特許第6172605号(P6172605)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6172605
(24)【登録日】2017年7月14日
(45)【発行日】2017年8月2日
(54)【発明の名称】無機化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09K 11/08 20060101AFI20170724BHJP
   C01G 9/08 20060101ALI20170724BHJP
   C01G 55/00 20060101ALI20170724BHJP
【FI】
   C09K11/08 A
   C01G9/08
   C01G55/00
【請求項の数】1
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-230369(P2013-230369)
(22)【出願日】2013年11月6日
(65)【公開番号】特開2015-89923(P2015-89923A)
(43)【公開日】2015年5月11日
【審査請求日】2016年7月25日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000195029
【氏名又は名称】星和電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000947
【氏名又は名称】特許業務法人あーく特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡田 賢
(72)【発明者】
【氏名】松永 猛裕
(72)【発明者】
【氏名】薄葉 州
(72)【発明者】
【氏名】福薗 一幸
(72)【発明者】
【氏名】堂浦 剛
(72)【発明者】
【氏名】高宮 祥太
【審査官】 菅野 芳男
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−072376(JP,A)
【文献】 特開昭53−030969(JP,A)
【文献】 特開平02−236998(JP,A)
【文献】 特開2012−072377(JP,A)
【文献】 特表2009−511645(JP,A)
【文献】 国際公開第2007/043676(WO,A1)
【文献】 米国特許第02943927(US,A)
【文献】 特公昭45−012040(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 11/08
C01G 9/08
C01G 55/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機EL素子の製造に用いられる無機化合物の製造方法であって、
化合物半導体である硫化亜鉛とフッ化バリウムとを含む無機組成物、及び、硝酸ヒドラジンと飽水ヒドラジンとを混合した高エネルギ物質を密閉容器内に封入した状態で、当該密閉容器内の高エネルギ物質を加熱により熱分解させる工程を有し、
前記密閉容器内に封入する前記高エネルギ物質の硝酸ヒドラジンと飽水ヒドラジンとの混合比を重量比で63.5:36.5〜55.0:45.0として当該高エネルギ物質の酸素バランスをマイナスとすることを特徴とする無機化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無機EL素子の製造に用いられる無機化合物を製造する製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、軽量・薄型の面発光型素子として、EL素子(エレクトロルミネッセンス素子)が注目されている。EL素子は、高精細、高コントラスト、応答速度が速いといった特徴があることから、液晶ディスプレイ用バックライト、各種インテリア用照明装置、車載用表示装置などに用いられている。
【0003】
EL素子は大別すると、有機EL素子と無機EL素子とがある。また、無機EL素子には、無機蛍光体粒子をバインダ中に分散させた蛍光体層を用いる分散型無機EL素子と、無機蛍光体からなる薄膜を用いる薄膜型無機EL素子とがある。このような無機EL素子にあっては、無機蛍光体として、例えば硫化亜鉛系(ZnS系)の無機化合物が用いられている。
【0004】
無機化合物(無機蛍光体)を製造する方法としては、無機組成物にイリジウム元素などをドーピングする方法がある。例えば、特許文献1には、化合物半導体(ZnS等)とイリジウム元素とを含む無機組成物を、火薬類であるTNT(トリニトロトルエン)と共に密閉容器内に入れた状態で、その密閉容器内のTNTを加熱・爆破させること(ドーピング処理)により無機複合物(無機化合物)を製造するという方法が提案されている。
【0005】
また、特許文献2においても、密閉容器内で発熱分解性化合物(TNT等)を熱分解させることにより蛍光体を製造する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2009−511645号公報
【特許文献2】特開2012−072376号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、上記した特許文献1のように、TNTを用いて加熱処理(ドーピング処理)を行うと、TNTの反応残渣物であるカーボンが無機化合物に混在してしまうため、発光効率が悪くなる。つまり、カーボンによる黒色汚染により光吸収が生じて発光強度が低下する。また、無機化合物にカーボンが混在していると、EL素子作製時における成膜処理(蒸着等)が不安定になる等の影響が残る。
【0008】
なお、特許文献2には、蛍光体に付着したカーボン(反応残渣物)を取り除く方法として、酸素が混在する雰囲気下で蛍光体を焼成してカーボンを酸化・消失させるという方法が提案されているが、こうした方法では、目的物であるZnS等の化合物半導体も酸化されてしまうので発光効率が損なわれる。
【0009】
本発明はそのような実情を考慮してなされたものであり、その目的は、発光強度の強い無機化合物(無機蛍光体)を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
まず、TNTにはカーボンが含まれているため、TNTを用いて上記加熱処理(ドーピング処理)を行うとカーボンの残渣物が生成されてしまう。そこで、本発明の発明者は、カーボンを含まない高エネルギ物質として、硝酸ヒドラジン(HN)に着目し、その硝酸ヒドラジンを用いて上記した無機組成物の加熱処理(ドーピング処理)を行ったところ、TNTを用いた場合よりも発光強度が高い無機蛍光体(無機化合物)を製造できることを見出した。ただし、硝酸ヒドラジン((NH22HNO3)は分解時において下記に示すような反応により酸素が発生する。
【0011】
533 ⇒ 2.5H2O+1.5N2+0.5O2
このため、高エネルギ物質として硝酸ヒドラジンを使用した場合、反応の際の雰囲気(密閉容器内の雰囲気)が酸素雰囲気となり、その酸素からの反応により反応副生成物(例えば硫酸バリウム)が生成されてしまう。こうした反応副生成物が無機化合物に含まれていると、EL素子作製時における成膜処理(蒸着等)が不安定になり、無機EL素子の生産性が低下する。
【0012】
そこで、本発明の発明者は、硝酸ヒドラジンを用いても加熱処理時における密閉容器内を還元雰囲気にすることについて検討したところ、硝酸ヒドラジンに飽水ヒドラジン(HH)を混合し、その硝酸ヒドラジンと飽水ヒドラジンとの混合比を選択することで、加熱処理時における密閉容器内を還元雰囲気にすることが可能であることを新たに見出し、本発明を発明するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、無機EL素子の製造に用いられる無機化合物を製造する方法において、化合物半導体を含む無機組成物、及び、硝酸ヒドラジンと飽水ヒドラジンとを混合した高エネルギ物質を密閉容器内に封入した状態で、当該密閉容器内の高エネルギ物質を加熱により熱分解させることを技術的特徴としている。
【0014】
本発明によれば、カーボンを含まない硝酸ヒドラジンと飽水ヒドラジンとを混合した高エネルギ物質を用いて無機組成物(化合物半導体を含有)に高温・高圧を印加して無機化合物を製造しているので、その無機化合物(無機蛍光体)に、発光を阻害するカーボン残渣物が混在することがなくなる。これによって無機化合物の発光強度を強くすることができる。
【0015】
しかも、高エネルギ物質を構成する硝酸ヒドラジンと飽水ヒドラジンとの混合比を重量比で63.5:36.5〜55.0:45.0として当該高エネルギ物質の酸素バランスをマイナスとすることにより、密閉容器内で高エネルギ物質が分解する際の当該密閉容器内の雰囲気を還元雰囲気にすることが可能であるので、無機EL素子の製造に用いる無機化合物に副生成物(例えば硫酸バリウム)が含まれないようにすることができる。これにより、EL素子作製時における成膜処理(蒸着等)を安定して行うことができる。
【0016】
さらに、硝酸ヒドラジン及び飽水ヒドラジンは、火薬類取締法第1章第2条に定義されている火薬類ではないので、運搬時・保管時・製造時などにおいて火薬類取締法に則って取り扱う必要がなく、取り扱い性が良好である。
【0017】
なお、火薬類取締法第1章第2条において、「火薬類」とは、「火薬」、「爆薬」、「火工品」のことを言うと定義されている。そして、「火薬」とは「推進的爆発の用途に供せられる火薬であって経済産業省令で定めるもの」、「爆薬」とは「破壊的爆発の用途に供せられる爆薬であって経済産業省令で定めるもの」と定義されている。このように、火薬類取締法第1章第2条では、推進的爆発や破壊的爆発に供する物が「火薬類」と定義されており、硝酸ヒドラジン及び飽水ヒドラジンは、こうした用途に用いないので「火薬類」ではないと言える。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、発光強度の強い無機化合物を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の無機化合物の製造方法を実現する製造装置の一例を模式的に示す図である。
図2】硝酸ヒドラジン(HN)と飽水ヒドラジン(HH)の重量比と酸素バランスとの関係を示すグラフである。
図3】本発明の実施例及び比較例で作製した無機化合物のPL強度を測定した結果を示す図である。
図4】本発明の実施例及び比較例で作製した無機化合物のX線回折ピークを測定した結果を示す図である。
図5】本発明の実施例及び比較例で作製した無機化合物のX線回折ピークを測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0021】
[製造装置]
まず、本発明の無機化合物の製造方法を実現する製造装置について図1を参照して説明する。
【0022】
この例の製造装置は、密閉容器1、加熱炉2、及び、ガスバーナ3などを備えている。
【0023】
密閉容器1は、内容量が100mLのステンレス製容器であって、容器本体11と蓋体12とを備えている。容器本体11は、外径がφ100mm、高さが170mm(内径がφ40mm、内高さが120mm)の円筒容器であって上部のみが開口されている。蓋体12は、外径がφ100mm(容器本体1と同じ)、高さが40mmの円筒体である。この蓋体12を容器本体1に六角穴付きボルト13を用いて締結することにより密閉容器1の内部を密閉状態にすることができる。
【0024】
加熱炉2は耐熱煉瓦等で構成されており、内部に密閉容器1を収容することができる。加熱炉2の下方にはガスバーナ3が配置されており、このガスバーナ3によって加熱炉2内に収容した密閉容器1を加熱することができる。
【0025】
そして、この例の製造装置を用いて無機化合物(無機蛍光体)を製造する場合、(i)容器本体11の内部に化合物半導体(無機組成物)及びドーピング剤等を混合した原材料Mを投入し、その原材料Mの上部に、硝酸ヒドラジンと飽水ヒドラジンとを混合した高エネルギ物質(液体)Eを投入する。(ii)容器本体11の開口部を蓋体12にて閉鎖することにより、密閉容器1の内部に原材料Mと高エネルギ物質Eとを封入する。(iii)原材料Mと高エネルギ物質Eとを封入した密閉容器1を加熱炉2の内部に配置し、この状態でガスバーナ3により密閉容器1を加熱する。
【0026】
このようにして密閉容器1を加熱すると、当該密閉容器1内の高エネルギ物質Eが熱分解して原材料Mに高温・高圧が印加される(ドーピング処理)。こうした処理により無機EL素子の製造に用いられる無機化合物(無機蛍光体)を製造することができる。
【0027】
そして、このようにして製造された無機化合物を、ITO(Indium Tin Oxide)等の透明電極が形成されたガラス基板上に成膜することによって無機EL素子を作製することができる。なお、成膜方法としては、EB(イオンビーム)蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法、フラッシュ法などを挙げることができる。
【0028】
次に、無機化合物の製造に用いる[化合物半導体]、[賦活剤]、[焼結助剤]、及び、[高エネルギ物質]について説明する。
【0029】
[化合物半導体]
化合物半導体としては、硫化亜鉛(ZnS)、酸化亜鉛(ZnO)、セレン化亜鉛(ZnSe)、テルル化亜鉛(ZnTe)、硫化カドミウム(Cds)、セレン化カドミウム(CdSe)、酸化ストロンチウム(SrO)、硫化ストロンチウム(SrS)、セレン化ストロンチウム(SeSr)、テルル化ストロンチウム(SrTe)などのII-VI族化合物半導体を挙げることができる。本発明の実施例では、化合物半導体として、硫化亜鉛(ZnS)を用いる。
【0030】
また、化合物半導体としては、窒化ガリウム(GaN)、リン化ガリウム(GaP)、砒化ガリウム(GaAs)、窒化インジウム(InN)、リン化インジウム(InP)、砒化インジウム(InAs)などのIII-V族化合物半導体を挙げることができる。
【0031】
また、これらII-VI族化合物半導体や、III-V族化合物半導体のほか、I-V族化合物半導体、I-VI族化合物半導体、I-VII族化合物半導体、II-IV族化合物半導体、II-V族化合物半導体、II-VII族化合物半導体III-VI族化合物半導体などの化合物半導体を用いてもよい。
【0032】
[賦活剤]
賦活剤は、上記化合物半導体にドーピングすることで発光中心となるものである。賦活剤としては、マンガン、銅、銀、金、イリジウム、イットリウム、ユーロピウム、プラセオジウム、テルビウムなどを挙げることができる。本発明の実施例では、賦活剤として、硫酸マンガン(MnSO4)、塩化イリジウム(IrCl3)を用いる。
【0033】
[焼結助剤]
焼結助剤は、融点を有する無機化合物であって、溶融することで上記賦活剤のドーピングを速やかに行うとともに、蛍光体母材の粒成長を促して結晶性の向上を促進するものである。焼結助剤としては、酸化亜鉛(ZnO)、酸化カドミウム(CdO)などの酸化物、塩化ナトリウム(NaCl)、塩化リチウム(LiCl)などのアルカリ金属ハロゲン化物、塩化マグネシウム(MgCl2)、フッ化バリウム(BaF2)などのアルカリ土類金属ハロゲン化物を挙げることができる。本発明の実施例では、焼結助剤として、酸化亜鉛(ZnO)、フッ化バリウム(BaF2)、塩化マグネシウム(MgCl2)、塩化ナトリウム(NaCl)を用いる。
【0034】
[高エネルギ物質]
上述したように、高エネルギ物質として硝酸ヒドラジンを用いて無機組成物の加熱処理(ドーピング処理)を行うと、TNTを用いた場合よりも発光強度が高い蛍光体を作製することができる(後述する[実施例]及び[比較例]参照)。しかしながら、高エネルギ物質として硝酸ヒドラジンのみを使用した場合、反応の際の雰囲気(密閉容器内の雰囲気)が酸素雰囲気となるため、反応副生成物(硫酸バリウム)が生成されてしまう(下記の生成メカニズム参照)。そこで、本発明では、硝酸ヒドラジンに飽水ヒドラジンを混合し、その硝酸ヒドラジンと飽水ヒドラジンとの混合比を選択することで、高エネルギ物質の酸素バランス(OB)をマイナスにして、加熱処理時における密閉容器1内を還元雰囲気にする。
【0035】
−反応副生成物(硫酸バリウム)の生成メカニズム−
上記したように、硝酸ヒドラジンは分解時において酸素が生成されるので、その酸素から下記のような反応が起こり、硫酸バリウム(BaSO4)が生成される。なお、硫酸バリウムは水に不溶であるため、水洗い処理では除去することはできない。
【0036】
ZnS+2O2 ⇒ZnSO4
BaF2+SO42- ⇒BaSO4↓+2F-
[高エネルギ物質の酸素バランス]
次に、高エネルギ物質の酸素バランスについて説明する。
【0037】
まず、硝酸ヒドラジン((NH22HNO3)は、分解時において上記したような反応[H533 ⇒ 2.5H2O+1.5N2+0.5O2]を示し、酸素バランスは+8.4%である。
【0038】
一方、飽水ヒドラジン((NH222O)は、分解時において下記のような反応を示し、酸素バランスは−63.9%である。
【0039】
62O ⇒ 3H2O+N2−1.5O2
なお、化合物Cabcdの酸素バランス(OB)は一般的に下記の式によって求められる。
【0040】
OB%=[−1600/分子量]×(2a+(b/2)−d)
ただし、a=炭素、b=水素、c=窒素、d=酸素、対象物の分子量(HN=95.06、HH=50.06)
ここで、硝酸ヒドラジンと飽水ヒドラジンとを混合した高エネルギ物質(HN/HH)において、硝酸ヒドラジンの重量比をX重量%とすると、その硝酸ヒドラジンがX重量%である場合の高エネルギ物質の酸素バランス(OB)は、
OB=+8.4×(X/100)+(−63.9)×{(100−X)/100)} ・・(1)
と表すことができる。このように高エネルギ物質(HN/HH)の酸素バランスは硝酸ヒドラジンの重量比(HN重量比)に比例する。そのHN重量比(重量%)と酸素バランスとの関係をグラフで表すと、図2に示すような直線のグラフとなる。
【0041】
この図2のグラフにおいて、HN重量比が100重量%である場合(高エネルギ物質が硝酸ヒドラジンのみで構成されている場合)は、その酸素バランスは上記した値(+8.4%)である。また、HN重量比が0重量%である場合(高エネルギ物質が飽水ヒドラジンのみで構成されている場合)は、その酸素バランスは上記した値(−63.9%)である。
【0042】
また、例えば、図2に示すように、HN重量比が63.5重量%であり、飽水ヒドラジンの重量比(HH重量比)が36.5重量%である場合(HN:HH=63.5:36.5、後述する[実施例1−1]及び[実施例2−1]の場合)は、上記(1)から酸素バランスは−18.0%となる(OB=+8.4×0.635+(−63.9)×0.365=−18.0%)。
【0043】
また、例えば、図2に示すように、HN重量比が55.0重量%であり、HH重量比が45.0重量%である場合(HN:HH=55.0:45.0、後述する[実施例2−2]の場合)は、上記(1)から酸素バランスは−24.1%となる(OB=+8.4×0.55+(−63.9)×0.45=−24.1%)。
【0044】
なお、図2及び上記(1)式から、HN重量比を88重量%以下に制御すると、高エネルギ物質(HN/HH)の酸素バランスをマイナスにすることが可能であることが判る。
【実施例】
【0045】
本発明の実施例を比較例とともに説明する。
【0046】
[実施例1−1]
<原材料M>
化合物半導体として硫化亜鉛(ZnS)を用いる。また、賦活剤として、硫酸マンガン(MnSO4)、塩化イリジウム(IrCl3)、焼結助剤として、酸化亜鉛(ZnO)、フッ化バリウム(BaF2)、塩化マグネシウム(MgCl2)、塩化ナトリウム(NaCl)を用いる。そして、これらZnS、MnSO4、ZnO、BaF2、MgCl2、IrCl3、NaClを、下記の表1に示す重量%で混合したものを原材料Mとした。
【0047】
【表1】
【0048】
<高エネルギ物質>
硝酸ヒドラジン63.5重量%と、飽水ヒドラジン36.5重量%とを混合したもの(HN/HH)を高エネルギ物質Eとした。
【0049】
<無機化合物の作製>
上記した重量比(重量%)で混合した原材料M:68.0gと、高エネルギ物質E:20gとを、図1に示す密閉容器1内に封入し、その密閉容器1を加熱炉2内に収容した状態で、ガスバーナ3により密閉容器1を加熱し当該密閉容器1内の高エネルギ物質Eを熱分解させる処理(ドーピング処理)を行って無機化合物(青色蛍光体)を作製した。加熱は密閉容器1内の温度が約200℃になるまで加熱し続け、反応の終了は密閉容器1内部の圧力の上昇をモニターすることで確認を行った。次に、密閉容器1の冷却及びガス抜きを行い、その後に無機化合物を密閉容器1から取り出して水洗浄を行った。
【0050】
以上の処理により作製した無機化合物についてPL(フォトルミネッセンス)強度を測定した。PL強度は、He−Cdレーザから励起波長325nmの光を無機化合物に照射し、その蛍光を、分光器:USB4000(オーシャンオプティクス社製)を用いて測定した。その結果を図3に示す。なお、図3においては、下記の[比較例1−2]で作製した無機化合物のPL強度を「1」とした相対強度で表している。
【0051】
また、X線回折装置:RINT2200(株式会社リガク製)を用い、X線回折法[θ−2θ法、ターゲット:Cu、管電圧:40kV、管電流:30mA]によって、上記無機化合物のX線回折ピーク(XRDピーク)を測定した。そのX線回折結果を図4に示す。
【0052】
[比較例1−1]
上記した[実施例1−1]において、高エネルギ物質として硝酸ヒドラジン(20g)のみを用いたこと以外は、[実施例1−1]と同じとして無機化合物(青色蛍光体)を作製した。
【0053】
このようにして作製した無機化合物(比較例1−1)のPL強度を上記した[実施例1−1]と同じ方法で測定した。その結果を図3に示す。また、上記した[実施例1−1]と同じ方法で無機化合物(比較例1−1)のX線回折ピークを測定した。そのX線回折結果を図4に示す。
【0054】
[比較例1−2]
上記した[実施例1−1]において、高エネルギ物質としてTNT(20g)を用いたこと以外は、[実施例1−1]と同じとして無機化合物(青色蛍光体)を作製した。
【0055】
このようにして作製した無機化合物(比較例1−2)のPL強度を上記した[実施例1−1]と同じ方法で測定した。その結果を図3に示す。また、上記した[実施例1−1]と同じ方法で無機化合物(比較例1−2)のX線回折ピークを測定した。そのX線回折結果を図4に示す。
【0056】
[評価1]
<外観検査>
上記[実施例1−1]で作製した無機化合物、上記[比較例1−1]及び[比較例1−2]の各例で作製した無機化合物について、目視にて観察したところ、[実施例1−1]及び[比較例1−1]の無機化合物は白色であり、カーボンによる汚染はなかった。一方、[比較例1−2]の無機化合物については黒色であり、カーボンによる汚染が確認できた。
【0057】
<発光強度>
図3に示すPL強度測定結果から、高エネルギ物質として硝酸ヒドラジンと飽水ヒドラジンとの混合物(HN/HH)を用いた場合(実施例1−1)、TNTを用いた場合(比較例1−2)に対して約16倍の発光強度が得られることが判る。また、硝酸ヒドラジン単体の高エネルギ物質(HN)を用いた場合(比較例1−1)、TNTを用いた場合(比較例1−2)に対して約5倍の発光強度が得られることが判る。なお、硝酸ヒドラジンに飽水ヒドラジンを混合した場合、硝酸ヒドラジン単体の場合よりも高い発光強度が得られることも判る。
【0058】
以上の結果から、カーボンを含まない高エネルギ物質を用いることにより、カーボンの黒色汚染による発光吸収がなくなって、高い発光強度が得られることが確認できた。
【0059】
<XRD評価>
図4に示すX線回折結果から判るように、上記[実施例1−1]、[比較例1−1]及び[比較例1−2]の各例で作製した全ての無機化合物において、硫化亜鉛(ZnS)のX線回折ピークが現れており、これにより、[実施例1−1]、[比較例1−1]及び[比較例1−2]の全てにおいて、ZnSをベースとした無機化合物(青色蛍光体)が作製できていることが確認できた。
【0060】
ただし、硝酸ヒドラジン単体の高エネルギ物質(HN)を用いて作製した無機化合物(比較例1−1)には、硫酸バリウム(BaSO4)のX線回折ピーク(図4の破線矢印で示すピーク)が現れており、上記加熱処理(ドーピング処理)の際の反応副生成物である硫酸バリウムが生成されていることが確認できた。
【0061】
[実施例2−1]
上記した[実施例1−1]と同じ条件・処理で無機化合物を作製した。すなわち、高エネルギ物質として、硝酸ヒドラジン63.5重量%と飽水ヒドラジン36.5重量%とを混合したもの(HN:HH=63.5:36.5 酸素バランス=−18.0% 20g)を用いて無機化合物を作製した。このようにして作製した無機化合物[実施例2−1]のX線回折ピークを[実施例1−1]と同じ方法で測定した。そのX線回折結果を図5に示す。
【0062】
[実施例2−2]
上記した[実施例1−1]において、高エネルギ物質として、硝酸ヒドラジン55.0重量%と飽水ヒドラジン45.0重量%とを混合したもの(HN:HH=55.0:45.0 酸素バランス=−24.1% 20g)を用いたこと以外は、[実施例1−1]と同じとして無機化合物を作製した。このようにして作製した無機化合物[実施例2−2]のX線回折ピークを[実施例1−1]と同じ方法で測定した。そのX線回折結果を図5に示す。
【0063】
[比較例2−1]
上記した[実施例1−1]において、硝酸ヒドラジンの重量比が100重量%の高エネルギ物質(HN:HH=100:0 酸素バランス=+8.4% 20g)を用いたこと以外は、[実施例1−1]と同じとして無機化合物を作製した。このようにして作製した無機化合物[比較例2−1]のX線回折ピークを[実施例1−1]と同じ方法で測定した。そのX線回折結果を図5に示す。
【0064】
[評価2]
図5に示すX線回折結果から、[比較例2−1]で作製した無機化合物(青色蛍光体)(硝酸ヒドラジン単体の高エネルギ物質(HN)を用いて作製した無機化合物)のX線回折ピークには、硫酸バリウム(BaSO4)のピーク(図5の破線矢印で示すピーク)が現れており、上記加熱処理(ドーピング処理)の際の反応副生成物である硫酸バリウムが混在していることが判る。これに対し、[実施例2−1]及び[実施例2−2]で作製した無機化合物(青色蛍光体)(高エネルギ物質(HN/HH)を用いて作製した無機化合物)のX線回折ピークには、いずれも、硫酸バリウム(BaSO4)のピークは現れておらず、硫酸バリウムが存在していないことが判る。
【0065】
[評価3]
[比較例2−1]で作製した無機化合物(青色蛍光体)を、ITO製透明電極が形成されたガラス基板上に1000nm成膜して発光層を作製した。成膜装置にはEB蒸着装置を用いた。また、成膜条件は、蒸着チャンバ内の真空度を8×10-6Torr(1.1×10-3Pa)、ガラス基板の温度を300℃とした。そして、成膜後、発光層の結晶性の向上のために600℃の温度で1時間のアニール処理を施した。
【0066】
このような処理にて作製した発光層(蒸着膜)について、上記した[実施例1]と同じ方法でX線回折ピークを測定したところ、硫酸バリウム(BaSO4)のピークが現れた。これに対し、[実施例2−1]及び[実施例2−2]で作製した無機化合物(青色蛍光体)を同条件でITO製透明電極上に1000nm成膜して発光層を作製し、上記した[実施例1]と同じ方法でX線回折ピークを測定したところ、いずれも、硫酸バリウム(BaSO4)のピークは現れなかった。
【0067】
以上の結果(XRD評価)から、高エネルギ物質の酸素バランスをマイナスとすることにより、作製した無機化合物(青色蛍光体)及びその無機化合物を用いて成膜した発光層からは、反応副生成物が生成されないことが確認できた。
[まとめ]
以上の実施例及び比較例から、無機組成物(化合物半導体を含有)に高温・高圧を印加する高エネルギ物質として、カーボンを含まない硝酸ヒドラジンを用いて無機化合物(無機蛍光体)を作製することにより、カーボンを含むTNTを用いた場合と比較して、無機化合物の発光強度が大幅に向上することが確認できた。
【0068】
また、硝酸ヒドラジン単体の高エネルギ物質を用いた場合には、その高エネルギ物質の酸素バランスがプラスであり、加熱処理時の雰囲気(密閉容器内の雰囲気)が酸素雰囲気となるため、反応副生成物(硫酸バリウム)が生成される。これに対し、硝酸ヒドラジンに飽水ヒドラジンを混合し、その混合比を選択して高エネルギ物質の酸素バランスをマイナスとすること(加熱処理時の雰囲気を還元雰囲気とすること)により、反応副生成物が存在しない無機化合物(無機蛍光体)を製造できることが確認できた。
【0069】
したがって、本発明の製造方法を用いて無機化合物(無機蛍光体)を製造することにより、発光強度が強くて反応副生成物(不純物)が存在しない無機化合物を得ることができる。さらに、無機化合物に反応副生成物が存在しないことから、EL素子作製時における成膜処理(蒸着等)を安定して行うことが可能となり、無機EL素子を効率よく生産することができる。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明は、無機EL素子の製造に用いる無機化合物(無機蛍光体)の発光強度を向上させるのに有効に利用することができる。
【符号の説明】
【0071】
1 ステンレス製密閉容器
11 容器本体
12 蓋体
13 六角穴付きボルト
2 加熱炉
3 ガスバーナ
M 原材料(無機組成物)
E 高エネルギ物質
図1
図2
図3
図4
図5