特許第6168275号(P6168275)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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6168275炭酸カルシウム・マイクロカプセル固定化リパーゼ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6168275
(24)【登録日】2017年7月7日
(45)【発行日】2017年7月26日
(54)【発明の名称】炭酸カルシウム・マイクロカプセル固定化リパーゼ
(51)【国際特許分類】
   C12N 11/14 20060101AFI20170713BHJP
   C12N 9/20 20060101ALN20170713BHJP
   C01F 11/18 20060101ALN20170713BHJP
【FI】
   C12N11/14
   !C12N9/20
   !C01F11/18 H
【請求項の数】4
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2012-266584(P2012-266584)
(22)【出願日】2012年12月5日
(65)【公開番号】特開2014-110773(P2014-110773A)
(43)【公開日】2014年6月19日
【審査請求日】2015年11月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】500132214
【氏名又は名称】学校法人明星学苑
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤原 正浩
(72)【発明者】
【氏名】松本 一嗣
【審査官】 坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平09−268299(JP,A)
【文献】 特開平11−069974(JP,A)
【文献】 特開2011−144056(JP,A)
【文献】 特開2000−319696(JP,A)
【文献】 特表平04−501664(JP,A)
【文献】 特開2002−095471(JP,A)
【文献】 Chemical Engineering Journal,2008年,Vol.137,p.14-22
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 11/14
C12N 9/20
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/WPIDS/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バテライト相を主成分とする炭酸カルシウム粒子をリパーゼ溶液に浸漬する工程を含み、炭酸カルシウムの重量と水溶液の容量の比(炭酸カルシウムの重量mg/水溶液の容量mL)は25mg/mL以下であることを特徴とする、リパーゼを内包したバテライト相を主成分とする炭酸カルシウム粒子の製造方法。
【請求項2】
炭酸カルシウムの重量と水溶液の容量の比は20mg/mL以下であることを特徴とする、請求項1に記載のリパーゼを内包したバテライト相を主成分とする炭酸カルシウム粒子の製造方法。
【請求項3】
炭酸カルシウム粒子を、リパーゼ内包と同時あるいはリパーゼ内包後に亜鉛塩の水溶液に浸漬して、炭酸カルシウム粒子内に亜鉛を導入することを特徴とする、請求項1又は2に記載のリパーゼを内包したバテライト相を主成分とする炭酸カルシウム粒子の製造方法。
【請求項4】
前記亜鉛塩が塩化亜鉛である請求項3に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リパーゼを内包する炭酸カルシウム及びその製造方法、酵素反応における使用に関する。
【背景技術】
【0002】
微粉体内部に酵素を固定化・内包化させる技術は、酵素の実用的利用に多くの利点をもたらす。固定化酵素は、分離が容易である、再利用がしやすい等の利点が指摘され、多くの固定化酵素がこれまでに発明されている。その中で、最も多く用いられてきたのは、酵素を不溶性の固体マトリックスに包括固定化する手法である。材料としてはアルギン酸のような天然高分子物質、あるいは架橋性ポリアクリルアミドなどの合成高分子が用いられ、酵素の存在下でポリマー化する際に酵素などの生体触媒を包括する。包括固定化酵素は様々な酵素反応に利用されてきたが(非特許文献1)、基質がポリマーのマトリックスを通過しなければならないので酵素活性が必ずしも高いわけではなく、また酵素活性維持や保存性に問題があった。最近、有機溶媒中で酵素反応を行う例が多く見られ、酵素を固定化する素材として多孔性材料を用いられることが多くなってきている。これは、多孔性である珪藻土やセラミックスの固体表面に酵素を物理的に吸着させる手法であり、保存性に優れることから、加水分解酵素であるリパーゼを固定化した多くのものが市販されている(非特許文献2)。リパーゼは一般に有機溶媒に難溶であるため、有機溶媒中の酵素反応では繰り返し使用も可能であるが、水溶液中での反応では酵素が多孔性材料から脱離してしまうため、繰り返し使用はできないという問題がある。酵素の固体からの脱離、すなわちリーティングは、酵素の溶媒への溶解性に起因するため、逆に、有機溶媒に可能な酵素は有機溶媒中での酵素反応での繰り返し使用はできないという問題もあった。
【0003】
一方、炭酸カルシウムは、石灰岩や大理石の主成分であり生物や環境に優しい素材であり、この炭酸カルシウムに酵素等を有効に固定することができれば、生物や環境へのリスクの極めて低い酵素利用プロセスを創出することができる。しかしながら、一般に炭酸カルシウムは上述の珪藻土等と比べ多孔性物質ではないため、炭酸カルシウム内に物質を内包させる技術は、他の多孔性材料とは異なりあまり研究されていない。例えば、炭酸カルシウムのマイクロカプセル材料の製造法が報告され(特許文献1,2;非特許文献3)、このマイクロカプセル内へタンパク質等の物質を導入する技術が報告されている(特許文献3、非特許文献4)。炭酸カルシウムへタンパク質を吸着させて固定化する方法も、多孔性のカルサイト・炭酸カルシウムを用いる例等が報告されている(非特許文献5,6)。リパーゼを、炭酸カルシウムに吸着させて酵素反応を行う例もある(非特許文献:Enzyme Microbial Technol. 35 (2004) 355-363)。この吸着を用いる場合では、タンパク質が溶解する溶液に浸漬させると脱離する可能性がある。このタンパク質の脱離は、固定化酵素の場合、触媒活性種のリーティングをもたらし、固定化酵素の繰り返し利用を困難にすることになる。炭酸カルシウム等の無機物に果汁を添加した後に発酵させて、無機物と酵素の複合化材料を合成する例が特許報告されているが、その利用は洗剤に限定されている(特許文献4)。また、豆のタンパク質に乳酸桿菌を添加して発酵させて炭酸カルシウムを添加して得られる複合体も知られているが、その利用は食品である(特許文献5)。炭酸カルシウム等の半球状のマイクロカプセルにタンパク質をグラフトする例もあるが、複合化にはタンパク質を認識できるリガンドが必要である(特許文献6)。これら3つの例では、タンパク質を溶解させる溶液中へのタンパク質の脱離に関しては言及されていない。
【0004】
一方、炭酸カルシウムのマイクロカプセルを調製時に同時にタンパク質を内包させる方法(非特許文献2)では、固定化できたタンパク質は炭酸カルシウムが溶解しない限り脱離はしないが、分子量の小さなタンパク質、例えばリゾチームの内包が難しいという欠点がある。そのため、炭酸カルシウムが準安定相結晶であるバテライトのマイクロカプセルが、安定相であるカルサイトへの結晶相の相転移をする際にタンパク質を封入する方法も開発されている(特許文献7、非特許文献7)。この方法ではインシュリン等の分子量の小さなタンパク質の内包化にも成功している。この文献では、炭酸カルシウムに固定化した酵素を用いた応用の可能性が言及され、酵素としてリパーゼ等が例示されている。しかしながら、具体的な固定化リパーゼの酵素反応は言及されておらず、この方法で固定化された酵素の実際の活性に関する知見は提示できていない。このように、酵素が溶解した溶液に炭酸カルシウムを浸漬させ、炭酸カルシウム内に酵素を実際に固定化し、当該材料を用いて実際に酵素反応を行い、かつ当該酵素反応が有機溶媒と水溶液の両方において使用できる固定化酵素、酵素反応、固定化酵素に関する技術は従来なかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許1184016号
【特許文献2】特許1049606号
【特許文献3】特開2007-015990
【特許文献4】特開2000-319696
【特許文献5】特開2005-052072
【特許文献6】特開2007-070389
【特許文献7】特開2011-144056
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Chirality 14 (2002) 558-561.
【非特許文献2】J. Am. Chem. Soc. 102 (1980) 6324-6336.
【非特許文献3】J. Colloid Interface Sci. 68 (1979) 401-407.
【非特許文献4】Chemical Engineering Journal 137 (2008) 14-22.
【非特許文献5】Biomacromolecules 5 (2004) 1962-1972.
【非特許文献6】Biotechnol. Prog. 21 (2005) 918-925.
【非特許文献7】Cryst. Growth Des., 10 (2010) 4030-4037.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、炭酸カルシウム内へ、リパーゼを内包、固定化し、当該材料を固定化酵素材料として、水溶液中および有機溶媒中での酵素反応の触媒として用いることができる、リパーゼ内包の炭酸カルシウム材料に関する技術を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
バテライト型の炭酸カルシウム・マイクロカプセルを、バテライトからカルサイトへの相転移が起こらない程度の時間、リパーゼを溶解した溶液中に浸漬させてリパーゼを炭酸カルシウム内へ内包・固定化させた。このリパーゼ内包炭酸カルシウムを用いて水溶液中および有機溶媒中での酵素反応を試み、有機溶媒中での反応はそのまま繰り返し利用可能であることを見出した。一方、水溶液中での反応ではカルサイトへの相転移が起きて酵素活性が失活することはあるが、この炭酸カルシウムに亜鉛塩処理を行うことで相転移を抑制して酵素活性の失活を起こさないようにすることで繰り返し利用を可能できることを見出し、本発明に至った。
【0009】
本発明は、以下のリパーゼを内包する炭酸カルシウム及びその製造方法を提供するものである
項1. バテライト相およびアラゴナイト相からなる群から選ばれる準安定相を主成分とする炭酸カルシウム粒子又は非晶質の炭酸カルシウム粒子をリパーゼ溶液に浸漬することを特徴とする、リパーゼを内包した準安定相を主成分とする又は非晶質の炭酸カルシウム粒子の製造方法。
項2. 炭酸カルシウム粒子を、リパーゼ内包と同時あるいはリパーゼ内包後に亜鉛塩の水溶液に浸漬して、炭酸カルシウム粒子内に亜鉛を導入することを特徴とする、項1に記載のリパーゼを内包した炭酸カルシウム粒子の製造方法。
項3. 前記亜鉛塩が塩化亜鉛である項2に記載の方法。
項4. 準安定相がバテライト相である項1〜3のいずれかに記載の方法。
項5. 項1〜4のいずれかの方法により製造される、リパーゼを内包した炭酸カルシウム粒子。
項6. 項5記載のリパーゼを内包した炭酸カルシウム粒子の、リパーゼが行う酵素反応における使用。
項7. リパーゼが行う酵素反応が、エステル結合の加水分解である項6に記載の使用。
項8. リパーゼが行う酵素反応が、エステル結合をつくる酵素反応である、項6に記載の使用。
【発明の効果】
【0010】
結晶相がバテライトまたはアラゴナイト相である炭酸カルシウムは結晶的には準安定相であり、水溶液中での炭酸イオンとカルシウムイオンの溶解性は、安定結晶相であるカルサイトと比べ高い。また、材料の多孔性も、バテライトまたはアラゴナイト相の方がカルサイトよりも一般に高い。非晶質の炭酸カルシウムも、上記のようなバテライトまたはアラゴナイトのような準安定相と類似の特性を持つ。炭酸カルシウム内にリパーゼを固定化して、酵素反応を行い、かつリパーゼが反応中に溶出しないためには、リパーゼはしっかりと炭酸カルシウムの結晶内もしくは非晶質の炭酸カルシウム内に組み込まれながら、反応基質の酵素活性サイトへのアクセスは確保することが必須である。カルサイト型の炭酸カルシウムはほとんど多孔性ではないため、反応基質が炭酸カルシウム内の酵素活性サイトへ辿り着けず、酵素反応は進行しないものと考えられる。したがって、良好な炭酸カルシウム固定化酵素のためには、炭酸カルシウムの結晶相はバテライトまたはアラゴナイト相、あるいは非晶質の炭酸カルシウムでありながら、酵素は溶出しない程度に炭酸カルシウム内に取り込まれている必要がある。そこで、バテライトまたはアラゴナイト型の炭酸カルシウム、および非晶質の炭酸カルシウムを、酵素を溶解させた溶液(好ましくは水溶液もしくは含水溶媒の溶液)に浸漬する時間を短縮し、結晶相がバテライトまたはアラゴナイト、あるいは非晶質の炭酸カルシウムのままの状態で酵素を取り込み、その状態を維持することで、水溶液および有機溶媒への酵素溶出がともに起きない、繰り返し利用可能な固定化酵素材料を創出できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】バテライト型炭酸カルシウムのSEM像(左)と拡散反射紫外線スペクトル(右)
図2】リパーゼ内包炭酸カルシウムの拡散反射紫外線スペクトル
図3】種々の炭酸カルシウムの粉末X線回折パターン
図4】亜鉛処理リパーゼ内包炭酸カルシウムの拡散反射紫外線スペクトル
図5】亜鉛処理リパーゼ内包炭酸カルシウムの拡散反射紫外線スペクトル
図6】亜鉛処理リパーゼ内包炭酸カルシウムの粉末X線回折
【発明を実施するための形態】
【0012】
バテライトまたはアラゴナイト型炭酸カルシウムは、自然界には存在しないため人工的に合成する必要がある。バテライトまたはアラゴナイト型の炭酸カルシウムを良好な選択率で与える方法は、特許文献1,2に示されている界面反応法による方法が好ましいが、良好な収率、選択率で得られるものであれば特に限定されない。非晶質の炭酸カルシウムも自然界には存在しないため人工的に合成するが、非晶質の炭酸カルシウムを良好な選択率で与える方法あれば、特に限定されない。その一つの方法として、非特許文献8(J. Ceram. Soc. Jpn., 101 (1993) 1145-1152)を例示する。原料となる炭酸カルシウム中における準安定相のバテライトまたはアラゴナイト相の割合は高いものがよく、少なくとも70%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上である。非晶質の炭酸カルシウムの場合も、非晶質相の割合は、少なくとも70%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上である。炭酸カルシウム粒子の好ましい粒子径は0.1〜100μm程度で、より好ましくは1〜50μm程度である。炭酸カルシウム粒子の形状は、準安定相もしくは非晶質を主成分とする限り中空粒子であっても中実の粒子であってもよい。
【0013】
炭酸カルシウム粒子を浸漬するリパーゼ溶液は、リパーゼを溶解できる溶媒の溶液であれば特に限定されないが、好ましくは水溶液もしくは含水溶媒、例えばエタノール、メタノール、イソプロパノールなどの低級アルコール、DMSO,DMF、ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドンなどの有機溶媒と水を含む含水溶媒が挙げられ、最も好ましくは水溶液である。
【0014】
本明細書において、「内包」あるいは「固定」とは、酵素(リパーゼ)が炭酸カルシウム粒子と共存し、炭酸カルシウムを溶解させない水や有機溶剤による洗浄では容易に溶出しない状態のことを指し、酵素が必ずしも炭酸カルシウム内部に埋没している必要はない。準安定相もしくは非晶質の炭酸カルシウムは、水溶液中では溶解と再析出を繰り返し、その際、共存させている酵素の一部もしくは全部を炭酸カルシウム相の内部に取り込む。この取り込みは、必ずしもカルサイトへの相転移を必要とせず、結晶相がバテライトまたはアラゴナイト等の準安定相や非晶質の炭酸カルシウムのままであっても取り込むことが可能で、酵素を「内包」・「固定」することができる。
【0015】
本特許において炭酸カルシウムに内包・固定される物質は、リパーゼである。本発明で用いられるリパーゼとしては、特に限定されず、例えば、リゾプス属、ムコール属、アスペルギルス属、シュードモナス属、アルカリゲネス属、キャンディダ属等の微生物由来のもの、及び動植物由来のものを挙げることができる。一種類のリパーゼを炭酸カルシウム粒子に固定化してもよく、二種類以上のリパーゼを適宜選択し、炭酸カルシウム粒子に固定化してもよい。具体的なリパーゼとしては、WAKO社製リパーゼ(Phycomyces nitens由来)、AMANO社製リパーゼ、Lipase AYS(Candida rugosa由来)、Lipase AS(Aspergillus niger由来)、lipase PS(Burkholderia cepacia由来)、名糖産業製リパーゼLipase PL(Alcaligenes sp.由来)等を挙げることができるが、それらに限定されない。
【0016】
上述の準安定相や非晶質の炭酸カルシウムを、酵素を溶解させた溶液(好ましくは水溶液)へ浸漬させる際の炭酸カルシウムの重量と水溶液の容量との比(炭酸カルシウムの重量g/水溶液の容量mL)は特に限定されないが、酵素の内包効率を高めたい場合はその比は小さい方が良く、好ましくは0.1〜20、より好ましくは0.1〜5である。また、水溶液中の酵素の濃度も特に限定されないが、高い効率で封入ないし内包したい場合、好ましくは0.5〜10mg/mL、より好ましくは2〜10mg/mLである。用いる水溶液は、酵素を変性や分解せず、かつ炭酸カルシウムを比較的容易に溶解させないものならば特に限定されず、トリス塩やリン酸塩等を溶解させた種々の緩衝液、塩化ナトリウム水溶液、生理食塩水、塩化カルシウム水溶液を例示することができる。含水溶媒の水もこのような緩衝液ないし水溶液を使用することができる。浸漬させる際の温度は、酵素が変性や分解等を起こさない限り特に限定されないが、0〜30℃が好ましい。時間も特に限定されず、酵素が内包・固定化されて、カルサイトへの相転移がほとんど起こらないものであれば良く、0.1〜100時間程度が例示される。
【0017】
この温度や時間の好ましいは、用いる酵素や溶液により変化するため、特に限定されないが、適宜条件を最適化する必要がある。
【0018】
酵素を内包・固定化させた炭酸カルシウムの固体は、溶液よりデカンテーションやろ別による分離・回収することができる。乾燥処理等の後処理も、酵素が変性や分解を起こさない条件であれば特に限定されないが、空気中で5から30℃程度での乾燥処理が良い。乾燥時間も特に限定されないが、1時間から20時間程度が好ましい。また、減圧下においての乾燥、および凍結乾燥処理を行っても良い。ただし、特段の乾燥処理を必要としない場合は、行わなくとも良い。
【0019】
相転移を抑えるための亜鉛処理の方法において、亜鉛源としては水溶性の亜鉛化合物であれば特に限定されないが、塩化亜鉛、臭化亜鉛、硝酸亜鉛、酢酸亜鉛、硫酸亜鉛等を例示することができる。浸漬方法も特に限定されず、あらかじめ酵素を炭酸カルシウムに内包・固定化させたものを用いても、酵素の固定化と亜鉛処理を同時に行っても良い。ただし。あらかじめ亜鉛処理を行った後に酵素を内包・固定化することは好ましくない。用いる亜鉛水溶液の濃度も特に限定されないが、1〜500mmol/Lが好ましく、5〜100mmol/Lがより好ましい。炭酸カルシウムと塩化亜鉛の重量比(炭酸カルシウム/塩化亜鉛)は、0.1〜20が好ましく、1〜10がより好ましい。浸漬時間も特に限定されないが、10分〜100時間が好ましく、1時間から50時間がより好ましい。
【0020】
浸漬方法も特に限定されず、撹拌種等による撹拌、振とう機による撹拌、静置等、適切な方法を選べば良い。
【0021】
酵素反応を行う条件は、行う酵素反応によるが、酵素が活性を維持でき、準安定性の炭酸カルシウムが溶解、分解およびカルサイトへの相転移を起こさない条件であれば、特に限定されない。温度は、好ましくは、0〜60℃、より好ましくは10〜50℃である。酵素反応に用いる溶媒や反応基質は、水溶液系、有機溶媒系、および水と有機溶媒の混合系ともに、炭酸カルシウムを溶解させず、酵素を失活させないものであれば特に限定されない。有機溶媒を水への溶解度以上に加えて2相系で反応を行うことも可能である。酵素反応を行う場合の、反応基質の量、溶媒量および触媒量は、特に限定されず、酵素反応の活性や反応速度や反応選択性を鑑みて決めれば良い。反応終了後、混合液から目的化合物を回収・単離することで各種生成物や光学活性体を製造することができる。目的化合物の回収・単離は、濃縮、抽出、カラム分離、結晶化、クロマト分離等通常の公知の方法によって行うことができる。
【0022】
以下に実施例をあげるが、これらに限定されるものではない。
【実施例】
【0023】
実施例−1 炭酸カルシウムへのリパーゼの固定
特許文献7に記載された方法を用いて、結晶相がバテライトである炭酸カルシウムのマイクロカプセルを合成した。図1にSEM像と拡散反射紫外線スペクトルを示す。バテライト型炭酸カルシウムの典型的な粒子形状である球状粒子であり、拡散反射紫外線スペクトルより波長が250〜300nmには吸収はないことがわかった。この炭酸カルシウム・マイクロカプセルに、濃度5g/Lのリパーゼ(Amano Lipase PS, from from Burkholderia cepacia、アルドリッチ社製)水溶液(Tris・HCl緩衝液、pH=7.6、和光純薬製)を浸漬させた。炭酸カルシウムとリパーゼ水溶液の比は、25g(炭酸カルシウム)/L(水溶液)である。この液を室温で7日間振とう器を用いて撹拌した。その後、ろ別し、十分量のイオン交換水で洗浄した後、室温で風乾した。こうして得られたリパーゼ内包炭酸カルシウムの拡散反射紫外線スペクトル(図2)に280nmをピークに持つ吸収が観測されたことにより、リパーゼは炭酸カルシウム中に内包・固定化されていることがわかった。また、当該炭酸カルシウムの粉末X線回折パターン(図3)より、結晶相はバテライトのままであることが確認できた。
【0024】
実施例−2 リパーゼ固定炭酸カルシウムの亜鉛処理
実施例−1に記載された方法を用いて製造されたリパーゼ内包炭酸カルシウムを、濃度5g/Lの塩化亜鉛(和光純薬製)水溶液(Tris・HCl緩衝液、pH=7.6、和光純薬製)に浸漬させた。炭酸カルシウムとリパーゼ水溶液の比は、25g(炭酸カルシウム)/L(水溶液)である。この液を室温で1日間振とう機を用いて撹拌した。その後、ろ別し、十分量のイオン交換水で洗浄した後、室温で風乾した。こうして得られた拡散反射紫外線スペクトル(図4)より、依然リパーゼは炭酸カルシウム中に内包・固定化されていることがわかった。また、当該炭酸カルシウムの粉末X線回折パターン(図3)より、結晶相はバテライトのままであることが確認できた。
【0025】
実施例−3 炭酸カルシウムへのリパーゼの固定と同時亜鉛処理
特許文献7に記載された方法を用いて製造したバテライト型炭酸カルシウムに、リパーゼと塩化亜鉛のそれぞれの濃度が5g/Lである水溶液(Tris・HCl緩衝液、pH=7.6、和光純薬製)を浸漬させた。炭酸カルシウムと当該水溶液の比は、25g(炭酸カルシウム)/L(水溶液)である。この液を室温で7日間振とう機を用いて撹拌した。その後、ろ別し、十分量のイオン交換水で洗浄した後、室温で風乾した。こうして得られた亜鉛処理リパーゼ内包炭酸カルシウムの拡散反射紫外線スペクトル(図5)より、炭酸カルシウム中に内包・固定化されていることがわかった。また、当該炭酸カルシウムの粉末X線回折パターン(図5)より、結晶相はバテライトのままであることが確認できた。
【0026】
実施例4 リパーゼ固定炭酸カルシウムによる酵素反応(有機溶媒系での反応)
ラセミ体1-フェニルエタノール123mgを、20mLナス型フラスコに入れた後、酢酸ビニルを4mL加えた。さらに、リパーゼ固定炭酸カルシウム200mgを加え、30℃で24時間攪拌した。酢酸エチルで反応液を希釈した後に遠心管に移し、8500rpm、5分で遠心分離を行った。デカンテーションにより上澄みを100mLナス型フラスコに移した後、リパーゼ固定炭酸カルシウムが残る遠心管にさらに酢酸エチルを入れて懸濁し、再び遠心分離を行った。この操作を2回繰り返した後、集めた上澄み液を減圧濃縮し、得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製することで、(R)-1-フェニルエチルアセタート60mg(収率35%)と(S)-1-フェニルエタノール49mg(収率33%)を得た。それらの光学純度は以下に示す条件でガスクロマトグラフィーを使用し、測定した。
【0027】
〔ガスクロマトグラフィー条件〕
カラム:Agilent Technologies,Inc.、CP−Cyclodextrin−B−236−M19(0.25mmx50m)
キャリアガス:ヘリウム、圧力2.4kg/cm
オーブン温度:120℃、インジェクション温度:140℃、ディテクター温度:140℃
【0028】
分析により、(R)-1-フェニルエチルアセタートの光学純度は99%e.e.、(S)-1-フェニルエタノールの光学純度は97%e.e.であった。この反応における原料転化率は49%であった。また、(R)-1−フェニルエタノールと(S)-1−フェニルエタノールの反応速度の比を表し、酵素反応のエナンチオ選択性の指標であるE値は200以上であった。
【0029】
一方、遠心分離により沈殿したリパーゼ固定炭酸カルシウムは、室温で1日乾燥した。回収量は、112mgであった。
【0030】
回収したリパーゼ固定炭酸カルシウムを用い、ラセミ体1-フェニルエタノールを基質とした反応を、上記と同様の手順で行った。リパーゼ固定炭酸カルシウムの再利用反応を合計4回行ったところ、酵素のエナンチオ選択性の低下は全くみられなかった。反応の変換率はそれぞれ46%、44%、38%、34%であり、十分実用的に繰り返し反応を行えた。
【0031】
実施例5 リパーゼ固定炭酸カルシウムによる酵素反応(水系での反応)
ラセミ体2−アセトキシヘキシルトシラート32mgを、50mL三角フラスコに入れた後、ジイソプロプルエーテルを1mL加えた。さらに、0.1M Tris・HCl緩衝液(pH7.6)9mLを加えた後、リパーゼ固定炭酸カルシウム75mgを加え、30℃で24時間振とうした。反応液を遠心管に移し、8500rpm、5分で遠心分離を行った。デカンテーションにより上澄みを分液ロートに移した後、リパーゼ固定炭酸カルシウムが残る遠心管にさらに0.1M Tris・HCl緩衝液(pH7.6)と酢酸エチルを入れて懸濁し、再び遠心分離を行った。この操作を2回繰り返した後、生成物を集めた上澄み液から酢酸エチルにより抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。減圧濃縮後、得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製することで、(R)-2-ヒドロキシヘキシルトシラート11mg(収率35%)と(S)-2−アセトキシヘキシルトシラート10mg(収率35%)を得た。それらの光学純度は以下に示す条件で高速液体クロマトグラフィーを使用し、測定した。
【0032】
〔高速液体クロマトグラフィー条件〕
カラム:DAICEL Corporation、CHIRALCEL AD−H(4.6×250mm)
キャリア:n−ヘキサン:IPA(90:10)、0.5mL/min
検出:UV(254nm)
【0033】
分析により、(R)-2-ヒドロキシヘキシルトシラートの光学純度は94%e.e.、(S)2−アセトキシヘキシルトシラートの光学純度は98%e.e.であった。この反応における原料転化率は49%であった。また、E値は200以上であった。
【0034】
一方、遠心分離により沈殿したリパーゼ固定炭酸カルシウムは、室温で2日乾燥した。回収量は、62mgであった。
【0035】
回収したリパーゼ固定炭酸カルシウムを用い、ラセミ体1-フェニルエタノールを基質とした反応を、上記の手順と同様に行った。リパーゼ固定炭酸カルシウムの再利用反応を行ったところ、変換率48%、E値は200以上であり、実用的であった。更に回収したリパーゼ固定炭酸カルシウムを利用した反応では、変換率4%、E値は27であった。
【0036】
実施例6 亜鉛処理リパーゼ固定炭酸カルシウムによる酵素反応
ラセミ体2−アセトキシヘキシルトシラート126mgを、200mL三角フラスコに入れた後、ジイソプロプルエーテルを4mL加えた。さらに、0.1M Tris・HCl緩衝液(pH7.6)36mLを加えた後、亜鉛処理リパーゼ固定炭酸カルシウム600mgを加え、30℃で24時間振とうした。反応液を遠心管に移し、8500rpm、5分で遠心分離を行った。デカンテーションにより上澄みを分液ロートに移した後、亜鉛処理リパーゼ固定炭酸カルシウムが残る遠心管にさらに0.1M Tris・HCl緩衝液(pH7.6)と酢酸エチルを入れて懸濁し、再び遠心分離を行った。この操作を2回繰り返した後、生成物を集めた上澄み液から酢酸エチルにより抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。減圧濃縮後、得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製することで、(R)-2-ヒドロキシヘキシルトシラート25mg(収率36%)と(S)-2−アセトキシヘキシルトシラート80mg(収率64%)を得た。分析により、(R)-2-ヒドロキシヘキシルトシラートの光学純度は99%e.e.以上、(S)2−アセトキシヘキシルトシラートの光学純度は46%e.e.以上であった。この反応における原料転化率は32%であった。また、E値は200以上であった。
【0037】
一方、遠心分離により沈殿した亜鉛処理リパーゼ固定炭酸カルシウムは、室温で1日乾燥した。回収量は、約600mgであった。
【0038】
回収したリパーゼ固定炭酸カルシウムを用い、ラセミ体1-フェニルエタノールを基質とした反応を、上記の手順と同様に行った。リパーゼ固定炭酸カルシウムの再利用反応を合計4回行ったところ、酵素のエナンチオ選択性の低下は殆どみられなかった。反応の変換率はそれぞれ27%、24%、25%、15%であり、十分実用的に繰り返し反応を行えた。
【産業上の利用可能性】
【0039】
炭酸カルシウムは石灰石の主成分であり、生物や環境に優しい物質である。また亜鉛も生物に必要なミネラルである。このように、本特許の固体成分は利用に際してリスクの無い素材である。したがって、本特許技術によって得られた固定化リパーゼは、様々な応用の局面で、それ自体や溶解物ともに、生物や環境への負荷を伴わない形で実現できる。
図1
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図6