形状であることが望まれる。
【0007】
本発明は上記した従来の問題点に着目してなされたものであり、真空チャンバー内においてロールツーロールで搬送される長尺基板に対して反応性スパッタリングにより連続成膜を行う成膜装置に取り付けられるガス放出パイプであって、長時間にわたって連続的に使用しても閉塞しにくく且つコンパクトな構造のガス放出パイプを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明に係るガス放出パイプは、スパッタリング成膜装置の真空チャンバー内に取り付けられ、反応性ガスを放出する複数のガス放出孔を有するガス放出パイプであって、前記複数のガス放出孔の各々は、その入口側から出口側に向かって段階的に拡径する構造を有しており、且つその中心軸を通る面で切断した断面形状において、最も内径が小さい部分の出口側端部と2番目に内径が小さい部分の出口側端部とを結んだ直線と前記中心軸とのなす角が15°以上45°以下で
あり、前記2番目に内径が小さい部分の孔径が1.0mm以下であり、前記最も内径が小さい部分を除いて内壁面が前記中心軸に対して平行であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、シンプルな構造でありながら、ガス放出孔が閉塞するまでの時間を飛躍的に延ばすことができ、よって長時間にわたって安定的にロールツーロール方式の反応性スパッタリング成膜を行うことが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明のガス放出パイプを備えた反応性スパッタリングによる長尺樹脂フィルムの成膜装置の一具体例を示す模式的な正面図である。
【
図3】
図2のガス放出パイプのガス放出孔がスパッタリング粒子でほぼ閉塞している状態を示す断面図である。
【
図4】大径部と小径部との2段構造のガス放出孔を有する本発明の一具体例のガス放出パイプを示す斜視図である。
【
図5】
図4のガス放出パイプにおいて、各ガス放出孔の大径部の中心軸方向長さを変えた時のスパッタリング粒子の堆積量の変化を模式的に示す断面図である。
【
図6】
図4のガス放出パイプにおいて、各ガス放出孔の大径部の内径を変えた時のスパッタリング粒子の堆積量の変化を模式的に示す断面図である。
【
図7】大径部と小径部との2段構造のガス放出孔を有する本発明の一具体例のガス放出パイプにおいて、各ガス放出孔の小径部の出口側端部と大径部の出口側端部とを結んだ直線とガス放出孔の中心軸とのなす角を示す断面図である。
【
図8】
図7のなす角とガス放出孔の閉塞時間との関係を示すグラフである。
【
図9】本発明の他の具体例のガス放出パイプにおいて、各ガス放出孔の大径部の中心軸方向長さを変えた時のスパッタリング粒子の堆積量の変化を模式的に示す断面図である。
【
図10】本発明の他の具体例のガス放出パイプにおいて、各ガス放出孔の大径部の内径を変えた時のスパッタリング粒子の堆積量の変化を模式的に示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明のガス放出パイプおよびこれを具備する長尺基板の処理装置の一具体例について図面を参照しながら詳細に説明する。先ず、本発明のガス放出パイプを具備する長尺基板の処理装置の一具体例として、
図1に示す長尺樹脂フィルムの真空成膜装置について説明する。この
図1に示す長尺樹脂フィルムFの真空成膜装置10はスパッタリングウェブコータとも称される装置であり、ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムのような樹脂フィルムやポリイミドフィルムのような耐熱性樹脂フィルムなどの長尺樹脂フィルムFを真空チャンバー11内において巻出ロール12から巻取ロール24までロールツーロール方式で搬送しながらその表面に連続的に金属膜をスパッタリング成膜する場合に好適に用いられる。
【0012】
具体的に説明すると、真空チャンバー11内は、スパッタリング成膜のため、到達圧力10
−4Pa程度までの減圧と、その後のスパッタリングガスの導入による0.1〜10Pa程度の圧力調整が行われる。スパッタリングガスにはアルゴンなど公知のガスが使用され、さらに酸素若しくは窒素又はこれら両方を含んだ反応性ガスが後述するガス放出パイプを介して導入される。真空チャンバー11の形状や材質は、このような減圧状態に耐え得るものであれば特に限定はなく、種々のものを使用することができる。上記したように真空チャンバー11内を減圧してその状態を維持するため、真空チャンバー11には図示しないドライポンプ、ターボ分子ポンプ、クライオコイル等の種々の装置が具備されている。
【0013】
この真空チャンバー11内に巻出ロール12から巻き出されてキャンロール16を経由し、巻取ロール24で巻き取られる長尺樹脂フィルムFの搬送経路を画定する各種ロールが配置されている。巻出ロール12からキャンロール16までの搬送経路には、長尺樹脂フィルムFを案内するフリーロール13、長尺樹脂フィルムFの張力の測定を行う張力センサロール14、及び張力センサロール14から送り出される長尺樹脂フィルムFをキャンロール16の外周面に密着させるべくキャンロール16の周速度に対する調整が行われるモータ駆動の前フィードロール15がこの順で配置されている。
【0014】
キャンロール16から巻取ロール24までの搬送経路も、上記同様に、キャンロール16の周速度に対する調整が行われるモータ駆動の後フィードロール21、長尺樹脂フィルムFの張力の測定を行う張力センサロール22、および長尺樹脂フィルムFを案内するフリーロール23がこの順に配置されている。上記の巻出ロール12及び巻取ロール24では、パウダークラッチ等によるトルク制御によって長尺樹脂フィルムFの張力バランスが保たれている。また、キャンロール16はモータで回転駆動され、真空チャンバー11の外部で温調された冷媒が内部を循環している。
【0015】
キャンロール16の外周面で画定される長尺樹脂フィルムFが巻き付けられる
図1の角度Aの範囲に該当する領域(ラップ領域とも称される)に対向する位置には、成膜手段としてのマグネトロンスパッタリングカソード17、18、19および20がこの順に搬送経路に沿って設けられている。各マグネトロンスパッタリングカソードは、キャンロール16の外周面に対向する面に板状のターゲットを装着している。なお、上記した板状のターゲットを用いた場合に発生しやすいターゲット上のノジュール(異物の成長)が問題になる場合は、ノジュールの発生がなく、ターゲットの使用効率も高い円筒形のロータリーターゲットを使用してもよい。真空チャンバー11内にはターゲットから叩き出されたスパッタリング粒子が所定の進行経路を外れて巻出ロール等に向かうのを防止するため、遮蔽板25が設けられている。
【0016】
各マグネトロンスパッタリングカソードは、長尺樹脂フィルムFの搬送方向における上流側端部及び下流側端部に各々長尺樹脂フィルムFの搬送経路の幅方向に延在するガス放出パイプ30が設置されており、ここからスパッタリング成膜の際に反応性ガスが制御しながら導入される。これにより、酸化物膜や窒化物膜を成膜する際、マグネトロンスパッタリングカソードのターゲットに成膜速度が遅い酸化物ターゲットや窒化物ターゲットを使用する必要がなくなり、高速成膜が可能な金属ターゲットを使用できる。その結果、極めて高い生産性でスパッタリング成膜を行うことができる。
【0017】
なお、ガス放出パイプから放出させる反応性ガスは、一般に以下の4つの方法で制御を行うことができる。
(1)一定流量の反応性ガスを放出する(流量制御)
(2)一定圧力を保つように反応性ガスを放出する(圧力制御)
(3)スパッタリングカソードのインピーダンスが一定になるように反応性ガスを放出する(インピーダンス制御)
(4)スパッタリングのプラズマ強度が一定になるように反応性ガスを放出する(プラズマエミッション制御)
【0018】
ところで、上記したガス放出パイプ30の構造を、
図2に示すように、末端部が封止されたパイプ1に対して孔径0.5mm程度の複数のガス放出孔2がカソードの幅方向の端から端までに対応する範囲内に一列に穿設された構造にすると、長時間使用しているうちに
図3に示すようにガス放出孔2の特に出口開口部分がスパッタリング粒子Sの堆積によって閉塞する問題が生ずることがあった。ガス放出孔2がターゲットを向かないように配置しても、スパッタリング粒子はガスによる拡散によって回り込んで堆積するため、上記閉塞の問題の解決にはならない。このようにガス放出孔が閉塞するとガス分布が変化してしまい、長尺樹脂フィルムの幅方向に関して酸化度あるいは窒化度が異なる不均質な膜が成膜されるおそれがある。特に、プラズマ強度を局所的に観測するプラズマエミッション制御等では、その位置のガス放出孔が閉塞すると全体に大きな影響を与えてしまう。
【0019】
そこで、
図4に示すように、本発明の一具体例のガス放出パイプ30は、カソードの幅方向の端から端までに対応する範囲内にガス放出パイプ30の長手方向に沿って複数のガス放出孔31が等間隔に穿設されており、それらの各々の形状は、その入口側開口部から出口側開口部に向かって段階的に拡径する構造になっている。これにより、閉塞しやすい内径の最も小さい部分に出口側で隣接する部分の内径を大きく拡げることができるので、長時間にわたって連続的にスパッタリング成膜を行ってもガス放出孔が閉塞しにくくなる。すなわち、
図5(a)に示す段差を1段有する2段構造のガス放出孔の例に示すように、各ガス放出孔31において、ガス放出パイプの外表面側(出口側開口部側とも称する)に位置する内径の大きい部分(大径部とも称する)31aの内壁面にはスパッタリング粒子Sが多く堆積するものの、内表面側(入口側開口部側とも称する)に位置する内径の小さい部分(小径部とも称する)31bの内壁面にはスパッタリング粒子Sは僅かしか堆積していない。
【0020】
この場合、
図5(a)と
図5(b)との比較から分かるように、外表面側に位置する内径の大きい部分31aのその中心軸Oに延在する距離が長いほど、内表面側に位置する内径の小さい部分31bのスパッタリング粒子Sの堆積量が少なくなっている。また、
図6(a)と
図6(b)との比較から分かるように、外表面側に位置する内径の大きい部分31aの孔径が小さくなるほど、内表面側に位置する内径の小さい部分31bのスパッタリング粒子Sの堆積量が少なくなっている。
【0021】
このように、最も内径の小さい部分に出口側で隣接する部分の内径や中心軸方向長さを変えることにより当該最も内径の小さい部分の内壁面へのスパッタリング粒子の堆積量が増減するが、この傾向は、段差の数が上記したように1段だけの場合のみならず2段以上の場合においても同様である。すなわち、1段以上の段差で段階的に拡径するガス放出孔において、入口側開口部に位置する最も内径の小さい部分の内壁面へのスパッタリング粒子の堆積量は、これに隣接する2番目に内径の小さい部分の内径や中心軸方向長さの影響を受ける。
【0022】
この関係を、
図7に示すように、ガス放出孔の段差の数が1段の場合をとりあげて説明する。
図7はガス放出孔31をその中心軸Oを通る平面で切断した断面図であり、ガス放出孔31において最も内径が小さい部分31bの出口側端部Ebと2番目に内径が小さい部分31aの出口側端部Eaとを結んだ直線Cとガス放出孔31の中心軸Oとのなす角をαとすると、最も内径が小さい部分31bの内径を変えずに2番目に内径が小さい部分31aの中心軸O方向の長さLを長くしていくとなす角αは小さくなり、逆にこの中心軸O方向の長さLを短くしていくとなす角αは大きくなる。一方、最も内径が小さい部分31bの内径を変えずに2番目に内径が小さい部分31aの内径Dを大きくしていくとなす角αは大きくなり、逆にこの内径Dを小さくしていくとなす角αは小さくなる。
【0023】
そして、このなす角αとガス放出孔の閉塞時間の関係を
図8に示す。この
図8から分かるように、ガス放出孔のなす角αが小さくなればなる程閉塞までの時間を延ばすことができ、例えばなす角αが約45°のときは、従来の段差のないガス放出孔(なす角α90°の場合とみなすことができる)に比べて閉塞までの時間を2倍に延ばすことができる。但し、内表面側のガス放出孔の孔径が大きすぎると、ガス放出パイプに設けられた複数のガス放出孔のうち、当該ガス放出パイプの上流側に位置するガス放出孔から多くのガスが放出されてしまうため、当該内表面側のガス放出孔の孔径は0.5mm以下が望ましい。一方、外表面側のガス放出孔の孔径が小さすぎるとここが閉塞してしまうので、当該外表面側のガス放出孔の孔径は0.5mmより大きく、1.0mm以下が望ましい。これらの条件を考慮にいれると、上記したなす角αの下限は15°、上限は45°となる。なお、上記したなす角αの2倍の角度を「見通し角度」と称することもある。
【0024】
このように、段階的に拡径するガス放出孔を有し、その中心軸を通る面で切断した断面形状において、最も内径が小さい部分の出口側端部と2番目に内径が小さい部分の出口側端部とを結んだ直線と中心軸とのなす角が所定の範囲内となるように形成された本発明のガス放出パイプを用いることによって、当該ガス放出孔がスパッタリング粒子によって閉塞するまでの時間を飛躍的に延ばすことができる。しかも、本発明のガス放出パイプは、上記したようにシンプルで嵩張らない構造で形成することができるので、従来の長尺基板真空成膜装置にも容易に取り付けることができる。
【0025】
次に、本発明のガス放出パイプの他の具体例を示す。この本発明の他の具体例のガス放出パイプも、その長手方向に沿って設けられている複数のガス放出孔の各々が1段以上の段差で段階的に拡径されているが、最も内径が小さい部分の中心軸が当該ガス放出孔の開口部における法線方向から傾斜していることを特徴としている。なお、このような法線方向から傾斜する孔は、レーザやドリルによって容易に穿孔することができる。
【0026】
この本発明の他の具体例の場合も、上記した一具体例の場合と同様に、入口側開口部に位置する最も内径の小さい部分の内壁面へのスパッタリング粒子の堆積量は、これに隣接する2番目に内径の小さい部分の内径や中心軸方向長さの影響を受ける。すなわち、
図9(a)と
図9(b)の比較から分かるように、ガス放出孔131のうち、外表面側に位置する内径の大きい部分131aのその中心軸Oに延在する距離が長いほど、内表面側に位置する内径の小さい部分131bのスパッタリング粒子Sの堆積量が少なくなっている。また、
図10(a)と
図10(b)との比較から分かるように、ガス放出孔131のうち、外表面側に位置する内径の大きい部分131aの孔径が小さくなるほど、内表面側に位置する内径の小さい部分131bのスパッタリング粒子Sの堆積量が少なくなっている。
【0027】
但し、ガス放出孔が斜め穴であった場合、当該斜め方向に形成された小径部の出口側端部において、例えば
図9(a)の右側の小径部の壁面と段差部とが鈍角で交差している部分ではスパッタリング粒子が堆積しやすくなり、その反対側の
図9(a)の左側の小径部の壁面と段差部とが鋭角で交差している部分ではスパッタリング粒子が堆積しにくくなる。このような場合であっても、これらを平均して考えれば、上記した本発明の一具体例の場合と同様に考えることができる。
【0028】
以上、本発明のガス放出パイプについて複数の具体例を挙げて説明したが、本発明はこれら具体例に限定されるものではなく、本発明の趣旨から逸脱しない範囲内で種々の変形例や代替例を考慮することができる。例えば、ガス放出パイプは各カソードの上流側端部または下流側端部にのみ設けてもよい。また、カソード幅が広い場合は、より均一なガス分布を得るため、ガス放出パイプをフィルム幅方向に分割してもよい。さらに、段差の数が2段以上で段階的に拡径する場合は、出口開口部側に位置する最も内径が大きい部分の壁面は、中心軸に平行でなくてもよい。
【実施例】
【0029】
[実施例1]
図1に示すような成膜装置(スパッタリングウェブコータ)を用いて長尺樹脂フィルムFにスパッタリング成膜を行った。長尺樹脂フィルムFには幅500mm、長さ1200m、厚さ25μmの東洋紡株式会社製のPETフィルム「コスモシャイン(登録商標)」を使用した。キャンロール16には直径600mm、幅750mmのステンレス製のロールを使用し、その外周面にハードクロムめっきを施した。前フィードロール15と後フィードロール21には直径150mm、幅750mmのステンレス製のロールを使用し、その外周面にハードクロムめっきを施した。カソード17〜20にはSiCターゲット(旭硝子セラミックス製)を装着し、カソード17と18との対及び19と20との対は各々1対のデュアルマグネトロンカソードとし、デュアルマグネトロン電源に接続した。キャンロール16は0℃に冷却制御した。
【0030】
これらカソード17、18、19、20の各々の上流側と下流側に、全長750mm、外径3/8インチ、パイプ肉厚1mmのガス放出パイプ30を取り付けた。各ガス放出パイプは、カソードの幅600mmと同じ範囲に20mmピッチで複数のガス放出孔を穿孔した。各ガス放出孔は、孔径0.6mm、中心軸方向の長さ0.35mmの出口側の大径部と、孔径0.2mm、中心軸方向の長さ0.65mmの入口側の小径部とからなる2段構造とした。この時、
図7における最も内径が小さい部分(小径部)の出口側端部と2番目に内径が小さい部分(大径部)の出口側端部とを結んだ直線Cと中心軸Oとのなす角αは約30°になる。
【0031】
巻出ロール12にPETフィルムをセットし、その先端部をキャンロール16を経由して巻取ロールに巻き付けた。上記巻出ロール12と巻取ロール24の張力は100Nとした。先ず、真空チャンバー11内を複数台のドライポンプにより5Paまで排気した後、複数台のターボ分子ポンプとクライオコイルを用いて3×10
−3Paまで排気した。
【0032】
アルゴンガスを300sccm導入し、各カソードは20kWの電力を印加して電力制御を行った。デュアルマグネトロン電源のカソード電圧が800Vになるようにインピーダンス制御を行った。ガス放出パイプからは、SiO
2膜を成膜すべく反応性ガスとして酸素を導入した。この状態でPETフィルムを搬送速度2m/分で搬送させることで約10時間かけてPETフィルムに成膜を行った。1200mのPETフィルムの成膜が完了する毎に真空チャンバーを開放し、ガス放出パイプにガスを導入してガス放出孔の閉塞を確認した。これを閉塞が確認されるまで繰り返した。その結果、10回目の成膜が完了した時(すなわち、合計100時間経過時)にガス放出孔の閉塞が確認された。
【0033】
[実施例2]
各ガス放出孔の構造を、孔径0.6mm、中心軸方向の長さ0.2mmの出口側の大径部と、孔径0.2mm、中心軸方向の長さ0.8mmの入口側の小径部とからなる2段構造とした以外は上記実施例1と同様にして成膜を行った。この時、
図7における最も内径が小さい部分の出口側端部と2番目に内径が小さい部分の出口側端部とを結んだ直線Cと中心軸Oとのなす角αは約45°になる。その結果、6回目の成膜が完了した時(すなわち、合計60時間経過時)にガス放出孔の閉塞が確認された。
【0034】
[実施例3]
各ガス放出孔の構造を、孔径0.6mm、中心軸方向の長さ0.75mmの出口側の大径部と、孔径0.2mm、中心軸方向の長さ0.25mmの入口側の小径部とからなる2段構造とした以外は上記実施例1と同様にして成膜を行った。この時、
図7における最も内径が小さい部分の出口側端部と2番目に内径が小さい部分の出口側端部とを結んだ直線Cと中心軸Oとのなす角αは約15°になる。その結果、18回目の成膜が完了した時(すなわち、合計180時間経過時)にガス放出孔の閉塞が確認された。
【0035】
[比較例]
各ガス放出孔の構造を、孔径0.2mm、中心軸方向の長さ1.0mmの段差のない構造とした以外は上記実施例1と同様にして成膜を行った。この場合は、
図7において2番目に内径が小さい部分の内径が無限大であると考えることができるので、最も内径が小さい部分の出口側端部と2番目に内径が小さい部分の出口側端部とを結んだ直線Cと中心軸Oとのなす角αは約90°になる。その結果、3回目の成膜が完了した時(すなわち、合計30時間経過時)にガス放出孔の閉塞が確認された。
【0036】
上記した実施例1〜3と比較例との結果から、本発明の要件を満たすガス放出パイプはシンプルな構造でありながら、ガス放出孔が閉塞するまでの時間を飛躍的に延ばすことができ、よって長時間にわたり安定的にロールツーロール方式で反応性スパッタリング成膜を行えることが分かる。
【符号の説明】
【0037】
10 真空成膜装置
11 真空チャンバー
12 巻出ロール
13 フリーロール
14 張力センサロール
15 フィードロール
16 キャンロール
17、18、19、20 マグネトロンスパッタリングカソード
21 フィードロール
22 張力センサロール
23 フリーロール
24 巻取ロール
25 遮蔽板
30 ガス放出パイプ
31、131 ガス放出孔
31a、131a 出口側開口部(大径部)
31b、131b 入口側開口部(小径部)
F 耐熱性樹脂フィルム
S スパッタリング粒子
O 中心軸
D 大径部の孔径
L 大径部の中心軸方向長さ
Ea 大径部の出口側端部
Eb 小径部の出口側端部
C 大径部及び小径部の両出口側端部を結ぶ線
α 両出口側端部を結ぶ線Cと中心軸Oとのなす角