【文献】
FISSEHA,R et al.,JOURNAL OF GEOPHYSICAL RESEARCH,2009年,114,D02304
【文献】
MORAN,JJ. et al.,TALANTA,2013年,116,866-869
【文献】
ULANOWSKA,A. et al.,JOURNAL OF SEPARATION SCIENCE,2012年,35,2908-2913
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の第一の側面は、生体試料中のアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)を分析する方法である。
【0024】
また、本発明の第二の側面は、脂質の代謝をモニタリングする方法である。
【0025】
まず、生体試料に含まれるアセトンについて説明する。生体試料に含まれるアセトンは、
図1に示すようなアセトンの代謝経路により生じる。即ち、グルコース及び脂肪酸は、それぞれ解糖系及びβ酸化によりアセチルCoAに変換され、クエン酸回路(TCA回路)により消費される。ここで、肝臓では、肝臓のミトコンドリア内で、アセチルCoAは3−ヒドロキシ酪酸或いはアセト酢酸に変換され、アセト酢酸は脱炭酸してアセトンへと変化する。糖尿病などでβ酸化が過度に亢進した場合、ケトン体(アセト酢酸、3−ヒドロキシ酪酸及びアセトン)が大量に生産される。また、絶食などによってグルコースが枯渇した場合もケトン体が生成される。
【0026】
生体内でのアセトンの代謝経路を考えた場合、
図1に示されるように、アセトンはグルコースと脂肪酸に由来する。同一生体内のグルコースと脂肪酸の天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)は明確に異なることが知られている。ここで、絶食状態又は糖尿病状態を考えると、血中から細胞内へのグルコースの取り込みが低下し、アセトンの代謝経路において脂肪酸の割合がグルコースよりも多くなる。これは、アセトンの起源がグルコースから脂肪酸へ傾くことを意味する。このように、アセトンの起源がグルコースから脂肪酸へ傾いた時、グルコースと脂肪酸の割合に従って、アセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)が変化することが期待される。このアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)の変化がグルコースと脂肪酸の割合の変化(ひいては、糖尿病の疾患の状態)を定量的に反映することが実証できれば、アセトンの天然の安定炭素同位体比の変化を分析する方法は、糖尿病又は糖尿病予備群の対象を検査及び評価するのに適用可能な方法となりうる。また、このような分析方法は、脂質の代謝をモニターするのにも利用可能である。即ち、アセトンの天然の安定炭素同位体比の変化をモニターし、生体内での脂質の利用が亢進しているかどうかをモニタリングすることができる。
【0027】
しかし、生体試料中のアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)の変化を測定し、被験者の代謝状態の変化(グルコースと脂肪酸の割合の変化)によりアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)が変化するか否かを実際に検証した例はない。
【0028】
同一生体内のグルコースと脂肪酸の天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)はわずかではあるが、明確に異なることが知られている。ここで、絶食によって、又は、糖尿病によってアセチルCoAの起源(即ちアセトンの起源)がグルコースから脂肪酸へと変化した場合、グルコースと脂肪酸の割合に従った、アセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)の変化が期待される。
【0029】
従来、糖尿病患者の血液、尿及び呼気中のアセトンの濃度が増加することから、糖尿病患者において、糖質が利用される状態から脂質が利用される状態へ生体エネルギー源の偏りが起きることが推測されてきた。しかし、同一個体内あるいは個体間におけるアセトン濃度の変動幅が大きいために、アセトンの濃度の増加のみを指標として、代謝の状態を推測することは時として曖昧である。
【0030】
本発明の分析方法及びモニタリング方法は、アセトン自体の量的な変化(濃度変化)ではなく、糖質及び脂質に対して特有のエンドメンバー値をもつ天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)という質的な違いに着目し、この天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)を測定する点に特徴を有する。このような点に着目することで、本発明の分析方法は、糖質及び脂質の利用割合を定量的に判断するための検査方法に資すると考えられる。特に、本発明は、脂質代謝の状態をモニターする際に有効な方法となる。
【0031】
例えば、
図2に示すように、糖質利用障害により、脂肪酸のβ酸化によるアセチルCoAの産生が亢進し、ケトン体が多量に生成した場合、アセトンなどのケトン体が血液を通して呼気、尿などの生体試料中に排出される。この生体試料中のアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)は、アセチルCoA(従ってアセトン)の起源であるグルコース及び脂肪酸の利用率を反映したものとなる。従って、生体試料中のアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)をモニタリングすることで、アセチルCoAの起源が脂肪酸の利用に偏っているかどうか、即ち、脂質代謝の状態を把握することが可能となる。例えば、後述するように、アセトンの起源がグルコースから脂肪酸へ傾いた時、アセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)が減少するので、脂質代謝の状態を把握することが可能となる。
【0032】
アセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)の測定は、例えば、ヘッドスペースマイクロ固相抽出と、ガスクロマトグラフィー−燃焼−同位体比質量分析法を併用すること(HS−SPME−GC−C−IRMS法)で行うこともできる(非特許文献4)。この方法は、環境試料中の極微量メタノール、エタノール、アセトアルデヒド、酢酸等の天然の安定炭素同位体比の測定について有効であることが報告されているものであるが、今回、本発明のアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)の分析についても適用可能であることを確認した。
【0033】
本発明においては、ヘッドスペースマイクロ固相抽出の条件により、天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)の測定値が真値からずれることがわかっているが、これは補正することが可能である。例えば、あらかじめ、天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)が既知の数種類のアセトン試薬を用いて標準試料を作成し、安定した計測結果が得られる条件の決定と、真値からのずれの正確な見積もり(検量線の作成)を行い、その結果を基に測定値を補正することができる。
【0034】
本明細書において、「天然の安定炭素同位体比」とは、
13C標識化合物のような標識剤を導入することなく、天然の材料によって生体内に取り込まれた物質によって生体内で産生される化合物の安定炭素同位体比(
13C/
12C)をいう。
【0035】
以下に図面を参照して本発明の方法を具体的に説明する。
【0036】
本発明の第一の側面は、試料中に含まれるアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)を分析する方法である。この方法は、試料中に含まれるアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)を測定する工程を含む。
【0037】
具体的には、上記工程では、試料は、生体試料を意味し、尿、呼気、皮膚ガス(皮膚から発散されるガス)などの非侵襲的手段によって採取できるものであることが好ましい。これらの試料は、例えば、一般的な採尿手段、呼気採取用バッグなどによる呼気採取、手首から先の部分を覆うサンプリングバッグによる皮膚ガスの採取などにより採取することができる。
【0038】
採取した試料からアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)を測定する。第1の実施形態として、アセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)の測定は、採取した試料から直接行うことができる。あるいは、第2の実施形態として、生体試料から、別途アセトンを濃縮抽出してからアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)の測定を行ってもよい。
【0039】
第1の実施形態である、直接にアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)を測定するには、例えば以下の手順をとることができる。
【0040】
生体試料が尿試料の場合、従来から知られている、ヘッドスペース(HS)法(密閉容器の上部空間に揮発した、測定対象試料(アセトン)を含む気体成分を採取する方法)などにより気体試料を採取し、直接に、例えばガスクロマトグラフィー−燃焼−同位体比質量分析法(GC−C−IRMS)などの測定手段により、天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)を測定すればよい。
【0041】
生体試料が呼気及び皮膚ガスのような気体である場合、採取した生体試料を直接に、例えばガスクロマトグラフィー−燃焼−同位体比質量分析法(GC−C−IRMS)などの測定手段で天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)を測定すればよい。
【0042】
第2の実施形態として、生体試料中のアセトンを濃縮抽出し、その後に天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)を測定することもできる。即ち、本発明は、以下の工程を含むアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)の分析方法を包含する。
(a)試料中に含まれるアセトンを、該試料から濃縮抽出する工程と、
(b)濃縮抽出されたアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)を測定する工程。
【0043】
生体試料からアセトンを濃縮抽出してから測定を行う場合、アセトンが揮発性物質であるので、生体試料からアセトンが消散せず、アセトンの的確な採取が可能な手段を使用することが好ましい。例えば、スマイクロ固相抽出(SPME)法などを挙げることができる。
【0044】
SPME法は、後に詳述するように、測定対象物(アセトン)を吸着するための吸着材を備えたSPMEホルダーに目的の成分を吸着させて濃縮を行う方法である。例えば、尿試料のような液体試料の場合、上述したHS法とSPME法を併用して濃縮抽出を行うことができる(HS−SPME法)。また、呼気及び皮膚ガスのような気体試料の場合には、SPME法を適用し、気体試料にSPMEホルダーを接触させて濃縮を行うことができる。
【0045】
本発明において、測定対象物であるアセトンを濃縮することで、測定の感度を更に高めることができる。
【0046】
ここで、上述の通り、HS法は、液体試料から揮発する気体成分を採取する手段であり、SPME法は目的の気体成分(例えばアセトン)を試料から濃縮する手段である。
【0047】
以下に上記の各工程を詳細に説明する。
【0048】
(I)工程(a)
工程(a)では、試料中のアセトンを濃縮抽出する。本発明で、試料は、上述したとおり、生体試料を意味し、尿、呼気、皮膚ガス(皮膚から発散されるガス)などの非侵襲的手段によって採取できるものであることが好ましい。これらの試料の採取は上述したとおりである。
【0049】
試料からアセトンを濃縮抽出する手段は、アセトンが揮発性物質であることから、生体試料からアセトンが消散せず、アセトンの的確な濃縮抽出が可能なものであれば特に限定されないが、例えば、SPME法を挙げることができる。上述した通り、尿試料のような液体試料の場合、HS法等により測定対象物であるアセトンを気体として取り出すと共に、SPME法により濃縮するHS−SPME法を用いることが好ましい。また、呼気又は皮膚ガスのような気体試料の場合には、SPME法により濃縮を行うことができる。
【0050】
工程(a)の濃縮抽出を実施するに際し、まず試料の準備及び保存と、試料の前処理を行うことが好ましい。アセトンは非常に揮発性の高い物質であるため、試料採取後の処理は迅速に行う必要がある。
【0051】
以下に、尿を例に取り、試料の準備及び保存と、試料の前処理について説明するが、本発明はこれに限定されない。
【0052】
(i)試料の採取、秤量、小分け及び保存
図3(a)及び(b)に示したように、尿試料は採取後速やかに重量を測定する。次に、分析に必要な分量を小さなバイアル(例えば2mL)に小分けにして密封し(
図3(c))し、冷却下で保存する (
図3(d))。なお、アセトンの揮発を最小限にとどめるために、小分けにする際はバイアル容量目一杯まで尿試料を入れ、バイアル内の気相部分をなくし、アセトンが揮発する空間をできる限り減少させることが好ましい。
【0053】
(ii)試料の前処理
尿中にはアセトン以外にもタンパク質成分などが混在している。このため、アセトン以外の成分によってアセトンの揮発が阻害されてしまう可能性がある。従って、アセトンの揮発を促進させるために、アセトンの抽出前に尿試料と塩析剤を混合することが好ましい。塩析剤は、アセトンの分析に悪影響を及ぼさない限り、公知の材料を用いることができる。例えば、Na
2HPO
4、(NH
4)
2SO
4、Na
2SO
4、K
3C
6H
5O
7・H
2O、K
2HPO
4などを挙げることができる。これらを複数用いることもできる。
【0054】
具体的には、
図4(a)に示すように、始めに抽出に用いるバイアル402に塩析剤(
図4の例ではNa
2SO
4)を添加しておく。そして、アセトン抽出に必要な尿量を、冷蔵保存してあるバイアル302内の尿試料からバイアル402にマイクロピペットを使って添加する。このように尿試料と塩析剤を混合することで、効果的なアセトン抽出が可能となる。
【0055】
(iii)HS−SPME法によるアセトン抽出
尿試料からアセトンを濃縮抽出する方法として、ヘッドスペース固相マイクロ抽出(HS−SPME)法を用いることができる(
図4(b))。この濃縮抽出法は、従来のシンプルなヘッドスペース(HS)法と比べ、目的成分の濃縮を自動的に行えるので、極微量成分を濃縮して抽出することも可能である点で非常に優れている。また、SPME法は簡便かつ迅速な操作が可能である点においても非常に優れている。
【0056】
SPMEの本体構成と抽出原理を
図5に示した。
図5(a)及び
図5(b)に示したように、本体構成はSPMEホルダーと取り換え可能なファイバーに分かれており、ファイバー表面には吸着材がコーティングされている。コーティング剤は、アセトンを選択的に抽出することの出来るものであればいずれのものも使用できる。例えば、Carboxen(商標)/PDMSを挙げることができる。未使用時、ファイバー部分はホルダー内に格納されており、濃縮抽出時にファイバーを暴露させることで、目的成分を吸着させる(
図4(b))。
【0057】
尿試料のような液体試料では、分析の目的物質であるアセトンが高い揮発性を有するため、液相(尿試料)に直接ファイバーを暴露するよりも、気化した成分からファイバーへアセトンを吸着させた方が効率的である。
【0058】
以上の手順で、尿試料からアセトンを濃縮抽出すことができる。なお、上記の例以外の呼気又は皮膚ガス等の気体試料であっても同様の手順でアセトンを濃縮抽出すことができる。例えば、呼気又は皮膚ガスからの気体試料の容量を測定し、密封して冷所保存することができる。また、試料は気体であるから、SPME法を直接適用し、そのままSPMEホルダーでアセトンを吸着させて濃縮することができる。
【0059】
(II)工程(b)
工程(b)では、濃縮抽出されたアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)を測定する。本発明の方法では、アセトン中の天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)を測定する方法は、ガスクロマトグラフィー−燃焼−同位体比質量分析法(GC−C−IRMS)であることが好ましい(
図4(c))。
【0060】
具体的な操作は以下の通りである。まず、工程(a)において、試料容器内で揮発したアセトンを一定時間ファイバー上に吸着させて得られた試料を、ガスクロマトグラフィー(GC)にインジェクションする。インジェクターで加熱脱着されたアセトンは、分離カラムで分離精製された後、オンライン燃焼炉でCO
2に変換され、質量分析計に導入されて
13C/
12Cの含有量が計測される。
【0061】
本発明の第二の側面は、脂質の代謝をモニタリングする方法である。このモニタリング方法は、試料中に含まれるアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)を測定する工程を含み、前記同位体比の減少が生体内における脂質代謝の亢進を示すことを特徴とする。
【0062】
本発明のモニタリング方法におけるアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)の測定は、第一の側面で説明した分析方法と同様である。本発明のモニタリング方法は、アセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)を測定し、その増加及び減少をモニタリングする。アセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)の減少は、
図2を用いて説明したグルコースと脂肪酸の利用が脂肪酸側に傾いたことを示す。このように、アセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)の減少は、生体内で脂肪酸の利用が亢進したこと、即ちグルコースの代謝が低下し、糖尿病のような代謝異常の状態を示すと考えられる。
【0063】
呼気若しくは皮膚ガス、又は尿試料を対象とした非侵襲的検査に応用可能な分析(測定)方法、又はモニタリング方法は、定期健康診断でのスクリ−ニング検査を実施する際に有用である。また、これらの方法は、将来、糖尿病予備群や糖尿病患者が自宅で試料を採取して分析対象物を測定することにより、糖尿病予備軍の糖尿病予防に応用できるだけでなく、糖尿病患者の治療(薬、食事、運動など)効果を把握できる診断法に応用できれば極めてインパクトは大きい。更に、呼気若しくは皮膚ガス、又は尿試料を対象とした非侵襲的検査に応用可能な分析(測定)方法又はモニタリング方法が、簡易に糖尿病のモニタリングに応用できれば、薬、運動等による効果を段階的に反映でき、糖尿病の早期治療にもつながり、社会的にも極めて有用である。
【0064】
糖尿病の患者の場合、糖質利用障害のため、健常者と比べて脂質利用率が高い。従って、アセトンに含まれる天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)は健常者と比べ一般的には低くなると考えられる。本発明による分析方法及びモニタリング方法は、糖尿病などの代謝異常にかかわる病気の診断や経過観測に利用しうるものである。
【0065】
また、本発明の分析方法及びモニタリング方法が、統計的なデータ処理や生体中のアセトン採取の手順など、精度を高めるための追加の検討を通して利用されれば、糖質と脂質の利用率を推定することが可能である。従って、医療分野のみならず、ダイエット管理など健康管理の目的で、本発明の方法を利用することも可能である。
【0066】
以上のように、本発明の分析方法は、糖尿病などの代謝疾患などに関する診断、並びに、ダイエット管理などの代謝状態の評価及び管理などの分野で用いられる、代謝状態の評価及び診断に利用可能な有効な分析方法となりうる。
【実施例】
【0067】
以下に、本発明の方法を具体例により更に詳細に説明する。以下の例では、健常な被験者を絶食させて体内のグルコース濃度を低下させ、ケトン体の産生を亢進させる状態をつくりだした。本実施例は、このような状態により、アセトンの起源がグルコースから脂肪酸へ傾いた時、グルコースと脂肪酸の割合に従ってアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)が変化することを実証するものである。実際の実験手順は以下の通りである。
【0068】
ある健常な被験者の尿を採取し、その尿中のアセトン量、及びアセトン中の天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)を測定した。観測は約3日間続けて行い、そのうち2日目の午前7時から3日目の午前7時までの24時間は絶食することにより軽い飢餓状態を作り、その影響を観測した。
【0069】
アセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)の測定は、ヘッドスペースマイクロ固相抽出法と、ガスクロマトグラフィー−燃焼−同位体比質量分析法を併用して(HS−SPME−GC−C−IRMS法)行った。この方法は、環境試料中の極微量メタノール、エタノール、アセトアルデヒド、酢酸等の天然の安定炭素同位体比の測定について有効であることが報告されているが、アセトンについても適用可能であることを確認した。ヘッドスペースマイクロ固相抽出法の条件により、天然の安定炭素同位体比の測定値が真値からずれることがわかっているが、これは、以下に説明する封緘燃焼法と対比することで補正した。
【0070】
以下に具体的な測定手順を、図を参照して説明する。
【0071】
(イ)尿試料の準備及び保存(
図3)
アセトンは非常に揮発性の高い物質であるため、採尿後の処理は迅速に行う必要がある。そこで、尿試料は採取後速やかに重量を測定したのち、必要分を2mLのバイアルに小分けにして密封し、4℃で冷蔵保存した(
図3)。なお、アセトンの揮発を最小限にとどめるために、小分けにする際はバイアルの容量目一杯まで尿試料を入れることで気相をなくし、揮発する空間をできる限りなくなるように留意した。
【0072】
(ロ)試料の前処理(
図4(a))
尿中にはアセトン以外にもタンパク成分等が混在しているため、それらによってアセトンの揮発が阻害されてしまう可能性がある。従って、アセトンの揮発を促進させるために、アセトン抽出前に尿試料と塩析剤を混合した。塩析剤として、本実施例では、尿中のアセトンを定量するために、秤量性や処理操作の簡便さ、分析精度、再現性の点で好適なことが知られている硫酸ナトリウムNa
2SO
4を用いた。
【0073】
まず始めに、抽出に用いる4mLのバイアルにNa
2SO
4を添加した。そして、アセトン抽出に必要な尿量を、冷蔵保存してあるバイアル内の尿試料からNa
2SO
4の入ったバイアルにマイクロピペットを使って添加した。こうして尿試料と塩析剤を混合することで、効果的なアセトン抽出が可能となる。
【0074】
(ハ)HS−SPME法によるアセトン抽出(
図4(b)、
図5)
尿試料からアセトンを抽出する方法として、ヘッドスペース固相マイクロ抽出(HS−SPME)法を用いた(
図4(b))。
【0075】
SPMEの本体構成はSPMEホルダー及び取り換え可能なファイバーからなり、ファイバー表面には吸着材がコーティングされている(
図5(a)、(b))。本実施例ではコーティング剤として、アセトンを選択的に抽出することの出来るCarboxen(商標)/PDMSを使用した。未使用時、ファイバー部分はホルダー内に格納されており、抽出時にファイバーを暴露させることで、目的成分を吸着させることができる(
図5(c))。
【0076】
本実施例では、測定の目的物質であるアセトンが高い揮発性を有するため、液相(尿試料)に直接ファイバーを暴露するよりも、気化した成分からファイバーへアセトンを吸着させた方が効率的である。従って、本研究では4mLバイアルに尿試料を添加し、しっかりと密閉することで、気相部分に尿試料から揮発したアセトンを滞留させ、その気相成分をファイバーへ吸着させた(
図4b))。
【0077】
(ニ)ガスクロマトグラフィー−燃焼−同位体比質量分析法(GC−C−IRMS)によるアセトン濃度、及び天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)の測定(
図4(c))
アセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)は、ガスクロマトグラフィー−燃焼−同位体比質量分析計(GC−C−IRMS)を用いて測定した(
図4(c))。アセトン濃度の測定は同じGC−C−IRMSのGCを用いて測定した(
図4(c))。
【0078】
(ホ)アセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)検量線
本実施例ではHS−SPME法により、尿試料からアセトンを抽出している。この方法におけるアセトンは、尿中からの揮発、そしてファイバーへの吸着を経てGCに打ち込まれて測定されるため、その間での同位体分別が起こり、測定で得られる天然の安定炭素同位体比は真値とは異なる可能性が考えられる。そこで、封緘燃焼法を用いてアセトンの天然の安定炭素同位体比の真値を求めた。HS−SPME法と封緘燃焼法のそれぞれで得られた天然の安定炭素同位体比を用いて作成した検量線から、HS−SPME法で得られる天然の安定炭素同位体比の真値との比較を行った。
【0079】
封緘燃焼法の手順を、
図6を参照して説明する。あらかじめ真空状態にしておいた石英管を準備する(
図6(a))。この石英管中にアセトンを注入し、液体窒素で冷却して石英管内にアセトンをトラップして、密封する(
図6(b))。次いで、この石英管内でアセトンを燃焼し、石英管内のアセトンを完全にCO
2に変換する(
図6(c))。こうして得られたCO
2の天然の安定炭素同位体比を測定することで燃焼前のアセトンの天然の安定炭素同位体比の真値が算出される。本実施例では燃焼条件は850℃、2時間とした(
図6)。なお、
図6中の酸化銅は、酸素供給用である。
【0080】
検量線の作成は以下の通りに行った。まず、HS−SPME法により市販のアセトン試薬7種の天然の安定炭素同位体比を測定した。次に、それらの試薬について封緘燃焼法により天然の安定炭素同位体比を測定し、天然の安定炭素同位体比の真値をとした。両方法の測定結果から天然の安定炭素同位体比の検量線を作成した(
図7)。その結果、直線式はy=1.0118x+0.3875となった。また、
図7において、Rは、相関係数を表す。HS−SPME法によって得られた天然の安定炭素同位体比は、この検量線の直線式を用いて補正した。
【0081】
上記の方法により測定した、尿中の単位時間当たりに排出されるアセトン量、及びアセトン中の天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)の変化を
図8に示す。ここで天然の安定炭素同位体比は、δ値を用いて表記した。δ
13Cは下式(1)で定義されるパラメータであり、試料の
13C/
12Cが、標準試料の
13C/
12Cの値と比べてどれだけ多いか、又は少ないかを千分率で表したものである。
δ
13C (‰)={(
13C/
12C)
試料/(
13C/
12C)
標準−1}×1000 (1)
【0082】
ここでは、
13C/
12Cの標準試料として国際標準であるPeeDee層のヤイシ類の化石(PDB)を用いた。
【0083】
図8から、絶食による飢餓状態に入った2日目の夜から3日目の早朝にかけて、アセトン量が増大するとともに、δ
13Cが減少していることがわかる。また、絶食期間明けの食事を摂取した後には、逆にアセトン量が減少し、δ
13Cが増大していることがわかる。
【0084】
この結果は、以下のように解釈することができる。
・絶食→糖質不足→脂質(脂肪酸)利用率増大→アセトン量増大、
13C/
12C減少
・絶食後の食事摂取→糖質補充→脂質(脂肪酸)利用率低下→アセトン量減少、
13C/
12C増加
【0085】
即ち、この結果はアセトンの起源がグルコースから脂肪酸へ傾いた時、その利用率に従ってアセトンの天然の安定炭素同位体比(
13C/
12C)が減少するという仮説を初めて実証するものである。
【0086】
上記は、尿中のアセトンを測定したものであるが、呼気、及び皮膚ガス中のアセトンを測定しても、同様の結果が得られることを確認した。
【0087】
糖尿病は同じ生活習慣病である高血圧や高脂質血症と比較して薬の完成度が低い。それだけ大きなマ−ケットが残っている分野である。糖尿病予備群の早期発見が可能となれば、新たな治療薬の開発も活発になり、糖尿病患者で問題となっている糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症及び糖尿病性神経阻害の3大合併症への疾患の進展を阻止することが期待できる。
【0088】
また、本発明はダイエット管理など健康管理の目的で利用することも期待できる。呼気採取等の簡単な非侵襲的操作により得られた試料から、糖質と脂質の利用率を精度よく知ること、及び安全で効果的なダイエット管理法を構築することが期待できる。