(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6180243
(24)【登録日】2017年7月28日
(45)【発行日】2017年8月16日
(54)【発明の名称】量子ドット増感型太陽電池用光電極の作製方法
(51)【国際特許分類】
H01G 9/20 20060101AFI20170807BHJP
【FI】
H01G9/20 113D
H01G9/20 113Z
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2013-178627(P2013-178627)
(22)【出願日】2013年8月29日
(65)【公開番号】特開2015-50204(P2015-50204A)
(43)【公開日】2015年3月16日
【審査請求日】2016年6月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000231464
【氏名又は名称】株式会社アルバック
(74)【代理人】
【識別番号】110000305
【氏名又は名称】特許業務法人青莪
(72)【発明者】
【氏名】長久保 準基
(72)【発明者】
【氏名】永田 智啓
(72)【発明者】
【氏名】村上 裕彦
【審査官】
近藤 政克
(56)【参考文献】
【文献】
特開2013−089368(JP,A)
【文献】
特開2011−249579(JP,A)
【文献】
国際公開第2011/074492(WO,A1)
【文献】
特開2008−056511(JP,A)
【文献】
特開2011−091032(JP,A)
【文献】
特開2013−089690(JP,A)
【文献】
ZHANG et al.,Surfactant Ligand Removal and Rational Fabrication of Inorganically Connected Quantum Dots,American Chemical Society,Nano Letters,2011年,11,p.5356−5361
【文献】
LEE et al.,CdSe Quantum Dot-Sensitized Solar Cells Exceeding Efficiency 1% at Full-Sun Intensity,J.Phys.Chem.C,2008年,112,30,p.11600−11608
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01G 9/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対向電極に電解質層を介して対向配置される量子ドット増感型太陽電池の光電極の作製方法において、
基板の表面に透明電極層を形成する工程と、
透明電極層の表面に光電変換を行う半導体層を形成する工程と、
量子ドットを分散させた分散液に基板を浸漬させることにより、前記半導体層の表面に量子ドットを吸着させる工程と、
硫化物イオンを含有する溶液中に基板を浸漬させることにより、前記量子ドットを吸着させる際に量子ドットに不可避的に付着した配位子を硫黄に置換する工程と、
量子ドット及び半導体層の表面に、前記電解質層への電子の流入を防止するバッファ層を形成する工程とを含むことを特徴とする量子ドット増感型太陽電池用光電極の作製方法。
【請求項2】
前記硫化物イオンを含む溶液は、硫化アンモニウム溶液であることを特徴とする請求項1記載の量子ドット増感型太陽電池用光電極の作製方法。
【請求項3】
前記バッファ層はII−VI族半導体からなることを特徴とする請求項1又は2記載の量子ドット増感型太陽電池用光電極の作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子ドット増感型太陽電池用光電極の作製方法及び量子ドット増感型太陽電池に関する。
【背景技術】
【0002】
次世代の太陽電池として、現在主流のシリコン結晶型太陽電池と比べて理論上の光電変換効率が高い量子ドット増感型太陽電池が有望視されている。量子ドット増感型太陽電池は、光電極と対向電極とを電解質層を介して対向させてなり、光電極は、基板表面に透明電極層を形成し、透明電極層表面に光電変換材としての半導体層を形成し、半導体層の表面に増感材としての量子ドットを吸着させることにより作製される。
【0003】
ここで、量子ドットを吸着させる方法としては、量子ドットを分散させた分散液に、半導体層を形成した基板を浸漬させる方法が一般に知られている。量子ドットは、その分散性を高めるために長鎖アルキル基を有する界面活性剤で被覆され、溶媒に分散している。このため、半導体層に吸着した量子ドットの表面には、長鎖アルキル基を有する配位子が不可避的に付着する。長鎖アルキル基は、電解質層から量子ドットへの電子の注入を阻害するため、長鎖アルキル基が付着したまま光電極として適用すると、量子ドット増感型太陽電池の光電変換効率の低下を招く。従って、光電極の作製段階で、長鎖アルキル基を除去する必要がある。
【0004】
量子ドットから長鎖アルキル基を除去する方法が、例えば、非特許文献1及び2で提案されている。上記非特許文献1記載のものでは、ピリジン溶液中で量子ドットを24時間環流させることにより、長鎖アルキル基を有する配位子をピリジンに置換し、その後、量子ドットを半導体層に吸着させている。また、上記非特許文献2記載のものでは、量子ドット薄膜を作製する際に硫化アンモニウム溶液中にて、カルボキシル基で終端された長鎖アルキル基を有する配位子を硫黄に置換した後、量子ドットを半導体層に吸着させている。
【0005】
然し、配位子置換後の量子ドットは分散性が悪く凝集し易くなるため、半導体層へ量子ドットを効率よく吸着させることが困難であり、光電極の生産性の低下を招来するという問題があった。特に、上記非特許文献1記載のものでは、環流を長時間行う必要があるため、生産性の低下が顕著であった。
【0006】
また、上記従来例の方法により長鎖アルキル基を除去すると、量子ドットから半導体層への電子の注入量は増大するものの、量子ドットから電解質層への逆電子移動が発生することが判明した。この逆電子移動は長鎖アルキル基が存在していたときは顕在化していなかったことから、長鎖アルキル基が電子の逆流を防止する役割を果たしていたものと考えられる。
【0007】
そこで、本発明者らは鋭意研究を重ね、半導体層に量子ドットを吸着させた後に、量子ドットの配位子置換を行い、配位子置換後の量子ドット及び半導体層をバッファ層で覆うことにより、量子ドット増感型太陽電池に適用したときに、量子ドットから半導体層への電子注入量を増大できると共に量子ドットから電解質層への逆電子移動を抑制できる光電極を生産性よく作製できるとの知見を得た。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Hyo Joong Lee、他8名、“CdSe Quantum Dot-Sensitized Solar Cells Exeeding Efficiency 1% at Full-Sun Intensity”、J. Phys. Chem.、Vol.112、No.30、11600-11608頁、2008年
【非特許文献2】Haitao Zhang、他6名、“Surfactant Ligand Removal and Rational Fabrication of Inorganically Connected Quantum Dots”、American Chemical Society、Nano letters Vol.11、5356-5361頁、2011年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、以上の点に鑑み、量子ドットに不可避的に付着する長鎖アルキル基を短時間で除去することができ、量子ドット増感型太陽電池に適用したときに量子ドットからの逆電子移動を抑制できる光電極を生産性よく作製可能な量子ドット増感型太陽電池の光電極の作製方法を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明は、対向電極に電解質層を介して対向配置される量子ドット増感型太陽電池の光電極の作製方法において、基板の表面に透明電極層を形成する工程と、透明電極層の表面に光電変換を行う半導体層を形成する工程と、量子ドットを分散させた分散液に基板を浸漬させることにより、前記半導体層の表面に量子ドットを吸着させる工程と、硫化物イオンを含有する溶液中に基板を浸漬させることにより、前記量子ドットを吸着させる際に量子ドットに不可避的に付着した配位子を硫黄に置換する工程と、量子ドット及び半導体層の表面に、前記電解質層への電子の流入を防止するバッファ層を形成する工程とを含むことを特徴とする。
【0011】
尚、本発明において、電解質層には、電解液で構成されるもののほか、化合物半導体や有機半導体で構成されるものも含むものとする。また、半導体層には、金属酸化物粒子で構成されるものだけでなく、多孔質の金属酸化物膜で構成されるものも含むものとする。
【0012】
本発明によれば、半導体層に量子ドットを吸着させた後、この量子ドットに不可避的に付着した長鎖アルキル基を有する配位子を硫黄に置換することで、上記従来例の如く半導体層に吸着させる前に量子ドットが凝集することがないため、半導体層への量子ドットの配位子置換を短時間で行うことができる。従って、量子ドット増感型太陽電池用の光電極を生産性よく作製することができる。さらに、配位子置換後の量子ドット及び半導体層の表面をバッファ層で覆うことで、本発明の光電極を量子ドット増感型太陽電池に適用したときに、量子ドットに一旦注入された電子が電解質層へ逆流する逆電子移動を防止できる。このため、上記配位子置換により量子ドットから半導体層への電子注入量を増大できることと相俟って、量子ドット増感型太陽電池の変換効率を高めることができる。
【0013】
本発明において、前記硫化物イオンを含む溶液は、硫化アンモニウム溶液であることが好ましい。
【0014】
本発明において、前記バッファ層としてはII−VI族半導体からなるものを用いることが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の光電極の作製方法により作製された光電極を備える量子ドット増感型太陽電池の概略断面図。
【
図2】(a)〜(c)は本発明の実施形態の光電極の作製方法を説明する断面図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1を参照して、SCは量子ドット増感型太陽電池(以下「太陽電池」という)であり、太陽電池SCは、ガラス等からなる基板(基体)1表面に形成された光電極(光負極)2と、基板1表面の外周部に形成された枠状のシール部材3と、シール部材3を介して光電極2と対向配置された対向電極(光正極)4と、これら光電極2、対向電極4及びシール部材3で画成される空間に形成される電解質層5とを備える。
【0018】
図2も参照して、光電極2は、ITOやFTO等の材料からなる透明電極層21と、透明電極層21の表面に形成された酸化チタン等の金属酸化物粒子からなる半導体層22と、半導体層22の表面に吸着された量子ドット23と、半導体層22及び量子ドット23の表面を覆い、電解質層5への電子の流入(逆流)を防止するバッファ層24とを備える。
【0019】
対向電極4としては、公知の構造を有するものを用いることができ、例えば、ガラスやフィルム等からなる基板と、その基板上に蒸着等の方法により形成された白金、カーボン、真鍮等からなる薄膜とで構成されるものを用いることができる。電解質層5としては、ポリ硫化ナトリウム溶液等の電解液や、ヨウ化銅等の化合物半導体、ポリチオフェン類縁体等の有機半導体ホール輸送層を用いることができる。以下、上記光電極2の作製方法について説明する。
【0020】
図2(a)に示すように、先ず、基板1表面に透明電極層21を例えば0.5〜1μmの厚みで形成する。透明電極層21の材料としては、ITOやFTO等を用いることが好ましく、透明電極層21の形成方法としては、スパッタリング法やCVD法等を用いることができる。透明電極層2の形成条件は、公知のものを利用できるため、ここでは詳細な説明を省略する。
【0021】
次に、透明電極層21の表面に、半導体層22を形成する。半導体層22としては、例えば、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化スズ、酸化ニオブ等の金属酸化物の微粒子または多孔質膜で構成できる。半導体層22の形成方法としては、金属酸化物ペーストをスキージ法等により塗布して焼成する方法を用いることができる。半導体層22の形成条件は、公知のものを利用できるため、ここでは詳細な説明を省略する。
【0022】
次いで、コロイド法により合成した量子ドットの分散液中に、上記半導体層22形成済みの基板1を浸漬させることにより、半導体層22の表面に量子ドット23を吸着させる。量子ドット23としては、例えば、CuInSe
2からなる量子ドットを用いることができ、その原料として、ヨウ化銅(I)、ヨウ化インジウム(III)、セレノ尿素等を用いることができる。分散液には、量子ドットの分散性を高める長鎖アルキル基を有する界面活性剤(分散媒)が含まれており、界面活性剤としては、例えば、ドデカンチオール、オレイルアミン、トリnーオクチルホスフィン等を用いることができる。このとき、半導体層22に吸着した量子ドット23には、界面活性剤に起因して、長鎖アルキル基を有する配位子が不可避的に付着する。この場合、浸漬時間は、例えば、10分〜60分の範囲内で設定することができる。
【0023】
次に、量子ドット23を吸着済みの基板1を、硫化物イオンを含む溶液に浸漬させる。これにより、
図2(b)に示すように、量子ドット23に付着した長鎖アルキル基を有する配位子が硫黄と置換し、量子ドット23から長鎖アルキル基が除去される。このとき、処理温度(溶液の温度)は、50℃以上で溶媒の沸点以下に設定することが好ましく、例えば、60℃に設定することができる。50℃未満では、長鎖アルキル基を有する配位子を効率良く除去することができない。硫化物イオンを含む溶液としては、硫化アンモニウム溶液、硫化ナトリウム溶液、硫化水素ナトリウム溶液等を用いることができ、溶媒としては、メタノールやアセトニトリル等の極性溶媒を用いることができる。
【0024】
最後に、
図2(c)に示すように、半導体層22及び量子ドット23の表面にバッファ層24を形成する。バッファ層24としては、II−VI族半導体を用いることができ、例えば、ZnSe層を用いることができ、その製法としては公知のイオン層吸着反応法(SILAR法)を用いることができる。この場合、例えば、0.1MZn(NO
3)
2メタノール溶液と0.1Mセレン化物イオンを含むメタノール溶液とに交互に浸漬させればよい。1回の浸漬時間は0.5〜5分の範囲で設定でき、浸漬回数は1回〜4回の範囲で設定できる。
【0025】
以上説明したように、本実施形態では、半導体層22に量子ドット23を吸着させた後に、量子ドット23の配位子置換を行うため、分散液中の量子ドット23の凝集を防止できる。しかも、従来例の如く環流を長時間行う必要もない。従って、量子ドット増感型太陽電池用の光電極を生産性よく作製することができる。また、量子ドット23及び半導体層22の表面をバッファ層24で覆うことで、本発明の光電極を量子ドット増感型太陽電池に適用したときに、量子ドット23に一旦注入された電子が電解質層5へ逆流する逆電子移動を防止することができるため、上記配位子置換により半導体層22への電子注入量を増大できることと相俟って、当該太陽電池の変換効率を高めることができる。
【0026】
本発明者らは、本発明の効果を確認するために実験を行った。先ず、基板1表面にスパッタリング法によりFTOからなる透明電極層21を約1μmの厚みで形成し、透明電極層21の表面に酸化チタンペーストをスキージ法により塗布し450℃で30分焼成して酸化チタンからなる半導体層22を約6μmの厚みで形成した。この半導体層22形成済みの基板1を、コロイド法で合成したCuInSe
2からなる平均粒径5nmの量子ドットの分散液中に10分浸漬させることにより、半導体層22に量子ドット23を吸着させた。量子ドット23を吸着させたものを60℃の0.1M硫化アンモニウムメタノール溶液に20分浸漬させることにより、量子ドット23表面に吸着した長鎖アルキル基を有する配位子を硫黄に置換した。最後に、0.1MZn(NO
3)
2メタノール溶液と0.1Mセレン化物イオンを含むメタノール溶液とに交互に2回ずつ浸漬(1回の浸漬時間は1分)させることにより(イオン層吸着反応法)、半導体層22及び量子ドット23の表面にZnSeからなるバッファ層24を形成して光電極を得た。配位子置換前と置換後のものを透過IR測定し、その結果を
図3に示す。これによれば、配位子置換前に観察されたC−Hに起因した吸収ピークが、配位子交換後には消滅しており、長鎖アルキル基が除去されることが確認された。
【0027】
上記得られた光電極を用いて量子ドット増感型太陽電池セルを作製した(発明品)。対向電極4としては、市販の真鍮板を濃塩酸中で70℃、15分浸漬処理したものを用い、電解質層(電解液)5としては、ポリ硫化ナトリウムメタノール溶液を用いた。発明品に対する比較のため、配位子置換を行わずに作製した光電極を用いて量子ドット増感型太陽電池セルを作製した(比較品)。発明品及び比較品についてそれぞれ求めたIV曲線を
図4に示す。以下の表1に示すように、比較品の電流密度Jscは3.3(mA/cm
2)、開放電圧Vocは0.55(V)、曲線因子FFは0.51、変換効率PCEは0.93(%)であったのに対し、発明品の電流密度Jscは5.3(mA/cm
2)、開放電圧Vocは0.51(V)、曲線因子FFは0.45、変換効率PCEは1.22(%)であり、配位子置換を行った発明品は、配位子置換を行わなかった比較品の約1.3倍という優れた変換効率PCEを有することが確認された。これより、配位子置換により量子ドット23から半導体層22への電子注入量が増加し、バッファ層24が電子の逆流を防止できることが判った。
【0029】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。例えば、上記実施形態及び実験では、透明電極層21をスパッタリング法により形成し、半導体層22をスキージ法及び焼成により形成する場合について説明したが、これ以外の方法により透明電極層21や半導体層22を形成してもよい。
【符号の説明】
【0030】
SC…量子ドット増感型太陽電池、1…基板、2…光電極、4…対向電極、5…電解質層、21…透明電極層、22…半導体層、23…量子ドット、24…バッファ層。