特許第6146920号(P6146920)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 信越化学工業株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6146920
(24)【登録日】2017年5月26日
(45)【発行日】2017年6月14日
(54)【発明の名称】フィルバートワームの防除方法
(51)【国際特許分類】
   A01N 63/00 20060101AFI20170607BHJP
   A01P 17/00 20060101ALI20170607BHJP
   A01N 37/02 20060101ALI20170607BHJP
   A01M 1/02 20060101ALI20170607BHJP
【FI】
   A01N63/00 B
   A01P17/00
   A01N37/02
   A01M1/02 B
【請求項の数】1
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2014-165454(P2014-165454)
(22)【出願日】2014年8月15日
(65)【公開番号】特開2016-41663(P2016-41663A)
(43)【公開日】2016年3月31日
【審査請求日】2016年8月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085545
【弁理士】
【氏名又は名称】松井 光夫
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100096769
【弁理士】
【氏名又は名称】有原 幸一
(74)【代理人】
【識別番号】100107319
【弁理士】
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100114591
【弁理士】
【氏名又は名称】河村 英文
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100154298
【弁理士】
【氏名又は名称】角田 恭子
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100170379
【弁理士】
【氏名又は名称】徳本 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100161001
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 篤司
(72)【発明者】
【氏名】北條 達哉
(72)【発明者】
【氏名】大野 江莉奈
(72)【発明者】
【氏名】石橋 尚樹
【審査官】 桜田 政美
(56)【参考文献】
【文献】 特開平06−022670(JP,A)
【文献】 特開2004−277310(JP,A)
【文献】 特開2012−126694(JP,A)
【文献】 H.G.Davis et al,Filbertworm Sex Pheromone Identification and Field Tests of (E,E)- and (E,Z)-8,10-Dodecadien-1-ol Acetates,Journal of Chemical Ecology,米国,1984年,10巻、1号,53−61
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 63/00
A01M 1/02
A01N 37/02
A01P 17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
E,E−8,10−ドデカジエニルアセテート単独又はE,E−8,10−ドデカジエニルアセテートを80質量%以上含む組成物を1〜100箇所/haの設置密度の放出箇所に設置するステップと、
0.01g〜5g/日/haの放出量になるように前記E,E−8,10−ドデカジエニルアセテートを放出させて交信撹乱を行うステップと
を少なくとも含み、
前記組成物が、さらに、E,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートを、該E,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートと前記E,E−8,10−ドデカジエニルアセテートの合計量に対して0質量%以上15質量%以下含むフィルバートワーム(Filbertworm)の防除方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィルバートワームの性フェロモン成分を圃場に漂わせ、該害虫の交尾行動を撹乱させる交信撹乱方法を用いた害虫の防除方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
交信撹乱による害虫の防除は、人工的に合成した対象害虫の性フェロモン成分を大気中に放散、浮遊させ、雄雌間の交信を撹乱させて交尾率を下げ、次世代の誕生を抑制することにより行われる。その性フェロモン成分は害虫の種類によって様々で、かつ、種特異的である。そのため、害虫の天然性フェロモン組成物は、害虫のフェロモン腺から溶剤で抽出する直接的な方法又はフェロモンルアーやEAG等の間接的な方法、さらにはその両方で同定され、成分及びその組成比率が決められており、これまでの交信撹乱には対象害虫の天然性フェロモン組成物と同じ成分及び組成比率が多く用いられてきた。しかし、害虫の天然性フェロモン組成物は、複数の性フェロモン成分の混合物であることが多く、交信撹乱に害虫の天然性フェロモン組成物と同じ成分全てを用いることができない場合には、少なくとも天然性フェロモン組成物中の最も組成比率が高い成分(主成分)が用いられてきた。
【0003】
ヘーゼルナッツの害虫であるフィルバートワーム(Filbertworm、Melissopus latiferreanus)の天然性フェロモン組成物は、E,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートとE,E−8,10−ドデカジエニルアセテートの4.3:1の混合物で、前者が主成分、後者が主成分よりも組成比率が低い副成分であることが知られている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】H.G.Davis,J.Chem.Ecol.,January 1984,Volume 10,Issue 1,pp53−61
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、主成分であるE,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートは、まだその効果的製造方法が検討されておらず、また、既に大量合成が可能となっているE,E−8,10−ドデカジエニルアセテートを異性化しても工業的には純度良く製造することが出来ていない。また、仮に純度良く製造できたとしても価格が高くなると推定される。
本発明は、フィルバートワームの天然性フェロモン組成物中の主成分を用いることなく、又は主成分の使用量を低減し、副成分による交信撹乱により害虫を防除することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、フィルバートワームの天然性フェロモン組成物中の主成分を用いない交信撹乱方法を検討していたところ、その副成分を用いることで交信撹乱により該害虫を防除できることを見出した。
本発明によれば、E,E−8,10−ドデカジエニルアセテート単独又はE,E−8,10−ドデカジエニルアセテートを80質量%以上含む組成物を1〜100箇所/haの設置密度の放出箇所に設置するステップと、0.01g〜5g/日/haの放出量になるように前記E,E−8,10−ドデカジエニルアセテートを放出させて交信撹乱を行うステップとを少なくとも含み、前記組成物が、さらに、E,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートを、該E,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートと前記E,E−8,10−ドデカジエニルアセテートの合計量に対して0質量%以上15質量%以下含むフィルバートワーム(Filbertworm)の防除方法を提供できる。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、フィルバートワームの天然性フェロモン物質中の主成分を極力用いることなく、主に副成分によって交信撹乱させることにより、単位面積当たりの投与量を変えずに放出箇所を少なくして該害虫を防除することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明によれば、フィルバートワームの天然性フェロモン組成物中の組成比率が最も高い主成分であるE,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートを用いることなく又はほとんど用いることなく、該成分よりも組成比率の低い副成分であるE,E−8,10−ドデカジエニルアセテートを用いて交信撹乱を行う防除方法を提供できる。
ここで、主成分とは、害虫の天然性フェロモン組成物が1つの成分の場合、唯一含まれる成分を言い、2つ以上の成分からなる場合には、その中で最も組成比率が高い成分を言う。その際の組成比率は、全ての成分が同じ組成比率であった場合の組成比率、例えば、2つの成分からなる組成物であれば50質量%、3つの成分からなる組成物であれば33.3質量%よりも多い。よって、フィルバートワームの天然性フェロモン組成物中においては、E,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートが主成分で、E,E−8,10−ドデカジエニルアセテートが副成分といえる。
【0009】
フィルバートワームの防除方法では、天然性フェロモン組成物中の副成分であるE,E−8,10−ドデカジエニルアセテートを用いて交信撹乱を行うものであるが、他の成分が含まれていても構わない。すなわち、E,E−8,10−ドデカジエニルアセテートの単独使用であっても、E,E−8,10−ドデカジエニルアセテートを80量%以上、好ましくは90質量%以上含む組成物の使用であってもよい。
組成物には、フィルバートワームの天然性フェロモン組成物の主成分であるE,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートが含まれていても構わない。例えば、組成物は、E,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートを、E,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートとE,E−8,10−ドデカジエニルアセテートの合計量に対して好ましくは15質量%以下含まれていても構わない。すなわち、E,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートとE,E−8,10−ドデカジエニルアセテートの質量比は、好ましくは0:100〜15:85、より好ましくは0:100〜10:90、さらに好ましくは1:99〜5:95である。実際、工業的に生産したE,E−8,10−ドデカジエニルアセテート中にE,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートは1〜10質量%程度含まれている。
さらに、Z,E−8,10−ドデカジエニルアセテートやZ,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートが、組成物中に、それぞれ好ましくは10質量%以下、より好ましくは5質量%以下含まれていてもよい。
【0010】
上記組成物は、2,6−ジtert−ブチル−4−メチルフェノール(BHT)、ブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソール、ハイドロキノン、ビタミンE等の酸化防止剤、又は2−ヒドロキシ−4−オクトキシベンゾフェノン、2−(2'−ヒドロキシ−3'−tertブチル−5'-メチルフェニル)−5−クロロベンゾトリアゾール(HBMCBT)等の紫外線吸収剤を含んでもよい。それぞれの組成物中の含有量は、例えば、酸化防止剤は0〜5質量%、紫外線吸収剤は0〜5質量%である。
【0011】
害虫の防除方法としては、交信撹乱法が出来れば性フェロモン成分を気中に漂わせる方法は限定されないが、例えば、E,E−8,10−ドデカジエニルアセテート単独又はE,E−8,10−ドデカジエニルアセテートを80質量%以上含む組成物を詰めたチューブ、カプセル、アンプル、缶又は袋状の徐放性製剤を用い、能動的あるいは受動的に行うのが望ましい。能動的な方法としては、噴霧や散布等が挙げられ、受動的な方法としては容器や担持体からの透過等が挙げられる。
【0012】
形状がチューブのものは、性フェロモン等を放出する期間が長く、放出が均一であるため最適である。適度な速度での放出が保たれる点から、その内径は、好ましくは0.5〜2.0mm、その肉厚は、好ましくは0.2〜1.0mmである。この場合のチューブ1本の1m当たりの担持量は、好ましくは150mg〜3.5gである。単位面積当たりの投与量を変えずに放出箇所を少なくする場合には、チューブ1本の単位長さ当たりの充填量は変えずにチューブの長さを変えることが望ましい。その長さは、好ましくは0.2〜100m、より好ましくは0.5〜20m、さらに好ましくは1〜10mである。ただし、チューブを2連以上にした場合には、その限りではない。
【0013】
容器や担持体は、性フェロモン成分を徐放させるものであれば特に限定されないが、高分子製であるのが望ましい。これには、ポリエチレンやポリプロピレンに例示されるポリオレフィン、エチレン−酢酸ビニル共重合体やエチレン−アクリル酸エステル共重合体に例示されるエチレンを80質量%以上含む共重合体が挙げられる。これらの材質では、性フェロモン等が透過し、適度な速度でプラスチック膜の外に放出させることができる。また、生分解性のポリエステルや塩化ビニルでも構わない。
【0014】
E,E−8,10−ドデカジエニルアセテートの放出箇所の設置頻度、すなわちE,E−8,10−ドデカジエニルアセテートを少なくとも含む徐放性製剤の設置密度としては、交信撹乱を行う圃場内に均一に1〜100箇所/ha、好ましくは5〜50箇所/haである。従来、フィルバートワームの天然性フェロモン組成物中の主成分であるE,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートを用いて交信撹乱により該害虫を防除する場合には、放出箇所は250〜1000箇所/haと多かった。これは、性フェロモン成分を圃場に均一に漂わせることに加え、放出箇所が疑似雌的に働くためと考えられる。しかしながら、単位面積当たりの投与量を変えずに放出箇所を少なくしていく、つまり、一つの放出箇所から大量の主成分である性フェロモン成分を放出させる場合には、疑似雌的な働きが強くなり、逆に雄を集めることになりかねず不適切である。一方、フィルバートワームの天然性フェロモン組成物中の副成分であるE,E−8,10−ドデカジエニルアセテートを用いて交信撹乱により該害虫を防除する場合は、放出させる量を多くして、放出箇所を少なくしても主成分ほど疑似雌的に働くことはなく、雄を集めることは無くなり、効果的に交信撹乱を行うことが出来る。
【0015】
一つの放出箇所からの放出量は、圃場環境や気象条件等によって一概には言えないが、圃場に均一に漂わせることが出来る量であれば特に制限はないが、従来と同様、好ましくは1mg〜1000mg/日/箇所、より好ましくは2mg〜500mg/日/箇所である。具体的には、E,E−8,10−ドデカジエニルアセテート単独又はE,E−8,10−ドデカジエニルアセテートを80質量%以上含む組成物を1〜100箇所/haの設置密度の放出箇所に設置するとき、0.01g〜5g/日/haの放出量になるようにE,E−8,10−ドデカジエニルアセテートを放出する。
【実施例】
【0016】
以下、本発明について実施例及び比較例を用いて説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
<徐放性製剤の製造>
内径1.40mm、肉厚0.40mm、長さ1mのポリエチレンチューブからなる高分子製容器に、フィルバートワームの性フェロモン組成物をチューブの一端から注入し、チューブの両端を高周波加熱しながら加圧して溶融封鎖し、徐放性製剤を製造した。徐放性製剤は害虫を防除する圃場に、必要量の性フェロモン物質が放出されるように割り振って等間隔に点在して配置した。
【0017】
<被害率>
交信撹乱効果の推定方法であり、{(被害ナッツ数)/(調査ナッツ数)}×100で表される被害率が効果の判定基準の一つとなっている。一般的に、数値が低い程、その効果が高いことが多いことから、米国におけるヘーゼルナッツの防除水準は被害率が0.6%以下と言われている。それよりも低ければ防除効果あり、それよりも高ければ防除効果なしと判断した。
【0018】
実施例1〜2及び比較例1
ヘーゼルナッツの害虫であるフィルバートワームの交信撹乱法試験を行った。各区の成分は第1表の通りである。前記方法により製造された各徐放性製剤とも長さは1m、材質は高分子製の細管で、E,E−8,10−ドデカジエニルアセテートとE,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートの合計量を1.2g及びBHT(2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール)25mgとHBMCBT(2−(2'−ヒドロキシ−3'−tertブチル−5'-メチルフェニル)−5−クロロベンゾトリアゾール)25mgを含んでおり、これらを4月25日にヘクタール当たり50本を圃場に均一に設置し、10月の収穫期に被害率を測定した。結果を表2に示す。
なお、表1の質量比は、主成分、副成分及び製造上含まれるそれらの不純物等の混合物中の比率を示しており、物理化学的に作用する成分、例えば、安定剤や希釈剤等は含まれていない。
【0019】
【表1】
【0020】
【表2】
【0021】
フィルバートワームの天然性フェロモン組成物の副成分であるE,E−8、10−ドデカジエニルアセタートが62質量%の組成物を用いた比較例1では、収穫期の被害率が防除水準を超える0.78%であったのに対して、E,E−8、10−ドデカジエニルアセタートが80質量%以上の組成物を用いた実施例1及び2では、被害率が防除水準以下であったことから防除効果が認められた。
本願の出願当初の特許請求の範囲は以下の通りである。
[請求項1]E,E−8,10−ドデカジエニルアセテート単独又はE,E−8,10−ドデカジエニルアセテートを80質量%以上含む組成物を1〜100箇所/haの設置密度の放出箇所に設置するステップと、0.01g〜5g/日/haの放出量になるように前記E,E−8,10−ドデカジエニルアセテートを放出させて交信撹乱を行うステップとを少なくとも含むフィルバートワーム(Filbertworm)の防除方法。
[請求項2]前記組成物が、さらに、E,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートを、該E,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートと前記E,E−8,10−ドデカジエニルアセテートの合計量に対して15質量%以下含む請求項1に記載の交信撹乱剤。
[請求項3]前記組成物が、さらに、10質量%以下のZ,E−8,10−ドデカジエニルアセテート及び/又は10質量%以下のZ,Z−8,10−ドデカジエニルアセテートを含む請求項1又は請求項2に記載の交信撹乱剤。