特許第6149733号(P6149733)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6149733ガラス強化用溶融塩の再生方法及び強化ガラスの製造方法
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  • 特許6149733-ガラス強化用溶融塩の再生方法及び強化ガラスの製造方法 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6149733
(24)【登録日】2017年6月2日
(45)【発行日】2017年6月21日
(54)【発明の名称】ガラス強化用溶融塩の再生方法及び強化ガラスの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C03C 21/00 20060101AFI20170612BHJP
【FI】
   C03C21/00 101
【請求項の数】10
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-921(P2014-921)
(22)【出願日】2014年1月7日
(65)【公開番号】特開2015-129063(P2015-129063A)
(43)【公開日】2015年7月16日
【審査請求日】2016年7月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】旭硝子株式会社
(72)【発明者】
【氏名】山田 拓
【審査官】 岡田 隆介
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−067555(JP,A)
【文献】 特開2013−067554(JP,A)
【文献】 特公昭46−038514(JP,B1)
【文献】 特開昭49−104910(JP,A)
【文献】 特開昭63−060129(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03C 21/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硝酸カリウムを含有する溶融塩を用いてガラスを化学強化することによって溶融塩中に溶出したナトリウムを除去する溶融塩の再生方法であって、
オルトリン酸カリウム又はピロリン酸カリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種のナトリウム沈殿剤を溶融塩に添加するナトリウム沈殿工程と、
少なくとも1種の第2族元素硝酸塩化合物を含むリン沈殿剤を溶融塩に添加するリン沈殿工程と、
を有することを特徴とする溶融塩の再生方法。
【請求項2】
前記ナトリウム沈殿工程の後にリン沈殿工程を行う請求項1に記載の溶融塩の再生方法。
【請求項3】
前記リン沈殿工程の前に、ナトリウム沈殿工程によって沈殿したリン酸塩を溶融塩から除去する工程を有する請求項2に記載の溶融塩の再生方法。
【請求項4】
前記ナトリウム沈殿工程とリン沈殿工程を同時に行う請求項1に記載の溶融塩の再生方法。
【請求項5】
前記リン沈殿剤が、硝酸マグネシウムを含む請求項1〜4に記載の溶融塩の再生方法。
【請求項6】
前記リン沈殿剤を添加する前のリン濃度をX(質量ppm)、リン沈殿剤添加量をY(mol)、前記溶融塩の質量をZ(g)とするとき、これらが関係式Y≧Z(X−500)/(31×10)を満足する請求項1〜5に記載の溶融塩の再生方法。
【請求項7】
関係式Y≦ZX/(31×10)を満足する請求項6に記載の溶融塩の再生方法。
【請求項8】
前記リン沈殿工程における溶融塩の温度が330〜500℃である請求項1〜7に記載の溶融塩の再生方法。
【請求項9】
前記ナトリウム沈殿剤がオルトリン酸カリウムである請求項1〜8に記載の溶融塩の再生方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1に記載の方法で再生した溶融塩を用いてガラスを化学強化する工程を含む、強化ガラスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラスを化学強化するために用いる溶融塩が使用により劣化した際に、使用済みの溶融塩を再生する方法に関し、さらには、当該方法により再生した溶融塩を用いた強化ガラスの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯電話、スマートフォンおよびタブレット端末といったディスプレイ装置などのカバーガラスおよびディスプレイのガラス基板には、イオン交換等で化学強化処理したガラス(以下、化学強化ガラスともいう。)が用いられている。ガラスは理論強度が高いものの、傷がつくことで強度が大幅に低下する。化学強化ガラスは、未強化のガラスに比べて、機械的強度が高く、ガラス表面に傷がつくのを防ぐため、これらの用途に最適である。
【0003】
化学強化処理とは、ガラスの表層部分に含まれるイオン半径の小さい金属イオンを、よりイオン半径の大きい金属イオンと置き換えることにより、ガラス表面に圧縮応力層を生じさせてガラスの機械的強度を向上させるイオン交換処理である。
【0004】
アルカリ金属のイオン半径はLi<Na<K<Rb<Csの順に大きくなる。従って、例えばガラス組成中にNaOを含む場合、Kイオンを含む無機溶融塩(以下、単に溶融塩ともいう。)にガラスを浸漬し、ガラス中のNaイオンと溶融塩中のKイオンをイオン交換することで、ガラス表面に圧縮応力を生じさせられる。
【0005】
化学強化ガラスの強度はいくつかの指標により評価できるが、表面圧縮応力(Compressive Stress;CS、以下CSともいう。)はそのひとつである。ガラスのCS値は、溶融塩に浸漬する時間や、溶融塩の温度、ガラスの組成や溶融塩の組成など様々な要因により決まる。
【0006】
溶融塩を用いた化学強化後のガラスのCS値は、イオン交換に供していない新鮮な溶融塩(以下、新しい溶融塩という。)を用いた場合と、繰り返しイオン交換に供した溶融塩(以下、劣化した溶融塩という。)を用いた場合を比較すると、一般に後者の方ほどCS値が低下する。これは、イオン交換によりガラス中から溶出されるNaイオンやLiイオンによって溶融塩のKイオン濃度が低下することに起因する。
【0007】
CSの低下を抑えるために、劣化した溶融塩の一部又はすべてを新しい溶融塩に交換する方法が考えられる。しかし、この方法では溶融塩の交換頻度が高まり、化学強化処理効率が低下するほか、新しい溶融塩の購入費用や劣化した溶融塩の廃棄費用が必要となり、高コスト化につながる。
【0008】
そこで、溶融塩の使用期間を延ばす様々な方法が考えられている。例えば特許文献1には、劣化した溶融塩にピロリン酸カリウム(K)を添加する方法が開示されている。
【0009】
また、特許文献2には、劣化した溶融塩に対しオルトリン酸カリウム(KPO)を含む群より選ばれる添加物を添加して、溶融塩の寿命を長く保つ方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特公昭46−38514号公報
【特許文献2】特開2013−67554号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1に記載のピロリン酸カリウム、及び特許文献2に記載のオルトリン酸カリウムの溶融塩への添加は、溶融塩中のNaイオン濃度低減やCS値の回復の効果があることが知られている。一方で、これらの添加物は、添加後に溶融塩中に余剰量が一部残存し、ガラスに付着する。それが洗浄工程などにおいて水と接触した際、溶解して強アルカリ性溶液(pH>10)となることが特許文献2にも記載されている。これにより、ガラスの表面粗さを悪化させる虞がある。
【0012】
表面粗さは高い形状精度が求められる製品では特に問題となる。また、このオルトリン酸カリウム又はピロリン酸カリウムを含む添加剤(以下、ナトリウム沈殿剤という。)の添加を繰り返す度に、溶融塩中のリン元素質量換算によるナトリウム沈殿剤の濃度(以下、リン濃度という。)は増すため、ガラスの表面粗さへの影響も大きくなっていく。
【0013】
しかしながら、現時点で溶融塩中の添加物由来のリン濃度を低減する方法は知られておらず、リン濃度が上がった場合には、従来通り溶融塩の一部又はすべてを新しい溶融塩に交換するしかない。これでは依然として化学強化処理の効率は下がったままである。
【0014】
そこで本発明では、劣化した溶融塩中のNaイオン濃度を低減させるためにナトリウム沈殿剤を添加した後に、溶融塩のリン濃度を低減し溶融塩を再生する方法を提供することを目的とする。また、当該再生方法により再生された溶融塩を用いた強化ガラスの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、劣化した溶融塩にナトリウム沈殿剤を添加した後に、少なくとも1種の第2族元素硝酸塩化合物を含む添加材(以下、リン沈殿剤という。)をさらに添加することにより、溶融塩中のリン濃度を抑えつつNaイオン濃度を所望の低い値まで回復できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
すなわち、本発明は以下の通りである。
<1> 硝酸カリウムを含有する溶融塩を用いてガラスを化学強化することによって溶融塩中に溶出したナトリウムを除去する溶融塩の再生方法であって、
オルトリン酸カリウム又はピロリン酸カリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種のナトリウム沈殿剤を溶融塩に添加するナトリウム沈殿工程と、
少なくとも1種の第2族元素硝酸塩化合物を含むリン沈殿剤を溶融塩に添加するリン沈殿工程と、
を有することを特徴とする溶融塩の再生方法。
<2> 前記ナトリウム沈殿工程の後にリン沈殿工程を行う上記<1>に記載の溶融塩の再生方法。
<3> 前記リン沈殿工程の前に、ナトリウム沈殿工程によって沈殿したリン酸塩を溶融塩から除去する工程を有する上記<2>に記載の溶融塩の再生方法。
<4> 前記ナトリウム沈殿工程とリン沈殿工程を同時に行う上記<1>に記載の溶融塩の再生方法。
<5> 前記リン沈殿剤が、硝酸マグネシウムを含む上記<1>〜<4>に記載の溶融塩の再生方法。
<6> 前記リン沈殿剤を添加する前のリン濃度をX(質量ppm)、リン沈殿剤添加量をY(mol)、前記溶融塩の質量をZ(g)とするとき、これらが関係式Y≧Z(X−500)/(31×10)を満足する上記<1>〜<5>に記載の溶融塩の再生方法。
<7> 関係式Y≦ZX/(31×10)を満足する上記<6>に記載の溶融塩の再生方法。
<8> 前記リン沈殿工程における溶融塩の温度が330〜500℃である上記<1>〜<7>に記載の溶融の再生方法。
<9> 上記<1>〜<8>のいずれか1に記載の方法で再生した溶融塩を用いてガラスを化学強化する工程を含む、強化ガラスの製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る溶融塩の再生方法では、Naイオン濃度を低減するためのナトリウム沈殿剤添加を行った後に、リン濃度が高くなった溶融塩に対して、リン沈殿剤を添加することにより、低いNaイオン濃度を保ったままリン濃度を低減することが可能である。これにより、ガラスの表面品質が向上するとともに、劣化した溶融塩から新しい溶融塩への交換処理の頻度を下げることが可能である。また、溶融塩の寿命が延長されることから、低コスト化や処理効率の向上につながる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、ナトリウム沈殿剤としてのオルトリン酸カリウムの添加後に沈殿物を除去し、さらにリン沈殿剤としての硝酸マグネシウムを添加したときの、硝酸マグネシウムの添加量(mol)と沈殿したリンのモル質量(mol)との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0020】
本発明の再生方法は、例えば化学強化処理を含む以下の工程において適用することができる。なお、本発明はこれらに限定されない。
【0021】
工程1:溶融塩の調製
工程2:ガラスの化学強化処理
工程3:溶融塩劣化の判断
工程4(ナトリウム沈殿工程):溶融塩へのオルトリン酸カリウムの添加
工程5:沈殿したナトリウムカリウムリン酸塩の分離及び除去
工程6(リン沈殿工程):溶融塩への硝酸マグネシウムの添加
工程7:前記工程2〜6の繰り返し
(工程1)
工程1では、Kを含む無機塩を容器に投入し、塩の融点以上の温度に加熱して溶融することで、溶融塩を調製する。前記無機塩は、化学強化を行うガラスの歪点(通常500〜600℃)以下で溶融状態となるものが好ましく、本発明においては硝酸カリウム(融点330℃)を主成分として含有する。硝酸カリウムが主成分であれば、ガラスの歪点以下で溶融状態となり、かつ化学強化処理を施すときの一般的な温度領域において取り扱いが容易な点から、好ましい。ここで主成分とは質量比で50%以上含有していることを意味する。
【0022】
前記溶融塩としては硝酸カリウム以外に他の無機塩を含んでいてもよい。例えば、硫酸カリウム等のアルカリ硫酸塩や、塩化カリウム等のアルカリ塩化物、炭酸カリウム等のアルカリ炭酸塩といったアルカリ金属を含有する無機塩が挙げられる。中でも、硝酸カリウムと炭酸カリウムの混合溶融塩はコスト削減(例えば再生頻度の低下)の観点から好ましい。この場合、炭酸カリウムの添加量は硝酸カリウムに対して0.01質量%〜30質量%が好ましく、0.01質量%〜13質量%がより好ましい。炭酸カリウムの添加量の上限を30質量%とする。添加量がこの上限以下であれば溶融塩中に固相で存在する炭酸カリウムが少ないため取り扱いが容易であり、また、イオン交換処理中に温度ムラが発生しにくいので、ガラス全体を均一にイオン交換できることから好ましい。
【0023】
硝酸カリウムは融点が330℃、沸点が500℃なので、前記溶融塩の温度はその範囲内に保たれることが好ましい。特に溶融温度を350〜470℃とすることが、ガラスに付与できるCS値と圧縮応力層深さ(Depth of Layer;DOL、以下DOLともいう。)値のバランスおよび強化時間の点からより好ましい。
前記無機塩を溶融する容器には、金属、石英、セラミックスなどを用いることができる。中でも、耐久性の観点から金属材質が好ましく、耐食性の観点からはステンレススチール(SUS)材質がより好ましい。
【0024】
(工程2)
工程2では、ガラスを予熱すると同時に、前記工程1で調製した溶融塩を所定の温度に調整する。次いで予熱したガラスを溶融塩中に所定の時間浸漬したのち、ガラスを溶融塩中から引き上げ、放冷する。ガラスの組成等については後述する。なお、ガラスには、化学強化処理の前に、用途に応じた形状加工、例えば、切断、端面加工および穴あけ加工などの機械的加工を行ってもよい。
【0025】
ガラスの予熱温度は、ガラスを浸漬する溶融塩の温度に依存するが、一般に100℃以上であることが好ましい。
【0026】
化学強化温度は、被強化ガラスの歪点(通常500〜600℃)以下が好ましく、より大きなDOL値を得るためには特に350℃以上が好ましい。
【0027】
ガラスの溶融塩への浸漬時間が10分未満では、小さなDOL値しか得られず、ガラスの破壊につながる深い傷、すなわちDOL値を超える深さの傷が入りやすい。また、浸漬時間が12時間を超えると、DOL値が大きくなりすぎるため内部引張応力(Central Tension;以下CTともいう。)も大きくなり、破壊時の衝撃が大きくなる。CT値が大きいとガラスが破壊する際に細片となって粉々に飛散する傾向がある。したがって、浸漬時間は10分〜12時間が好ましく、30分〜10時間がさらに好ましい。かかる範囲にあれば、強度とDOL値のバランスに優れた化学強化ガラスを得ることができる。
【0028】
(工程3)
工程2を繰り返し行うと、溶融塩中にガラスからNaイオンが溶出してくるために、ガラス処理面積が増えるにつれて溶融塩のイオン交換能力が低下し、所望のCS値が得られなくなる。そこで工程3では、溶融塩中のNaイオン濃度、又は化学強化後のガラスのCS値を測定することによって溶融塩の劣化状態を調べ、溶融塩の継続した使用が可能であるか、又は、次工程4においてNaイオン濃度を低減する処理が必要かどうかを判断する。
本発明では、新しい溶融塩で得られるCS値を100%とした場合、95%以上のCS値を所望のCS値と定義し、これを下回った場合に次の工程4により溶融塩のNaイオン濃度を低減する処理を行う。
【0029】
(工程4)
工程4(以下、ナトリウム沈殿工程ともいう。)では、イオン交換能力が低下した溶融塩中にナトリウム沈殿剤を添加し、温度を一定に保つよう調整し静置する。全体を均一にするため又は反応を促進するために、添加後の溶融塩を撹拌翼などにより混合してもよい。かかる操作により、溶融塩中のNaイオンが、添加したナトリウム沈殿剤のKイオンとイオン交換され、ナトリウム塩として析出し、沈殿する。そのために溶融塩中のNaイオン濃度が低下し、Kイオン濃度が増加する。これにより、所望のCS値を得る溶融塩が得られる。
ナトリウム沈殿剤としては、例えば、オルトリン酸カリウム、ピロリン酸カリウムからなる群より選ばれる少なくとも一種類との組み合わせ等が挙げられる。ナトリウム沈殿剤は、水和物であっても脱水処理を行ったものでもよい。
【0030】
所望のCS値を得るためのナトリウム沈殿剤の最適な添加量は溶融塩のNaイオン濃度やナトリウム沈殿剤の構成、添加物によって異なる。ナトリウム沈殿剤がオルトリン酸カリウムである場合、その添加量の下限は、溶融塩中のNaイオン濃度に対して1.0倍モル質量以上(100mol%以上)が好ましく、1.5倍モル質量以上がより好ましく、3.0倍モル質量以上がさらに好ましい。ナトリウム沈殿剤がピロリン酸カリウムである場合、その添加量の下限は、溶融塩中のNaイオン濃度に対して0.75倍モル質量以上(75mol%以上)が好ましく、1.13倍モル質量以上がより好ましく、2.25倍モル質量以上がさらに好ましい。該下限以上であれば所望のCS値が得られる。なお溶融塩中のNaイオン濃度は原子吸光分析装置等により測定することができる。
【0031】
一方、ナトリウム沈殿剤の添加量の上限は、硝酸カリウムに対して10質量%以下にすることが好ましい。ナトリウム沈殿剤は融点が高く(>1000℃)、化学強化に使用する温度領域(500℃以下)では硝酸カリウムに溶解する量はごくわずかである。そのため、ナトリウム沈殿剤の添加量が過剰であると、容器の底に沈殿物として堆積し、溶融塩を取り扱いにくくなる虞がある。特に硝酸カリウムに対して10質量%より多く添加すると、ナトリウム沈殿剤の固相の割合が20質量%以上となり、化学強化に使用可能な液相容積が大幅に低下するだけでなく、溶融塩中のナトリウム沈殿剤自体が沈殿してガラスに接触し、ガラス表面の腐食を誘引する虞がある。また、特許文献2にも記載の通り、余剰のナトリウム沈殿剤がガラスに付着したまま洗浄工程に移った場合、前述のようにナトリウム沈殿剤が水に溶解して強アルカリ性溶液(pH>10)となるために、ガラスの表面粗さを悪化させる虞がある。
【0032】
劣化した溶融塩に対し、ナトリウム沈殿剤以外に他の無機塩を添加してもよい。例えば炭酸カリウム、硫酸カリウム等が挙げられる。これにより、ナトリウム沈殿剤添加の効果と同様に溶融塩中のNaイオン濃度を下げることができる。なお、他の無機塩の添加量は、硝酸カリウムに対して30質量%以下が好ましい。また添加の順序は特に限定されない。
【0033】
ナトリウム沈殿剤添加後は、全体を均一にするため又は反応を促進するために、溶融塩の攪拌を行うことが好ましい。撹拌の際、溶融塩の温度は硝酸カリウムの融点以上、すなわち330℃以上が好ましく、350℃〜500℃がより好ましい。攪拌時間は1分〜10時間が好ましく、10分〜2時間がより好ましい。
【0034】
なお、工程4を終えた後のNaイオン濃度が低いほど、一般に溶融塩の使用寿命も延長することができる。
溶融塩の寿命は、初期状態の溶融塩を用いた化学強化処理により得られるCS値を100%とした際にCS値が10%低下したときの溶融塩中のNaイオン濃度を指標に評価することができる。
実際に溶融塩寿命の評価を行う際には、例えば、連続使用によって溶融塩中のNaイオン濃度が高くなった状態を疑似的に作るために、硝酸ナトリウムなどのNa源を意図的に所定量添加する。Na源の添加量と、化学強化処理後に得られるガラスのCS値との関係式を導き、例えば直線近似により、CS値が初期状態から10%低下したときのNa添加量を算出し、溶融塩寿命の指標とすることができる。
【0035】
(工程5)
工程5では、ナトリウム沈殿剤を添加することにより析出し沈殿したナトリウム塩を含む沈殿物を、溶融塩から分離したのち、除去する。
該沈殿物を除去する方法としては、例えばフィルタによる濾過や沈殿物の汲み取りなどが考えられるが、特に限定されない。
【0036】
工程5の実施は必須ではない。しかしながら、後述の工程6でリン沈殿剤を添加する際、工程5を経ない場合、沈殿物として存在するナトリウム塩の一部が再溶解する虞がある。すなわち、Naイオン濃度が再度上昇し、リン濃度も低下しにくくなるため、好ましくない。また、工程2〜6を繰り返すことで沈殿物量は増加し堆積していくため、沈殿物がガラスに接触し、ガラスの腐食を誘引する虞がある。したがって、工程5を経ることが好ましい。
【0037】
(工程6)
工程6(以下、リン沈殿工程ともいう。)では、リン濃度が上昇した溶融塩中に少なくとも1種の第2族元素硝酸塩化合物を含むリン沈殿剤を添加し、温度を一定に保つよう調整し静置する。全体を均一にするため又は反応を促進するために、添加後の溶融塩を撹拌翼などにより混合してもよい。かかる操作により、溶融塩中のオルトリン酸イオンまたはピロリン酸イオンが、添加した硝酸塩の硝酸イオンとイオン交換され、溶融塩への溶解度積の小さな塩として析出し、沈殿する。そのために溶融塩中のリン濃度が低下する。これにより、所望のCS値を得ることができる上にガラスの表面粗さを悪化させない溶融塩として、再び化学強化処理(工程2)に供することができる。
【0038】
溶融塩中のリン濃度は500質量ppm以下が好ましく、200質量ppm以下がより好ましく、100質量ppm以下がさらに好ましい。リン濃度が500質量ppmを超えると、ガラスの機械的強度が顕著に低下する。
なお、溶融塩中のリン濃度は誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma;ICP)発光分析法等により測定することができる。
【0039】
所望のリン濃度を得るためのリン沈殿剤の最適な添加量は溶融塩のリン濃度や添加物によって異なるが、C(質量ppm)以下のリン濃度を得るためのリン沈殿剤の添加量の下限は、下記の(式1)で表される。[式中、Yはリン沈殿剤の添加量(mol)、Zは溶融塩の全体量(g)、Xはリン沈殿剤添加前のリン濃度(質量ppm)である。]
Y=Z(X−C)/(31×10)(式1)
前記下限以上であればリン濃度を所望の値である500質量ppm以下に調整することができる。
【0040】
一方、リン沈殿剤の添加量の上限は、下記の(式2)で表される。
Y=ZX/(31×10)(式2)
前記上限以下であればリン濃度を所望の値以下に保ちながら余剰のリン沈殿剤の濃度を抑えることができる。
【0041】
少なくとも1種の第2族元素硝酸塩化合物であるリン沈殿剤としては、例えば、硝酸ベリリウム、硝酸カルシウム、硝酸ストロンチウム、硝酸バリウム、硝酸ラジウム等が挙げられる。また、添加の順序は特に限定されない。
【0042】
リン沈殿剤添加後は、全体を均一にするため又は反応を促進するために、溶融塩の攪拌を行うことが好ましい。撹拌の際、溶融塩の温度の下限としては、硝酸カリウムの融点以上、すなわち330℃以上が好ましく、350℃以上がより好ましい。また、溶融塩の温度の上限としては、硝酸カリウムの沸点以下、すなわち500℃以下が好ましく、470℃以下がより好ましく、沈殿物の溶解度が高まらない400℃以下がさらに好ましく、380℃以下が特に好ましい。溶融塩の攪拌時間は1分〜10時間が好ましく、10分〜2時間がより好ましい。
【0043】
(工程7)
工程7では上記工程2〜6を繰り返し行う。イオン交換処理により劣化した溶融塩は、工程4を経ることによって、Naイオン濃度が所望の値以下まで低減され、工程6を経ることによって、所望のリン濃度に調整される。
【0044】
<ガラス>
本発明で使用されるガラスはナトリウムを含んでいればよく、成形、化学強化処理による強化が可能な組成を有するものである限り、種々の組成のものを使用することができる。具体的には、例えば、ソーダライムガラス、アルミノシリケートガラス、ホウ珪酸ガラス、鉛ガラス、アルカリバリウムガラス等が挙げられる。
【0045】
ガラスの製造方法は特に限定されない。所望のガラス原料を連続溶融炉に投入し、ガラス原料を好ましくは1500〜1600℃で加熱溶融し、清澄した後、成形装置に供給した上で溶融ガラスを板状に成形し、徐冷することにより製造することができる。
【0046】
なお、ガラスの成形には種々の方法を採用することができる。例えば、ダウンドロー法(例えば、オーバーフローダウンドロー法、スロットダウン法およびリドロー法等)、フロート法、ロールアウト法およびプレス法等の様々な成形方法を採用することができる。
【0047】
ガラスの厚みは、特に制限されるものではないが、化学強化処理を効果的に行うために、通常5mm以下であることが好ましく、3mm以下であることがより好ましい。
【0048】
本発明の化学強化用ガラスの組成としては特に限定されないが、例えば、以下のガラスの組成が挙げられる。
(i)mol%で表示した組成で、SiOを50〜80%、Alを2〜25%、LiOを0〜10%、NaOを0〜18%、KOを0〜10%、MgOを0〜15%、CaOを0〜5%およびZrOを0〜5%を含むガラス
(ii)mol%で表示した組成が、SiOを50〜74%、Alを1〜10%、NaOを6〜14%、KOを3〜11%、MgOを2〜15%、CaOを0〜6%およびZrOを0〜5%含有し、SiOおよびAlの含有量の合計が75%以下、NaOおよびKOの含有量の合計が12〜25%、MgOおよびCaOの含有量の合計が7〜15%であるガラス
(iii)mol%で表示した組成が、SiOを68〜80%、Alを4〜10%、NaOを5〜15%、KOを0〜1%、MgOを4〜15%およびZrOを0〜1%含有するガラス
(iv)mol%で表示した組成が、SiOを67〜75%、Alを0〜4%、NaOを7〜15%、KOを1〜9%、MgOを6〜14%およびZrOを0〜1.5%含有し、SiOおよびAlの含有量の合計が71〜75%、NaOおよびKOの含有量の合計が12〜20%であり、CaOを含有する場合その含有量が1%未満であるガラス。
【0049】
ガラスは、必要に応じて化学強化処理前に研磨してもよい。研磨方法としては、例えば研磨スラリーを供給しながら研磨パッドで研磨する方法が挙げられ、研磨スラリーには、研磨材と水を含む研磨スラリーが使用できる。研磨材としては、酸化セリウム(セリア)又は酸化ケイ素(シリカ)が好ましい。
【0050】
ガラスを研磨した場合、研磨後のガラスを洗浄液により洗浄する。洗浄液としては、中性洗剤および水が好ましく、中性洗剤で洗浄した後に水で洗浄することがより好ましい。中性洗剤としては市販されているものを用いることができる。
【0051】
前記洗浄工程により洗浄したガラス基板を、洗浄液により最終洗浄する。洗浄液としては、例えば、水、エタノールおよびイソプロパノールなどが挙げられる。中でも水が好ましい。
【0052】
前記最終洗浄ののち、ガラスを乾燥させる。乾燥条件は、洗浄工程で用いた洗浄液、およびガラスの特性等を考慮して最適な条件を選択すればよい。
【実施例】
【0053】
以下に本発明の実施例について具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0054】
[実施例1〜3:劣化した溶融塩への硝酸マグネシウム添加]
(試験例1:疑似的な劣化した溶融塩の調製)
SUS製のカップに硝酸カリウム395.7gを加え、マントルヒーターで430℃まで加熱して溶融塩を調製した。この溶融塩に対して、ガラス強化処理後の劣化した溶融塩の状態(Naイオン濃度:3000質量ppm)を疑似的に作るため、硝酸ナトリウム4.4gを意図的に加えた。
【0055】
(試験例2:ナトリウム沈殿工程)
試験例1において疑似的に作った劣化状態の溶融塩に対して、ナトリウム沈殿剤としてオルトリン酸カリウム三水和物(KPO・3HO)を16g(KPO 3.0質量%)添加した。そして撹拌モーターと4枚プロペラ翼を用いて2時間撹拌し、2時間静置した。
当該処理後の溶融塩のNaイオン濃度を原子吸光光度計(日立ハイテク製 Z−2310)により測定した。また、前記溶融塩のリン濃度をICP発光分析装置(日立ハイテク製 SPS5520)により測定した。
【0056】
(実施例1:リン沈殿工程)
試験例2においてNaイオン濃度が低下した溶融塩に対して、リン沈殿剤として硝酸マグネシウムを0.80g(Mg(NO 0.20質量%)添加した。そして撹拌モーターと4枚プロペラ翼を用いて2時間撹拌し、2時間静置した。
当該処理後の溶融塩のNaイオン濃度、リン濃度をそれぞれ測定した。結果を表1に示す。
【0057】
(実施例2:リン沈殿工程)
実施例1における硝酸マグネシウムの添加量を1.60g(Mg(NO 0.41質量%)に変えた以外は、実施例1と同様の手順で処理を行った。当該処理後の溶融塩のNaイオン濃度、リン濃度をそれぞれ測定した。結果を表1に示す。
【0058】
(実施例3:リン沈殿工程)
実施例1における硝酸マグネシウムの添加量を2.40g(Mg(NO 0.61質量%)に変えた以外は、実施例1と同様の手順で処理を行った。当該処理後の溶融塩のNaイオン濃度、リン濃度をそれぞれ測定した。結果を表1に示す。
【0059】
【表1】
【0060】
上記結果より、劣化した溶融塩にオルトリン酸カリウムを添加した状態(試験例2)に対し、硝酸マグネシウムを添加することでリン濃度は減少した。特に実施例3では硝酸マグネシウムを溶融塩中のオルトリン酸イオンの1.0倍モル質量以上添加することで、リン濃度は初期状態(試験例2)から47質量%減少した。これより本発明の方法によれば、溶融塩のオルトリン酸イオンが沈殿し、リン濃度が低下することが分かる。
【0061】
しかし、実施例1〜3では、オルトリン酸イオンをすべて除去することが可能だと考えられたが、実際には50質量%以上残存した。ナトリウム沈殿工程では、カリウム塩として添加したオルトリン酸カリウムが溶融塩に溶解し、オルトリン酸イオンが溶融塩中のナトリウムイオンを引きつけて飽和溶解度が下がるため、ナトリウム塩として沈殿すると考えられる。Naイオン濃度及びリン濃度が再度上昇したのは、溶融塩に過剰に存在するオルトリン酸イオンは硝酸マグネシウムを加えることでリン酸マグネシウムとして沈殿する一方で、ナトリウム沈殿工程で沈殿した前記ナトリウム塩からオルトリン酸イオン、Naイオンが再溶解したためと考えられる。
【0062】
そこで、リン沈殿工程の前に、ナトリウム沈殿工程によって沈殿したナトリウム塩を溶融塩から除去する工程を実施した。
【0063】
[実施例4〜6:ナトリウム沈殿物の除去と劣化した溶融塩への硝酸マグネシウム添加]
(実施例4:ナトリウム沈殿物除去後、オルトリン酸塩を沈殿させた溶融塩の調製)
試験例2において劣化状態からNaイオン濃度を低減した溶融塩から、Na沈殿物を除去した該溶融塩に対し、硝酸マグネシウムを0.80g(Mg(NO 0.23質量%)添加した。そして撹拌モーターと4枚プロペラ翼を用いて2時間撹拌し、2時間静置した。
当該処理後の溶融塩のNaイオン濃度、リン濃度をそれぞれ測定した。結果を表2に示す。
【0064】
(実施例5:ナトリウム沈殿物除去後、オルトリン酸塩を沈殿させた溶融塩の調製)
実施例4における硝酸マグネシウムの添加量を1.60g(Mg(NO 0.45質量%)に変えた以外は、実施例4と同様の手順で処理を行った。当該処理後の溶融塩のNaイオン濃度、リン濃度をそれぞれ測定した。結果を表2に示す。
【0065】
(実施例6:ナトリウム沈殿物除去後、オルトリン酸塩を沈殿させた溶融塩の調製)
実施例4における硝酸マグネシウムの添加量を2.40g(Mg(NO 0.68質量%)に変えた以外は、実施例4と同様の手順で処理を行った。当該処理後の溶融塩のNaイオン濃度、リン濃度をそれぞれ測定した。結果を表2に示す。
【0066】
【表2】
【0067】
上記結果より、沈殿物を溶融塩から分離したのち除去する工程を経ることで、経なかった例(実施例1〜3)と比較して、Naイオン濃度及びリン濃度の再度の上昇を抑制できた。硝酸マグネシウムを溶融塩中のオルトリン酸イオンの1.0倍モル質量以上添加した状態(実施例5,6)では、リン濃度は初期状態(試験例2)から大きく低下しており、特に実施例6ではリン濃度を0質量ppmにすることができた。これより本発明の方法によれば、溶融塩のオルトリン酸イオンが沈殿し、リン濃度が顕著に低下することが分かる。
【0068】
また、実施例5においてはNaイオン濃度、リン濃度およびMgイオン濃度のいずれも低い値を示した。これより本発明によれば、劣化した溶融塩を新しい溶融塩に近い組成まで再生できることが分かる。
【0069】
(硝酸マグネシウム添加量とリン沈殿量の関係)
実施例4〜6での3種の硝酸マグネシウム添加量条件に加え、種々の添加量条件を選び、それ以外は実施例4と同様の手順で処理を行った。当該処理後の各溶融塩のリン濃度を測定した。これにより得られた硝酸マグネシウムの添加量(mol)と沈殿したリンのモル質量(mol)との関係を図1に示す。
図1より、硝酸マグネシウムの添加量の大小に依らず、溶融塩中のリンは硝酸マグネシウム添加量に対しほぼ1モル当量だけ沈殿させられることが分かる。この関係は溶融塩中のリンが完全に沈殿させられるまで成立する。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明のガラス強化用溶融塩の再生方法及び強化ガラスの製造方法は、ガラスを化学強化するために用いる溶融塩が使用により劣化した際に広く使用できる。
図1