【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 『マリンエンジニアリング 第46巻 第1号』 2011年1月1日 社団法人 日本マリンエンジニアリング学会 発行
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0027】
<脱硝触媒の劣化
関数の算出処理>
本発明の実施の形態における脱硝触媒の劣化
関数の算出処理は、コンピュータシステム100を用いて実行される。コンピュータシステム100は、
図1に示すように、処理部10、記憶部12、入力部14及び出力部16を含んで構成される。
【0028】
処理部10は、CPU等で構成され、記憶部12に予め記憶された脱硝触媒の劣化関数の算出
方法を実行することにより脱硝触媒の劣化関数の算出処理の演算を行う。記憶部12は、脱硝触媒の劣化関数の算出プログラム及びそれに関する各種パラメータを格納及び保持する。記憶部12は、半導体メモリ、ハードディスク等の記憶装置を含んで構成され、処理部10から読み出し及び書き込み可能とされる。入力部14は、脱硝触媒の劣化関数の算出処理に必要なデータ等を入力するために用いられる。入力部14は、キーボード、ポインティングデバイス等の入力装置を含んで構成される。出力部16は、入力部14から入力されたデータの表示、脱硝触媒の劣化関数の算出処理で得られる中間処理結果や最終処理結果の表示等を行う。出力部16は、ディスプレイ、プリンタ等の出力装置を含んで構成される。
【0029】
以下、本発明の実施の形態における脱硝触媒の劣化
関数の算出処理について説明する。脱硝触媒の劣化
関数の算出処理は、処理部10によって記憶部12に記憶されている脱硝触媒の劣化
関数の算出プログラムを実行することによって、
図2に示すフローチャートに沿って行われる。
【0030】
本実施の形態では、脱硝触媒内の反応のみを考慮した一次元の簡易的な反応律速モデルを用いている。すなわち、脱硝触媒中の各物質は流れ直角方向に十分拡散し、流れ方向のみに変化することを仮定している。また、一般的に脱硝触媒には還元剤として尿素水が導入されるが、尿素水は加水分解後、アンモニア(NH
3)ガスとして触媒に導入されるとした。また窒素酸化物(NOx)については一酸化窒素(NO)のみを仮定した。考慮する物質は、アンモニア(NH
3)、一酸化窒素(NO)、二酸化硫黄(SO
2)、三酸化硫黄(SO
3)、水(H
2O)、窒素(N
2)、酸素(O
2)及び硫酸水素アンモニウム(NH
4HSO
4:以下、酸性硫安と称する)の8種類とする。
【0031】
本実施の形態における脱硝触媒の劣化
関数の算出処理では、各物質の流量は脱硝触媒を流れ方向に分割した各ブロックに存在できる時間毎に分割され、そのブロックに各物質の存在する流量(体積)に対して触媒反応の計算を行う。すなわち、ある時刻ステップ(t)における各ブロックにおける脱硝触媒による脱硝反応、二
酸化硫黄の酸化反応、酸性硫安の生成分解反応及び酸性硫安による脱硝触媒の劣化反応の計算を行う。算出された各物質は、酸性硫安以外はそのブロックに何も残さず、次の時刻ステップ(t+1)には次のブロックに輸送されるものとする。そして、算出された各物質の濃度等を用いて、次の時刻ステップ(t+1)における各ブロックにおける触媒反応の計算を行う。このような処理を繰り返し、脱硝触媒の劣化
関数の算出処理を実行する。
【0032】
なお、各ブロックでの滞留時間は、雰囲気ガス流量[m
3N/h]を触媒体積[m
3]で除した空塔速度(SV:Space Velocity)の逆数として定義した。ただし、二次元の反応律速モデルに拡張することも可能である。
【0033】
ステップS10では、脱硝触媒の劣化
関数の算出処理で用いられるパラメータの初期設定を行う。ここでのパラメータの設定には、還元剤及び窒素酸化物に関するパラメータの設定が含まれる。上記のように還元剤として尿素水を加水分解したアンモニア(NH
3)ガスが使用されるものとして、還元剤に関するパラメータは、反応速度定数k
NH3[m
3N/m
2h]、アンモニアの体積濃度C
NH3[m
3/m
3]、アンモニア吸着平衡定数K
NH3等の後述の反応モデルで使用されるパラメータである。また、窒素酸化物に関するパラメータは、反応速度定数k
c[m
3N/m
2h]、窒素酸化物の体積濃度C
NO[m
3/m
3]、窒素酸化物の反応に関する頻度因子A
NO[m
3N/m
2h]及び活性化エネルギE
NO[J/mol]等の後述の反応モデルで使用されるパラメータである。また、二酸化硫黄に関する反応速度定数k
S、酸素に関する反応次数α
O2、水に関する反応次数α
W、一酸化窒素及びアンモニアに対する係数k
NO,k
NH3、二
酸化硫黄に関する頻度因子A
SO2,活性化エネルギE
SO2が設定される。このようにアンモニア系還元剤のパラメータや脱硝触媒に関する条件を設定することによって、これらの設定を変更した場合の脱硝触媒の性能劣化量の算出が容易にできる。なお、使用するアンモニア系還元剤の種類により、使用するパラメータは異なる。また、尿素水にしても、尿素の含有形態や供給方法、パラメータの表現方法等により、各種のパラメータやその組み合わせがあり得る。
【0034】
例えば、反応速度定数K
NH3は後述する実験結果と一致するように0.05×10
6に設定することが好適である。一酸化窒素(NO)とアンモニア(NH
3)の濃度比α(C
NH3/C
NO)=1のときの実験結果より、頻度因子A
NO及び活性化エネルギE
NOは、それぞれ8898m
3N/m
2h及び23.87×10
3J/molとすることが好適である。また、窒素酸化物に関するパラメータは、反応次数α
O2は文献(E.Tronconi,et.al.,Ind.Eng.Chem.Res.38(1999)2593)から設定することができ、その他は実験結果等から表1のように設定することができる。
【表1】
【0035】
ステップS12では、脱硝触媒に関するパラメータの設定を行う。ここでは、脱硝触媒の比表面積比A
p[m
2/m
3]、脱硝触媒の表面温度T
cat[K]、脱硝触媒の
劣化関数の算出を行う温度範囲等が設定される。脱硝触媒の表面温度T
catは初期設定であり、脱硝触媒の
劣化関数の算出を行う温度範囲に応じてステップ26において変更される。なお、脱硝触媒に関するパラメータの設定は、使用する脱硝触媒により、温度範囲や初期設定される表面温度等は異なる。また、空塔速度や周囲温度等を設定してもよい。
【0036】
ステップS14では、脱硝触媒でのアンモニアの反応量及び窒素酸化物の反応量を算出する。V
2O
5−TiO
2系触媒における尿素水加水分解後のアンモニアによる代表的な脱硝反応の化学反応式は、化学式1のように表される。
【化1】
【0037】
その他に二酸化窒素(NO
2)と一酸化窒素(NO)が等モルで、化学式1よりも低温、高速で起こる反応もあるが、ディーゼルエンジン排ガス中の窒素酸化物(NOx)のほとんどは一酸化窒素(NO)であるので、酸化触媒による二酸化窒素(NO
2)の生成を考慮せず、ここでは化学式1の反応のみを考える。この反応が触媒表面で起こっているとすると、
図3の概念図に示すように、脱硝反応はアンモニア(NH
3)の触媒活性点への吸着、吸着したアンモニア(NH
3)と雰囲気に拡散している一酸化窒素(NO)との反応、生成物の活性点からの脱離と進行すると考えられる。
【0038】
脱硝反応速度式は、アンモニア(NH
3)の影響を考慮する必要があるため、脱硝機構をモデル化する手法としてRideal−Eley機構を用いた式(1)及び(2)により記述される。
【数8】
【数9】
【0039】
この反応モデルにより、脱硝触媒でのアンモニアの反応量及び窒素酸化物の反応量を算出する。すなわち、式(1)及び(2)から窒素酸化物(NO)の体積濃度C
NOの時間的な変化を算出することができる。化学式1から窒素酸化物(NO)の体積濃度C
NOの時間的な変化に対応したアンモニア(NH
3)の体積濃度C
NH3の時間的な変化も算出することができる。
【0040】
ここで、Φは脱硝触媒の劣化関数である。劣化関数Φは、脱硝触媒の劣化後の反応速度定数k
cと初期反応速度定数k
c0の比(k
c/k
c0)と定義する。劣化関数Φについては後述する。劣化関数Φの初期値は予め設定しておけばよく、例えば、脱硝触媒がまったく劣化していない状態では劣化関数Φの値は1とすればよい。なお、アンモニアの反応量及び窒素酸化物の反応量の算出は、上記したRideal−Eley機構を用いた式(1)及び(2)以外の簡略式や厳密式、また、パラメータの設定や表現方法を変えた各種の式に基づくことができる。
【0041】
ステップS16では、脱硝触媒での三酸化硫黄の生成量を算出する。燃料中に硫黄が存在する場合には、エンジン内の燃焼によって硫黄が酸化され二酸化硫黄(SO
2)になり、更に二酸化硫黄(SO
2)が触媒上で酸化され三酸化硫黄(SO
3)になる。二酸化硫黄(SO
2)の酸化反応は、化学式2で表される。
【化2】
【0042】
ここで、二酸化硫黄(SO
2)の酸化反応は、V
2O
5−TiO
2系触媒において窒素酸化物の脱硝反応と同時に起こり、脱硝反応に比べて非常に遅いことが知られている。この二酸化硫黄(SO
2)から三酸化硫黄(SO
3)への転換率は数%程度である。しかしながら、酸化した三酸化硫黄(SO
3)は後述するようにアンモニア(NH
3)及び水(H
2O)との反応により酸性硫安になると触媒表面に付着して活性吸着点を覆うため、脱硝反応が阻害される。そのため、劣化を予測するためには二酸化硫黄(SO
2)の酸化反応を予測する。
【0043】
ここでは、二酸化硫黄(SO
2)の反応モデルとして非定常での計算ができる速度式として式(3)及び(4)を用いる。なお、三酸化硫黄の生成量の算出は式(3),(4)に限定されるものでなく、設定パラメータや表現方法を変えた式、簡略式や厳密式等、各種の式に基づくことができる。
【数10】
【数11】
【0044】
ステップS18では、脱硝触媒での酸性硫安の増減量を算出する。ここで、舶用ディーゼルエンジンのような硫黄を含む燃料を用いるシステムの場合、SCRによる脱硝を行おうとすると、未反応のアンモニア(NH
3)と排ガス中の三酸化硫黄(SO
3)及び水(H
2O)の反応によって生成される化合物が触媒上に付着し、触媒の活性を低下させることが問題となる。この触媒の劣化の有無及び進行速度は、温度によっても変わってくる。ガス中にアンモニア(NH
3)、三酸化硫黄(SO
3)及び水(H
2O)が共存している場合に生成される化合物は、硫酸アンモニウム((NH
4)
2SO
4)、酸性硫安等が考えられるが、ここではその化合物を酸性硫安のみであるとして演算する。
【化3】
【数12】
【数13】
【0045】
ここで、Kは平衡定数、pはアンモニア(NH
3)、三酸化硫黄(SO
3)及び水(H
2O)の分圧、T
aは雰囲気ガス温度を示している。式(5)で示される分圧が式(6)の温度による平衡定数より大きい場合に析出が生じる。ここで、表面張力と密度は文献等から得られる値とし、細孔半径は実測値をRosin−Rammlerの分布関数で近似した値とすることが好適である。
【0046】
しかし、この式は気体中での反応を示している。それを無数の細孔のある触媒中で適用するため、式(5)をケルビン方程式によって修正する。この式は、細孔内では気体中の飽和蒸気圧P
Oよりも低い圧力Pによって凝縮が起こることを示す。なお、式(6)の平衡定数Kが式(7)の飽和蒸気圧P
Oに相当する。
【数14】
ここで、σは表面張力、M
ab及びρ
abは酸性硫安の分子量及び密度、r
poreは細孔半径である。
【0047】
ここでは、二酸化硫黄(SO
2)の反応モデルを用いて得られた二酸化硫黄(SO
2)の体積濃度C
SO2の時間変化から三酸化硫黄(SO
3)の体積濃度C
SO3の時間変化を求め、その算出結果を式(5)〜(7)に導入することにより酸性硫安の増加・減少量を求める。なお、酸性硫安の増減量の算出は、式(5)〜(7)に限定されるものではなく、設定パラメータや表現方法を変えた式、簡略式や厳密式等、各種の式に基づくことができる。
【0048】
ステップS20では、脱硝触媒の性能劣化量を算出する。脱硝触媒の劣化は、脱硝触媒上に酸性硫安が付着することによって生ずる。すなわち、脱硝触媒の性能劣化量は、酸性硫安付着による触媒性能の劣化関数Φの値を式(2)の一酸化窒素(NO)の反応速度定数
の初期値に乗算し、窒素酸化物(NO)の濃度の時間変化の減少量(増加量)として算出される。
【0049】
ここで、劣化関数Φの値は、酸性硫安の付着量の関係から求めることができる。ここでは、
図4に示す実験結果から劣化関数Φの値を求めるものとする。すなわち、横軸の触媒1gあたりの硫酸イオン付着量[mmol/g
cat]を酸性硫安付着量と置き換え、それに対応する劣化関数Φの値を決定する。
【0050】
具体的には、
図4中の実線で示すように酸性硫安が0.5mmol/g
cat以下の時には5次の近似式で表し、0.5mmol/g
cat以上の時には1次の近似式で表すことが好適である。なお、酸性硫安は二酸化硫黄(SO
2)の酸化反応に影響を与えると考えられるが、付着量と劣化関数Φの関係が明らかでないため、ここでは影響を考慮しないものとする。なお、脱硝触媒の性能劣
化量の算出に当たっては、他の実験結果に基づいた劣化関数や他の近似式を用いてもよい。また、脱硝触媒の性能劣化量のみを求めることも可能である。
【0051】
ステップS22では、脱硝触媒の出口でのアンモニア流出量(体積濃度C
NH3)及び一酸化窒素(NO)流出量(体積濃度C
NO)の算出が行われる。すなわち、ステップS20で求められた劣化関数Φを式(2)に導入し、式(1)及び(2)の関係式から脱硝触媒の出口でのアンモニア流出量及び一酸化窒素(NO)流出量を算出する。
【0052】
ステップS24では、脱硝触媒の温度を変化させるか否かを判定する。本実施の形態では、脱硝触媒の温度に応じた脱硝触媒の劣化
関数の算出を行うために、設定された脱硝触媒の温度範囲での
劣化関数の算出処理が終了したか否かを判定する。脱硝触媒の温度範囲及び変更ステップ等は、エンジンの運転条件の変更の条件に応じて予め設定しておけばよい。
【0053】
脱硝触媒の劣化
関数の算出を行う脱硝触媒の温度が存在すれば、ステップS26において次の脱硝触媒の温度に設定し、ステップS14に処理を戻し、新たに設定された脱硝触媒の温度での演算を行う。例えば、脱硝触媒の温度を初期値から更新ステップ温度毎に増加させ、所定の演算最高温度に到達するまで脱硝触媒の温度を更新する。一方、必要な脱硝触媒の温度のすべてについて演算が終了していれば、ステップS28に処理を移行させる。
【0054】
ステップS28では、脱硝反応の運転時間、すなわち脱硝触媒の劣化
関数の算出を行う時間が経過したか否かを判定する。運転時間が経過していなければ、ステップS14に処理を戻し、脱硝触媒の劣化
関数の算出の演算を継続する。運転時間が経過していれば、脱硝触媒の劣化
関数の算出の演算を終え、ステップS30へ処理を移行させる。
【0055】
ステップS30では、脱硝触媒の劣化
関数の算出結果を出力する。脱硝触媒の劣化
関数の算出結果は、脱硝触媒の劣化状況(劣化関数Φの値、窒素酸化物(NO)の濃度の時間変化の減少量(増加量))、脱硝触媒の出口におけるアンモニア流量(濃度)や一酸化窒素流量(濃度)とすることができる。これらの算出結果は、脱硝反応の運転時間、脱硝触媒の劣化予測を行う時間の関数として出力してもよい。このように、例えば、脱硝触媒の出口におけるアンモニア濃度、窒素酸化物の算出や劣化に至る運転時間の算出が容易となる。なお、算出結果の出力は、上記したものに限られるものでなく、また、処理途中の結果の出力を含めてもよく、出力の形式も各種の方法を採り得る。
【0056】
<脱硝触媒の劣化
関数の算出処理の検証及び評価>
まず、式(1)の脱硝反応式のみを用いた解析を行い、モデル式の特徴を確認した。
図5にNH
3/NO濃度比αによる脱硝率の温度影響について示す。K
NH3を0.05×10
6に設定することによって、記号で示している実験結果と計算結果はほぼ一致した。
【0057】
濃度比αが1ではアンモニア(NH
3)と一酸化窒素(NO)が過不足なく反応するだけアンモニア(NH
3)を導入していることになるが、温度が低下するに従って脱硝率は低下する。アンモニア(NH
3)スリップを考慮すると、300℃以下では反応しきれなかったアンモニア(NH
3)が流出することになるので、濃度比α=1の条件下で脱硝を行うとすると温度を300℃以上にする必要がある。また、濃度比αが低下すると脱硝率も低下するが、温度に対して脱硝率の変化が起きなくなる。
【0058】
そこで、最低雰囲気ガス温度を250℃に設定し、濃度比αを0.8程度に維持できるような触媒入口での一酸化窒素(NO)濃度とすることで、雰囲気ガス温度に対して濃度比αを変更する必要がなくなり、還元剤の投入制御性が向上すると考えられる。
【0059】
次に、触媒中での滞留時間の影響を調べるために空塔速度(SV)を変更した時の脱硝率の影響を求める。
図6にSV変更時の濃度比αと脱硝率の関係を示す。温度は200、250℃とした。
図5と同様に温度が高い方が脱硝率は大きくなる。SVが小さくなると滞留時間が長くなるため、反応時間が確保でき脱硝率が向上する。また、SVが小さくなる程、濃度比αと脱硝率の線形関係が維持されることが確認できた。どの条件においても濃度比αを大きくしても脱硝率が変わらなくなる領域が存在する。この領域はアンモニア(NH
3)スリップが生じていることになるため濃度比と脱硝率が線形関係にある範囲において還元剤の噴射制御を行うことが重要となる。
【0060】
V
2O
5−TiO
2系触媒では触媒上で二酸化硫黄(SO
2)が三酸化硫黄(SO
3)に酸化されるため、化学式3に示されるように酸性硫安が生成され触媒性能が劣化する。本モデルでの触媒性能劣化予測の確認のために、100時間劣化試験との比較を行った。
図7に長時間運転時の脱硝率の変化の一例を示す。温度は、200,230,250℃、二酸化硫黄(SO
2)の濃度C
SO2は30,80ppmとした。
【0061】
雰囲気ガス成分、温度等の様々な条件によって析出の有無は変わってくるが、どの条件でも実験結果とほぼ一致している。これより劣化モデルは本触媒での現象を再現できることが確認できた。なお、脱硝触媒の温度T
cat=250℃、二酸化硫黄(SO
2)の濃度C
SO2は80ppmでの結果は劣化していないように見えるが、後述の
図8の酸性硫安析出上限温度に示すように、性能劣化までには至っていないが酸性硫安の析出は起こっていることを確認した。
【0062】
100時間での劣化予測結果に見られるように、性能劣化が生じてしまうと長時間の運転中に徐々に脱硝率が低下してしまう。そのため、酸性硫安が生じるときの温度を調べることが重要になる。
【0063】
ここではマン社(MAN)の資料(佐々木,K.Aabo、日マリ学誌、43−3(2008)382)にある燃料中硫黄含有率に対する酸性硫安析出上限温度を比較対照にして、本モデルにおける上限温度について確認した。
【0064】
図8には、本モデルとマン社(MAN)の資料の酸性硫安析出上限温度を示している。図に示す線以下の温度で酸性硫安は析出する。本計算における式(7)の細孔半径は、Rosin−Rammler分布関数の1%通過径0.4nmとして、析出しやすい半径を選択した。マン社(MAN)の資料は燃料中硫黄含有率との関係を示しているが、硫黄は触媒には雰囲気ガス中の硫黄酸化物として導入されるため、硫黄酸化物を二酸化硫黄(SO
2)、燃料を化学式(C
aH
bS
c:a=13,b=28)で表される物質とし、空気過剰率をλ、完全燃焼を仮定して以下の化学式4から、燃料中の質量比である硫黄含有率と生成物のモル比で表される二酸化硫黄(SO
2)濃度の関係を求めた。
【化4】
【0065】
ただし、両者の関係はλによって変化するので、ここではλ=2.5とした(
図8の横軸に併せて示した)。およそ燃料中の硫黄分が3.3%で排気中の二酸化硫黄(SO
2)の濃度が約800ppmになることが確認できた。硫黄成分が少なくなると、酸性硫安は析出しにくくなる傾向がある。酸性硫安析出は式(5)のように硫黄成分の他にアンモニア(NH
3)、水(H
2O)の濃度によって影響を受けるが、二酸化硫黄(SO
2)の濃度が800ppm、λ=1において、アンモニア(NH
3)の濃度を1500,1000,500ppmに変更しても、上限温度は325,323,319℃であり、ほとんど影響しなかった。
【0066】
次に、触媒性能劣化に及ぼすガス濃度の影響について確認した。
図5及び
図7に示したモデル確認のために行った実験での水(H
2O)及び酸素(O
2)の濃度はそれぞれ10%及び13%であった。また、ディーゼルエンジンの排ガス中の水(H
2O)及び酸素(O
2)の濃度は、化学式4の生成物のモル比から空気過剰率λを2.0〜4.0の範囲内の値とするとそれぞれ7.07〜3.60%及び10.1〜15.4%となる。そこで空気過剰率λを変更して水(H
2O)及び酸素(O
2)の濃度の脱硝率に与える影響について調べた。
【0067】
図9に空気過剰率λが劣化速度に与える効果について示す。温度は250℃、SVは11000h
−1とした。空気過剰率λの増加に従って劣化速度は減少した。式(7)の細孔半径に分布関数を使っているため、計算ステップ毎に酸性硫安析出によって消費されるアンモニア(NH
3)の濃度が異なるものとなり、脱硝開始後3時間付近まで脱硝率が振動した。水(H
2O)及び酸素(O
2)の濃度が性能劣化に与える影響は、式(3)の二酸化硫黄(SO
2)の酸化率の水(H
2O)及び酸素(O
2)の濃度と式(5)の酸性硫安平衡定数に関する水(H
2O)の分圧によってモデルに組み込まれている。空気過剰率λの増加にともなって水(H
2O)の濃度の減少、酸素(O
2)濃度の増加が生じたが、式(3)内の反応次数は酸素(O
2)よりも水(H
2O)の方が大きいために二酸化硫黄(SO
2)の酸化率は低下した。水(H
2O)の濃度に加えて、三酸化硫黄(SO
3)濃度も小さくなるため平衡定数も小さくなり、酸性硫安の生成量も減少した。
【0068】
この結果は、燃料中の硫黄含有率を変えなくても過給機性能の向上による空気量の増加や燃料消費率の低減によって空気過剰率を増加させられれば、触媒性能の劣化を起こりづらくすることができることを予測している。
【0069】
次に、二酸化硫黄(SO
2)の濃度と一酸化窒素(NO)の濃度との変更による脱硝率の変化について調べた。
図10に脱硝開始後8時間での脱硝率の変化を示す。濃度比α=1に固定したため、一酸化窒素(NO)の濃度と同時にアンモニア(NH
3)の濃度も変更した。
【0070】
一酸化窒素(NO)及びアンモニア(NH
3)の濃度が大きくなると脱硝性能が劣化しやすいことがわかった。また、二酸化硫黄(SO
2)の濃度だけではなく、一酸化窒素(NO)もしくはアンモニア(NH
3)の濃度を低下させても劣化し難くなることがわかった。例えば、一酸化窒素(NO)の濃度を200ppmにできれば二酸化硫黄(SO
2)の濃度に依存せず、脱硝率は一定になった。また、一酸化窒素(NO)の濃度が小さくなると脱硝率が低下しているが、これは性能劣化の影響ではなく式(1)で表されるモデル自体の特性である。
【0071】
一酸化窒素(NO)及びアンモニア(NH
3)の濃度の低下によって触媒性能が改善することは、燃料性状の改善のみならず、エンジン本体による窒素酸化物(NOx)低減によっても触媒寿命の長期化を計れることを示している。これより、エンジン本体での窒素酸化物(NOx)の低減効果は、還元剤の減少によるコスト面での利点だけではなく、脱硝率、触媒劣化の面からも有効であることがわかった。
【0072】
次に、一酸化窒素(NO)及びアンモニア(NH
3)の濃度比αとアンモニア(NH
3)スリップの関係について確認した。アンモニア(NH
3)スリップは、式(1)の脱硝反応に用いられず、かつ触媒に吸着しきれなくなったアンモニア(NH
3)が流出することで生じる。性能劣化が生じない場合には、温度を上げ、濃度比α≦1になるように還元剤噴射制御を行えばアンモニア(NH
3)スリップは生じない。
【0073】
本モデルにおいて、アンモニア(NH
3)に関係する式(1)は、アンモニア(NH
3)の吸着平衡後の反応速度を表しているため、反応しきれなくなったアンモニア(NH
3)は触媒に吸着されることはなく、流出する。アンモニア(NH
3)スリップは投入されたアンモニア(NH
3)量に依存することが考えられるため、性能劣化していないときに脱硝触媒の出口における一酸化窒素(NO)の濃度が300ppmになるように一酸化窒素(NO)の濃度と濃度比αを変更し、アンモニア(NH
3)スリップに対する濃度比αの影響を調べた。濃度比αは、0.5,0.66,0.75,0.8,0.825,0.85の6種類とした。
【0074】
図11は、脱硝開始から8時間後の濃度比αに対する脱硝触媒の出口における一酸化窒素(NO)の濃度の変化を示す。また、
図12は、アンモニア(NH
3)スリップ濃度の時間変化を示す。
【0075】
どの条件下においても脱硝開始時には出口における一酸化窒素(NO)の濃度は300ppmであったが、濃度比αが大きい程、性能劣化の進行が早くなった。また濃度比α≧0.8になると急激に脱硝率が悪化した。濃度比α≧0.8で濃度比αが大きい程性能劣化しやすく、アンモニア(NH
3)が消費できなくなるためにアンモニア(NH
3)スリップが大きくなったものと考えられる。濃度比α=0.85では5時間以上この条件で運転できず、再生運転が必要となるといえる。濃度比α<0.8ではほぼアンモニア(NH
3)スリップが生じないのは、触媒の持つ脱硝性能以下で運転しているため、若干の触媒の性能劣化が生じてもアンモニア(NH
3)を消費して脱硝性能を維持できるからと考えられる。これより、アンモニア(NH
3)スリップの観点からもアンモニア(NH
3)の投入量を減少できるようにエンジンでの窒素酸化物(NOx)の低減対策を行う必要があることがわかった。
【0076】
このようにV
2O
5−TiO
2系触媒の脱硝反応を再現できるモデルを用いることによって、硫黄含有燃料を使用したときの各種ガスの成分(濃度、濃度変化)、一酸化窒素(NO)及びアンモニア(NH
3)の濃度比αに対する脱硝率、アンモニア(NH
3)スリップへの影響について予測できる。
【0077】
また、本実施の形態における脱硝触媒の劣化関数の算出
方法を用いた劣化関数の算出処理は、実際の脱硝システムに適用することができる。例えば、舶用ディーゼルエンジンに対する脱硝システムにおいて、実際に脱硝触媒に導入される尿素水の分解したアンモニア(NH
3)や一酸化窒素(NO)及び脱硝触媒に関するパラメータを用いて脱硝触媒の劣化関数の算出をすることができる。さらに、本発明の脱硝触媒の劣化関数の算出
方法を用いた脱硝システムによれば、脱硝触媒の劣化関数の算出ができ、脱硝システムの的確な運転に寄与することができる。例えば、劣化関数の算出結果に応じて脱硝システムの各種の操作量を変更し、操作量の変更に伴ってステップS10、S12及びS26における少なくとも1つのパラメータの設定・変更を行い、劣化関数の算出を繰り返すものとしてもよい。また、例えば、脱硝触媒の劣化レベルの表示や、運転条件を変更した場合の窒素酸化物やアンモニアの排出状態の予測、予測結果に基づいた脱硝触媒の交換や再生のタイミングの告知等が容易となる。また、劣化関数の算出
方法の出力に基づいて脱硝システムの操作量を変更した場合は、状況に応じ脱硝システムを自動的に運転することも可能となる。