(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
Niを1.0質量%以上5.0質量%以下、Siを0.1質量%以上2.0質量%以下含有し、さらに、Snを0〜0.5%質量%、Znを0〜1.0質量%、Mgを0〜0.2質量%、Mnを0〜0.15質量%、Crを0〜0.2質量%、Coを0〜1.5質量%、Feを0〜0.02質量%、及びAgを0〜0.1質量%からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有し、残部が銅および不可避不純物からなる組成を有し、
圧延面に平行な、板厚の半分の厚さ位置の平面における、電子後方散乱回折法による結晶方位解析において、S方位{231}<3−46>からのずれが15°以内である方位を有する結晶粒が60μm四方内に3個以上50個以下分布し、かつ、
S方位{231}<3−46>からのずれが15°以内である方位を有する結晶粒の平均結晶粒面積が1.0μm2以上300μm2以下である、ことを特徴とする銅合金板材。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の銅合金板材の好ましい一実施形態について説明する。なお、本発明における「板材」には、「条材」も含むものとする。
【0014】
本発明者らは、電気・電子機器用途、自動車車載用途に適した銅合金について研究を行った。その結果、Cu−Ni−Si系の銅合金板材において、プレス打ち抜き加工性、強度、曲げ加工性を大きく向上させるために、S方位{231}<3−46>を有する結晶粒の、一定の面積での等分散を向上させることが、プレス打ち抜き加工性、強度、曲げ加工の向上と相関があることを見出した。この知見に基づき鋭意検討の結果、本発明を成すに至った。これにより、上記の金型のクリアランス検討や速度調整などのプレス加工技術と、材料(金属組織)の制御により、加工精度(破断面の比率が小さい優れた加工性)の大幅な向上が見込まれる。また、上記のような金属組織を実現するため、S方位結晶粒の等分散を向上させることがプレス打ち抜き加工性の向上と相関があることに基づいて、製造方法の発明を成すに至った。
【0015】
より詳細には、銅合金板材のプレス打ち抜き加工性を改善するために、本発明者らはプレス打ち抜き加工でのダレ、エグレ、バリ、せん断/破断面の発生について調査したところ、銅合金板材がプレス加工中にパンチとダイの間で切断される過程で、塑性変形が局所的に生じ、パンチ側から材料が破断し、板厚方向に亀裂が進展し、その後、破断に至ることを確認した。塑性変形中はパンチと材料が面で接触しているために、パンチ、材料間で摩擦が生じ、せん断面が発生することを見出した。また、局所的な塑性変形中に生じる加工硬化によって、マイクロボイドの生成と連結が起こり、加工限界に達することを確認した。さらに、このように良好なプレス打ち抜き加工性を得るために、塑性変形中に加工硬化が生じにくい結晶方位の割合を高めることが効果的であることを見出した。
これらの知見をもとにさらに調査を進め、S方位{231}<3−46>の結晶粒が等分散している場合に、良好なプレス打ち抜き加工性が得られることを見出した。
【0016】
ここで、S方位結晶粒が等分散している、とは、本明細書では、圧延面(ND面)と平行な、板厚の半分の厚さ位置の平面での、電子後方散乱回折法による結晶方位解析において、60μm四方(60μm×60μm)内にS方位{231}<3−46>の結晶粒(以下、単にS方位結晶粒ということもある。)が3個以上50個以下分布していることを言うものとする。
【0017】
本実施形態の銅合金板材は、Niを1.0質量%以上5.0質量%以下、Siを0.1質量%以上2.0質量%以下含有し、さらに副添加元素をそれぞれ所定の含有量で含有し、残部が銅および不可避不純物からなる組成を有し、板厚の半分の厚さの平面での、電子後方散乱回折(EBSD)法による結晶方位解析において、S方位結晶粒が等分散しているものである。
またさらに、圧延平行方向(RD)(//)と圧延垂直方向(TD)(⊥)のプレス打ち抜き加工性{プレス打ち抜き破面のせん断面長さ(S)と破断面長さ(D)の比(S
RD/D
RD)と(S
TD/D
TD)}が1.0以下であり、好ましくは0.95以下、より好ましくは0.9以下である。さらに、これらの比{(S
RD/D
RD)/(S
TD/D
TD)}は、0.8以上1.2以下であり、好ましくは0.85以上1.15以下、さらに好ましくは0.9以上1.1以下である。
以下、詳細に説明する。
【0018】
(合金組成)
本実施形態の銅合金板材は、好ましくはNiを1.0質量%以上5.0質量%以下、Siを0.1質量%以上2.0質量%以下含有し、さらに副添加元素をそれぞれ所定の含有量で含有し、残部が銅および不可避不純物からなる組成を有する。より好ましくはNiを1.5質量%以上4.8質量%以下、Siを0.5質量%以上2.0質量%以下とする。特に好ましくはNiを2.0質量%以上4.5%以下、Siを0.7質量%以上1.5%以下とする。
上記の合金組成によって、Ni−Si系化合物(Ni
2Si相)がCuマトリックス中に析出して強度および導電性が向上する。一方、Niの含有量が少なすぎると強度が得られず、多すぎると鋳造時や熱間加工時に強度向上に寄与しない析出が生じ、添加量に見合う強度が得られず、さらに熱間加工性および曲げ加工性が低下する。またSiはNiとNi
2Si相を形成するため、Ni量が決まるとSi添加量が大体決まる。Si量が少なすぎると強度が得られず、Si量が多すぎるとNi量が多い場合と同様な問題が生じる。したがって、NiおよびSiの添加量は上記範囲とすることが好ましい。
【0019】
また銅合金板材は、Niを1.0質量%以上5.0質量%以下、Siを0.1質量%以上2.0質量%以下含有し、さらに副添加元素として、Snを0〜0.5%質量%、Znを0〜1.0質量%、Mgを0〜0.2質量%、Mnを0〜0.15質量%、Crを0〜0.2質量%、Coを0〜1.5質量%、Feを0〜0.02質量%、及びAgを0〜0.1質量%からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有してもよい。
【0020】
これらの副添加元素は総量が上記範囲であると導電率を低下させる弊害が生じにくくなる。また上記範囲であれば、下記の添加効果を十分に活用し、かつ導電率が著しく低下しない。特に上記それぞれ所定の含有量であれば、高い添加効果と高い導電率を得ることができる。一方、副添加元素が少なすぎる場合には、添加効果が十分に発現しなくなる。他方、副添加元素が多すぎる場合には、導電率が低くなり好ましくない。以下に、各元素の添加効果を記載する。
【0021】
[0〜0.20質量%Mg]
Mgは、SnやZnと同様、耐応力緩和特性を向上させるとともに半田の脆化を著しく改善する作用を有する元素である。しかしながら、Mg含有量が0.2質量%超えだと、Mgが銅合金の母材に固溶してしまい、導電率を著しく悪化させる問題が生じるおそれがある。このため、Mg含有量は、0〜0.20質量%とする。なお、Mgは、単独で添加するよりも、SnやZnとともに添加した方が相乗作用によって耐応力緩和特性を格段に向上させることができるので、SnやZnとともに添加することが好ましい。
【0022】
[0〜0.50質量%Sn]
Snは、MgやZnと同様、耐応力緩和特性を向上させるとともに半田の脆化を著しく改善する作用を有する元素である。しかしながら、Sn含有量が0.50質量%超えだと、熱間加工性および導電率が悪化するという問題が生じるおそれがある。このため、Sn含有量は、0〜0.50質量%とする。なお、Snは、単独で添加するよりも、MgやZnとともに添加した方が相乗作用によって耐応力緩和特性を格段に向上させることができるので、MgやZnとともに添加することが好ましい。
【0023】
[0〜1.0質量%Zn]
Znは、MgやSnと同様、耐応力緩和特性を向上させるとともに半田の脆化を著しく改善する作用を有する元素である。しかしながら、Zn含有量が1.0質量%超えだと、導電率が悪化するという問題が生じるおそれがある。このため、Zn含有量は、0〜1.0質量%とする。なお、Znは、単独で添加するよりも、MgやSnとともに添加した方が相乗作用によって耐応力緩和特性を格段に向上させることができるので、MgやSnとともに添加することが好ましい。
【0024】
[0〜0.15質量%Mn]
Mnは、熱間加工性を向上させるとともに、強度を向上する作用を有する元素である。しかしながら、Mn含有量が0.15質量%超えだと、強度に寄与しないMn系の介在物を形成する問題が生じるおそれがある。このため、Mn含有量は、0〜0.15質量%とする。
【0025】
[0〜0.20質量%Cr]
Crは、化合物や単体で微細に析出し、析出硬化に寄与し、また、化合物として50〜500nmの大きさで析出し、粒成長を抑制することによって結晶粒径を微細にする効果があり、曲げ加工性を良好にするのに有効な元素である。しかしながら、Cr含有量が0.20質量%超えだと、導電率の低下と共晶Crを形成するという問題が生じるおそれがある。このため、Cr含有量は、0〜0.20質量%とする。なお、Crが添加されていない状態でも、他の元素の調整により、結晶粒粗大化を抑制することができる。
【0026】
[0〜1.5質量%Co]
Coは、Siと結合してCo−Si系の析出物を形成し、析出強化を向上させる作用を有する元素である。しかしながら、Co含有量が1.5質量%超えだと、溶体化熱処理でのCoの固溶が困難になり、十分な析出強度が得られないという問題が生じるおそれがある。このため、Co含有量は、0〜1.5質量%とする。なお、Coを添加しない場合は、NiSi系の析出物で析出強化を担う。Coを添加し、Ni量を調整することで、析出強化量を増加させることができる。
【0027】
[0〜0.1質量%Ag]
Agは、熱間加工性を向上させるとともに、強度を向上する作用を有する元素である。しかしながら、Ag含有量が0.1質量%超えだと、冷間加工性悪化の問題が生じるおそれがある。このため、Ag含有量は、0〜0.1質量%とする。
【0028】
[0〜0.02質量%Fe]
Feは、化合物や単体で微細に析出し、析出硬化に寄与する。また、化合物として50〜500nmの大きさで析出し、粒成長を抑制することによって結晶粒径を微細にする効果があり、曲げ加工性を良好にする元素である。しかしながら、Fe含有量が0.02質量%超えだと、冷間加工性悪化と導電率の著しい低下の問題が生じるおそれがある。このため、Fe含有量は、0〜0.02質量%とする。
【0029】
(結晶粒の分布と面積率)
本実施形態の銅合金板材ではS方位結晶粒が、
図1に示すように、60μm四方(60μm×60μm)内にS方位{231}<3−46>の結晶粒(以下、単にS方位結晶粒ということもある。)が3個以上50個以下分布する態様で等分散しており、その場合、プレス打ち抜き加工の異方性が低減し、その後の曲げ加工性が改善する、良好な特性が得られる。
一方、上記のS方位結晶粒の1ブロックあたりの個数が3個より少ないかまたは50個より多い場合は、プレス打ち抜き破面の圧延平行方向(RD)と圧延垂直方向(TD)でのせん断面長さ(S)と破断面長さ(D)の比(S
RD/D
RD)と(S
TD/D
TD)が大きくなりすぎて、プレス加工時に異方性が生じ、さらにエグレ、バリ、ダレが発生しやすくなる。そのためプレス加工が不安定化してしまい、小型コネクタの成形の際に、寸法バラツキやばね特性(接圧、変位量)にバラツキが生じ、特性が悪化する。
【0030】
なおS方位結晶粒は、60μm四方内に4個以上45個以下が好ましく、さらには5個以上40個以下がより好ましい。このように、S方位結晶粒がさらに多数分布していれば、より好ましい。
【0031】
本実施形態の銅合金板材においては、S方位{231}<3−46>の結晶粒の平均結晶粒面積は、1.0μm
2以上300μm
2以下であり、好ましくは2.0μm
2以上250μm
2以下であり、より好ましくは2.0μm
2以上200μm
2以下である。
【0032】
なお本発明の銅合金板材においては、S方位以外の結晶方位として、Cube方位{0
0 1}<1 0 0>、Copper方位{1 2 1}<1 −1 1>、D方位{4 11 4}<11 −8 11>、Brass方位{1 1 0}<1 −1 2>、Goss方位{1 1 0}<0 0 1>、R1方位{2 3 6}<3 8 5>、RDW方位{1 0 2}<0 −1 0>などが発生する。これらの方位成分の面積率は、観測される全方位の面積に対してS方位面積率が上記の範囲にあれば、いかなる値であってもよい。
【0033】
(結晶方位解析)
上述のような結晶方位の解析には、電子後方散乱回折(以下EBSDと記す。)法が用いられる。EBSD法とは、Electron BackScatter Diffractionの略であり、走査電子顕微鏡(SEM)内でサンプル表面の1点に電子線を照射したときに生じる反射電子回折模様(EBSP:electron back−scattering pattern)を用いて局所領域の結晶方位や結晶構造を解析する結晶方位解析技術のことである。
上記結晶方位の解析では、S方位{231}<3−46>の結晶粒として、S方位の理想方位から±15°以内の結晶粒をすべてカウントする。EBSD法による方位解析において得られる情報は、電子線がサンプルに侵入する数10nmの深さまでの方位情報を含んでいるが、測定している広さに対して十分に小さいため、本明細書では方位結晶粒個数、面積率として記載する。また、方位分布は、板厚方向で半分の位置が全体を代表しているものとして、EBSD法による方位解析は、板厚方向に半分の位置までサンプルのND面を削り、その位置での平面でEBSD法による方位解析を行うものとする。
【0034】
例えばEBSD法による結晶方位解析にて0.5μmステップでスキャンし、このうち60μm四方を1ブロックとし、2ブロック以上での解析を行う。1ブロックの面積(60μm×60μm=3600μm
2)Tに当該ブロックのS方位面積率Rを乗じて1ブロックあたりのS方位結晶粒の総面積Tsを求め、その総面積Tsの値を1ブロック内のS方位結晶粒の個数Nsで除して、1ブロック内におけるS方位の結晶粒1個あたりの平均面積、すなわち平均結晶粒面積A=Ts/Nsを求める。
解析を行うブロック数は、2ブロック以上あればよいが、解析結果の精度を上げるためには、ブロック数をできるだけ多くするのが好ましい。
【0035】
(製造方法)
次に、本発明の銅合金板材の製造方法の好ましい実施形態について説明する。
本実施形態の銅合金板材は、S方位結晶粒の平均結晶粒面積、分散性を制御するために、均質化熱処理前の鋳塊への冷間圧延で与ひずみを加え、溶体化熱処理前に再結晶しない温度帯を保持しながらの圧延を施すことによって、圧延材全体でひずみの導入と解放を適度な状態に制御できる。これにより、上述したS方位結晶粒を等分散とすることができる。また、同時にS方位結晶粒の平均結晶粒面積も制御可能である。
以下、詳細に説明する。
【0036】
まず、従来の析出型銅合金の製造方法は、上記銅合金素材を溶解[工程1]、鋳造[工程2]して鋳塊を得る。この鋳塊を熱処理炉にて均質化熱処理[工程4]し、熱間圧延[工程5]した後、冷却[工程6]する。次に、材料表面の酸化被膜を除去するために面削[工程7]を行う。その後、圧延加工率80%以上で冷間圧延[工程8]を行って薄板を得る。その後、薄板材の溶質原子を再固溶させる中間溶体化熱処理[工程10]を行う。この中間溶体化熱処理[工程10]後には、時効析出熱処理[工程11]、仕上げ冷間圧延[工程12]、調質焼鈍[工程13]、酸洗・表面研磨[工程14]の順に行い、必要な強度と導電率を満足させるという方法である。
【0037】
本発明の銅合金板材を製造するには、銅合金素材を溶解し、鋳造して得た鋳塊に圧延加工による与ひずみの加える工程と、その後、熱処理と圧延とを施し、さらに冷間圧延によって薄板に成形した後、前記薄板の再結晶温度未満まで加熱しながらの圧延とを行い、その後、薄板中の溶質原子を再固溶させる中間溶体化熱処理を行う各工程を含んでなる製造方法である。
上記銅合金素材は、Niを1.0質量%以上5.0質量%以下、Siを0.1質量%以上2.0質量%以下含有し、必要によりSn、Zn、Mg、Mn、Cr、Co、Fe、及びAgからなる群から選ばれる少なくとも1つの副添加元素をそれぞれ所定量で含有し、残部が銅および不可避不純物からなる組成を有するものである。
ここでいう、圧延加工率とは、圧延前の断面積から圧延後の断面積を引いた値を圧延前の断面積で除して100を乗じ、パーセントで表した値である。すなわち、下記式で表される。
[圧延加工率]={([圧延前の断面積]−[圧延後の断面積])/[圧延前の断面積]}×100(%)
【0038】
本発明の銅合金板材の各工程の条件をより詳細に設定した製造条件について説明する。
溶解[工程1]および鋳造[工程2]では、少なくともNiを1.0質量以上5.0質量%以下含有し、Siを0.1質量%以上、2.0質量%以下含有し、他の副添加元素についてはそれぞれ所定量で含有するように元素を配合し、残部がCuと不可避不純物からなる合金素材を高周波溶解炉により溶解し、これを0.1℃/秒以上100℃/秒以下の冷却速度で冷却して鋳塊を得る。そして、この鋳塊に対して、鋳塊の長手方向と幅方向にそれぞれ合計5%以上の圧延加工率で圧延1[工程3]を行う。ここで、それぞれの圧延回数は2回以上とする。この圧延材に対して800℃以上1050℃以下で、3分間から10時間の均質化熱処理[工程4]を施す。その後、合計圧延加工率50%以上で熱間圧延[工程5]を行った後、水焼き入れによる冷却[工程6]と表面酸化膜を除去する面削[工程7]を施して薄板を得る。
【0039】
次に、50%以上の圧延加工率で冷間圧延2[工程8]を行い、到達温度が300℃以上600℃以下となるように加熱しながら、圧延加工率が30%以上となるように、圧延加工3(冷間圧延3)[工程9]を行う。その後、昇温速度5℃/秒以下、到達温度800℃、到達後は急冷(水冷)する、溶体化熱処理[工程10]を施し、昇温速度5℃/秒以下、到達温度400℃以上、保持時間10分〜10時間にて熱処理する時効析出熱処理[工程11]を行う。次に、合計の圧延加工率が5%以上となるように冷間圧延4[工程12]を行い、昇温速度10℃/秒以下、到達温度300℃以上、温度到達後は急冷する最終焼鈍[工程13]、板材表層の酸化膜除去と表面粗度の調整のために、酸洗・表面研磨[工程14]を行う。このようにして、銅合金板材を作製する。
【0040】
次に、各工程の条件をより詳細に設定した実施態様について説明する。
本実施形態において、溶解[工程1]、鋳造[工程2]では、必要な副添加元素を添加し、液相から固相に凝固させる。ここで、0.1℃/秒以上100℃/秒以下の冷却速度で冷却することが好ましい。冷却速度が遅すぎると、1本の鋳塊を得るのに時間がかかってしまい生産性が低下してしまう。一方、冷却速度が早すぎると、冷却後の鋳塊の内部応力が高くなり、下工程での製造性に悪影響を及ぼす。このため、上述範囲で適切に条件選定する。
次に、鋳塊に対して長手方向と幅方向に各々2回以上、それぞれ合計圧延加工率5%以上の圧延加工を施す圧延1[工程3]を行う。ここでは、S方位の発達のために、高温で保持する均質化熱処理[工程4]の前に、圧延加工を行う。ここでの圧延によって、S方位が発達するとともに、均質化熱処理[工程4]での再結晶時にS方位を発達しやすい組織が形成される。よって圧延1[工程3]により、S方位結晶粒をどの程度、等分散に生成させるか、制御することができる。
【0041】
次に、均質化熱処理[工程4]にて、保持温度800℃以上1050℃以下、保持時間3分〜10時間の熱処理を施し、その後、熱間圧延[工程5]を行う。均質化熱処理では、一部再結晶が生じている点、熱間圧延での強圧下のための変形抵抗を低下させる点、さらに鋳造冷却中の析出物などを固溶させる点を目的に熱処理を行う。さらに、熱間圧延[工程5]では、800℃以上1050℃以下の温度域で、合計圧延加工率50%以上で熱間圧延を行う。ここでは、鋳造組織や偏析を破壊し、均一な組織にするための加工と、動的再結晶による結晶粒の微細化のために熱間圧延加工を行う。熱間圧延終了後は、水冷にて急速に冷却(水焼き入れという)[工程6]を行って薄板を得る。
【0042】
次に、表面の酸化膜の除去のために面削[工程7]を行い、合計圧延加工率50%以上の冷間圧延2[工程8]を行った後、圧延中の温度を300℃以上600℃以下に加熱し、合計圧延加工率30%以上での圧延加工3[工程9]を行う。この圧延加工によって、S方位の結晶粒を適度に等分散させながら発達させる。ここで、圧延中の温度が低すぎると、S方位が十分に発達せず、温度が高すぎると、再結晶が生じS方位の平均結晶粒面積が粗大化してしまう。圧延後は急冷し、昇温速度5℃/秒以上、到達温度800℃以上で溶体化熱処理[工程10]を行う。ここでは、時効析出熱処理[工程11]にて、NiSi化合物を高密に析出させるため、添加元素を固溶させる。前の工程までに形成したS方位も一部再結晶により粒成長が生じるが、粒成長しすぎない程度に調整する。
【0043】
(銅合金板材で得られる特性)
以上の本実施形態の銅合金板材によれば、十分なプレス打ち抜き加工性が得られるとともに、0.2%耐力は700MPa以上であり、さらに好ましくは750MPa以上が得られる。さらに曲げ加工性としては、180°曲げ加工において、板厚と同じ曲げ半径で加工した際に、曲げ表面にクラックが発生しない。また導電率は25%IACS以上が得られる。なおプレス打ち抜き加工性については以下に詳細に説明する。
【0044】
(プレス打ち抜き加工性の評価)
本実施形態の銅合金板材で要求される特性の一つであるプレス打ち抜き加工性の評価方法について説明する。
【0045】
図3(A)〜3(D)に板材を、金型(パンチ、ダイ)を使用して打ち抜き加工した際の断面を模式的に示す。図中、Specimenは(板材)試料を、Punchはパンチを、B.H.はブランクホルダー(Blank Holder)を、Dieはダイ(ダイス)を、Genesis of crackは割れの起源(発端)を、Coalescence of crackは割れの融合を、Shear droopはせん断のダレ(垂れ)を、Sheared surfaceはせん断面を、Fracture surfaceは破断面を、及び、Burrはバリを、それぞれ意味する。上記「B.H.」とは、材料(板材)を押える部品である。
図3(A)〜3(C)では、プレス加工中の金型の動きと、材料の破断までの変化を示している。材料の破断までの変化で、ダレ、バリ、エグレ、せん断面、破断面のでき方が決まるので、
図3(A)〜3(C)での材料変形の説明は重要である。(あくまで、一般的なプレス加工と材料変形を示したものですが。)
図3(D)は、板材のプレス打ち抜き加工終了後の代表的なプレス断面であり、ダレ、せん断面、破断面のそれぞれの位置を示している。
【0046】
プレス打ち抜き加工性は、脱脂した銅合金板材を、クリアランスが数条件ある金型にセットし、圧延平行方向と圧延垂直方向のそれぞれをプレス機にて打ち抜き加工を行う。打ち抜いた破面は、光学顕微鏡、SEM(走査電子顕微鏡)にて観察する。せん断面、破断面におけるダレ、バリ、エグレは、SEMで高倍率にて観察し、評価を行う。
このような評価の結果として、良好なプレス打ち抜き加工性は、プレス打ち抜き判断面におけるせん断長さと破断長さの比が特定の関係の場合に得られる。これを
図2を用いて説明する。
すなわち
図2(a)〜2(c)には、プレス打ち抜き加工後の本実施形態の銅合金板材1を示す。
図2中、圧延平行方向をRD、厚さ方向をTD、圧延面の法線方向をNDとして示す。
図2(a)に示すように、プレス打ち抜きにより銅合金板材1にはピン1aが多数形成される。これらピン1aを個別に切り分けるように銅合金板材1を切り分けることで超小型端子が製造される。
図2(b)に示す通り、ピン1aのプレス打ち抜き破面における、圧延平行方向(RD)から観察した際の、せん断面2aにおけるせん断面長さを、S
RDとし、破断面2bの破断面長さをD
RDとする。
図2(c)に示すプレス打ち抜き破面における、圧延垂直方向(TD)から観察した際の、せん断面3aのせん断面長さをS
TDとし、破断面3bの破断面長さをD
TDとする。
このとき、比(S
RD/D
RD)が1.0以下であり、比(S
TD/D
TD)が1.0以下であり、さらにその比{(S
RD/D
RD)/(S
TD/D
TD)}が0.8以上1.2以下である場合には、せん断面、破断面におけるダレ、バリ、エグレが生じにくいため、プレス打ち抜き加工性が良好である、とする。
本実施形態の銅合金板材のプレス打ち抜き加工性は、上記数値範囲を満足するものである。
【実施例】
【0047】
以下に、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0048】
(実施例1〜16および比較例1〜9)
表1に示したそれぞれの含有量のNi、Si、それぞれ所定量の副添加元素を含有し、残部がCuと不可避不純物から成る合金素材を高周波溶解炉にて溶解[工程1]し、これを0.1℃/秒から100℃/秒の冷却速度で冷却して鋳造[工程2]し、鋳塊を得た。
この鋳塊に対して長手方向と幅方向に各々2回以上、それぞれ合計圧延加工率5%以上の圧延加工を施す圧延1[工程3]を行い、その後、保持温度800〜1050℃、保持時間3分〜10時間の均質化熱処理[工程4]した後、800℃以上1050℃以下、合計圧延加工率50%以上で熱間圧延[工程5]を行い、さらに水焼き入れによる冷却[工程6]を行って薄板を得た。次に板材表面の酸化膜除去のため、面削[工程7]を行った後、合計圧延加工率50%以上で冷間圧延2[工程8]を行って薄板を得た。次に、圧延中の温度を300℃以上600℃以下に加熱し、合計圧延加工率30%以上での圧延加工3[工程9]を行う。その後、昇温速度5℃/秒以上、到達温度800℃、到達後は急冷する、溶体化熱処理[工程10]を施した。その後、昇温速度5℃/秒以下、到達温度400℃以上、保持時間10分〜10時間にて熱処理する時効析出熱処理[工程11]を行った。次に、合計の圧延加工率が5%以上となるように冷間圧延4[工程12]を行い、昇温速度10℃/秒以下、到達温度300℃以上、温度到達後は急冷する最終焼鈍[工程13]、板材表層の酸化膜除去と表面粗度の調整のために、酸洗・表面研磨[工程14]を行って、銅合金板材のサンプル(各実施例および比較例)を作製した。各サンプルの板厚は0.08mmとした。
【0049】
これらの実施例1から16および比較例1から9のそれぞれの組成および特性については、表1および表2に示す通りである。
なお、各熱処理や圧延の後に、材料表面の酸化や粗度の状態に応じて酸洗浄や表面研磨を、形状に応じてテンションレベラーによる矯正を行った。
【0050】
各サンプルについて下記の特性調査を行った。
(a)S方位面積率
ここでは端子形成前の条材をサンプルとして測定を行った。よって非常に広い測定面積を確保することができたため、縦5ブロック×横5ブロックの計25ブロックにて測定を行った。
すなわちサンプルの圧延面(ND面)を、板厚の半分の厚さ位置まで削り込んだ平面とし、そのうち90,000μm
2(300μm×300μm)の測定面積に対し、EBSD法により、測定を行った。なおこのとき、この測定面積は、60μm×60μmを1ブロックとし、1視野で5ブロック×5ブロック、計25ブロック(300μm×300μm=90,000μm
2)に分割してあり、そのそれぞれに対して解析を行うようにした。この場合の電子線は走査型電子顕微鏡のタングステンフィラメントからの熱電子を発生源とし、スキャンステップは、微細な結晶粒を測定するために上記のように0.5μmステップとした。解析では、各ブロック(60μm×60μm)のS方位の結晶粒の個数、平均結晶粒面積を求めた。
【0051】
(b)プレス打ち抜き加工性
銅合金板材のプレス打ち抜き加工は、板材表面を洗浄、脱脂したあと、専用の金型にセットし、幅5mmの打ち抜き加工を行った。金型のクリアランスは5%で、圧延平行方向(RD)と圧延垂直方向(TD)の2方向について、プレス打ち抜き加工を行った。このとき、打ち抜き面両側のガイドにて、板材を固定した。なお、金型には潤滑油を塗布して行った。プレス打ち抜き後の破面は、SEM観察を行い、圧延平行方向(RD)と圧延垂直方向(TD)での、せん断面長さ(S)と破断面長さ(D)の比(S
RD/D
RD)と(S
TD/D
TD)を求めた。また、その比{(S
RD/D
RD)/(S
TD/D
TD)}を求め、上記詳述した評価方法で評価した。
【0052】
(c)180°U曲げ試験(180°密着曲げ試験)
圧延方向に垂直に幅0.25mm、長さは1.5mmとなるようにプレスによる打ち抜きで加工した。これに曲げの軸が圧延方向に直角になるようにW曲げしたものをGW(Good Way)、圧延方向に平行になるようにW曲げしたものをBW(Bad Way)とし、日本伸銅協会技術標準JCBA−T307(2007)に準拠して90°W曲げ加工後、圧縮試験機にて内側半径を付けずに180°密着曲げ加工を行った。曲げ加工表面を100倍の走査型電子顕微鏡で観察し、クラックの有無を調査した。クラックの無いものをA(良)で表し、クラックのあるものをD(劣)で表した。ここでのクラックのサイズは、最大幅が30μm〜100μm、最大深さが10μm以上であった。
【0053】
(d)0.2%耐力[Y]
試験片は、圧延方向に垂直に幅が0.25mm、圧延方向に平行に長さが1.5mmとなるようにプレスによる打ち抜きで加工した。この加工において、各試験片の弾性限界までの押し込み量(変位)から耐力[Y](MPa)を下記式(2)から算出した。
Y={(3E/2)×t×(f/L)×1000}/L (2)
Eはたわみ係数、tは板厚、Lは固定端と荷重点の距離、fは変位(押込み深さ)である。
0.2%耐力は700MPa以上である場合を合格、700MPa未満である場合を不合格とした。
【0054】
(e)導電率[EC]
20℃(±0.5℃)に保たれた恒温槽中で四端子法により比抵抗を計測して導電率を算出した。なお、端子間距離は100mmとした。
導電率は、25%IACS以上である場合を合格、25%IACS未満である場合を不合格とした。
【0055】
表2に示すように、実施例1から実施例16の製造条件で、圧延1[工程3]は、鋳塊に対して、長手方向の合計圧延加工率5%以上、圧延回数2回以上、幅方向の合計圧延加工率5%以上、圧延回数2回以上とした。このとき、鋳塊の長さは、圧延ロールの幅以下で作製した。また、冷間圧延3[工程9]では、合計圧延加工率30%以上、圧延中の加熱温度400℃以上で圧延加工を行った。金属組織は、実施例1から実施例16の、60×60μm四方内のS方位{231}<3−46>結晶粒の個数が3個以上50個以下、60×60μm四方内のS方位{231}<3−46>粒の平均結晶粒面積が1μm
2以上300μm
2以下となるように制御した。
それにより、実施例1から実施例16の、圧延平行方向(RD)と圧延垂直方向(TD)の、せん断面長さ(S)と破断面長さ(D)の比(S
RD/D
RD)と(S
TD/D
TD)がいずれも1.0以下であり、さらにその異方性{(S
RD/D
RD)/(S
TD/D
TD)}が、0.8以上1.2以下となり、良好なプレス打ち抜き加工性を実現できた。
これに対し、比較例1から比較例9では、本発明の製造方法における規定、または前記S方位のパラメータ(個数、平均結晶粒面積)を満たしておらず、プレス打ち抜き加工性が劣り、曲げ加工性にも劣る結果となった。
【0056】
【表1】
【0057】
【表2】
【0058】
表1、表2に示すように、本発明の範囲、すなわち、Niを1.0質量%以上5.0質量%以下、Siを0.1質量%以上2.0質量%以下、Sn、Zn、Mg、Mn、Cr、Co、Fe、Ag及びBからなる群から選ばれる少なくとも1つをそれぞれ所定の含有量で含有し、残部が銅および不可避不純物からなる組成を有し、圧延面に平行な、板厚の半分の厚さ位置の平面における、電子後方散乱回折法による結晶方位解析において、S方位{231}<3−46>からのずれが15°以内である方位を有する結晶粒が60μm四方内に3個以上50個以下分布し、その結晶粒の平均結晶粒面積が1.0μm
2以上300μm
2以下であることを満たす場合には、プレス打ち抜き破面の圧延平行方向(RD)と圧延垂直方向(TD)でのせん断面長さ(S)と破断面長さ(D)の比(S
RD/D
RD)と(S
TD/D
TD)が1.0以下であり、さらにその比{(S
RD/D
RD)/(S
TD/D
TD)}が0.8以上1.2以下となり、異方性の小さい優れたプレス打ち抜き加工性を示し、0.2%耐力、曲げ加工性の特性のいずれも良好であった。0.2%耐力値は、700MPa以上を示し、曲げ加工性は、180°U曲げの頂点部に割れが発生しなかった。
したがって、本発明の要件を満たす銅合金板材は、電気・電子機器用のコネクタ、リレー、スイッチ、ソケット、自動車車載用のコネクタなどに適した銅合金板材として提供することができる。
【0059】
これに対し、表2に示すように、比較例のサンプルではいずれかの特性が劣る結果となった。すなわち、比較例1、3、4、7〜9は、60μm四方内のS方位{231}<3−46>の結晶粒の個数が、少ないもしくは多いために、比{(S
RD/D
RD)/(S
TD/D
TD)}が0.8より小さいかもしくは1.2より大きくなり、プレス打ち抜き加工性(異方性)に劣り、曲げ加工性が劣った。比較例2、5、6は、S方位平均結晶粒の面積が小さすぎて、比較例2では圧延平行方向(RD)と圧延垂直方向(TD)の(S
RD/D
RD)と(S
TD/D
TD)がそれぞれ1.0より大きくなり、プレス打ち抜き加工性(異方性)に劣った。また、比較例1〜9は、いずれも曲げ加工性に劣った。比較例3は、圧延平行方向(RD)と圧延垂直方向(TD)の比{(S
RD/D
RD)/(S
TD/D
TD)}が0.8より小さくなり、プレス打ち抜き加工性(異方性)に劣り、曲げ加工性が劣った。さらに比較例3は、副添加元素が多すぎたため、導電率が劣った。比較例4は、60μm四方内のS方位{231}<3−46>の平均結晶粒面積が大きすぎるために、圧延平行方向(RD)と圧延垂直方向(TD)でのせん断面長さ(S)と破断面長さ(D)の比(S
RD/D
RD)と(S
TD/D
TD)が0.8より小さくなり、プレス打ち抜き加工性(異方性)に劣り、曲げ加工性が劣った。また、比較例9は、圧延1[工程3]と冷間圧延3[工程9]を行わなかったために、析出強化が不十分となり、0.2%耐力が劣った。
【0060】
本発明をその実施態様とともに説明したが、我々は特に指定しない限り我々の発明を説明のどの細部においても限定しようとするものではなく、添付の請求の範囲に示した発明の精神と範囲に反することなく幅広く解釈されるべきであると考える。
【0061】
本願は、2015年5月20日に日本国で特許出願された特願2015−102952に基づく優先権を主張するものであり、これはここに参照してその内容を本明細書の記載の一部として取り込む。