特許第6181477号(P6181477)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6181477ニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6181477
(24)【登録日】2017年7月28日
(45)【発行日】2017年8月16日
(54)【発明の名称】ニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 41/332 20130101AFI20170807BHJP
   H01L 41/316 20130101ALI20170807BHJP
   H01L 41/187 20060101ALI20170807BHJP
   H01L 41/09 20060101ALI20170807BHJP
   H01L 41/113 20060101ALI20170807BHJP
   H01L 21/3065 20060101ALI20170807BHJP
【FI】
   H01L41/332
   H01L41/316
   H01L41/187
   H01L41/09
   H01L41/113
   H01L21/302 105A
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-178024(P2013-178024)
(22)【出願日】2013年8月29日
(65)【公開番号】特開2015-46544(P2015-46544A)
(43)【公開日】2015年3月12日
【審査請求日】2016年7月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】末永 和史
(72)【発明者】
【氏名】柴田 憲治
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 和俊
(72)【発明者】
【氏名】堀切 文正
(72)【発明者】
【氏名】野口 将希
【審査官】 小山 満
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−016776(JP,A)
【文献】 特開2004−235406(JP,A)
【文献】 特開2012−059852(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0304429(US,A1)
【文献】 特開2013−038322(JP,A)
【文献】 特開2001−326999(JP,A)
【文献】 特開2010−219153(JP,A)
【文献】 特開2012−253109(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 41/00−41/47
H01L 21/3065
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電体薄膜素子の製造方法であって、
基板上に下部電極膜を形成する下部電極膜形成工程と、
前記下部電極膜上にニオブ酸アルカリ系圧電体(組成式:(NaxKyLiz)NbO3、0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)からなる圧電体薄膜を形成する圧電体薄膜形成工程と、
前記圧電体薄膜上に金属膜からなるエッチングマスクを所望のパターンとなるように形成するエッチングマスクパターン形成工程と、
前記圧電体薄膜に対してドライエッチングを行うことによって、当該圧電体薄膜に所望パターンの微細加工を行う圧電体薄膜エッチング工程と、
前記ドライエッチングの後に前記エッチングマスクパターンを除去する工程と、
前記微細加工され前記エッチングマスクパターンが除去された圧電体薄膜に対して、当該圧電体薄膜をエッチングしないレベルの酸素ラジカルを発生させる酸素中プラズマ暴露処理を行うことによって、当該圧電体薄膜の圧電体特性を回復させるプラズマ暴露処理工程とを有することを特徴とするニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載のニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子の製造方法において、
前記ドライエッチングは、誘導結合プラズマ−反応性イオンエッチングであり、
前記酸素中プラズマ暴露処理は、プラズマ発生のアンテナパワー密度が前記ドライエッチングのそれよりも低い条件で、かつバイアスパワー密度が前記ドライエッチングのそれの1倍超3倍以下の条件でなされ、
前記アンテナパワー密度が30 mW/mm2以下であり、前記バイアスパワー密度が7 mW/mm2以上13 mW/mm2以下であることを特徴とするニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子の製造方法において、
前記下部電極膜は、白金からなることを特徴とするニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子の製造方法。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれかに記載のニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子の製造方法において、
前記圧電体薄膜は、結晶系が擬立方晶であり、主表面が(0 0 1)面に優先配向するようにスパッタ法により形成されることを特徴とするニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれかに記載のニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子の製造方法において、
前記基板は、その表面に熱酸化膜を有するシリコン基板であることを特徴とするニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子の製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5のいずれかに記載のニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子の製造方法において、
所望パターンに微細加工された前記圧電体薄膜上に上部電極膜を形成する上部電極膜形成工程と、
前記上部電極膜が形成された前記圧電体薄膜を具備する前記基板からチップ状の圧電体薄膜素子を切り出すダイシング工程とを更に有することを特徴とするニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電体薄膜素子に関し、特に、鉛を含まないニオブ酸アルカリ系圧電体を具備する薄膜素子およびその製造方法に関するものである。また、本発明は、当該圧電体薄膜素子を用いた電子デバイスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
圧電素子は、圧電体の圧電効果を利用する素子であり、圧電体への電圧印加に対して変位や振動を発生するアクチュエータや、圧電体への応力変形に対して電圧を発生する応力センサなどの機能性電子部品として広く利用されている。これまでアクチュエータや応力センサに利用される圧電体としては、大きな圧電特性を有するチタン酸ジルコン酸鉛系のペロブスカイト型強誘電体(組成式:Pb(Zr1-xTix)O3、PZT)が広く用いられてきた。
【0003】
PZTは、鉛を含有する特定有害物質であるが、現在のところ圧電材料として代替できる適当な市販品が存在しないため、RoHS指令(電気・電子機器に含まれる特定有害物質の使用制限に関する欧州議会及び理事会指令)の適用免除対象となっている。しかしながら、世界的に地球環境保全の要請はますます強まっており、鉛を含有しない圧電体(非鉛系圧電材料)を使用した圧電素子の開発が強く望まれている。また、近年における各種電子機器への小型化・軽量化の要求に伴って、薄膜技術を利用した圧電体薄膜素子の要求が高まっている。
【0004】
非鉛系圧電材料を使用した圧電体薄膜素子として、例えば特許文献1には、基板上に、下部電極、圧電薄膜、及び上部電極を有する圧電薄膜素子において、上記圧電薄膜を、組成式(NaxKyLiz)NbO3(0<x<1、0<y<1、0≦z<1、x+y+z=1)で表記されるアルカリニオブ酸化物系のペロブスカイト化合物で構成される誘電体薄膜とし、その圧電薄膜と上記下部電極の間に、バッファ層として、ペロブスカイト型結晶構造を有し、かつ、(0 0 1)、(1 0 0)、(0 1 0)、及び(1 1 1)のいずれかの面方位に高い配向度で配向され易い材料の薄膜を設けたことを特徴とする圧電薄膜素子が開示されている。特許文献1によると、鉛フリーのニオブ酸リチウムカリウムナトリウム薄膜を用いた圧電薄膜素子で、十分な圧電特性が得られるとされている。
【0005】
圧電素子は、圧電体が2枚の電極で挟まれた構成を基本構造とし、用途に応じて梁状や音叉状の形状に微細加工されて作製される。そのため、非鉛系圧電材料を用いた圧電素子の実用化に際し、微細加工プロセスは非常に重要な技術の一つである。
【0006】
例えば特許文献2には、基板上に圧電体薄膜(組成式:(K1-xNax)NbO3、0.4≦x≦0.7)を備えた圧電体薄膜ウェハに、Arを含むガスを用いてイオンエッチングを行う第1の加工工程と、前記第1の加工工程に続いて、フッ素系反応性ガスとArとを混合した混合エッチングガスを用いて反応性イオンエッチングを行う第2の加工工程とを実施することを特徴とする圧電体薄膜ウェハの製造方法が開示されている。特許文献2によると、圧電体薄膜を高精度に微細加工することができ、また、信頼性の高い圧電体薄膜素子と、安価な圧電体薄膜デバイスが得られるとされている。
【0007】
また、非特許文献1には、塩素/アルゴンの混合ガス中での誘導結合プラズマによる(Na0.5K0.5)NbO3のエッチング性に関する研究が報告されている。非特許文献1によると、(Na0.5K0.5)NbO3のエッチング速度は、プラズマの各種パラメータの変化から予想されるように、誘導結合プラズマへの投入電力と負の直流バイアスとに対して単調増加したとされている。一方、塩素/アルゴンの混合比に対しては単調な挙動ではなく、「塩素/アルゴン=80/20」において最大75 nm/minのエッチング速度が得られたとされている。また、このようなエッチング速度は、イオンアシスト化学反応において化学的経路と物理的経路とが同時に作用したためと考察されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−19302号公報
【特許文献2】特開2012−33693号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Chan Min Kang, Gwan-ha Kim, Kyoung-tae Kim, and Chang-il Kim: “Etching Characteristics of (Na0.5K0.5)NbO3 Thin Films in an Inductively Coupled Cl2/Ar Plasma” Ferroelectrics 357, 179-184 (2007).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前述したように、非鉛系圧電体としてニオブ酸アルカリ系圧電体(例えば、ニオブ酸ナトリウムカリウムリチウム,(NaxKyLiz)NbO3)は、大変有望な材料の一つである。PZT薄膜素子の代替品となるように、ニオブ酸アルカリ系圧電体を用いた薄膜素子を実用化・量産化するためには、寸法精度がよく低コストで確実な微細加工プロセスを確立することは非常に重要である。
【0011】
しかしながら、ニオブ酸アルカリ系圧電体は比較的新しい材料群であるため、微細加工プロセスに関しては、現在も試行錯誤の段階である。例えば、特許文献2に記載のドライエッチング技術は、生産性向上のためにエッチング速度を高めようとすると、何かしらの要因によって残すべき圧電体薄膜が損傷し圧電体特性を劣化させてしまうことがあり、逆に製造歩留りを低下させてしまうことがあった。
【0012】
また、非特許文献1は、当該ドライエッチング法によって(Na0.5K0.5)NbO3薄膜がどのようにエッチングされるかのメカニズムを研究・報告したものであり、薄膜の圧電体特性との関係については一切記載されていない。
【0013】
圧電体薄膜素子においては、素子機能の根幹をなす圧電体の絶対的体積が小さく表面積が大きいことから、微細加工によって圧電体薄膜の表面の一部が損傷するだけで全体の圧電体特性に大きな影響がでるという弱点がある。一方、上述したようにニオブ酸アルカリ系圧電体は比較的新しい材料群であるため微細加工プロセスに関する知見が少なく、特性劣化の要因も未解明であるために有効な解決策が見出されていなかった。
【0014】
したがって本発明の目的は、第一義的に、鉛を含まないニオブ酸アルカリ系圧電体を用いた薄膜素子を、その圧電体特性を劣化させることなしに微細加工できる製造方法を提供することにある。また、当該製造方法によって製造された圧電体薄膜素子、および該圧電体薄膜素子を用いた電子デバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
(I)本発明の1つの態様は、上記目的を達成するため、圧電体薄膜素子の製造方法であって、基板上に下部電極膜を形成する下部電極膜形成工程と、
前記下部電極膜上にニオブ酸アルカリ系圧電体(組成式:(NaxKyLiz)NbO3、0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)からなる圧電体薄膜を形成する圧電体薄膜形成工程と、
前記圧電体薄膜上にエッチングマスクを所望のパターンとなるように形成するエッチングマスクパターン形成工程と、
前記圧電体薄膜に対してドライエッチングを行うことによって、当該圧電体薄膜に所望パターンの微細加工を行う圧電体薄膜エッチング工程と、
前記微細加工された圧電体薄膜に対して酸素中プラズマ暴露処理を行うことによって、当該圧電体薄膜の圧電体特性を回復させるプラズマ暴露処理工程とを有することを特徴とするニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子の製造方法を提供する。
【0016】
また本発明は、上記の本発明に係るニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子の製造方法において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記ドライエッチングは、誘導結合プラズマ−反応性イオンエッチングであり、前記酸素中プラズマ暴露処理は、プラズマ発生のアンテナパワー密度が前記ドライエッチングのそれよりも低い条件で、かつバイアスパワー密度が前記ドライエッチングのそれの1倍超3倍以下の条件でなされる。
(ii)前記酸素中プラズマ暴露処理は、前記アンテナパワー密度が30 mW/mm2以下であり、前記バイアスパワー密度が7 mW/mm2以上13 mW/mm2以下である。
(iii)前記エッチングマスクは、金属からなる。
(iv)前記下部電極膜は、白金からなる。
(v)前記圧電体薄膜は、結晶系が擬立方晶であり、主表面が(0 0 1)面に優先配向するようにスパッタ法により形成される。
(vi)前記基板は、その表面に熱酸化膜を有するシリコン基板である。
(vii)前記製造方法は、所望パターンに微細加工された前記圧電体薄膜上に上部電極膜を形成する上部電極膜形成工程と、前記上部電極膜が形成された前記圧電体薄膜を具備する前記基板からチップ状の圧電体薄膜素子を切り出すダイシング工程とを更に有する。
【0017】
(II)本発明の他の態様は、上記目的を達成するため、上記の本発明に係るニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子の製造方法によって製造されたニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子であって、
前記プラズマ暴露処理工程後の前記ニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜の誘電正接特性が、前記圧電体薄膜エッチング工程前のそれの2倍以内であることを特徴とするニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子を提供する。
【0018】
(III)本発明の更に他の態様は、上記目的を達成するため、上記の本発明に係るニオブ酸アルカリ系圧電体薄膜素子を用いたことを特徴とする電子デバイスを提供する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、鉛を含まないニオブ酸アルカリ系圧電体を用いた薄膜素子を、その圧電体特性を劣化させることなしに微細加工する製造方法を提供することができる。その結果、ニオブ酸アルカリ系圧電体が本来有する高い圧電特性を維持した圧電体薄膜素子、および該圧電体薄膜素子を用いた電子デバイスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明に係るKNN圧電体薄膜積層基板の製造工程(エッチングマスク形成工程まで)を示す拡大断面模式図である。
図2】本発明に係るKNN圧電体薄膜積層基板の製造工程(圧電体薄膜エッチング工程〜プラズマ暴露処理工程)を示す拡大断面模式図である。
図3】本発明に係るKNN圧電体薄膜素子の製造工程(上部電極膜形成工程以降)を示す拡大断面模式図である。
図4】比較例1および実施例2における誘電正接と印加電圧との関係を示したグラフである。
図5】比較例1および実施例2における分極値と印加電圧との関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明者等は、チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr1-xTix)O3、PZT)と同等の圧電特性を期待できる非鉛系圧電材料としてニオブ酸アルカリ系圧電体((NaxKyLiz)NbO3、NKLN)に着目し、該材料のドライエッチングおよびその後の特性回復について鋭意検討した。
【0022】
従来、ニオブ酸アルカリ系圧電体のドライエッチングでは、主にエッチング選択比の観点から、エッチングマスクとして金属膜が用いられてきた。本発明者等は、ドライエッチングによる圧電体薄膜の圧電体特性の劣化に関して、エッチング中にエッチングマスクの金属膜が圧電体薄膜との界面において圧電体薄膜とわずかに化学反応して、圧電体薄膜の表層領域で酸素欠損が生じるという仮説を立てた。そして、詳細な研究の結果、ドライエッチングにより酸素欠損した表層領域を修復することを意図して、ドライエッチングの後に酸素中プラズマ暴露処理を施すことによって、ドライエッチングによる圧電体特性の劣化を大幅に回復できることを見出した。本発明は、当該知見に基づいて完成されたものである。
【0023】
以下、本発明に係る実施形態について図面を参照しながら説明する。ただし、本発明は、ここで取り上げた実施形態に限定されることはなく、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。
【0024】
図1は、本発明に係るKNN圧電体薄膜積層基板の製造工程(エッチングマスク形成工程まで)を示す拡大断面模式図である。なお、以下の説明では、洗浄工程や乾燥工程を省略するが、それらの工程は必要に応じて適宜行われることが好ましい。
【0025】
はじめに、基板11を用意する。基板11の材料は、特に限定されず、圧電素子の用途に応じて適宜選択することができる。例えば、シリコン(Si)、SOI(Silicon on Insulator)、石英ガラス、砒化ガリウム(GaAs)、サファイア(Al2O3)、ステンレス鋼等の金属、酸化マグネシウム(MgO)、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)を用いることができる。基板11が導電性材料からなる場合は、その表面に電気絶縁膜(例えば酸化膜)を有していることが好ましい。酸化膜の形成方法に特段の限定はないが、例えば、熱酸化処理や化学気相成長(Chemical Vapor Deposition、CVD)法を好適に用いることができる。
【0026】
(下部電極膜形成工程)
本工程では、基板11上に下部電極膜12を形成する(図1(a)参照)。下部電極膜12の材料は、特に限定されないが、白金(Pt)又はPtを主成分とする合金を用いることが好ましい。下部電極膜12の形成方法に特段の限定は無いが、例えば、スパッタ法を好適に用いることができる。下部電極膜12は、後述する圧電体薄膜が圧電特性を十分に発揮するため、算術平均表面粗さRaが0.86 nm以下であることが好ましい。
【0027】
(圧電体薄膜形成工程)
本工程では、下部電極膜12上に圧電体薄膜13を形成する(図1(a)参照)。圧電体の材料としては、NKLN((NaxKyLiz)NbO3、0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)を用いることが好ましい。圧電体薄膜13の形成方法としては、NKLN焼結体ターゲットを用いたスパッタ法や電子ビーム蒸着法が好ましい。スパッタ法や電子ビーム蒸着法は、成膜再現性、成膜速度及びランニングコストの面で優れていることに加えて、NKLN結晶の配向性を制御することが可能であるためである。形成する圧電体薄膜13は、NKLN結晶の結晶系が擬立方晶であり、薄膜の主表面が(0 0 1)面に優先配向されているものが、圧電特性上好ましい。
【0028】
なお、圧電体薄膜13は、合計5原子%以下の範囲でタンタル(Ta)、アンチモン(Sb)、カルシウム(Ca)、銅(Cu)、バリウム(Ba)及びチタン(Ti)の不純物を含んでいてもよい。
【0029】
(エッチングマスク形成工程)
本工程では、成膜した圧電体薄膜13上に、後述するドライエッチングに対するエッチングマスクを形成する。まず、フォトリソグラフィプロセスにより、圧電体薄膜13上にフォトレジストパターン14を形成する(図1(b)参照)。
【0030】
次に、フォトレジストパターン14上にエッチングマスク15を成膜する(図1(c)参照)。エッチングマスク膜15としては、後述するドライエッチングに対して十分な耐性(十分なエッチング選択比)を有する限り特段の限定はなく、例えば、金属(金(Au)、Pt、パラジウム(Pd)、クロム(Cr)など)膜を好ましく用いることができる。これらの中では、コストの観点からCr膜が好ましい。また、エッチングマスク15の形成方法にも特段の限定はなく、従前の方法(例えば、スパッタ法)を用いることができる。
【0031】
次に、リフトオフプロセスにより、所望のパターンを有するエッチングマスクパターン15’を形成する(図1(d)参照)。なお、フォトリソグラフィ/リフトオフ以外のプロセスによってエッチングマスクパターン15’を形成してもよい。
【0032】
(圧電体薄膜エッチング工程)
図2は、本発明に係るKNN圧電体薄膜積層基板の製造工程(圧電体薄膜エッチング工程〜プラズマ暴露処理工程)を示す拡大断面模式図である。本工程では、圧電体薄膜13に対してドライエッチングを行い、エッチングマスクパターン15’によって規定されるパターンに微細加工を行う(図2(a)参照)。ドライエッチングの方法に特段の限定はないが、誘導結合プラズマ−反応性イオンエッチング(ICP-RIE)法を好ましく用いることができる。エッチングガスとしては、希ガス(例えば、アルゴン(Ar))と反応性ガス(三フッ化メタン(CHF3)、四フッ化メタン(CF4)、六フッ化エタン(C2F6)、八フッ化シクロブタン(C4F8)、六フッ化硫黄(SF6)など)とが好ましく用いられる。これにより、所望のパターンを有する圧電体薄膜パターン13’を形成することができる。
【0033】
上記のドライエチング後、エッチングマスク用のエッチング液を用いてエッチングマスクパターン15’を除去する(図2(b)参照)。例えば、エッチングマスクとしてCr膜を用いた場合、Cr用のエッチング液(第二硝酸セリウムアンモニウムや、フェリシアン化カリウムなど)を用いてエッチングマスクパターン15’を除去することができる。
【0034】
(プラズマ暴露処理工程)
本工程では、エッチングマスクパターン15’が除去された圧電体薄膜パターン13’に対して酸素中プラズマ暴露処理を行う(図2(c)参照)。これにより、当該圧電体薄膜の圧電体特性を回復させることができ、所望のパターンに微細加工されたNKLN圧電体薄膜を具備する圧電体薄膜積層基板10を得ることができる。
【0035】
本工程の酸素中プラズマ暴露処理は、酸素が十分に存在する雰囲気中(例えば、酸素雰囲気、大気組成雰囲気(窒素:酸素= 4:1)など)でなされることが好ましい。ガス圧力は、プラズマが安定して発生する条件であればよい。装置としては、先のドライエッチング装置と同じICP-RIE装置を用いることができる。
【0036】
酸素中プラズマ暴露の処理条件としては、プラズマ発生のアンテナパワー密度が先のドライエッチングのそれよりも低く、かつバイアスパワー密度が先のドライエッチングのそれの1倍超3倍以下であることが好ましい。より具体的には、酸素中プラズマ暴露処理のアンテナパワー密度は、30 mW/mm2以下が好ましい。アンテナパワー密度が30 mW/mm2超になると、圧電体薄膜パターン13’がエッチングされ始める。アンテナパワー密度の下限は、少なくともプラズマが発生することであり、使用する装置に依存する。なお、本発明におけるアンテナパワー密度およびバイアスパワー密度は、印加したパワーを、酸素中プラズマ暴露処理を行う試料(例えば、ウェハ)の面積で除したものと定義する。
【0037】
また、酸素中プラズマ暴露処理のバイアスパワー密度は、7 mW/mm2以上13 mW/mm2以下が好ましく、8 mW/mm2以上12 mW/mm2以下がより好ましい。バイアスパワー密度が7 mW/mm2未満では、圧電体特性の回復が不十分である。一方、バイアスパワー密度が13 mW/mm2超になると、圧電体薄膜パターン13’がエッチングされ始める。
【0038】
酸素中プラズマ暴露処理による圧電体特性回復のメカニズムは解明されていないが、NKLN圧電体薄膜をエッチングしないレベルの酸素ラジカルを発生させて、その酸素ラジカルをNKLN圧電体薄膜に積極的に注入することで、表層領域の酸素欠損が修復されるものと考えられる。
【0039】
なお、NKLN圧電体薄膜の酸素欠損を修復する方法として、酸素雰囲気中での単純熱処理も想定される。しかしながら、単純熱処理によって結晶構造中に酸素原子を取り込むためには、高温熱処理(例えば、500℃以上)が必要と考えられる上に全体加熱となるため、NKLN圧電体薄膜以外の部分における望まない酸化や望まない拡散反応が生じることが懸念される。これに対し、本発明での酸素中プラズマ暴露処理は、NKLN圧電体薄膜の表層領域の局所加熱となるため、それ以外の部分への影響を抑制しながら酸素欠損を修復できるものと考えられる。
【0040】
(上部電極膜形成工程)
図3は、本発明に係るKNN圧電体薄膜素子の製造工程(上部電極膜形成工程以降)を示す拡大断面模式図である。本工程では、先の工程によって得られた所望のパターンに微細加工された圧電体薄膜(圧電体薄膜パターン13’)上に上部電極膜を形成する。まず、フォトリソグラフィプロセスにより、上部電極膜の形成スペースを残してフォトレジストパターン21を形成し、フォトレジストパターン21上に上部電極膜22を成膜する(図3(a)参照)。次に、リフトオフプロセスにより、上部電極膜22’を残して他を除去する(図3(b)参照)。上部電極膜22(上部電極膜22’)の材料としては、例えば、Al、Au、ニッケル(Ni)、Pt等を好適に用いることができる。
【0041】
(ダイシング工程)
本工程では、上部電極膜22’が形成された圧電体薄膜パターン13’を具備する基板からチップ状の圧電体薄膜素子20を切り出す(図3(c)参照)。符号11’はチップ状基板を表し、符号12’は下部電極膜を表す。これにより、所望のパターンに微細加工されたKNN圧電体薄膜を具備する圧電体薄膜素子20を得ることができる。
【0042】
(圧電体薄膜素子を用いた電子デバイス)
上記で得られた圧電体薄膜素子20を用いることにより、鉛フリーの電子部品として環境負荷を低減させ、かつ高性能な小型システム装置(MEMSデバイス)、応力・圧力センサ、アクチュエータ、可変容量キャパシタなどを実現することができる。
【実施例】
【0043】
以下、本発明を実施例に基づいてより具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0044】
(圧電体薄膜積層基板の作製)
図1図2に示した製造工程に沿って、所望のパターンに微細加工された圧電体薄膜積層基板10を作製した。基板11としては、熱酸化膜付きSi基板((1 0 0)面方位の4インチウェハ、ウェハ厚さ0.525 mm、熱酸化膜厚さ200 nm)を用いた。
【0045】
はじめに、基板11と下部電極膜12との密着性を高めるための密着層として、厚さ2 nmのTi層をSi基板上にRFマグネトロンスパッタ法により成膜した。続いて、下部電極膜12として厚さ200 nmのPt層をTi層上にRFマグネトロンスパッタ法により成膜した(図1(a)参照)。密着層および下部電極膜のスパッタ成膜条件は、純Tiターゲットおよび純Ptターゲットを用い、基板温度250℃、放電パワー200 W、Ar雰囲気、圧力2.5 Paとした。成膜した下部電極膜12に対して表面粗さを測定し、算術平均粗さRaが0.86 nm以下であることを確認した。
【0046】
次に、下部電極膜12上に、圧電体薄膜13として厚さ2μmの(Na0.65K0.35)NbO3(以下、NKNと称す)をRFマグネトロンスパッタ法により成膜した(図1(a)参照)。NKN薄膜のスパッタ成膜条件は、NKN焼結体ターゲットを用い、基板温度520℃、放電パワー700 W、酸素ガスとアルゴンガスの混合雰囲気(混合比:O2/Ar = 0.005)、圧力1.3 Paとした。
【0047】
次に、NKN圧電体薄膜上に、フォトレジスト(東京応化工業株式会社製、OFPR-800)を塗布・露光・現像して、フォトレジストパターン14を形成した(図1(b)参照)。続いて、エッチングマスク膜15として厚さ400 nmのCr膜をRFマグネトロンスパッタ法により成膜した(図1(c)参照)。Cr膜の成膜条件は、純Crターゲットを用い、基板温度25℃、放電パワー50 W、Ar雰囲気、圧力0.8 Paとした。その後、アセトン洗浄によりフォトレジストパターン14を除去し(リフトオフ)、エッチングマスクパターン15’をNKN圧電体薄膜上に形成した(図1(d)参照)。
【0048】
次に、ドライエッチング装置としてICP-RIE装置(株式会社エリオニクス、EIS-700)を用いて、エッチングマスクパターン15’を備えたNKN圧電体薄膜13に対してドライエッチングを行い、圧電体薄膜パターン13’を形成した(図2(a)参照)。エッチング条件は、アンテナパワー密度44 mW/mm2、バイアスパワー密度5 mW/mm2、エッチングガスとしてArとC4F8とを用い、圧力0.5 Paとした。
【0049】
NKN圧電体薄膜のドライエッチングを行った後、Cr用のエッチング液(第二硝酸セリウムアンモニウム)を用いてエッチングマスクパターン15’を除去した(図2(b)参照)。
【0050】
(プラズマ暴露処理実験)
エッチングマスクパターン15’を除去した圧電体薄膜パターン13’に対して、酸素雰囲気中でプラズマ暴露処理を行い、圧電体薄膜積層基板10を作製した(図2(c)参照)。酸素中プラズマ暴露処理において、圧力は3 Paとし、基板加熱は行わなかった。酸素中プラズマ暴露処理のその他の条件は後述する表1に示す。また、比較として、酸素中プラズマ暴露処理を行わない試料も用意した。
【0051】
(圧電体薄膜素子の作製)
図3に示した製造工程に沿って、上記で用意した圧電体薄膜積層基板10のNKN圧電体薄膜上に、フォトレジストパターン21を形成し、RFマグネトロンスパッタ法により上部電極膜22(厚さ200 nm)を形成した(図3(a)参照)。上部電極膜22の成膜条件は、下部電極膜12の場合と同様に、純Ptターゲットを用い、基板温度250℃、放電パワー200 W、Ar雰囲気、圧力2.5 Paとした。
【0052】
その後、アセトン洗浄によりフォトレジストパターン21を除去し(リフトオフ)、上部電極膜22’をNKN圧電体薄膜上に残した(図3(b)参照)。次に、ダイシングを行いチップ状のNKN圧電体薄膜素子を作製した。
【0053】
また、基準試料として、ドライエッチングによりパターン形成を行っていないNKN圧電体薄膜上に上部電極膜22(厚さ200 nm)を形成した試料も用意した。本試料は、ドライエッチングの影響を全く受けていない試料であり、圧電体特性の基準となる試料として用意した。
【0054】
(圧電体特性の測定・評価)
得られたNKN圧電体薄膜素子に対して、強誘電体特性評価システムを用いて誘電正接(tanδ)と分極特性とを測定した。誘電正接の測定結果を酸素中プラズマ暴露処理の条件と共に表1に示す。なお、測定結果は、それぞれ100素子ずつ測定した内の代表的なデータを示したものである。
【0055】
【表1】
【0056】
表1に示したように、ドライエッチングの影響を全く受けていない基準試料は、十分小さい誘電正接(tanδ)を示した。すなわち、上記で作製したNKN圧電体薄膜は、良質な圧電体薄膜であることが確認された。これに対し、酸素中プラズマ暴露処理なしの従来試料(比較例1)では、基準試料の特性に対して、誘電正接が4倍弱に増大しており、圧電体特性が大きく劣化していることが判った。
【0057】
比較例2は、酸素中プラズマ暴露処理を行ったがバイアスパワーを印加しなかった試料であり、圧電体特性はほとんど回復しなかった。比較例3は、ドライエッチング時と同じバイアスパワーを印加した試料であり、圧電体特性の回復傾向が認められたが、回復の程度が十分とは言えなかった。なお、比較例2,3において、酸素中プラズマ暴露による更なるエッチングは認められなかった。すなわち、本実験でプラズマを発生させるために印加したアンテナパワーは、NKN圧電体薄膜をエッチングしないレベルであることが確認された。
【0058】
これらに対し、実施例1は、ドライエッチング時よりも高いバイアスパワーを印加した試料であり、圧電体特性が明確に回復しており、誘電正接特性が基準試料の2倍以内に収っていることが確認された。なお、基準試料の2倍以内の誘電正接特性は、NKN圧電体薄膜素子を実用化する上で、問題ないレベルと言えるものである。
【0059】
実施例2は、実施例1よりも更に高いバイアスパワーを印加した試料であり、誘電正接特性が基準試料と同等のレベルまで回復していることが確認された。また、実施例1,2においても、酸素中プラズマ暴露による更なるエッチングは認められなかった。
【0060】
一方、比較例3は、実施例2よりも更に高いバイアスパワーを印加した試料であるが、当該プラズマ暴露によってNKN圧電体薄膜が明らかにエッチングされ、圧電体特性を正しく測定できる状態ではなかった。言い換えると、NKN圧電体薄膜がエッチングされるほどのプラズマ暴露条件は、不適当であることが確認された。
【0061】
図4は、比較例1および実施例2における誘電正接と印加電圧との関係を示したグラフである。図4に示したように、比較例1では、印加電圧の増加に伴って誘電正接も増大し、誘電性が大きく劣化していた。それに対し、実施例2では、印加電圧を増加させても誘電正接にほとんど変化が無く、かつ全測定電圧に渡って小さいものであった。すなわち、本発明に係る圧電体薄膜素子は、ドライエッチング後の酸素中プラズマ暴露処理によってNKN圧電体薄膜の誘電性が回復していることが確認された。
【0062】
図5は、比較例1および実施例2における分極値と印加電圧との関係を示したグラフである。図5に示したように、比較例1では、分極値のヒステリシスループが膨張して当該ループが開く傾向を示し、強誘電性が劣化していた。それに対し、実施例2では、分極値のヒステリシスループが引き締まっており、当該ループが正しく閉じていた。すなわち、本発明に係る圧電体薄膜素子は、ドライエッチング後の酸素中プラズマ暴露処理によってNKN圧電体薄膜の強誘電性が回復していることが確認された。
【0063】
以上説明したように、本発明によれば、ニオブ酸アルカリ系圧電体を用いた薄膜素子を、その圧電体特性を劣化させることなしに微細加工できることが実証された。その結果、ニオブ酸アルカリ系圧電体が本来有する高い圧電特性を維持した圧電体薄膜素子、および該圧電体薄膜素子を用いた電子デバイスを提供することができる。
【0064】
上述した実施形態や実施例は、本発明の理解を助けるために説明したものであり、本発明は、記載した具体的な構成のみに限定されるものではない。例えば、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。すなわち、本発明は、本明細書の実施形態や実施例の構成の一部について、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。
【符号の説明】
【0065】
10…圧電体薄膜積層基板、
11…基板、11’…チップ状基板、12…下部電極膜、12’…下部電極膜、
13…圧電体薄膜、13’…圧電体薄膜パターン、14…フォトレジストパターン、
15…エッチングマスク膜、15’…エッチングマスクパターン、20…圧電体薄膜素子、
21…フォトレジストパターン、22…上部電極膜、22’…上部電極膜。
図1
図2
図3
図4
図5