(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6149747
(24)【登録日】2017年6月2日
(45)【発行日】2017年6月21日
(54)【発明の名称】金属塩中の有機リン化合物の定量方法
(51)【国際特許分類】
G01N 24/08 20060101AFI20170612BHJP
G01N 5/02 20060101ALI20170612BHJP
【FI】
G01N24/08 510P
G01N5/02 A
【請求項の数】5
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-18536(P2014-18536)
(22)【出願日】2014年2月3日
(65)【公開番号】特開2015-145821(P2015-145821A)
(43)【公開日】2015年8月13日
【審査請求日】2016年4月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100090136
【弁理士】
【氏名又は名称】油井 透
(74)【代理人】
【識別番号】100105256
【弁理士】
【氏名又は名称】清野 仁
(72)【発明者】
【氏名】冨士田 公彦
【審査官】
立澤 正樹
(56)【参考文献】
【文献】
特開2011−57784(JP,A)
【文献】
特開2004−317141(JP,A)
【文献】
特開平3−107765(JP,A)
【文献】
特開2015−145820(JP,A)
【文献】
米国特許第5240681(US,A)
【文献】
米国特許第5252486(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 24/08
G01N 5/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機リン化合物を含む金属塩を水に溶解させる水溶液化工程と、
得られた水溶液に酸を添加して、前記水溶液の水素イオン濃度指数pHを1.0以下に調整する調整工程と、
前記酸を添加した水溶液に有機溶媒を添加して、前記有機リン化合物を前記有機溶媒で抽出する抽出工程と、
前記水溶液と相分離した前記有機溶媒を回収する分離回収工程と、
回収した前記有機溶媒をフーリエ変換核磁気共鳴分光分析装置で測定することにより前記有機リン化合物を定量する測定工程と、を有することを特徴とする有機リン化合物の定量方法。
【請求項2】
前記金属塩の塩基が、Li、Co、Fe、Ni、Zn、Ag、Cu、Ca、Mg、Na、K、Al、Pb、またはMnであることを特徴とする請求項1に記載の有機リン化合物の定量方法。
【請求項3】
前記金属塩が硫酸ニッケルまたは硫酸コバルトであることを特徴とする請求項1または2に記載の有機リン化合物の定量方法。
【請求項4】
前記有機リン化合物は、前記金属塩の精製工程で使用した有機リン酸系抽出剤であることを特徴とする請求項3に記載の有機リン化合物の定量方法。
【請求項5】
前記有機溶媒は、軽水素、重水素、または軽水素と重水素とで構成される有機溶媒であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の有機リン化合物の定量方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属塩に含まれる有機リン化合物の定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニッケルの工業的用途として、次のものが知られている。例えば、一般電解めっきのほか、コンピュータのハードディスク用ニッケル無電解めっきなどに硫酸ニッケルが広く用いられており、さらに最近では、二次電池用ニッケルの原料として硫酸ニッケルが多用されるようになってきている。
【0003】
硫酸ニッケルを工業的に製造する一般的な方法として、原料を酸溶液に溶解後、不純物を除去する工程を経て、硫酸ニッケル溶液から蒸発晶析などにより硫酸ニッケル結晶を得る方法がある。この不純物を除去する工程では、溶媒抽出法が用いられ、その抽出剤として例えば有機リン酸系の酸性抽出剤、すなわち酸性ホスホン酸エステルや酸性ホスフィン酸エステルなどが使用される。
【0004】
特許文献1には、アルキルホスホン酸モノアルキルエステルを抽出剤に使用して、コバルトとニッケルを含む水溶液からコバルトを分離する方法が示されている。
【0005】
特許文献2には、商品名PC−88A(大八化学株式会社製)を抽出剤に用いた溶媒抽出によってコバルトを抽出し、ニッケルとコバルトとを分離することで硫酸ニッケルを精製する方法が示されている。
【0006】
硫酸ニッケルの原料から不純物を除去する溶媒抽出工程において、有機層と水層は重力により相分離されるが、相分離性が悪い場合、水層中へ抽出剤が混入する恐れがある。例えば、特許文献2の最終製品である硫酸ニッケルに抽出剤が混入した場合、硫酸ニッケルを原料として使用する製品の製造工程の下流において、抽出剤が何らかの悪影響を及ぼす。
【0007】
従来、硫酸ニッケルを原料として使用する製品の製造工程では、全有機炭素計(TOC計)を用いた有機体炭素の定量によって抽出剤の混入を評価していた。TOC計は、水中に存在する有機物の総量を測定するものであり、水中に溶出または混入していない有機物は検出できない。そのため、抽出剤である有機リン化合物の硫酸ニッケルへの混入を評価するには、硫酸ニッケルの水溶液を作成する必要がある。しかし、有機リン化合物は疎水性が強いため、硫酸ニッケルの水溶液を作成した場合は、有機リン化合物は水溶液の水面に浮遊してしまう。したがって、この場合は、水溶液の水面に浮遊した有機リン化合物を上手く採取することができず、その定量が上手くできない可能性があった。
【0008】
TOC計を用いて硫酸ニッケルへの有機リン化合物の混入を評価するために、硫酸ニッケルを溶解した水溶液から測定試料を採取している様子を「
図1」に示す。具体的には、
図1は、ビーカー等の容器10に入った硫酸ニッケルの水溶液13の水面下まで試料採取用シリンジ11の試料採取口12が挿入され、かつ、硫酸ニッケルに含まれていた有機リン化合物14が水溶液13の水面に浮遊している状態を示している。
図1に示すように、TOC計の測定試料採取器具を用いて水溶液13を吸引する場合は、水溶液13がその水面下から吸引されるため、その水面に浮遊する有機リン化合物14は殆ど採取されない。その結果、有機リン化合物14はTOC計内に殆ど導入されず、その定量は極めて困難である。すなわち、有機リン化合物は疎水性であるから、水溶液しか測定できないTOC計は、硫酸ニッケルへの有機リン化合物の混入を評価する装置として不適当である。
【0009】
TOC計による有機リン化合物の定量分析精度を確認するため、
図1に示す測定試料採取器具とTOC計を用いて、市販の硫酸ニッケルに含まれる有機体炭素(有機リン化合物)を定量した。具体的には、製品ロットが互いに異なる8個の硫酸ニッケル試料を入手し、試料の製品ロット毎に硫酸ニッケル水溶液を作成した。そして、
図1に示す測定試料採取器具を用いて、作成した硫酸ニッケル水溶液を製品ロット毎に採取して、TOC計で水溶液中の有機体炭素(有機リン化合物)濃度を測定した。その測定結果を「表1」に示す。次いで、TOC計での測定に使用しなかった残りの硫酸ニッケル試料を用いて、その製品ロット毎に公知の手法でアルミニウム基板に無電解めっきを行い、めっき処理後のアルミニウム基板の表面を電子顕微鏡で観察した。アルミニウム基板表面の電子顕微鏡写真に基づいて、硫酸ニッケルの製品ロット毎にめっき不良(製品異常)が生じたか否かを判断した。その判断結果を「表1」に併せて示す。
【0010】
【表1】
【0011】
表1に示すように、TOC計による有機体炭素濃度の測定値と製品異常の有無との間には、明確な相関は見出せない。また、表1に示す結果は硫酸ニッケルについてのものであるが、TOC計の特性を考慮すれば、硫酸ニッケル以外の金属塩についても表1に示す結果と同様の結果しか得られないことは明らかである。つまり、金属塩に含まれる有機リン化合物に関するTOC計による有機体炭素濃度の測定値は信用できず、TOC計は金属塩に極微量含まれる抽出剤由来の有機リン化合物の定量には用いることができないと言える。このように、金属塩に極微量含まれる有機リン化合物の定量方法は確立されておらず、新たに開発する必要があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開昭60−231420号公報
【特許文献2】特開平10−310437号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
この発明は、金属塩に極微量含まれる有機リン化合物の定量方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するため、本発明に係る第1の手段は、有機リン化合物を含む金属塩を水に溶解させる水溶液化工程と、得られた水溶液に酸を添加して、前記水溶液の水素イオン濃度指数pHを1.0以下に調整する調整工程と、前記酸を添加した水溶液に有機溶媒を添加して、前記有機リン化合物を前記有機溶媒で抽出する抽出工程と、前記水溶液と相分離した前記有機溶媒を回収する分離回収工程と、回収した前記有機溶媒をフーリエ変換核磁気共鳴分光分析装置で測定することにより前記有機リン化合物を定量する測定工程と、を有することを特徴とする有機リン化合物の定量方法である。
【0015】
本発明に係る第2の手段は、第1の手段において、前記金属塩の塩基が、Li、Co、Fe、Ni、Zn、Ag、Cu、Ca、Mg、Na、K、Al、Pb、またはMnであることを特徴とするものである。
【0016】
本発明に係る第3の手段は、第1または2の手段において、前記金属塩が硫酸ニッケルまたは硫酸コバルトであることを特徴とするものである。
【0017】
本発明に係る第4の手段は、第3の手段において、前記有機リン化合物は、前記金属塩の精製工程で使用した有機リン酸系抽出剤であることを特徴とするものである。
【0018】
本発明に係る第5の手段は、第1〜第4のいずれかの手段において、前記有機溶媒は、軽水素、重水素、または軽水素と重水素とで構成される有機溶媒であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明は、不純物として有機リン化合物を含む金属塩を水溶液化し、この水溶液のpHを1.0以下に調整した後に、疎水性の有機リン化合物を有機溶媒で液液抽出するため、金属塩中の極めて微量(ppmオーダー)の有機リン化合物でも確実に抽出することができる。また、本発明によれば、金属塩の主成分である金属イオンは有機層に分配されないことから、測定対象である有機リン化合物のみを簡便な手段で漏れなく分離回収することができる。さらに、分離回収した有機溶媒をそのままフーリエ変換核磁気共鳴分光分析装置(FT−NMR装置)で測定できるため、測定結果が短時間で得られるとともに、測定試料の調整が不要となることから、測定試料の減少を回避して信頼性の高い測定データを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】TOC計の測定試料を採取する様子を示す図である。
【
図2】本発明に係る有機リン化合物の定量方法を示す流れ図である。
【
図3】FT−NMR装置による測定結果を示す図である(実施例1)。
【
図4】FT−NMR装置による測定結果を示す図である(実施例2)。
【
図5】FT−NMR装置による測定結果を示す図である(比較例1)。
【
図6】FT−NMR装置による測定結果を示す図である(比較例2)。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0022】
図2は、本発明に係る有機リン化合物の定量方法における各工程を示す流れ図である。本発明に係る有機リン化合物の定量方法は、有機リン化合物を極微量(ppmオーダー)含む金属塩を水に溶解させる水溶液化工程と、得られた水溶液に酸を添加して、この水溶液の水素イオン濃度指数pHを1.0以下に調整する調整工程と、酸を添加した水溶液に有機溶媒を添加して、有機リン化合物を有機溶媒で抽出する抽出工程と、水溶液と相分離した有機溶媒を回収する分離回収工程と、回収した有機溶媒をそのままフーリエ変換核磁気共鳴分光分析装置(FT−NMR装置)で測定することにより有機リン化合物を定量する測定工程と、を有するものである。
【0023】
(水溶液化工程)
まず、水溶液化工程では、有機リン化合物を含む金属塩を純水に溶解させる。金属塩の塩基は、Na、Kなどのアルカリ金属、Be、Mg、Caなどのアルカリ土類金属、または繊維金属などである。特に、塩基がLi、Co、Fe、Ni、Zn、Ag、Cu、Ca、Mg、Na、K、Al、Pb、またはMnである金属塩の精製工程では、金属塩の原料に含まれる不純物を除去するために、有機リン化合物が使用されることがある。そのため、これらの金属塩には、微量の有機リン化合物が混入している可能性がある。
【0024】
金属塩は、水に易溶であるもの、すなわち通常の撹拌操作だけで水に溶解するものが好ましい。塩基がLi、Co、Fe、Ni、Zn、Ag、Cu、Ca、Mg、Na、K、Al、Pb、またはMnである金属塩は、室温の水に対する溶解度が比較的高いことから特に好ましい。また、金属塩が硫酸ニッケルまたは硫酸コバルトの場合は、濃度が高くなり過ぎない限り、室温の水に硫酸ニッケルを添加して撹拌するだけで、硫酸ニッケルは完全に溶解する。一方、水に難溶性の金属塩の場合は、何らかの分解処理が必要となり、その際に目的成分の有機リン化合物が有機溶媒に抽出されない形態となる可能性がある。
【0025】
金属塩に含まれる有機リン化合物としては、例えば硫酸ニッケルや硫酸コバルトの精製工程で使用される有機リン酸系抽出剤が挙げられる。具体的には、商品名Cyanex 277、D2EHPA、またはPC−88Aなどである。
【0026】
ちなみに、PC−88Aの化合物名は、2−エチルヘキシルホスホン酸モノ−2−エチルヘキシルである。PC−88Aの構造式を以下に示す。
【0028】
(調整工程)
次いで、調整工程では、金属塩の水溶液に酸、特に強酸を添加することにより、抽出工程における水溶液のpHを1.0以下(pH≦1.0)にする。金属塩の塩基がCo、Cu、Ni、またはZnなどの遷移金属である場合は、抽出工程におけるpHが1.0を超えると、金属塩中の有機リン化合物が遷移金属と複雑な有機金属錯体を形成(錯形成)することがある。そして、錯形成が起こると、有機リン化合物の疎水性の度合いがばらつく、すなわち一部の有機リン化合物が親水化するため、有機リン化合物が有機溶媒に十分に抽出されなくなるおそれがある。
【0029】
金属塩の水溶液に添加する強酸としては、臭化水素、塩酸、硝酸、または硫酸が挙げられる。これらの強酸を水溶液のpHが1.0以下になるまで添加することにより、水溶液中の有機リン化合物が塩基である金属と錯形成せずに遊離した状態に変化する。一方で、この水溶液のpHが0.1未満になると、有機リン化合物自体の分解が生じるため、金属塩の水溶液のpHは0.1〜1.0であることが好ましく、さらには0.1〜0.2が好適である。なお、強酸は、水溶液化工程において、金属塩を純水に溶解させる前に、この水溶媒に予め添加しておいてもよい。
【0030】
(抽出工程)
次いで、抽出工程では、pHが調整された水溶液に有機溶剤を添加して、この混合溶液を撹拌または振とうすることにより、水溶液の水面に浮遊する有機リン化合物を有機溶媒中に移行させる。有機リン化合物が有機溶媒に完全に抽出されるように、水溶液と有機溶媒との混合溶液を5〜30分間撹拌または振とうすることが好ましい。そして、混合溶液を撹拌後に静置することにより、水層と有機層とが相分離して、疎水性の有機リン化合物は選択的に有機溶媒に抽出される。
【0031】
抽出工程において水溶液に添加する有機溶媒は、FT−NMR装置における測定溶媒でもあるので、重クロロホルムや重メタノールなどの重溶媒であることが好ましい。しかし、FT−NMR装置の測定対象物質は有機リン化合物であり、リン原子
31Pの電磁遮蔽効果によって有機リン化合物に係る核磁気共鳴スペクトル(以下、「FT−NMRスペクトル」という)の共鳴ピークは、特異的な化学シフト値に現れる。したがって、有機リン化合物をFT−NMR装置で測定する場合は、測定溶媒が重溶媒でなくとも、有機リン化合物の定量は可能である。すなわち、抽出工程において水溶液に添加する有機溶媒は、必ずしも重溶媒である必要はなく、軽水素、重水素、または軽水素と重水素とで構成される有機溶媒であってもよい。
【0032】
(分離回収工程)
次いで、分離回収工程では、抽出工程において完全に相分離した混合溶液の有機層すなわち上層の有機溶媒のみを選択的に回収する。具体的には、分液漏斗などを用いて水溶液化工程から抽出工程を経た、完全に相分離した混合溶液の有機溶媒のみを試験管などのFT−NMR装置の測定器具に移入する。
【0033】
(測定工程)
次いで、測定工程では、試験管などに回収した有機溶媒をそのままFT−NMR装置を用いて測定する。FT−NMRスペクトルの化学シフト値3.8ppm付近に現れる共鳴ピークを観測することにより、金属塩に極微量含まれる有機リン化合物を定量することができる。有機リン化合物の種類によってFT−NMRスペクトルの共鳴ピークの位置は多少変化するが、その位置は化学シフト値3.8ppmから大きく外れることはない。そのため、化学シフト値3.8ppmの付近に現れる共鳴ピークのみを観測すれば必要にして十分である。本発明では、金属塩に含まれる有機リン化合物の全量をFT−NMR装置で測定するので、金属塩における有機リン化合物の含有率がppmオーダーであっても信頼性の高い測定データを得ることができる。
【0034】
したがって、金属塩の精製工程で異常が生じているか否かを確認するには、精製後の金属塩のFT−NMRスペクトルを得て、その化学シフト値3.8ppm付近に共鳴ピークが存在するか否かを確認するだけでよい。その化学シフト値3.8ppm付近に共鳴ピークが確認できる場合は、その金属塩の精製工程において活性炭などの不純物除去フィルタが破過しており、活性炭などの交換や補充が必要である。
【実施例】
【0035】
以下の実施例では、硫酸コバルトの精製工程で使用する有機リン酸系抽出剤である商品名PC−88A由来の有機リン化合物の定量方法を示す。分析対象となる金属塩は、硫酸コバルト結晶である。
【0036】
[実施例1]
PC−88A由来の有機リン化合物を含む金属塩として、市販の硫酸コバルトを使用した。この硫酸コバルト5gを分液漏斗に移入し、ここに純水10mlを添加した後、超音波振とう機を用いて硫酸コバルトを充分に溶解させた。この硫酸コバルト水溶液に塩酸500μLを添加して、硫酸コバルト水溶液のpHを0.2とした。次いで、この硫酸コバルト水溶液に有機溶媒として重クロロホルムを10mL添加して振とうすることにより、PC−88A由来の有機リン化合物を重クロロホルムに抽出させた。振とう終了後、この混合溶液を10分間静置して、水層と有機層(重クロロホルム層)とに完全に相分離させた。次いで、この重クロロホルム層のみをFT−NMR装置用の試料管に移入して回収した。この重クロロホルムが入った試験管をFT−NMR装置(ブルカーバイオスピン社製、AVANCE400型)にセットして、そのFT−NMRスペクトルを得た。FT−NMR装置の観測核は水素核に設定し、その積算回数は5000回とした。
【0037】
得られたFT−NMRスペクトルを「
図3」に示す。
図3の縦軸は検出強度(無次元)を、また横軸は化学シフト(ppm)を表す。
図3において、化学シフト値3.8ppm付近に有機リン化合物に起因する共鳴ピークを明瞭に認識できる。そのため、硫酸コバルトへの有機リン化合物の混入量を
図3から容易に定量できる。
【0038】
実施例1における硫酸コバルト水溶液への塩酸添加量と、塩酸添加後の硫酸コバルト水溶液のpH値と、FT−NMRスペクトルから有機リン化合物の共鳴ピークを判別できるか否かの判断結果と、を「表2」に示す。
【0039】
[実施例2]および[比較例1、2]
実施例1における塩酸添加量500μLを以下の量に変更し、それ以外は実施例1と同様にして、FT−NMRスペクトルを得た。
・実施例2: 塩酸600μL / pH<0.1
・比較例1: 塩酸400μL / pH=2.0
・比較例2: 塩酸 0μL / pH=7.3
【0040】
実施例2で得たFT−NMRスペクトルを
図4に示す。また、比較例1で得たFT−NMRスペクトルを
図5に示す。また、比較例2で得たFT−NMRスペクトルを
図6に示す。さらに、実施例2および比較例1、2における硫酸コバルト水溶液への塩酸添加量と、塩酸添加後の硫酸コバルト水溶液のpH値と、FT−NMRスペクトルから有機リン化合物の共鳴ピークを判別できるか否かの判断結果と、を「表2」に併せて示す。
【0041】
【表2】
【0042】
[比較例3]
実施例1で使用した硫酸コバルトに含まれるPC−88A由来の有機リン化合物をTOC計で定量した。具体的には、この硫酸コバルト5gをビーカーに移入し、ここに純水10mlを添加した後、超音波振とう機を用いて硫酸コバルトを充分に溶解させた。この硫酸コバルト水溶液の表面に浮遊する有機リン化合物を
図1に示す測定試料採取器具を用いて採取しようと試みたところ、大部分の有機リン化合物がビーカー容器10の内壁に付着してしまい、試料採取用シリンジ11で有機リン化合物を上手く採取することができなかった。試料採取用シリンジ11で採取できた硫酸コバルト水溶液について、その有機体炭素濃度をTOC計で測定しても、表1に示す結果と同じ結果になることは自明であるため、TOC計による有機リン化合物の定量を中止した。
【0043】
[考察]
実施例2では、実施例1と同様に有機リン化合物が硫酸コバルト水溶液中のコバルトと錯体を形成せずに重クロロホルムに抽出されたため、有機リン化合物の共鳴ピークを明確に検出できた。一方で、比較例1および2では、有機リン化合物がコバルトと錯体を形成して重クロロホルムに抽出されなかったため、有機リン化合物の共鳴ピークを検出できなかった。
【産業上の利用可能性】
【0044】
有機リン酸系抽出剤を用いた溶媒抽出工程をもつ湿式製錬において、水相への抽出剤の混入を評価する手法として利用することができる。製品となる金属塩のみならず、工程液や中間物を対象とした管理にも適用することができる。
【符号の説明】
【0045】
10 容器
11 試料採取用シリンジ
12 試料採取口
13 水溶液
14 有機リン化合物