【実施例】
【0028】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明は何らこれに限定されるものではない。当業者は、本発明の意義を逸脱することなく様々な態様に本発明を変更することができ、かかる変更も本発明の範囲に含まれる。
【0029】
[材料と方法]
1.方法の概略
図1に、実施例における癒着防止方法の概略を示す。まず、緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現する組換えマウスから、GFP陽性肝中皮細胞をセルソーターにより分離し、温度応答性培養皿上で培養した。温度を変化させることにより得られた細胞シートを培養皿から回収して、肝離断面に移植した。肝離断面への貼付は、GFPを検出して確認した。以下に、詳細な材料と方法を示す。
【0030】
2.動物
野生型雄のC57BL/6Jマウス(10週齢)を日本クレア社より購入した。緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現する組換えC57BL/6Jマウスは、大阪大学のDr. Okabeより供与を受けた。マウス胚の日齢は、膣栓の出現日(この日の正午をE0.5とした。)からの日数とした。
【0031】
3.肝部分切除(partial hepatectomy; PPHx)マウスモデルの作製
全身麻酔下で、野生型C57BL/6Jマウスをspin positionに配置した。Xyphoid inferiorlyから2センチ上を正中線に沿って切開し、腹腔内の臓器を傷付けないように、腹膜を持ち上げて切開した。開腹後、鎌状靭帯を上大静脈まで分離した。まず、中葉の根部を4-0シルクで結紮して切離し、中葉を切除した。次に、電気メスを用いて左葉の周囲の肝臓被膜を焼灼し、左葉を中程で切離した。途中、左門脈と左肝静脈をまとめて結紮し、分離した。
止血を確認した後、精巣上体脂肪組織を腹腔上部まで持ち上げて左葉の離断面に配置した。閉腹する際、精巣上体脂肪組織を腹壁に一針縫いつけてずれないようにした。
マウスは手術から10日後又は30日後に犠牲死させた。癒着した長さを肝離断面の長さで除した値を癒着率とし、各マウスについて測定した。
【0032】
4.胎児肝中皮細胞の分離と培養
胎児肝中皮細胞は、E12.5のGFP組換えマウスから、Onitsukaらの方法(Onitsuka, I. et al., Gastroenterology. 138, 1525-1535(2010))に従って単離した。簡単に説明すると、胎児肝組織を刻み、肝消化培地(Life technologies社)で分離し、低張緩衝液で溶血させた。細胞を、抗FcR抗体でブロッキングし、抗マウスPodocalyxin-ビオチン(MBL社)共染した後、APC結合ストレプトアビジン(Invitrogen社)と共にインキュベートした。サンプルをセルソーターMoflo XDP(Beckman Coulter社)でソーティングした。ソーティングの後、IV型コラーゲンでコーティングした培養皿で、MEMα培地(10%ウシ胎児血清(FBS)、50nmol/Lのメルカプトエタノール、ペニシリン、ストレプトマイシン、及びグルタミン、10ng/mLの塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)、10ng/mLのオンコスタチンM(OSM)、及びインスリン−トランスフェリン−セレニウム−X)を用いて、37℃、5%CO
2インキュベーターで、in vitro培養した。
【0033】
5.初代成人皮膚線維芽細胞の単離と培養
成人線維芽細胞は、GFP組換えマウスの皮膚組織から採取した。皮膚組織を刻み、0.05%トリプシンと0.5mMのEDTAにより、37℃で20分処理した。細胞懸濁液を遠心処理し、培地に再懸濁した。
【0034】
6.初代腹膜中皮細胞の単離と培養
成人腹膜中皮細胞は、GFP組換えマウスの精巣上体脂肪から、Loureiroらの方法(Loureiro, J. et al., Nephrol Dial Transplant. 25, 1098-1108(2010))に従って採取した。精巣上体脂肪を、0.05%トリプシンと0.5mMのEDTAにより、37℃で30分処理した。細胞懸濁液を1500rpmで5分間遠心処理し、ペレットを溶血バッファー中、氷上で5分処理した。PBSで数回洗浄後、腹膜中皮細胞は、RPMI1640(20%FBS、ペニシリン、ストレプトマイシン、グルタミン及びハイドロコルチゾン(0.4μg/mL)に再懸濁し、I型コラーゲンでコーティングした培養皿に播種した。
【0035】
7.細胞シートの作製とPPHxマウスへの移植
それぞれの初代培養細胞を、UpCell(登録商標)プレート(セルシード社)に移して培養した。プレートを室温に置くことにより、細胞を培養皿から回収し、細胞シートを得た。
PPHxを施した直後のマウスの肝離断面に細胞シートを移植し、閉腹した。細胞シートは、肝離断面に置くだけで生着した。130S-GFP(Science eye社)のGFPシグナルにより、手術をモニターした。
【0036】
8.AST及びALTテスト
アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)と、アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)の血漿中濃度を、市販のキット(Transaminase C2-Test Wako、和光純薬社)で測定した。
【0037】
9.血清アルブミンテスト
血清アルブミン濃度は、オリエンタル酵母社に委託した。
【0038】
10.組織学
左葉の凍結切片(8μm)を、Microm HM505Eクライオスタット(Microm International GmbH)で調製し、APSでコーティングしたスライドガラス(松浪硝子社)に配置した。切片を、4%パラホルムアルデヒド(PFA)を含むPBSで固定し、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を行った。
【0039】
11.定量RT-PCR
各細胞シートから、Trizol試薬(Invitrogen社)を用いて全RNAを抽出し、High Capacity cDNA Reverse Transcription Kit(タカラバイオ社)でcDNAを合成した。LightCycler 480(Roche社)と以下のプライマーを用いて定量RT-PCRを行った。
マウスPCLP1:
TCCTTGTTGCTGCCCTCT(配列番号:1)
CTCTGTGAGCCGTTGCTG(配列番号:2)
マウスHGF:
CACCCCTTGGGAGTATTGTG(配列番号:3)
GGGACATCAGTCTCATTCACAG(配列番号:4)
マウスIL6:
GCTACCAAACTGGATATAATCAGGA(配列番号:5)
CCAGGTAGCTATGGTACTCCAGAA(配列番号:6)
マウスMdk:
CGCACTGGTAAAACCGAACT(配列番号:7)
GAAGAAGCCTCGGTGCTG(配列番号:8)
マウスPtn:
AGGACCTCTGCAAGCCAAA(配列番号:9)
CACAGCTGCCAAGATGAAAAT(配列番号:10)
マウスβアクチン:
CTAAGGCCAACCGTGAAAAG(配列番号:11)
ACCAGAGGCATACAGGGACA(配列番号:12)
Universal ProbeLibrary Mouse ACTB Gene Assay(Roche社)
【0040】
12.細胞のサイズ及び分裂細胞の数の定量
4%PFAを含むPBSで固定した後、肝離断面を含む左葉の切片(8mm)をブロッキング試薬により、室温で1時間ブロッキングし、抗体溶液中に4℃で一晩静置した。一次抗体として、1:300希釈のウサギ抗マウスKi67抗体(Leica biosystems社)を用い、二次抗体として、Alexa Fluor 555ヤギ抗ウサギIgG(H+L)(Invitrogen社)を用いた。核は、Hoechst 33342(Sigma-Aldrich社)で対比染色した。細胞の外周は、Alexa Fluor 488ファロイジン(Invitrogen社)で染色した。
細胞サイズと分裂細胞の割合の測定は、IN Cell Analyzer 2000(GE Healthcare社)を用い、Miyaokaらの方法に従って行った(Miyaoka Y. et al., Curr Biol. 22, 1166-1175(2012))。簡単に説明すると、細胞サイズは、Hoechst 33342で染色した核の周りを囲むファロイジン染色されたアクチンを肝細胞の外周として測定した。分裂細胞の割合は、Hoechst 33342とファロイジンの染色に加え、Ki67陽性細胞を検出して数えた。
マウスごとに4枚の写真を撮った。各写真は500〜700の肝細胞を含んでいたので、合計で1匹のマウスについて、2000〜2800の細胞を調べたことになる。
【0041】
13.他家移植
上記3.の方法と同様に、BALB/cマウスを用いてPPHxマウスモデルを作製した。
一方、GFP組換えC57BL/6Jマウスから、上記4.と同様に胎児肝中皮細胞を得て、上記7.の方法で細胞シートを作製し、PPHxマウスモデルに移植した。
【0042】
14.腹膜癒着モデルの作製と、細胞シートの移植
C57BL/6Jマウスの腹膜中皮細胞剥離により腹膜中皮細胞欠損部位を作製し、腹膜癒着モデルを確立した。続いて、上記7.の方法でGFP組換えC57BL/6Jマウス由来肝中皮細胞を用いて作製した肝中皮細胞シートを、腹膜中皮欠損部位に移植した。対照群は、細胞シートの移植をせずに閉腹した。
術後10日目に開腹し、癒着の様子を観察し、腹膜欠損部位のGFPシグナルを観察した。
【0043】
15.統計
結果は、平均±標準偏差で示した。統計にはStudent-t検定で行った。p値<0.05の場合に有意差ありと判断した。
【0044】
[結果]
1.PPHxマウスモデル
上述の方法で肝離断面を作製することで癒着を生じたマウスモデルを作製することができた。肝切除手術後の肝障害の推移がヒトの術後経過と類似しており、よりヒトの肝切除を模倣した動物モデルであることが確認された(データ示さず)。
【0045】
2.肝離断面への細胞シートの自家移植
(1)癒着率の測定
図2左に、肝中皮細胞シートを、PPHxマウスモデルに自家移植した場合と、何も移植しなかった場合の術後10日目の写真を示す。写真に示されるように、非移植マウスでは肝離断面の全体に癒着が観察されたが、肝中皮細胞シート移植マウスでは、肝離断面にはほとんど癒着が見られなかった。術後30日でも同様の結果が得られた。
図2右に、肝中皮細胞シート、腹膜中皮細胞シート、及び線維芽細胞シートを、PPHxマウスモデルの肝離断面に自家移植し、術後10日目に癒着率を計算した結果を示す。
肝中皮細胞シート移植群及び腹膜中皮細胞シート移植群では、癒着は大きく抑制され、それぞれ約20%と約40%であった。一方、線維芽細胞シート移植群では、非移植群で同様に、癒着率はほぼ100%であった。
【0046】
(2)肝再生の評価
図3に、Ki67陽性肝細胞の割合を指標として、肝中皮細胞移植群、腹膜中皮細胞移植群、及び非移植群における術後の肝再生を評価した結果を示す。肝中皮細胞シート移植群では、Ki67陽性肝細胞の割合が非移植群の2倍近く、細胞分裂が促進されていることが確認された。
図4に、血清アルブミンを指標として、肝中皮細胞移植群、腹膜中皮細胞移植群、及び非移植群における術後の肝再生を評価した結果を示す。肝中皮細胞シート移植群では、血清アルブミンの術後の回復が促進されていることが確認された。肝機能の早期回復は、術後肝不全の回避に大きく貢献することが知られており、非常に望ましい。
【0047】
3.肝離断面への細胞シートの他家移植
(1)癒着率の測定
図5に、C57BL/6Jマウス由来の肝中皮細胞を用いた細胞シートをBALB/c PPHxマウスモデルに移植し、癒着率を測定した結果を示す。自家移植したときと同様に、肝中皮細胞シート移植群では癒着率が大幅に低下した。
(2)肝再生の評価
図6に、Ki67陽性肝細胞の割合を指標として、術後の肝再生を評価した結果を示す。自家移植したときと同様に、肝中皮細胞シート移植群では、Ki67陽性肝細胞の割合が非移植群の2倍近く、細胞分裂が促進されていることが確認された。
【0048】
4.腹膜癒着モデルへの肝中皮細胞シートの移植
図7に、腹膜癒着モデルに肝中皮細胞シートを移植し、10日後に開腹して観察した様子を示す。
図8に、肝中皮細胞シートを移植せずに、10日後に開腹して観察した様子を示す。非移植群では、腹壁欠損部位に腹腔内の腸などが強固に癒着していたのに対し、肝中皮細胞移植群では、癒着が顕著に抑制された。また、腹壁欠損部位には肝中皮細胞シート由来のGFPシグナルが観察されたことから、肝中皮細胞が生着し、腹腔内の癒着を防止したと考えられる。