特許第6163643号(P6163643)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6163643残留応力推定方法、ひずみ推定方法、残留応力推定システム、ひずみ推定システムおよびプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6163643
(24)【登録日】2017年6月30日
(45)【発行日】2017年7月19日
(54)【発明の名称】残留応力推定方法、ひずみ推定方法、残留応力推定システム、ひずみ推定システムおよびプログラム
(51)【国際特許分類】
   G01L 1/00 20060101AFI20170710BHJP
【FI】
   G01L1/00 M
【請求項の数】7
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2013-95955(P2013-95955)
(22)【出願日】2013年4月30日
(65)【公開番号】特開2014-215290(P2014-215290A)
(43)【公開日】2014年11月17日
【審査請求日】2016年3月4日
(73)【特許権者】
【識別番号】501241645
【氏名又は名称】学校法人 工学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】特許業務法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小川 雅
【審査官】 森 雅之
(56)【参考文献】
【文献】 特許第4533621(JP,B2)
【文献】 特開2008−58179(JP,A)
【文献】 特開昭62−194429(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2010/0292966(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01L1
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
残留応力推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの弾性応答マトリクスに基づいて、前記残留応力推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの残留ひずみに係る物理量と、前記残留応力推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみ、および、加工にて生じた固有ひずみとの関係を示す方程式を取得する関係取得ステップと、
前記残留応力推定対象物を加工する前の残留ひずみに係る物理量および加工した後の残留ひずみに係る物理量を測定する測定ステップと、
前記関係取得ステップにて得られた方程式と、前記測定ステップで得られた測定値とに基づいて、前記残留応力推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみの推定値、および、加工にて生じた固有ひずみの推定値を求める固有ひずみ推定ステップと、
前記固有ひずみ推定ステップにて得られた、前記残留応力推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみの推定値、および、前記加工にて生じた固有ひずみの推定値に基づいて、前記残留応力推定対象物における残留応力を推定する残留応力推定ステップと、
を具備することを特徴とする残留応力推定方法。
【請求項2】
前記関係取得ステップでは、残留応力推定対象物における固有ひずみの複数通りの設定の各々について、設定された固有ひずみを初期ひずみとして有限要素法を用いて得られる弾性ひずみを求め、それによって設定された固有ひずみと得られた解放ひずみとの関係に基づいて、前記固有ひずみと残留ひずみとの関係を取得する、ことを特徴とする請求項1に記載の残留応力推定方法。
【請求項3】
ひずみ推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの弾性応答マトリクスに基づいて、前記ひずみ推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの残留ひずみに係る物理量と、前記ひずみ推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみ、および、加工にて生じた固有ひずみとの関係を示す方程式を取得する関係取得ステップと、
前記ひずみ推定対象物を加工する前の残留ひずみに係る物理量および加工した後の残留ひずみに係る物理量を測定する測定ステップと、
前記関係取得ステップにて得られた方程式と、前記測定ステップで得られた測定値とに基づいて、前記ひずみ推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみの推定値、および、加工にて生じた固有ひずみの推定値を求める固有ひずみ推定ステップと、
を具備することを特徴とするひずみ推定方法。
【請求項4】
残留応力推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの弾性応答マトリクスに基づいて、前記残留応力推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの残留ひずみに係る物理量と、前記残留応力推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみ、および、加工にて生じた固有ひずみとの関係を示す方程式を取得する関係取得部と、
前記残留応力推定対象物を加工する前の残留ひずみに係る物理量および加工した後の残留ひずみに係る物理量を測定する測定部と、
前記関係取得部が取得した方程式と、前記測定部が測定した測定値とに基づいて、前記残留応力推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみの推定値、および、加工にて生じた固有ひずみの推定値を求める固有ひずみ推定部と、
前記固有ひずみ推定部の取得した、前記残留応力推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみの推定値、および、前記加工にて生じた固有ひずみの推定値に基づいて、前記残留応力推定対象物における残留応力を推定する残留応力推定部と、
を具備することを特徴とする残留応力推定システム。
【請求項5】
ひずみ推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの弾性応答マトリクスに基づいて、前記ひずみ推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの残留ひずみに係る物理量と、前記ひずみ推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみ、および、加工にて生じた固有ひずみとの関係を示す方程式を取得する関係取得部と、
前記ひずみ推定対象物を加工する前の残留ひずみに係る物理量および加工した後の残留ひずみに係る物理量を測定する測定部と、
前記関係取得部が取得した方程式と、前記測定部が測定した測定値とに基づいて、前記ひずみ推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみの推定値、および、加工にて生じた固有ひずみの推定値を求める固有ひずみ推定部と、
を具備することを特徴とするひずみ推定システム。
【請求項6】
残留応力推定システムの具備するコンピュータに、
残留応力推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの弾性応答マトリクスに基づいて、前記残留応力推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの残留ひずみに係る物理量と、前記残留応力推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみ、および、加工にて生じた固有ひずみとの関係を示す方程式を取得する関係取得ステップと、
前記残留応力推定対象物を加工する前の残留ひずみに係る物理量および加工した後の残留ひずみに係る物理量を測定する測定ステップと、
前記関係取得ステップにて得られた方程式と、前記測定ステップで得られた測定値とに基づいて、前記残留応力推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみの推定値、および、加工にて生じた固有ひずみの推定値を求める固有ひずみ推定ステップと、
前記固有ひずみ推定ステップにて得られた、前記残留応力推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみの推定値、および、前記加工にて生じた固有ひずみの推定値に基づいて、前記残留応力推定対象物における残留応力を推定する残留応力推定ステップと、
を実行させるためのプログラム。
【請求項7】
ひずみ推定システムの具備するコンピュータに、
ひずみ推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの弾性応答マトリクスに基づいて、前記ひずみ推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの残留ひずみに係る物理量と、前記ひずみ推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみ、および、加工にて生じた固有ひずみとの関係を示す方程式を取得する関係取得ステップと、
前記ひずみ推定対象物を加工する前の残留ひずみに係る物理量および加工した後の残留ひずみに係る物理量を測定する測定ステップと、
前記関係取得ステップにて得られた方程式と、前記測定ステップで得られた測定値とに基づいて、前記ひずみ推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみの推定値、および、加工にて生じた固有ひずみの推定値を求める固有ひずみ推定ステップと、
を実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、残留応力推定方法、ひずみ推定方法、残留応力推定システム、ひずみ推定システムおよびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
構造物等に生じる残留応力を正確に推定することが、当該構造物等の強度や寿命などを正確に把握するために重要となる。かかる残留応力を推定するために幾つかの技術が提案されている。
例えば、非特許文献1では、残留応力を推定する方法として切断面力法と固有ひずみ法とが示されている。切断面力法では、残留応力測定の対象物体を切断し、計測可能な位置で切断の際の弛緩ひずみを計測する。そして、得られた弛緩ひずみから、切断面力(切断前の状態で切断面に働いていた力)を求める。さらに、得られた切断面力から、計測していない点における弛緩ひずみや弛緩応力を求める。このような切断を、各点のひずみ、応力が弛緩されなくなるまで繰り返し、弛緩量の総和をとることで残留応力を推定する。
固有ひずみ法でも、切断面力法の場合と同様、残留応力測定の対象物体を切断し、計測可能な位置で切断の際の弛緩ひずみを計測する。但し、切断面力法の場合と異なり固有ひずみ法では、得られた弛緩ひずみから、切断面力を介さず直接、計測していない点における弛緩ひずみや弛緩応力を求め、残留応力を推定する。
【0003】
また、非特許文献2では、残留応力を推定する方法として余盛り除去法が示されている。余盛り除去法では、残留応力測定の対象部材における溶接の余盛りを除去し、溶接線近傍において余盛り除去の際のひずみ変化を測定する。そして、得られたひずみ変化から、最小二乗法や最小ノルム法を用いて固有ひずみ分布の最確値を求める。さらに、得られた固有ひずみ分布の最確値を初期ひずみとして、弾性有限要素解析を行うことにより、部材に生じている3次元残留応力分布を求める。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】上田幸雄、外3名、「残留応力の有限要素法に基づく測定原理と推定値の信頼性」、日本造船学会論文集、1975年、第138号、p.499−507
【非特許文献2】熊谷克彦、他2名、「余盛り除去による溶接残留応力の解析援用非破壊評価(概念提案と突き合せ溶接平板による解析的実証)」、日本機械学会論文集A編、1999年、第65巻、第629号、p.133−140
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1や2に記載の方法で残留応力を精度よく推定するためには、部材の切断や余盛り除去などの加工を行う際に、加工精度よく、かつ、新たな塑性ひずみ(加工ひずみ)が生じないように加工を行う必要がある。
しかしながら、機械加工では精度よく加工を行うことができるものの、加工ひずみが生じてしまう。一方、電解研磨では、加工ひずみは生じないものの、精度よく加工を行うことが困難であり、また、電解液を用いるため、濡れが許容できない箇所には適用できない。さらに、電解研磨では、例えば厚板の部材を切断する際にはかなりの時間を要する。
【0006】
また、解放ひずみではなく回析手法により測定した残留ひずみから残留応力を求める方法も提案されているが、残留応力の推定精度を高めるためには、部材の内部まで残留ひずみを測定できる高エネルギーシンクロトロンX線回析や中性子回析等を行う必要がある。このため大掛かりな装置が必要となり、また、実機から部材を切り離して残留ひずみを測定可能な施設へ移送する必要があるなど、当該方法を適用可能なケースは限定的である。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、その目的は、大掛かりな装置や部材の移送を必要とせず、かつ、加工ひずみが生じる場合にも、より精度よく残留応力を推定することのできる残留応力推定方法、ひずみ推定方法、残留応力推定システム、ひずみ推定システムおよびプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明は上述した課題を解決するためになされたもので、本発明の一態様による残留応力推定方法は、残留応力推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの弾性応答マトリクスに基づいて、前記残留応力推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの残留ひずみに係る物理量と、前記残留応力推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみ、および、加工にて生じた固有ひずみとの関係を示す方程式を取得する関係取得ステップと、前記残留応力推定対象物を加工する前の残留ひずみに係る物理量および加工した後の残留ひずみに係る物理量を測定する測定ステップと、前記関係取得ステップにて得られた方程式と、前記測定ステップで得られた測定値とに基づいて、前記残留応力推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみの推定値、および、加工にて生じた固有ひずみの推定値を求める固有ひずみ推定ステップと、前記固有ひずみ推定ステップにて得られた、前記残留応力推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみの推定値、および、前記加工にて生じた固有ひずみの推定値に基づいて、前記残留応力推定対象物における残留応力を推定する残留応力推定ステップと、を具備することを特徴とする。
【0009】
また、本発明の一態様による残留応力推定方法は、上述の残留応力推定方法であって、前記関係取得ステップでは、残留応力推定対象物における固有ひずみの複数通りの設定の各々について、設定された固有ひずみを初期ひずみとして有限要素法を用いて得られる弾性ひずみを求め、それによって設定された固有ひずみと得られた解放ひずみとの関係に基づいて、前記固有ひずみと残留ひずみとの関係を取得する、ことを特徴とする。
【0010】
また、本発明の一態様によるひずみ推定方法は、ひずみ推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの弾性応答マトリクスに基づいて、前記ひずみ推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの残留ひずみに係る物理量と、前記ひずみ推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみ、および、加工にて生じた固有ひずみとの関係を示す方程式を取得する関係取得ステップと、前記ひずみ推定対象物を加工する前の残留ひずみに係る物理量および加工した後の残留ひずみに係る物理量を測定する測定ステップと、前記関係取得ステップにて得られた方程式と、前記測定ステップで得られた測定値とに基づいて、前記ひずみ推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみの推定値、および、加工にて生じた固有ひずみの推定値を求める固有ひずみ推定ステップと、を具備することを特徴とする。
【0011】
また、本発明の一態様による残留応力推定システムは、残留応力推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの弾性応答マトリクスに基づいて、前記残留応力推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの残留ひずみに係る物理量と、前記残留応力推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみ、および、加工にて生じた固有ひずみとの関係を示す方程式を取得する関係取得部と、前記残留応力推定対象物を加工する前の残留ひずみに係る物理量および加工した後の残留ひずみに係る物理量を測定する測定部と、前記関係取得部が取得した方程式と、前記測定ステップで得られた測定値とに基づいて、前記残留応力推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみの推定値、および、加工にて生じた固有ひずみの推定値を求める固有ひずみ推定部と、前記固有ひずみ推定部の取得した、前記残留応力推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみの推定値、および、前記加工にて生じた固有ひずみの推定値に基づいて、前記残留応力推定対象物における残留応力を推定する残留応力推定部と、を具備することを特徴とする。
【0012】
また、本発明の一態様によるひずみ推定システムは、ひずみ推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの弾性応答マトリクスに基づいて、前記ひずみ推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの残留ひずみに係る物理量と、前記ひずみ推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみ、および、加工にて生じた固有ひずみとの関係を示す方程式を取得する関係取得部と、前記ひずみ推定対象物を加工する前の残留ひずみに係る物理量および加工した後の残留ひずみに係る物理量を測定する測定部と、前記関係取得部が取得した方程式と、前記測定部が測定した測定値とに基づいて、前記ひずみ推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみの推定値、および、加工にて生じた固有ひずみの推定値を求める固有ひずみ推定部と、を具備することを特徴とする。
【0013】
また、本発明の一態様によるプログラムは、残留応力推定システムの具備するコンピュータに、残留応力推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの弾性応答マトリクスに基づいて、前記残留応力推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの残留ひずみに係る物理量と、前記残留応力推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみ、および、加工にて生じた固有ひずみとの関係を示す方程式を取得する関係取得ステップと、前記残留応力推定対象物を加工する前の残留ひずみに係る物理量および加工した後の残留ひずみに係る物理量を測定する測定ステップと、前記関係取得ステップにて得られた方程式と、前記測定ステップで得られた測定値とに基づいて、前記残留応力推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみの推定値、および、加工にて生じた固有ひずみの推定値を求める固有ひずみ推定ステップと、前記固有ひずみ推定ステップにて得られた、前記残留応力推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみの推定値、および、前記加工にて生じた固有ひずみの推定値に基づいて、前記残留応力推定対象物における残留応力を推定する残留応力推定ステップと、を実行させるためのプログラムである。
【0014】
また、本発明の一態様によるプログラムは、ひずみ推定システムの具備するコンピュータに、ひずみ推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの弾性応答マトリクスに基づいて、前記ひずみ推定対象物を加工する前、加工した後それぞれの残留ひずみに係る物理量と、前記ひずみ推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみ、および、加工にて生じた固有ひずみとの関係を示す方程式を取得する関係取得ステップと、前記ひずみ推定対象物を加工する前の残留ひずみに係る物理量および加工した後の残留ひずみに係る物理量を測定する測定ステップと、前記関係取得ステップにて得られた方程式と、前記測定ステップで得られた測定値とに基づいて、前記ひずみ推定対象物の加工の前後において不変の固有ひずみの推定値、および、加工にて生じた固有ひずみの推定値を求める固有ひずみ推定ステップと、を実行させるためのプログラムである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、大掛かりな装置や部材の移送を必要とせず、かつ、加工ひずみが生じる場合にも、より精度よく残留応力を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の一実施形態における残留応力推定方法を行う処理の手順を示すフローチャートである。
図2】本実施形態において解析対象とする溶接平板の形状を示す概略外観図である。
図3】本実施形態においてモデルに設定した部材の形状を示す概略外形図である。
図4】本実施形態における余盛り除去前の部材の形状を示す説明図である。
図5】本実施形態における余盛り除去後の部材の形状を示す説明図である。
図6】本実施形態においてモデルに想定した固有ひずみを示すグラフである。
図7】正解固有ひずみから得られた残留応力分布を示すグラフである。
図8】本実施形態において部材に設定する測定点の位置を示す説明図である。
図9】加工ひずみを考慮せずに求めた残留応力を示すグラフである。
図10】残留応力のうち加工ひずみの寄与分の大きさを示すグラフである。
図11】余盛りの除去に伴う解放ひずみの大きさを示すグラフである。
図12】加工ひずみが及ぼす残留ひずみの変化量の大きさを示すグラフである。
図13】加工ひずみが発生した場合の残留応力の値を示すグラフである。
図14】本実施形態における残留応力推定システムの機能構成を示す概略ブロック図である。
図15】本実施形態におけるひずみ推定システムの機能構成を示す概略ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態について説明する。
なお、以下では、行列を”[”と”]”とで括って表記し、ベクトルや行列の1行分または1列分を”{”と”}”とで括って表記する。
図1は、本発明の一実施形態における残留応力推定方法を行う処理の手順を示すフローチャートである。同図の処理を人が行うようにしてもよいし、後述する残留応力推定システムが自動的に、あるいは半自動的に同図の処理を行うようにしてもよい。ここでは、人(作業者)が、コンピュータやひずみ測定装置を用いて同図の処理を行う場合を例に説明する。
【0018】
図1の処理において、作業者は、まず、残留応力推定対象物(残留応力を推定する対象となっている物)における、固有ひずみと残留ひずみに係る物理量との関係を取得する(ステップS101)。ステップS101は、関係取得ステップの一例に該当する。
ここでいう残留ひずみに係る物理量とは、残留ひずみに関する現象を示す物理量である。残留ひずみに係る物理量の例として、残留ひずみ、残留応力、または、これらの組み合わせを挙げることができるが、これに限らない。残留応力は、残留ひずみに起因して残留応力推定対象物に生じる応力であり、残留ひずみに係る物理量の一例に該当する。
以下では、ステップS101で固有ひずみと残留ひずみとの関係を取得する場合を例に説明する。
【0019】
ステップS101において、より具体的には、作業者は、残留応力推定対象物における固有ひずみの複数通りの設定の各々について、設定された固有ひずみを初期ひずみとして有限要素法(Finite Element Method;FEM)を用いて得られる弾性ひずみを求める。そして、作業者は、設定された固有ひずみと、得られた弾性ひずみとの関係を、固有ひずみと残留ひずみとの関係として取得する。
【0020】
このステップS101で求める固有ひずみと残留ひずみとの関係についてさらに説明する。まず、加工ひずみの影響を考慮しない場合について説明し、次に、加工ひずみの影響を考慮する場合について説明する。
一般に、弾性ひずみ{εe}は、弾性応答マトリクス[Re]と、固有ひずみベクトル{εe}とを用いて式(1)のように示される。
【0021】
【数1】
【0022】
この弾性応答マトリクス[Re]のi番目の列は、固有ひずみベクトル{εe}のi番目の成分を1とし、他の成分を全て0とした、式(2)に示す単位固有ひずみに基づいて求めることができる。
【0023】
【数2】
【0024】
但し、「」は、ベクトルまたは行列の転置を示す。
具体的には、式(2)に示す単位固有ひずみを初期ひずみとして有限要素モデルに与え、当該初期ひずみに基づく弾性ひずみベクトルを求める。様々な単位固有ひずみについて弾性ひずみベクトルを求めることで、固有ひずみと弾性ひずみベクトルとの関係である弾性応答マトリクス[Re]を求めることができる。
【0025】
式(1)より、応力推定対象物を加工する前の弾性ひずみ{εeb}は、加工前の弾性応答マトリクス[R]と、加工前の固有ひずみベクトル{ε}とを用いて式(3)のように示すことができる。
【0026】
【数3】
【0027】
また、式(1)より、応力推定対象物に対して加工を行った後の弾性ひずみ{εea}は、加工後の弾性応答マトリクス[R]と、加工後の固有ひずみベクトル{ε}とを用いて式(4)のように示すことができる。
【0028】
【数4】
【0029】
ここで行う加工は、応力推定対象物の材料特性を変化させる様々な加工とすることができる。例えば、応力推定対象物を切断する、あるいは、応力推定対象物が溶接部材である場合に、余盛り(Bead)を除去するなど、応力推定対象物の幾何学形状を変化させるようにしてもよい。あるいは、応力推定対象物を加熱してヤング率を変化させるようにしてもよい。
【0030】
ここで、加工の前後において固有ひずみは不変であると条件のもとに、{ε}={ε}={ε}とする。かかる条件のもとでは、加工の際に生じる解放ひずみベクトル{Δε}は、加工前後における弾性ひずみの差{εea}−{εeb}として式(5)のように示される。
【0031】
【数5】
【0032】
但し、[R](=[R]−[R])は、解放ひずみと固有ひずみとを関係付ける弾性応答マトリクスである。
ひずみゲージを用いて解放ひずみを測定する際に生じる測定誤差を{Δεerr}とすると、測定解放ひずみベクトル{Δεem}は式(6)のように示される。
【0033】
【数6】
【0034】
ここで、測定解放ひずみベクトルとは、解放ひずみの測定値を示すベクトルである。
最小二乗法を用いて、固有ひずみの推定値の最確値{εest}は式(7)のように示される。
【0035】
【数7】
【0036】
ただし、[R]は、弾性応答マトリクス[R]のムーア・ペンローズ一般化逆行列であり、式(8)のように示される。
【0037】
【数8】
【0038】
式(7)では、加工の前後において固有ひずみは不変であるとの条件のもとに導出されている。
一方、加工時に新たな固有ひずみ(以下、「加工ひずみ」と称する){ε}が生じる場合、式(4)は式(9)のようになる。
【0039】
【数9】
【0040】
また、測定解放ひずみベクトル{Δεem}は、加工ひずみの影響[R]{ε}を式(6)の右辺に加えて、式(10)のように示される。
【0041】
【数10】
【0042】
このため、加工ひずみ{ε}が比較的大きく生じてしまう場合、式(7)を用いたのでは、解放ひずみを精度よく測定できたとしても原理的に正しい解を導くことができない。そこで、加工ひずみ{ε}を評価できるように、式(3)および式(4)を変形する。まず、加工ひずみ{ε}の項を式(3)に加えて式(11)を得る。
【0043】
【数11】
【0044】
また、加工ひずみ{ε}の項を式(4)に加えて式(12)を得る。
【0045】
【数12】
【0046】
加工後の固有ひずみ{ε}とは別に加工ひずみ{ε}を評価することで、初期固有ひずみを{ε}={ε}={ε}とすることができる。従って、式(11)および式(12)を纏めて式(13)を得られる。
【0047】
【数13】
【0048】
ただし、弾性応答マトリクス[Rab]は、式(14)のように示される。
【0049】
【数14】
【0050】
ステップS101では、作業者は、この弾性応答マトリクス[Rab]を求める。具体的には、まず、弾性応力マトリクス[R]、[R]の各々を、式(1)および式(2)を参照して説明したように単位固有ひずみを初期ひずみとして有限要素モデルに与えることで求め、式(14)に基づいて弾性応答マトリクス[Rab]を求める。
さらには、作業者は、式(7)および(8)を参照して説明したのと同様、弾性応答マトリクス[Rab]のムーア・ペンローズ一般化逆行列[Rabを求める。
【0051】
残留応力推定対象の表面であれば、例えばX線回析により、加工前と加工後との各々について残留ひずみを非破壊に測定することができる。そして、加工前に存在していた初期の固有ひずみと加工により生じる固有ひずみとの推定値{εest εp_est}は、測定誤差を考慮した測定残留ひずみ{εebm εp_eamから、式(15)に基づいて求めることができる。
【0052】
【数15】
【0053】
加工ひずみの推定値{εp_est}を取得することで、残留応力を推定する際に、推定精度に悪影響を及ぼす要因から加工ひずみを除外することができる。これにより、推定精度に悪影響を及ぼすのは残留ひずみの測定誤差のみとなり、残留応力を精度よく推定することができる。
【0054】
ステップS101の後、作業者は、残留応力推定対象物を加工する前の残留ひずみ{εebm}を測定する(ステップS102)。
ここでの残留ひずみの測定方法は、残留応力測定対象物の所定箇所について、(残留ひずみの変化量ではなく)残留ひずみ自体を測定可能な方法であればよい。例えば、X線回析により、残留応力測定対象物の表面に設定された測定位置における残留ひずみを測定するようにしてもよい。あるいは、残留応力測定対象物が磁性体であって特性が既知の場合、磁歪法を用いて残留ひずみを測定するようにしてもよい。
【0055】
なお、ステップS102で測定する物理量は、残留ひずみに係る物理量であればよく、残留ひずみに限らない。例えば、磁歪法における電流値から残留ひずみ、残留応力のいずれも算出可能である。そこで、ステップS101において、固有ひずみと残留応力との関係を取得しておき、ステップS102において、磁歪法における電流値から残留応力を算出することで、残留応力を測定するようにしてもよい。
【0056】
ステップS102の後、作業者は、残留応力推定対象物の加工を行う(ステップS103)。
上記と同様に、ステップS103で行う加工は、応力推定対象物の材料特性を変化させる様々な加工とすることができる。例えば、応力推定対象物を切断する、あるいは、応力推定対象物が溶接部材である場合に余盛りを除去するなど、応力推定対象物の幾何学形状を変化させるようにしてもよい。あるいは、応力推定対象物を加熱してヤング率を変化させるようにしてもよい。
【0057】
そして、作業者は、残留応力推定対象物を加工した後の残留ひずみ{εeam}を測定する(ステップS104)。
ステップS102の場合と同様、ステップS104での残留ひずみの測定方法は、残留応力測定対象物の所定箇所について残留ひずみ自体を測定可能な方法であればよく、X線回析による方法や磁歪法を用いる方法など、様々な方法を用いることができる。
ステップS102およびステップS104は、測定ステップの一例に該当する。
【0058】
ステップS104の後、作業者は、ステップS101にて得られた固有ひずみと残留ひずみとの関係、および、ステップS102やステップS104にて得られた残留ひずみに基づいて、残留応力推定対象物における固有ひずみの推定値、および、加工ひずみの推定値を求める(ステップS105)。ステップS105は、固有ひずみ推定ステップの一例に該当する。
具体的には、作業者は、ステップS101で導いておいた弾性応答マトリクス[Rab](または一般化逆行列[Rab)と、ステップS102で得られた加工前の残留ひずみ測定値{εebm}と、ステップS104で得られた加工後の残留ひずみ測定値{εeam}とを式(15)に適用して、残留応力推定対象物における固有ひずみの推定値{εest}と、加工ひずみの推定値{εp_est}とを算出する。
ステップS105における処理は、所定の位置における残留ひずみの測定値から、任意の位置における固有ひずみを求める逆問題解析に該当する。
【0059】
そして、作業者は、ステップS105にて得られた、固有ひずみの推定値{εest}、および、加工ひずみの推定値{εp_est}に基づいて、残留応力推定対象物における残留応力を推定する(ステップS106)。ステップS106は、残留応力推定ステップの一例に該当する。
具体的には、作業者は、固有ひずみの推定値{εest}、および、加工ひずみの推定値{εp_est}を初期ひずみとして有限要素モデルに与えて残留応力推定対象物における残留応力を算出する順問題解析を行うことで、残留応力の推定を行う。
ステップS106の後、図1の処理を終了する。
【0060】
なお、ステップS105の計算において、残留ひずみに係る物理量を複数用いるようにしてもよい。例えば、X線回析または磁歪法から、残留ひずみと残留応力との両方を算出するようにしてもよい。このように、残留ひずみに係る物理量を複数用いることで、逆問題解析を行う際のデータ数が増え、解が安定することが期待される。
【0061】
次に、シミュレーションによる残留応力推定方法の実行例について説明する。本願発明者は、本発明における残留応力推定方法を数値シミュレーションにて実行して有効性を確認した。当該シミュレーションでは、溶接平板を有限要素モデルにて模擬し、加工として余盛りの除去を行う場合について残留応力の推定を行った。
【0062】
具体的には、以下の手順でシミュレーションを行った。
(1)モデルに対して、ある固有ひずみ分布を正解として設定(仮定)し、正解の固有ひずみ分布から正解の残留応力分布を算出する。
(2)固有ひずみの正解から測定位置における残留ひずみを求め、測定誤差を加算して残留ひずみの測定値を模擬する。
(3)(2)で得られた残留ひずみの測定値から逆問題解析により固有ひずみの推定値を求め、さらに順問題解析により残留応力の推定値を得る。
【0063】
図2は、解析対象とする溶接平板の形状を示す概略外観図である。同図に示す溶接平板は、同形のステンレス鋼2枚を溶接して構成され、周囲に拘束のない突合せ溶接平板となっている。同図に示すx軸方向に溶接線があり、部分P11が余盛りの部分となっている。この溶接平板が溶接線について線対称であると想定して、2分の1モデル(y≧0の部分)を用いて解析を行った。
以下では、同図に示すx軸方向をステンレス板の板幅方向、y軸方向を長さ方向、z軸方向を板厚方向とする。
【0064】
図3は、モデル(有限要素モデル)に設定した部材(溶接部分を有するステンレス鋼板)の形状を示す概略外形図である。上記のように、図3に示す部材のモデルは、図2に示す溶接平板の2分の1モデル(y≧0の部分)となっている。図3に示す部材の、同図に向かって左側の端部が溶接線となっており、余盛りの部分P11が示されている。
また、図3に示す部材の大きさは、板幅(溶接線の長さ)60ミリメートル(mm)、長さ240ミリメートル、板厚10ミリメートルであり、余盛りの片幅が8ミリメートル、余盛りの高さが0.3ミリメートルである。また、ステンレス鋼のヤング率E=2.0×10^5(10の5乗)メガパスカル(MPa)とし、ポアソン比v=0.265とした。
また、モデルの総節点数を3349とし、総要素数を2544とした。
【0065】
図4は、余盛り除去前の部材の形状を示す説明図である。同図に示す余盛り除去前の状態では、モデルに設定されている部材は、図3と同様に余盛りの部分P11を有している。
【0066】
図5は、余盛り除去後の部材の形状を示す説明図である。同図に示す余盛り除去後の状態では、モデルに設定されている部材の、余盛りの部分(図4のP11)が無くなっている。また、余盛りを除去する際、領域A21に加工ひずみが加えられている。
【0067】
図6は、モデルに想定した固有ひずみを示すグラフである。同図の横軸は、部材の長さ方向(y方向)の位置を示し、縦軸は、ひずみを示す。線L11、L12、L13は、それぞれ、固有ひずみのx方向成分、y方向成分、z方向成分を示す。本シミュレーションでは、上記の非特許文献2において溶接平板に仮定されている固有ひずみを用いている。
なお、以下では、モデルに想定した固有ひずみを「正解固有ひずみ」と称する。
また、以下で残留応力分布を示す場合、測定位置の設定されていない底面側(z=0ミリメートル)の溶接線の中心(x=30ミリメートル)において、y方向への残留応力の分布を示す。
【0068】
図7は、正解固有ひずみから得られた残留応力分布を示すグラフである。同図の横軸は、部材の長さ方向(y方向)の位置を示し、縦軸は、応力を示す。線L21、L22、L23は、それぞれ、残留応力のx方向成分、y方向成分、z方向成分を示す。
具体的には、正解固有ひずみを初期ひずみとして、図3に示す有限要素モデルに与えて残留応力を算出した。
なお、以下では、正解固有ひずみから得られた残留応力を「正解残留応力」と称する。
【0069】
図8は、部材に設定する測定点の位置を示す説明図である。
同図に示すように、部材の板幅方向には、x=3.75ミリメートル、11.25ミリメートル、18.75ミリメートル、・・・、56.25ミリメートルと7.5ミリメートル間隔で8列の測定点を設定する。また、長さ方向には、y=10ミリメートル、12ミリメートル、14ミリメートと2ミリメートル間隔で3列の測定点を設定する。これにより、部材の表面に8×3=24箇所の測定点を設定する。
【0070】
これらの測定点についてX線回析による残留ひずみの測定を模擬して、余盛り除去前、除去後の各々について残留ひずみを算出する。具体的には、正解固有ひずみから有限要素法を用いた弾性計算によって、各測定位置における残留ひずみ分布を求め、測定誤差を加算して、測定ひずみ情報(残留ひずみの測定値)として算出する。測定誤差については、平均0、標準偏差500マイクロストレイン(μ strain)の正規分布に従う乱数値を測定誤差として用いる。
【0071】
残留ひずみの測定値から固有ひずみの推定値を求める際、部材の一部における残留ひずみの測定値から部材全体の固有ひずみ分布を適切に求めることができるように、逆問題解析において特異点分析による解の適正化手法や、人工ノイズによる解の安定化手法を適用した。また、次に説明するように、固有ひずみを関数近似することで未知数を削減した。
そして、得られた残留応力推定値と正解の残留応力とを比較することで、推定精度の評価を行った。
【0072】
ここで、固有ひずみの関数近似による未知数の削減について説明する。
節点毎に固有ひずみの3方向の成分を求めると、求める未知数の個数は全節点数の3倍となる。すると、未知数の個数が膨大となり適切な解を得ることが困難になる。
そこで、溶接固有ひずみ(溶接にて生じる固有ひずみ)については、式(16)に示すようにロジスティック関数の線形結合により固有ひずみの解空間を適切に限定し、未知数の削減を行う。
【0073】
【数16】
【0074】
ここで、添え字sは、板幅方向(溶接線方向、x方向)、長さ方向(y方向)、板厚方向(z方向)を示す。また、{asi}は未知係数ベクトルである。また、pとqとは、固有ひずみの存在領域が高々40ミリメートル程度であることを考慮して、z≦40ミリメートルの範囲で式(16)の右辺の4個の基本項がほぼ等間隔に分布するように定めた定数である。具体的には、p、q〜qの値は、式(17)のように設定した。
【0075】
【数17】
【0076】
さらに、薄肉溶接平板を想定して、固有ひずみは厚さ方向に均一に分布し、溶接線方向にも一定であると仮定している。
このように、x、y、zの3方向の各々について固有ひずみを4つのロジスティック関数で近似することで、未知数の個数は12個になる。なお、固有ひずみが厚さ方向に一定であっても、残留応力は厚さ方向に分布し得る。
【0077】
一方、余盛りを除去する加工により付加される加工ひずみは、図5に示したように、余盛りを除去した領域A21の表面に、溶接線方向に一定に加わるものとした。具体的には、部材の表面(z=10ミリメートル)におけるy=0、2、4、6、8ミリメートルの5点について、それぞれ3方向(x、y、z)成分の固有ひずみが加わることになり、加工ひずみの未知数の個数は15個になる。
未知数の個数を有効に削除することで、ステップS105において逆問題解析を行う負荷を軽減し、また、解析結果の精度を向上させることができる。
【0078】
余盛りの除去に際して、−500マイクロストレインのx方向成分の固有ひずみが、余盛り除去後の加工部表面(図5の領域A21)に一様に生じたと仮定して推定精度の評価を行い、加工ひずみを考慮していない場合との比較を行った。
【0079】
図9は、加工ひずみを考慮せずに求めた残留応力を示すグラフである。ここでは、上記の式(7)に示すように、加工前後における残留ひずみの変化量に基づいて逆問題解析を行って固有ひずみを算出し、固有ひずみから順問題解析を行って残留応力を求める。
図9の横軸は、部材の長さ方向(y方向)の位置を示し、縦軸は、応力を示す。線L31は、正解残留応力の値を示す。線L32は、加工ひずみが発生しない場合の、残留応力の推定値を示す。線L33は、加工ひずみが発生した場合の、残留応力の推定値を示す。なお、線L32では、残留ひずみの測定誤差を加味して残留応力を求めている。一方、線L33では、残留ひずみの測定誤差を加味せずに(すなわち、測定誤差が無いものとして)残留応力を求めている。
【0080】
加工ひずみが発生しない場合、線L32と線L31との差が小さいように、測定誤差があっても比較的良好な推定精度を得られている。
一方、加工ひずみが発生する場合、線L33が線L31と大きく異なるように、測定誤差が無くても高精度な解を得ることは難しい。
【0081】
図10は、残留応力のうち加工ひずみの寄与分の大きさを示すグラフである。同図の横軸は、部材の長さ方向(y方向)の位置を示し、縦軸は、応力を示す。線L41、L42、L43は、それぞれ、残留応力のx方向成分、y方向成分、z方向成分のうち加工ひずみの寄与分の大きさを示す。
【0082】
仮定した加工ひずみの値は、溶接固有ひずみよりも比較的小さく、残留応力に直接寄与する量は、図10に示すように数メカパスカル程度に過ぎない。
また、余盛りの除去に伴う解放ひずみは、例えば部材の上面中央部(x=30ミリメートル、z=10ミリメートル)において図11のようになる。
【0083】
図11は、余盛りの除去に伴う解放ひずみの大きさを示すグラフである。同図の横軸は、部材の長さ方向(y方向)の位置を示し、縦軸は、ひずみを示す。線L51、L52は、それぞれ、余盛りの除去に伴う解放ひずみのx方向成分、y方向成分の大きさを示す。図11に示すように、余盛りの除去に伴う解放ひずみは、およそ±20マイクロストレインの範囲にある。
一方、余盛りの除去に伴う加工ひずみが及ぼすひずみの変化量は、例えば部材の上面中央部(x=30ミリメートル、z=10ミリメートル)において図12のようになる。
【0084】
図12は、加工ひずみが及ぼす残留ひずみの変化量の大きさを示すグラフである。同図の横軸は、部材の長さ方向(y方向)の位置を示し、縦軸は、ひずみを示す。線L61、L62は、それぞれ、残留ひずみが及ぼす残留ひずみの変化量のx方向成分、y方向成分の大きさを示す。図12に示すように、加工ひずみが及ぼすひずみの変化量は比較的大きい値となる。このため、加工ひずみの影響を考慮せずに残留応力を推定すると、推定精度の大幅な低下を招くおそれがある。
一方、加工ひずみを考慮する本発明の方法を用いれば、推定精度を大幅に向上させ得る。
【0085】
図13は、加工ひずみが発生した場合の残留応力の値を示すグラフである。同図の横軸は、部材の長さ方向(y方向)の位置を示し、縦軸は、残留応力を示す。線L71は、正解残留応力の値を示す。線L72は、本発明の方法による残留応力推定値を示す。線L73は、線L33(図9)と同じく、加工ひずみを考慮しない方法による残留応力推定値を示す。なお、線L72では、残留ひずみの測定誤差を加味して残留応力を求めている。一方、線L73では、残留ひずみの測定誤差を加味せずに(すなわち、測定誤差が無いものとして)残留応力を求めている。
【0086】
線L73が線L71と大幅に異なるのに対し、線L72は、線L71との差が小さくなっている。このように、加工ひずみを考慮しない方法では、測定誤差が無い場合でも残留応力の推定精度が大幅に低下してしまうのに対し、本発明の方法を用いることで、大幅に解の信頼性を向上させることができる。
【0087】
以上のように、関係取得ステップにて、残留応力推定対象物における、固有ひずみと残留ひずみとの関係を取得する。また、測定ステップにて、残留応力推定対象物を加工する前の残留ひずみおよび加工した後の残留ひずみを測定する。そして、固有ひずみ推定ステップにて、関係取得ステップにて得られた固有ひずみと残留ひずみとの関係、および、測定ステップにて得られた残留ひずみに基づいて、残留応力推定対象物における固有ひずみの推定値、および、加工にて生じた固有ひずみの推定値を求める。さらに、残留応力推定ステップにて、固有ひずみ推定ステップで得られた、残留応力推定対象物における固有ひずみの推定値、および、加工にて生じた固有ひずみの推定値に基づいて、残留応力推定対象物における残留応力を推定する。
【0088】
これにより、加工ひずみを考慮して残留応力を求めることができ、加工ひずみが発生した場合でも、残留応力を精度よく求めることができる。また、残留ひずみの測定方法として、X線回析法や磁歪法など、大掛かりな装置を必要としない方法を用いることができる。このように、本実施形態における残留応力推定方法では、大掛かりな装置や部材の移送を必要とせず、かつ、加工ひずみが生じる場合にも、より精度よく残留応力を推定することができる。
【0089】
また、関係取得ステップでは、残留応力推定対象物における固有ひずみの複数通りの設定の各々について、設定された固有ひずみを初期ひずみとして有限要素法を用いて得られる弾性ひずみを求め、設定された固有ひずみと得られた弾性ひずみとの関係に基づいて、固有ひずみと残留ひずみとの関係を取得する。
これにより、有限要素法を用いて初期ひずみから弾性ひずみを求める順問題解析を解くことで固有ひずみと解放ひずみとの関係を取得することができる。この点において、比較的容易に固有ひずみと解放ひずみとの関係を取得することができる。
【0090】
なお、本発明を、固有ひずみや加工ひずみを推定するひずみ推定方法として実施することも可能である。具体的には、図1においてステップS101〜S105の処理を行えばよく、ステップS106の処理は行わなくてもよい。
あるいは、本発明を、残留ひずみを推定する残留ひずみ推定方法として実施することも可能である。具体的には、図1のステップS106において、残留応力推定対象物における残留応力に代えて、あるいは加えて、残留応力推定対象物における残留ひずみを測定するようにしてもよい。
また、本発明を、残留応力推定システムとして実施することも可能である。
【0091】
図14は、本実施形態における残留応力推定システムの機能構成を示す概略ブロック図である。同図において、残留応力推定システム100は、関係取得部101と、測定部102と、固有ひずみ推定部103と、残留応力推定部104と、結果出力部105とを具備する。
残留応力推定システム100は、例えばコンピュータと残留ひずみ測定装置とを組み合わせて構成され、残留応力推定対象物に対する加工の前後における残留ひずみの測定値から、残留応力を推定する。
【0092】
関係取得部101は、残留応力推定対象物における、固有ひずみと残留ひずみとの関係を取得する。関係取得部101は、図1のステップS101の処理を行う。
測定部102は、残留応力推定対象物を加工する前の残留ひずみおよび加工した後の残留ひずみを測定する。測定部102は、図1のステップS102およびステップS104の処理を行う。
なお、残留応力推定システム100が、例えば数値制御工作機械を制御するなど、残留応力推定対象物に対する加工を自動的に行うようにしてもよい。
【0093】
固有ひずみ推定部103は、関係取得部101が取得した固有ひずみと残留ひずみとの関係、および、測定部102が測定した残留ひずみに基づいて、残留応力推定対象物における固有ひずみの推定値、および、加工にて生じた固有ひずみの推定値を求める。固有ひずみ推定部103は、図1のステップS105の処理を行う。
残留応力推定部104は、固有ひずみ推定部103の取得した、残留応力推定対象物における固有ひずみの推定値、および、加工にて生じた固有ひずみの推定値に基づいて、残留応力推定対象物における残留応力を推定する。残留応力推定部104は、図1のステップS106の処理を行う。
【0094】
結果出力部105は、例えば液晶パネル等の表示画面を有し、残留応力推定部104の推定結果を表示する。但し、結果出力部105が残留応力推定部104の推定結果を出力する方法は表示に限らない。例えば、結果出力部105が、残留応力推定部104の推定結果を他の機器へ送信するようにしてもよい。
【0095】
上記の構成により、残留応力推定システム100は、加工ひずみを考慮して残留応力を求めることができ、加工ひずみが発生した場合でも、残留応力を精度よく求めることができる。また、残留ひずみの測定方法として、X線回析法や磁歪法など、大掛かりな装置を必要としない方法を用いることができる。このように、残留応力推定システム100は、大掛かりな装置や部材の移送を必要とせず、かつ、加工ひずみが生じる場合にも、より精度よく残留応力を推定することができる。
【0096】
また、関係取得部101は、残留応力推定対象物における固有ひずみの複数通りの設定の各々について、設定された固有ひずみを初期ひずみとして有限要素法を用いて得られる弾性ひずみを求め、設定された固有ひずみと得られた弾性ひずみとの関係に基づいて、固有ひずみと残留ひずみとの関係を取得する。
これにより、関係取得部101は、有限要素法を用いて初期ひずみから弾性ひずみを求める順問題解析を解くことで固有ひずみと解放ひずみとの関係を取得することができる。この点において、比較的容易に固有ひずみと解放ひずみとの関係を取得することができる。
【0097】
なお、本発明を、固有ひずみや加工ひずみを推定するひずみ推定システムとして実施することも可能である。
図15は、本実施形態におけるひずみ推定システムの機能構成を示す概略ブロック図である。同図において、ひずみ推定システム200は、関係取得部101と、測定部102と、固有ひずみ推定部103と、結果出力部205とを具備する。同図において、図14の各部に対応して同様の機能を有する部分には同一の符号(101〜103)を付して説明を省略する。
【0098】
結果出力部205は、例えば液晶パネル等の表示画面を有し、固有ひずみ推定部103の推定結果を表示する。但し、結果出力部205が固有ひずみ推定部103の推定結果を出力する方法は表示に限らない。例えば、結果出力部205が、固有ひずみ推定部103の推定結果を他の機器へ送信するようにしてもよい。
【0099】
あるいは、本発明を、残留ひずみを推定する残留ひずみ推定システムとして実施することも可能である。例えば、残留ひずみ推定システムが、図15を参照して説明したひずみ推定システムを具備し、得られた固有ひずみおよび加工ひずみから残留ひずみを推定(算出)するようにしてもよい。
【0100】
なお、残留応力推定システム100や、ひずみ推定システム200の全部または一部の機能を実現するためのプログラムをコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録して、この記録媒体に記録されたプログラムをコンピュータシステムに読み込ませ、実行することで各部の処理を行ってもよい。なお、ここでいう「コンピュータシステム」とは、OSや周辺機器等のハードウェアを含むものとする。
また、「コンピュータシステム」は、WWWシステムを利用している場合であれば、ホームページ提供環境(あるいは表示環境)も含むものとする。
また、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、ROM、CD−ROM等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶装置のことをいう。さらに「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、インターネット等のネットワークや電話回線等の通信回線を介してプログラムを送信する場合の通信線のように、短時間の間、動的にプログラムを保持するもの、その場合のサーバやクライアントとなるコンピュータシステム内部の揮発性メモリのように、一定時間プログラムを保持しているものも含むものとする。また上記プログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであっても良く、さらに前述した機能をコンピュータシステムにすでに記録されているプログラムとの組み合わせで実現できるものであっても良い。
【0101】
以上、本発明の実施形態を図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等も含まれる。
【符号の説明】
【0102】
100 残留応力推定システム
101 関係取得部
102 測定部
103 固有ひずみ推定部
104 残留応力推定部
105、205 結果出力部
200 ひずみ推定システム
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15