特許第6146547号(P6146547)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6146547冷間工具材料、冷間工具およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6146547
(24)【登録日】2017年5月26日
(45)【発行日】2017年6月14日
(54)【発明の名称】冷間工具材料、冷間工具およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20170607BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20170607BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20170607BHJP
   C21D 8/00 20060101ALN20170607BHJP
【FI】
   C22C38/00 302E
   C21D9/00 M
   C22C38/60
   !C21D8/00 D
【請求項の数】5
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2016-573241(P2016-573241)
(86)(22)【出願日】2016年1月7日
(86)【国際出願番号】JP2016050289
(87)【国際公開番号】WO2016125523
(87)【国際公開日】20160811
【審査請求日】2016年12月27日
(31)【優先権主張番号】特願2015-20168(P2015-20168)
(32)【優先日】2015年2月4日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】特許業務法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】庄司 辰也
(72)【発明者】
【氏名】宍道 幸雄
(72)【発明者】
【氏名】黒田 克典
【審査官】 太田 一平
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−193790(JP,A)
【文献】 特開2001−200341(JP,A)
【文献】 特開平11−310820(JP,A)
【文献】 特開平05−140699(JP,A)
【文献】 特開2001−294974(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C21D 9/00
C21D 8/00
C21D 6/00
B21J 13/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱間加工によって延伸され、炭化物を含む焼鈍組織を有し、焼入れ焼戻しされて使用される冷間工具材料において、
前記冷間工具材料は、質量%で、
C:0.80〜2.40%、
Cr:9.0〜15.0%、
MoおよびWは単独または複合で(Mo+1/2W):0.50〜3.00%、
V:0.10〜1.50%
Si:2.00%以下、
Mn:1.50%以下、
P:0.050%以下、
S:0.0500%以下、
Ni:0〜1.00%、
Nb:0〜1.50%
を含み、残部がFeおよび不純物であり、前記焼入れによってマルテンサイト組織に調整できる成分組成を有し、
前記冷間工具材料の前記熱間加工による延伸方向と平行な断面の焼鈍組織のうち、延伸直角方向に垂直な断面の焼鈍組織で観察される円相当径が5.0μm以上の炭化物は、下記(1)式で求められる炭化物配向度Ocの標準偏差が6.0以上であることを特徴とする冷間工具材料。
Oc=D×θ・・・(1)
但し、Dは炭化物の円相当径(μm)を、θは炭化物の近似楕円における長軸と前記延伸方向とが成す角度(rad)をそれぞれ示す。
【請求項2】
前記熱間加工による延伸方向と平行な断面の焼鈍組織のうち、さらに、延伸法線方向に垂直な断面の焼鈍組織で観察される円相当径が5.0μm以上の炭化物は、前記(1)式で求められる炭化物配向度Ocの標準偏差が10.0以上であることを特徴とする請求項1に記載の冷間工具材料。
【請求項3】
熱間加工によって延伸された焼鈍組織が焼入れ焼戻しされたマルテンサイト組織であり、炭化物を含むマルテンサイト組織を有する冷間工具において、
前記冷間工具は、質量%で、
C:0.80〜2.40%、
Cr:9.0〜15.0%、
MoおよびWは単独または複合で(Mo+1/2W):0.50〜3.00%、
V:0.10〜1.50%
Si:2.00%以下、
Mn:1.50%以下、
P:0.050%以下、
S:0.0500%以下、
Ni:0〜1.00%、
Nb:0〜1.50%
を含み、残部がFeおよび不純物であり、前記焼入れによってマルテンサイト組織に調整できる成分組成を有し、
前記冷間工具の前記熱間加工による延伸方向と平行な断面のマルテンサイト組織のうち、延伸直角方向に垂直な断面のマルテンサイト組織で観察される円相当径が5.0μm以上の炭化物は、下記(1)式で求められる炭化物配向度Ocの標準偏差が6.0以上であることを特徴とする冷間工具。
Oc=D×θ・・・(1)
但し、Dは炭化物の円相当径(μm)を、θは炭化物の近似楕円における長軸と前記延伸方向とが成す角度(rad)をそれぞれ示す。
【請求項4】
前記熱間加工による延伸方向と平行な断面のマルテンサイト組織のうち、さらに、延伸法線方向に垂直な断面のマルテンサイト組織で観察される円相当径が5.0μm以上の炭化物は、前記(1)式で求められる炭化物配向度Ocの標準偏差が10.0以上であることを特徴とする請求項3に記載の冷間工具。
【請求項5】
請求項1または2に記載の冷間工具材料に、焼入れ焼戻しを行うことを特徴とする冷間工具の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレス金型や鍛造金型、転造ダイス、金属刃物といった多種の冷間工具に最適な冷間工具材料と、それを用いた冷間工具およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
冷間工具は、硬質の被加工材と接触しながら使用されるため、その接触に耐え得る硬度や耐摩耗性を備えている必要がある。そして、従来、冷間工具材料には、例えばJIS鋼種であるSKD10やSKD11系の合金工具鋼が用いられていた。
【0003】
冷間工具材料は、通常、鋼塊または鋼塊を分塊加工した鋼片でなる素材を出発材料として、これに様々な熱間加工や熱処理を行って所定の鋼材とし、この鋼材に焼鈍処理を行って仕上げられる。そして、冷間工具材料は、通常、硬度の低い焼鈍状態で、冷間工具の作製メーカーに供給される。この作製メーカーに供給された冷間工具材料は、切削や穿孔等によって、冷間工具の形状に機械加工された後に、焼入れ焼戻しによって所定の使用硬度に調整される。また、この使用硬度に調整された後に、仕上げの機械加工を行うことが一般的である。焼入れとは、冷間工具の形状に機械加工された後の冷間工具材料を、オーステナイト温度域にまで加熱し、これを急冷することで、組織をマルテンサイト変態させる作業である。よって、冷間工具材料の成分組成は、焼入れによってマルテンサイト組織に調整できるものとなっている。
【0004】
ところで、冷間工具材料には、上記の焼入れ焼戻しの前後において、その体積(寸法)が変化する「熱処理変寸」が生じる。そして、この熱処理変寸のうちでも、特に、熱間加工時の延伸方向(つまり、材料の長さ方向)に生じる熱処理変寸は、焼入れ時に発現する膨張変寸であり、かつ、その膨張量が最も大きい変寸である。この材料の長さ方向の膨張量が大きいと、焼戻しによる寸法の調整が困難となる。通常、焼戻し工程では、低温焼戻しによって冷間工具材料が全体的に収縮し、高温焼戻しによって再度膨張するので、熱処理変寸を重視する冷間工具の場合、寸法が焼鈍材対比でゼロ近傍となる温度で焼戻しが行われる。しかし、焼入れ時に発現する長さ方向の大きな膨張(すなわち、幅方向や厚さ方向に対する異方性)は、焼戻し工程によって解消され難い。よって、焼入れ焼戻し前の機械加工で、その最終的な冷間工具の形状に対して、仕上げ加工時の「削り代(しろ)」の調整が複雑となる。そして、この長さ方向の膨張量があまりにも大きいと、上記の「削り代」の調整自体が困難となる。
【0005】
そこで、上記の熱処理変寸の原因が、組織中に存在する大きな炭化物にあるとして、この大きな炭化物の存在量を低めた冷間工具材料が提案されている。例えば、焼入れ焼戻し後の断面組織中に占める面積20μm以上の炭化物の面積率を3%以下に調整した冷間工具材料が提案されている(特許文献1)。そして、長さ方向の膨張変寸の抑制を意識して、焼入れ焼戻し前の、その熱間加工時の延伸方向と平行な断面における、円相当径が2μm以上の炭化物の面積率を0.5%以下に調整した冷間工具材料が提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−294974号公報
【特許文献2】特開2009−132990号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1、2の冷間工具材料は、焼入れ焼戻し時に発現する熱処理変寸の抑制に優れたものである。しかし、特許文献1、2の冷間工具材料は、熱処理変寸の原因となる上記の大きな炭化物の存在量自体を低減することから、その成分組成が「低C低Cr」に調整されており、その結果、炭化物の体積率が小さく、耐摩耗性が犠牲にされている。したがって、優れた耐摩耗性を維持するためには、冷間工具材料の成分組成を、やはり、上記のSKD10やSKD11レベルの「高C高Cr」に調整する必要がある。しかし、この場合、熱処理変寸が増長され、特に、その長さ方向に生じる膨張変寸が増長されるという課題があった。
本発明の目的は、上述の「高C高Cr」の成分組成を有する冷間工具材料において、その焼入れ焼戻し時に生じる、熱間加工時の延伸方向(材料の長さ方向)の熱処理変寸を軽減できる冷間工具材料を提供することである。そして、この冷間工具材料を用いた冷間工具およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、熱間加工によって延伸され、炭化物を含む焼鈍組織を有し、焼入れ焼戻しされて使用される冷間工具材料において、
この冷間工具材料は、質量%で、C:0.80〜2.40%、Cr:9.0〜15.0%、MoおよびWは単独または複合で(Mo+1/2W):0.50〜3.00%、V:0.10〜1.50%を含み、上記の焼入れによってマルテンサイト組織に調整できる成分組成を有し、
この冷間工具材料の上記した熱間加工による延伸方向と平行な断面の焼鈍組織のうち、延伸直角方向に垂直な断面の焼鈍組織で観察される円相当径が5.0μm以上の炭化物は、下記(1)式で求められる炭化物配向度Ocの標準偏差が6.0以上であることを特徴とする冷間工具材料である。
Oc=D×θ・・・(1)
但し、Dは炭化物の円相当径(μm)を、θは炭化物の近似楕円における長軸と上記の延伸方向とが成す角度(rad)をそれぞれ示す。
【0009】
そして、上記した熱間加工による延伸方向と平行な断面の焼鈍組織のうち、さらに、延伸法線方向に垂直な断面の焼鈍組織で観察される円相当径が5.0μm以上の炭化物は、上記の(1)式で求められる炭化物配向度Ocの標準偏差が10.0以上である冷間工具材料である。
【0010】
また、本発明は、熱間加工によって延伸された焼鈍組織が焼入れ焼戻しされたマルテンサイト組織であり、炭化物を含むマルテンサイト組織を有する冷間工具において、
この冷間工具は、質量%で、C:0.80〜2.40%、Cr:9.0〜15.0%、MoおよびWは単独または複合で(Mo+1/2W):0.50〜3.00%、V:0.10〜1.50%を含み、上記の焼入れによってマルテンサイト組織に調整できる成分組成を有し、
この冷間工具の上記した熱間加工による延伸方向と平行な断面のマルテンサイト組織のうち、延伸直角方向に垂直な断面のマルテンサイト組織で観察される円相当径が5.0μm以上の炭化物は、下記(1)式で求められる炭化物配向度Ocの標準偏差が6.0以上であることを特徴とする冷間工具である。
Oc=D×θ・・・(1)
但し、Dは炭化物の円相当径(μm)を、θは炭化物の近似楕円における長軸と上記の延伸方向とが成す角度(rad)をそれぞれ示す。
【0011】
そして、上記した熱間加工による延伸方向と平行な断面のマルテンサイト組織のうち、さらに、延伸法線方向に垂直な断面のマルテンサイト組織で観察される円相当径が5.0μm以上の炭化物は、上記の(1)式で求められる炭化物配向度Ocの標準偏差が10.0以上である冷間工具である。
【0012】
そして、本発明は、上記の冷間工具材料に、焼入れ焼戻しを行うことを特徴とする冷間工具の製造方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、上述の「高C高Cr」の成分組成を有する冷間工具材料において、その焼入れ焼戻し時に生じる、熱間加工時の延伸方向(材料の長さ方向)の熱処理変寸を軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明例の冷間工具材料の断面組織を示す光学顕微鏡写真を二値化処理した画像であり、上記の断面組織に分布する炭化物の一例を示す図である。
図2】本発明例の冷間工具材料の断面組織を示す光学顕微鏡写真を二値化処理した画像であり、上記の断面組織に分布する炭化物の一例を示す図である。
図3】本発明例の冷間工具材料の断面組織を示す光学顕微鏡写真を二値化処理した画像であり、上記の断面組織に分布する炭化物の一例を示す図である。
図4】本発明例の冷間工具材料の断面組織を示す光学顕微鏡写真を二値化処理した画像であり、上記の断面組織に分布する炭化物の一例を示す図である。
図5】本発明例の冷間工具材料の断面組織を示す光学顕微鏡写真を二値化処理した画像であり、上記の断面組織に分布する炭化物の一例を示す図である。
図6】本発明例の冷間工具材料の断面組織を示す光学顕微鏡写真を二値化処理した画像であり、上記の断面組織に分布する炭化物の一例を示す図である。
図7】比較例の冷間工具材料の断面組織を示す光学顕微鏡写真を二値化処理した画像であり、上記の断面組織に分布する炭化物の一例を示す図である。
図8】比較例の冷間工具材料の断面組織を示す光学顕微鏡写真を二値化処理した画像であり、上記の断面組織に分布する炭化物の一例を示す図である。
図9】本発明例および比較例の冷間工具材料の断面組織中に分布する個々の炭化物の、炭化物配向度Ocの分布の一例を示すグラフ図である。
図10】本発明で用いる、円相当径が5.0μm以上の炭化物の「近似楕円」およびこの近似楕円における「長軸と延伸方向とが成す角度」の概念を説明する図である。
図11】熱間加工によって延伸された冷間工具材料の「延伸直角方向」および「延伸法線方向」を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者は、SKD10やSKD11といった「高C高Cr」の成分組成を有する冷間工具材料に生じる上記の熱処理変寸について、特に、その熱間加工時の延伸方向に生じる膨張変寸に影響を及ぼしている因子を調査した。なお、冷間工具材料の熱間加工時、加圧に対し、材料は延伸して長くなるが、その長くなる方向を延伸方向と言う。そのため、延伸方向を、以下「材料の長さ方向」とも言う。また、その材料の加圧方向が材料の厚さ方向となる。そして、その材料の長さ方向および厚さ方向に対し垂直方向を幅方向と言い、延伸直角方向とも言う。
そして、上記の調査の結果、焼入れ焼戻し前の「焼鈍組織」において、その組織中に存在する、焼入れ焼戻し後もマトリックス(基地)中に固溶しないで残存する「未固溶炭化物」の、上記の材料の長さ方向に対する「配向度」の程度が、その長さ方向の膨張変寸に作用していることを知見した。そして、未固溶炭化物の上記した「配向度」の程度を調整することで、この未固溶炭化物を微細にしなくても(つまり、大きな炭化物を減らさなくても)、上記した長さ方向の膨張変寸を軽減できることを突きとめ、本発明に到達した。以下に、本発明の各構成要件について説明する。
【0016】
(i)本発明の冷間工具材料は、「熱間加工によって延伸され、炭化物を含む焼鈍組織を有し、焼入れ焼戻しされて使用される」ものである。
冷間工具材料が、通常、鋼塊または鋼塊を分塊加工した鋼片でなる素材を出発材料として、これに様々な熱間加工や熱処理を行って所定の鋼材とし、この鋼材に焼鈍処理を行って仕上げられることは、前述の通りである。焼鈍組織とは、上記の焼鈍処理によって得られる組織のことであり、好ましくは、ブリネル硬さで150〜230HBW程度に軟化された組織である。そして、一般的には、フェライト相や、フェライト相にパーライトやセメンタイト(FeC)が混合した組織である。また、このような焼鈍組織は、上記の熱間加工によって延伸されている。この冷間工具材料の焼鈍組織には、通常、Cと、Cr、Mo、W、V等とが結合してなる炭化物が含まれている。そして、これら炭化物のうちで、専ら大きなものは、次工程の焼入れで基地中に固溶しない未固溶炭化物となる。未固溶炭化物は、上記の熱間加工による延伸によって、材料の長さ方向に対し、所定の配向度を有するように、分布している(後述)。
【0017】
(ii)本発明の冷間工具材料は、「質量%で、C:0.80〜2.40%、Cr:9.0〜15.0%、MoおよびWは単独または複合で(Mo+1/2W):0.50〜3.00%、V:0.10〜1.50%を含み、焼入れによってマルテンサイト組織に調整できる成分組成を有する」ものである。
従来、冷間工具材料に、焼入れ焼戻しによってマルテンサイト組織を発現する素材が用いられていることは、前述の通りである。マルテンサイト組織は、各種の冷間工具の絶対的な機械的特性を基礎付ける上で必要な組織である。このような冷間工具材料の素材として、例えば各種の冷間工具鋼が代表的である。冷間工具鋼は、その表面温度が概ね200℃以下までの環境下で使用されるものである。そして、本発明において、この冷間工具鋼の成分組成には、優れた耐摩耗性を付与できる「高C高Cr」のものを適用することが重要であり、例えばJIS−G−4404の「合金工具鋼鋼材」にある、SKD10やSKD11等の規格鋼種や、その他提案されているものを代表的に適用できる。また、上記の冷間工具鋼に規定される以外の元素種も、必要に応じて添加や含有が可能である。
【0018】
そして、本発明の“焼入れ後の材料の長さ方向に生じる膨張変寸を低減する”という効果(以下、「膨張変寸低減効果」と言う。)は、焼鈍組織が焼入れ焼戻しされてマルテンサイト組織を発現する素材であるならば、あとは、この焼鈍組織が後述する(iii)の要件を満たすことで、達成が可能である。そして、本発明の膨張変寸低減効果と、冷間工具鋼の最重要特性である耐摩耗性とを両立させるためには、マルテンサイト組織を発現する成分組成のうちで、冷間工具製品に含まれる炭化物の体積率増加に寄与するCおよびCr、Mo、W、Vの炭化物形成元素の含有量を決めておくことが効果的である。特に、CおよびCrの含有量は、優れた耐摩耗性を付与するために、“高めに”決めておくことが重要である。そして、具体的には、質量%で、C:0.80〜2.40%、Cr:9.0〜15.0%、MoおよびWは単独または複合で(Mo+1/2W):0.50〜3.00%、V:0.10〜1.50%を含む成分組成である。本発明の冷間工具材料の成分組成を構成する各種元素について、以下の通りである。
【0019】
・C:0.80〜2.40質量%(以下、単に「%」と表記する。)
Cは、一部が基地中に固溶して基地に硬度を付与し、一部は炭化物を形成することで耐摩耗性や耐焼付き性を高める、冷間工具材料の基本元素である。また、侵入型原子として固溶したCは、CrなどのCと親和性の大きい置換型原子と共に添加した場合に、I(侵入型原子)−S(置換型原子)効果(溶質原子の引きずり抵抗として作用し、冷間工具を高強度化する作用)も期待される。但し、過度に添加すると、焼入れ時の固溶C量が増大することによるマルテンサイト変態膨張の増加を招き、焼入れ後の変寸率が増大する。よって、0.80〜2.40%とする。好ましくは、1.30%以上である。また、好ましくは、1.80%以下である。
【0020】
・Cr:9.0〜15.0%
Crは、焼入性を高める元素である。また、炭化物を形成して、耐摩耗性の向上に効果を有する元素である。そして、焼戻し軟化抵抗の向上にも寄与する、冷間工具材料の基本元素である。但し、過度の添加は、粗大な未固溶炭化物を形成して靱性の低下を招く。よって、9.0〜15.0%とする。好ましくは、14.0%以下である。また、好ましくは、10.0%以上である。より好ましくは、11.0%以上である。
【0021】
・MoおよびWは単独または複合で(Mo+1/2W):0.50〜3.00%
MoおよびWは、焼戻しによって組織中に微細炭化物を析出または凝集させて、冷間工具に強度を付与する元素である。MoおよびWは、単独または複合で添加できる。そして、この際の添加量は、WがMoの約2倍の原子量であることから、(Mo+1/2W)の式で定義されるMo当量で一緒に規定できる。当然、いずれか一方のみの添加としてもよいし、双方を共に添加することもできる。そして、上記の効果を得るためには、(Mo+1/2W)の値で0.50%以上の添加とする。好ましくは、0.60%以上である。但し、多過ぎると被削性や靭性の低下を招くので、(Mo+1/2W)の値で3.00%以下とする。好ましくは、2.00%以下である。より好ましくは、1.50%以下である。
【0022】
・V:0.10〜1.50%
Vは、炭化物を形成して、基地の強化や、耐摩耗性、焼戻し軟化抵抗を向上する効果を有する。そして、焼鈍組織中に分布したV炭化物は、焼入れ加熱時のオーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する“ピン止め粒子”として働き、靭性の向上にも寄与する。これらの効果を得るために、Vは0.10%以上とする。好ましくは、0.20%以上である。本発明の場合、耐摩耗性を向上させる目的で、0.60%以上のVを添加することもできる。但し、多過ぎると、大きな未固溶炭化物を形成して熱処理変寸を助長する。さらに被削性や、炭化物自身の増加による靭性の低下をも招くので、1.50%以下とする。好ましくは1.00%以下である。
【0023】
本発明の冷間工具材料の成分組成は、上記の元素種を含んだ鋼の成分組成とすることができる。また、上記の元素種を含み、残部をFeおよび不純物とすることができる。そして、上記の元素種の他には、下記の元素種を含有することも可能である。
・Si:2.00%以下
Siは、製鋼時の脱酸剤であるが、多過ぎると焼入性が低下する。また、焼入れ焼戻し後の冷間工具の靱性が低下する。よって、2.00%以下とすることが好ましい。より好ましくは、1.50%以下である。さらに好ましくは、0.80%以下である。一方、Siには、工具組織中に固溶して、冷間工具の硬度を高める効果がある。この効果を得るためには、0.10%以上の含有が好ましい。
【0024】
・Mn:1.50%以下
Mnは、多過ぎると基地の粘さを上げて、材料の被削性を低下させる。よって、1.50%以下とすることが好ましい。より好ましくは、1.00%以下である。さらに好ましくは、0.70%以下である。一方、Mnは、オーステナイト形成元素であり、焼入性を高める効果を有する。また、非金属介在物のMnSとして存在することで、被削性の向上に大きな効果がある。これらの効果を得るためには、0.10%以上の含有が好ましい。より好ましくは、0.20%以上である。
【0025】
・P:0.050%以下
Pは、通常、添加を行わなくても、各種の冷間工具材料に不可避的に含まれ得る元素である。そして、焼戻しなどの熱処理時に旧オーステナイト粒界に偏析して、粒界を脆化させる元素である。したがって、冷間工具の靭性を向上するためには、添加する場合も含めて、0.050%以下に規制することが好ましい。より好ましくは、0.030%以下である。
【0026】
・S:0.0500%以下
Sは、通常、添加を行わなくても、各種の冷間工具材料に不可避的に含まれ得る元素である。そして、熱間加工前の素材時において、その熱間加工性を劣化させ、熱間加工中に割れを生じさせる元素である。したがって、熱間加工性を向上するためには、0.0500%以下に規制することが好ましい。より好ましくは、0.0300%以下である。一方、Sには、Mnと結合して、非金属介在物のMnSとして存在することで、被削性を向上する効果がある。この効果を得るためには、0.0300%を超える添加を行ってもよい。
【0027】
・Ni:0〜1.00%
Niは、基地の粘さを上げて被削性を低下させる元素である。よって、Niの含有量は1.00%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.50%未満、さらに好ましくは、0.30%未満である。一方、Niは、工具組織中のフェライトの生成を抑制する元素である。また、冷間工具材料に優れた焼入性を付与し、焼入れ時の冷却速度が緩やかな場合でもマルテンサイト主体の組織を形成して、靭性の低下を防ぐことのできる効果的元素である。さらに、基地の本質的な靭性も改善するので、本発明では必要に応じて添加してもよい。添加する場合、0.10%以上の添加が好ましい。
【0028】
・Nb:0〜1.50%
Nbは、被削性の低下を招くので、1.50%以下とすることが好ましい。一方、Nbは、炭化物を形成し、基地の強化や耐摩耗性を向上する効果を有する。また、焼戻し軟化抵抗を高めるとともに、Vと同様、結晶粒の粗大化を抑制し、靭性の向上に寄与する効果を有する。よって、Nbは、必要に応じて添加してもよい。添加する場合、0.10%以上の添加が好ましい。
【0029】
本発明の冷間工具材料の成分組成において、Cu、Al、Ca、Mg、O(酸素)、N(窒素)は、例えば、不可避的不純物として、鋼中に残留する可能性のある元素である。本発明において、これら元素はできるだけ低い方が好ましい。しかし一方で、介在物の形態制御や、その他の機械的特性、そして製造効率の向上といった付加的な作用効果を得るために、少量を含有してもよい。この場合、Cu≦0.25%、Al≦0.25%、Ca≦0.0100%、Mg≦0.0100%、O≦0.0100%、N≦0.0500%の範囲であれば十分に許容でき、本発明の好ましい規制上限である。Nについて、より好ましい規制上限は、0.0300%である。
【0030】
(iii)本発明の冷間工具材料は、「熱間加工による延伸方向と平行な断面の焼鈍組織のうち、延伸直角方向に垂直な断面の焼鈍組織で観察される円相当径が5.0μm以上の炭化物は、下記の(1)式で求められる炭化物配向度Ocの標準偏差が6.0以上である」ものである。
Oc=D×θ・・・(1)
但し、Dは炭化物の円相当径(μm)を、θは炭化物の近似楕円における長軸と上記の延伸方向とが成す角度(rad)をそれぞれ示す。
【0031】
上記の「高C高Cr」の成分組成を有する本発明の冷間工具材料は、特許文献1、2の冷間工具材料に比べて、焼鈍組織中の炭化物が多い。そして、このような炭化物が多い冷間工具材料に生じる熱処理変寸を軽減するために、従来は、素材への熱間加工を繰り返す等して(熱間加工比を大きくして)、炭化物を専ら「微細に分散させる」ことが有効であると考えられてきた。しかし、一方で、炭化物の増加は、熱間加工の際の素材の加工性を悪くする。よって、上記の「高C高Cr」の成分組成を有した冷間工具材料では、焼鈍組織中の炭化物を微細化することが容易ではなかった。
そこで、本発明は、炭化物を「微細に分散させる」手法に依らなくても、材料の長さ方向に対するこの炭化物の「配向度」の程度を調整することで、上記の長さ方向における膨張変寸を軽減できるものである。以下、本発明における炭化物の「配向度」について説明する。
【0032】
冷間工具材料は、通常、鋼塊または鋼塊を分塊加工した鋼片でなる素材を出発材料として、これに様々な熱間加工や熱処理を行って所定の鋼材とし、この鋼材に焼鈍処理を施して、例えばブロック形状に仕上げられる。そして、上記の鋼塊は、一般的に、所定の成分組成に調整された溶鋼を鋳造して得られる。よって、鋼塊の鋳造組織中には、凝固開始時期の差異等に起因して(デンドライトの成長挙動に起因して)、晶出炭化物がネットワーク状に集合した部位が存在する。このとき、上記のネットワークを形成している個々の晶出炭化物は、板状(いわゆる、ラメラ[Lamellar]状)を呈している。このような鋼塊を熱間加工することで、上記のネットワークは、熱間加工の延伸方向(つまり、材料の長さ方向)に延ばされて、かつ、その加圧方向(つまり、材料の厚さ方向)に圧縮される。そして、上記した個々の晶出炭化物は、熱間加工時に粉砕されて分散し、熱間加工の延伸方向に配向していく。この結果、熱間加工後に焼鈍処理して得られた冷間工具材料の、焼鈍組織中の炭化物の分布様態は、粉砕された個々の炭化物が、延伸方向に変形しつつ、直線的に集合した層が重なった、“略縞状”の様態となる(例えば、図8を参照)。図8において、濃色の基地中に確認される“白色の分散物”が炭化物である。
【0033】
上記の略縞状に分布する個々の炭化物は、専ら「未固溶炭化物」として機能し、焼入れ時の基地中に固溶しない。そして、焼入れ焼戻し後の組織中に残って、冷間工具の耐摩耗性の向上に寄与する。しかし、この一方で、上記の略縞状に分布する個々の炭化物は、材料の長さ方向に変形して、この方向に配向している。そして、この配向の程度が著しいと(つまり、炭化物の長径が、材料の長さ方向に揃うと)、焼入れ時に生じる材料の長さ方向の膨張変寸が増大する。
この原理を説明すると、まず、冷間工具材料の焼入れ時において、その基地自体は、一般的に、マルテンサイト変態によって膨張する。そして、このとき、基地に未固溶炭化物が分散していると、この未固溶炭化物が基地の膨張を食い止める”抵抗”として機能して、基地の膨張を抑える。しかし、未固溶炭化物が、例えば、材料の長さ方向に配向していると、この未固溶炭化物と基地との界面が、材料の長さ方向に揃う一方で、材料の長さ方向と交わる界面(すなわち、基地の上記した長さ方向への膨張を食い止める界面)の密度が小さくなって、基地の膨張を食い止める“抵抗”が弱くなり、基地の上記した長さ方向への膨張を抑えられなくなる。
【0034】
従って、上記した個々の未固溶炭化物の配向を、熱間加工による延伸方向に対して“不揃い”に乱すことで、この未固溶炭化物と基地との界面において、材料の長さ方向と交わる界面の密度を大きくすることができる。この結果、材料の長さ方向における基地の膨張を食い止める”抵抗”が増して、材料の長さ方向の膨張変寸を軽減することができる。そして、本発明では、上記した個々の未固溶炭化物が呈している配向の程度を定量化したことで、この定量化された配向の程度の値が、材料の長さ方向に生じる膨張変寸の程度と相関があることを見いだした。そして、この定量化された配向の程度の値を最適に調整することが、材料の長さ方向に生じる膨張変寸の軽減に効果的であることを見いだした。
【0035】
まず、本発明者は、材料の熱処理変寸に影響を及ぼしている未固溶炭化物の大きさを調査した。その結果、冷間工具材料の延伸方向と平行な断面の焼鈍組織において、「円相当径が5.0μm以上の炭化物」を、上記の熱処理変寸に影響を及ぼしている未固溶炭化物として扱えることを知見した。このような「円相当径が5.0μm以上の炭化物」は、上記した冷間工具材料の延伸方向と平行な断面の焼鈍組織において、通常、1.0〜30.0面積%程度存在している。
そして、この「円相当径が5.0μm以上の炭化物」の個々が呈している配向度(以下、「炭化物配向度」と記す。)Ocを、その炭化物の「円相当径D(μm)」と、その炭化物の近似楕円における長軸と熱間加工による延伸方向とが成す「角度θ(rad)」との積によって定義した。この式の意味は、未固溶炭化物が有する、材料の長さ方向への膨張に対する抵抗が、この未固溶炭化物の大きさ(上記の「円相当径D」に相当)と、この未固溶炭化物の長径の傾き具合(上記の「角度θ」に相当)とによって、相乗的に決定付けられることによる。
【0036】
なお、上記の「円相当径D」とは、ある断面積を有する一つの炭化物について、それと同じ面積を持つ円の直径のことである。そして、上記の「角度θ」とは、前述の通り、ある形状を有する一つの炭化物について、その近似楕円における長軸と熱間加工による延伸方向とが成す角度のことである(図10を参照)。このとき、仮の基準方向に対する「角度θ」を求め、そのうち炭化物が最も多く配向している方向を定めて、この方向を延伸方向、つまり「0°」として、未固溶炭化物の長径の傾き(「角度θ」)を求めることもできる。また、このとき、「角度θ」は、小数点以下第1位までの値とすることができる。従って、冷間工具材料の焼鈍組織を観察し、未固溶炭化物の状態から、延伸方向(「角度0°」)を確認し、その延伸方向と平行な断面を観察して評価することができる。この延伸方向と平行な断面は、未固溶炭化物が横方向に長く観察され、上記した“略縞状”の様態が観察される断面である。そして、上記の「近似楕円」とは、炭化物の形状に最もフィットした楕円のことであり、炭化物の形状と同一の図心を持ち、断面二次モーメントが等しくなるように描画した楕円を、炭化物の面積と等しくなるように縮小した楕円のことである(図10を参照)。このような処理は、既知の画像解析ソフト等によって行うことができる。
【0037】
本発明に係る、上記炭化物の「円相当径D」および「角度θ」の測定手法の一例について説明しておく。
まず、冷間工具材料の断面組織を、例えば倍率200倍の光学顕微鏡で観察する。このとき、観察する断面は、冷間工具を構成することとなる冷間工具材料の部分である。そして、上記の観察する断面は、熱間加工による延伸方向(つまり、材料の長さ方向)に対して平行な断面のうちで、TD方向(Transverse Direction;延伸直角方向)に垂直な断面(いわゆる、TD断面)である。TD断面は、熱間加工時の加圧方向(つまり、材料の厚さ方向)に圧縮された断面であり、かつ、熱間加工時の延伸方向(つまり、材料の長さ方向)に延ばされた断面である。つまり、図11に示す通りである(冷間工具材料は略直方体で示してある)。よって、このTD断面の組織で観察される炭化物が、冷間工具材料の延伸方向と平行な断面で観察される炭化物のうちで、その延伸方向に最も配向しており、上記の「炭化物配向度Ocの標準偏差」が最も小さい状態のものとみなせる。従って、上記の「炭化物配向度Ocの標準偏差」を、このTD断面で求めて評価することが、本発明の「膨張変寸低減効果」を確実に達成するのに効果的である。
そして、上記のTD断面において、例えば断面積が15mm×15mmの切断面をダイヤモンドスラリーを用いて鏡面に研磨する。この鏡面に研磨した断面は、観察を行う前に、未固溶炭化物と基地との境界が明瞭になるように、種々の方法を用いて腐食しておくことが好ましい。
【0038】
次に、上記の観察で得た光学顕微鏡写真を画像処理して、炭化物と基地との境界(例えば、上記の腐食による着色部と未着色部との境界)を閾(しきい)値とした二値化処理を行い、断面組織の基地中に分布する炭化物を示した二値化画像を得る。図1は、本発明の冷間工具材料(実施例で評価した本発明例の「冷間工具材料1」である。)の、上記した二値化画像(TD断面とND断面)である(視野面積0.58mm)。図1において、炭化物は、白色の分布で示されている。このような二値化処理は、既知の画像解析ソフト等によって行うことができる。
【0039】
そして、図1の画像を、さらに画像処理することで、断面組織中に観察される円相当径が5.0μm以上の炭化物を抽出し、それら個々の炭化物の、上記した円相当径D(μm)および角度θ(rad)を求めればよい。なお、この「角度θ」の基準となる「熱間加工による延伸方向」の決定手法は、前述の通りである。そして、これらの値を用いて、本発明に係る炭化物配向度Ocと、その標準偏差を求めればよい。炭化物の円相当径Dおよび角度θも、既知の画像解析ソフト等によって求めることができる。
【0040】
そして、材料の長さ方向に対して、「円相当径が5.0μm以上の炭化物」が示している配向の程度は、個々の炭化物における上記の炭化物配向度Ocの「標準偏差」で定量的に評価することができる。この標準偏差の値を最適に調整すれば、材料の長さ方向に生じる膨張変寸を軽減できる。
つまり、上記の標準偏差が小さいときは、「円相当径が5.0μm以上の炭化物」の個々の配向度が、材料の長さ方向に対して、概ね一方向に揃っている状態である。そして、このような状態であると、材料の長さ方向と交わる、炭化物と基地との界面の密度が小さくなって、材料の長さ方向の膨張を抑止する抵抗が弱くなり、材料の長さ方向の膨張量が増加する。
これに対して、上記の標準偏差が大きくなると、「円相当径が5.0μm以上の炭化物」の個々の配向度が、材料の長さ方向に対して不揃いとなり、材料の長さ方向と交わる上記の界面の密度が大きくなる。この結果、材料の長さ方向の膨張を抑止する抵抗が増して、材料の長さ方向の膨張が抑制される。そして、本発明の場合、冷間工具材料のTD断面の焼鈍組織において、上記の標準偏差の値を「6.0以上」とすることで、上記の抵抗が十分に増して、本発明の膨張変寸低減効果を達成できる。好ましくは「6.5以上」である。より好ましくは「7.0以上」である。なお、上記の標準偏差の値が大きすぎる冷間工具材料は、鋳造組織の破壊が進んでいない材料と言え、冷間工具としたときに靱性の劣化が懸念される。よって、上記の標準偏差は、好ましくは「10.0以下」とする。より好ましくは「9.0以下」とする。
【0041】
図9は、冷間工具材料の一例(実施例で評価した本発明例の「冷間工具材料2」および比較例の「冷間工具材料7」である。)について、そのTD断面の焼鈍組織で観察される円相当径が5.0μm以上の個々の炭化物の、上記した「炭化物配向度Oc」の分布を示すグラフ図である。グラフ図において、横軸は個々の炭化物の炭化物配向度Ocであり、縦軸はその頻度である。この炭化物配向度Ocの値は、熱間加工による材料の延伸方向に対する、炭化物の近似楕円の長軸の傾き方向に応じて、正負の値をとっている。また、この炭化物配向度Ocの頻度は、このOcの値が「ゼロ」である付近を頂点とする、凸状の分布を示している。そして、このような凸状の分布を示す炭化物配向度Ocについて、本発明では、その標準偏差を6.0以上とすることで、優れた膨張変寸低減効果を発揮する。炭化物配向度Ocおよび標準偏差も、既知の画像解析ソフト等によって求めることができる。本発明に係る、円相当径が5.0μm以上の炭化物の、炭化物配向度Ocの標準偏差を求める一連の作業は、既知の画像解析ソフト等によって行うことができる。
【0042】
なお、図9では、それぞれの炭化物配向度Ocを有した炭化物の頻度を、炭化物配向度Ocの区間幅を0.5(μm・rad)として、この区間幅毎に属する炭化物の合計の頻度として示している(炭化物配向度Ocが「−0.5以上0未満」の範囲にある炭化物の頻度は、「0」の位置に示している)。そして、炭化物配向度Ocを求めるときの基礎データである各炭化物の角度θは、0.001°の位まで求めたものを使用している。この角度θの位は、適宜設定することができる。
【0043】
本発明の冷間工具材料の場合、前述した画像処理に供する光学顕微鏡写真は、その観察視野の倍率を200倍として、10視野を観察すれば、本発明の「膨張変寸低減効果」を確認するのに十分である。このとき、上記の観察視野の面積は、1視野あたり0.58mmとすることができる。
【0044】
上記の(iii)の要件において、その「焼鈍組織」の記載は、本発明の冷間工具において、「マルテンサイト組織」の記載に置換することができる。
【0045】
(iv)好ましくは、本発明の冷間工具材料は、「熱間加工による延伸方向と平行な断面の焼鈍組織のうち、さらに、延伸法線方向に垂直な断面の焼鈍組織で観察される円相当径が5.0μm以上の炭化物は、上記の(1)式で求められる炭化物配向度Ocの標準偏差が10.0以上である」ものである。
そして、上記の「炭化物配向度Ocの標準偏差」について、この値を、さらに、冷間工具材料のND断面でも調整することが、本発明の「膨張変寸低減効果」の向上に効果的である。ND断面とは、冷間工具材料の延伸方向と平行な断面の焼鈍組織のうち、ND方向(Normal Direction;延伸法線方向)に垂直な断面であり、いわば、熱間加工時に加圧される面(つまり、加圧工具が接触する面)と平行する断面である。つまり、図11に示す通りである(冷間工具材料は略直方体で示してある)。
ND断面もまた、TD断面と同様、熱間加工時の延伸方向(つまり、材料の長さ方向)に延ばされた断面である。しかし、熱間加工時の材料の幅方向(TD方向)に対して、その幅方向への圧縮を抑制することで(例えば、加圧工具で拘束しないことで)、鋳造組織時の晶出炭化物が呈していたランダムな配向を維持でき、上記の「炭化物配向度Ocの標準偏差」を大きく調整しやすい断面である。よって、本発明が調整する円相当径が5.0μm以上の炭化物の「炭化物配向度Ocの標準偏差」について、この値を、TD断面では「6.0以上」に調整することに加えて、ND断面では、特に大きく調整することで、本発明の「膨張変寸低減効果」の更なる向上に有効である。そして、好ましくは、上記のND断面の焼鈍組織で観察される円相当径が5.0μm以上の炭化物の、前記(1)式で求められる炭化物配向度Ocの標準偏差を、「10.0以上」とすることである。より好ましくは「12.0以上」である。
但し、上記の標準偏差の値が大きすぎる冷間工具材料は、鋳造組織の破壊が進んでいない材料と言え、冷間工具としたときに靱性の劣化が懸念される。よって、ND断面における上記の標準偏差は、好ましくは「20.0以下」とする。より好ましくは「16.0以下」とする。
【0046】
上記の(iv)の要件において、その「焼鈍組織」の記載は、本発明の冷間工具において、「マルテンサイト組織」の記載に置換することができる。
【0047】
なお、図11に示す通り、冷間工具材料の断面には、上記のTD断面およびND断面の他に、RD断面が存在する。RD断面とは、冷間工具材料のRD方向(Rolling Direction;延伸方向)に垂直な断面である。そして、このRD断面は、TD断面やND断面と違って、実質的に、熱間加工時の延伸方向に延ばされない断面である。よって、このRD断面の焼鈍組織において、上記の「円相当径が5.0μm以上の炭化物」が、仮に、1.0〜30.0面積%程度存在していたとしても、その個々の炭化物の円相当径を平均した値は、TD断面やND断面のそれよりも、小さいものと言える。つまり、一例として、TD断面やND断面における上記の「円相当径が5.0μm以上の炭化物」の円相当径の平均値が6.0μm以上であり、その具体的な値が「8.0μm」や「10.0μm」であるなら、これに対するRD断面の上記の値は「8.0μm未満」や「10.0μm未満」であるといった具合である。
従って、上記した、本発明の冷間工具材料の「熱間加工による延伸方向と平行な断面の焼鈍組織のうち、延伸直角方向に垂直な断面の焼鈍組織」の要件は、冷間工具材料の「略直方体の外面と平行する3方向の断面の焼鈍組織のうち、この焼鈍組織で観察される円相当径が5.0μm以上の炭化物の円相当径の平均値が最も小さい断面の焼鈍組織を除いた2方向の断面の焼鈍組織で、円相当径が5.0μm以上の炭化物の上記の(1)式で求められる炭化物配向度Ocの標準偏差が小さい方の断面の焼鈍組織」と表記することもできる。そして、本発明の冷間工具においては、上記の「焼鈍組織」を「マルテンサイト組織」に置換することができる。
そして、上記した、本発明の冷間工具材料の「熱間加工による延伸方向と平行な断面の焼鈍組織のうち、延伸法線方向に垂直な断面の焼鈍組織」の要件は、冷間工具材料の「略直方体の外面と平行する3方向の断面の焼鈍組織のうち、この焼鈍組織で観察される円相当径が5.0μm以上の炭化物の円相当径の平均値が最も小さい断面の焼鈍組織を除いた2方向の断面の焼鈍組織で、円相当径が5.0μm以上の炭化物の上記の(1)式で求められる炭化物配向度Ocの標準偏差が大きい方の断面の焼鈍組織」と表記することもできる。そして、本発明の冷間工具においては、上記の「焼鈍組織」を「マルテンサイト組織」に置換することができる。
【0048】
本発明の冷間工具材料の焼鈍組織は、出発材料である鋼塊または鋼片に熱間加工を行う工程において、その加工条件を適切に管理することで、達成が可能である。つまり、上記のTD断面において、炭化物配向度Ocの標準偏差が「6.0以上」である、未固溶炭化物の配向が“不揃い”に乱れた焼鈍組織とするためには、熱間加工時の加工比を最低限に抑えることが重要である。そして、炭化物配向度Ocの標準偏差を6.0以上に調整するためには、上記の鋼塊(または鋼片)を熱間加工する際に、その熱間加工によって断面積が減少することとなる鋼塊(または鋼片)の横断面の断面積Aと、その熱間加工後に断面積が減少した横断面の断面積aとの比A/aで表される「鍛錬成形比」を、「8.0以下」の実体鍛錬とすることが好ましい。実体鍛錬とは、実体(つまり、上記の鋼塊または鋼片)を鍛錬して、その断面積を減少し長さを増した場合の熱間加工のことである。より好ましくは「7.0以下」である。さらに好ましくは「6.0以下」である。上記の鍛錬成形比が大きすぎると、上記のTD断面において、鋼塊中の晶出炭化物が熱間加工の延伸方向に“揃って”配向し、炭化物配向度Ocの標準偏差を大きくし難い。
但し、上記の鍛錬成形比が小さすぎると、鋳造組織が破壊されず、冷間工具としたときに靱性の劣化が懸念される。よって、上記の鍛錬成形比は、好ましくは「2.0以上」とする。より好ましくは「3.0以上」である。
【0049】
また、上記のND断面において、炭化物配向度Ocの標準偏差が「10.0以上」である、未固溶炭化物の配向が“不揃い”に乱れた焼鈍組織とするためには、熱間加工時の材料の幅方向(TD方向)に対して、その幅方向への圧縮を抑制することが有効である。具体的には、例えば、熱間加工中の材料(鋼塊)の幅方向における両端を、加圧工具等で拘束しないことが好ましい。これについては、熱間加工後の材料の幅形状や幅寸法を整えるために、上記の両端を拘束してもよい。しかし、例えば、熱間加工後の材料の幅が、熱間加工前の鋼塊の幅よりも小さくなる程に、上記の両端を拘束すると、熱間加工後の冷間工具材料のND断面において、鋼塊中の晶出炭化物が熱間加工の延伸方向に“揃って”配向しやすく、炭化物配向度Ocの標準偏差を大きくし難い。
熱間加工中の材料(鋼塊)の幅方向の両端を拘束せずに、または拘束するとしても、過度に拘束せずに、延伸できる熱間加工の手法として、例えば、自由鍛造によるプレス、ハンマー、ミル等の分塊機を用いることができる。
【0050】
従来、「高C高Cr」の冷間工具材料の熱処理変寸を軽減するには、専ら、大きな炭化物を低減することが有効であるとされており、そのためには、上記した熱間加工時の加工比を高めて、炭化物を微細にする手法が取られていた。しかし、炭化物を多く含む素材は、熱間加工性が悪い。よって、「高C高Cr」の冷間工具材料の場合、その焼鈍組織中の炭化物を微細化することは容易ではなかった。このような背景において、本発明は、大きな炭化物の配向を“不揃い”に乱すものであり、この大きな炭化物を、努めて、微細にする必要がない。よって、熱処理変寸を軽減した冷間工具材料を、効率的に提供することができる。
【0051】
また、本発明の冷間工具材料を作製する際には、上記した熱間加工時の加工比や、材料の拘束の程度の調整に加えて、その熱間加工前の鋼塊(または鋼片)の作製段階における、凝固工程の進行具合を適切に管理することも有効である。例えば、鋳型に注ぐ直前の「溶鋼の温度」の調整が大切である。溶鋼の温度を低めに管理することで、例えば、冷間工具材料の融点+100℃前後までの温度範囲内で管理することで、鋳型内の各位置における凝固開始時期の差異による溶鋼の局部的な濃化を軽減して、デンドライトの成長に起因する晶出炭化物の粗大化を抑えることができる。そして、例えば、鋳型に注がれた溶鋼を、その固相−液相の共存域を速く通過するように冷却することが、例えば、60分以内の冷却時間とすることが、効果的である。晶出炭化物の粗大化を抑制することで、熱間加工時の加工比が小さい条件でも、晶出炭化物を適度に粉砕でき、その結果、焼鈍組織中における未固溶炭化物を“疎密なく”分布させることができる。そして、これらの条件で作製した鋼塊(または鋼片)に、上述した鍛錬成形比や、材料の拘束の程度を適用した熱間加工を行なうことで、本発明の炭化物配向度Ocの標準偏差が大きな冷間工具材料を得ることができる。
そして、材料の長さ方向の膨張変寸を抑制するという本発明にとって、上記の未固溶炭化物の分布は、特に、冷間工具材料の“厚さ方向”において密であること、つまり、図1等において、略縞状を形成する未固溶炭化物の一層一層の間隔が“狭い”ことが有効である。これによって、材料の長さ方向に生じる膨張変寸の程度を、その厚さ方向に亘って、均等にすることができる。
【0052】
(v)本発明の冷間工具の製造方法は、「本発明の冷間工具材料に焼入れおよび焼戻しを行う」ものである。
上述した本発明の冷間工具材料は、焼入れおよび焼戻しによって所定の硬さを有したマルテンサイト組織に調製されて、冷間工具の製品に整えられる。そして、上述した本発明の冷間工具材料は、切削や穿孔といった各種の機械加工等によって、冷間工具の形状に整えられる。この機械加工のタイミングは、焼入れ焼戻し前の、材料の硬さが低い状態(つまり、焼鈍状態)で行うことが好ましい。これによって、焼入れ焼戻し時に生じる熱処理変寸に関して、本発明の「膨張変寸低減効果」が、効果的に発揮される。この場合、上記の焼入れ焼戻し後に仕上げの機械加工を行ってもよい。
【0053】
この焼入れおよび焼戻しの温度は、素材の成分組成や狙い硬さ等によって異なるが、焼入れ温度は概ね950〜1100℃程度、焼戻し温度は概ね150〜600℃程度であることが好ましい。例えば、冷間工具鋼の代表鋼種であるSKD10やSKD11の場合、焼入れ温度は1000〜1050℃程度、焼戻し温度は180〜540℃程度である。焼入れ焼戻し硬さは58HRC以上とすることが好ましい。より好ましくは60HRC以上である。なお、この焼入れ焼戻し硬さについて、上限は特に要しないが、66HRC以下が現実的である。
【実施例】
【0054】
所定の成分組成に調整した溶鋼(融点:約1400℃)を鋳造して、表1のJIS−G−4404の規格鋼種である冷間工具鋼SKD10の成分組成を有する素材A、B、C、Dを準備した。なお、全ての素材において、Cu、Al、Ca、Mg、O、Nは無添加であり(但し、Alは溶解工程における脱酸剤として添加した場合を含む。)、Cu≦0.25%、Al≦0.25%、Ca≦0.0100%、Mg≦0.0100%、O≦0.0100%、N≦0.0500%であった。
このとき、鋳型への注湯前において、溶鋼の温度は1500℃に調整した。そして、素材A、B、C、Dのそれぞれで鋳型の寸法を変更したことで、鋳型への注湯後において、固相−液相の共存域の冷却時間を、素材A、B:45分、素材C:106分、素材D:168分とした。
【0055】
【表1】
【0056】
次に、これらの素材を1160℃に加熱して、プレスによる自由鍛造の熱間加工を行い、熱間加工を行った後に放冷して、表2に示す寸法の鋼材を得た(長さは全て1000mm)。このとき、上記の熱間加工における実体鍛錬の鍛錬成形比も、表2に示す。そして、上記で得た鋼材に860℃の焼鈍処理を行って、冷間工具材料1〜8を作製した(硬さ190HBW)。そして、以下の要領によって、冷間工具材料1〜8の断面の焼鈍組織を観察して、円相当径が5.0μm以上の炭化物の分布状況を確認した。
【0057】
まず、それぞれの冷間工具材料について、その表面から幅方向に1/4内部に入った位置であり、かつ、表面から厚さ方向に1/2内部に入った位置の、熱間加工の延伸方向(つまり、材料の長さ方向)に対して平行なTD面およびND面より、それぞれ断面積が15mm×15mmの切断面を採取した。そして、この切断面をダイヤモンドスラリーを用いて鏡面に研磨した。次に、この研磨した切断面の焼鈍組織を、炭化物と基地との境界が明瞭になるように、電解研磨によって腐食した。そして、この腐食後の断面を倍率200倍の光学顕微鏡で観察して、877μm×661μm(=0.58mm)の領域でなる1視野を10視野撮影した。
【0058】
そして、撮影した光学顕微鏡写真を画像処理して、炭化物と基地との境界である、上記の腐食による着色部と未着色部との境界を閾(しきい)値とした二値化処理を行い、断面組織の基地中に分布する炭化物を示した二値化画像を得た。図1〜8は、冷間工具材料1〜8のTD断面およびND断面について、それぞれの二値化画像の一例を、順に示したものである(炭化物は、白色の分布で示されている)。そして、さらに画像処理することで、円相当径が5.0μm以上の炭化物を抽出し、その炭化物の円相当径D(μm)と、炭化物の近似楕円の長軸と熱間加工の延伸方向とが成す角度θ(rad)とを求め、個々の炭化物における上記の円相当径Dと角度θとの積である「炭化物配向度Oc」を、TD断面およびND断面のそれぞれで求めた。求めた炭化物配向度Ocの分布の一例として、冷間工具材料2、7のTD断面における上記の分布を、図9に示しておく。そして、この求めた炭化物配向度Ocについて、上記の10視野分における標準偏差を求めた。なお、これら一連の画像処理および解析には、アメリカ国立衛生研究所(NIH)が提供しているオープンソース画像処理ソフトウェアImageJ(http://imageJ.nih.gov/ij/)を用いた。
以上の結果を、表2に纏めて示す。なお、表2には、上記した10視野分の二値化画像を画像解析することで求めた、TD断面およびND断面のそれぞれにおける、円相当径が5.0μm以上の炭化物の面積率、および、その円相当径の平均値も記す。このうち、円相当径の平均値については、全ての冷間工具材料において、TD断面およびND断面で、概ね9.0〜15.0μmであり、RD断面で求めた円相当径の平均値よりも大きかったことを確認済みである。
【0059】
【表2】
【0060】
そして、これら冷間工具材料1〜8に焼入れを行ったときに、生じる熱処理変寸を評価した。ここで、熱処理変寸の評価を“焼入れ時”としたのは、焼入れを行った時点で長さ方向の膨張変寸が大きいと、もはや、次の焼戻し工程で、この膨張変寸を解消し難いからである。
上記の熱処理変寸を評価するための試験片は、冷間工具材料の炭化物配向度Ocを確認した位置から、冷間工具材料の長さ方向と試験片の長さ方向とが一致するように、採取した。試験片の寸法は、長さ30mm×幅25mm×厚さ20mmである。また、試験片の6面には、各面間が平行になるように、研磨を行った。
次に、これら試験片に1030℃からの焼入れを行って、マルテンサイト組織を有した試験片とした。そして、その焼入れの前後で、試験片の長さ方向の面間の寸法を測定して、試験片の長さ方向の熱処理変寸を求めた。面間の寸法は、面の中心付近の3点における面間を測定して、その3点での平均値とした。そして、熱処理変寸は、焼入れ後の寸法Bの、焼入れ前の寸法Aからの変化率[(寸法B−寸法A)/寸法A]×100(%)を熱処理変寸率として求めた(つまり、膨張の場合、プラス値となる。)。
また、このとき、焼入れの前後で、試験片の幅方向の面間の寸法も測定して、試験片の幅方向の熱処理変寸率も求めた。この要領は、上記した試験片の長さ方向の熱処理変寸率を求めたときと同じである。そして、この幅方向の熱処理変寸率を“ゼロ基準”にしたときの、長さ方向の熱処理変寸率[(長さ方向の熱処理変寸率)−(幅方向の熱処理変寸率)]も求めた(表3の「幅方向を基準とした材料の長さ方向の変寸率(%)」がそれに相当する)。これにより、膨張率が最も大きい、材料の長さ方向の熱処理変寸「自体」に加えて、その材料の幅方向に対する熱処理変寸の「異方性」も評価することができる。冷間工具材料1〜8における上記の熱処理変寸率を、表3に示す。
【0061】
【表3】
【0062】
従来の冷間工具材料に相当する冷間工具材料8の焼鈍組織に観察される炭化物は、図8に示すように、その材料の長さ方向に“揃って”配向していた。そして、円相当径が5.0μm以上の炭化物が呈している上記の炭化物配向度Ocの標準偏差は、TD断面において3.1であり、焼入れ後の長さ方向の変寸率は0.17%の膨張であった。また、幅方向を基準とした長さ方向の変寸率は0.15%であり、幅方向の膨張に対して、長さ方向の膨張(つまり、熱処理変寸の異方性)が顕著であった。
TD断面における上記の炭化物配向度Ocの標準偏差が4.7である冷間工具材料7(図7)も、焼入れ後の長さ方向の変寸率は0.10%を超えていた。そして、幅方向を基準とした長さ方向の変寸率は0.10%であり、熱処理変寸の異方性が大きかった。
【0063】
これに対して、本発明例の冷間工具材料1〜6の焼鈍組織に観察される炭化物は、図1〜6に示すように、その材料の長さ方向に対して、配向が不揃いに乱れていた。そして、円相当径が5.0μm以上の炭化物が呈している炭化物配向度Ocの標準偏差は、TD断面において6.0以上であり、焼入れ後の長さ方向の変寸は、冷間工具材料8のそれに比べて軽減されていた。また、幅方向を基準とした長さ方向の変寸率も小さく、熱処理変寸の異方性も軽減された。
そして、本発明例の冷間工具材料1〜6の中でも、ND断面における上記の炭化物配向度Ocの標準偏差が10.0以上であった冷間工具材料1、2、4〜6は、焼入れ後の長さ方向の変寸率が小さいことに加えて、冷間工具材料3に比して、熱処理変寸の異方性も軽減されていた。
【0064】
本発明例である冷間工具材料2と、比較例である冷間工具材料7は、同じ厚さを有する材料である。しかし、冷間工具材料7は、鋳造時における冷却時間が、冷間工具材料2のそれに比べて遅く、かつ、熱間加工時の鍛錬成形比も大きかったことにも起因して、材料の長さ方向に配向した炭化物の頻度割合が高く、図9における炭化物分布の裾野の傾きが急であった。また、冷間工具材料の“厚さ方向”における炭化物の層間隔も広かった。これに対して、冷間工具材料2は、配向が乱れた炭化物が増えて、図9における炭化物分布の裾野の傾きが緩やかに拡がった。また、材料の前記“厚さ方向”における炭化物の層間隔も狭かった。

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図11