特許第6162908号(P6162908)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6162908
(24)【登録日】2017年6月23日
(45)【発行日】2017年7月12日
(54)【発明の名称】銅合金板材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/02 20060101AFI20170703BHJP
   C22C 9/06 20060101ALI20170703BHJP
   C22F 1/08 20060101ALI20170703BHJP
   H01B 1/02 20060101ALI20170703BHJP
   H01B 5/02 20060101ALI20170703BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20170703BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20170703BHJP
【FI】
   C22C9/02
   C22C9/06
   C22F1/08 B
   C22F1/08 J
   H01B1/02 A
   H01B5/02 Z
   H01B13/00 Z
   !C22F1/00 606
   !C22F1/00 623
   !C22F1/00 626
   !C22F1/00 630A
   !C22F1/00 630G
   !C22F1/00 630K
   !C22F1/00 630F
   !C22F1/00 650F
   !C22F1/00 661A
   !C22F1/00 682
   !C22F1/00 683
   !C22F1/00 684A
   !C22F1/00 685Z
   !C22F1/00 691A
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 691C
   !C22F1/00 692A
   !C22F1/00 694A
   !C22F1/00 694B
【請求項の数】4
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-567434(P2016-567434)
(86)(22)【出願日】2016年4月13日
(86)【国際出願番号】JP2016061907
(87)【国際公開番号】WO2016171054
(87)【国際公開日】20161027
【審査請求日】2016年11月28日
(31)【優先権主張番号】特願2015-89868(P2015-89868)
(32)【優先日】2015年4月24日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【弁理士】
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100135633
【弁理士】
【氏名又は名称】二宮 浩康
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【弁理士】
【氏名又は名称】上島 類
(74)【代理人】
【識別番号】100114292
【弁理士】
【氏名又は名称】来間 清志
(72)【発明者】
【氏名】磯松 岳己
(72)【発明者】
【氏名】藤井 恵人
(72)【発明者】
【氏名】樋口 優
【審査官】 河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−283060(JP,A)
【文献】 特開2010−242177(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/019990(WO,A1)
【文献】 国際公開第2012/026611(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00 − 9/10
C22F 1/00 − 3/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Snを0.8〜3.0mass%、Niを0.1〜1.0mass%およびPを0.002〜0.15mass%含有し、残部がCuおよび不可避不純物からなる合金組成を有し、圧延集合組織を有する電気電子機器用銅合金板材であって、
前記圧延集合組織は、EBSDによる集合組織解析から得られた、α−fiber(φ1=0°〜45°)の方位密度が、3.0以上25.0以下の範囲内、β−fiber(φ2=45°〜90°)の方位密度が、3.0以上30.0以下の範囲内を満たすことを特徴とする銅合金板材。
【請求項2】
Snを0.8〜3.0mass%、Niを0.1〜1.0mass%およびPを0.002〜0.15mass%を含有し、さらにZnを0.1〜0.3mass%、Feを0.005〜0.2mass%およびPbを0.01〜0.1mass%含有し、かつZn、FeおよびPbを合計で0.01〜0.50mass%含有し、残部がCuおよび不可避不純物からなる合金組成を有し、圧延集合組織を有する電気電子機器用銅合金板材であって、
前記圧延集合組織は、EBSDによる集合組織解析から得られた、α−fiber(φ1=0°〜45°)の方位密度が、3.0以上25.0以下の範囲内、β−fiber(φ2=45°〜90°)の方位密度が、3.0以上30.0以下の範囲内を満たすことを特徴とする銅合金板材。
【請求項3】
圧延時における、圧延方向と平行な方向をRD、板幅方向をTDとし、前記RDのヤング率をERD、前記TDのヤング率をETDとするとき、
前記ERDおよび前記ETDがいずれも120GPa以上であり、かつ前記ERDの前記ETDに対する比(ERD/ETD)が0.85以上であることを特徴とする、請求項1または2に記載の銅合金板材。
【請求項4】
請求項1、2または3に記載の電気電子機器用銅合金板材の製造方法であって、
前記合金組成を有する銅合金を鋳造して得られた被圧延材に対して均質化熱処理を行う均質化熱処理工程と、
該均質化熱処理工程後に、前記被圧延材に対して熱間圧延を行う熱間圧延工程と、
該熱間圧延工程後に冷却を行う冷却工程と、
該冷却工程後に、前記被圧延材の両面の面削を行う面削工程と、
該面削工程後に、合計加工率が80%以上の冷間圧延を行う第1冷間圧延工程と、
該第1冷間圧延工程後に、昇温速度が10.0〜60.0℃/分、到達温度が200〜400℃、保持時間が1〜12時間、冷却速度が1.0〜10.0℃/分の条件で熱処理を施す第1焼鈍工程と、
該第1焼鈍工程後に、到達温度が800℃以下でかつ第1焼鈍工程よりも高い温度条件で更なる熱処理を施す第2焼鈍工程と、
該第2焼鈍工程後に、更なる冷間圧延を行う第2冷間圧延工程と、
該第2冷間圧延工程後に、最終熱処理を施す調質焼鈍工程と
を含むことを特徴とする銅合金板材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅合金板材およびその製造方法に関し、特に、電気・電子機器用部品や自動車用部品、例えば、コネクタ、リードフレーム、放熱部材、リレー、スイッチ、ソケットなどの部品に使用するのに適した銅合金板材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電気・電子機器用部品や自動車用部品、例えば、コネクタ、リードフレーム、放熱部材、リレー、スイッチ、ソケットなどの部品に使用される銅合金板材に要求される特性としては、耐力(降伏応力)、引張強度、ヤング率(縦弾性係数)、曲げ加工性、耐疲労特性、耐応力緩和特性、導電率などが挙げられる。近年、電子機器用部品や自動車用部品は、小型化、軽量化、高密度実装化や、使用環境の高温化などに伴って、上記したような要求特性を向上させる必要性が高まっており、それらの中でも、特にヤング率をより一層高めた板材を開発することが求められている。
【0003】
例えば、電子機器用コネクタの構成部品(例えば端子)に使用される銅合金板材は、板材の薄肉化や幅狭化によって、軽量化や材料の使用量低減が検討されている。このとき、端子の板バネ部の接圧を確保するために、端子の変位量を大きく取ろうとすると、部品の小型化との両立ができない。そこで、少ない変位量で大きな応力を得るためには、ヤング率の高い材料が必要になる。
【0004】
また、電子機器のバッテリー部分や、自動車用の大電流コネクタなどでは、導通部の断面積を大きくとる必要があるため、通常は0.5mm以上の板厚を有する厚肉材が用いられる。しかしながら、厚肉材は、成形加工を施して所定形状に曲げ変形させたとしても、その後にスプリングバックが発生しやすく、設計通りの形状が得られないという問題がある。そこで、曲げ変形させた後のスプリングバック量を低減するために、ヤング率の高い材料を用いることが好ましいとされる。特に、板材から、コネクタを構成する端子(コンタクト)を、打ち抜き加工等によって採取する方向は、通常は圧延方向に対して90°の板幅方向TDであるが、複雑な変形(曲げ加工)が加わるコネクタだと、90°以外の方向(例えば0°の方向)にコンタクトを採取せざるをえない場合がある。このため、採取された端子には、圧延方向に対して90°の方向だけではなく、90°以外の方向にも応力が付与され、曲げ変形が加わることが想定されることから、採取された端子のヤング率は、圧延時の圧延方向に対して0°および90°のいずれの方向とも高く、かつ、それらのヤング率の差(ヤング率の異方性)が小さいことが好ましい。複雑な曲げ加工とは、一つのコネクタに0°、90°の複数の曲げ加工が入り、またそのいずれもバネをとる設計である。また、曲げ加工部は180°のU字加工や、板厚を薄く加工した成形も入り、材料への高い負荷がかかる設計もある。これらを含めて、複雑な曲げ加工と示している。
【0005】
さらに、大電流コネクタ(電子機器用途などのコネクタの電流値は、おおむね1A以上、EV、HEVの場合は10A以上)では、大電流が流れることにより発生するジュール熱によって、材料自体が高温に発熱して応力緩和が生じ、これに伴って、端子に『へたり』(ばね特性の劣化)が生じやすくなるなどの問題がある。端子は、この使用中の『へたり』によって、接圧が、初期の接圧を維持できなくなって低下する傾向があることから、コネクタの端子等の部品に使用される銅合金板材としては、耐応力緩和特性に優れることも求められる。
【0006】
従来、電子機器用部品の材料としては、鉄系材の他、黄銅などの銅合金材が広く用いられている。銅合金材は、SnやZn等の固溶成分の添加による固溶強化と、圧延や線引きなどの冷間加工による加工硬化の組み合わせによって強度を向上させる方法を用いるのが一般的である。しかしながら、この方法だけで強化した銅合金材は、一般に導電率が低く、電気・電子機器用部品や自動車用部品の電気導体(例えば端子)としての使用には適さない。
【0007】
電気・電子機器用部品や自動車用部品に用いられる銅合金板材のヤング率を高めた公知技術として、本出願人は、例えば特許文献1において、圧延板の幅方向TDに向く原子面の集積に関し、(111)面の法線と板幅方向TDのなす角の角度が20°以内である原子面を有する領域の面積率を50%超えとすることで、圧延板の幅方向TDのヤング率を高め、優れた耐応力緩和特性を有する銅合金板材を提案した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2012−180593号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1は、板幅方向TDに(111)面を向けた結晶粒の面積率が50%超えとすることで、板幅方向TDのヤング率を制御した技術であるが、圧延方向と平行な方向RDのヤング率についての制御を行なうことは考慮しなかったため、板材から、コネクタを構成する端子(コンタクト)を採取する方向が90°以外の方向である場合には、十分なばね特性が得られないことがあった。
【0010】
そこで、本発明の目的は、板材の圧延面内にある2軸直交方向(すなわち圧延方向と平行な方向RDと、板幅方向TD)の結晶配向を制御し、RDとTDのヤング率の双方を、ともに異方性を極力小さくしつつ高めることによって、板材から所定形状のサンプル(例えば端子材料)を採取する方向に依らず、ばね特性等の要求特性を安定して得ることができる銅合金板材、およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、電気・電子機器用部品や自動車用部品に適した銅合金について研究を行い、Sn−Ni−P系の銅合金板材において、圧延集合組織にて、α−fiberとβ−fiberの方位密度を適正に制御することで、RDとTDのヤング率の双方とも、従来の合金板材に比べて、差を極力小さくしつつ、高いレベルにまで高めることができることを見出した。これにより、コネクタ、リードフレームの材料として使用するため、板材から材料を採取する方向に依らず、所定のバネ特性を安定して得ることができる。また、上記のような圧延集合組織を実現するための製造方法も見出した。そして、これらの知見に基づき鋭意検討の結果、本発明を成すに至った。
【0012】
すなわち、本発明の要旨構成は、以下のとおりである。
(1)Snを0.8〜3.0mass%、Niを0.1〜1.0mass%およびPを0.002〜0.15mass%含有し、残部がCuおよび不可避不純物からなる合金組成を有し、圧延集合組織を有する電気電子機器用銅合金板材であって、前記圧延集合組織は、EBSDによる集合組織解析から得られた、α−fiber(φ1=0°〜45°)の方位密度が、3.0以上25.0以下の範囲内、β−fiber(φ2=45°〜90°)の方位密度が、3.0以上30.0以下の範囲内を満たすことを特徴とする銅合金板材。
【0013】
(2)Snを0.8〜3.0mass%、Niを0.1〜1.0mass%およびPを0.002〜0.15mass%を含有し、さらにZnを0.1〜0.3mass%、Feを0.005〜0.2mass%およびPbを0.01〜0.1mass%含有し、かつZn、FeおよびPbを合計で0.01〜0.50mass%含有し、残部がCuおよび不可避不純物からなる合金組成を有し、圧延集合組織を有する電気電子機器用銅合金板材であって、前記圧延集合組織は、EBSDによる集合組織解析から得られた、α−fiber(φ1=0°〜45°)の方位密度が、3.0以上25.0以下の範囲内、β−fiber(φ2=45°〜90°)の方位密度が、3.0以上30.0以下の範囲内を満たすことを特徴とする銅合金板材。
【0014】
(3)圧延時における、圧延方向と平行な方向をRD、板幅方向をTDとし、前記RDのヤング率をERD、前記TDのヤング率をETDとするとき、前記ERDおよび前記ETDがいずれも120GPa以上であり、かつ前記ERDの前記ETDに対する比(ERD/ETD)が0.85以上であることを特徴とする、上記(1)または(2)に記載の銅合金板材。
【0015】
(4)上記(1)、(2)または(3)に記載の電気電子機器用銅合金板材の製造方法であって、前記合金組成を有する銅合金を鋳造して得られた被圧延材に対して均質化熱処理を行う均質化熱処理工程と、該均質化熱処理工程後に、前記被圧延材に対して熱間圧延を行う熱間圧延工程と、該熱間圧延工程後に冷却を行う冷却工程と、該冷却工程後に、前記被圧延材の両面の面削を行う面削工程と、該面削工程後に、合計加工率が80%以上の冷間圧延を行う第1冷間圧延工程と、該第1冷間圧延工程後に、昇温速度が10.0〜60.0℃/分、到達温度が200〜400℃、保持時間が1〜12時間、冷却速度が1.0〜10.0℃/分の条件で熱処理を施す第1焼鈍工程と、該第1焼鈍工程後に、到達温度が800℃以下でかつ第1焼鈍工程よりも高い温度条件で更なる熱処理を施す第2焼鈍工程と、該第2焼鈍工程後に、更なる冷間圧延を行う第2冷間圧延工程と、該第2冷間圧延工程後に、最終熱処理を施す調質焼鈍工程とを含むことを特徴とする銅合金板材の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、Snを0.8〜3.0mass%、Niを0.1〜1.0mass%およびPを0.002〜0.15mass%含有し、残部がCuおよび不可避不純物からなる合金組成を有し、圧延集合組織を有する電気電子機器用銅合金板材であって、前記圧延集合組織は、EBSDによる集合組織解析から得られた、α−fiber(φ1=0°〜45°)の方位密度が、3.0以上25.0以下の範囲内、β−fiber(φ2=45°〜90°)の方位密度が、3.0以上30.0以下の範囲内であることによって、板材から所定形状のサンプル(例えば端子材料)を採取する方向に依らず、ばね特性等の要求特性を安定して得ることができる銅合金板材を提供することが可能になった。特に、この銅合金板材は、電気・電子機器用部品や自動車用部品、例えば、コネクタ、リードフレーム、放熱部材、リレー、スイッチ、ソケットなどの部品に使用するのに適している。また、本発明に従う銅合金板材の製造方法によれば、上記銅合金板材を好適に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、EBSDにより測定し、ODF(方位分布関数)解析から得られた、銅合金板材の代表的な結晶方位分布図であって、圧延面内の2軸直交方向である、圧延方向と平行な方向RDおよび板幅方向TDと、圧延面の法線方向NDの3方向のオイラー角で示し、すなわち、RD軸の方位回転をΦ、ND軸の方位回転をΦ、TD軸の方位回転をΦとして示す。
図2図2は、純銅型β−fiberの圧延集合組織の結晶方位分布図であって、ODFのTD軸の方位回転Φを5°間隔で分割して示した図である。
図3図3は、合金型α−fiberの圧延集合組織の結晶方位分布図であって、ODFのTD軸の方位回転Φを5°間隔で分割して示した図である。
図4図4は、本発明に従う銅合金板材(実施例1)の圧延集合組織のODF解析によって得られた、α−fiberにおける、Φと方位密度との関係を示す図である。
図5図5は、本発明に従う銅合金板材(実施例1)の圧延集合組織のODF解析によって得られた、β−fiberにおける、Φと方位密度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の銅合金板材の好ましい実施の態様について、詳細に説明する。
本発明に従う銅合金板材は、Snを0.8〜3.0mass%、Niを0.1〜1.0mass%およびPを0.002〜0.15mass%含有し、残部がCuおよび不可避不純物からなる合金組成を有し、圧延集合組織を有する電気電子機器用銅合金板材であって、前記圧延集合組織は、EBSDによる集合組織解析から得られた、α−fiber(φ1=0°〜45°)の方位密度が、3.0以上25.0以下、β−fiber(φ2=45°〜90°)の方位密度が、3.0以上30.0以下を満たすことを特徴とする。
【0019】
ここで、「銅合金材料」とは、(加工前であって所定の合金組成を有する)銅合金素材が所定の形状(例えば、板、条、箔、棒、線など)に加工されたものを意味する。その中で、板材とは、特定の厚みを有し形状的に安定しており面方向に広がりをもつものを指し、広義には条材を含む意味である。本発明において、板材の厚さは、特に限定されるものではないが、好ましくは0.05〜1.0mm、さらに好ましくは0.1〜0.8mmである。なお、本発明の銅合金板材は、その特性を圧延板の所定の方向における原子面の集積率で規定するものであるが、これは銅合金板材としてそのような特性を有しておれば良いのであって、銅合金板材の形状は板材や条材に限定されるものではない。本発明では、管材も板材として解釈して取り扱うことができるものとする。
【0020】
[成分組成]
本発明の銅合金板材の成分組成とその作用について示す。
(必須添加元素)
本発明の銅合金板材は、Snを0.8〜3.0mass%、Niを0.1〜1.0mass%およびPを0.002〜0.15mass%含有している。Sn、NiおよびPの含有量を上記の範囲内とすることにより、NiとPの化合物を析出させて、銅合金板材の強度と耐応力緩和特性を向上させることができる。また、Sn、NiおよびPの母相への固溶と析出の状態により、集合組織が変化し、上記の範囲とすることで、α−fiberとβ−fiberが混合した集合組織が得られ、高いヤング率が得られる。また、Snとともに、NiおよびPを含有させることにより、耐応力緩和特性の向上について、相乗効果を奏することができる。Snを0.8〜3.0mass%、Niを0.1〜1.0mass%、Pを0.002〜0.15mass%、好ましくは、Snを0.85〜2.7mass%、Niを0.15〜0.95mass%、Pを0.03〜0.09mass%含有する。これらの元素のうち、少なくとも1成分の含有量が上記範囲よりも多すぎると、導電率を低下させ、また、少なすぎると上記の効果が十分に得られないからである。
【0021】
(任意添加元素)
本発明の銅合金板材は、上記Sn、NiおよびPの必須の添加成分に加えて、さらに、任意添加元素として、さらにZnを0.1〜0.3mass%、Feを0.005〜0.2mass%およびPbを0.05〜0.1mass%含有させることができる。
【0022】
(0.1〜0.3mass%Zn)
Znは、耐応力緩和特性を向上させるとともに半田の脆化を著しく改善する作用を有する元素である。しかしながら、Zn含有量が0.1mass%未満だと、かかる作用を十分に発揮することができず、また、0.3mass%超えだと、導電率が悪化する 問題が生じるおそれがある。このため、Zn含有量は、0.1〜0.3mass%とすることが好ましい。
【0023】
(0.005〜0.2mass%Fe)
Feは、化合物や単体で微細に析出し、析出硬化に寄与する。また、化合物として50〜500nmの大きさで析出し、粒成長を抑制することによって結晶粒径を微細にする効果があり、曲げ加工性を良好にする。このため、Fe含有量は、0.005〜0.2mass%とすることが好ましい。Feの含有量が0.005mass%未満だと、上記の効果が得られず、0.2mass%超えだと、母相に固溶し、導電率を悪化させる。
【0024】
(0.05〜0.1mass%Pb)
Pbは、単体で母相中に分散することで、プレス加工、切削加工時の切削性を向上させる。これは、単体のPbが母相よりも硬さが低いために、切削加工が容易になる。このため、Pb含有量は、0.05〜0.1mass%とすることが好ましい。Pbの含有量が0.05mass%未満だと、上記の効果が得られず、0.1mass%超えだと、母相に固溶し、導電率を悪化させる。
【0025】
(Zn、FeおよびPbを、合計で0.01〜0.50mass%含有すること)
Zn、FeおよびPbを、合計で0.01〜0.50mass%含有することが好ましい。これらの任意添加成分の含有量を合計で上記範囲とすることにより、導電率を低下させることなく、上記効果を十分に発揮することができる。なお、Zn、FeおよびPbの合計含有量は、より好ましくは0.05〜0.30mass%である。
【0026】
[圧延集合組織]
本発明の銅合金板材は、圧延集合組織を有し、この圧延集合組織は、EBSDによる集合組織解析から得られた、α−fiber(φ1=0°〜45°)の方位密度が、3.0以上25.0以下の範囲内、β−fiber(φ2=45°〜90°)の方位密度が、3.0以上30.0以下の範囲内である。なお、ここでいう「方位密度」とは、結晶粒方位分布関数(ODF:crystal orientation distribution function)とも表され、ランダムな結晶方位分布の状態を1とし、それに対して何倍の集積となっているかを示すものであり、集合組織の結晶方位の存在比率および分散状態を定量的に解析する際に用いる。方位密度は、EBSDおよびX線回折測定結果より、(100),(110),(112)正極点図等3種類以上の正極点図測定データを基にして、級数展開法による結晶方位分布解析法により算出される。
【0027】
本発明者らは、銅合金板材のRDおよびTDの双方のヤング率を高めるために、圧延集合組織との関係について鋭意検討した。その結果、合金組成を上記範囲に限定した上で、α−fiber(φ1=0°〜45°の範囲)の方位密度と、β−fiber(φ2=45°〜90°の範囲)の方位密度とを、それぞれ適正範囲に制御することで、RDとTDの双方のヤング率が高まることを見出した。すなわち、EBSDによる集合組織解析から得られた、α−fiber(φ1=0°〜45°)の方位密度が、3.0以上25.0以下の範囲内、β−fiber(φ2=45°〜90°)の方位密度が、3.0以上30.0以下の範囲内であるとき、RDとTDの双方のヤング率が、ともに高められるとともに、それらのヤング率の差(異方性)も小さくなるため、本発明では、α−fiber(φ1=0°〜45°)の方位密度とβ−fiber(φ2=45°〜90°)の方位密度を、それぞれ上記範囲に限定した。
【0028】
図1は、EBSDにより測定し、ODF(方位分布関数)解析から得られた、銅合金板材の代表的な結晶方位分布図であって、圧延面内の2軸直交方向である、圧延方向と平行な方向RDおよび板幅方向TDと、圧延面の法線方向NDの3方向のオイラー角で示し、すなわち、RD軸の方位回転をΦ、ND軸の方位回転をΦ、TD軸の方位回転をΦとして示す。ここで、α−fiberはφ1 =0°〜45°の範囲に集積し、β−fiberはφ2 の45°〜90°の範囲に集積している。図2図3は、ODFのTD軸の方位回転Φを5°間隔で分割した図で、図2は純銅型β−fiber、図3は合金型α−fiberの圧延集合組織を示している。
【0029】
[EBSD法]
本発明における上記圧延集合組織の解析にはEBSD法を用いた。EBSD法とは、Electron BackScatter Diffractionの略で、走査電子顕微鏡(SEM)内で試料に電子線を照射したときに生じる反射電子菊池線回折を利用した結晶方位解析技術のことである。本発明におけるEBSD測定では、結晶粒を200個以上含む、800μm×1600μmの試料面積に対し、0.1μmステップでスキャンし、測定した。前記測定面積およびスキャンステップは、試料の結晶粒の大きさに応じて決定すればよい。測定後の結晶粒の解析には、TSL社製の解析ソフトOIM Analysis(商品名)を用いた。EBSDによる結晶粒の解析において得られる情報は、電子線が試料に侵入する数10nmの深さまでの情報を含んでいる。また、板厚方向の測定箇所は、試料表面から板厚tの1/8倍〜1/2倍の位置付近とすることが好ましい。
【0030】
本明細書における結晶方位の表示方法は、Z軸に垂直な(圧延面(XY面)に平行な)結晶面の指数(h k l)と、X軸に垂直な(YZ面に平行な)結晶方向の指数[u v w]とを用いて、(h k l)[u v w]の形で表す。また、(1 3 2)[6 −4 3]や(2 3 1)[3 −4 6]などのように、銅合金の立方晶の対称性のもとで等価な方位については、ファミリー(総称)を表すカッコ記号を使用し、{h k l}<u v w>と表す。代表的な結晶方位として、Brass方位{011}<211>、S方位{123}<634>、Copper方位{112}<111>、Goss方位{110}<001>、RDW方位{012}<100>、BR方位{236}<385>などが挙げられる。ここで、α−fiberはφ1=0°〜45°の範囲であり、Goss方位〜Brass方位、β−fiberはφ2=45°〜90°の範囲であり、Brass方位〜S方位〜Copper方位でそれぞれ連続的に変化するファイバー集合組織として存在している。α−fiberは、合金型の集合組織、β−fiberは、純銅型の集合組織であり、これら2種類の集合組織群は、通常単独で発達するが、本発明の銅合金板材の合金成分は、純銅型と合金型の混合組織であり、これは、添加元素であるSnおよびNiを規定の範囲内で制御することで得られる組織である。α−fiberとβ−fiberがともに規定の範囲内で存在することによって、RDとTDのヤング率が高く、さらにRDとTDのヤング率の差(異方性)が小さくなる。
【0031】
[RDおよびTDのヤング率]
本発明の銅合金板材は、圧延時における、圧延方向と平行な方向をRD、板幅方向をTDとし、前記RDのヤング率をERD、前記TDのヤング率をETDとするとき、前記ERDおよび前記ETDがいずれも120GPa以上であり、かつ前記ERDの前記ETDに対する比(ERD/ETD)が0.85以上であることが好ましい。RDのヤング率ERDおよびTDのヤング率ETDが少なくとも1方が120GPa未満であるか、あるいは、前記ERDの前記ETDに対する比ERD/ETDが0.85未満であると、銅合金板材から所定形状のサンプル(例えば端子材料)を採取する方向によっては、ばね特性等の要求特性を満足することができなくなるおそれがあるからである。
【0032】
[本発明の銅合金板材の製造方法]
次に、本発明の銅合金板材の製造方法の一例を以下で説明する。
本発明の銅合金板材の製造方法は、銅合金素材を溶解し、鋳造(工程1)して得た鋳塊に対して、保持温度800℃以上、保持時間1分から10時間の均質化熱処理(工程2)を行い、その後、合計加工率50%以上、圧延温度500℃以上にて圧延回数2回以上の熱間圧延(工程3)を行った後、水冷による急冷(工程4)を行う。この後、表面の酸化膜の除去のため、圧延材の表裏の両面をそれぞれ0.6mm以上の面削(工程5)を行う。その後、合計加工率80%以上となるよう第1冷間圧延(工程6)を行った後、昇温速度10.0〜60.0℃/分、到達温度200〜400℃、保持時間1時間〜12時間、冷却速度1.0〜10.0℃/分にて第1焼鈍(工程7)を行い、その後、到達温度が800℃以下でかつ第1焼鈍工程よりも高い温度条件、すなわち、到達温度400〜800℃、保持時間1秒〜10分にて第2焼鈍(工程8)を行う。次に、圧延加工率20%以上、圧延回数2回以上で第2冷間圧延(工程9)を行った後、到達温度350〜600℃、保持時間1秒〜2時間にて調質焼鈍(工程10)を行う。このようにして、本発明の銅合金板材を作製する。
【0033】
銅合金素材は、Snを0.8〜3.0mass%、Niを0.1〜1.0mass%およびPを0.002〜0.15mass%を含有し、さらに必要に応じてZnを0.1〜0.3mass%、Feを0.005〜0.2mass%およびPbを0.05〜0.1mass%含有し、かつZn、FeおよびPbを合計で0.01〜0.50mass%含有し、残部がCuおよび不可避不純物からなる合金組成を有するものである。
【0034】
ここでいう「圧延加工率」とは、圧延前の断面積から圧延後の断面積を引いた値を圧延前の断面積で除して100を乗じ、パーセントで表した値である。すなわち、下記式で表される。
[圧延加工率]={([圧延前の断面積]−[圧延後の断面積])/[圧延前の断面積]}×100(%)
【0035】
本発明では、上記製造方法の中で、特に第1冷間圧延工程(工程6)と、第1焼鈍工程(工程7)とを制御することが重要である。すなわち、第1冷間圧延(工程6)は、本発明の組織を得るために、合計加工率が80%以上となるように圧延することが必要である。また、圧延集合組織を十分に発達させ、α−fiberとβ−fiberの方位密度を適正範囲内に制御するため、第1焼鈍工程(工程7)は、昇温速度が10.0〜60.0℃/分、到達温度が200〜400℃、保持時間が1〜12時間、冷却速度が1.0〜10.0℃/分の条件で熱処理を施すことが必要である。ここで、第1冷間圧延1(工程6)の合計加工率が80%未満と低すぎると、第1焼鈍工程(工程7)での集合組織制御にて方位がランダム化し、α−fiberとβ−fiberの方位密度が規定の範囲を下回る傾向がある。また、第1冷間圧延工程(工程6)の合計加工率が80%以上であったとしても、第1焼鈍工程(工程7)の、昇温速度、到達温度、保持時間および冷却速度の少なくとも1つが適正範囲外である場合も同様に、集合組織制御にて方位がランダム化し、α−fiberとβ−fiberの方位密度が規定の範囲を下回る傾向がある。よって、本発明では、第1冷間圧延工程(工程6)と第1焼鈍工程(工程7)の条件を適正に調整して製造することで、目標とする組織および特性が得られる。
【実施例】
【0036】
以下に、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0037】
(実施例1〜8および比較例1〜7)
本発明の実施例1〜8および比較例1〜7は、表1に示す組成となるように、それぞれSn、NiおよびP、ならびに必要に応じて添加する任意添加成分を含有し、残部がCuと不可避不純物からなる銅合金素材を高周波溶解炉により溶解し、これを鋳造(工程1)して鋳塊を得た。鋳塊に対して、保持温度800℃以上、保持時間1分から10時間の均質化熱処理(工程2)を行い、その後、合計加工率50%以上、圧延温度500℃以上にて圧延回数2回以上の熱間圧延(工程3)を行った後、水冷による急冷(工程4)を行う。この後、表面の酸化膜の除去のため、圧延材の表裏の両面をそれぞれ0.6mm以上の面削(工程5)を行う。その後、表1に示す合計加工率にて第1冷間圧延(工程6)を行った後、表1に示す熱処理条件にて第1焼鈍(工程7)を行い、その後、到達温度400〜800℃、保持時間1秒〜10分にて第2焼鈍(工程8)を行う。次に、圧延加工率20%以上、圧延回数2回以上で第2冷間圧延(工程9)を行った後、到達温度350〜600℃、保持時間1秒〜2時間にて調質焼鈍[工程10]を行う。このようにして、本発明の銅合金板材を作製した。各実施例、比較例での製造条件と得られた供試材の特性を表2に示す。
【0038】
これらの供試材について下記の特性調査を行った。
【0039】
[EBSD測定によるα−fiberおよびβ−fiberの方位密度]
α−fiberおよびβ−fiberの方位密度は、EBSD法により、測定面積が128×10μm(800μm×1600μm)、スキャンステップが0.1μmの条件で測定を行った。スキャンステップは微細な結晶粒を測定するため、0.1μmステップで行った。解析では、128×10μmのEBSD測定結果から、解析にてODF(方位分布関数)およびα−fiber、β−fiberを確認した。電子線は走査電子顕微鏡のWフィラメントからの熱電子を発生源とし、測定時のプローブ径は、約0.015μmである。また、EBSD法の測定装置には、(株)TSLソリューションズ製 OIM5.0(商品名)を用いた。なお、測定箇所は、板材の平面部を機械研磨、電解研磨にて処理した領域で行った。さらに、測定箇所は、板材の板厚方向に沿って5箇所以上とし、その平均の方位密度を算出した。
【0040】
[ヤング率の測定]
試験片は、各供試材から、圧延方向と平行な方向RDと、板幅方向TD(圧延方向RDに対して直交する方向)に、それぞれ、幅20mm、長さ200mmの短冊状試験片を採取し、試験片の長さ方向に引張試験機により応力を付与し、歪と応力の比例定数を算出した。降伏するときの歪量の80%の歪量を最大変位量とし、その変位量までを10分割した変位を与え、その10点での測定値から歪と応力の比例定数をヤング率として求めた。
【0041】
[導電率(EC)]
各供試材の導電率は、20℃(±0.5℃)に保たれた恒温槽中で四端子法により計測した比抵抗の数値から算出した。なお、端子間距離は100mmとした。板材の導電率が25%IACS以上である場合を良好、25%IACS未満の場合を不良と判断する。
【0042】
【表1】
【0043】
【表2】
【0044】
表2に示す結果から、実施例1〜8はいずれも、合金組成、α−fiber(φ1=0°〜45°)およびβ−fiber(φ2=45°〜90°)の方位密度のすべてが本発明の範囲内であるため、RDのヤング率ERDが125〜151GPa、TDのヤング率ETDが129〜158GPaといずれも120GPa以上と高く、しかも、ERD/ETD比が、0.85〜0.99と0.85以上であり、ヤング率ERD、TDの異方性が小さかった。一方、比較例1〜7はいずれも、合金組成、α−fiber(φ1=0°〜45°)およびβ−fiber(φ2=45°〜90°)の方位密度の数値範囲の下限値および上限値の少なくとも1方が本発明の適正範囲外であり、特に、比較例1、2、5および7はいずれも、RDのヤング率ERDが120GPaよりも小さく、また、比較例3〜6はいずれも、ERD/ETD比が0.85よりも小さかった。
【0045】
また、図4は、実施例1と比較例1に関し、α−fiberにおける、Φ(0〜50°)に対する方位密度の変化を示した図、図5は、実施例1と比較例1に関し、β−fiberにおける、Φ(45〜90°)に対する方位密度の変化を示した図である。これらの図から、実施例1は、α−fiber(φ1=0°〜45°)およびβ−fiber(φ2=45°〜90°)の方位密度が、いずれも本発明の範囲内にあるのに対し、比較例1では、α−fiber(φ1=0°〜45°)およびβ−fiber(φ2=45°〜90°)の方位密度の数値範囲が、いずれも本発明の範囲外であるのがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明によれば、板材から所定形状のサンプル(例えば端子材料)を採取する方向に依らず、ばね特性等の要求特性を安定して得ることができる銅合金板材を提供することが可能になった。特に、この銅合金板材は、電気・電子機器用部品や自動車用部品、例えば、コネクタ、リードフレーム、放熱部材、リレー、スイッチ、ソケットなどの部品に適用される。
図1
図2
図3
図4
図5