【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者等は、本願出願人によるAu−Pt合金(特許文献1)の適用を前提とし、塞栓用コイルの製造工程を検証した。ここで、塞栓用コイルは、極細の線材(線径100μm以下)を加工して製造される。この線材は、Au−Pt合金の素材(インゴットやインゴットを粗加工した材料)を高加工率で加工して製造する。このような、製造工程は本願出願人によるAu−Pt合金についても同様に適用される。但し、このAu−Pt合金に対しては、合金素材を製造してから塞栓用コイルに加工する過程において、高温加熱を伴う処理を行うことはできない。上記の通り、このAu−Pt合金は、α相とPtリッチ相の混合相組織とすることで磁化率が調整されている。よって、相構成を変化させる可能性がある熱処理は避けられる。
【0015】
その一方で、本発明者等は、線材に加工されたAu−Pt合金に対して形態安定性を付与するためには、何らかの加工熱処理が必要であると予測した。そこで、本発明者等は鋭意検討を行ったところ、Au−Pt合金線材に所定の加工熱処理を加えつつコイル加工することで、コイルに良好な形態安定性が付与されることを見出した。この加工熱処理の詳細については後述するが、本発明者等は、このようにして製造されたコイルのAu−Pt合金線材について検討した結果、材料組織上の観点から特徴付けが可能となることを見出した。
【0016】
即ち、本発明は、Au−Pt合金からなる線材で構成された塞栓用コイルであって、前記塞栓用コイルを構成する前記線材は、Pt濃度24質量%以上34質量%未満、残部Auの組成を有し、α相マトリックスに、α相のPt濃度に対して1.2〜3.8倍のPt濃度のAu−Pt合金からなるPtリッチ相が分布した材料組織を有しており、前記線材は、その体積磁化率が−13ppm以上−5ppm以下であり、更に、前記線材は、その短手方向断面の材料組織において、線分法により測定された2以上の平均結晶粒径の平均値が0.20μm以上0.35μm以下となる、塞栓用コイルである。
【0017】
以下、本発明に係る塞栓用コイルについて、その構成を詳細に説明する。上記の通り、本発明は、所定のAu−Pt合金線材から構成される塞栓用コイルである。そこで、まず、Au−Pt合金及び塞栓用コイルを構成するAu−Pt合金線材について説明する。これまで述べたように、本発明が適用するAu−Pt合金は、その組成と相構成において本願出願人による特許文献1のAu−Pt合金と同等である。Au−Pt合金を適用するのは、反磁性金属であるAuにPtを固溶することで磁化率が調整された合金相を発現させることができるからである。
図1のAu−Pt系状態図から分かるように、PtとAuは合金化が容易で、全率固溶体であるα相領域を含む組成範囲が比較的広くなっている。本発明で適用されるAu−Pt合金は、Pt濃度24質量%以上34質量%未満の合金組成を有するが、この組成範囲は、安定した磁化特性を有するα相が析出可能な組成である。
【0018】
そして、本発明で適用されるAu−Pt合金は、α相をマトリックスして、ここにPtリッチ相が分布した混合相からなる材料組織を有する。α相中にPtリッチ相を析出させ、両相の磁化率の差を利用しつつ合金全体の磁化率を調整するものである。Ptリッチ相は、α相のPt濃度に対して1.2倍〜3.8倍のPt濃度のAu−Pt合金相である。Ptリッチ相の分布量は、合金全体の磁化率が−13ppm以上−5ppm以下となるように調整されている。
【0019】
本発明に係る塞栓用コイルは、以上のような構成材料であるAu−Pt合金についての組成的な基本構成を具備しつつ、塞栓用コイルに成形された後のAu−Pt合金線材の材料組織において特徴を有する。この材料組織上の特徴として本発明で挙げられるのが平均結晶粒径である。平均結晶粒径とは、当該材料について任意に設定された観察領域内において、顕在化した結晶粒界に囲まれた結晶の粒径の平均値である。つまり、ここでの平均結晶粒径は、結晶の種類(α相、Ptリッチ相)を区別することなく計算される。本発明では、平均結晶粒径の値を複数測定し、更に、それらの平均値を求める。そして、当該平均値が0.20μm以上0.35μm以下であることを要件とする。
【0020】
上記の通り、平均結晶粒径とは、特定の結晶(相)に着目しない全体的な粒度を示すものである。このような、本発明の塞栓用コイルを構成する線材に対する材料組織上の特徴は、合金素材から線材を製造するための加工過程と、線材をコイル形状にするための加工過程の双方により形成される。
【0021】
既に述べたように、Au−Pt合金の素材から線材を製造する過程においては、素材を高温加熱することはできない。本発明のAu−Pt合金は、α相とPtリッチ相との混合相組織を発現させることで好適な磁化率を有する。高温加熱するとこの混合相組織が崩れることとなるからである。そのため、Au−Pt合金線材への加工は、組織変化が生じない比較的低温での加工・冷間加工による。また、この素材から塞栓用コイル用の極細の線材への加工は高加工率で実施される。そのため、線材への加工過程においては、α相とPtリッチ相との混合相組織は維持されるが、それらの結晶粒は微細化する。
【0022】
製造された線材は、コイル形状に巻回加工されて塞栓用コイルとなる。本発明では、このコイル形状とする過程で形状安定性付与のための形態安定化処理を行う。この処理の詳細は後述するが、形態安定化処理とは線材をコイル形状に固定して加熱する熱処理の一種である。熱処理であることから、微細なα相とPtリッチ相との混合相組織が変化し得る。本発明者等は、好適な形態安定化処理が施され、形態安定性及び磁化率が良好となった塞栓用コイルのAu−Pt合金線材の材料組織を検討した結果、結晶粒径(平均結晶粒径)が所定範囲にあることを見出したのである。
【0023】
そして、本発明ではAu−Pt合金線材の短手方向断面の材料組織について、平均結晶粒径を0.20μm以上0.35μm以下と規定した。平均結晶粒径が0.20μm未満であると、形態安定性が十分になく、実質的にコイル形状とする前の線材と変化がない。また、平均結晶粒径が0.35μmを超えたAu−Pt合金線材は、磁化率が好適範囲から外れておりアーチファクトフリーの塞栓用コイルとはいえなくなる。また、磁化率の観点から平均結晶粒径は、0.25μm以上0.33μm以下であるものがより好ましい。
【0024】
本発明では、この平均結晶粒径として線分法により測定された値を採用する。線分法は平均結晶粒径を測定するに際して、比較的簡易な方法でありながら、適切な運用により正確な値を得ることができる方法である。線分法による測定方法ついては公知の方法が採用できるが、後述する実施例において具体例を説明する。
【0025】
本発明では、短手方向断面の組織観察画像の同一視野内において、線分法による平均結晶粒径の測定を複数回行い、それら複数の平均結晶粒径値の平均値により規定する。平均結晶粒径の測定は、好ましくは20回以上、更に好ましくは30回以上行い、それらの平均値を算出する。測定回数の上限については、多いことが好ましいが、効率と測定精度とのバランスから50回以下とするのが好ましい。
【0026】
このように、Au−Pt合金線材を形態安定化処理しつつ加工するとき、その混合相組織にまず生じる変化が結晶粒径(平均結晶粒径)である。ここで、本発明者等の検討によれば、結晶粒径の変化の他に生じ得る組織変化として、分離相の生成・成長がある。分離相とは、その発生前までに存在していた相(α相、Ptリッチ相)の一部から発生する相である。本発明者等は、分離相はα相に対してPt濃度の高いPtリッチ相に類似する合金相と推察している。分離相の組成は明らかである必要はないが、磁化率を適正範囲に維持するためには、その発生は忌避されるべきである。
【0027】
分離相の析出を検証するためには、測定された複数の平均結晶粒径のバラツキを検討するのが便宜である。分離相の粒径は、その発生段階では周囲よりも微小な状態にある。よって、分離相の量によって平均結晶粒径が変動すると予測されるからである。そこで、本発明の塞栓用コイルでは、Au−Pt合金線材に分離相の少ない状態として、測定された複数の平均結晶粒径値の標準偏差が0.025以上0.085以下であることが好ましいとする。この標準偏差のより好適な範囲は、0.030以上0.082以下である。
【0028】
この標準偏差が0.085を超えるAu−Pt合金線材においては、分離相の生成が過度に生じており、磁化率が好適範囲にあるアーチファクトフリーの塞栓用コイルにはならない。また、標準偏差は低いことが好ましいが、本発明者等の検討では、標準偏差が0.025未満の塞栓用コイルは形態安定性に劣る傾向がある。
【0029】
そして、本発明に係る塞栓用コイルは、Au−Pt合金線材の引張強度が800MPa以上であるものが好ましく、1000MPa以上であるものがより好ましい。Au−Pt合金線材の引張強度については、高ければ高いほど好ましいが、その上限は1500MPaとするのが好ましい。
【0030】
以上説明した本発明に係る塞栓用コイルについて、その形状は特に限定されない。塞栓用コイルは、ストレートの線材を1回以上巻回加工したコイル形状を有するが、巻回加工の回数は特に限定しない。コイルの巻き数、径、長さも限定されない。現在のところ、2回の巻回加工(1次コイル加工と2次コイル加工)により製造される2次コイル形状を有する塞栓用コイルが知られており、かかる2次コイル形状であっても良い。
【0031】
そして、Au−Pt合金からなる線材の線径についても、人体の内部(血管)で移送される塞栓用コイルの用途に対応できる範囲であれば、線径を制限する必要はない。一般には、10μm以上100μm以下の線径が好ましいとされている。
【0032】
次に、本発明に係る塞栓用コイルの製造方法について説明する。本発明に係る塞栓用コイルは、上記で述べた構成を有するAu−Pt合金線材を巻回加工してコイル形状を付与することで製造できる。巻回加工工程は、少なくとも1回行われる。2次コイル形状を有する塞栓用コイルの製造の際には、極小径の螺旋状の線材(1次コイル)を製造し、この1次コイルを更に巻回加工して2次コイル形状を付与する。
【0033】
そして、本発明においては、巻回加工により成形された塞栓用コイルについて、形態安定性を与えるための処理(形態安定化処理)として、加工中の線材を巻回した状態で固定しながら、所定の温度範囲で加熱する。加熱により、線材はそのとき受けている加工の際の形状にくせ付けされる。形態安定化処理が成されたコイルは、巻回加工の荷重解除後も加工時の形状を維持し、更に、その後の変形に対する形状の復元性を発揮し得る。
【0034】
ここで、形態安定化処理の加熱温度を350℃以上550℃以下としたのは、形態安定化効果を発揮させながら、アーチファクトフリーという塞栓用コイルに根本的に要求される特性を確保するためである。即ち、加熱温度が350℃未満と低すぎる場合、形態安定化の効果を得ることができず、巻回加工後のコイルは形態が安定しない。一方、加熱温度が高すぎる場合、材料組織に過度の変化が生じて線材の磁化率が大きく変動する。
【0035】
本発明者等によれば、Au−Pt合金線材を350℃以上で加熱すると、線材の材料組織において、結晶粒径が変化し始める。また、分離相の生成もこの温度以上で懸念されるようになる。そして、550℃以上で加熱したAu−Pt合金線材は、結晶粒径(平均結晶粒径の平均値)が過大となる。また、分離相生成による測定値のばらつきも大きくなる。このときの線材は、磁化率が加工前に対して変化している。このことから、形態安定化処理の加熱温度の上限を550℃以下とした。尚、加熱温度のより好適な範囲としては、400℃以上500℃以下とする。
【0036】
形態安定化処理は、巻回加工の一部として行われる。巻回加工は、線材(1次加工され螺旋状となった線材を含む)を、棒状・円筒状等の適宜の冶具に繰り返し巻き付け固定してコイル形状を付与するものである。この巻回加工において線材を冶具に巻き付け・固定したときに加熱することで形態安定化処理を行うことができる。
【0037】
形態安定化処理は、1回以上行われる巻回加工で少なくとも1回行うことを要する。2次コイル形状の塞栓用コイルの製造では、1次コイルを得る1回目の巻回加工では加工率が高いので形態安定化処理が必要になることはないが、2次コイル形状とするときの巻回加工で形態安定化処理を行うことが好ましい。
【0038】
尚、本発明で塞栓用コイルに加工するための、Au−Pt合金からなる線材は、Au−Pt合金のインゴットやインゴットを粗加工した合金素材を用意し、これを細線に加工して得る。この素材から塞栓用コイルに加工するための線材を製造するための加工率は、50%以上100%未満に設定されるのが通常である。また、上記の通り、Au−Pt合金の磁化率を変動させることの内容な温度域で加工する。加工温度としては、300℃以下とする。加工の様式としては、引抜き加工、圧延加工等の公知の加工様式が単独又は組合わせて実施される。このAu−Pt合金素材は、加工性も良好であり割れ・破断なく線材に加工することができる。
【0039】
また、Au−Pt合金の製造方法は、基本的な工程として、Pt濃度24質量%以上34質量%未満、残部Auで組成調整された合金を、α相からなる過飽和固溶体合金とし、これを600〜1000℃で熱処理してPtリッチ相を析出させて製造される。
【0040】
Au−Pt合金の製造において、まず、α相単相の過飽和固溶体を用意し、それからPtリッチ相を析出させるのは、Ptリッチ相の析出量を好適範囲に制御して磁化率を調整するためである。Au−Pt合金のα相単相の過飽和固溶体を形成する方法としては、溶解鋳造等で合金インゴット製造した後、α相領域に加熱し急冷する一般的な溶体化処理が挙げられる。
【0041】
α相単相の過飽和固溶体合金を得るため、好適な方法として、合金インゴットに対して、単相化処理を複数回行うことが好ましい。この単相化処理とは、溶解鋳造された合金インゴットに対して、これを冷間加工(冷間圧延、冷間鍛造、冷間伸線、冷間押出等)する工程と、合金組成に応じて設定されるα相領域温度異常の温度(1150〜1250℃が好ましい)で熱処理する工程とを1セットとするものである。単相化処理における冷間加工は、溶解鋳造による鋳造組織を破壊し、その後の熱処理による原子の移動を容易にさせる処理である。熱処理は、鋳造による偏析を解消し、更に、合金の相構成をα相にするための処理であり、合金中の析出物をα相に戻し、最終的に析出物を消失させる処理である。そして、この冷間加工と熱処理とからなる単相化処理を複数回(2回以上が好ましい)繰り返すことで、偏析の解消と共に析出物の消失が生じ材料組成の均一化と相構成の単相化がなされる。
【0042】
以上のようにして得られるα相単相の過飽和固溶体合金を熱処理してPtリッチ相を析出させることで、本発明で適用するAu−Pt合金が製造できる。Ptリッチ相析出のための熱処理は、状態図における(α
1+α
2)領域内でα相領域に達しない温度での加熱処理であり、具体的な温度範囲は600〜1000℃とする。