特許第6168666号(P6168666)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6168666
(24)【登録日】2017年7月7日
(45)【発行日】2017年7月26日
(54)【発明の名称】癒着防止材
(51)【国際特許分類】
   A61L 31/14 20060101AFI20170713BHJP
   A61L 31/16 20060101ALI20170713BHJP
   A61K 35/407 20150101ALI20170713BHJP
   A61P 41/00 20060101ALI20170713BHJP
   A61P 1/16 20060101ALI20170713BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20170713BHJP
【FI】
   A61L31/14
   A61L31/16
   A61K35/407
   A61P41/00
   A61P1/16
   A61P43/00 107
【請求項の数】8
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-558597(P2014-558597)
(86)(22)【出願日】2014年1月22日
(86)【国際出願番号】JP2014051280
(87)【国際公開番号】WO2014115776
(87)【国際公開日】20140731
【審査請求日】2015年7月21日
(31)【優先権主張番号】61/755,163
(32)【優先日】2013年1月22日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】宮島 篤
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 奈都子
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 冬樹
(72)【発明者】
【氏名】國土 典宏
【審査官】 菊池 美香
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−000608(JP,A)
【文献】 国際公開第2005/047496(WO,A1)
【文献】 川西邦夫他,腹膜細胞シートの開発と術後腸管癒着モデルにおける癒着防止効果の検討,東京女子医科大学総合研究所紀要,2012年,Vol.32,pages 72 to 73,ISSN: 0911-4491
【文献】 川西邦夫他,腹膜細胞シートの開発と術後腸管癒着モデルにおける癒着防止効果の検討,日本再生医療学会雑誌,2012年,Vol.11,No.Suppl.,page 199, O-26-3,ISSN: 1347-7919
【文献】 膜, 2012, Vol.37 No.3 p.108-112.
【文献】 医工学治療, 2012, Vol.24 No.1 p.45-48.
【文献】 Gastroenterology, 2010, Vol.138 No.4 p.1525-1535.
【文献】 日本バイオマテリアル学会シンポジウム2012予稿集, 2012, p.221.(PB14)
【文献】 Sensors and Actuators B, January 2013, Vol.176, P.1081-1089
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 31/14
A61K 35/407
A61L 31/16
A61P 1/16
A61P 41/00
A61P 43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
肝中皮細胞を含む細胞シートからなる肝臓の癒着防止材。
【請求項2】
前記肝中皮細胞が、癒着防止の対象と同一個体に由来する細胞である、請求項1に記載の癒着防止材。
【請求項3】
前記肝中皮細胞が、癒着防止の対象と異なる個体に由来する細胞である、請求項1に記載の癒着防止材。
【請求項4】
前記肝中皮細胞が、胎児から幼児の個体に由来する細胞である、請求項1から3のいずれか1項に記載の癒着防止材。
【請求項5】
組織又は臓器の表面若しくは離断面に配置される、請求項1〜4のいずれか1項に記載の癒着防止材。
【請求項6】
肝部分切除後の離断面の癒着防止用いられる、請求項5に記載の癒着防止材。
【請求項7】
肝再生促進に用いられる、請求項6に記載の癒着防止材。
【請求項8】
支持体を含まず、細胞シートのみからなる、請求項1から7のいずれか1項に記載の癒着防止材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中皮細胞シートからなる癒着防止材等に関する。
【背景技術】
【0002】
生活様式の欧米化による非アルコール性脂肪性肝炎(Non-alcoholic steatohepatitis; NASH)患者や大腸癌患者の増加を背景に、原発性・転移性肝がんの患者数は今後増加することが予想される。
【0003】
再発率の高い肝がんの治療法としては、「繰り返し肝切除」が生存期間の延長や根治を期待しうる方法として最も有効であるとされ、広く施行されている。しかしながら、繰り返し肝切除では、術後癒着の問題がある。術後癒着が生じると、再度肝切除を行う際にまず癒着を剥離する必要があるが、それに伴い、手術時間の延長、出血量の増大、感染症などの合併症の増加といったリスクが高くなる。
癒着は、年齢・性別・人種を問わず腹部手術後には必ず発生する現象であり、肝臓に限らず様々な場所で生じ、腸閉塞、慢性骨盤痛、腹痛、不妊などの原因にもなり得る。
【0004】
程度の軽いものまで含めると外科手術後93〜100%という高い割合で生じるとされる術後癒着については、これまでにも様々な対処法及び防止法が提案されてきた。例えば、開腹又は腹腔鏡による再手術による癒着の剥離が挙げられるが、前者は患者に過度な負担がかかり、後者は術者に高度な技術を要求する。また、再手術そのものに起因する新たな癒着が生じうるという問題がある。
投薬によって術後癒着を軽減する方法も試みられているが、現時点では効果はほとんど認められていない。
現在、術後癒着に対する最も一般的な対処法として、高分子材料を用いた吸収性癒着防止材の貼付がある。吸収性癒着防止材の貼付によって癒着の程度が軽減されることが報告されている(非特許文献1)。しかしながら、近年のメタアナリシスの結果により、腸閉塞の頻度そのものは減少しないことが判明し、腹腔内膿瘍及び縫合不全の頻度が増加することが明らかとなった(非特許文献2、3)。さらに、吸収性癒着防止剤は、創傷治癒を阻害する可能性や、肝臓に使用した場合、術後胆汁漏のリスクが高くなる可能性も指摘されている。
【0005】
また、繰り返し肝切除では、癒着の問題に加えて、残存肝の予備能が低下するという問題もある。予備能の低下は、肝不全とつながるため、繰り返し肝切除を行うことができる回数や切除範囲が制限されてしまうという問題がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Fazio, VW. et al., Dis ColonRectum, 49, 1-11, 2006
【非特許文献2】Tang, CL. et al., Ann Surg., 243, 449-455, 2006
【非特許文献3】Zeng, Q. et al., World J Surg., 31, 2125-2131, 2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、安全且つ効率よく癒着を防止することができる癒着防止材を提供すること等を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために研究を重ねた結果、中皮細胞で作製した細胞シートを癒着防止材として用いることにより、安全に癒着を防止できることを見出した。
さらに、肝中皮細胞を用いて作製した癒着防止材を肝臓の部分切除後の離断面に貼付すると、癒着が防止されることに加えて、肝再生能も促進することを見出した。
また、中皮細胞シートは、移植対象以外の個体に由来する細胞を用いて作製しても、機能することを確認し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、
〔1〕中皮細胞を含む細胞シートからなる癒着防止材;
〔2〕前記中皮細胞が、癒着防止の対象と同一個体に由来する細胞である、上記〔1〕に記載の癒着防止材;
〔3〕前記中皮細胞が、癒着防止の対象と異なる個体に由来する細胞である、上記〔1〕に記載の癒着防止材;
〔4〕前記中皮細胞が、胎児から幼児の個体に由来する細胞である、上記〔1〕から〔3〕のいずれか1つに記載の癒着防止材;
〔5〕前記中皮細胞が、肝中皮細胞である、上記〔1〕から〔4〕のいずれか1つに記載の癒着防止材;
〔6〕肝部分切除後の離断面の癒着防止、又は腹膜癒着の防止に用いられる、上記〔5〕に記載の癒着防止材;
〔7〕前記中皮細胞が、腹膜中皮細胞である、上記〔1〕から〔4〕のいずれか1つに記載の癒着防止材;
〔8〕腹膜の癒着防止に用いられる、上記〔7〕に記載の癒着防止材;
〔9〕支持体を含まず、細胞シートのみからなる、上記〔1〕から〔8〕のいずれか1項に記載の癒着防止材;
〔10〕中皮細胞を含む細胞シートを、組織又は臓器の表面若しくは離断面に配置する工程を含む、癒着防止方法;
〔11〕肝中皮細胞を含む細胞シートを、肝部分切除後の離断面に配置する肝再生促進方法;
〔12〕肝部分切除癒着げっ歯類モデルの製造方法であって、
中葉を結紮切離する工程と、
左葉の中程を切離する工程と、
を含む方法;及び
〔13〕さらに、精巣上体脂肪組織を、左葉の離断面付近に配置する工程を含む、上記〔12〕に記載の方法
に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の癒着防止材は、生体材料である中皮細胞で構成されているので、臓器や組織に安全に貼付することができ、創傷治癒を阻害することなく癒着を防止することができる。
また、従来癒着防止の手段がなかった肝部分切除後の離断面の癒着も防止することが可能である。肝中皮細胞を用いた細胞シートによれば、癒着の防止に加えて肝部分切除後の肝再生も促進することができるので、術後肝不全を抑制し、繰り返し肝移植の回数を増やせる可能性がある。
また、本発明の癒着防止材は、移植対象以外の個体に由来する細胞を用いて作製しても機能するので、臨床応用にも有用である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本発明に係る癒着防止材を用いた癒着防止方法の概略を示す。
図2図2左は、肝中皮細胞シートをPPHxマウスモデルに自家移植した場合と、何も移植しなかった場合の術後10日目の写真を示す。図2右は、肝中皮細胞シート、腹膜中皮細胞シート、及び線維芽細胞シートを、PPHxマウスモデルの肝離断面に自家移植し、術後10日目に癒着率を計算した結果を示す。
図3図3は、Ki67陽性肝細胞の割合を指標として、肝中皮細胞移植群、腹膜中皮細胞移植群、及び非移植群における術後の肝再生を評価した結果を示す。
図4図4は、血清アルブミンを指標として、肝中皮細胞移植群、腹膜中皮細胞移植群、及び非移植群における術後の肝再生を評価した結果を示す。
図5図5は、C57BL/6Jマウス由来の肝中皮細胞を用いた細胞シートをBALB/c PPHxマウスモデルに移植し、癒着率を測定した結果を示す。
図6図6は、C57BL/6Jマウス由来の肝中皮細胞を用いた細胞シートをBALB/c PPHxマウスモデルに移植し、Ki67陽性肝細胞の割合を指標として、術後の肝再生を評価した結果を示す。
図7図7は、肝中皮細胞を用いた細胞シートを、腹膜癒着マウスモデルに移植し、10日後に開腹して観察した様子を示す。
図8図8は、腹膜癒着マウスモデルに、細胞シートを移植せずに閉腹し、10日後に開腹して監察した様子を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
一態様において、本発明に係る癒着防止材は、中皮細胞を含む細胞シートからなるものである。
本明細書において「癒着防止材」とは、手術後などに、本来は離れているべき臓器や組織同士がくっついてしまう現象である「癒着」を防ぐことを目的として、癒着が生じる可能性のある臓器や組織等に移植する細胞シートをいう。
本明細書において「防止」は、完全に癒着を防ぐことだけでなく、癒着を有意に抑制することも含む。
【0012】
本明細書において「細胞シート」とは、細胞を主成分とするシートを意味する。臓器や組織に貼付できる限り特に限定されないが、単層細胞シートであってもよく、二層以上の細胞で形成されたシートや、三次元培養された細胞で形成されたシートであってもよい。典型的には単層細胞シートである。細胞シートには、細胞外マトリックスが含まれていてもよい。
【0013】
本明細書において「中皮細胞」とは、中皮の最表面を被覆する単層細胞をいう。中皮とは、胸腔、心嚢、腹腔などの体腔表面を覆う模様組織をいう。中皮細胞は、例えば、腹膜、腸間膜、精巣鞘膜、胸膜、心膜の表層や、肝臓、心臓、肺、大腸などの組織や臓器から単離したものであってもよく、幹細胞(例えば、iPS細胞やES細胞)を分化させて得たものや、線維芽細胞からのダイレクトリプログラミングにより得たものであってもよい。
【0014】
組織や臓器から単離する場合、中皮細胞は、胎児から成人のいずれに由来するものであってもよいが、例えば、胎児から幼児の間の個体、即ち胎児から6歳未満程度の個体から得ることができる。胎児から幼児の細胞には、幹細胞増殖因子(HGF)、上皮成長因子(EGF)などの成長因子が多く含まれているため、癒着防止に加え臓器や組織の再生促進にも有用である。本明細書において、「臓器や組織の再生促進」とは、臓器や組織が本来有する構成や機能であって、手術や癒着によって損なわれたものの全部又は一部を、元の状態に近づくように回復させることを意味する。
また、中皮細胞は、癒着防止材の移植対象と同一個体に由来するものであってもよく、移植対象と異なる個体に由来するものであってもよい。
【0015】
一態様において、「癒着防止材」は、細胞培養や細胞シートの形状維持に必要な支持体を含んでいてもよい。また、別の一態様において、「癒着防止材」は、実質的に細胞シートのみからなるものであってもよい。実質的に細胞シートのみからなるものである場合、より生体内の自然に近い状態を再現できるので、臓器や組織の再生を促進する機能を得やすいという利点がある。
【0016】
本明細書において「中皮細胞を含む細胞シート」は、中皮細胞を含む限り、他の細胞を含んでいてもよい。細胞シートに含まれる細胞の総数における中皮細胞の割合は、例えば、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、98%以上、99%以上とすることができる。中皮細胞には、中皮細胞に分化する中皮前駆細胞が含まれていてもよい。
【0017】
一態様において、中皮細胞は、肝中皮細胞である。肝中皮細胞は、肝臓表面を覆う中皮細胞である。肝中皮細胞を含む細胞シートからなる癒着防止材は、あらゆる臓器や組織の癒着防止及び/又は再生の促進に用いることができるが、例えば、肝部分切除後の離断面の癒着防止に有用である。肝部分切除後の離断面には、腹腔内の脂肪組織等が付着し、癒着が生じやすい。
現在、原発性肝がんや大腸癌肝転移に対しては、肝切除後の残肝再発に対して「繰り返し肝切除」を積極的に試みることが根治や延命を期待しうる唯一の治療法であるところ、癒着が生じると再手術や再々手術の際にこれを剥離する必要が生じ、大量出血や感染のリスクが高くなる。また、癒着により肝予備能も低下するため、繰り返し回数が制限されるとともに、術後肝不全に陥りやすい。
肝中皮細胞を含む細胞シートからなる癒着防止材によれば、肝部分切除後の離断面の癒着を有意に防止することができるとともに、肝再生を促して、肝予備能の低下を防止することもできる。
なお、本明細書において「離断面」とは、臓器や組織の一部を切除又は剥離することによって現れた面をいう。
【0018】
本明細書において「肝予備能」とは、肝臓自体の働きを意味する。肝予備能は公知の方法によって評価することができ、例えば、肝障害度分類やChild-Pugh分類がよく用いられる。
肝障害度は、腹水、血清ビリルビン値、血清アルブミン値、ICG R15、およびプロトロンビン活性値を測定して評価する方法であり、Child-Pughは、脳症、腹水、血清ビリルビン、血清アルブミン、プロトロンビン活性値を測定して評価する方法である。
【0019】
本明細書において「肝再生が促される」とは、腹水、血清ビリルビン値、血清アルブミン値、ICG R15、プロトロンビン活性値、及び脳症の数値の少なくとも1つが改善されること;肝障害度分類又はChild-Pugh分類による評価が向上すること;肝臓が大きくなること;肝臓の重量が増えること;肝細胞の増殖が促進されること;及び肝細胞のサイズが大きくなることの少なくとも1つの状態が達成されることをいう。
【0020】
本発明に係る癒着防止材は、細胞外マトリックスを保持している場合は特に、縫合の必要がなく、臓器や組織の表面や離断面に貼り付けるように配置するだけで生着する。
また、本発明に係る癒着防止材は、癒着が生じ得るあらゆる臓器や組織の癒着防止に用いることができる。例えば、肝中皮細胞で作製した癒着防止材を、腸や腹膜の癒着防止に用いることもできるし、腹膜中皮細胞で作製した癒着防止材を肝離断面の癒着防止に用いることもできる。
【0021】
本発明に係る癒着防止材は、公知の培養細胞シートの製造方法又はそれに準ずる方法で製造することができる。
一例として、中皮細胞を、温度応答性高分子でコーティングした培養皿で培養し、中皮細胞がシート状になったら、温度を変えることによって培養皿から回収して細胞シートを得ることができる。温度応答性高分子は、例えば、温度が変わると親水性が疎水性に変化するものが挙げられる。温度応答性高分子は、公知のもの又はそれに準ずるものを用いることができる。温度応答性高分子で予めコーティングされた市販の培養皿を用いてもよい。温度応答性高分子でコーティングした培養皿を用いることにより、支持体を含まず、実質的に中皮細胞シートのみからなる癒着防止材を得ることができる。
【0022】
一態様において、本発明に係る癒着防止方法は、上述した中皮細胞を含む細胞シートを、手術中に、癒着が生じる可能性のある組織又は臓器の表面若しくは離断面に配置する工程を含む。中皮細胞シートは、縫合等を要することなく、配置するだけで組織や臓器に生着し、癒着を防止することができるが、縫合してもよい。
【0023】
一態様において、本発明に係る肝再生促進方法は、肝中皮細胞を含む細胞シートを、肝部分切除後の離断面に配置する工程を含む。この方法によれば、繰り返し肝切除の際に問題となる癒着を防ぐのと同時に、肝臓の予備能の回復を促進する結果、術後の肝不全を防止すると共に、繰り返し回数を増やすことも可能となる。
【0024】
一態様において、本発明に係る肝部分切除癒着げっ歯類モデルの製造方法は、中葉を結紮切離する工程と、左葉の中程を切離する工程と、を含む。
げっ歯類の肝臓は、ヒトの肝臓と異なり、左葉、中葉、右葉、尾状葉の各葉が房状に分かれているため、従来のマウス肝切除モデルでは各葉がまるごと切除されており、肝離断面が生じず、癒着モデルが得られなかった。
本発明に係る方法によれば、左葉に肝離断面を形成することができるので、そこに癒着を生じたげっ歯類モデルを得ることができる。
【0025】
本発明に係る肝部分切除癒着げっ歯類モデルの製造方法は、さらに、精巣上体脂肪組織を、左葉の離断面付近に配置する工程を含んでいてもよい。脂肪組織を付近に配置することにより、離断面への脂肪組織の付着が促され、癒着が生じやすくなる。
【0026】
本発明に係る肝部分切除癒着げっ歯類モデルは、肝臓の左葉に離断面を有する。
【0027】
本明細書において引用されるすべての特許文献及び非特許文献の開示は、全体として本明細書に参照により組み込まれる。
【実施例】
【0028】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明は何らこれに限定されるものではない。当業者は、本発明の意義を逸脱することなく様々な態様に本発明を変更することができ、かかる変更も本発明の範囲に含まれる。
【0029】
[材料と方法]
1.方法の概略
図1に、実施例における癒着防止方法の概略を示す。まず、緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現する組換えマウスから、GFP陽性肝中皮細胞をセルソーターにより分離し、温度応答性培養皿上で培養した。温度を変化させることにより得られた細胞シートを培養皿から回収して、肝離断面に移植した。肝離断面への貼付は、GFPを検出して確認した。以下に、詳細な材料と方法を示す。
【0030】
2.動物
野生型雄のC57BL/6Jマウス(10週齢)を日本クレア社より購入した。緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現する組換えC57BL/6Jマウスは、大阪大学のDr. Okabeより供与を受けた。マウス胚の日齢は、膣栓の出現日(この日の正午をE0.5とした。)からの日数とした。
【0031】
3.肝部分切除(partial hepatectomy; PPHx)マウスモデルの作製
全身麻酔下で、野生型C57BL/6Jマウスをspin positionに配置した。Xyphoid inferiorlyから2センチ上を正中線に沿って切開し、腹腔内の臓器を傷付けないように、腹膜を持ち上げて切開した。開腹後、鎌状靭帯を上大静脈まで分離した。まず、中葉の根部を4-0シルクで結紮して切離し、中葉を切除した。次に、電気メスを用いて左葉の周囲の肝臓被膜を焼灼し、左葉を中程で切離した。途中、左門脈と左肝静脈をまとめて結紮し、分離した。
止血を確認した後、精巣上体脂肪組織を腹腔上部まで持ち上げて左葉の離断面に配置した。閉腹する際、精巣上体脂肪組織を腹壁に一針縫いつけてずれないようにした。
マウスは手術から10日後又は30日後に犠牲死させた。癒着した長さを肝離断面の長さで除した値を癒着率とし、各マウスについて測定した。
【0032】
4.胎児肝中皮細胞の分離と培養
胎児肝中皮細胞は、E12.5のGFP組換えマウスから、Onitsukaらの方法(Onitsuka, I. et al., Gastroenterology. 138, 1525-1535(2010))に従って単離した。簡単に説明すると、胎児肝組織を刻み、肝消化培地(Life technologies社)で分離し、低張緩衝液で溶血させた。細胞を、抗FcR抗体でブロッキングし、抗マウスPodocalyxin-ビオチン(MBL社)共染した後、APC結合ストレプトアビジン(Invitrogen社)と共にインキュベートした。サンプルをセルソーターMoflo XDP(Beckman Coulter社)でソーティングした。ソーティングの後、IV型コラーゲンでコーティングした培養皿で、MEMα培地(10%ウシ胎児血清(FBS)、50nmol/Lのメルカプトエタノール、ペニシリン、ストレプトマイシン、及びグルタミン、10ng/mLの塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)、10ng/mLのオンコスタチンM(OSM)、及びインスリン−トランスフェリン−セレニウム−X)を用いて、37℃、5%CO2インキュベーターで、in vitro培養した。
【0033】
5.初代成人皮膚線維芽細胞の単離と培養
成人線維芽細胞は、GFP組換えマウスの皮膚組織から採取した。皮膚組織を刻み、0.05%トリプシンと0.5mMのEDTAにより、37℃で20分処理した。細胞懸濁液を遠心処理し、培地に再懸濁した。
【0034】
6.初代腹膜中皮細胞の単離と培養
成人腹膜中皮細胞は、GFP組換えマウスの精巣上体脂肪から、Loureiroらの方法(Loureiro, J. et al., Nephrol Dial Transplant. 25, 1098-1108(2010))に従って採取した。精巣上体脂肪を、0.05%トリプシンと0.5mMのEDTAにより、37℃で30分処理した。細胞懸濁液を1500rpmで5分間遠心処理し、ペレットを溶血バッファー中、氷上で5分処理した。PBSで数回洗浄後、腹膜中皮細胞は、RPMI1640(20%FBS、ペニシリン、ストレプトマイシン、グルタミン及びハイドロコルチゾン(0.4μg/mL)に再懸濁し、I型コラーゲンでコーティングした培養皿に播種した。
【0035】
7.細胞シートの作製とPPHxマウスへの移植
それぞれの初代培養細胞を、UpCell(登録商標)プレート(セルシード社)に移して培養した。プレートを室温に置くことにより、細胞を培養皿から回収し、細胞シートを得た。
PPHxを施した直後のマウスの肝離断面に細胞シートを移植し、閉腹した。細胞シートは、肝離断面に置くだけで生着した。130S-GFP(Science eye社)のGFPシグナルにより、手術をモニターした。
【0036】
8.AST及びALTテスト
アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)と、アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)の血漿中濃度を、市販のキット(Transaminase C2-Test Wako、和光純薬社)で測定した。
【0037】
9.血清アルブミンテスト
血清アルブミン濃度は、オリエンタル酵母社に委託した。
【0038】
10.組織学
左葉の凍結切片(8μm)を、Microm HM505Eクライオスタット(Microm International GmbH)で調製し、APSでコーティングしたスライドガラス(松浪硝子社)に配置した。切片を、4%パラホルムアルデヒド(PFA)を含むPBSで固定し、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を行った。
【0039】
11.定量RT-PCR
各細胞シートから、Trizol試薬(Invitrogen社)を用いて全RNAを抽出し、High Capacity cDNA Reverse Transcription Kit(タカラバイオ社)でcDNAを合成した。LightCycler 480(Roche社)と以下のプライマーを用いて定量RT-PCRを行った。
マウスPCLP1:
TCCTTGTTGCTGCCCTCT(配列番号:1)
CTCTGTGAGCCGTTGCTG(配列番号:2)
マウスHGF:
CACCCCTTGGGAGTATTGTG(配列番号:3)
GGGACATCAGTCTCATTCACAG(配列番号:4)
マウスIL6:
GCTACCAAACTGGATATAATCAGGA(配列番号:5)
CCAGGTAGCTATGGTACTCCAGAA(配列番号:6)
マウスMdk:
CGCACTGGTAAAACCGAACT(配列番号:7)
GAAGAAGCCTCGGTGCTG(配列番号:8)
マウスPtn:
AGGACCTCTGCAAGCCAAA(配列番号:9)
CACAGCTGCCAAGATGAAAAT(配列番号:10)
マウスβアクチン:
CTAAGGCCAACCGTGAAAAG(配列番号:11)
ACCAGAGGCATACAGGGACA(配列番号:12)
Universal ProbeLibrary Mouse ACTB Gene Assay(Roche社)
【0040】
12.細胞のサイズ及び分裂細胞の数の定量
4%PFAを含むPBSで固定した後、肝離断面を含む左葉の切片(8mm)をブロッキング試薬により、室温で1時間ブロッキングし、抗体溶液中に4℃で一晩静置した。一次抗体として、1:300希釈のウサギ抗マウスKi67抗体(Leica biosystems社)を用い、二次抗体として、Alexa Fluor 555ヤギ抗ウサギIgG(H+L)(Invitrogen社)を用いた。核は、Hoechst 33342(Sigma-Aldrich社)で対比染色した。細胞の外周は、Alexa Fluor 488ファロイジン(Invitrogen社)で染色した。
細胞サイズと分裂細胞の割合の測定は、IN Cell Analyzer 2000(GE Healthcare社)を用い、Miyaokaらの方法に従って行った(Miyaoka Y. et al., Curr Biol. 22, 1166-1175(2012))。簡単に説明すると、細胞サイズは、Hoechst 33342で染色した核の周りを囲むファロイジン染色されたアクチンを肝細胞の外周として測定した。分裂細胞の割合は、Hoechst 33342とファロイジンの染色に加え、Ki67陽性細胞を検出して数えた。
マウスごとに4枚の写真を撮った。各写真は500〜700の肝細胞を含んでいたので、合計で1匹のマウスについて、2000〜2800の細胞を調べたことになる。
【0041】
13.他家移植
上記3.の方法と同様に、BALB/cマウスを用いてPPHxマウスモデルを作製した。
一方、GFP組換えC57BL/6Jマウスから、上記4.と同様に胎児肝中皮細胞を得て、上記7.の方法で細胞シートを作製し、PPHxマウスモデルに移植した。
【0042】
14.腹膜癒着モデルの作製と、細胞シートの移植
C57BL/6Jマウスの腹膜中皮細胞剥離により腹膜中皮細胞欠損部位を作製し、腹膜癒着モデルを確立した。続いて、上記7.の方法でGFP組換えC57BL/6Jマウス由来肝中皮細胞を用いて作製した肝中皮細胞シートを、腹膜中皮欠損部位に移植した。対照群は、細胞シートの移植をせずに閉腹した。
術後10日目に開腹し、癒着の様子を観察し、腹膜欠損部位のGFPシグナルを観察した。
【0043】
15.統計
結果は、平均±標準偏差で示した。統計にはStudent-t検定で行った。p値<0.05の場合に有意差ありと判断した。
【0044】
[結果]
1.PPHxマウスモデル
上述の方法で肝離断面を作製することで癒着を生じたマウスモデルを作製することができた。肝切除手術後の肝障害の推移がヒトの術後経過と類似しており、よりヒトの肝切除を模倣した動物モデルであることが確認された(データ示さず)。
【0045】
2.肝離断面への細胞シートの自家移植
(1)癒着率の測定
図2左に、肝中皮細胞シートを、PPHxマウスモデルに自家移植した場合と、何も移植しなかった場合の術後10日目の写真を示す。写真に示されるように、非移植マウスでは肝離断面の全体に癒着が観察されたが、肝中皮細胞シート移植マウスでは、肝離断面にはほとんど癒着が見られなかった。術後30日でも同様の結果が得られた。
図2右に、肝中皮細胞シート、腹膜中皮細胞シート、及び線維芽細胞シートを、PPHxマウスモデルの肝離断面に自家移植し、術後10日目に癒着率を計算した結果を示す。
肝中皮細胞シート移植群及び腹膜中皮細胞シート移植群では、癒着は大きく抑制され、それぞれ約20%と約40%であった。一方、線維芽細胞シート移植群では、非移植群で同様に、癒着率はほぼ100%であった。
【0046】
(2)肝再生の評価
図3に、Ki67陽性肝細胞の割合を指標として、肝中皮細胞移植群、腹膜中皮細胞移植群、及び非移植群における術後の肝再生を評価した結果を示す。肝中皮細胞シート移植群では、Ki67陽性肝細胞の割合が非移植群の2倍近く、細胞分裂が促進されていることが確認された。
図4に、血清アルブミンを指標として、肝中皮細胞移植群、腹膜中皮細胞移植群、及び非移植群における術後の肝再生を評価した結果を示す。肝中皮細胞シート移植群では、血清アルブミンの術後の回復が促進されていることが確認された。肝機能の早期回復は、術後肝不全の回避に大きく貢献することが知られており、非常に望ましい。
【0047】
3.肝離断面への細胞シートの他家移植
(1)癒着率の測定
図5に、C57BL/6Jマウス由来の肝中皮細胞を用いた細胞シートをBALB/c PPHxマウスモデルに移植し、癒着率を測定した結果を示す。自家移植したときと同様に、肝中皮細胞シート移植群では癒着率が大幅に低下した。
(2)肝再生の評価
図6に、Ki67陽性肝細胞の割合を指標として、術後の肝再生を評価した結果を示す。自家移植したときと同様に、肝中皮細胞シート移植群では、Ki67陽性肝細胞の割合が非移植群の2倍近く、細胞分裂が促進されていることが確認された。
【0048】
4.腹膜癒着モデルへの肝中皮細胞シートの移植
図7に、腹膜癒着モデルに肝中皮細胞シートを移植し、10日後に開腹して観察した様子を示す。図8に、肝中皮細胞シートを移植せずに、10日後に開腹して観察した様子を示す。非移植群では、腹壁欠損部位に腹腔内の腸などが強固に癒着していたのに対し、肝中皮細胞移植群では、癒着が顕著に抑制された。また、腹壁欠損部位には肝中皮細胞シート由来のGFPシグナルが観察されたことから、肝中皮細胞が生着し、腹腔内の癒着を防止したと考えられる。
【配列表フリーテキスト】
【0049】
配列番号:1及び2は、マウスPCLP1用プライマーである。
配列番号:3及び4は、マウスHGF用プライマーである。
配列番号:5及び6は、マウスIL6用プライマーである。
配列番号:7及び8は、マウスMdk用プライマーである。
配列番号:9及び10は、マウスPtn用プライマーである。
配列番号:11及び12は、マウスβアクチン用プライマーである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]