特許第6150334号(P6150334)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6150334
(24)【登録日】2017年6月2日
(45)【発行日】2017年6月21日
(54)【発明の名称】炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維
(51)【国際特許分類】
   D01F 9/22 20060101AFI20170612BHJP
   D01F 6/54 20060101ALI20170612BHJP
   C08L 33/18 20060101ALI20170612BHJP
   C08G 61/02 20060101ALI20170612BHJP
   C08L 65/00 20060101ALI20170612BHJP
   D01F 6/18 20060101ALI20170612BHJP
【FI】
   D01F9/22
   D01F6/54 D
   C08L33/18
   C08G61/02
   C08L65/00
   D01F6/18 E
【請求項の数】3
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2013-127542(P2013-127542)
(22)【出願日】2013年6月18日
(65)【公開番号】特開2015-1039(P2015-1039A)
(43)【公開日】2015年1月5日
【審査請求日】2016年5月25日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度、経済産業省、「革新炭素基盤技術開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100108578
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 詔男
(74)【代理人】
【識別番号】100094400
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 三義
(72)【発明者】
【氏名】青柳 周
【審査官】 久保田 葵
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−063265(JP,A)
【文献】 特開2003−212972(JP,A)
【文献】 特開2003−212971(JP,A)
【文献】 特開2007−238866(JP,A)
【文献】 特開2005−273069(JP,A)
【文献】 特開平11−012855(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0038784(US,A1)
【文献】 特表2012−530663(JP,A)
【文献】 特開2014−240529(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 1/00−6/96、9/00−9/32
C08K 3/00−13/08
C08L 1/00−101/14
C08G 61/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される構造単位を含む芳香族系重合体と、ポリアクリロニトリル系重合体とを含有する混合物からなる、炭素繊維前駆体繊維。
【化1】
式(1)中、R、R、R、Rは独立して、水素原子、ヒドロキシ基、カルボキシ基、スルホン酸基、スルホン酸基の金属塩、アミノ基からなる群より選ばれる。ただし、R、R、R、Rの全てが水素原子である場合を除く。Aは−C≡C−または下記一般式(2)で表される芳香族基であり、mは0または1である。
【化2】
式(2)中、R、R、R、Rは独立して、水素原子、ヒドロキシ基、カルボキシ基、スルホン酸基、スルホン酸基の金属塩、アミノ基からなる群より選ばれる。
【請求項2】
前記混合物が、ポリアクリロニトリル系重合体100質量部に対して、前記芳香族系重合体を30質量部以上100質量部以下含有する、請求項1に記載の炭素繊維前駆体繊維。
【請求項3】
請求項1または2に記載の炭素繊維前駆体繊維を耐炎化および炭素化して得られる、炭素繊維。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、機械的特性に優れ、複合材料用補強材として幅広く用途展開されている。炭素繊維は、炭素繊維となる前駆体繊維を耐炎化処理(耐炎化工程)して耐炎化繊維とした後、この耐炎化繊維を炭素化処理(炭素化工程)することにより製造されており、これまで様々な原料を用いて炭素繊維を製造する検討が行なわれてきた。
【0003】
特に、ポリアクリロニトリル系炭素繊維(以下、「PAN系炭素繊維」と略する。)は、その軽量性と優れた機械的特性により、スポーツや宇宙用途、土木・建築、圧力容器、風車ブレードなどの一般産業用途に採用されてきた。近年では、航空機用途や自動車用途への展開が大きな注目を集めている。
PAN系炭素繊維のさらなる市場用途拡大のためには、製造コスト削減が不可欠であり、近年、耐炎化処理の生産性や炭素化収率の向上などを目的とした取り組みが行われている。
【0004】
しかし、PAN系炭素繊維の前駆体繊維には、次のような問題があった。すなわち、耐炎化処理の生産性向上等を目的として耐炎化炉内に導入する前駆体繊維の量を増やしたり、耐炎化炉内の雰囲気温度を高温化したりすると、耐炎化反応に伴う発熱が急激に起こるため、繊維束内に過剰に蓄熱しやすくなる。その結果、繊維束が燃焼・切断損傷するといった暴走反応が起こりやすくなる。
【0005】
この問題を解決するため、耐炎化処理をできるだけ低い雰囲気温度で行い、耐炎化反応に伴う発熱を抑制する方法が提案されている。
しかし、この方法には、耐炎化処理に長時間を費やす、耐炎化速度の向上を図りにくい、大量の熱エネルギーを必要とする、などの課題があった。また、PAN系炭素繊維の前駆体繊維として用いられるPAN系重合体は、雰囲気温度を高温化して炭素化処理すると部分的に熱分解しやすく、炭素化収率を理論的に予測される程度まで向上することが困難であった。
【0006】
上記の課題を解決する技術として、これまで様々な技術が報告されてきた。例えば特許文献1には、アクリロニトリル単量体と、カルボキシ基のような官能基を有する単量体とを共重合して、PAN系重合体のニトリル基の耐炎化反応を促進する技術が開示されている。
特許文献2には、PAN系炭素繊維の前駆体繊維にホウ素もしくはホウ素化合物を0.01〜10質量%含有させることにより、繊維断面方向に均一な耐炎化糸構造を形成させた後、これを炭素化して高い強度・弾性率を有する炭素繊維を得る技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−145939号公報
【特許文献2】特開平3―174019号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載の技術は、耐炎化工程の生産性や炭素化収率の向上に一定の効果を有するが、炭素繊維の物性や品質を維持するには、アクリロニトリル単量体と共重合させる単量体の量には限界があった。
特許文献2に記載の技術は、炭素繊維の物性向上に一定の効果を有するが、特許文献2には耐炎化処理中の発熱抑制や、炭素繊維の最終的な炭素化収率については特に記載されていない。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、耐炎化工程の生産性が向上し、かつ炭素化収率が高い炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は以下の態様を有する。
[1] 下記一般式(1)で表される構造単位を含む芳香族系重合体と、ポリアクリロニトリル系重合体とを含有する混合物からなる、炭素繊維前駆体繊維。
【0011】
【化1】
【0012】
式(1)中、R、R、R、Rは独立して、水素原子、ヒドロキシ基、カルボキシ基、スルホン酸基、スルホン酸基の金属塩、アミノ基からなる群より選ばれる。ただし、R、R、R、Rの全てが水素原子である場合を除く。Aは−C≡C−または下記一般式(2)で表される芳香族基であり、mは0または1である。
【0013】
【化2】
【0014】
式(2)中、R、R、R、Rは独立して、水素原子、ヒドロキシ基、カルボキシ基、スルホン酸基、スルホン酸基の金属塩、アミノ基からなる群より選ばれる。
【0015】
[2] 前記混合物が、ポリアクリロニトリル系重合体100質量部に対して、前記芳香族系重合体を30質量部以上100質量部以下含有する、[1]に記載の炭素繊維前駆体繊維。
[3] [1]または[2]に記載の炭素繊維前駆体繊維を耐炎化および炭素化して得られる、炭素繊維。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、耐炎化工程の生産性が向上し、かつ炭素化収率が高い炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
[炭素繊維前駆体繊維]
本発明の炭素繊維前駆体繊維は、以下に説明する芳香族系重合体と、ポリアクリロニトリル系重合体(以下、「PAN系重合体」ともいう。)とを含有する混合物からなる。
【0018】
<芳香族系重合体>
芳香族系重合体は、下記一般式(1)で表される構造単位を含む。
【0019】
【化3】
【0020】
式(1)中、R、R、R、Rは独立して、水素原子、ヒドロキシ基、カルボキシ基、スルホン酸基、スルホン酸基の金属塩、アミノ基からなる群より選ばれる。ただし、R、R、R、Rの全てが水素原子である場合を除く。Aは−C≡C−または下記一般式(2)で表される芳香族基であり、mは0または1である。
【0021】
【化4】
【0022】
式(2)中、R、R、R、Rは独立して、水素原子、ヒドロキシ基、カルボキシ基、スルホン酸基、スルホン酸基の金属塩、アミノ基からなる群より選ばれる。
【0023】
すなわち、上記一般式(1)で表される構造単位は、主鎖構造中に少なくとも1つのベンゼン環を有し、かつ該ベンゼン環の1つまたは2つの水素原子がアセチレン基(−C≡C−)で置換され、残りの水素原子のうちの少なくとも1つがヒドロキシ基、カルボキシ基、スルホン酸基、スルホン酸基の金属塩、アミノ基からなる群より選ばれる極性官能基で置換されている。
アセチレン基を有するベンゼン環に上記極性官能基を1つ以上導入することにより、PAN系重合体を溶解する極性溶媒に可溶となり、しかも、芳香族系重合体とPAN系重合体との相溶性が向上する。
ベンゼン環1個当たりの上記極性官能基の置換数については特に制限されないが、ベンゼン環1個当たり1置換ないしは2置換であれば、PAN系重合体との相溶性を良好に維持できる。
【0024】
上記一般式(1)で表される構造単位は、下記一般式(3)、(4)、(5)で表される構造単位のいずれかである。これら構造単位は1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。2種以上を併用する場合、アセチレン基(−C≡C−)がAの位置に対してメタ位で結合している下記一般式(4)で表される構造単位と、アセチレン基がAの位置に対してオルト位で結合している下記一般式(5)で表される構造単位の割合が多いほど、芳香族系重合体の極性溶媒に対する溶解性が高くなり、芳香族系重合体とPAN系重合体の相溶性が向上し、炭素化収率も高くなることから好ましい。
【0025】
【化5】
【0026】
式(3)、(4)、(5)中のR、R、R、R、A、mは、それぞれ上記一般式(1)中のR、R、R、R、A、mと同じである。
【0027】
上記一般式(2)で表される芳香族基は、下記一般式(6)、(7)、(8)で表される芳香族基のいずれかである。これら芳香族基は1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。2種以上を併用する場合、2つの結合手がメタ位の関係にある下記一般式(7)で表される芳香族基と、2つの結合手がオルト位の関係にある下記一般式(8)で表される芳香族基の割合が多いほど、芳香族系重合体の極性溶媒に対する溶解性が高く、芳香族系重合体とPAN系重合体の相溶性が向上し、炭素化収率も高くなることから好ましい。
【0028】
【化6】
【0029】
式(6)、(7)、(8)中のR、R、R、Rは、それぞれ上記一般式(2)中のR、R、R、Rと同じである。
【0030】
上記一般式(1)で表される構造単位としては、具体的に下記一般式(9)、(10)、(11)で表される構造単位が挙げられる。これらの構造単位を含む芳香族系重合体を用いることで、従来のPAN系炭素繊維の前駆体繊維の課題であった、耐炎化工程の生産性や炭素化収率の問題を改善できる。
【0031】
【化7】
【0032】
【化8】
【0033】
【化9】
【0034】
式(9)、(10)、(11)中のR、R、R、R、A、mは、それぞれ上記一般式(1)中のR、R、R、R、A、mと同じであり、式(9)中のR、R、R、Rは、それぞれ上記一般式(2)中のR、R、R、Rと同じである。
【0035】
上記一般式(9)、(10)、(11)で表される構造単位のいずれかを含む芳香族系重合体を得る方法としては、下記の公知の方法を用いることができるが、これらの方法に特に限定されるものではない。
例えば、式(9)で表される構造単位を含む芳香族系重合体は、下記(a)〜(c)に示す何れかの組み合わせの化合物を、トリエチルアミン等の塩基性化合物の存在下、パラジウム触媒(塩化パラジウムとトリフェニルホスフィンの組合せや、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウムなど)と助触媒(酢酸銅やヨウ化銅など)を用いて重縮合させるHeck反応法(J.Organomet.Chem.,93,259(1975))により得られる。
式(10)で表される構造単位を含む芳香族系重合体は、下記(b)に示す組み合わせの化合物を用いて、上記Heck反応法により得られる。
(a):ジエチニルベンゼン置換体と、ジハロゲン化ベンゼンとの組み合わせ
(b):ジエチニルベンゼン置換体と、ジハロゲン化ベンゼン置換体との組み合わせ
(c):ジエチニルベンゼンと、ジハロゲン化ベンゼン置換体との組み合わせ
【0036】
式(11)で表される構造単位を含む芳香族系重合体は、ジエチニルベンゼン置換体を、二座配位子をもつ銅錯体(銅−TMEDA(テトラメチルエチレンジアミン)など)を触媒として用い、酸素雰囲気中で酸化的重縮合させるHayカップリング法(J.Polym.Sci.,PartA,7,1652,(1969))により得られる。
【0037】
ジエチニルベンゼンとしては、1,4−ジエチニルベンゼン、1,3−ジエチニルベンゼン、1,2−ジエチニルベンゼンが挙げられる。
ジエチニルベンゼン置換体としては、1,4−ジエチニルベンゼン、1,3−ジエチニルベンゼン、1,2−ジエチニルベンゼンのベンゼン環上の少なくとも1つ以上の水素原子が、ヒドロキシ基、カルボキシ基、スルホン酸基、スルホン酸基の金属塩、アミノ基からなる群より選ばれる少なくとも1種の置換基(極性官能基)で置換されている化合物が挙げられる。具体的には、1,4−ジエチニル−2−ヒドロキシベンゼン、1,4−ジエチニル−2−カルボキシベンゼン、1,4−ジエチニル−2−ベンゼンスルホン酸、1,4−ジエチニル−2−アミノベンゼン、1,3−ジエチニル−5−ヒドロキシベンゼン、1,3−ジエチニル−5−カルボキシベンゼン、1,3−ジエチニル−5−ベンゼンスルホン酸、1,3−ジエチニル−5−ベンゼンスルホン酸ナトリウム、1,3−ジエチニル−5−アミノベンゼンなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0038】
ジハロゲン化ベンゼンとしては、例えば1,4−ジブロモベンゼン、1,3−ジブロモベンゼン、1,2−ジブロモベンゼン、1,4−ジクロロベンゼン、1,3−ジクロロベンゼン、1,2−ジクロロベンゼン、1,4−ジヨードベンゼン、1,3−ジヨードベンゼン、1,2−ジヨードベンゼン、1−ブロモ−4−クロロベンゼン、1−ブロモ−3−クロロベンゼンなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0039】
ジハロゲン化ベンゼン置換体としては、上記ジハロゲン化ベンゼンのベンゼン環上の少なくとも1つ以上の水素原子が、ヒドロキシ基、カルボキシ基、スルホン酸基、スルホン酸基の金属塩、アミノ基からなる群より選ばれる少なくとも1種の置換基(極性官能基)で置換されている化合物等が挙げられる。具体的には、1,4−ジブロモ−2−ヒドロキシベンゼン、1,4−ジブロモ−2−カルボキシベンゼン(2,5−ジブロモ安息香酸)、1,4−ジブロモ−2−ベンゼンスルホン酸、1,4−ジブロモ−2−アミノベンゼン、1,3−ジブロモ−5−ヒドロキシベンゼン、1,3−ジブロモ−5−カルボキシベンゼン、1,3−ジブロモ−5−ベンゼンスルホン酸、1,3−ジブロモ−5−ベンゼンスルホン酸ナトリウム、1,3−ジブロモ−5−アミノベンゼン、1,4−ジクロロ−2−ヒドロキシベンゼン、1,4−ジクロロ−2,5−ジヒドロキシベンゼン(2,5−ジクロロ−1,4−ベンゼンジオール)、1,4−ジクロロ−2−カルボキシベンゼン(2,5−ジクロロ安息香酸)、1,4−ジクロロ−2−ベンゼンスルホン酸(2,5−ジクロロベンゼンスルホン酸)、1,4−ジクロロ−2−アミノベンゼン、1,4−ジクロロ−2,5−ジアミノベンゼン(2,5−ジクロロ−1,4−フェニレンジアミン)、1,3−ジクロロ−5−ヒドロキシベンゼン、1,3−ジクロロ−5−カルボキシベンゼン、1,3−ジクロロ−5−ベンゼンスルホン酸、1,3−ジクロロ−5−ベンゼンスルホン酸ナトリウム、1,3−ジクロロ−5−アミノベンゼンなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0040】
芳香族系重合体を構成する全単位(100mol%)のうち、上記一般式(1)で表される構造単位の割合は80mol%以上であることが好ましく、より好ましくは90mol%以上であり、特に好ましくは100mol%である。
芳香族系重合体が、上記一般式(1)で表される構造単位のみで構成される場合、該構造単位の繰り返し数(n)は1以上であれば特に制限されないが、好ましくは2以上であり、より好ましくは10以上であり、特に好ましくは30以上である。また、この場合の繰り返し数(n)の上限は特に制限されないが、芳香族系重合体とPAN系重合体との相溶性を良好に維持できる点で、1000以下であることが好ましい。
【0041】
芳香族系重合体は、上記一般式(1)で表される構造単位以外の他の構造単位を含んでいてもよい。
他の構造単位の由来となるモノマーとしては、例えば上述したジエチニルベンゼンおよびその置換体、ジハロゲン化ベンゼンおよびその置換体と共重合可能なモノマーが好ましい。
【0042】
<ポリアクリロニトリル系重合体>
PAN系重合体としては、アクリロニトリルの単独重合体(ポリアクリロニトリル)、またはアクリロニトリルと他のモノマーとの共重合体を用いることができる。また、これら単独重合体と共重合体とを併用してもよい。
共重合体を用いる場合は、炭素繊維にした際の共重合成分に起因する欠陥点を少なくし、炭素繊維の品位並びに性能を向上させる観点から、共重合体を構成する全単位(100mol%)のうち、アクリロニトリル単位の割合が80mol%以上であることが好ましい。
【0043】
他のモノマーとしては、アクリロニトリルと共重合可能なモノマーであれば特に制限されないが、例えばアクリル酸メチル、アクリル酸エチル等のアクリル酸エステル類;メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル等のメタクリル酸エステル類;アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、イタコン酸、アクリルアミド、スチレン、ビニルトルエン等の不飽和モノマー類;メタリルスルホン酸、アリルスルホン酸、スチレンスルホン酸及びこれらのアルカリ金属類などが挙げられる。これら他のモノマーは1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。溶融紡糸性を保持する点で、他のモノマー単位の割合は5mol%以上であることが好ましい。
【0044】
PAN系重合体は、例えばアクリロニトリルと、必要に応じて他のモノマーとをラジカル重合することで得られる。ラジカル重合は、操作が容易である点から好適である。
ラジカル重合を行う場合、溶液重合、懸濁重合、乳化重合など、いずれの重合法を採用してもよい。特に懸濁重合や乳化重合は、重合度の高い重合体を比較的容易に得ることができるため好ましい。
【0045】
ラジカル重合に用いる重合開始剤や触媒としては特に限定されず、例えばアゾ系化合物、有機過酸化物、または過硫酸/亜硫酸、塩素酸/亜硫酸あるいはそれらのアンモニウム塩等のレドックス触媒などが挙げられる。
【0046】
ラジカル乳化重合の場合、乳化剤および分散剤の少なくとも一方が必要となる。この場合の乳化剤や分散剤は特に限定されるものではなく、各種アニオン型、ノニオン型、カチオン型を使用できる。
特に乳化剤としてアニオン系界面活性剤(例えば脂肪族石鹸、アルキル硫酸塩、ジアルキルスルホコハク酸塩、スルホン化エステル、スルホン化アミドなど)や、非イオン性界面活性剤(例えばポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等の脂肪酸エステル類、ゾルビタン脂肪族エステル類など)等を用い、分子量調節剤としてプロピルメルカプタン、イソプロピルメルカプタン、ブチルメルカプタン、ベンジルメルカプタン、オクチルメルカプタン、ラウリルメルカプタン等を比較的多量に用いたラジカル乳化重合が好適である。
【0047】
<他の成分>
混合物は、少なくとも上述した芳香族系重合体とPAN系重合体を含有するものであるが、本発明の効果を損なわない範囲内であれば、必要に応じて芳香族系重合体およびPAN系重合体以外の他の成分を含有してもよい。
【0048】
<混合物の組成>
混合物は、PAN系重合体100質量部に対して、芳香族系重合体を30質量部以上100質量部以下含有することが好ましく、より好ましくは40質量部以上80質量部以下であり、特に好ましくは50質量部以上60質量部以下である。芳香族系重合体の含有量が30質量部以上であれば、耐炎化処理時の発熱反応を十分に抑制し、炭素化収率がより向上する。一方、芳香族系重合体の含有量が100質量部以下であれば、紡糸性を良好に維持しつつ、得られる炭素繊維前駆体繊維の強度を十分なものとすることができる。
なお、混合物が他の成分を含有する場合、その含有量はPAN系重合体100質量部に対して、20質量部以下が好ましく、より好ましくは10質量部以下である。
【0049】
<炭素繊維前駆体繊維の製造方法>
炭素繊維前駆体繊維は、例えば、芳香族系重合体とPAN系重合体とを含有する混合物を溶媒に溶解して重合体溶液を調製する調製工程と、該重合体溶液から湿式紡糸法または乾湿式紡糸法により前駆体繊維を得る紡糸工程とを経て得られる。すなわち、本発明に用いる紡糸原液は、少なくとも芳香族系重合体とPAN系重合体と溶媒とを含む重合体溶液である。
【0050】
調製工程に用いる溶媒としては、非プロトン性極性溶媒を用いることができる。非プロトン性極性溶媒としては、例えばジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトミド、テトラヒドロフラン、N−メチルピロリドン、スルホランなどが挙げられる。これら非プロトン性極性溶媒は1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
上述した非プロトン性極性溶媒は、芳香族系重合体およびPAN系重合体の溶解性に優れる。その中でも特に、紡糸原液の凝固性が高いという点で、N−メチルピロリドンが好ましい。
【0051】
この重合体溶液を用いて、安定して紡糸を行ない、さらに緻密で均質な凝固糸を得るためには、紡糸原液の重合体濃度を適正な範囲とすることが重要である。
紡糸原液中の芳香族系重合体とPAN系重合体の濃度は合計で、1質量%以上40質量%以下であることが好ましく、より好ましくは5質量%以上30質量%以下であり、特に好ましくは10質量%以上20質量%以下である。重合体濃度が1質量%以上であれば、紡糸原液が十分な曳糸性を有するため安定して紡糸を行なうことができる。一方、重合体濃度が40質量%以下であれば、芳香族系重合体とPAN系重合体を溶媒に均一に溶解することができ、また紡糸原液を長時間放置しても急激な粘度上昇が起きにくい。
【0052】
本発明者は、上述した芳香族系重合体とPAN系重合体とを含有する混合物の繊維化の検討を行う中で、これらの重合体が非プロトン性極性溶媒(良溶媒)に溶解することに着目した。そして、重合体溶液を紡糸原液として、ある特定の溶媒(貧溶媒)に吐出すると凝固作用により繊維状物を形成することを見出した。
【0053】
すなわち、本発明であれば、湿式紡糸法または乾湿式紡糸法を用いて、重合体溶液から前駆体繊維を得ることができる。
ここで、「湿式紡糸法」とは、所定の孔径を有する口金から紡糸原液を凝固浴溶液に吐出して凝固糸(前駆体繊維)を得る方法のことである。一方、「乾湿式紡糸法」とは、所定の孔径を有する口金から紡糸原液を一旦空気中に吐出した後、凝固浴溶液中に導入して凝固糸を得る方法のことである。
本発明に用いる凝固浴溶液としては、水(水道水、純水、イオン交換水など)が好ましい。
【0054】
凝固浴溶液には、必要に応じて重合体溶液に用いた非プロトン性極性溶媒を含有させることもできる。
凝固浴溶液100質量%中の非プロトン性極性溶媒の濃度は5質量%以上40質量%以下が好ましく、より好ましくは10質量%以上30質量%以下であり、特に好ましくは15質量%以上20質量%以下である。非プロトン性極性溶媒の濃度が5質量%以上であれば、凝固速度が上昇することを容易に防ぎ、凝固糸が急激に収縮したり、糸緻密性が低下したりすることを容易に防ぐことができる。一方、非プロトン性極性溶媒の濃度が40質量%以下であれば、凝固速度が低下することを容易に防ぎ、得られる前駆体繊維の単糸間の接着を抑制できる。
【0055】
凝固浴溶液の温度は20℃以上45℃以下が好ましく、25℃以上40℃以下がより好ましい。凝固浴溶液の温度が20℃以上であれば、凝固張力が上昇することを容易に防ぎ、凝固浴溶液中での単糸切れの発生を抑制できる。一方、凝固浴溶液の温度が45℃以下であれば、前駆体繊維を焼成して得られる炭素繊維のストランド強度が低下することを防止できる。
【0056】
<作用効果>
以上説明した本発明の炭素繊維前駆体繊維は、芳香族系重合体とPAN系重合体とを含有する混合物を紡糸したものである。芳香族系重合体は上記一般式(1)で表される構造単位を含む重合体であり、加熱処理された際の発熱量がきわめて少なく、炭素化収率に優れている特徴を有している。芳香族系重合体のベンゼン環上の少なくとも1つ以上の水素原子が、ヒドロキシ基、カルボキシ基、スルホン酸基、スルホン酸基の金属塩、アミノ基からなる群より選ばれる少なくとも1種の極性官能基で置換されることにより、芳香族系重合体とPAN系重合との相溶性が向上する効果がある。
【0057】
また、本発明の炭素繊維前駆体繊維は、PAN系重合体に対し芳香族系重合体が配合されている効果により、PAN系重合体単独からなる炭素繊維前駆体繊維と比較して、耐炎化反応の発熱量と発熱速度が抑制される。これにより、従来のPAN系炭素繊維の前駆体繊維では制御が難しかった耐炎化処理の操作が容易となり、生産性が向上する。
加えて、本発明の炭素繊維前駆体繊維は、炭素化処理後の炭素化収率についても、PAN系重合体単独からなる炭素繊維前駆体繊維と比較して、格段に向上する。
これらの特徴は、PAN系重合体と芳香族系重合体が均一に相溶して、PAN系重合体と芳香族系重合体との間で耐炎化反応および炭素化反応が協奏的、相乗的に進行するためと考えられる。
【0058】
また、上記一般式(1)で表される構造単位を含む芳香族系重合体は、PAN系重合体を溶解する極性溶媒に可溶であるため、芳香族系重合体とPAN系重合体とを例えば、上述した非プロトン性極性溶媒に混合、溶解して紡糸原液とすることができる。この紡糸原液から、湿式紡糸法または乾湿式紡糸法により炭素繊維前駆体繊維を安定に得ることができる。しかも、得られた炭素繊維前駆体繊維は、十分な機械的強度をも有している。
【0059】
従って、本発明の炭素繊維前駆体繊維を用いれば、低温かつ少ない熱供給量で、安定して耐炎化繊維を製造でき、炭素化収率が高い炭素繊維を低コストで製造できる。
【0060】
[炭素繊維]
次に、本発明の炭素繊維について説明する。
本発明の炭素繊維は、上述した本発明の炭素繊維前駆体繊維を耐炎化および炭素化して得られる。具体的には、まず、炭素繊維前駆体繊維を耐炎化処理(耐炎化工程)して耐炎化繊維を得た後、該耐炎化繊維を炭素化処理(炭素化工程)して炭素繊維を製造する。
【0061】
耐炎化処理は公知の方法で行うことができる。耐炎化処理の温度は150℃以上400℃以下が好ましい。耐炎化処理の温度が150℃未満であると、耐炎化反応の進行速度が遅くなり、短時間での耐炎化処理が難しくなるため、製造コストの削減が困難となる。一方、耐炎化処理の温度が400℃を超えると、炭素繊維前駆体繊維を構成する芳香族系重合体やPAN系重合体が熱分解しやすくなる。
耐炎化処理の時間は、生産性の観点から5時間以下が好ましく、より好ましくは3時間以下である。
【0062】
耐炎化処理を行う雰囲気は、不活性雰囲気と酸化性雰囲気のどちらも利用可能であるが、芳香族系重合体の熱安定性の面から、不活性雰囲気が好ましい。
ここで、「不活性雰囲気」とは、窒素、アルゴン、ヘリウムなどの公知の不活性物質を含む雰囲気のことである。中でも、経済性の面から窒素雰囲気が好ましい。窒素純度としては、99%以上であればよい。一方、「酸化性雰囲気」とは、空気、酸素、二酸化窒素などの公知の酸化性物質を含む雰囲気のことである。
【0063】
炭素化処理は公知の方法で行うことができる。炭素化処理の温度は500℃以上2000℃以下が好ましい。
炭素化処理を行う雰囲気は、不活性雰囲気が好ましい。
【0064】
炭素化工程で得られた炭素化繊維は、そのまま炭素繊維として用いることができる。また、必要に応じて公知の方法により炭素化繊維を黒鉛化したもの(黒鉛繊維)を炭素繊維として用いてもよい。例えば炭素化繊維を不活性雰囲気中、最高温度が2000℃を超えて3500℃以下で緊張下に加熱することにより黒鉛化された炭素繊維が得られる。
【0065】
<作用効果>
以上説明したように、本発明の炭素繊維は、本発明の炭素繊維前駆体繊維を用いるので、耐炎化工程の生産性と炭素化収率が大幅に向上する。しかも、本発明によれば、低コストで炭素繊維を製造できる。
【0066】
<用途>
本発明の炭素繊維は、防炎材料、断熱材料等に好適である。また該浄水、空気浄化、ガス吸着、水処理、脱色、タバコフィルター、クリーンルーム用フィルター等の用途や、二次電池用、電解コンデンサー用、電気二重層キャパシタ用等の電極材料にも有用である。
【実施例】
【0067】
以下、本発明について実施例を挙げて具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限定されるものではない。
本実施例における各測定・評価方法は以下の通りである。
【0068】
[測定・評価]
<最大発熱速度、最大発熱温度、および発熱量の測定>
示差走査型熱量測定装置(エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製、「DSC220」)を用いて、DSC測定を以下の手順で実施した。
炭素繊維前駆体繊維2mg±0.5mgをサンプル容器に入れ、窒素雰囲気下、30℃で30分間保持した。次いで、窒素雰囲気下、30℃から400℃まで昇温速度10℃/分で昇温した。DSC測定においては、若干の誘導期間の後、発熱が始まり、発熱量がピークに達した後発熱量が減衰してゆく。発熱ピークが最大値を示す温度を最大発熱温度とした。また、発熱ピークの最大値を最大発熱速度とし、発熱ピークの面積を発熱量とした。
【0069】
<炭素化収率の測定>
炭素繊維前駆体繊維の質量、および炭素繊維前駆体繊維から得られた炭素繊維の質量を測定し、下記式(I)より炭素化収率を求めた。
炭素化収率(%)=(炭素繊維の質量/炭素繊維前駆体繊維の質量)×100 ・・・(I)
【0070】
<紡糸性の評価>
重合体を所定の溶媒に、濃度が6質量%となるように溶解して紡糸原液を調製した。得られた紡糸原液を30℃に温度調節し、30℃に温調した凝固浴溶液中に、0.1mmの孔径を有する口金から1.0m/分の速度で吐出した。これにより賦形された凝固糸を駆動ローラーにて1.5m/分の速度で30分間巻き取った。この時間中に凝固浴溶液中で糸切れした回数を数え、以下の評価基準より紡糸性を評価した。
◎:糸切れ回数が5回以下である。
○:糸切れ回数が6回以上10回以下である。
△:糸切れ回数が11回以上であるが、凝固糸を巻き取ることはできた。
×:凝固糸を巻き取ること困難である。
【0071】
[製造例1:化合物Aの合成]
反応容器に1,4−ジエチニルベンゼン3.3g(26mmol)と、2,5−ジクロロ安息香酸5.1g(26mmol)と、0.1mol当量の塩化パラジウムと、0.1mol当量の酢酸銅と、0.31mol当量のトリフェニルホスフィンと、トリエチルアミン300mLとを仕込み、窒素雰囲気下、70℃で16時間反応することにより、下記一般式(12)で表される化合物A(ポリ[(2−カルボキシ−p−フェニレンエチニレン)−(p−フェニレンエチニレン)])を4.3g得た(収率61%)。
得られた化合物Aをテトラヒドロフラン(THF)に溶解し、メンブランフィルターでろ過して試料溶液を調製した。この試料溶液中の化合物Aの質量平均分子量(Mw)をゲル濾過クロマトグラフィー(GPC)により測定し、ポリスチレン換算したところ、6300であった。
【0072】
【化10】
【0073】
[製造例2:化合物Bの合成]
2,5−ジクロロ安息香酸の代わりに、2,5−ジクロロ−1,4−ベンゼンジオール5.0g(28mmol)を用いた以外は、製造例1と同様にして下記一般式(13)で表される化合物B(ポリ[(2,5−ジヒドロキシ−p−フェニレンエチニレン)−(p−フェニレンエチニレン)])を4.9g得た(収率76%)。
得られた化合物Bについて、化合物Aと同様にして質量平均分子量(Mw)を測定し、ポリスチレン換算したところ、7500であった。
【0074】
【化11】
【0075】
[製造例3:化合物Cの合成]
2,5−ジクロロ安息香酸の代わりに、2,5−ジクロロベンゼンスルホン酸6.0g(26mmol)を用いた以外は、製造例1と同様にして下記一般式(14)で表される化合物C(ポリ[(2−スルホン酸−p−フェニレンエチニレン)−(p−フェニレンエチニレン)])を5.7g得た(収率70%)。
得られた化合物Cについて、化合物Aと同様にして質量平均分子量(Mw)を測定し、ポリスチレン換算したところ、7200であった。
【0076】
【化12】
【0077】
[製造例4:化合物Dの合成]
2,5−ジクロロ安息香酸の代わりに、2,5−ジクロロ−1,4−フェニレンジアミン5.0g(28mmol)を用いた以外は、製造例1と同様にして下記一般式(15)で表される化合物D(ポリ[(2,5−ジアミノ−p−フェニレンエチニレン)−(p−フェニレンエチニレン)])を4.9g得た(収率76%)。
得られた化合物Dについて、化合物Aと同様にして質量平均分子量(Mw)を測定し、ポリスチレン換算したところ、6500であった。
【0078】
【化13】
【0079】
[製造例5:化合物Eの合成]
反応容器に、1,4−ジエチニル−2−カルボキシベンゼン2.5g(15mmol)と、0.26mol当量の塩化銅と、0.25mol当量のN,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミンと、THF400mLとを仕込み、酸素雰囲気下、25℃で16時間反応することにより、下記一般式(16)で表される化合物E(ポリ(2−カルボキシ−p−フェニレンブタジイニレン))を2.0g得た(収率80%)。
得られた化合物Eについて、化合物Aと同様にして質量平均分子量(Mw)を測定し、ポリスチレン換算したところ、8100であった。
【0080】
【化14】
【0081】
[製造例6:化合物Fの合成]
反応容器に1,4−ジエチニル−2−カルボキシベンゼン4.9g(24mmol)と、2,5−ジブロモ安息香酸6.7g(24mmol)と、0.03mol当量のヨウ化銅と、0.01mol当量のテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウムと、THF60mLと、トリエチルアミン25mLとを仕込み、窒素雰囲気下、25℃で16時間反応することにより、下記一般式(17)で表される化合物F(ポリ(2−カルボキシ−p−フェニレンエチニレン))を6.2g得た(収率93%)。
得られた化合物Fについて、化合物Aと同様にして質量平均分子量(Mw)を測定し、ポリスチレン換算したところ、7600であった。
【0082】
【化15】
【0083】
[製造例7:化合物Gの合成]
1,4−ジエチニル−2−カルボキシベンゼンの代わりに、1,4−ジエチニルベンゼン1.9g(15mmol)を用いた以外は、製造例5と同様にして下記一般式(18)で表される化合物G(ポリ(p−フェニレンブタジイニレン))を1.5g得た(収率82%)。
得られた化合物Gについて、化合物Aと同様にして質量平均分子量(Mw)を測定し、ポリスチレン換算したところ、8800であった。
【0084】
【化16】
【0085】
[製造例8:化合物Hの合成]
1,4−ジエチニル−2−カルボキシベンゼンの代わりに、1,4−ジエチニルベンゼン3.0g(24mmol)を用い、2,5−ジブロモ安息香酸の代わりに、1,4−ジブロモベンゼン5.7g(24mmol)を用いた以外は、製造例6と同様にして下記一般式(19)で表される化合物H(ポリ(p−フェニレンエチニレン))を8.1g得た(収率93%)。
得られた化合物Hについて、化合物Aと同様にして質量平均分子量(Mw)を測定し、ポリスチレン換算したところ、8600であった。
【0086】
【化17】
【0087】
[製造例9:化合物Iの合成]
アクリロニトリルを水系懸濁重合法により単独重合し、化合物I(ポリアクリロニトリル)を得た。
得られた化合物Iについて、化合物Aと同様にして質量平均分子量(Mw)を測定し、ポリスチレン換算したところ、82000であった。
【0088】
[例1]
<炭素繊維前駆体繊維の製造>
PAN系重合体として製造例9で合成した化合物Iを濃度6質量%になるようにN−メチルピロリドンに溶解して重合体溶液(i)を調製した。得られた重合体溶液(i)を紡糸溶液として用い、純水を凝固浴溶液として用い、上述した紡糸性の評価方法に従い凝固糸を得た。得られた凝固糸を回収し、水洗浄とメタノール洗浄を繰り返し行った後、乾燥して炭素繊維前駆体繊維を得た。
示差走査型熱量測定装置を用いて測定した炭素繊維前駆体繊維の最大発熱速度は10mW/mg、発熱量は720mJ/mg、最大発熱温度は310℃であった。
紡糸性の評価結果と、最大発熱速度、発熱量および最大発熱温度の測定結果とを表1に示す。
【0089】
<炭素繊維の製造>
得られた炭素繊維前駆体繊維を窒素雰囲気下、250℃で60分間加熱し、耐炎化処理した。引き続き、昇温速度10℃/分で1400℃まで昇温加熱して炭素化処理した後、室温まで冷却して炭素繊維を得た。
炭素化収率を測定したところ、30%であった。結果を表1に示す。
例1は比較例である。
【0090】
[例2]
PAN系重合体として製造例9で合成した化合物Iを濃度6質量%になるようにN−メチルピロリドンに溶解して重合体溶液(i)を調製した。
別途、芳香族系重合体として製造例1で合成した化合物Aを濃度6質量%になるようにN−メチルピロリドンに溶解して重合体溶液(ii)を調製した。
PAN系重合体(化合物I)と芳香族系重合体(化合物A)の質量比(PAN系重合体(化合物I)/芳香族系重合体(化合物A))が100/33となるように、重合体溶液(i)と重合体溶液(ii)とを混合した後、3時間攪拌溶解して紡糸溶液を調製した。
得られた紡糸溶液を用いた以外は、例1と同様にして炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維を製造した。
得られた炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維等について、各種測定・評価を行った。結果を表1に示す。
例2は実施例である。
【0091】
[例3、4]
PAN系重合体(化合物I)と芳香族系重合体(化合物A)の質量比が100/50、または100/100となるように、重合体溶液(i)と重合体溶液(ii)とを混合した以外は、例2と同様にして紡糸溶液を調製した。
得られた紡糸溶液を用いた以外は、例1と同様にして炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維を製造した。
得られた炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維等について、各種測定・評価を行った。結果を表1に示す。
例3、4は実施例である。
【0092】
[例5]
芳香族系重合体として製造例1で合成した化合物Aを濃度6質量%になるようにN−メチルピロリドンに溶解して重合体溶液(ii)を調製した。
得られた重合体溶液(ii)を紡糸溶液として用いた以外は、例1と同様にして炭素繊維前駆体繊維の製造を試みたところ、芳香族系重合体(化合物A)が凝固浴溶液中に分散してしまい、凝固糸の取得は困難であった。そのため、最大発熱速度、発熱量、および最大発熱温度の測定は、芳香族系重合体(化合物A)の固形粉末を用いて行なった。しかし、芳香族系重合体(化合物A)単独では、発熱ピークは観測されず、最大発熱速度、最大発熱温度、および発熱量を測定できなかった。この結果を「N.D.」として表1に示す。
また、炭素化収率の測定は、芳香族系重合体(化合物A)の固形粉末を耐炎化処理および炭素化処理して行った。結果を表1に示す。
例5は比較例である。
【0093】
[例6〜8]
芳香族系重合体として、化合物Aの代わりに製造例2で合成した化合物Bを用い、PAN系重合体(化合物I)と芳香族系重合体(化合物B)の質量比が100/33、100/50、または100/100となるように、重合体溶液(i)と重合体溶液(ii)とを混合した以外は、例2と同様にして紡糸溶液を調製した。
得られた紡糸溶液を用いた以外は、例1と同様にして炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維を製造した。
得られた炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維等について、各種測定・評価を行った。結果を表1に示す。
例6〜8は実施例である。
【0094】
[例9]
芳香族系重合体として製造例2で合成した化合物Bを濃度6質量%になるようにN−メチルピロリドンに溶解して重合体溶液(ii)を調製した。
得られた重合体溶液(ii)を紡糸溶液として用いた以外は、例1と同様にして炭素繊維前駆体繊維の製造を試みたところ、芳香族系重合体(化合物B)が凝固浴溶液中に分散してしまい、凝固糸の取得は困難であった。そのため、最大発熱速度、発熱量、および最大発熱温度の測定は、芳香族系重合体(化合物B)の固形粉末を用いて行なった。しかし、芳香族系重合体(化合物B)単独では、発熱ピークは観測されず、最大発熱速度、最大発熱温度、および発熱量を測定できなかった。この結果を「N.D.」として表1に示す。
また、炭素化収率の測定は、芳香族系重合体(化合物B)の固形粉末を耐炎化処理および炭素化処理して行った。結果を表1に示す。
例9は比較例である。
【0095】
[例10〜12]
芳香族系重合体として、化合物Aの代わりに製造例3で合成した化合物Cを用い、PAN系重合体(化合物I)と芳香族系重合体(化合物C)の質量比が100/33、100/50、または100/100となるように、重合体溶液(i)と重合体溶液(ii)とを混合した以外は、例2と同様にして紡糸溶液を調製した。
得られた紡糸溶液を用いた以外は、例1と同様にして炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維を製造した。
得られた炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維等について、各種測定・評価を行った。結果を表1に示す。
例10〜12は実施例である。
【0096】
[例13]
芳香族系重合体として製造例3で合成した化合物Cを濃度6質量%になるようにN−メチルピロリドンに溶解して重合体溶液(ii)を調製した。
得られた重合体溶液(ii)を紡糸溶液として用いた以外は、例1と同様にして炭素繊維前駆体繊維の製造を試みたところ、芳香族系重合体(化合物C)が凝固浴溶液中に分散してしまい、凝固糸の取得は困難であった。そのため、最大発熱速度、発熱量、および最大発熱温度の測定は、芳香族系重合体(化合物C)の固形粉末を用いて行なった。しかし、芳香族系重合体(化合物C)単独では、発熱ピークは観測されず、最大発熱速度、最大発熱温度、および発熱量を測定できなかった。この結果を「N.D.」として表1に示す。
また、炭素化収率の測定は、芳香族系重合体(化合物C)の固形粉末を耐炎化処理および炭素化処理して行った。結果を表1に示す。
例13は比較例である。
【0097】
[例14、15]
芳香族系重合体として、化合物Aの代わりに製造例4で合成した化合物Dを用い、PAN系重合体(化合物I)と芳香族系重合体(化合物D)の質量比が100/33、または100/50となるように、重合体溶液(i)と重合体溶液(ii)とを混合した以外は、例2と同様にして紡糸溶液を調製した。
得られた紡糸溶液を用いた以外は、例1と同様にして炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維を製造した。
得られた炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維等について、各種測定・評価を行った。結果を表1に示す。
例14、15は実施例である。
【0098】
[例16]
芳香族系重合体として製造例4で合成した化合物Dを濃度6質量%になるようにN−メチルピロリドンに溶解して重合体溶液(ii)を調製した。
得られた重合体溶液(ii)を紡糸溶液として用いた以外は、例1と同様にして炭素繊維前駆体繊維の製造を試みたところ、芳香族系重合体(化合物D)が凝固浴溶液中に分散してしまい、凝固糸の取得は困難であった。そのため、最大発熱速度、発熱量、および最大発熱温度の測定は、芳香族系重合体(化合物D)の固形粉末を用いて行なった。しかし、芳香族系重合体(化合物D)単独では、発熱ピークは観測されず、最大発熱速度、最大発熱温度、および発熱量を測定できなかった。この結果を「N.D.」として表1に示す。
また、炭素化収率の測定は、芳香族系重合体(化合物D)の固形粉末を耐炎化処理および炭素化処理して行った。結果を表1に示す。
例16は比較例である。
【0099】
[例17、18]
芳香族系重合体として、化合物Aの代わりに製造例5で合成した化合物E、または製造例6で合成した化合物Fを用いた以外は、例2と同様にして紡糸溶液を調製した。
得られた紡糸溶液を用いた以外は、例1と同様にして炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維を製造した。
得られた炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維等について、各種測定・評価を行った。結果を表1に示す。
例17、18は実施例である。
【0100】
[例19、20]
芳香族系重合体として、化合物Aの代わりに製造例7で合成した化合物G、または製造例8で合成した化合物Hを用いた以外は、例2と同様にして紡糸溶液の調製を試みたところ、芳香族系重合体(化合物H、G)がN−メチルピロリドンに溶解しないため、紡糸原液を得ることができなかった。
例19、20は比較例である。
【0101】
【表1】
【0102】
例2〜4、6〜8、10〜12、14、15、17、18の結果に示されるように、湿式紡糸法を用いることによって、PAN系重合体と芳香族系重合体とからなる炭素繊維前駆体繊維を安定に製造することができた。これらの例から得られた炭素繊維前駆体繊維は、例1のPAN系重合体からなる炭素繊維前駆体繊維と比較して、最大発熱速度と発熱量に減少が見られ、耐炎化工程の生産性が向上していた。しかも、炭素化収率も高かった。
一方、例5、9、13、16の結果に示されるように、芳香族系重合体単独では炭素繊維前駆体繊維の取得が困難であった。
【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明は、従来のPAN系炭素繊維よりも最大発熱速度と発熱量が低く、急激な発熱反応を抑制することができる、芳香族系重合体とPAN系重合体とを含有する混合物を炭素繊維前駆体繊維の紡糸原料として用いることにより、耐炎化工程の生産性向上が可能となり、続く炭素化工程でも品位の良い炭素繊維を製造することができ、有用である。