【実施例】
【0015】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0016】
図1は本発明において実施した切削加工の模式図である。切削加工には立型マシニングセンターを使用した。表1に主な加工条件を示す。
【0017】
【表1】
【0018】
図2に本発明の工具刃先の形状および摩耗量を定義する。
図2(a)は切削加工により摩耗した切削工具の刃先断面を示している。
図4、
図5で使用したのは、逃げ角α:10°、すくい角β:20°、刃先角γ:60°、材質は炭化タングステン(WC)基超硬合金からなる単刃工具である。
図2(b)は摩耗した切削工具の刃先により被切削物の切削を示す模式図である。刃先先端Aを起点として被切削材を切削し、上部に切りくずを排出する。Hは刃先後退高さを示し、これは加工精度に寄与する重要な因子である。即ち、刃先後退高さHが大きくなれば、刃先の鋭利さ(シャープさ)が失われるとともに、切残し部が増大して加工精度は悪化し加工性能が低下する。したがって、刃先後退高さHを大きな指標として、以下加工性能を評価する。
また、
図4、
図5で使用した被切削材は、繊維強化樹脂積層体の薄板としてCFRPシートを用いた。CFRPシートは、厚み3mm、幅75mmである。炭素繊維に樹脂を浸透させた薄板(シート)であるプリプレグ(炭素繊維の単繊維径:約8μm)は、炭素繊維を一方向に配向に薄板の厚さ方向に積層している。
図3に、CFRPシートのプリプレグ内部の炭素繊維の配向方向Θと工具の送り方向の関係を模式的に示す。
図3(a)は、Θ=0°であり、刃先の移動方向とCFRPシートの積層された繊維の方向は一致している。また、
図3(b)は、Θ=90°であり、刃先の移動方向とCFRPシートの積層された繊維の方向は直交している。繊維強化樹脂積層体の薄板の機械的特性は、Θ=0°に対して、Θ=90°が最も異なる。
工具の送り方向をx方向、それに垂直な方向をy方向、加工力のx方向成分(F
X)とy方向成分(F
Y)を、CFRPシートの下方に設置した動力計により計測した。また、工具刃先の摩耗量の変化は、切削距離1.0m毎にマシニングセンター内に設置したカメラにより測定した。測定した摩耗量は
図2(a)に示す、すくい面側の摩耗量W
r、逃げ面側の摩耗量W
f、および刃先後退高さHである。
【0019】
(実施例1)
繊維配向方向Θ=0°およびΘ=90°のCFRPシートの切削加工を行い、すくい面側の摩耗量W
r、逃げ面側の摩耗量W
f、および刃先後退高さHに及ぼす繊維配向方向の影響(実験結果)を
図4に示す(実施例1)。同図(a)より、炭素繊維の配向方向Θ=0°の場合のほうが90°の場合に比較して、すくい面側の摩耗量W
rは少ないことが分かる。これはΘ=0°の場合、工具刃先が炭素繊維に食い込むことが難しくなり、工具先端に加わる負荷が低減されたことに起因する。即ち、繊維方向(長手方向)に沿って、工具刃先を押し付けると炭素繊維が弾性により撓んで逃げることによる。一方、Θ=90°の場合、工具刃先は繊維の束に連続的に当ることになり、刃先近傍の逃げ面およびすくい面では,カケなどの脆性破壊や塑性変形などによって刃先が鈍化して鋭利さを失う。
同図(b)の逃げ面側の摩耗量W
fは、Θ=0°の場合のほうがΘ=90°の場合より格段に大きい。前述したように、工具刃先が炭素繊維に食い込むことが難しく、繊維の切り残しが生じ、これらが工具逃げ面を激しく擦過することで、工具逃げ面に顕著なアブレシブ摩耗が生じたものと考えられる。このときの加工力を測定したところ、Θの減少に伴って工具に作用する背分力が増大したことからも上記の考察の妥当性が示される。同図(c)より、刃先後退高さHはΘ=90°の場合のほうがΘ=0°の場合よりも大きい。工具刃先のシャープな刃先形状(刃立性)を長期にわたり維持するには、炭素繊維の配向方向Θを小さくすることが有効であることが分かった。
【0020】
(実施例2)
以上結果を踏まえて、本発明を実証するために、切削距離1m毎に機械的特性が最も異なる組合せである炭素繊維の薄板の配向方向をΘ=0°とΘ=90°に定期的に変化を繰り返して切削加工を行った(実施例2)。
すくい面側の摩耗量W
r、逃げ面側の摩耗量W
f、および刃先後退高さHに及ぼす繊維の配向方向の影響を
図5に示す。同図の白い部分がΘ=90°、灰色の部分がΘ=0°である。なお、被研削材に用いたCFRPシートのプリプレグは、その炭素繊維の配向はプリプレグ毎に90°異なる向きに積層されており、薄板(シート)の厚さや繊維直径は実施例1と同じである。
図5(a)より、すくい面側の摩耗量W
rは、炭素繊維の配向を断続的に変化させなかった場合(
図4(a)参照)と比較して、わずかに減少している。
図5(b)より、逃げ面側の摩耗量W
fは、炭素繊維の配向を断続的に変化させなかった場合(
図4(b)参照)は切削距離に対してほぼ一定値に収束する傾向があるのに対して、ほぼ直線的に増加している。
一方、刃先後退高さHに着目すると、
図5(c)のHは、
図4(c)のΘ=90°の場合だけでなく、Θ=0°の場合よりも減少しており、さらに切削距離10mまでは、Hは一定値であり、かつその値も小さい。これは、炭素繊維の配向方向Θ=90°のプリプレグを切削して鈍化した刃先が、次にΘ=0°のプリプレグを切削することにより、逃げ面側に顕著なアブレシブ摩耗を生じ、刃先後退高さHが減少したためと考えられる。
【0021】
以上の結果より、切削加工の方向を繊維の薄板の機械的特性の異なる配向方向Θ=0°とΘ=90°とを組み合わせることにより、刃先後退高さHはΘが一方のみの場合に比して小さく抑えることができ、シャープな刃先形状(刃立性)が長時間にわたり維持されることが分かった。即ち、Θ=90°の切削は、刃先近傍の逃げ面およびすくい面に発生する刃先のカケなどの脆性破壊や塑性変形が支配的に生じ、刃先後退高さHが大きくなる。一方、Θ=0°の切削は、刃先近傍の逃げ面はアブレシブ摩耗が支配的に生じ、刃先後退高さHが減少する。機械的特性の異なる材料の切削を定期的に繰り返すことで、切削工具のセルフシャープニングが実現できる。
【0022】
(実施例3)
実際の繊維強化樹脂積層体は、機械的強度を均一(異方性を緩和)にするため、繊維の配向方向を、平行方向(Θ=0°)と非平行方向(Θ=90°)の一定厚さ(d)の各層を積み重ねて1ユニットとし、それを更に積み重ねて薄板(シート)に成形されている。このような薄板の部品を切削加工する場合の本発明の実施例3を示す。
図6に示すようにNCフライス盤に切削刃としてエンドミルを用いた場合、定期的条件(例:切削距離=1m)切削加工を行った後、被切削物である繊維強化樹脂積層体に対してエンドミルとの当り面を繊維強化樹脂積層体の厚さ方向にシフトさせる。シフト量は、上記炭素繊維の配向方向が同じ一定厚さ(d)である。これにより、エンドミルの刃先は、配向方向0°が当たって部分には90°、90°が当たっていた部分には0°が当たって切削加工を行うことになり、本発明のセルフシャープニングが実現できる。
図6に模式的に示す様に、エンドミルの高さ方向の位置aと位置bを、定期的条件(切削時間又は切削時間)毎に繰り返しながら、薄板(シート)の切削加工を行う。
シフト量は厚さdの奇数倍でも良い。定期的条件の切削加工後、同じシフト量を戻し一定距離の切削加工を行い、これを繰り返す。尚、偶数倍をシフトした場合、エンドミルの刃先に同じ配向方向が当たるのでセルフシャープニングは起こらない。
また、積層の配向方向は、更に薄板(シート)の機械的性質の異方性を緩和するために、Θ=45°を加えて、3層(Θ=45°)又は4層(Θ=45°、135°)の1ユニットを組合せて薄板に成形させる場合もある。この場合は、定期的条件の切削加工を行った後、3層の場合、シフト量は、d⇒2d⇒0を基本とした繰り返し(奇数倍でも良い)、4層の場合は、d⇒2d⇒3d⇒0を基本とした繰り返しにより(奇数倍でも良い)、エンドミルの刃先は、繊維強化樹脂積層体の各配向方向に、定期的条件にて、ほぼ均一に当たり切削することになり、本発明のセルフシャープニングが実現できる。
即ち、切削工具を繊維強化樹脂積層体の薄板に対して、同方向に配向した繊維の厚さ単位で、薄板の厚さ方向へのシフトを定期的に繰り返す。これにより切削工具は、ほぼ均一に機械的特性の異なる材料の切削を定期的に繰り返すことになり、セルフシャープニングされることになる。従って、定期的条件は、切削加工する部品の許容精度を基準とし、繊維強化樹脂積層体の積層状態、切削加工する部品の形状等を考慮して、切削距離又は切削時間とするが、加えて切削工具を繊維強化樹脂積層体の厚さ方向に、一定厚さdを基準とした単位のシフトすることで設定する。