【実施例】
【0038】
[第1実施例]
Mnを0.03質量%含有する鉄粉末に、硫化鉄粉末(S量:36.47質量%)を表1に示す配合比(添加の割合)として添加し、混合して原料粉末を得た。そして、原料粉末を成形圧力600MPaで成形し、外径25.6mm、内径20mm、高さ15mmのリング形状の圧粉体を作製した。次いで、非酸化性ガス雰囲気中、1120℃で焼結して試料番号01〜08の焼結部材を作製した。これらの試料の全体組成を表1に併せて示す。
【0039】
金属組織中の硫化物の体積%は、金属組織断面の硫化物の面積率に等しい。このため、実施例においては、金属硫化物の体積%の評価にあたり、金属組織断面の硫化物の面積%を評価して行った。すなわち、得られた試料について切断し、断面を鏡面研磨して断面観察を行い、画像分析ソフトウエア(三谷商事株式会社製WinROOF)を用いて、気孔を除く基地部分の面積と硫化物の面積を測定して基地に占める硫化物の面積%を求めるとともに、最大粒径が10μm以上である硫化物の面積を測定して全硫化物の面積に対する割合を求めた。なお、各硫化物粒子の最大粒径は、各粒子の面積を求め、この面積と等しい円の直径に換算する円相当径で計測した。また、硫化物粒子が結合している場合、結合した硫化物を1個の硫化物としてこの硫化物の面積より円相当径を求めた。これらの結果を表2に示す。
【0040】
また、リング形状の焼結部材について、JIS規格に規定されたSCM435Hの調質材を相手材として用いて、リングオンディスク摩擦摩耗試験機によって、周速477rpm、5kgf/cm
2の荷重の下で無潤滑で摺動試験を行い、摩擦係数を測定した。さらに、リング形状の焼結部材について圧環試験を行い圧環強さを測定した。これらの結果についても表2に併せて示す。
【0041】
なお、以下の評価に当たっては、摩擦係数0.6以下および圧環強さ150MPa以上となる試料を合格として判定を行った。
【0042】
【表1】
【0043】
【表2】
【0044】
表1および表2より、硫化鉄粉末を添加することにより硫化物が析出し、硫化鉄粉末の添加量の増加にしたがい、全体組成中のS量が増加し、硫化物の析出量が増加している。また、最大粒径が10μm以上の硫化物は、S量の増加に従ってその割合が増加し、S量が本発明の上限値である8.10%のときに、硫化物のほとんどの最大粒径が10μm以上となっている。このような硫化物の析出により、全体組成中のS量が増加するにしたがい摩擦係数が低下する。圧環強さは、硫化鉄粉末の添加により焼結時に液相が発生して焼結が促進されるため増加する。しかしながら、基地中に析出する硫化物の量が増加すると基地の強度が低下するため、S量が多い領域では硫化物の析出量が多く基地の強度が低下して圧環強さが低下する。
【0045】
ここで、全体組成中のS量が3.24質量%に満たない試料番号02の試料では、S量が乏しいため、硫化物の析出量が15面積%を下回り、摩擦係数の改善効果が乏しい。これに対して、全体組成中のS量が3.24質量%の試料番号03の試料では、硫化物の析出量が15面積%で、最大粒径が10μm以上の硫化物の面積が全硫化物の面積に対して占める割合が60%を超え、摩擦係数が0.6に改善されている。一方、全体組成中のS量が8.1質量%を超えると、基地に占める硫化物の量が30面積%を超える結果、圧環強さの低下が著しくなり、圧環強さが150MPaを下回る。以上のように、全体組成中のS量は3.24〜8.1質量%の範囲で、良好な摩擦係数と強度が得られることが確認された。
【0046】
図1に、試料番号05の鉄基焼結摺動部材の金属組織(鏡面研磨)を示す。鉄基地は白色の部分であり、硫化物粒子は灰色の部分である。気孔は黒色の部分である。
図1より硫化物粒子(灰色)は鉄基地(白色)中に析出して分散しており、基地への固着性が良好であることが伺える。また、硫化物粒子は各所で互いに結合してある程度の大きさに成長しており、このように大きい形態で基地中に分散するため、固体潤滑剤としての作用が大きく、摩擦係数の低減に寄与したものと考えられる。なお、気孔(黒色)は比較的丸みを帯びた形状となっているが、これはFeS液相の発生によるものと考えられる。
【0047】
[第2実施例]
Mnを0.8質量%含有する鉄粉末に、硫化鉄粉末(S量:36.47質量%)を表3に示す配合比に変えて添加し、混合して原料粉末を得た。そして、第1実施例と同様にして、成形、焼結を行い試料番号09〜16の焼結部材を作製した。これらの試料の全体組成を表3に併せて示す。これらの試料について、第1実施例と同様にして、硫化物の面積および最大粒径が10μm以上である硫化物の面積が全硫化物の面積に占める割合を測定するとともに、摩擦係数および圧環強さの測定を行った。これらの結果を表4に示す。
【0048】
【表3】
【0049】
【表4】
【0050】
第2実施例は、第1実施例で用いた鉄粉末(Mn量:0.03質量%)と異なるMn量の鉄粉末を用いた場合の例であるが、第1実施例と同じ傾向を示している。すなわち、表3および表4より、硫化鉄粉末の添加量の増加に従い、全体組成中のS量が増加し、硫化物の析出量が増加している。また、最大粒径が10μm以上の硫化物は、S量の増加にしたがってその割合が増加し、S量が本発明の上限値である8.10%のときに、硫化物のほとんどの最大粒径が10μm以上となっている。このような硫化物の析出により、全体組成中のS量が増加するに従って摩擦係数が低下する。硫化鉄粉末の添加により焼結時に液相が発生して焼結が促進されるため、圧環強さは増加するが、基地中に析出する硫化物の量が増加すると基地の強度が低下するため、S量が多い領域では硫化物の析出量が多く強度が低下するため、圧環強さが低下する。
【0051】
また、第1実施例と同様に、全体組成中のS量が3.24質量%に満たない試料番号10の試料では、S量が乏しいため、硫化物の析出量が15面積%を下回り、摩擦係数の改善効果が乏しい。これに対して、全体組成中のS量が3.24質量%の試料番号11の試料では、硫化物の析出量が15面積%で、最大粒径が10μm以上の硫化物の面積が占める割合が60%となり、摩擦係数が0.6以下に改善されている。一方、全体組成中のS量が8.1質量%を超えると、基地に占める硫化物の量が30面積%を超える結果、圧環強さの低下が著しくなり、圧環強さが150MPaを下回る。以上のように、全体組成中のS量は3.24〜8.1質量%の範囲で、良好な摩擦係数と強度が得られることが確認された。
【0052】
[第3実施例]
第1実施例で用いた鉄粉末(Mnを0.03質量%含有する鉄粉末)に、硫化銅粉末(S量:33.53質量%)を表5に示す配合比に変えて添加、混合して原料粉末を得た。そして、第1実施例と同様にして、成形、焼結を行い試料番号17〜23の焼結部材を作製した。これらの試料の全体組成を表5に併せて示す。これらの試料について、第1実施例と同様にして、硫化物の面積および最大粒径が10μm以上である硫化物の面積が全硫化物の面積に占める割合を測定するとともに、摩擦係数および圧環強さの測定を行った。これらの結果を表6に併せて示す。なお、表6には第1実施例の試料番号01の試料(金属硫化物粉末を含まない例)の結果を併せて示す。
【0053】
【表5】
【0054】
【表6】
【0055】
第3実施例は、硫化鉄粉末に替えて硫化銅粉末によりSを付与した場合の例であるが、第1実施例と同じ傾向を示している。すなわち、表5および表6より、硫化銅粉末の添加量の増加に従って全体組成中のS量が増加し、硫化物の析出量が増加している。また、最大粒径が10μm以上の硫化物は、S量の増加に従ってその割合が増加し、S量が本発明の上限値である8.10%のときに、硫化物のほとんどの最大粒径が10μm以上となっている。このような硫化物の析出により、全体組成中のS量が増加するに従って摩擦係数が低下している。硫化銅粉末の添加により焼結時に液相が発生して焼結が促進されるため、圧環強さは増加する。しかしながら、基地中に析出する硫化物の量が増加すると基地の強度が低下するため、S量が多い領域では硫化物の析出量が多くなって強度が低下し、圧環強さが低下している。
【0056】
また、第1実施例と同様に、全体組成中のS量が3.24質量%に満たない試料番号17の試料では、S量が乏しいため硫化物の析出量が15面積%を下回り、摩擦係数の改善効果が乏しい。これに対して、全体組成中のS量が3.24質量%の試料番号18の試料では、硫化物の析出量が15面積%で、最大粒径が10μm以上の硫化物の面積が全硫化物の面積に対して占める割合が60%となり、摩擦係数が0.6以下に改善されている。一方、全体組成中のS量が8.1質量%を超えると、基地に占める硫化物の量が30面積%を超える結果、圧環強さが150MPaを下回っている。
【0057】
硫化鉄粉末に替えて硫化銅粉末によりSを付与した場合、硫化銅粉末が分解して生じたCuは、硫化物粒子の析出を促進する作用があり、硫化鉄粉末によりSを供給する場合(第1実施例)よりも析出量が多く、摩擦係数が小さくなっている。またこのCuが液相発生による緻密化(焼結の促進)および基地の強化に作用するため、硫化鉄粉末によりSを供給する場合(第1実施例)よりも圧環強は高くなっている。
【0058】
以上のように、全体組成中のS量は3.24〜8.1質量%の範囲で良好な摩擦係数と強度が得られることが確認された。また、硫化鉄粉末に変えて硫化銅粉末を用いてSを付与しても同様の結果が得られることが確認された。
【0059】
[
第1参考例]
第1実施例で用いた鉄粉末(Mnを0.03質量%含有する鉄粉末)に、二硫化モリブデン粉末(S量:40.06質量%)を表7に示す配合比に変えて添加し、混合して原料粉末を得た。そして、第1実施例と同様にして、成形、焼結を行い試料番号24〜30の焼結部材を作製した。これらの試料の全体組成を表7に併せて示す。これらの試料について、第1実施例と同様にして、硫化物の面積および最大粒径が10μm以上である硫化物の面積が全硫化物の面積に占める割合を測定するとともに、摩擦係数および圧環強さの測定を行った。これらの結果を表8に示す。なお、表8には第1実施例の試料番号01の試料(金属硫化物粉末を含まない例)の結果を併せて示す。
【0060】
【表7】
【0061】
【表8】
【0062】
第1参考例は、硫化鉄粉末に替えて二硫化モリブデン粉末によりSを付与した場合の例であるが、第1実施例と同じ傾向を示している。すなわち、表8より、二硫化モリブデン粉末の添加量の増加に従って全体組成中のS量が増加し、硫化物の析出量が増加している。また、最大粒径が10μm以上の硫化物は、S量の増加に従ってその割合が増加し、S量が本発明の上限値である8.10%のときに、硫化物のほとんどの最大粒径が10μm以上となっている。このような硫化物の析出により、全体組成中のS量が増加するに従って摩擦係数が低下している。硫化銅粉末の添加により焼結時に液相が発生して焼結が促進されるため、圧環強さは増加する。しかしながら、基地中に析出する硫化物の量が増加すると基地の強度が低下するため、S量が多い領域では硫化物の析出量が多くなって強度が低下し、圧環強さが低下している。
【0063】
また、第1実施例と同様に、全体組成中のS量が3.24質量%に満たない試料番号24の試料では、S量が乏しいため硫化物の析出量が15面積%を下回り、摩擦係数の改善効果が乏しい。これに対して、全体組成中のS量が3.24質量%の試料番号25の試料では、硫化物の析出量が15面積%で、最大粒径が10μm以上の硫化物の面積が全硫化物の面積に対して占める割合が60%となり、摩擦係数が0.6以下に改善されている。一方、全体組成中のS量が8.1質量%を超えると、基地に占める硫化物の量が30面積%を超え、圧環強さの低下が著しくなるとともに、摩擦係数は添加量の割に減少していない。Moは高価であり、二硫化モリブデン粉末も高価であることを勘案すると、強度の低下が著しくなることおよびコストの割に効果が乏しいことから、Mo量は13質量%以下にすることが好ましい。
【0064】
硫化鉄粉末に替えて二硫化モリブデン粉末によりSを付与した場合、二硫化モリブデン粉末が分解して生じたMoは鉄基地中に拡散して固溶され、これが基地の強化に作用するため、圧環強さは、硫化鉄粉末によりSを供給する場合(第1実施例)よりも高い値となっている。
【0065】
以上のように、全体組成中のS量は3.24〜8.1質量%の範囲で、良好な摩擦係数と強度が得られることが確認された。また、硫化鉄粉末に変えて二硫化モリブデン粉末を用いてSを付与しても同等の効果が得られることが確認された。
【0066】
以上の第1実施例から
第1参考例より、全体組成中のS量が3.24〜8.1質量%の範囲で、基地に占める硫化物の量が15〜30面積%の範囲となり、かつ全硫化物粒子の面積に占める最大粒径が10μm以上の硫化物粒子の面積が60%以上となり、摩擦係数0.6以下であるとともに圧環強さが150MPa以上の良好な摩擦係数と強度を兼ね備えたものとなることが確認された。また、鉄粉末が不純物として含有する程度のMn量においては、Mn量が変わっても同様の結果が得られることが確認された。さらに、電気陰性度の値がFe以下の金属の硫化物粉末を用いることで、上記の硫化物を形成することができることが確認された。
【0067】
[第5実施例]
第1実施例で用いた鉄粉末に、15質量%の硫化鉄粉末、および銅粉末を添加するとともに、表9に示す銅粉末の添加の割合(配合比)に変えて添加し、混合して原料粉末を得た。そして、第1実施例と同様にして、成形、焼結を行い試料番号31〜35の焼結部材を作製した。これらの試料の全体組成を表9に併せて示す。これらの試料について、第1実施例と同様にして、硫化物の面積および最大粒径が10μm以上である硫化物の面積が全硫化物の面積に占める割合を測定するとともに、摩擦係数および圧環強さの測定を行った。これらの結果を表10に示す。なお、表10には第1実施例の試料番号05の試料(銅粉末を含まない例)の結果を併せて示す。
【0068】
【表9】
【0069】
【表10】
【0070】
表9および表10より、銅粉末の添加量を変化させて全体組成中のCu量を変化させると、Cu量の増加にしたがい、硫化物粒子の析出が促進されて硫化物の量が増加するとともに、10μmを超える硫化物粒子の量が増加する傾向を示しており、このため摩擦係数が低下する傾向を示している。圧環強さは、Cu量が増加するに従って液相発生量が増加して緻密化すること、および基地強化の作用により、Cu量が15質量%までは増加する。しかしながら、Cu量が15質量%を超えると基地中に分散する遊離銅相の量が多くなって圧環強さは減少しており、Cu量が20質量%を超えると、圧環強さが150MPaを下回る。
【0071】
以上の結果および第3実施例の結果から、Cuの添加により、硫化物粒子の析出が促進されて摩擦係数を低減することができることが確認された。ただし、Cu量が20質量%を超えると強度の低下が著しくなるため、Cuを添加する場合、上限を20質量%以下とすることが好ましいことも確認された。
【0072】
[
第2参考例]
第1実施例で用いた鉄粉末に、15質量%の硫化鉄粉末、10質量%の銅粉末、およびニッケル粉末を添加するとともに、表11に示すニッケル粉末の添加の割合(配合比)に変えて添加し、混合して原料粉末を得た。そして、第1実施例と同様にして、成形、焼結を行い試料番号36〜40の焼結部材を作製した。これらの試料の全体組成を表11に併せて示す。これらの試料について、第1実施例と同様にして、硫化物の面積および最大粒径が10μm以上である硫化物の面積が全硫化物の面積に占める割合を測定するとともに、摩擦係数および圧環強さの測定を行った。これらの結果を表12に示す。なお、表12には第5実施例の試料番号32の試料(ニッケル粉末を含まない例)の結果を併せて示す。
【0073】
【表11】
【0074】
【表12】
【0075】
表11および表12より、ニッケル粉末の添加量を変化させて全体組成中のNi量を変化させると、Ni量の増加に従って基地強化の作用によりNi量が5質量%までは圧環強さが増加する。しかしながら、Ni量の増加に従って鉄基地中に拡散しきらないで残留するNiリッチ相(高Ni濃度相)の量が増えて強度が低下するため、5質量%を超えて10質量%までは、基地強化の作用とNiリッチ相の影響がバランスして圧環強さが等しくなっている。そして、Ni量が10質量%を超えるとNiリッチ相の影響が大きくなり、圧環強さが減少している。一方、Ni量が増加するに従って硫化物の析出が乏しいNiリッチ相が増加するため、摩擦係数は緩やかに増加している。しかしながら、Ni量が13質量%を超えると、Niリッチ相が増加し過ぎるため、摩擦係数が著しく増加して、6を超える値となっている。
【0076】
以上のように、Niの添加により強度を向上できること、ただしNi量が13質量%を超えると強度の低下とともに摩擦係数が増加することから上限を13質量%以下にすることが好ましいことが確認された。また、この
第2参考例および上記の
第1参考例より、Ni、Moをそれぞれ13質量%以下の範囲で添加することにより強度を向上できることが確認された。
【0077】
[第7実施例]
第1実施例で用いた鉄粉末に、15質量%の硫化鉄粉末、10質量%の銅粉末、および黒鉛粉末を添加するとともに、表13に示す黒鉛粉末の添加の割合(配合比)に変えて添加し、混合して原料粉末を得た。そして、第1実施例と同様にして、成形、焼結を行い試料番号41〜51の焼結部材を作製した。これらの試料の全体組成を表13に併せて示す。これらの試料について、第1実施例と同様にして、硫化物の面積および最大粒径が10μm以上である硫化物が全硫化物に占める割合を測定するとともに、摩擦係数および圧環強さの測定を行った。これらの結果を表14に示す。なお、表14には第5実施例の試料番号32の試料(黒鉛粉末を含まない例)の結果を併せて示す。
【0078】
【表13】
【0079】
【表14】
【0080】
第7実施例は、鉄基焼結摺動部材にCを与えるとともに、Cの全量を鉄基地に固溶して与える場合の例である。第5実施例の試料番号32の試料はCを含有せず、鉄基地の金属組織は強度の低いフェライト組織である。ここで、黒鉛粉末を添加してCを付与すると、鉄基地の金属組織中にフェライト相より硬く強度の高いパーライト相がフェライト組織中に分散して、圧環強さが増加するとともに、摩擦係数が低下する。そして、C量が増加するに従ってパーライト相の量が増加してフェライト相が減少し、C量が1質量%程度で鉄基地の金属組織が全面パーライト組織となる。このため、C量が1質量%までは、C量の増加に従って圧環強さが増加するとともに、摩擦係数が低下する。一方、C量が1質量%を超えるとパーライト組織中に高くかつ脆いセメンタイトが析出するようになり、圧環強さが低下するとともに、摩擦係数が増加する。そして、C量が2質量%を超えると、パーライト組織中に析出するセメンタイトの量が過大となり、圧環強さが著しく低下して、Cを添加しない試料番号32の試料よりも圧環強さが低下するとともに、摩擦係数も大きくなって、0.6を超える値となっている。
【0081】
以上のように、Cを添加して鉄基地に固溶させることにより強度を向上できること、ただしC量が2質量%を超えると強度の低下とともに摩擦係数が増加することから上限を2質量%以下にすることが好ましいことが確認された。
【0082】
[第8実施例]
第1実施例で用いた鉄粉末に、15質量%の硫化鉄粉末、10質量%の銅粉末、0.5質量%の酸化硼素粉末および黒鉛粉末を添加するとともに、表15に示す黒鉛粉末の添加の割合(配合比)に変えて添加し、混合して原料粉末を得た。そして、第1実施例と同様にして、成形、焼結を行い試料番号52〜62の焼結部材を作製した。これらの試料の全体組成を表15に併せて示す。これらの試料について、第1実施例と同様にして、硫化物の面積および最大粒径が10μm以上である硫化物の面積が全硫化物の面積に占める割合を測定するとともに、摩擦係数および圧環強さの測定を行った。これらの結果を表16に示す。なお、表16には第5実施例の試料番号32の試料(黒鉛粉末を含まない例)の結果を併せて示す。
【0083】
【表15】
【0084】
【表16】
【0085】
第8実施例は、鉄基焼結摺動部材にCを与えるとともに、Cを鉄基地に拡散させず、気孔中に残留させて固体潤滑剤として用いる場合の例である。表15および表16より、黒鉛粉末の添加量を変化させて全体組成中のC量を変化させると、C量の増加に従って気孔中に分散する黒鉛粉末が固体潤滑剤として作用し、摩擦係数が低下する。一方、黒鉛粉末の量が増加した分鉄基地の量が分減少するため、圧環強さは低下する。そして、黒鉛粉末の添加量が3質量%を超えると、圧環強さが著しく低下して150MPaを下回る値となっている。
【0086】
以上のように、黒鉛粉末を添加するとともにこれを気孔中に残留させて与えると、摩擦係数の低減に効果があるが、C量が3質量%を超えると強度の低下が著しいことから上限を3質量%以下にすることが好ましいことが確認された。